花の通い路

    作者:中川沙智

    ●薫衣草
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が集まった灼滅者達を見渡した。これから語られるのはエクスブレインの能力としての予知ではない。あくまでラジオ放送から得られた情報からの分析や予測である。
    「ラジオウェーブのラジオ放送が確認されたの。このままじゃそこから生まれた都市伝説によって、ラジオ放送と同様の事件が発生しちゃうわ」
     鞠花曰く。
     放送内容は、以下のようなものだという。

     北海道某所のフラワーファーム。この時期はラベンダー畑が見頃を迎え、他の花々も絢爛に咲き誇ることもあり、花の絨毯が景色を美しく染め上げている。
     紫色の花畑が広がりゆく、夏のひと時。
     その一角にて忽然と姿を現すのは白いワンピースを着た幼い少女。
    「パパ、ママ、どこにいるの」
     花畑は答えない。
     ラベンダーの花言葉のひとつは『沈黙』、それを象徴するかのように静寂しか訪れない。
    「どこにいるの」
     少女が視線を伏せたなら、足許に暗い影が下りた。
     涙、ひとひら。
    「どこにいるの。教えて」
     影は道に泥水の池を作り、花を腐らせる。
     悲しみと共にその範囲を広げていく。粛々と、粛々と。

    ●lavare
    「そういう観光地ってどうしても迷子が出ちゃったりするわよね。だからそんな都市伝説が生まれちゃうのかしら」
     鞠花は複雑そうな表情を浮かべる。迷子の子供が抱く不安や心細さは、決してそれ自体は悪というわけではないからだ。
     だがこのまま放置しては花畑が傷み、更には人への悪影響も免れない。
     だからこそ灼滅者の皆に向かって欲しいのだと、鞠花は告げた。
    「多分ね、その子に付き合ってあげて親御さん探しをしてあげたらいいと思うの。勿論現場にお父さんお母さんがいるわけじゃないけど、一緒に探してあげる事で心が満たされて都市伝説も浄化されるはずだわ」
     親子が待ち合わせするとすればどんな場所だろうとか、フラワーファーム内で有名な区画はどこだろうとか想像してみるといいだろう。あるいは一緒に遊んであげる心意気で臨めばいいのかもしれない。そうすれば少女の気持ちも慰められるに違いない。
    「じゃあどうやったら楽しく過ごせるかに重点を置けばいいんだな、その都市伝説と一緒に」
    「そうそう。この時期はラベンダーが兎に角本当に綺麗みたいだから、心から楽しむのが解決の秘訣じゃないかしら」
     鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)が首を捻ったのは、うまくいけば戦闘を挟まずに事件を解決に導けるかもしれないと考えたから。鞠花も首肯する。つまり少女に寂しい思いをさせないくらい一緒に遊んでやればいい、という事だ。
     ラベンダーのみならずデルフィニウムやサルビア、インパチェンスなどが訪れる人を待ち受けているそのファーム。ちょうど見頃が、今時季だ。
    「その子はそうねえ、単純にハナちゃんとか呼んでいいんじゃないかしら。例えば花以外にもね、ラベンダーソフトクリームやメロンソフトクリームがあったり、ラベンダーはちみつプリンやラベンダースムージーがあったりね。季節の野菜カレーなんかも美味しそう、ラベンダーの紅茶やラムネあたりいいわよね」
    「……小鳥居」
    「お土産には石鹸やお香もあるでしょ、オードトワレもいい香りみたいなのよね。あとはポプリを入れたアイピローのぬいぐるみも可愛いみたい! 気になる!」
    「小鳥居」
    「何よ鴻崎!」
    「……本当は行きたかったんだな?」
     ぐうの音も出ない。
     鞠花はわっと顔を覆う。
    「だって気になるじゃない! 皆の土産話楽しみにしてるんだからー!!」
     めっちゃ裏に本音が駄々洩れているが気にしないほうがよさそうだ。
    「その少女が心置きなく浄化出来るように力を尽くすよ。うん、小鳥居の分まで」
     こっそり裏で翔は鞠花にどつかれた。
     集まった灼滅者達の姿を眺め、鞠花は噛みしめた後のハンカチ片手ににこやかに微笑んだ。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    雨咲・ひより(フラワリー・d00252)
    鹿野・小太郎(雪冤・d00795)
    榛原・一哉(箱庭少年・d01239)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    八千草・保(星望藍夜・d26173)
    烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●angustifolia
     蒼穹を遮るものはなく、ただただ高く伸びてゆく。
     その下に広がるのは色鮮やかな花の波。咲き広がるラベンダーの花は、まるで紫色の海みたいだと水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)が紅色の瞳を眇める。涼やかな風に乗る香を胸に吸い込む八千草・保(星望藍夜・d26173)も、異世界に迷い込んだ心地でこころを揺蕩わせる。
    「どんなに素敵な場所でも迷子になったら不安だし、悲しい思い出になっちゃう」
     北海道某所のフラワーファームにて灼滅者達が集う中、雨咲・ひより(フラワリー・d00252)が思いを馳せた。たとえ都市伝説でも笑顔で帰してあげたいと願う。その思いに首肯した榛原・一哉(箱庭少年・d01239)が方針を告げた。
    「戦闘は避けて浄化を目指そう。戦わずに済むなら、その方がいい」
     他の仲間達も異はない。さて肝心の都市伝説と合流せねば、と赴いたところすぐに見つかった。入口にほど近い東屋の片隅、人ならざる気配纏う白いワンピースの少女はひとり涙を流している。パパ、ママ、そう声に上らせて。
     そっと近寄ったのは莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)だ。視線合わせ優しく話しかける。
    「こんにちは。パパとママ探しとるん?」
     潤んだ瞳で想々を見上げた少女は浅く頷いた。泣きべそかいた少女にひよりが寄り添う。続いて語り掛けたのは糸木乃・仙(蜃景・d22759)。穏やかな声で提案する。
    「それじゃ、お姉ちゃん達が一緒に探してあげる」
    「そうだね、お姉さんたちと一緒に遊びながらお父さんお母さんを探そうか?」
    「……ひっく、ひっく。いっしょに、さがしてくれるの?」
     涙を優しく受け止めるような微笑で、鹿野・小太郎(雪冤・d00795)は少女の顔を覗き込む。
    「そうだよ。ハナちゃーんって探してる人達が居たんだ。一緒に逢いに行こうか」
    「そうですね! えと、皆で一緒にと思います……!」
     年の頃も近い烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)の言葉には親近感を覚えただろうか。ハナは少し落ち着いたらしい。そんな少女を皆であたたかく迎えてあげよう、そして楽しい時間を過ごしに行こう。皆で探せばきっと見つかるから。
     顔を上げて、涙を拭いて。
     逢えるまでの冒険を、パパとママに教えてあげよう。
     ハナの再びの首肯は大きなもの。誰ともなく安堵の息が漏れたなら、色とりどりの美しい景色に会いに行こう。手伝いを申し出た、もとい一緒に楽しもうと約束した仲間達も集まってくる。
     夏の風が吹き抜ける。
     緩やかなカーブを描く花畑の向こうに広がる、夏。

    ●stoechas
     ハナが都市伝説である以上、実在の両親と引き合わせることは不可能だ。それは事前のエクスブレインの説明にもあった通りになる。
    「もし親御さんと合流するならって考えたけれど……」
     ひよりが視線を落とし考え込む。探す方法を吟味するよりどうやったら楽しく過ごせるかのほうに重点を置くほうがよさそうだと思い直したなら、紗夜も短く顎を引く。
    「ふむ。ご両親が見つかるまで、僕らと一緒に遊ぼうか」
    「……いいの?」
     少女を中心に和やかな空気が訪れたなら、皆揃って花畑へと向かっていく。一歩下がったところでその様子を眺めていた一哉と鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)の目が合った。一哉は淡く苦い笑みを刷く。
    「子どもの相手は、得意じゃない……というか、あまり経験なくてね。……口もうまい方じゃないし」
    「適材適所って言葉もあるしな。今のところ順調に進んでいるし、楽しんでいこう」
     最後尾で並ぶ一哉と翔の視線の向こうには、ハナと手を繋ぐ小太郎の姿。誰と居ても拭い難い孤独を知っている故の想いは確かに繋がって、反対側の手は希沙と重ねられた。
    「順路の入口や案内所に行ってみよう。花畑の丘を通るよ」
     ゆっくりと歩を進め始めたならば、瞳に映る色とりどりの花達に誰もが頬を綻ばせた。小太郎が目の前示せばハナも表情を輝かせる。
    「ほら、紫色、隣に桃色、橙色……虹みたいだね」
    「らべんだーもその他の花も、綺麗やねぇ」
     保が眼鏡の奥の瞳を細めてみせる。鮮やかなむらさき色は長い絨毯を広げたみたい。
    「ハナさんには、どんなふうに見えるかな……?」
    「ええと、いろんなクレヨンできらきらさせたらこんなかんじ!」
     お父さんとお母さんも見惚れてる間に迷ってしまったのかもしれない。そう告げたなら少女も眩しそうに景色を見つめる。迷う事そのものも決して悪い事ではないのだと伝えられる心地で、傍らの仙も薄く微笑みを敷いている。
     さあ、どこを探そうか。
     海月も一面に花が敷き詰められている様子にため息を吐いてしまう。
    「花の絨毯に寝転がりたくなりますね……!」
     本音がまろびでた後、はたと気づいて赤面する。
    「も、もちろん今はしませんよ……! でも、とても気持ち良さそうです」
    「ほんとう! きもちよさそう、ね!」
     ハナも明るく頷きを返した。互いの微笑みが重なり合う。その姿を微笑ましく見守っている年長者達の表情もあたたかだ。そんな折、視界に入った青い花に目を向けて紗夜は囁く。
    「あれはデルフィニウムだな。真っ青で綺麗な花だよね。僕はね、青が好きなのだよ」
     ハナ君は何色が好きなんだい?
     問われたなら一生懸命に考えて、それから少女は思い立ったように言う。
    「あか! でも、ほかのいろもみんなすき」
    「赤なら、あのお花も赤くて綺麗やね。サルビアやって」
    「うわあ……!」
     想々が指さし示したのは花弁が連なる赤い花。ハナも感激に頬を染め上げてじーっと見つめていた。気に入ったらしい。
     人が多くなければ、こういう場所は嫌いではないと一哉は言う。
    「依頼にかこつけてというのも何だけど、いいリフレッシュになるしね」
    「そうだね。東京だとこんな景色に囲まれるってことあんまりないもん。わたし、ラベンダーってテレビや本でしか見たことないの。本物は初めて!」
     ひよりが表情を明るくするのは、花を揺らす風やラベンダーの香りに出逢えたから。それは写真では判別し得ない鮮やかなもの。
    「絵本や映画の世界に入り込んだみたい」
     素敵だねって、ほわり笑って。
     夏の深い空に風が吹き抜ければ、花畑の彩もひときわ燦爛に映える。

    ●multifida
     暫く歩いて回って小腹が減ったら、美味しいものを求めてしまうのも人の常。
     特に皆が集ったのはラベンダーの香り漂うソフトクリーム。海月ははじめての呈色に海色の瞳を輝かせて、ハナと一緒にいただきますの号令上げてかぶりつく。はじめての食べ物も、皆で分かち合えば怖くない。
     ラベンダーソフトクリームは意外にもラベンダーが強くなくて、上品な風味。
    「とても贅沢な気分になるソフトクリームですね……!」
    「ほんとう、おいしい!」
     一気に食べてはおなかが冷えるから、具合はどうでしょうか? と尋ねてみる。ハナの笑顔が大丈夫だと雄弁に伝えてくれるから、海月もほっと息を吐く。
    「他にも美味しそうな食べ物がいっぱいありますね。あ、えと、おみやげも買いに行きませんか?」
    「いく……!」
     ラベンダー関係の何かを探しに向かう足取りは軽やかだ。
     花の色数えて教え合って、答え合わせに成功したら上機嫌につないだ手を揺らす。小太郎は彼女のの影響で花好きになったから、そんな花の名挙げる時間も格別だ。
     歩き回って疲れたらおやつで一息。
    「希沙さんは何にしますか? オレはメロンソフト」
    「あ、わたしはラベンダー味がええな」
     手を繋いで歩いてくれた小太郎達にハナは随分となついたらしい。他のメンバーと遊んでいたハナも二人を見かけたらぱたぱた駆け寄ってくる。自然とハナにも一口どうぞと二人が勧めたなら、美味しいを分けてもらった少女は満足気だ。
    「美味しいは寂しいを埋めてくれるんだ」
    「美味しいって笑ってくれたら、美味しいは嬉しいにもなるんよ」
     寄り添ってくれる希沙に淡い笑みを向け、小太郎はハナに囁くように呟いた。
    「オレも長い間……心が迷子だったけど、今はこのお姉さんがいる」
     隣の彼女に感謝を湛え、諭すように語り掛ける。
    「きみにはパパとママがいる。逢いたいと想う人を、大事にしようね」
    「……うん!」
     希沙は彼の日常に当り前に居る己の幸せを噛み締めて、声を夏風に乗せる。花々の優しいにおいがした。
    「わたし、この広大で色鮮やかなお花畑がすき」
     彼と眺める風景だからこそ、いとおしくなる。
    「僕は特にラベンダーのラムネがとても気になるんだ」
     ラムネは夏の風物詩。今の時期にピッタリじゃないかと嘯いた紗夜が翔へ誘いの声を向ける。確かに今の季節ならではって感じがするなと翔が頷いたなら、紗夜が購入した瓶の片方を渡しながら唇の端を上げた。
    「だから、ね、飲んでみようよ」
    「いいな。実は気になってたんだ、俺も」
     二人で淡い薄紫満たした瓶で乾杯を。喉に落としてみたなら爽やかに花が綻ぶような心地になる。夏の色彩ひとつ、身体にもお裾分け。
     笑顔の記憶が、弾ける。
     一緒におやつ食べよう! とひよりが持ち掛けたなら春と紗奈からも大賛成の声。ひよりはソフトクリームとプリンとの狭間で贅沢にも悩んでしまうけれど、どうしたものか。
     紗奈がラベンダーソフトクリームを一口食べたなら瞬いて、感激を口にする。
    「あのね、本当にラベンダーだよ」
    「花の味ってどんなの?」
     メロンソフトクリームを食べていた春が一口もらえば驚きがやってくる。お花もこんなにおいしかったら畑が全部食べられちゃう、なんて。
     二人の様子を眺めつつ、ラベンダーとバニラのソフトクリームを食べながら迷いに迷っていたひよりが一大決心。
    「……、……わたし、プリンも買ってくる……!」
    「いーじゃん、花より団子!」
     ダッシュ。背中を見つめた春と紗奈は顔見合わせて笑った。
    「待って、わたしもコロッケ買いたい!」
    「ね、三人で分けっこしよう?」
     結局紗奈も春も着いていき、皆で新たに美味しいものを囲み合おうか。
     わいわい皆で食べるのはやっぱり楽しくて、楽しそうな笑い声が楽しくて。しあわせな気持ちに全身で浸る。
    「美味いなー」
    「うん、おいしいね」
     しみじみぽろり、零れた言葉は青空に溶けていく。

    ●pinnata
     地元――札幌の出身ともあって花畑をのんびりと散策、と行きたいところだが。
    「してないな皆……」
    「噤ちゃん、いっぱいお花あるよ! すごいねすごいね!」
    「すごいね一面の紫! ひゃっほー、でかーい!」
     詠や静、噤が元気よく花と花の間の通路を駆けていく様を眺めて、仙がやんわり困り顔。その隣で保は、実はうずうずしていたりして。
     広くて深く良い匂いがするこんな場所ならば。
    「こないに綺麗な景色、こない広いんやから、走りとうなるよねぇ」
     スケールが大きいものを見たならテンションが上がる。遠くなっていく背中を追おうと決めたなら、笑顔が零れる。
    「あ……ボクも!」
     ついに耐え切れず駆けだした保を見守って、仙は苦笑を零す。
    「あの運動量にはついていけなかった……」
     そんな仙へ手を振って、保は一緒に羽を伸ばそうよと笑顔と掲げる。人様の迷惑にならない程度に走る、馳せていく。
    「ゴールまで負けないよー! あっ、ゴールってどこなのかなっ」
    「保、目的地こっちであってる? 」
     果たしてゴールはどこになるのか、走り続ける面々が首を傾げたところで、仙は皆のゴール地点だよと合図をして合流を促した。たっぷり運動したならば続いて臨むは休憩所。保がわくわくを隠し切れずに微笑み浮かべる。
    「らべんだーのそふとくりーむかぁ……どんな味かな? 皆で食べに行こうよ」
    「お店で一息つこう。スイーツもここ特有のものばかりだよ」
     仙がメロンのソフトクリームを選んで味見用のスプーンをハナに差し出せば、少女もお礼述べつつほんわり笑顔浮かべて味わったようだ。
    「ほかの皆は何を食べてるかな。ちょっと交換とかしない?」
     水を向けたなら、保が頷いた。ラベンダーとメロンの味わい交換っこしては満面の笑みがそれぞれに宿る。隣では静と詠がラベンダーソフトクリームに舌鼓を打っている。
    「ん、お花畑を食べてるみたい……甘いね」
     それから色々買い物にも勤しもう。苗は生憎販売期間中ではなかったけれど、栽培キットを手にすることが出来た。綺麗な風景切り取るように写真に収めれば、お土産にも出来るだろうか。ポプリの詰まったぬいぐるみは可愛らしさ満載で、ラベンダー柄の服を着た姿も愛らしい。
     思い出をもう一枚、重ねる。
     少女の親御さんを探しながら、たくさん遊んであげられるといい。
    「どんな花が好き? 疲れてない?」
    「おはなはぜんぶすき。だいじょうぶ、まだあるけるよ」
     不慣れながらも誠実さは確かに伝わるもの、ハナがはにかんだなら一哉は眦を僅かに緩ませた。少女がラベンダーティーを少しずつ喉に落としている様子をゆっくりと見守りながら歩こうか。
    「ああ、ポプリやサシェの手作り体験もあるんだ」
     ショップに立てかけられた黒板に書いてある案内表示。目を輝かせるハナに一哉が軽く肩に手を乗せてやる。
    「いいよ、興味があるならやっていこう。上手にできたら、お母さんたちに見せてあげるといい」
     歓声を上げてショップ内部に入ろうとする背中に、彼女が探している父母のことがちらり脳裏を過る。迷子になったなら探してあげなくては。これが終わったらまた探してみようと小さく提案を向ける。
    「……僕もね、ずっと探している奴がいるんだ」
     迷子の友を彷彿とさせる。浮かんだ表情に苦さが滲む。
    「会えたら、手を……ぎゅっと、握るといい。離さないようにね」
     涼やかな空気の中、手作り体験をほくほく顔で終えてきた少女のかんばせそっと覗き込んで、想々は優しく問いかける。
    「ハナちゃんお腹すいとらんけ?」
     返事の代わりにおなかの音が元気に鳴った。見守っていた想々と依子とで顔を見合わせ、破顔する。
     想々はラベンダープリンを、依子はメロンソフトクリームを。分けっこ食べさせ合いっこしたならば、あたたかさに心くすぐったい柔らかい笑顔がハナに灯る。甘い幸せがこころまでいっぱいにしてくれるといい。
     ――少女の寂しさに酷く覚えがあって。
     彼女が喜ぶ度に嬉しくなるのは、親に自分がそうしてほしかったからかもしれない。胸裏をちりり灼く感傷に、静かに寄り添うよう依子が呟く。
    「こんな広いところ、一人だったら心細いですよね」
     想々がはっと顔を上げる。皆で過ごす時間は心躍らせるけれど、だからこその寂しさが際立つ心地。少女が笑顔なのは喜ばしくて、その上で。
    「依子さんも楽しい?」
    「ええ」
    「ほうやったら、うれし」
     ふにゃと想々の笑顔が溶ける。皆で笑って紫の花を愛でる時が何処かこそばゆくいとおしい。それを優しく分かち合うように依子が目を細めた。
    「沈黙の花言葉って香りに心が落ち着くからで、本来悪い意味じゃないんです」
     他に『幸せが来る』、『期待』『献身的な愛』。そんな言の葉もあるのだ。
    「さみしいが笑顔で埋まって、幸せになることを願ってます」
     ハナちゃんも、想々ちゃんも。
     細やかな心遣いにこころの隙間を埋めてもらった、そんな感覚が花開く。

     たくさん遊んで日が暮れて。
    「……もう、帰る時間やろか」
     保が黄昏に呟きを翳す頃、仙も小さい姿を見守る。心の底からの笑顔で満ち満ちたハナに光の粒子が集まる。皆の優しさやあたたかさで包んでもらった都市伝説は、人を脅かすことなく還る時を迎えようとしている。
    「ありがと。たのしかったよ、とても」
    「これでさようならはさみしいですけど……えと、あの……! い、一緒に遊んでくれて、ありがとうございました……!」
     大きな瞳を潤ませながら、そっと海月が少女の手を取る。消えて行く姿には寂しさを覚えてしまうけれど、一緒に遊んだ事は絶対に忘れない。
    「じ、自分と、お友達に……!!」
    「? とっくに、ともだちだよ!」
    「……! また、また、遊びましょうね……!」
     紗夜は少女達の姿に瞳を細める。夕焼けの先に、ハナはご両親を見つける事が出来ると予感する。彼女は創られた話の存在、でも自分達と過ごした時間は紛れもない本物だから。
     そっと想々も手を伸ばして、重ねる。大丈夫、パパとママは貴方をきっと待っとるから。
    「もう貴方はひとりじゃないよ。こんなに沢山友達が出来たから」
    「うん……!」
     依頼の為という意識は次第に薄れていた。ハナと皆と過ごす時をただ楽しめたからこそ別れは切ない。声が、微かに震える理由を知っている。それでも向き合いたいと願うから、見つめる。
    「……大丈夫、きみは独りじゃないよ。前を向いて、いってらっしゃい」
    「もう迷子やないよ。ハナちゃん、……またね」
     小太郎の感慨過らす横顔に希沙が頷いた。切ないからこそ、空の上でご両親と出逢って幸せに笑ってくれていますようにと。
     小太郎の手を握り、祈りを手向ける。
     少女の姿はいよいよ掠れ、光の粒子が浮かび上がる。ハナ自身も笑顔の中にどこか泣きそうな色を湛え、けれど、けれど、幸せそうに大きく手を振って。
     一筋、夏の薫風が吹き荒ぶと、弾けた光は空に溶けた。
    「……元気でね」
     ひよりが優しい囁き贈ったなら、一哉は柔く瞼を伏せる。

     青空に黄昏重ねた玄妙な紫色の下。
     ラベンダーの花が、優しい思い出を憶えていると囁くように揺れていた。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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