祭囃子の熱帯夜　～人肌の涙～

■リプレイ

●お囃子のほとり
　紅い提灯が目に染みる。
　屋台から零れ落ちる炯々たる光に青い眸を眇めた霧亜・レイフォード（黒銀の咆哮・d29832）は、小ぶりの果実がきらきらと照る飴を見つけて歩みを止めた。
「リンゴ飴か、土産も兼ねて何本か買うか」
　エクスブレインの情報によれば、深嶋も大層気に入っていると言う。何かの役に立つのではと五、六本買い求めていると、ファム・フィーノ（太陽の爪・d26999）がカラコロと下駄を鳴らして駆け寄って来た。
　彼女は既にトウモロコシとわたあめを握りしめていたけれど、林檎飴を買い求めるとそれはそれは嬉しそうに破顔する。「この組み合わせ、サイキョウ！」と両手いっぱいに食べ物を握りしめる微笑ましい光景に、レイフォードの心もほぐれるような思いがした。
　けれど――。
（「賑わっているな、だが……この後ここは」）

●祭囃子の果てに
　息を殺していた。ほの暗い小路の奥から獣がやって来るのを、待ちわびていた。
　見止めた瞬間、鞘を握りしめる五指に力が灯る。荒谷・耀（一耀・d31795）は赤茶の眸を僅かに細めると、小路の出口で歩みを止めた深嶋の死角に、するりと身を滑らせた。
「死ね」
　死角から放たれた黒死斬の斬撃は、深嶋の細い脚を切り付け、祭りの喧騒の中に溶けていく。外から差し込む提灯の明かりを受けて、深嶋の体内から飛び出した血が花のように咲くのが見えた。
　耀は行く手を阻むような形で深嶋の眼前に飛び出すと、刃の切っ先を突き付けながら殺界形成を展開。
「ころす」
　その直球な言葉を受けた深嶋は、にやぁと唇を釣り上げると、サメのような鋭い歯を見せて肩を揺らしている。笑っているらしい。
「美味しいものを食べる前の準備運動、かな」
　そう言って彼は背面に右手を回し、腰のあたりでパチンと何か留め具のようなものを外したようだった。
　――ナイフだ。そう、誰もが直感する。
「ゆけッ、ゼファー！」
　レイフォードはライドキャリバーの名を叫んだ。自身は己を包むバトルオーラを両手に集中させていき、
「そしてこいつはおまけだ！　くらえぇっ！！」
　ゼファーが深嶋の躯体に突っ込んだ瞬間を狙い、オーラキャノンを解き放つ。
　眩い光が痩身の胴に命中し鈍い音を立てたとき、宵闇の中に煌めきを零しながら駆ける北沢・梨鈴（星の輝きを手に・d12681）が現れた。彼女はトンッと軽やかな身のこなしで地から飛び上がると。
「夏祭りを台無しにはさせません…！」
　深嶋の背に向かって蹴りを炸裂。
　痩身を弓なりにしならせたところへ、今度は霊犬フラムが斬魔刀の一撃を叩き込んで、広場には出ぬよう小道と徐々に追い込んでいく。
　しかし連打を受けた深嶋は、集まった灼滅者たちを前に笑みを深めると、突如として総身を食らいつくさんとする殺気を無尽蔵に放出。灼滅者たちを覆い尽くすどす黒いもの。しかも、すぐさまナイフを振り上げ、至近に迫る彼らへと竜巻を起こそうとしているのだ。
（「六六六人衆に解体ナイフ、最悪の組み合わせです」）
　深嶋との戦闘が始まった瞬間、サウンドシャッターを展開していた華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）は、すぐさま清めの風を放ち、傷ついた仲間を癒していく。
　お祭とは、神様を喜ばせるための神事。
　最近は観光資源のような扱いだが、本来楽しませるべきなのは神様なのだ。人間はそのおこぼれにあずかるだけ。ましてや六六六人衆の狩り場になんてふさわしいはずがない。人殺しにはこの場から退場してもらおう。
「華宮・紅緋、これより交戦を開始します」

●衝動の行き先
　頬を赤らめて、祭りに酔う少女のふくふくとした白い肌を目にした瞬間、酷い渇きを覚えた喉が鳴る。
　咬山・千尋（夜を征く者・d07814）は、抗いがたい吸血衝動から無意識に血が美味そうな人間を探していたが、小路に現れたパーカー男の姿を目に留めた瞬間、自身の中に眠る衝動が脳天を貫くほど高まったのを自覚した。
「山笠の転倒事故が発生し、けが人が多数出ています。警察車両と救急車が進入するため、一般客の皆さんは一時公園まで移動願います」
　プラチナチケットを使用し警笛を鳴らしたあと、拡声器でそのように呼びかけると、それまで付近にいたリディア・キャメロット（贖罪の刃・d12851）と大鷹・メロ（メロウビート・d21564）の二人が加わり、混乱する祭り客たちに優しく呼びかける。
　だが、不満を覚える者もいるらしい。並んだ屋台から離れようとしない姿を見て、あわてて駆け寄ってきたファムも王者の風を吹かせ、まだ食べ終えておらぬトウモロコシとわたあめを持った両手を振り上げ、声を張り上げる。
「ミンナ、並んでニゲテ！　イソイデ！」
「大丈夫、祭りには必ず戻れますよ」
「落ち着いて、冷静に進んでねっ」
　そこへリディアとメロが優しく、けれどしっかりと呼びかけることによって、次第に人の波は列を成していく。場から遠のき始めたものの、しかしまだ全員が退避するには時間がかかりそうだ。
　ちらりと小路の方を見やったメロは、林檎飴を咥えたフラムが、果敢に深嶋へと向かっていく後ろ姿を見つけた。どうやら耀や梨鈴、レイフォードたちは林檎飴を見せびらかしたり、目の前で食べてみせたりと言った方法で彼の意識を引き付けているらしい。
　ひらひらと踊る、というよりは舞うような身のこなしで仲間たちへと刃を繰り出す深嶋の動きに、メロはそっと眸を細くした。

●霞む紅提灯
　片腕を異形巨大化させた耀の鬼神変によって、大地に押し潰されたはずの男は、ジグサグに変形させたナイフを一振り。彼女の身体を斬り刻むことによって生まれたその僅かな隙に、場から飛び退き体勢を整える。
「雪みたいな真っ白な肌が赤く染まっちゃうね？」
「黙れ」
「おお怖い」
　ケタケタと肩を揺らして笑う深嶋を横目に、護符揃えの中から一枚抜き取った紅緋が耀に向かって防護符を飛ばす際、回復を邪魔されてはかなわぬとクロスグレイブを構えた梨鈴が、勇猛果敢に敵へと突っ込んでいく。
「いきます……！」
　まず振りかぶった巨大十字架での打撃を繰り出したあと、よろけたのを見てすぐさま胸部を突く。そのまま一気に頭上へ振り上げ、背面から仰向けに倒れようとしている深嶋に向かい、全身を使って暴力的な一撃を落としてみせた。
「まったく、その小さな体のどこからそんな力が出るんだか。興味あるなぁ」
　骨が軋むような音を立てて石畳の上を二転ほど転がった深嶋は、すぐに片膝を突いて上体を起こすと、切れた口端から垂れる血を手の甲で拭う。
「捌いたら何かわかるかな？」
　まだ余力が残る表情だが、いや寧ろ楽しげな空気が深まったように思えた。
　敵が少しでも一般人の方を向かぬよう、レイフォードはゼファーと結託して積極的に前に出る。まずゼファーが機銃掃射を打ち込み、敵を圧倒している隙を狙い、レイフォードが無敵斬艦刀を持ち上げ超弩級の一撃を叩き込む。全身が粉砕されてもおかしくはない、その衝撃が深嶋に直面する刹那、男の足元にぐねぐねと不気味に蠢く黒い靄が発生したのを、紅緋は見た。
　紅緋はハッと短く息を飲み、至近にいたレイフォードたちに向かって鏖殺領域が放たれようとしていることを叫んだ。場の空気を切り裂くような殺気が襲い掛かってきたのは、辛うじて防御が取れた直後のことである。
　何とか直撃は免れたが、深嶋は気に留めた様子はなく、ならばと視界から掻き消えるような素早さでレイフォードに向かって逆手に握ったナイフを振り下ろす。
「わう！」
　キンッ、と甲高い音が宵闇の中を駆け抜けた。
　割って入るようにその一撃を食い止めたフラムは、フンフンと鼻息を荒くして深嶋の眼前に降り立つと、すぐさま身を翻し敵の懐へと向かっていく。振りかぶられた刃が薄い躯体を斬りつければ、深嶋は「やったな」と歯を見せて満足げに口唇をゆるめてみせた。
「このわんころめ」
　えいえい、とナイフを手のひらの中で翻らせ、踊るような身のこなしで双方の攻防が展開されている。だが、切っ先を交わそうと右へと傾いたとき、フラムは咥えていた林檎飴を落としてしまった。小さな瞳が思わずその軌道を辿ってしまう。にんまりと笑みを深めた深嶋の表情に、気付いていない。
　手のひらの内でくるくると回されたナイフが、パシン、と握りしめられた。それはフラムの眉間に向かい、なんのためらいもなく振り下ろされる。殺戮者の瞳が煌めいた。
　そこへ――。
「させないっ！」
　少女の言葉と共に訪れた、ギャリギャリとギターをかき鳴らす激しい音階。そこで初めて深嶋の眉間に皺が寄る。う、と短く呻いて空いた手を頭に添えた深嶋は、薄く瞼を開いて小路の先へと視線を滑らせた。
　そこにはバイオレンスギターの弦をバリバリと引っ掻くメロが居て、どうやら彼女の仕業であることを彼は認識する。
「現れたわね、六六六人衆。貴方の命運もここまでよ、覚悟しておきなさい」
　その声は、思わぬところから聞こえてきた。
　背後に人の気配を感じ、反射的に逆手に持ったナイフを振り払いながら後方を顧みるのと、リディアが深嶋の躯体に黒死斬を叩き込むのは、ほぼ同時だった。しかも、新たに現れたのはメロとリディアだけではない。
　冬の古木を引っ掴み、広場から猛烈な勢いで駆けてくる千尋が有無を言わさぬ迫力で槍を突き出してきたのだ。咄嗟にナイフで受け止めたものの、千尋の一撃は決して生易しいものではない。
「お、もい……っ」
　身を穿たんとする重さに、深嶋の表情にサッと陰りが落ちる。彼は倒れこんでしまいそうな重さに耐えかね、どうにか左右どちらかにかわすことで軌道を流せやしないかと視線を逸らしたのだが、その一瞬が彼にとっての誤算であった。
「目指せ、殺される人、ゼロ！」
　一筋の光が目を貫いた。急激に明るくなったせいで、深嶋は寸の間、世界を失う。
　眩さに目を瞑った拍子に、これ幸いと千尋が全身の力を込めて、容赦なく敵の身体をまっすぐに穿つと、ファムが手に抱えた巨大なトーテムポールをぶんぶんと振り回す。何が起こるのかと思えば、まばゆい光を灯していたポールの動物の目から、なんとビームが放たれたのだ。
　そのビームが側面から深嶋を貫けば、双方から繰り出された攻撃によって、彼の体は交差するような激しい痛みを走らせた。硬い石畳の上に投げ出された深嶋は、転倒の反動を利用してすぐさま起き上がると、短く舌打ちを零してヴェノムゲイルを少女たちに向かって解き放つ。ナイフに蓄積された有象無象の呪いは、身を蝕む毒の風となって灼滅者たちにむかって襲い掛かる。
「うっ……」
「いま手当します！」
　短く漏れたうめき声。腕を広げた紅緋は、浄化をもたらす優しき風をあちらこちらから招き、傷ついた仲間たちへと注いでいく。
　紅い提灯に溶けるように赤い光を伴い舞い込んできた風を受け、千尋は艶やかな風を翻すと、再び敵に向かって駆け出した。
（「……血」）
　血が欲しい。求めたものが、そこにある。
　駆けるたびに彼女の脚には焔が巻き起こり、ごうごうと夜空を貫かんとするように燃え上がる。その威力に「うわ」と仰け反った深嶋の、その背後。
「貰いましたよ」
　縛霊手を装着した片腕を振り上げたリディアの拳が、無防備な背面に命中。殴りつけると同時に放出された網状の霊力が深嶋の躯体に絡みつく。
　縛り付けられたのを見て、千尋はたちまち加速するとグラインドファイアの激しき一撃で、その顔面を蹴り上げたのだ。
　その衝撃で後方へと吹っ飛んだ深嶋は、空中でナイフを真横に振り払うような仕草をしてみせたが、しかしそこへ跳ね上がってきたメロが黒死斬で大地に切り捨て、地面へ落ちた瞬間を狙い、フラムが六文銭射撃で狙撃してくるものだから、たまらない。
　ファムは敵の意識が散っている隙に、まだ回復しきれていない同列の仲間にワイドガードを展開すると、エンジン音を響かせながら突撃をかましたゼファーに続き、レイフォードがグラインドファイアで激しい炎の蹴りを繰り出すと、皮膚の上を氷が走ったような感覚を覚え、咄嗟に後退する。見やれば、一筋の赤が皮膚の上を走っている。
　どうやら至近に近づいた刹那のあいだ敵の攻撃が入っていたらしい。
「ううん、綺麗な赤。ボクの好きな林檎飴の色だね」
　にっこりと、まるで他意のない無邪気な笑みを見て。それまで無表情であった耀の唇が小さく戦慄く。
「煩い」
　暁を構える。ピンと背筋を伸ばし、上段に、ゆっくりと刃を持ち上げ、狙いを定める。殺戮者の瞳が細くなる。それはまるで、三日月のようだと思った。興味深そうにこちらを見ている。
　そんなに赤が好きなら――。
「くれてやる」
　両腕に込めた力は凪いで、ただ一点に集中する。ふっ、と短く息を吐く。振り下ろされた刃から、斬撃が生み出された。それは素早く、重く、瞬きする暇もないくらいに深嶋の躯体を目掛けて一直線に。
「あ、こりゃ不味い」
　あっけらかんとした言葉だった。
　びゅうびゅうと風をうねらせ、細い小路を包む竹林を揺り動かす衝撃は深嶋の上体を激しく損傷させた。両のこぶしをきつく握りしめ、地に踏ん張り耐えきった殺戮者は、切れた頬から伝う赤い血をぺろりと舌で舐め上げると、少し苦しそうに咳き込んだ。
「まったく。わんころですら林檎飴を食べているっていうのにさ」
　口の中に溜まった血を吐き捨てた深嶋は、好物を見せつけられたことを根に持っているのだろう。くるくるとナイフを回し、周囲を取り囲む灼滅者たちにヴェノムゲイルをまき散らすと、彼は笑い声を立てて後方へ飛び退いた。
「みんな、大丈夫！？」
　メロが慌ててリバイブメロディを、紅緋が再び風を放って回復に走るのを横目に、千尋は寄生体に侵食された無敵斬艦刀を引っ掴むと、青い異形の刃で斬りかかった。
「血をよこせ……！」
　キン、と刃と刃がかち合う音が夜空に跳ねる。
　千尋はすぐ目の前に在る獲物に橙の瞳を光らせるが、深嶋はにんまりと唇に弧を描くだけで何も言わない。しかし吐息が触れそうなほどの距離で見る彼の眸には、どこか疲労感が見え隠れしているように思えた。
　その証拠に彼はトン、と千尋を押しのけると、暗闇が立ち込める小路の奥へと姿を晦まそうとするではないか。ちょうどギルティクロスを叩き込んだばかりの梨鈴は、撤退の意思を見るとその進行を邪魔せぬよう脇へと退いた。
「クソッ！　だがダメ押しに一発！」
　レイフォードが暗がりに霞みそうな背中に向かってオーラキャノンを放つが、深嶋の姿は竹林の中に消えてしまい、命中したかどうかもわからない。
「……残念、ころしたかったのに」
　耀の言葉が、闇に溶けていく。
　敵の撤退を前にして、千尋とリディアは第二班にすぐさま連絡。あとは彼らが深嶋を灼滅してくれるのを祈るばかりであった。

作者：四季乃	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月31日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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