熱帯夜の憂鬱 ~無情の熱~

    作者:四季乃

    ●Accident
     それはどこに居ても祭囃子が闊歩する熱帯夜のことだった。
     晴れ渡った夜空の下を、男衆が煌びやかな山笠を担いで練り歩けば、それらに追従するよう人の波が押し寄せる。触れ合う膚の生暖かさに僅かばかりの不快感を覚えるのも、仕方のないことであった。
     流れに逆らうのもやっとな『塊』に向かい、青年は左手に握ったサバイバルナイフをひらりと躍らせる。空に絵でも刻むかのような滑らかな動きに、一片の無駄はない。後方で鈍い音を立てて崩れ落ちたものになぞ気にも止めず、ただ己の歩行を邪魔する『障害物』を切り崩しながら、彼はとある事を考えていた。
    「お腹減っちゃったなぁ」
     星すら見えぬ明るい空に視線のみを持ち上げ、ナイフに付着した真っ赤なそれを振り払う。しかし青年はパッと表情を明るくさせると、サメのようにギザギザとした鋭い歯の隙間から舌を覗かせて笑みを刷いた。
    「お祭りと言ったら林檎飴でしょー。うんうん、林檎飴を食べよう」
     ひとり納得したように頷く彼は、フンフン鼻歌交じりで歩んで行く。ひらり、はらり。一重、二重と赤が折り重なる。まるで夜空に弾けた花火のような儚さで散って行く姿に、彼は視線すら寄越さない。
     ひぃ、ふぅ、みーー。殺戮者の歩んだ道筋に、点々と落ちた躯の数知れず。湧き上がる悲鳴は、皮肉にも熱狂する祭囃子に掻き消えて誰にも届かない。

    ●Caution
    「サイキック・リベレイターを使用した事により、六六六人衆が起こす殺人事件を予知いたしました」
     沈痛な面持ちで五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が述べると、灼滅者たちの表情がグッと引き締まる。
     その殺戮者、名を「深嶋」と言い、サバイバルナイフを所持した10代の青年であると言う。すでに知っているだろうが、元々、六六六人衆は強敵だ。サイキック・リベレイターの使用により敵は更に強化されているので、灼滅は難しくなっていることだろう。
    「ですが、サイキック・リベレイターの予知により『六六六人衆が戦闘後に撤退する場所』を割り出す事ができました。これにより二段構えの作戦を決行することで、灼滅への道が開かれるのです」
     つまり、第一斑が現場に向かい、深嶋と接触。一般人の退避を促しながら敵を撃退、あるいは頃合いを見て撤退をしてほしい。そうして退いた深嶋を第二班が急襲し、灼滅に臨むと言った流れになる。
    「皆さんには第二斑ーー敵の灼滅をして頂きたいのです」

    ●Ⅱ
     小路を抜けると、城の正門に出る。
     城は周囲をお堀に囲まれているが、一部が雑木林に侵食されており、城の内部へと繋がっているのだという。深嶋は交戦後、小路を抜けてその雑木林へと撤退するつもりのようだ。
     城内部には祭りの出店は出ていないが、最上階から夜景を楽しむ一般客が入場している可能性が高い。第一斑が退避を促してくれるので新たな一般人はやって来ないだろうが、正門前で奇襲を行うのであれば、その辺りを散策している一般人を城の内部へと誘導するなどの退避行動をお願いしたい。
    「また、雑木林は入り口周囲であれば灯籠の明かりが届くでしょうし、戦闘をする分には問題はありません。身を隠すのも容易でしょう」
     敵は第一斑の攻撃を受けて、手負いの状態で現れる。彼らの奮闘により、第二班が六六六人衆の灼滅という勝利を勝ち取ることが可能なのだ。彼らが繋いでくれたバトンを取りこぼすことなく、必ず敵を仕留めて欲しい。
    「第一斑の方々の力を得た皆さんであれば、必ず六六六人衆を灼滅に導くことが出来ると、わたしはそう信じています。どうか、お気をつけください」
     姫子はその瞳に力強い信頼の光を灯すと、灼滅者たちに向かって深く頭を下げた。


    参加者
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    詩夜・華月(蒼花護る紅血華・d03148)
    白弦・詠(ラメント・d04567)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    鮫嶋・成海(マノ・d25970)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    有城・雄哉(大学生ストリートファイター・d31751)
    栗須・茉莉(助けてくれた皆様に感謝します・d36201)

    ■リプレイ

    ●最初で最後の今日
    「失礼。此方はこの時間帯、通行禁止です」
     祭り会場へと続く小路へと、ふらりと近づく女性を見つけた。警備員に扮した新沢・冬舞(夢綴・d12822)は、スッと腕を広げながら小路を塞ぐ。
     冬舞の顔を、ぽかんとした様子で見上げる女性のすぐ背後では、老夫婦を呼び止める鮫嶋・成海(マノ・d25970)の姿もあって、二人はなるたけ騒ぎにならぬよう穏やかな物腰で一般客を城の方へと誘導する。
    「祭りの方で騒ぎが起こってるらしい」
     正門前では子連れの夫婦やカップルたちに注意を促す詩夜・華月(蒼花護る紅血華・d03148)の姿もあった。
    「危ないから城の中にしばらくいた方がいいわ」
     ざわざわと少し姦しさを帯び始めた場の空気に、珍しくロングコートではなく法被を羽織った皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)は、何ぞ考えた風に「ふむ」と顎に丸めた手を添えると「それはそれとして……」口を開いた。
    「城の最上階からの眺めは綺麗だ。この祭り時期を逃すとまた来年。ぜひ見ていってほしい」
     すると人々は不安げに互いを見合っていたが、小さな子どもが「見たい見たい」と城へと駆けて行ったので、大人たちもどこか気が紛れた様子で笑みを浮かべ、ホッと息を吐いた。

    ●帰らぬ夜
     逃げ遅れた人が居ないか、周囲を確認していた白弦・詠(ラメント・d04567)の元へ、真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)から連絡が入った。どうやら第一班から深嶋の撤退連絡が届いたらしい。
     敵の情報を携帯電話越しに耳にして、一足早く雑木林に足を踏み入れ死角を入念にチェックしていた有城・雄哉(大学生ストリートファイター・d31751)は、躯体を隠すことができる草むらに身を潜めると、影から小路の方を盗み見る。
     少し離れた木の裏側にはウィングキャットのケーキと共に隠れる栗須・茉莉(助けてくれた皆様に感謝します・d36201)も居た。
    「雑木林で待機ですか。虫除けスプレーとか使いたい所ですけど、匂いで気付かれたら大変なので我慢です」
     彼女は長い己の髪が風に浚われぬようしっかりと抑えて、その瞬間を待っている。

    ●祭囃子は遠い向こう
     息が上がる。
     額から頬を伝う汗が頤を滑り落ちていく。張り付いた前髪を鬱陶しそうに手の甲で払い、ついでに目深に被っていたフードも脱いでしまう。
    (「あーあ。林檎飴ゲットできなかったなぁ」)
     軽快な足音が石畳を打つ。背後を振り返ると、まるで黄泉の入り口かのように、紅い提灯の光が遠く霞んで揺らめいている。ちぇ、といじけたように小さく声を出した深嶋は「やだやだ」と首を振ると小路を抜けて城の正門前に飛び出した。
     追いかけてくる様子はないので、駆けるペースを落とし肩で息をしながら城を横目に雑木林に向かっていく。この辺りは出店がないためか、人っ子一人見当たらない。どこかで鳴り響く祭囃子が、なんだか浮世離れした空気を感じさせた。
     ほう、と吐息を零して深嶋が雑木林に足を踏み込んだ、そのときだった。
     ゴウッと耳元で風の唸りを聞いた気がして、深嶋が歩みを止めて振り返ると、こちら目掛けて迫りくる巨大十字架のモノリスが視界いっぱいに映り込んだのだ。
    「うっ、わ!」
     咄嗟に右に飛び退いて交わそうとした深嶋であったが、その方角から眩い光の塊が飛来して、胸部をしたたかに打ち抜いた。衝撃で身を固くした殺戮者に向かい、クロスグレイブを振り上げた櫟は、低く腰を落とした状態から打撃を繰り出し、深嶋の躯体へと乱暴な格闘術を叩き込んでいく。
     打つ、突く、叩き潰す。息つく暇も容赦もない攻撃に、既に手負いである深嶋からうめき声が零れ落ちた。だが此処はすでに詠のサウンドシャッターと雄哉の殺界形成によって隔離されている。
    「初めまして。調子も機嫌も悪そうだね。俺は今日、少し良いんだ」
     ドン、とクロスグレイブを地面に突き立て、櫟は地面に腰を落としている深嶋をレンズ越しに見下ろしている。ペッ、と血を吐き出した深嶋は、彼のビハインドであるイツツバの霊撃にぶたれた頬を手の甲でズリズリと撫でながら、唇をへの字にひん曲げた。
    「機嫌……うん、悪いね。だって大好物をまだ口にしていないんだもんね」
    「ふぅん。それはご愁傷さま」
     せっかくの夏祭りなのに、と零すと深嶋はムッとしたように目を細める。だが櫟はそんな様子どうだって良かった。敵の表情など関係がない。だって今日は思いっきり、好きなだけ前衛で戦えるのだから。
    (「イツツバが居るハンデを補えるくらいの力が、昔と違い今はある」)
     体が軽い。
     それでももっと強くならなきゃ、届かない。だから、まず目の前の踏み台を、一つずつ。
    「ねぇ、背中がお留守だけど、良いの?」
     小首を傾げた櫟の言葉。
     無表情かと思われた彼の唇に、聊かの笑みが浮かんだ気がしたが、深嶋は彼ではない気配を察知して、短く息を詰めて背後を振り返った。振り返ったがしかし――。
    「貴方の心臓、ちょうだいな」
     まるで水に揺蕩う波のようだと、彼は思った。
     紅い提灯に照らされ、波打つ柔らかな髪を漂わせた詠の手には、一本の槍。それは螺旋の如く捻りを加えられ、ただこちらの一点のみを狙っている。咄嗟に手に握りしめたままのナイフを構えて、その軌道をずらそうと試みた深嶋であったが、先に動いていた詠の方が素早かった。
    「いっ……!」
     胸部をまっすぐ、穿たれる。
     鋭く強烈な一撃に、目を眇めた彼はナイフをジグサグに変形させると、手の届く範囲から退こうとしている詠目掛けて切っ先を振り払う。彼女のなよやかな膚を斬り刻まんとする仕草を見、素早い身のこなしで深嶋の死角へと飛び込んだ華月は、慈悲の一片もない黒死斬を叩き込んだ。
     視線を寄越す殺戮者と至近で眸を交えた華月の真っ赤なそれが、彼に対する敵意を露わにする。ただこちらを殺す、それだけを考えた視線を受けて、深嶋の表情に笑みが戻る。
     そのとき。
    「六六六人衆……ここで殺す!」
    「深嶋さん、ここで倒させてもらいます」
     暗がりから姿を現したのは雄哉と茉莉だった。
     まず雄哉がWOKシールドのエネルギー障壁を展開すると、フラつく敵の顔面目がけてシールドバッシュを叩き込んだ。きらきらと辺りを照らす提灯の明かりを受けて、普段とは違う、彼の青い髪があでやかに輝いている。
     大地に叩きつけんばかりに拳を振り下ろした雄哉と入れ違い。前へと飛び出した茉莉は深嶋が受け身をとって立ち上がろうとするので、それを阻止するかのように肉球パンチを繰り出すケーキに続き、螺穿槍を突き出すとその肩口を貫いた。
     捻りを加えられた槍によって、グンッと後方へ押されるような形で転倒した深嶋は、切れた唇を痛そうに舐めながら、
    「あー、やだやだ」
     と、どす黒い殺気を総身にまとわせ始める。
     それが周囲に居た前衛たちにたちまち食らいつくのを見て、冬舞が幸太郎に向けてラビリンスアーマーを、またそれを受けた幸太郎がすぐさま夜霧隠れを前列に拡散すると、フルスロットルで自己回復したライドキャリバーの春海を横目に見た成海が、敵に向かって一直線。
    「紫陽花の次は夏祭り。……どうして普通に楽しめないのかしらね」
     前回の戦いを思い出し、やれやれとばかりに肩をすくめてみせた成海は、雷に変換した闘気を拳に宿し、まとわりつく殺気を振り払うように前へと一歩踏み出すと、深嶋の懐に突っ込んでいった。
    「おぉ」
     目を丸くした深嶋であったが、パリパリと小さな稲妻を走らせる彼女の拳が視界に入れば、口元が引きつった。その様子を間近に見た成海は、唇から覗くギザギザの歯を見て、
    「良いわね、その歯。鮫みたいで好きよ」
     言いつつ、胸部に向かって抗雷撃を打ち込んだ。
    「でも知ってる? 鮫って無意味で無差別な捕食はしないこと。空っぽの頭で刃を振り翳すアンタとは違うってこと」
     しなやかに飛び上がりながら繰り出されたアッパーカットによって、宙へと投げ出される肢体が、柔らかな土の上に落下する。彼は地面に片手を突いて起き上がったが、瞬間、前列に向かい毒の風が吹き荒れた。
     彼がこれまで奪った犠牲者たちの呪いが灼滅者たちの総身に喰らい付く。片腕を挙げて、襲い掛かる竜巻を薄目で見やっていた雄哉はワイドガードを展開すると、深嶋がちらと雑木林の奥へ視線を滑らせたことに気が付いた。
    (「逃がすものか」)
     敵の視線をふさぐような立ち位置に移動し、逃亡を許さない。
     櫟もまた布陣に大きく穴が生じぬよう、立ち回りに注意しつつクロスグレイブの銃口を敵へと突き付けると、聖歌と共に開かれたその先端が光を収束する。拳銃を所持したイツツバがその媒介を元に霊障波を撃ち込み、深嶋の注意を逸らしたところで光の砲弾が放たれると、深嶋は眩さに腕を持ち上げ目を眇めたが、逆手に握ったナイフで斬撃を繰り出し対抗した。
     その光景を前にして、ぬるい宵の風に銀髪を靡かせていた華月はクロスグレイブを担ぎ上げると、味方を斬りつけ楽しげに笑う深嶋を目にし、双眸をカッと見開いた。
    「沈めッ!」
     ダン、と力強く踏み込んだ華月の迫力に、殺戮者の笑みが振り返る。彼は口唇の端から血が流れ出ていることも厭わず、にんまりと両目を細めどす黒い殺気を放って華月を迎え撃つ。
    「祭りの出し物にしては、ちと刺激が強すぎる」
     じわりと額に浮かび上がる珠のような汗が頬を伝い、落ちていく。
     幸太郎は夜霧隠れで前列をサポートしていたが、こうも繰り出されては回復が追い付かない。成海も祭霊光にて回復に当たっていたが、レイザースラストで攻撃を仕掛けようとしていた冬舞は、前列の様子を見過ごせず、ダイダロスベルトを振り直し味方に向けて射出。それを鎧のごとく覆い、防御に割り当てる。
    「ねぇ、さっきの話なんだけど。何か、理由があって?」
     頸だけで振り返る成海は、自身に意識を向けさせることで敵へと向かう仲間たちから注意を逸らす。問われた深嶋は「うん?」と同じように彼女の方を振り返ったが、視線を虚空に向けると「さあ?」「息をすることを君は考えたことがあるの?」と、そう、問いかけた。
     つまり、そういうことなのだ。
     彼にとって人を殺めるのは、息をするのと変わらぬ意味である。いや、意味すらないのかもしれない。成海はその返答に小さく唇を結ぶと、固くなった肩の力を抜いて、かぶりを振ってみせた。
    「聞いたところで此方の答えは変わらないけど。偽物の牙は、粉々に砕いてやるわ」
     ――仲間が、ね。
     そう、口が動いたような気がした。だが深嶋の視界から成海が消える。いや、誰かが割って入ったために視界が遮られたのだ。
     それは巨大なモノリスを引っ掴んだ華月で、彼女が十字架戦闘術にて苛烈な攻撃を叩き込んでいると、挟み込むような形で春海が突撃する。挟み込むような、衝突のすさまじさに土煙が舞い上がる。最後の叩き潰しを終えた華月と入れ違いに、詠がディーヴァズメロディの歌声で彼の意識を催眠状態に落とし込めば、深嶋は額を抑えてフラフラと身をよろけさせた。
    「あー、だめ。これはちょっと……」
     目まぐるしく意識を翻弄され足元が覚束ない。ここに来てガタがきたのか、彼は血を流す腕をダラリと垂らし、大地を赤く染め上げる。
     その隙に死角から茉莉が妖冷弾を打ち込めば、ケーキが猫魔法で横っ面を張り倒す。大地に倒れることはまだ無いが、第一斑の奮闘のおかげでもあってか、何とか光明が見えた気がした。このまま一気に叩けば灼滅も近いのではないか。
     そうと分かるなり、まずウロボロスシールドで自己強化に努めた雄哉が、身を翻しティアーズリッパーを叩き込もうとした敵の攻撃をかばい受けていく。まだ鋭さを思わせる痛みに眉根が寄るも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
    「サバイバルナイフを好むのは奇遇にも俺もそうだが」
     言いつつ、ダイダロスベルトから槍に持ち替え、冬舞が槍の妖気を冷気のつららへと形成する。
    「此処でお前にとっての祭りは終わりだ」
     つららは敵の背面を太く、強く、貫いた。
     しかしそれは、冬舞から放たれたものではない。別の方向――詠が撃ち出した妖冷弾であった。背中に食い込むつららを見て、彼女は目口を下げて微笑んでいる。場にそぐわぬ笑みに、深嶋の眉間から一筋の汗が滴り落ちる。
    「こんな大きなお城が貴方のお墓になるだなんて、ね」
     詠はちら、と後方の城を見やると、海色の双眸を甘く細めてみせた。
    「どう、思いもしなかったでしょう? ただ、殺し殺されじゃ……つまらないわよ。そこに愛を謳ってみましょうよ、ねえ」
    「愛でおなかは膨れないよ」
     だが深嶋はそれどころではない。なぜならすぐさま次の妖冷弾、冬舞のそれが撃ち出されていたのだ。ナイフでつららを砕こうとした身のこなしは、しかし華月が振り上げるチェーンソー剣によって視線を奪われる。
    「うっわ、ちょっとなにそれ」
     ギャリギャリと轟音を立てて振り下ろされるチェーンソーに、咄嗟に反対方向へと逃げようとした深嶋であったが、瞬間、彼の視界が大きく傾いた。次いで訪れた激しい痛み。
     ハッ、と短く息を飲んで下方を見ると、太ももを大きなつららが貫いていた。視覚で認識してしまえば、痛みもじわりと倍増するというもの。
    「やらかした……動きが鈍くなってるなんて」
     下唇を噛んだ深嶋は、それでもまだ諦めておらず、殺気を無尽蔵に放出させようと試みるのだが――。
    「……聞きたいんだけど。殺される時って、どんな気分なの」
     眼前に現れた櫟が、感情のない眸で首を傾げているのを見て、動きが止まる。その腕は寄生体に浸食されたような巨大な刃と変質しており、その切っ先が薄い喉の皮を突いている。
     ひく、と唇を震わせた深嶋はパッ、と両手を開くと降参のポーズを取った。
    「それ聞いてどうするの。死にゆく僕の衝動が何か参考になる?」
     ふと、考えて。
    「それも、そうか」
     パン、とその皮膚を、真横に引き裂いた。

    ●祭囃子を聞きながら
     遠くから、祭囃子が聞こえてくる。
     ずいぶんとぬるくなった缶コーヒーを一口啜った幸太郎は、吐息するように肩を落とし、それからゆっくりと小路に向かって歩き出した。
     やることも終わったのだ、せっかくだから夜景でも見て帰るかな。でもその前に林檎飴でも買ってこよう。
    「祭りを味わうには林檎飴だからな……」
    「それ、誰かが言ったようなセリフですね?」
     春海のハンドルを撫でていた成海に突っ込まれ、幸太郎は頸だけで振り返ると小さく口元をゆるめてみせた。
    「まぁ気のせいだ」
     きっと誰かさんは、悔しがってるだろうけれど。祭りの醍醐味には変わりないのだから、仕方ない。
     そうして熱帯夜は過ぎていく。とろとろとゆるやかに、人々の心に何かあたたかなものを刻みつけながら。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年7月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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