子夜の狭間の水天宮

    作者:那珂川未来

    ●ラジオの噂
    「タタリガミの首魁とされている、ラジオウェーブのラジオ放送が確認されたよ」
    「ラジオ放送と同様の事件が発生してしまうという、あれだね」
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)から資料を受け取るエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)は、この時期なら海に纏わる噂を流してくるだろうと予測していただけに、やはりという感想が先に来た。

    ●海底神殿
     深夜零時に、あの断崖絶壁を降りて、あの突き出した岩の端から海が割れるの。
     そしてその割れた海の下に広がるのは水天宮と呼ばれる海底神殿。
     不思議な仕掛けや罠。それらを乗り越え玉座に辿り着いたなら。そこには数々の権力者が求めた宝物があるんだって。
     けれどね?
     玉座は時の流れに淘汰されたがっているの。もう一人ぼっちで海の底に閉じ込められている苦しみは嫌なんだって。
     だから、終りの言葉を起動してあげて。
     素敵な宝物を惜しんで躊躇うなら、君は永遠に海の底。

    ●玉座にある宝石
    「子供は元より、冒険心の強い大人でも好奇心をくすぐられる様な噂だね」
    「実際、このラジオ放送の最後では永遠に海底を彷徨う若者達が出てくる。つまり犠牲になった人が出るってことなんだよね。一般人では、攻略は不可能なんだろう。攻撃的な都市伝説ではないけれど、閉じ込められれば最終的には死ぬしかない」
     厄介だよねと零す沙汰。浪漫やファンタジックな魅力の方が強すぎて、ありえないと思う反面あまり怖さを感じられない話。美しさを隠れ蓑に人を飲みこもうとする悪意のやり口に、エアンからは重い溜息が洩れた。そうなるまえに都市伝説を灼滅しなければならない。
    「まあ、人払いはいつもの定石ESPで十分だよ。潜入に関しても、放送通りこの地図の岩の辺りで待っていれば、都市伝説の特殊空間となる水天宮までの道は何もしないでも開くし――で、中の探索も、たぶん、きっと、灼滅者ならまあ死なずに済む程度のワナとか仕掛けがあるっぽい。ただ、遺跡の素敵な宝物って何か分からないけれど……」
     都市伝説なのだ。例えば金銀財宝だとしても所詮は幻。手に入れることは実際にはできない。
    「ところで終りの言葉とはどんなものなんだろう」
     なんであれ一番大事なものは終りの言葉とやらである。エアンはそのヒントになる様なものはなかったか沙汰に尋ねたなら。
    「うーん……なんだろうね……本当に言葉なのか、或は記号とかなのか……。結局のところラジオ放送であるが故に予知の範囲外。これは行かなくちゃ分からない部分だね」
     ごめんと謝る沙汰。エアンは大丈夫と首を振って。
    「きっと探索中に見つけられるだろうから、こっちでなんとかするよ。それよりも水の中の宮殿なら、きっと水の仕掛けもありそうだから、水着は必須かな? 遺跡へいったら最後は崩壊というのはありがちなパターンだけど、都市伝説なら脱出も手間取らないだろうしね」
    「そうだね。あまり危険はないとは思うから、真夏の夜の幻想を楽しみつつ探索してきてね」
     行ってらっしゃいと手を振る沙汰へと、エアンは手を振り微笑み返して。
     ただ、その時の彼等は「玉座」に纏わる悲しみを知る由もなかった――。

     玉座は待つ。
     この呪いから解き放ってくれるものを。
     凍りついた地獄から、どうか――救い出して。


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)

    ■リプレイ


     子夜に現れた狭間へと飛び込むなら、星空は一瞬にして海に飲まれた。
     冴凪・翼(猛虎添翼・d05699)は殺界を生みだしながら、まるで暗黒にゆっくりと沈んでゆく様な不思議な感触を楽しみつつ、
    「おー、なんか見えてきたー」
     淡い光に浮かぶ翡翠色の建造物を見つけ、翼は興奮気味に友へと顔を向けたなら。都市伝説の特殊空間へ移行してゆく足元の不安さに妙にわたわたしている葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)と、当り前の様に手を取りエスコートしているエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)がいつも通り過ぎて、翼は思わず相変わらずだなーとくすり。
     とうちゃーく! と、かのこは好奇心旺盛に。朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)は少女らしい快活さで神殿前の石畳へとジャンプ!
     かのこと一緒にくるり辺りを見回せば。美しい光沢をもつ緑色の神殿は淡い輝きを放ち、海を支える様に鎮座して。空たる海は、透明な藍を湛え、豊かな南の近海を思わせる魚達の群れが飛ぶように泳ぎ、目を楽しませてくる。
     穂純は広大な水天の空に感嘆漏らし。
    「魚もいっぱい。本物の海に潜ったみたいだね」
    「海上からの光が反射してキラキラしてて――あっちこっちにある色んな大きさのシャコ貝も、ほのかに光ってるみたい……。なんだか夜であることを忘れちゃいますね」
     羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は水天へと手を伸ばした。水はすぐ手の届くところにある感触で。えいと手を動かせば水流が巻き、漂う藻屑が優雅に踊る。魚達も幻とは思えないほど生き生きとして、つい目的を忘れそうなほど。
    「ふわあ、海底神殿って素敵ですね」
     美しい珊瑚の森には感激。ジンベイザメさんやペンギンさんまでいるのですと指差しはしゃぐフリル・インレアン(中学生人狼・d32564)。海洋生物の分布図はまるで無視なのは都市伝説クオリティだが、しかしまさに幻な光景だからこそその目に焼き付けたい気持ちだ。
     ペンギンとか居ないかな、と内心思っていただけに。真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)は真っ先に足を止ながらも、自然な動作で水天を仰いだ。
     その嘴に触れられそうなほど興味深げ近くを泳いでは離れ、また寄ってくる。手を伸ばせば小鳥の様に指にキスしてくれそうな雰囲気に、微か口元が緩む。
    「……持ち帰りたい……」
     懐っこいペンギンが群れへと戻ってゆく背を見ながら、櫟は本音をポツリ。
    「神殿というだけあって、厳かな雰囲気ね……とても綺麗」
     しばし見とれていた百花だけど。チラッとエアンを見上げたら、物珍しげに見まわす顔に輝く瞳がとっても少年ぽくって。
    「……もしかして、結構ワクワクしてる?」
     覗きこむ様にして見つめてくる百花へと、エアンはふわりと微笑み返し、
    「……ん? ああ、バレた? こういうのは幾つになっても楽しいものだなって思ってさ」
    「一般人が入っちまったら危ないけどさ、俺らなら大丈夫だし。この先どうなってんだろーとかちょっとワクワクするよなー。2人と一緒だから楽しいし」
     お転婆、というよりは少年のそれにも似た表情で石畳の上をくるりと楽しげに歩く翼にエアンは、らしさを感じていたら。
    「2人なら、どんな宝物があったら……って、愚問って奴かもなこれ。どんな物でも、その指輪にゃ敵わないだろうし」
     指輪を差しちょっとからかう様な、けれど祝福の意味合いも込めた翼の笑みに、エアンは当り前の様に、
    「唯一の宝は、そうだね。いつも傍らにある」
     見やれば赤面している百花がまた愛おしくて。
     そう。どんなに幻想的で美しい宝物も、きっと愛には叶わない。
     水天の世界の中、百花は指輪を撫でて誓う。
     人が惜しむ様な宝物があるという玉座に、必ず終りの言葉を渡すことを。


     程なくして辿り着いた大きな石の扉。押しても引いてもびくともしない。
    「なんだろ……数字のようなものが彫られてるよ」
    「早速謎解きのスタートだね……一体何を現わしてるのかな?」
     穂純は装飾の様に見せかけた数字を指差せば、枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)は食い入るように見ながら。
    「それにしても……素敵な宝物を惜しんで躊躇うなら、君は永遠に海の底……かぁ。もしかして……玉座の正体は、素敵な宝物を惜しんだ者?」
     この水天宮に纏わる噺に興味を惹かれた水織は独自の推測を。宝物と云われているものの、滅びを望むという事は物品ではないことはわかる。
    「どうでしょう? 時の流れに淘汰されたがっているなら、玉座は神殿そのものに縁がある様に聞こえなくもないですし……」
    「……永遠に海の底に閉じ込められるって知らなかったからとか?」
     フリルが仕掛けを探しつつ疑問を零すなら。水織は首傾げ唸った。
     すると陽桜が、
    「これは私の憶測ですけど……ここには簡単に人が来る事はできないけれど、例え誰かが来ても「玉座」の事を見てくれなかったのかなって。「玉座」はこの場所の「宝物」ではあるけれど、誰も一個人としては見てくれなかったのかなって」
     ラジオの噂話では一貫して「玉座」と物の様な呼称であるのに、まるで意思があるような様子が引っ掛かるから。
     自分を訴えても、自分であることを許されない「玉座」。陽桜はそこに滲む理不尽に、悲しみを覚えるなら。
    「行ってみればわかる」
     宝物だとか、金銀財宝に興味などないけど。百聞は一見に如かずという様に、櫟はゆったりとヒント探す様に頭をふる。
     矢先。
     こそりと後をついてきちゃったんですテヘッって顔して、何処かのお姉さんよろしく柱の影から覗きこむレキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)と目があった。
     ので。
     空気読んで、何かあったら保護はする、目の届く場所に居て的合図を送ったというのに、イツツバが一緒に行きましょうよ的朗らかリアクションを繰り出そうとし、
    「皆さん見てください。あれ、光だけじゃなくて何か入ってるのも……!」
     シャコ貝を指差しながら駆け寄るなり、興味津々、そーっと手を突っ込む陽桜へと襲いかかる罠まで予感しちゃったものだから!
     櫟は無言かつ冷徹無比な顔つきで二つの危機を脱出せんと、どっちかっていうと計算したっていうよりは脳筋的勘から繰り出すキック!
     カーン♪
     ヒュン!
     ガシィ☆
    「ふゎ……び、びっくりしました……っ。イツツバさんありが……」
     素敵な三拍子でお届けするイツツバの身を呈したアクションで、手を挟まれる危険を回避した陽桜がお礼を言おうとした矢先。
     ぱくーんっ!
     ぷるぷるとつっかえ棒になって頑張っていたイツツバがヴィーナスの誕生の逆を再現した瞬間。


     十分後。
     櫟の傍らを浮遊するイツツバは元気である。シャコ貝、そんなものはなかった。
     時計の仕掛けを解き放ち、神殿内部に進むのだが。さっきから延々と坂道を進んでいるだけで一向に出口が見えない。
    「なんかループしてないか? 全然景色変わらないし」
    「そうですね……」
     うんざり気味の翼。フリルも段々足が疲れてきましたとげんなり。
    「てか、この床のスイッチだってさっきも見た……ってあれもしかしてこれ押せば隠し通路がでるんじゃないのか?」
    「いや、それは明らかにアヤシ……」
     どう見てもデンジャラスマークなスイッチを、エアンが止めようとするより早く、翼は一切の躊躇いもなくぽちっとな。
    「ひゃ、ひゃぅっ!」
     水滴が背中にダイレクトインして、変な悲鳴をあげちゃうフリル。帽子で顔を隠したいくらいハズカシイ……。
    「す、すまんフリル。んじゃこっちか!?」
    「そっちもでんじゃらすな予か――きゃー!?」
     百花が注意を促す間も無く、定番中の定番、大岩トラップ、ごろごろごー!
    「ありゃ、こっちか。でもこれはこれでやってみたかったけど、なっ!」
     大岩程度の罠など、俺にかかればただの石ころよ! といわんばかりに。鋼鉄の拳を以て粉砕!
    「って、やべ、破片とか飛んでない? 大丈夫か?」
    「だいじょうぶっ」
    「翼さんこそ怪我はないですか?」
     百花は微笑み、水織は歩み寄れば、

     カチッ☆

    「かちっ?」
     なんの音かしらっていう顔しながら百花と水織が顔を見合わせたあと自分達の足元を見たならば。なんだが渦潮が描かれた感圧板スイッチを水織が踏んでいたとか何とか。
     何処か歯車が回っている様な音に戦々恐々。
    「……みお、もしかして……」
     やっちゃいました? っていう言葉もろとも。
     パカーンと開いた巨大な落とし穴。その先は落ちたら二度と浮き上がれなさそうなほど激しい渦潮が!
    「えっと……みお、飛べる……けど……」
     咄嗟に飛べるのは水織しかいなかったわけで、箒に取りつこうにも巨大な穴で足場もないためなんと全員落ちていたとか何とか!
     他の皆がくるくると渦の表面を滑り台の様に滑ってゆくところを見ると、渦潮自体仕掛けっぽいうえ。
    「みお……このまま一人は嫌かも……」
     完全に分断されるのは流石に危険だから。思いきって箒から飛び降りると、同じ様に渦潮のスライダーへとお尻を滑らせた。


     水織のうっかりスイッチも、実は怪我の功名ともいえて。
     渦潮のスライダーを滑り、神殿の更に深き海の底まで連れていかれた先は、色分けされた大量の数字が螺旋を描きながら宙を駆け巡る、幻想的な空間だった。
     中央の台座は何を表わしているのか、A、T、C、Gと思われる文字が延々と画面上を走り続けている。
    「これも……仕掛けの一つですよね?」
    「えと、たぶんそうです、よね? 出口らしきものが見当りませんし。いかにもな雰囲気です……」
     陽桜は台座の英文字らしきものと、浮かぶ数字を交互に見つつ、何かを紐解こうとしながら呟けば。フリルは浮かぶ数字の影に隠れてヒントが落ちていないかゆっくりと周囲を伺う。
     その横で、翼が脳天から煙でも吹きそうな顔して、駆け巡る数字に目を回し今にもぶっ倒れそう。
     それだけではない。どこからか水が入ってきているようで、水位がどんどん上がっている。
    「謎解きにありがち、な割にすげー高度な計算を求めるね」
     静かに足の甲を埋め尽くして行く水を見つめながら、櫟は零した。灼滅者ならば溺死はないにしても、だ。だからって息苦しい思いを好き好んでしたくはない。
    「え? まさかこのAとかTとかの文字の羅列だけで何か分かったの?」
     台座に歩み寄り出した櫟を見て水織は驚いた様に尋ねたら。
    「A、T、C、Gはたぶん塩基。しかも配列完成させたところでそれが何のか、なんて調べられるわけもないし――ただこれが終りの言葉に近いものなんじゃないのかと思うね」
     命の設計図にどんな秘密があるのだろうと水織が思考をろくに巡らせる暇もなく、櫟はただおもむろに足を振り上げ、
    「解けない事は無いが量的に死ぬほど面倒臭い」
     一体何千列あるんだよこのすっとこどっこい。台座がプスプス煙り出して火花バチバチしてスピーカーからピーガーって雑音鳴る程度の力で蹴りあげたなら。

     ガチャン♪

    「あ、開いた。行こう」
    「えーーーっ!?」
     今のどこに正解の要素があったのか。驚く皆をよそに、つらっとした顔で隠し扉へ促す櫟。
     脳筋万歳。


     深淵に辿り着くならば、其処は緑光の濁流を思わせた。
     床を埋め尽くすそれは、全てエメラルドで出来た鱗だった。よく見れば真珠までぼろぼろ零れている。
     その中央にある物々しい玉座の上、まるで置物の様に座っている煌めく何か。
     顔立ちは人にも似ているが、人ではない。
     脚や背には鰭、手には水かきの様なものがあった。
     人の気配にゆるりと瞼をひらき、瞳を向ける。
     明らかに動いている。
     生きている。
     けど伝説の人魚、というには遠い。
     イルカのような愛らしい魚人といえばそちらが近しく感じるものの、宝石で出来た身体は無機質で。
    『誰――?』
     普通なら言葉を発するなど考えられないものが喋る。
     物々しい玉座にまるで張り付いた様に動かぬ、白金で出来た肌に、エメラルドの鱗、サファイアの瞳にダイヤモンドの鰭を持つ少女が。

     ――数々の権力者が求めた宝物があるんだって。

     ラジオウェーブの放送内容の一節を過らせたのは誰だったろうか。人魚の肉は不死を与え、涙は宝石になるとされているが。
     そう、この物語。玉座の少女の血肉が齎す永遠の命と、その身から溢れる尽きることのない財宝を惜しむなら――君は永遠に海の底。


     自分の想像がそのまますぎて、陽桜はぎゅっと胸を押さえた。
     宝石の少女を見つめ、全てを諦めた様な目をした悲愴感を受け止めながら。玉座の少女の言葉に、違います、と陽桜は首を振る。
    「あたし達は、宝物ではなく、あなた自身に会いにここまで来ました」
     何故宝石になってしまったのか、なんて聞けなかった。こんな姿であること自体が呪わしいものであると全身で語っていた。けれど死ぬ事も出来ないのは少女自身もそう――。
     身体が宝石になってしまった少女は、動く事も厳しいのだと。穂純もそれは感じたから。
    「宝物なんて意味ないよね」
    『え?』
     穂純の言葉に、宝石の少女は驚いた様に。
    「だって友達になれないもん。お話したり一緒に遊ぶこともできない……」
     こつりと穂純の爪先に当たった真珠。
     まるで涙が流れる様に転がってゆく。
    「貴女はずっとここに一人きりでいたんだ。止まった時の中で永遠に宙ぶらりん……寂しかったよね……」
     あくまで少女を、宝石で出来た歪な生命ではなく。ただ、一個人として。
    「はじめまして、って挨拶させてください。あなたの名前を教えてください。そして、お友達になってください」
     陽桜は自分の名前を教えると、ふんわり微笑んだ。
     次々と予想外の言葉を贈られた少女はしばらく戸惑ってばかりだったが、
    『名前、は……もう忘れました。だって私の名前を呼んでくれる者はいなくなりました。自分の名を語る相手も消えてしまいました……。自分が何だったのか、何のためにこの椅子に貼り付けられているのかも忘れました。毎日同じ場所で、変わらぬ日々を過ごして……永遠を生きられる者に、思い出なんて必要ありません。思い出があれば、それを思い出して羨んで、憎らしくなるだけです』
     だから、暗に友達はいらないと。
     楽しい思い出を作ってしまえば、辛い思いをするのは自分だから、と。
    「……酷な、呪いだよな」
    「温もりを知っているなら、ひとりの時間は耐え難いものだったろうな」
     翼が切なげに零した囁きを、エアンは拾って。
     翼はちらと、エアンと百花の間の輝きを見る。
     結局のところ「永遠」なんてものは比喩だ。有限の中にあるからこそ、永遠を誓い、愛を紡ぐ意味がある。いつかは死にゆく身であるからこそ、それを大切にできる二人のような心こそ尊く美しい。
    「終わりの言葉、探しながらここまで来たんだよ。あなたに会う為に、時計の仕掛けを越えて、流れる水を滑って、塩基の仕掛けを……」
     壊して、っていうのはちょっとズルしたみたいかなって思って、他の言い様を探した穂純に、まるで天啓の如く分かってしまったこと。
     延々と並び続ける塩基の螺旋が表したのは、きっと少女の永遠の命の秘密そのものだったのでは、と。
    (「――あの仕掛け、壊すことが正解だったんだ」)
     それを壊すこと。
     彼女が望むもの。
     それを理解した人だけが訪れる様に、きっと誰かが仕掛けたのだと。

     ――でもね。

    「結局正しい言葉は分からなかった」
     言葉という言葉に惑わされているのか。けれど都市伝説に真の終わりを告げられるのは何であれサイキックしかないから。
    「リアンも悲しい? ……でも、暗くて誰も居ない一人ぼっちの海の底から、明るい空へと送ってあげるの……」
     リアン抱きしめつつ、まるで自分にも言い聞かせているように俯く百花が、泣きそうになっているのに気付いて、エアンはそっと手を握りしめた。
     少しの不安と、けれど漠然とした確信を抱きつつ。
     別れの言葉と共に輝く穂純の爪先の星屑。それに合わせる様に。翼の手から噴き上がる炎は、行くべき場所への道標。
     都市伝説という永遠のループから解き放つ、終りの言葉たる力は、灼滅者の手から次々と放たれてゆく。
    「おこがましいのは分かってます。けれどどうか受け取ってください。あなたが今此処に居た証、失くした名前の代わりを」
     陽桜は、何もかも忘れ去られた時代に置いてきてしまった彼女の思い出のかわりに。旅立ちの先に、友達になれなくても親愛の証、二人だけの秘密の名前を、そっと耳元で囁きながら。
    『ありがとう。せめて最後の思い出に、喜びを与えてくれた事を』
     真珠の涙を流しながらも。最後に見せた少女の笑顔は、まさに宝石の如く。

     ――友達になれて、しあわせでした。

     櫟は放った蒼の斬撃の片鱗が弔いの花弁のように消えてゆく中。永久の眠りについた少女へ、おやすみと呟いた。


     瞬きほどの瞬間まで夢を見ていたかのように。目に映る景色は一瞬にして闇。光に慣れていたから余計、宇宙に投げ出されたかのように闇の深さを感じた。
    「連れて帰りたかったな……」
     闇の中聞こえる波の音、さざめく星明かりの中、水織は呟く。ルーツが七不思議使いだったら躊躇いなく取り込んでいたのに、と。
     けれど今の水織には、空を飛ぶことを捨てられないから。
     密か心に抱くのは、子夜の狭間に消えた物語。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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