「ねえねえみんな! せっかくの夏休みだし、たまには一緒にこんな所へ行かない?」
言うなり、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)はショッピングモールのパンフレットを教卓の上に広げてみせた。
「夏休みと言えば、海とか山とか……人によってはデートとかも? とにかく、そういう楽しい予定がいっぱいあると思うんだ。でね、そのためには……まず、お買い物に行く必要があると思うんだよ!!」
目をきらきらさせながら掌でパンフレットをばしっと叩き、力説するまりん。
……つまり、彼女の主張はこうだ。
夏の楽しいあんな予定やこんな予定に向けて、新しい服や雑貨や小物などなどを買いに、みんなでショッピングモールへ行こう! ついでにその楽しい予定を聞かせてもらえたらきっともっと楽しい!
「このモールにはね、安くてかわいかったり、かっこよかったりするお店が沢山入ってるんだ! お洋服でしょ、バッグや帽子、アクセサリー、雑貨とか可愛い文房具に、アウトドアグッズ……そうそう、それに浴衣のお店も! あと、フードコートでアイスとか食べながらお喋りするのも捨てがたいし……うーん、どのお店から回るか、今から迷っちゃう」
フロアガイドをぱらぱらめくりながら難しい顔をしていたまりんだが、ふと視線を上げて笑顔に戻る。
「ね、たまにはこうして思う存分お買い物したっていいよね? ほら、自分へのプレゼントって言葉もあるし! それにこれはそう……ぜんぜん無駄遣いじゃないから! ねっ!!」
●キラメキ夏コーデフェア
真夏のショッピングモールは、どこか浮かれたような色合いで煌びやかに彩られている。
色とりどりのマネキンが並ぶファッションフロアを見回しながら、奈央は教室でのまりんの言葉を思い返していた。
――可愛い、お洋服、アクセサリ、ショッピング。そして、デート。まりんの口から、そんな言葉が出る日が来るなんて。
「何も言わなくても大丈夫、私には分かってる」
「えっ」
「全力でまりんちゃんの想いをサポートするから!」
両手で取ったまりんの手を思いっきり縦にぶんぶん振った後、早速彼女を引っ張って目に着いた店へと入って行く奈央。
だって、まりんがあんなことを口にするということは――彼女にも、それに相応しいファッションが必要なときが来たということではないか!?
すっかりそう信じ込んだまま、まりんに似合いそうなアイテムを見繕っていく奈央。透け感のあるワンピースはロマンチックかつ涼しげで、そこに繊細な刺繍のボレロを合わせれば、妖精のような森ガールの雰囲気を演出できるだろう。足元はパンプスで可愛らしく上品に、靴下や髪飾りも雰囲気を合わせたお淑やかなものを。
「えっと、どうかな? 似合う?」
それらを一通り身に付けたまりんが試着室から出て来るなり、奈央はぐっと拳を握って目を輝かせた。
「すごく可愛い! 高校最後の夏、想いが届くのを祈ってる!」
「え、えーと、うん。えっ、想い……? と、とにかくありがとう! 大事に着るね!」
結局最後まで『それは何かの勘違いというやつじゃあ……?』というツッコミを胸の底にしまったまま、まりんは可愛らしいコーデの一式を詰め込んだ袋を抱き締めるのだった。
同じく服屋の並ぶフロアを歩きながら、美貴は冷房の快適さにため息をつく。
「はぁ、ここは外と違って天国ですなぁ。そう言えばハルは浴衣とか持っていなかってありましょう?」
隣を歩く遙にゆるりとそう話しかければ、互いを相棒と認める青年はひとつ瞬いた後に頷いた。
ならばこれなどどうか、と適当に白地の浴衣を手に取って押し付けると、遙はそれを広げてみて――ぽかん、と目と口を同時に丸く開いた。
「え? え? ミキティこれ……色は良いけど、柄が……ミキティには合うかもだけど、俺に合うとは……」
言葉を続けるうちに、だんだん真顔になっていく遙。それもその筈、遠目には白地に薄墨色と淡い銀が踊る上品な浴衣に見えなくもないそれは、裾やら袖口やらに死神やドクロの柄が広がる――何と言うか、非常に着る人を選ぶ衣装だった。
やはり適当ではダメかと頭を掻き掻き、美貴は浴衣の棚に向き直る。
「何かあって一緒に歩くとなったら俺が嫌でありますし、ちゃんとしたのを選んでやりますよ」
「全くもう! そんな言い方してるからモテないんだよ……なら、俺もミキティの分選ぼうかな」
男っぷりが上がるようなのを、と呟いて、ついでに『ミキティも俺の男っぷり上げてくれるよね?』と唇の端を持ち上げる遙の声に、美貴は二枚の浴衣を目の前に並べ掲げたままぼそりと独りごちる。
「男っぷり……よりかは綺麗度は上がりそうな……」
「え? 何?」
「いや、なんでもないですよ?」
いつもそうやって教えてくれないと唇を尖らせる相棒をよそに、見比べていた縹色と濃紺の両方ともを棚に戻せば、遙もそれ以上は追及せずに浴衣選びへと戻ったようだった。
「うーん、まりんさんはどう思います? この生地なんか、ミキティの髪色に映えそうだと思うんですけど、でもこっちや、これなんかの色柄も……」
「むむむ、どれも渋カッコいいね……でも、やっぱりこっちの黒っぽい深緑じゃない?」
「俺も、いちばん最初にこれかなと思ったんですよ」
悩みに悩んで通りすがりのまりんに助言を求めているらしい遙の声を背中で聞きながら、美貴はようやく一着の白い浴衣を腕にかける。今度はハードな柄物ではなく、黒い金魚が上品に泳ぐ模様のものだ。
やはり、これがいい。ひとつ誰にともなく頷いてゆっくりと振り返れば、同じく振り向いた相棒と目が合った。
そして、その向かいの店の前では。
「わぁ……」
ふわふわひらひらと柔らかな薄布を贅沢に使った、優美なドレープが目を惹くワンピース。その幻想的なデザインに釘付けにされ、汐音がショーウィンドウの前に立ち尽くしていた。これは欲しい、是非欲しい。けれど、ひとつだけどうにもできない悩み事があって。
「……どうかしましたか?」
「あ、兄様……色違いを買うというのも、中々勇気のいるものですね」
そう言う彼女の真剣な横顔と、その目に映るワンピースを見比べて、ああ、と銀静は得心する。
澄んだ水の底へと沈んでいくような、深い青色のグラデーションが一枚。
夏山を包む森を思わせる、爽やかな緑色のグラデーションも一枚。
確かに、これはどちらも良い色合いだ。そして、どちらも汐音の長く波打つ髪や、儚げな身体つきによく似合いそうだ。
選び切れずにただただ悩んでしまうのも無理はない。そうひとり頷いて、銀静はさらりと汐音に言葉をかける。
「決められないのであれば……両方買っていいですよ。僕が許可します」
途端に汐音の表情がぱっと輝く。心底嬉しそうに頷いて、彼女はレジ前へと駆け出した。
「ありがとうございます、買って参ります!」
山歩きの際に履く頑丈なブーツに、新品のテントやバッグ。既にアウトドア用品店で躊躇なく買い込んだ自分用のグッズを抱えつつ、銀静は有無を言わせず汐音のかさばる荷物をも手に持った。彼女の細腕にこんなものを持たせて歩くなど、とても矜持が許さない。
小さくお礼を言った汐音が、ふと喫茶店の看板に目を留める。美味しそうなパフェやケーキの写真に目を奪われているらしい彼女に、銀静は微かに目の光を和らげた。
「そろそろ休みますか……中々美味しそうですしね。之でも僕は美味しい物が好きなんですよ」
「あ……はい!」
時刻はそろそろおやつ時。静かな喫茶店で、ケーキやパフェ、ミルクティーを楽しみながらゆっくり過ごすのも悪くない。
●お出かけの友、憩いの友、それから……?
徒がシュラフやテントを物色する傍らで、千尋はキャンプ用のケトルをひとつ手に取っていた。その造りを確かめるように目の高さに掲げると、眩い照明の反射がきらきらと目に返った。
「こういうので沸かしたお茶を飲んでみたいな~」
「あーいいね、そう言うの♪」
「いつか二人で、天体観測もいいね」
呟きに、笑みと頷きが重なる。そうしてアウトドアショップでの買い物を終えたら、次は千尋の買い物の番だ。
雑貨屋に入り、寝る前にリラックスできるようにと香りも様々なアロマオイルをいくつか籠に入れた後、彼女はボディソープのサンプルに目を留めた。試しにそれを塗ってみた手の甲を軽く嗅いで、千尋は次に満面の笑みでその手を徒の鼻先に近付ける。
「桃の匂いがするよ。ほらほら」
「わ! う、うん、いい香りだね!」
真っ赤になった顔を隠すように、徒は本屋で買ったばかりのバイト情報誌を盾にしつつ数歩だけ後ずさる。その反応が何となくおかしくて、千尋は声を立てて笑って。
「あはは、それじゃこれ買ってくるね! そしたらフードコートでアイスにしよう?」
「いいね、ちょっと休憩ってことで」
会計を終え、上りエスカレーターに乗りながら、二人はのんびりと言葉を交わす。
「あたしはチョコチップクッキーが好き。次点でストロベリーかなぁ。徒先輩は何味にする?」
「僕はマカダミアナッツにしようかな。千尋、一口味見させて♪」
「もちろん。その代わり、徒先輩のも一口ちょうだい」
アイスを買ったら、それを分け合いながらまた少しお喋りしよう。二人でできるバイトを探すのもいいかもしれない。
情勢はせわしないけれど――束の間の穏やかな時間は、まだもうしばらくだけ終わらない。
フードコートと同じフロアに見慣れた店構えを見つけて、ビアンカは楽しげに手を合わせた。派手なポップに、どこかがちゃがちゃとした雰囲気の陳列棚。それは、彼女にとっては馴染みの店の姿だった。
「あ、このお店。ここにも入ってたのね」
「先輩、今日はここで買い物するの? どんな物があるんだろう」
首を傾げる千早に、輸入菓子をはじめとしたちょっと変わったアイテムの揃う雑貨店だと説明して、ビアンカは店内に入って行く。どこかスパイシーな甘ったるい香りが、早速ふたりの鼻腔を撫でた。
「……罰ゲームに使えそうなお菓子が結構あるのよね。……自分じゃ食べるの勇気いるけど」
「罰ゲーム用? そんなにすごい味なの?」
ビアンカが好き好んで食べるわけではないらしいが、そこまで言われると逆に興味が湧いてくる。試食などはないのだろうかと辺りを見回す千早に、ビアンカはお姉さん然として笑みかけた。
「試食……は難しいかもだけど、バイト代入ったばかりだし思い切って色々買っちゃいましょう」
あまり日本人向けとは言い難い味と匂いの真っ黒グミとか。お子様には食べさせられない激辛チョコとか。その他、『ある意味』パーティ向けのお菓子もろもろ。
会計を終えたそれらの封を、店外のベンチに座った千早は早速切ってみる。なるほど、世間知らずの千早にとっても、特に物珍しく見えるお菓子ばかりだ。それらを一粒ずつ躊躇なくぱくぱくと食べながら、彼は心底楽しげに目を細めた。
「辛いチョコとか面白いね。黒いグミもなかなか……」
「えっ!? 千早君、平気なの!?」
まさか味が変わったのか、それとも。思わず自分も同じグミを口に放り込んだビアンカが、直後に盛大にむせ返る。千早が慌てたように立ち上がり、慣れない手つきで彼女の背中をさすった。
「先輩、大丈夫!?」
「か、完全に自爆だったわ……」
あまりにも彼が美味しそうに食べるから、つい。そんな自分の出来心を恨めしく思いながら、ビアンカは差し出されたジュースのボトルに口を付けた。
「今日はまりんちゃんのためにオフとったの~!」
そう張り切る寛子が目指すのは、レッグウェアの専門店。タイツ派な彼女は、もちろん夏でもタイツ完備だ。
薄手だったり吸汗、冷感仕様を備えた夏モデルのタイツにも目は行くけれど、今日のお目当てはそれではない。
「まりんちゃんまりんちゃん、これ、お揃いで買うの♪」
「わぁ、かわいい柄! どれがいいか迷っちゃう」
ふたりの目の前に並んでいるのは、爽やかなマリンブルーの生地に様々な模様がプリントされたタイツのシリーズ。
「かわいい熱帯魚柄と、お星様柄とか似合うと思うの~」
「寛子ちゃんには、これとかどう?」
「ああっ、それなんか合わせてみたい服があるの! これは買いに決まったの……!」
そんな風にあれやこれやと楽しく選び合ったタイツは、レジで綺麗にラッピングしてもらって。早速それをまりんに両手で手渡して、寛子はきょう一番の笑みを見せた。
「お誕生日おめでとうなの♪ そうそう、この後時間あるかな?」
「ありがとう♪ うん、どうしたの?」
首を傾げるまりんの言葉に、寛子は最上階へ続くエレベーターの扉に目をやって。
「気合いれて夜景の綺麗な最上階のレストラン予約したんだけど……」
うん、つまり、とひとつ間を置くように声を挟んで、続ける。
「お誕生日パーティするの!」
作者:猫目みなも |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年8月5日
難度:簡単
参加:10人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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