黄金インフェルノ~前編

    作者:佐伯都

     季節は夏休みに入り、繁華街にも昼間の人出が多くなる頃合い。
     とあるスクランブル交差点の上空から、十字路の中央めがけて巨大な黄金の円盤が突き刺さった。突然の出来事に周囲の買い物客や会社員達は、アスファルトにめりこんだままの金色の円盤を唖然と見守ることしかできない。
     と、金の円盤は自らその形状をほどくように変形すると、どこか古代文明を思わせる大きな円形リングとなった。その上には忽然と、二人の男が立ちつくしている。
    「我こそはムファルメ・チュマ、いざ尋常に勝負!」
     両拳へ無骨なナックルを嵌めた、巨漢のダークスキンが吼えた。鍛え抜かれ、小山のように盛り上がった筋肉。
     身の丈2mは越えようかという体躯に相対するのは、脆弱と言うほどではないもののムファルメに比べればずいぶん細身の、中東系の青年である。
    「なるほど『鉄の王』――見た目ばかりじゃなさそうだ。カスル・ハダが一戦お相手仕る」
     徒手空拳に見える青年と、凶悪にすら思える巨漢のパワーファイター。正面からの大振りの殴りを、麻らしきゆったりとしたシルエットの衣服をなびかせ余裕をもって躱す。突如始まったリングマッチに、どういうわけかまわりの買い物客や会社員がやんやと声援を送っていた。
     酒か、たちの悪いドラッグに酔ったような熱狂があたりを包んでいる。まるでどこかのプロレス興業じみた戦いに、観客のボルテージはいや高まった。
    「そろそろ限界かな」
     やがてムファルメが腕力にあかせた押しにつぐ押しに息切れしはじめ、戦況は当初圧倒的不利にすら思えたカスル・ハダへ一気に傾く。
    「鉄の王へ、『凪の城(カスル・ハダ)』の意味を教えてあげよう」
     鋭い身体さばきで、いまや鈍重な肉の塊となったムファルメの急所を立て続けに攻めたてた。たまらず仰向けに倒れ込んだ巨漢の胸の中央へ、不吉な音と共に肘先が埋め込まれる。
     どっと黒褐色の力の塊が爆ぜてそのままカスル・ハダへ吸収される様子を、観客は拍手喝采で見守っていた。まるで新しい英雄の誕生を祝うように。
     
    ●黄金インフェルノ~前編
    「夏休みに入ったってのに、息をつく暇もない招集で申し訳ない」
     本当に悪いけどこればっかりはね、とさすがに最近の怒濤の情勢に、成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)も苦笑うしかないようだ。
    「先日の、六六六人衆との同盟の可能性を拒否した一件で、アンブレイカブルに動きがあったことはもう聞いていると思う」
     それは多数の一般人がいる場所で『黄金の円盤リング』を出現させたうえで、衆目の前で2体のアンブレイカブル同士を戦わせ勝者に敗者の力を吸収させ強大化させる――というものだ。まあ、ただのデスマッチ興業だけなら放置で良かったのかもしれないけどね、と樹はやや嫌そうな顔をする。
    「勝者のアンブレイカブルは敗者の力を吸収したあと、さらに観客の一般人を皆殺しにすることで力の定着をはかるらしくて」
     さらに悪いことに、円盤リングの魔力のせいで一般人はデスマッチに熱狂し惨劇が起こっても逃げ出すことがない。勝者のアンブレイカブルが虐殺をはじめても、疑問にも思わず喜んで殺されていくというのだから、色々どうしようもない。
     円盤リングの魔力は特殊なもののようで、灼滅者のESPなどで打ち消すことはできず、催涙弾といった物理的手段も意味がないのが頭の痛い所だろう。
     さらに、対戦相手を撃破して強化されたアンブレイカブルは一般人の虐殺を優先するため、灼滅者が攻撃を仕掛けても虐殺を止める事はできない。一般人への被害を防ぐためにはアンブレイカブル同士の決着がつく前に介入しなければならないだろう。
    「つまり、犠牲を出さないためには黄金の円盤リングで灼滅者がアンブレイカブル2体とデスマッチ、って方法しかない」
     決着がつく前に灼滅者が戦闘に介入すれば、アンブレイカブルはタッグを組み灼滅者に立ち向かってくるはずだ。
     アンブレイカブルが互いに消耗したところで灼滅者が仕掛ければ戦闘を有利に進められるが、あまりにぎりぎりを狙うとアンブレイカブル同士での決着がついてしまうため見極めが重要だ。
    「――で、黄金の円盤リングの魔力はアンブレイカブルだけじゃなく灼滅者にも適用される、ってのが頭の痛い所でね……アンブレイカブルに止めを刺すと、例外なく闇堕ちする」
     闇堕ちした灼滅者はそのままリング上で戦い続け、最終的にはアンブレイカブルの例とまったく同じに周囲の観客を虐殺してしまうだろう。アンブレイカブル二体を灼滅したあとは自動的に、止めを刺し闇堕ちしたメンバーとの連戦になる、というわけだ。
     巨漢のアンブレイカブルは『鉄の王』ムファルメ・チュマと名乗っており、名の通り、2mはゆうに越えようという身長と黒褐色の肌、無骨なナックルを武器に圧倒的な腕力で殴り倒しにかかってくる典型的なパワーファイターだ。なるたけ直撃を食らわないよう立ち回るのが賢いやりかただろう。
     そして一方、中東系の容貌をした『凪の城』カスル・ハダ。ムファルメに対しこちらはノーモーションからの素早く的確な動作で、確実にクリーンヒットを狙ってくる。まともに渡り合えば相当痛い目を見るので、メンバー同士の連携や数の有利をうまく利用しての絡め手を織り交ぜるべきだろう。
     それにしても、闇堕ちを誘発するリングか……と樹は難しい顔をして溜息を吐いた。
    「たぶんアンブレイカブルの首魁、大老達の差し金なんだろうけど、なんと言うかこう……同盟の道が断たれた途端にやる事がこれか、と思うとね」


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)
    戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    冬城・雪歩(大学生ストリートファイター・d27623)
    貴夏・葉月(紫縁は希望と勝利の月華のイヴ・d34472)

    ■リプレイ

     夏の日射しが燦々と降り注ぐスクランブル交差点、その中央。わあわあと円形リング上のデスマッチに熱狂する大歓声が、交差点を見下ろすビル屋上で待機中の天方・矜人(疾走する魂・d01499)と貴夏・葉月(紫縁は希望と勝利の月華のイヴ・d34472)の耳にも響いてくる。
     繁華街のスクランブル交差点ゆえに、屋上からリングまでの見通しは大変に良好だ。これなら地上で待機しているメンバーの動きを見た瞬間に飛び降りれば、まったく問題ないだろう。
     ゆらり、ふわり、黒褐色の巨体を翻弄するように身をかわす動作に、さらに歓声が一段高まった。矜人が覗く望遠鏡の中、鉄色の拳がリングへめり込む。
    「なるほど。こりゃ骨が折れそうだ、倒した後も含めてな」
    「ギャラリーの皆さんは巻き込まれてご愁傷様って所だけど」
     口調こそ丁重だが、元来葉月は他人にあまり興味を示さない性格だ。一般人が犠牲になることにはまるで興味がないらしく、声音も平坦なまま。
    「まあ本物のご愁傷様になる前になんとかするため来たんだけどな、オレらは」
     望遠鏡をおろし、矜人は円形リングを取り囲む群衆の中にうきあがる極彩色へ目を凝らした。鮮やかな青さの瞳でリングを凝視しているのがわかる。
    「朱那ちゃん?」
    「――ごめん。なんでもない」
     歓声の中、気遣わしげに声をかけてきた篠村・希沙(暁降・d03465)へ軽く笑ってみせてから、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は何かの考えを頭から追い出すように頭を振った。子供の頭ならそのまま握りつぶせそうな巨大な掌につかまり、格闘家らしかぬたっぷりした麻の服地がリングへ叩き付けられている。
     ただの人間なら首か背骨がへし折れかねない時点で命に関わっているだろうが、目の前で繰り広げられているのはダークネスの殺しあい。それを十分わかっていてもあまりの壮絶さで雪片・羽衣(朱音の巫・d03814)は一瞬息を飲んだというのに、まわりの観客はもっともっと暴力を、と要求するように騒ぎたてる。
    「なんか……なんかやだ、こういうの。ざわざわする」
    「見ていて気持ちの良いものではなし、操られていると言えば操られている、と言えるかもしれんな。さしずめ、より強大な個体になるための儀式といった所か?」
     どうにもジークフリート大老に関わる者は衆目に晒されるのが趣味なのだろうか、とルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)は顎に指を当てて考え込む顔をした。……何かこう、あんまり深く考えてはいけない気が漠然としたのでそれ以上はやめておく。
     一方、犬変身で観客に紛れ込んだ冬城・雪歩(大学生ストリートファイター・d27623)は、雑木林のように乱立している脚を避けながら前方を目指していた。
     見覚えのある戯・久遠(悠遠の求道者・d12214)の黒色をした足元が見えて、雪歩は急ぐ。介入タイミングを違えれば二体のダークネス相手に誰かが集中砲火を浴びかねない。雪歩の気配を感じたのか久遠が腕組み越しに見下ろしてきて、そして無言のまま黄金リングへ視線を戻した。
     戦況は当初一進一退のようだったが、どうやらルフィアら灼滅者が現場に到着したあたりでカスルが優勢になっているらしい。鉄の巨漢をその名の通り、静寂の中に屹立する城郭じみた堅固な構えで寄せつけずにいる。圧倒的な腕力で圧倒するつもりの殴りが、空振りどころか足元のふらつきが目立つようになってしまえば、もはや鈍重なだけの大きな的と化すしかない。
     暖簾に腕押しとはこういうことか、と希沙は眉根を寄せる。ほぼ半裸と言っていいムファルメに反し、遊牧民のような強い日射しを避けるたっぷりとした服地も相まって、本当に風に揺られているカーテンを殴るようだ。
     どこにも力みの見られない裏拳で、身体の厚みひとつとっても3倍以上はあるはずの『鉄の王』が吹き飛ぶ。歓声を通り越して怒号じみて聞こえる声援を浴びながら、起き上がろうともがく対戦者へ歩み寄り。
    「そろそろへ限界かな」
     息の乱れなどまるで感じさせない声音でカスルが己の優勢を確信する言葉を――呟いた。
    「そこまでや!!」
     瞬間、群衆に紛れ戦況を見守っていたメンバーが希沙の叫びに反応し行動を起こす。ビル屋上で待機する矜人へ羽衣はスマホで合図をしつつ突入するつもりでいたが、この見通しならば合図を送るまでもないと判断した。
     熱狂のままにリングへ分不相応にもあがりこんでくる闖入者ならばまだしも、明確に、そうと知れる意図をもって介入してきた灼滅者からカスルは瞬時に距離を取る。
    「待たせたな! もっとも、ヒーローってのは遅れて来るもんだぜ」
    「お邪魔します」
     一瞬遅れ、降ってきた、としか言いようのない勢いでビル屋上から飛び降りてきた矜人、そして葉月がリング内へ着地した。
    「俺達も参加させてもらおう。相手には不足なし」
    「……さて。覚えがない対戦相手だけど、どうしようか」
     相棒の風雪を従え【大極練核】を展開した久遠をやや面白そうに眺め、次いでカスルは太い唸り声を上げて半身を起こしたムファルメに尋ねる。リング上に現れた灼滅者を一瞥し、黒褐色の戦士は怒りのにじむ声をあげた。
    「神聖なる身命を賭した戦いを侵せし罪は重い。むろん、滅するのみ」
    「まあそうなるよね、『鉄の王』。それに城は主が座してこそ機能するものだ」
     快活な笑い声をあげながら、カスルは立ち上がるムファルメへ手を差し出す。何の抵抗もなくその手を取る姿に、なぜか羽衣は一瞬目を瞠った。……なぜ自分が驚いたのか、何に驚いたのかも、よくわからなかった。その時は。
     重ねづけされた左手のバングルを鳴らしつつ、ウロボロスブレイドを構えた朱那が不敵に笑う。
    「……へえ、仲が良いネ? もっとこう、仕方ないんで協力、な流れを想像してたヨ」
    「余所は知らぬが、拳を交わす覚悟ある者に貴賤なし。死合う相手は、等しく同胞よ」
    「なるほど覚悟はご立派、やね!!」
     高らかに断言した鉄の王への先制攻撃を繰り出した朱那へ続き、後ろへ相棒の風雪を配した久遠が最前列へ出た。
     すでに消耗しているはずのムファルメはひとまず置いておき、比較的体力を多く残しているはずのカスルから先に撃破を狙う手筈になっている。ヒットアンドアウェイで雪歩が久遠と共にムファルメの注意を惹き、残りのメンバーがその間にカスルへ集中砲火を浴びせる、というものだ。
    「今度は何が目的だ、アンブレイカブル! ただのデスマッチ興業という事はないだろう、戦い抜いた先にダークネスオブダークネスの称号が待っている、とかか!!」
    「……残念ながらその称号は初耳だ」
     妖冷弾、オーラキャノン、残影刃と次々と嫌がらせのように痛打を狙ってくるルフィアの本気か冗談かいまいち計りにくい問いに、カスルはやや苦笑に似た顔をする。じゃあ何、と重ねて尋ねた希沙の蛇咬斬で身のこなしが重くなったことを自覚したのか、数歩退いて畳みかけられるのを避けた。
    「何、と言われても。強者は高みを目指すものと相場は決まっている」
    「どうかな? 業大老の武神大戦といいこの黄金の円盤リングといい、こういうのって大老の共通能力なの?」
     雪歩の問いにも、浅黒い肌の武人はうすく笑うばかりでまともな答えは返らない。
     本格的に足元をリングへ縫いつけようとした希沙のウロボロスブレイドが鳴るが、先にどちらを倒すつもりであるかという灼滅者の意図に気付いたのだろう、ムファルメが獣に似た咆哮をあげ久遠に拳を見舞った。すぐに葉月が回復をまわしビハインドに穴を埋めさせる。
    「うぬらが何をするつもりかなど知らんが、このまま大人しく倒されると思ったか」
    「柔良く剛を制す。力が足りなければ、向かってくる力を利用するまでだ。かかってこい『鉄の王』!」
     久遠の台詞を、その覚悟や良しと捉えたのだろう、野太い雄叫びをあげてムファルメは猛然と襲いかかった。
     背後から羽衣やルフィアの援護を受けつつ、希沙はカスルの対処に集中する。二手に分かれる作戦だったが、ややもすれば悪手だったのかもしれないという不安が脳裏をよぎる。今は久遠がよく粘ってくれているのでムファルメは抑えられているが、果たして。
    「せめて半数とするべきだったでしょうか」
     抑える、ではなく本気でやりあわねばムファルメを止められないと判断したのだろう、久遠が雪歩と共に攻勢に出ていることに葉月は眉をひそめた。せめてもの援護と回復を回しつつ、もしもの事があればとカスルを相手取っているチームと久遠らの間にビハインドを寄せておく。すぐにでも割り込ませることができるように。
     雪歩自身、自らの役目は『凪の城』が倒されるまでの『鉄の王』の抑えと認識している。
     しかし灼滅させないようにして突破されるぐらいなら、灼滅に迷うべきではないとも考えていた。なおかつ、目に見えた消耗がほとんど見られないカスルとはほぼ五分、こちらはややもすれば今にも突破されそうだった。
    「消耗していようが強敵には変わりないよね」
     一瞬、矜人やルフィアの援護を得られぬものかと視線を走らせたが、深く考える前にその選択肢は諦めた。たとえ堕ちることになろうとも、返り討ちなど面白くないしそれでは本末転倒だ。
    「まあ最悪三つ巴になるくらいなら、ボクが――」
    「その覚悟は素直に立派と思うが、同意しかねるな」
     独り言のつもりだった呟きにルフィアの声が聞こえて、雪歩は身を震わせる。いつのまにか鉄の王の抑えが瓦解しそうなことに気付いてくれたようで、後方からの援護は羽衣にまかせこちらに加勢していたらしい。
    「趣味の悪い相手にそこまでつきあう必要はなかろう。多少倒す順が前後する程度だ、それで何も問題はない」
    「……そうだ、ね」
     ひとつ頭を振り、雪歩は一瞬よろめいた久遠のカバーにまわるためその影から出る。岩山じみた体躯のアンブレイカブルに、久遠が吼えた。
    「全身全霊で攻めさせてもらおう。受けきれるか?」
    「望む所よ、灼滅者!」
     雪歩を守り、ムファルメ自身の抑えもこなした久遠は瞬く間に満身創痍となりつつある。葉月が回復をまわしてくれているものの、ほとんど焼け石に水だった。突破されぬためにはもはや攻勢に出るしかないと判断し、久遠は守りを捨てる。
    「もう少し! もう少しだけ……すぐにそっちに」
    「各個撃破。戦術の基本だね、しかし――」
     おなじ盾として久遠の苦境は見過ごせぬのだろう、希沙が悲痛な声をあげていた。しかしカスルは最後まで言わなかった、と希沙には察せられる空白が続く。
    「しかしも何もない! 何があろうとここで止めるんや!!」
     コーンシルクの巻髪をなびかせ弓弦をはじいた希沙の、渾身の彗星撃ち。真っ直ぐに吸い込まれカスルにクリーンヒットした一方、熾烈を極めた久遠とムファルメの一騎打ちはアンブレイカブルに軍配が上がりかけていた。
    「闇堕ちなんて……怖くもなんともないのだわ!」
     猛然と、雨のように神薙刃を見舞いながら羽衣が叫ぶ。
     ――同じだが違うと啖呵をきったダークネスが、以前いた。このざまかと笑われるかもしれない。しかし羽衣はそれでも奈落へ落ちる選択を、後悔したりはしないだろう。
     戦っていた者同士が何の抵抗もなく手を取る瞬間に驚いたのは、ダークネスに人のような信頼を見たからだ。ダークネスにできて自分にできぬはずはない。
     自分の闇とも戦うのだ。十全を尽くしたならあとを託す、いまならそれができると信じられる。
    「信じられるから、違うのよ!」
     羽衣の叫びに背を押されるように、朱那が前へ出た。久遠が鋼鉄拳を避けきれず沈み、巨漢のアンブレイカブルはそのまま雪歩へ襲いかかる。葉月が咄嗟にビハインドをさしむけたが、しかし。
    「これで、お前も沈めい!!」
    「嫌だね!」
     交錯したふたつの声。
     凶悪としか表現しようのない拳をぎりぎりでかわし、クロスカウンターのようにレーヴァテインを叩き込む。
     肺腑を突き上げてくる、獰猛で、暗い気配。かふ、と小さく咳き込んだ吐息が黒く色づいているような錯覚に朱那は目を瞠った。ああやっぱりネ、一瞬そんな気はしてたヨ、そんな言葉が脳裏を忙しく駆けまわる。めくるめく陶酔によく似た、自我が急速に崩壊して闇に吸われていく感触に思わず笑いそうになった。
    「ははは……こらあかん、急がな……」
    「朱那ちゃん」
     愕然と呟いた希沙へやや血色の失せた頬で笑い、朱那は決然と顔をあげる。
     闇に呑まれてやるからには、駄賃がアンブレイカブル一体なんて安すぎる。もう少しふんだくっておかなければ割に合わない。
     仰向けに倒れたまま動かなくなったムファルメにもはや目もくれぬ朱那に、矜人と雪歩が続いた。三名がかりでの攻勢に、さすがのカスルも防戦一方に追い込まれる。
    「さあ、ここから先はヒーロータイムだ!」
     背骨の形状を模した長杖【タクティカル・スパイン】を棍のように小脇にした構えから、矜人は次々と猛打を繰り出した。渾身で打ち据えた杖の下、緑と茶が混じったような独特の光彩がぎらりと矜人を睨みかえし、そして肩口を掴まれる。
     頭からそのまま矜人をリングへ突き立てんばかりの角度で投げ飛ばしたカスルへ、雪歩が迫った。カスルの体勢は崩れたまま。避けきれるはずはないと踏んだものの、スターゲイザーを確実度で上回るグラインドファイアを選択し雪歩は踵を鳴らす。
     リングでマッチを擦るように、大きく半円を描く雪歩の脚が炎を吹いた。人体構造上、それ以上入ってはならない深さまで鳩尾に踵を埋め込む。
     身体をくの字に折って吐血したアンブレイカブルを、突然真横に長杖が薙いでいった。雪歩が唖然として見上げると、骸骨の仮面に少々土埃をはりつかせた矜人が事も無げに首をぐるりと回している。
    「あんな地獄投げ食らって、よく無事でいられたね……?」
    「気魄回避と破壊力耐性なめんな」
     さすがに無傷、とはいかなかったはずだがそれでもよく耐えたものだと雪歩は内心舌を巻いた。なるほどヒーローとはそう簡単にダウンするものではないらしい。
    「ァ、は……、」
     四肢をつき喘鳴を漏らしていたアンブレイカブルが、リングに爪を立てて起き上がる。その様子に何か察知したのか、いち早く朱那が反応し前に出た。しかし、半瞬遅い。
    「まだまだ!」
    「――ッ、菫さん!」
     矜人を庇い、すんでの所でカスルの拳をうけた葉月のビハインドがついに力尽きる。そして、消滅していくビハインドの影から武人を一直線に貫いた雷。
     一歩二歩、瞠目したままたたらを踏んだカスルの目元がやがて、満足げに細められる。
    「見事だ。アデニウムの目の灼滅者」
     大きく肩で息をしながら、羽衣は轟雷を放った瞬間の姿勢のままカスルが倒れ消滅していくのを見守っていた。己が罪を見るような、砂漠の薔薇の色の目で。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561) 雪片・羽衣(朱音の巫・d03814) 
    種類:
    公開:2017年8月12日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ