覚悟絶叫ショータイム~前編

    作者:森下映

     夏祭りが行われている夕方のアーケード。お店の前には特設の屋台が並び、子どもから大人まで、たくさんの人たちが行き来していた。
     だがそこへ、予期せぬ物が飛来する。
     人々を押しのける様に地面に激突した黄金の円盤は、即座に変形。『黄金の円盤リング』に姿を変えた。そのリングに立っているのは、キャップの下にまんまるな瞳をのぞかせた、タンクトップにショートパンツ姿の子どもと、長身に短髪、身体を黒に包んだつり目の男。
    「よう、でくの棒」
     子どもが先に口を開く。
    「つーか黒いマッチ棒か? 強いのは確かみてーだが」
    「……躾のなっていない餓鬼だ」
     長身の男は静かに子どもを見下ろし、
    「だが拳で躾るのも一興。特にそれが小さくとも――レディである場合には」
    「フン」
     瞬間少女が間合いを詰め、体格からは想像できない程の強烈な一撃が空気を鳴らした。
     しかし男はそれを紙一重に躱し片足で飛び上がると、逆足で少女の背を蹴り飛ばす。
     ダン! と少女はリングに叩きつけられた。かと思うと横転から溜めた気を放つ。
     激戦に、アーケードにいた人々は何かに操られている様に熱狂している。
     そしてどれくらいの時間がたったのか。戦いは終わりを告げた。
    「くっそ、負けかよ……でも」
     リングに仰向けに倒れた少女の帽子が外れ、長い金髪がこぼれ出る。
    「てめぇにしつけられたわけじゃねぇからな」
     にいと笑った口元から血がリングへ流れ落ち、少女は目を見開いたまま動かなくなった。
    「……良く戦った」
     途端男が少女の腹を拳で貫く。男の身体が脈動を始めた。
    「その力、私が受け継ごう」
     少女アンブレイカブルの力を吸収した男が立ち上がる。
     観客の興奮は最高潮へ達した。

    「みんな、集まってくれてありがとう。武蔵坂学園が六六六人衆との同盟を拒否したことで、六六六人衆と同盟しているアンブレイカブルが新たな事件を引き起こそうとしているんだ」
     須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)の説明によれば、発生する事件は、多くの一般人のいる場所に『黄金の円盤リング』を出現させて2体のアンブレイカブル同士を戦わせ、その勝利者が敗者の力を吸収し、強大化するというもの。さらに強化されたアンブレイカブルは試合後に周囲の一般人を皆殺しにすることで、新たに得た力を自分のものとして定着させるらしい。
    「周囲の一般人は黄金の円盤リングの魔力で試合に熱狂しているから、勝者に襲われても逃げ出さず、試合後の熱狂のまま喜んで殺されていくみたいだね……」
     一般人は黄金の円盤リングの魔力の影響下にある為、ESP等で無力化するこtはできず、催涙弾他の物理的な方法も効果はない。
    「つまり周囲の一般人を助けるためには、黄金の円盤リングでみんながアンブレイカブルと戦うしかないんだ」

     アンブレイカブルの名前は、少女が『ララ』、男が『スオウ』と言う。
    「どちらかがどちらかを倒してしまった場合、強化された勝者のアンブレイカブルは、周囲の一般人の虐殺を優先するよ」
     そうなれば灼滅者が攻撃をしかけたとしても虐殺を止める事はできない為、多くの被害が出るに違いない。これを防ぐには『アンブレイカブル同士の戦闘の決着がつく前に、戦闘に介入する』必要がある。
    「みんなが戦闘に介入すると、ララとスオウはタッグを組んで灼滅者と戦おうとする。有利に戦うには、アンブレイカブル達が戦いで消耗したところに介入したいところだけど、」
     ギリギリを狙いすぎると決着がついてしまう可能性がある。介入タイミングの見極めが大事だろうとまりんは言う。
    「それからもう1つ。この戦いでアンブレイカブルに止めをさした灼滅者は、黄金の円盤リングの魔力でアンブレイカブルの力を吸収、闇堕ちしてしまうんだ」
     闇堕ちした灼滅者は撤退はせずに黄金の円盤リングで戦い続け、最終的には周囲の観客を虐殺する。そうさせない為に、闇堕ち灼滅者と『連戦』することにもなる。

     ララは小柄な見かけに似合わず力押しのタイプ。灼滅者との戦闘時にはクラッシャーポジションで、ストリートファイター相当、シャウト相当、オーラキャノン相当のサイキックを使用する。
     対してスオウはそつのない回避と命中を重視する。ストリートファイター相当、シャウト相当、斬影刃相当のサイキックを使用し、キャスターポジションで戦う。
     2人とも弱い敵ではないが、今の灼滅者達なら2体と戦っても勝てないことはない。

    「たくさんの人々の命がみんなにかかってる。大変な依頼だけと思うけど、よろしくね! 頼んだよ!」


    参加者
    花藤・焔(戦神斬姫・d01510)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)
    フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)
    リディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)
    ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)

    ■リプレイ


    (「あの時も大変だったんですよね……」)
     花藤・焔(戦神斬姫・d01510)は天覧儀を思い出す。紅羽・流希(挑戦者・d10975)も動揺に以前の経験を振り返りつつ、目の前で繰り広げられている『物騒な格闘技の死合』を見守っていた。
    (「まさに、蠱毒となってきましたねぇ……勝者が敗者の力を得る。その力を持って同じ事を繰り返す……そこまでして強くなりたいものなのですかねぇ……」)
     一方リディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)は、円盤を調べてみたいとうずうずしながらも、仲間の闇堕ちがやはり気にかかる。
    (「覚悟、覚悟かぁ……」)
     最終的に闇堕ちの覚悟を『はっきりと』決めてきたのは5人。また最善とする結果も灼滅者間で食い違いがある中での戦いとなるが、果たして。
     フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782)は注意深くリング上の戦いを観ていた。羽守・藤乃(黄昏草・d03430)は即時介入の為にリング際で慎重に機を伺い、徐々にララの動きが鈍くなり、表情に余裕がなくなっていく様子を土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)もスケッチ中の様な鋭い観察眼を持って追い続ける。
     合図をかわす計画はない。仲間が動けば動く、もしくは自分が動く。
     そしてララがスオウの拳に宙へ飛ばされた瞬間、いち早く筆一がリング上へ。続き他の者も飛び上がった。
    「なんだぁ、お前ら、」
     リングに叩きつけられた反動を使い、腹筋で跳ね起きたララが訝しむ。
    「悪いが、邪魔させてもらう」
     桜咲く蒼染の羽織を肩に、小早川・里桜(花紅龍禄・d17247)が言った。続きリングに降り立つ踵、
    「儀式。黄金色の輝き」
     黒く長い髪をかき上げ、ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)が目を細める。
    「我が七色の冒涜で破壊する。破壊した結果が輝きを増す」
     片手の指先でめくるようにスレイヤーカードを解放すると、隣にセーラー服の少女が現れた。
    「熱狂渦の開幕。最も強烈な感情で全を蝕むと誓う。視よ。恐怖の乱入だ」
    「確かに乱入だな。……随分と無粋な」
     至極落ち着いた声、変わらぬ表情でスオウが言う。さらに、
    「リングの上なら、これだよね!」
     緊迫した戦いだけれどせっかくのリング勝負。挑発兼ねて盛り上げることも考えたいと、リディアは派手にカードを放り投げ、解除と同時に黒いセパレートの水着姿にコスチュームチェンジ。ふかふかナノちゃんも現れる。そして、
    「アンタ達が殺り合う分には好きにしやがれ、だけど……」
     カードを解放したフェリシタスは猫の本性を勝気な金の瞳に映し、
    「一般人巻き込むやり方、アタシは受け付けないわ」
     ガシャリと右脇に長大なライフルを構えた。
    「それは……何とも灼滅者らしい理由、ではあるが」
     スオウが言うと、
    「灼滅者?」
     ララがスオウを見た。しかしスオウは灼滅者から目を離さない。
    「フン、もうこっちには用はないってか?」
     と言ってララはペッと血を吐き捨てた。
    (「近い年齢に見えるなぁ……よぉしっ」)
     より間近で見たララの姿にリディアは対抗心を燃やす。と、
    「今のうちに立て直せ」
    「は?」
     スオウの言葉に一瞬眉を顰めたララだったが、
    「邪魔者を倒す」
     きいてニイと笑い、
    「へへ、指図するなっつーの!」
     魔力振り絞るララの咆哮。全てとは行かずとも傷が塞がっていく。ほぼ同時にスオウがリングを蹴った。はずが、既に藤乃へ間合いを詰めきっている。
     藤乃は退く気配は一切見せなかった。紫の瞳は強くスオウを見据え、夜明けを連れてきた様に身体の周囲、蒼の滲む空の彩を映した護布を浮かび上がらせれば、まとめ残したサイドの黒髪が靡く。そしてその護布は強固に空気を斬って鳴る拳への防御には使わず、迷わずララへ差し向けられた。スオウの左右を抜け、翳した空が飛ぶ。
    「いきなりかよ!」
     先の回復で持ち直したララが避けようと駆ける。だが、
    「う!」
     別の方向から飛び狂う黒いバンテージがその胸を貫いた。怨嗟泣く焔の呪黒の帯。間髪入れずに藤乃の縹霄が背中から穴を開ける。
     そしてスオウの拳の先では、砕かれた骨がバキリと音を立て、血がどうと流れ落ちていた。藤乃のものではない。
    「ありがとうございます」
     礼を言い、間合いを抜ける藤乃を見送り、
    「それにしてもよ」
     前腕を衝撃に砕かれながらも片手でスオウの拳を握り止めたまま、流希が言う。
    「そうまでして最強を目指して、なんになるんだ? サイキックハーツにいたっても、戦う相手が居なくなってしまえば、ただ、むなしいだけだと思うんだけど、な」
     スオウは何か答える代わりに滑らかに片脚を外側から振り上げ、流希の肩へ踵を落とした。
    「く、」
     怯んだ隙、スオウは拳を引き抜き軽く飛び下がる。だがその間に、片脇に斬熊刀を短く構えた流希が今度はララへ間合いを詰めた。里桜は黄色へスタイルチェンジしたKEEPOUTから前衛へ耐性をばらまくとともに、流希の怪我の回復も促す。
     ララはぐっと脇を固め、防御代わりと拳を連続で繰り出すが、流希はその隙間をつき、刀の切っ先で彼女の服を肌を容赦なく切り裂いた。そして、
    「黄金の舞台が灼滅の色を映えさせる」
     七色というには激しすぎる色の洪水が溢れ出す。ニアラから放たれた帯が踊る様にララへ襲いかかった。
     帯群をくぐり抜け、その中心に飲み込まれたララへ、隣人が黒い眼帯を外してみせる。が、ララは一瞬早く飛び、片足をその顔面へ蹴り込むと、隣人を飛び越し、片手をついて着地した。途端、
    「!」
     フェリシタスのバスターライフルから光線がララめがけて撃ち出される。だが、
    「やられてばっかでたまるかよっ!」
     ララは片手を叩きつけるようにリングへつくと、もう片方の手では帽子を押さえて逆立ちから前方へ転回。傷から血を撒き散らしながらも光線を避けきった。だがフェリシタスもそれで済ませる気はない。黒髪靡かせララへ追いすがる。そこへ、
    「今日の僕は、支えるために……打ち砕きます!」
     罪も苦痛も背負うのは自分だけでいい。その為に。
    (「しっかりしないと……皆さんを、支えきらないと」)
     強い義務感は枷とならず筆一を動かす。罪を越えて戻ってくる事ができたのは、きっと誰かを支える為だから。
    「うっ!」
     筆一が槍の妖気から錬成、射出した氷弾がララの足をリングへ串刺して縫い止めた。
     うつ伏せに倒れたララの手足に氷が張り始める間に、リディアは加護の矢を放ち、ふかふかナノちゃんはハートを飛ばす。同時倒れたままのララの全身をオーラが包んだかと思うと、片手へ集束。弾となって撃ち出された。避けられないとリディアが弓を構え精一杯の防御をとった瞬間、オーラ弾が炸裂、
    「くそっ!」
     ララが舌打ちして横転、立ち上がる。オーラ弾は飛びこんだフェリシタスの脇腹を抉っていた。めくるめく技の応酬に熱を増す観客の声の中、
    「来ます!」
     筆一の声に、フェリシタスは足へと伝う血も構わず跳ぶ様に駆ける。外周からスオウが、内へ斬り込んできていた。だが、
    「悪いが此処から先は通行止めだ」
     立ち入り禁止のレッドサイン、振り下ろされる軌道に赤い残像。スオウは咄嗟に両腕を交差させて掲げる。その向こう、散る桜。赤で包まれた茶色の双眸。
    「貴様には私と遊んでもらおうか。躾けられるつもりは毛頭ないがな」
     KEEPOUTはバキリと腕を砕き、そのままスオウの上半身へ押し切られるかと見えた。だがそれは関節を外したかの様に肩を落とし、避ける。里桜は少し顔に厳しさを浮かべたものの、できるだけ遠くへ飛び降り、すぐに振り返った。
    「これまた……男装のレディとは」
     スオウは四肢に走る痺れを確かめるように滑らかに指を開き、再び閉じた。


    (「私が堕ちて止められるならば」)
     躊躇う理由など微塵ない。密室でも名古屋でも一般人の多量殺戮を止められなかった己の不甲斐なさを呪いつつ、藤乃が銀の大鎌を振るう。
    「アアッ!」
     握りについた銀の水琴鈴がしゃらんと鳴った。リング端に追い詰められていたララの背中が斜めに斬り裂かれ、鎌に清かに揺れる君影草が連れてきた死が染みこんでいく。そしてその足首を空気を恐怖に鳴らすチェーンソーが断ち切る。長く髪を流し焔が飛び抜けると同時、たまらずララが叫んだ。悔しさを滲ませ、それでもまだ戦うのだと。
     灼滅者達は確実にララを追い詰め、
    「回復そちらにお願いします!」
    「うんっ!」
     筆一の声にリディアが思いきり帯を飛ばし、ふかふかナノちゃんもハートをふわり。流希も自分の精神力で作り上げた壁を仲間への癒しと変えてできるかぎり送り続ける。それぞれの回復の基準と射程が噛み合っているとはいえない上、止め失敗が起きかねない状況だったものの、声を掛け合うことで軌道修正してきていた。だが、
    「!」
     スオウの拳の前、庇いに入った流希の付呪が打ち砕かれ、身体リングを滑るように跳ぶ。横切るように全力で走るララはその前に立ちふさがった隣人の胸元を掴み、リングへ叩きつけた。勢いを利用して後転、立ち上がった流希と前衛へは、里桜が耐性をつけ直す。瞬間、
    「ぬ」
     スオウの身体が不自然に身体が傾いだ。振り返れば眼鏡の下眼に流れ込む汗と血の痛みもそのままにスオウを真っ直ぐに見る筆一、彼が差し向けた影がスオウの脛を断っていた。フェリシタスはそれを見て、手元に光剣を出現させる。
     里桜が回復に手数を割いた分、筆一とともにスオウへの牽制に積極的に入っていたフェリシタスだが、スオウの回避は上回れない。しかし、
    (「今なら!」)
     横から飛び込み、真横へ剣を薙ぎ払った。手応え、剣が重苦しい色の付呪を壊しついにスオウへ届く。隣人の撃によろけたララの呪も脳髄まで突き通す様な騒音に砕け散り、そのままニアラのチェーンソーは彼女の胸元から下肢までを抉り取った。
     血に浸かった様な姿。ララは意地と僅かな命のみでリングを踏みしめる。
    「少し下がっていろ。……といってもきかないのだろうな」
     スオウの言葉に口角を上げたララだったが、声は喉の傷からひゅうと空気が漏れただけだった。
     ララとスオウが猛烈なスピードで走り出す。攻撃役の灼滅者達へ自ら向かっていくララに対し、スオウは死角から死角へ、自分の分身の様な気を斬撃の刃と変えて、邪魔と見たか後衛を狙う。
     庇いに入った隣人が影に粉々に斬り裂かれて消え、ふかふかナノちゃんはハートを最後に飛ばしきって消滅した。リディアも度々手足を斬り裂かれながらも自己回復で凌ぎ、
    「アンブレイカブルに躾られないもんね!」
     と気丈に振る舞うが、盾役の疲労も深い。
    (「もうこれ以上は、」)
    「眠りなさい」
     輪のように連なる影の鈴蘭が藤乃の足元から咲き誇り、一瞬にしてララを包み込んだ。出現するトラウマに目を見開き、両膝をリングへついたものの、もう開ける力のない目を閉じたまま気配を探り、ララは渾身の気弾を双掌から放つ。
     流希がいち早く軌道に入り、両手を広げて待ち構えた。ララの真上へ飛んだ焔がエクスキュショナーズソードを振りかぶる。ララが両手でそれを握り止める。どうと血が落ちた。だが笑う。まだ、まだ、
    「終いだ」
     ララの背で風が鳴った。首筋を煽り、帽子を吹き飛ばす。金の髪が舞い、撃ち込まれた弾丸は、彼女の命を全て零した。指輪を構えて立つ里桜を皆が振り返る。
     バタリとララが倒れた。途端リングの魔力が威を振るう。淡々を貫くスオウでさえ警戒を見せた。ララの姿が霧散していくに連れ里桜の髪は長く伸び、傷跡のあった左腕は異形と化して、黒い着物姿に血の様な意匠。羅刹の証たる黒角の顕現。
    (「大丈夫。スオウを倒すまでは」)
     残る意識で自らを律し、里桜は鬼の腕を振り上げスオウに襲いかかる。
     里桜には2体に止めを刺す気はない。あくまでも仲間の為に、加勢を試みる。


    (「次は確実に己が潰す」)
     ニアラは里桜を警戒するように再び外周へ出たスオウの導線を塞ぎロッドを振りかぶった。
    「……何を焦っている」
     ぎくりとしながらもニアラはスオウの半身へロッドを叩き入れ、魔力を流し込む。体の中で起きているはずの魔力の蹂躙にも表情を変えず、スオウはニアラの瞳の奥を見続け、
    「成る程。力が欲しいか。……何よりも」
    「!」
     スオウの体内で魔力が爆発した。だが同時、足元から走らせていた気の斬撃がニアラを強烈に斬り裂き、ニアラはその場に崩れ落ちる。その体をリングの外へ蹴り飛ばそうとしたスオウの前に里桜が入り、巨大化した腕での一撃を喰らわせた。
     スオウは割れた額を拭い、よろけた身体を立て直しながら『笑った』。こうでなければいけない。強き者が全て、
    「させません」
     できることなら自分が全部背負うつもりでいた。それなのに里桜に全てを背負わせるわけにはいかない。筆一は後ろからスオウの腕をぎゅうと掴み、首筋へ注射器を突き立てる。すぐに振り返り筆一を回し蹴って突き離したスオウだが、毒は着々と身体を蝕み、ぎりぎりの祈りを込めて藤乃の飛ばした縹霄が身体を貫く。焔のヴェイル・アーヴェントも今までになくスオウに大量の血を流させた。
     里桜の手にした羅刹の力をもってすれば決着は近づく。だが。人数の穴を埋めるべく流希とフェリシタスは庇いに奔走するが、
    「うぇぇ……ッ!」
     積み重なった傷にリディアが倒れ、勢いに乗るスオウの拳の前、再び庇いに飛びこんだ流希も、
    「逆だ」
     身体で押さえ込んだ利き手と逆の手の痛烈なアッパーを喰らい、リングへ沈んだ。
     その身体を飛び越え、焔と斬り結ぼうとするスオウが筆一が語り産んだ怨念が取り憑き、怯んだ所を焔のエクスキュショナーズソードが両断する。腕の付け根から脇腹へ深く刻まれた傷を、スオウが庇う仕草を見せた。
     徐々に回復の頻度が上がり、回避も鈍る。が、再び焔と対峙した際にはスオウが上回り、刀を紙一重回避すると、その腹へ鋼鉄の拳を叩き込んだ。唇から焔の様に紅い血を吐き、意識を失った焔を里桜が抱きとめる。里桜を見つめ、スオウが言う。
    「まだ足りないのか?」
     ――仲間の血は。咄嗟に里桜の視界からスオウが消えた。代わりに見えるのは藤乃を写し込んだ様な銀の鎌、身の丈より長い槍を取り回す筆一、フェリシタスの身体から噴き上がる炎。そして、
    「さよなら」
     アンタも、皆も。それぞれに炎纏う帯が一斉にスオウに襲いかかり、静かに彼を灼き尽くす。従い、フェリシタスの意識も闇へと飲み込まれ、その姿は背に尾に炎灯した、黒豹を思わせるイフリートへと変わっていった。
     里桜が人のものではない笑いを浮かべ、フェリシタスが唸り声を上げる。
     観客達からは次の戦いを待ちわびる絶叫が響く。
     リング上、目を逸らさずに2人を見る筆一と藤乃。
     まだ、ショーの時間は終わらない。

    作者:森下映 重傷:紅羽・流希(挑戦者・d10975) 
    死亡:なし
    闇堕ち:小早川・里桜(花紅龍禄・d17247) フェリシタス・ロカ(ティータ・d21782) 
    種類:
    公開:2017年8月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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