金環の庭~前編

    作者:中川沙智

    ●緑の戦場
     とあるホテルの前庭にて開催されているビアガーデン。
     地域住人は元より遠方からも参加者が集うその催しは毎年賑わっており、出店もいくつか立ち並ぶ他ホテルのケータリングも行われている。一般のビアガーデンよりややランクが高い飲食が楽しめる場所として人気を博している。
     その日も休日とあって、昼間から多くの一般人が集まっていたところ――。
     上空に飛来したのは黄金の円盤。
     瞬く間にビアガーデンの中央広場付近に墜落した。周囲に動揺と驚嘆が走る。
     そんな最中に円盤は大きく形を変え、黄金の円盤リングと相成った。周囲の人間が驚きの声を上げるにも関わらず、更にそこに現れたのは二人の男。否、二人のアンブレイカブルだ。
    「上等な舞台だ。ほら、俺の餌食となるべくかかってこい」
    「ほざけ。屈するのは貴様のほうだ」
     衝突。
     二人のアンブレイカブルによる激戦が展開される。片や筋骨隆々の武闘家らしき男、片や対の短刀を構える剣闘家らしき男。二人の力量はほぼ互角、重い拳と鋭い剣閃が交錯する。いつしか周囲にいた人間達も熱に浮かされたかのように観戦に釘付けになる。応援にも熱が入り始めた。
     そしていつしか勝敗は決する。
     死角から突きだされたはずの刃を叩き落し、武闘家は剣闘家の鳩尾に拳を唸り入れた。膝をついた剣闘家を見下ろし、武闘家は薄く笑みを刷く。
    「勝者は、俺だ」
     剣闘家の頭蓋を膝で砕く。そこから練り上げられた力が武闘家に飲み込まれていく。
     上がる咆哮。
     周囲は熱狂の渦に包まれ、黄金の輪は更に光を強めていく。

    ●怒涛
    「武蔵坂学園が六六六人衆との同盟を拒否した事で、六六六人衆と同盟しているアンブレイカブルが新たな事件を引き起こそうとしているみたい」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が集まった灼滅者達の顔を見渡す。鞠花の表情には苦いものが刻まれていた。
    「発生する事件は、多くの一般人のいる場所に『黄金の円盤リング』を出現させ、2体のアンブレイカブル同士を戦わせるものよ。その勝利者に敗者の力を吸収させて強大化させる事件になるわ」
     強化されたアンブレイカブルは試合後に周囲の一般人を皆殺しにする事で、新たに得た力を自分の物として定着させるらしい。
     しかし一般人は逃走すらままならない。説明は続く。
    「周囲の一般人は黄金の円盤リングの魔力によって、試合に熱狂して逃げ出す事はしないようなの。……試合後の熱狂のまま、勝者であるアンブレイカブルに喜んで殺されていくみたいなのよ」
     一般人は黄金の円盤リングの魔力の影響下にあるため、灼滅者のESPなどで無力化する事は出来ない。また催涙弾その他の物理的な方法も効果が無い。
     つまり周囲の一般人を助ける為には黄金の円盤リングでアンブレイカブルと戦うしかないという事だ。
     ここから大事な話をするわよ、そう鞠花は厳しい視線を向ける。
    「2体のアンブレイカブルのどちらかがどちらかを倒してしまった場合、強化されたアンブレイカブルは、周囲の一般人の虐殺を優先して行うわ。灼滅者の皆が攻撃をしかけたとしてもこの虐殺を止める事はできないから、そのままじゃ多くの被害が出てしまう」
     これを防ぐためには、アンブレイカブルの戦闘の決着がつく前に戦闘に介入しなければならない。
    「灼滅者が戦闘に介入した場合、試合中の2体のアンブレイカブルはタッグを組んで灼滅者と戦おうとするわ。有利に戦うためには2体のアンブレイカブルが戦いで消耗したところに介入するのが良いんだろうけど……」
     ギリギリを狙いすぎると決着がついてしまい、周囲の観客に大被害がでる場合がある。介入タイミングの見極めは極めて重要だ。
     資料を捲りながら鞠花は声を張る。
    「付け加えるとね、この戦いでアンブレイカブルを灼滅した灼滅者は、黄金の円盤リングの魔力でアンブレイカブルの力を吸収して闇堕ちしてしまうの」
     教室に静寂が落ちる。
     この戦いで闇堕ちした灼滅者は戦闘後も撤退しない。黄金の円盤リングで戦い続け、最終的に周囲の観客を虐殺してしまうという。
     そのため闇堕ちした灼滅者と連戦する必要があるというのだ。
    「闇堕ちした人と連戦するという事も勿論大事よ。でもまずは2体のアンブレイカブルを撃破しなきゃならないから、そっちを説明するわね」
     2体のアンブレイカブル、それは武闘家と剣闘家。双方とも戦闘狂のきらいがあり、強者と戦う事こそを良しとする性質だという。
     武闘家の名はロメオ、大柄でパワーに物を言わせるタイプ。剣闘家の名は凌、敵の隙を見計らいつつ確実にとどめを狙うタイプ。
     ロメオはクラッシャーで身体取り巻く霊光を駆使し、凌はキャスターで対の短刀を操るのだという。両名ともに強敵ではある、が、灼滅者達が全力で臨めば勝てない事はない程度の実力となる。
    「謎の力を放つ黄金の円盤リング……。多分アンブレイカブルの首魁である大老達の力なんでしょうね。闇堕ちを誘発するなんて厄介極まりないけど、無事に全員で戻ってきてくれるって信じてるわ」
     鞠花は顔を上げる。
     その瞳に宿るのは確かな信頼。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)
    戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)

    ■リプレイ

    ●待機
     高揚する、舞台。
     黄金の円盤リングは異様なほどの熱気に包まれていた。周囲の一般人が観戦しながら大声を上げているのを見遣り、灼滅者達はその影に紛れる。
     タイミングを見計らい、アンブレイカブル達の戦いに介入するためだ。
     現在こそ一般人はロメオと凌の戦いの熱狂の中にいるが、決着がついてしまえばその狂気に基づく被害者となってしまうのは明らか。
    「うーん、悪趣味。周りの観客、巻き込むのはさー…」
     やめなよ。
     未来の彼奴等に月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)が言い放つ。灼滅者達はロメオと凌の決着がつく前に介入することで意見が一致していた。
     問題は、決着がつく前の『いつ』にするかだ。
    「敵二体が争ってある程度の消耗を待ったときになりゅかの」
    「そうだね。双方の敵が戦闘である程度消耗した後がいいとは思うけれど……凌が劣勢だとはっきりしてからのほうがいいのかな」
     シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)がざっくばらんに述べたならば、氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)が口許に手を添えながら呟いた。即ち、『劣勢』というのは何を見て判断するのか。幾人かの意識の中でそこが曖昧になっていたのは間違いない。
    「凌が武器を落とされ膝をつく、その手前。そこを狙って奇襲をかけよう」
     祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)が仲間達の顔を見遣って言い切った。事前に再度打ち合わせを行い必ず仲間とタイミングは合わせるという彼女の強い意思が、意見統一の大きな一助となった。
     灼滅者達は再びリング上を注視する。展開される激闘に比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が碧の瞳を眇める。
    「双方とも結構な実力者だね。これは本腰を入れてかかる必要がありそうだ」
    「確かに。ロメオは好戦的でいてしっかり戦局は見極めていますし、凌は虎視眈々と隙を見定めて攻撃しています……そう簡単に事が運ぶとは考えないほうがいいかもしれません」
     首を捻りながら戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)は思索に耽る。二人の使用する技を見定めては仲間と共有する。戦いは熾烈、その中の流れを確かに見出すために目を凝らした。「長い一日になりそうだ」
     そして戦場は転換点を迎える。
     凌がロメオの死角に滑り込み、短刀で斬り上げる。それをロメオは見過ごさず力任せに叩き落とした。今がぎりぎりの分水嶺、続く一手で凌が膝をつくのは明白だ。ならば。
     刹那に跳ぶ。
    「しゃあ!!」
     高く跳躍したのは鏡・剣(喧嘩上等・d00006)、リングの内側、アンブレイカブル達の眼前に降り立ったなら拳を突きつける。
    「俺たちも混ぜてもらうぜ。さあ、存分に楽しもうぜ」
    「そうじゃ。楽しんでいりゅ所を悪いが邪魔させてもらうぞ」
     紫がかった白髪を靡かせてシルフィーゼも宣言する。観客も乱入した珍客に盛り上がりを見せている。ロメオが灼滅者達を見遣って顔を歪めて舌打ちする。
    「ちょっかいかけてくるなんざ無粋な奴らだな」
    「そう、楽しそうだったから邪魔をしに来たよ。生憎だったね」
     彦麻呂が緩く笑む。真剣勝負に水を差すような真似を、そう思わせたならば上等だ。そうしたならば少なくともロメオが凌に止めを刺す前にこちらが動く事が可能になるのだから。
     そのまま戦い続けては隙を突かれるのは必至と見たのだろう。敵が自分達に向かって体勢を変えるのを見越して、森田・供助(月桂杖・d03292)は仲間の前へ出た。決して押し切られぬよう立ち続けよう。
    「勢いじゃあ負ける気がしない。試してみるか?」
     構える。
     殲術道具を翳したならば歓声を背に受け、駆けよう。

    ●大気
     ほんの僅かな時間の隙間。
     ロメオの注意が凌から逸れた、その狭間を決して見過ごしたりはしない。
     先手必勝。
    「狙いは決まってる!」
     銀の髪翻して柩が馳せた。ロメオの前を素通りして狙うは凌、振るうは栄華を壊し尽くす杖。大きく振りかぶったならば一閃、魔力が暴発して弾け飛ぶ。
    「ぐッ――!?」
     凌が歯を食いしばる。その姿に追撃をかけたのは蔵乃祐だ。影を疾走させたなら音を立てるほどに肥大化させ、凌の体躯を呑み込む。襲い来る心的外傷は知る由もないが、傷めつけているのは明らか。
     一歩引いた凌が夜霧を展開させる。妨害能力を高めつつ傷を埋めていくが、多数を標的とする技故に傷が癒しきれぬのもまた、道理だった。
    「いいな、楽しめそうじゃないか!」
     それを鑑みたなら攻め切る他ない。剣が相手の懐に滑り込み闘気を雷に変換する。拳に宿し、飛び上がりながら顎下を突き破る一撃を放つ。
     が、間一髪で避けられた――と思いきやその隙を逃さない。玲だ。
    「どう、食らってみる?」
     取り出すのは聖なる鍵に似た刃、繰り出すのは破邪の白光纏いし斬撃。鋭い切っ先は確かに凌を捉えて傷痕を残した。
     飛び散る鮮血。苦い表情になる凌、それを見据えるロメオ。強者に興味を抱いたのか、ロメオは一足飛びで玲に肉薄する。鋼の如き超硬度の拳で正面から撃ち抜かんとした。
     だが立ち塞がったのはライドキャリバーのメカサシミだ。機体を軋ませながらも堪える、耐える。フルスロットルを高く鳴らして倒れない。
     まずは凌を倒さなければならない。灼滅者の意識は統一されていた。早期決着を図るのが共通見解である以上、只管攻撃を連打するのが最上だ。灼滅者達は攻撃に集中する。重ねた一撃は確実に剣闘家を追い詰めていく。
     それ故に攻勢は続く。
     堕ちへの恐れは裏と表、それを望んでなどいないが。ふと思考に過るのは宍戸からの選択への自分達の答え。
    「人を殺すなら全力懸けて防ぐ――までが回答だ」
     それは灼滅者としての矜持。供助は帯を鋭く射出する。たまらず凌が得物を取り落とす。これで凌が手にした短刀は両方ともリング上に転がった。
    「これは狙い時じゃな」
     シルフィーゼが両手を広げてヴァンパイアの魔力宿した霧を展開する。前衛に立つ誰もに加護が行き渡ったなら彦麻呂が疾駆する。集中攻撃を見舞う凌を睨みつける。一手でも早く確実に、倒す。
     その意志は拳に宿る。霊光を拳に集束させ、細く息を吐いたなら凄まじい連打を繰り出した。終わるかと思いきやもう一歩踏み込んで、殴る。
    「!」
     凌が床に膝をついた。それは予測で聞いていた通りの光景だった。誰もが視線を錯綜させる。
     奇襲同然に一気呵成に畳みかける戦法を取っていたが故に、回復手も護り手も構わず、攻撃に回っているのが現状。速攻狙いで凌狙いの味方の邪魔をさせぬように迅速に割り込んだのが功を奏した。
     侑紀が凌の前に進み出でて、ため息ひとつ。
    「全く……面倒だ」
     見出した急所は肩の筋。真直ぐな斬撃で肩口から脇下までを切断する。確かな手応えが、伝わってくる。
     ぐらり上体が仰け反り、円盤リング上で凌が倒れた。その途端に侑紀の身体に一気にり流入してくる増幅された闇の力。ゆらり揺れる黒色。だが未だ正気は失わない。少なくともアンブレイカブルを二体とも倒しきるまでは。
    「大丈夫、僕はまだ斃れない」
     次はあいつだ。
     僅かに唇動かして示した先には格闘家。仲間達も照準をロメオに合わせて殲術道具を構える。残されたアンブレイカブルは口の端を上げてみせた。

    ●浅深
     攻防は続く。
     次第に回復手段を持つ者はそちらに力を傾けざるを得なかった。攻撃に注力するロメオ相手に、攻勢一方となるのは厳しいものがあったからだ。ロメオはまだ平然としているのに、灼滅者側の消耗は徐々に激しいものとなっていく。
     それでも凌を早々に倒せたことは幸運だったと言えるだろう。そうでなくては防戦に回るのが精一杯だったかもしれない。奇襲は成功と見ていい。
     守りに守ってくれていたメカサシミが消滅した頃、灼滅者達は誰もが脱落を免れていた。侑紀もしっかり戦力に数えられていた。ロメオに万一にも止めを刺さぬようにと周囲が、何より本人自身が心がけている。
     怒りを付与する事で前列と後列に標的を分散する作戦は功を奏していたが、浄化の技をロメオが持つ以上すべてを思い通りにというわけにはいかなかった。
    「それなりに削れてるはずなのに、厄介だなあ」
     鳩尾から滲む血にそっと手を添え、玲は指先に集めた霊力を己に撃ち出す。徐々に傷が埋まり始めると共に穢れを浄化していく。
     ロメオを見遣る。強力な攻撃を喰らいこちらが戦線を立て直している間に、向こうも回復を隙なく費やしてくる。パワーに物を言わせるタイプとはいえ阿呆ではなさそうだ。
     玲の呟きに首肯を返し、柩はシルフィーゼに善なるものを救う癒しの光条を注ぐ。柩が回復にあたっている、即ちそれは後一撃で戦闘不能に陥るほどの深手という事。
     彼女達の献身に応えるべく、彦麻呂が前方をきつく見つめる。守りが薄いのは承知しているが、その分仲間が頑張ってくれているのだ。
     ならば。
    「やられる前にやれ、の精神だよ!」
     語られるは怨恨系の怪談、執着するは彼奴の傷痕。連続で蝕んでいくそれは格闘家の臓腑を着実に削っていく。彼女の景気のいい声に頷き切れない蔵乃祐が苦く笑みを刷く。
    「やられる前にやりたいところですが……こうも畳みかけられると」
     困ってしまう。
     帯で己の全身を鎧の如く覆い尽くし、癒しを広げていく。ロメオの攻撃で後衛に届くものは霊光の一閃のみだが、その分狙いを研ぎ澄まされる際の威力が桁違いだ。蔵乃祐が癒しに傾けたとしても一度では賄いきれない傷に眉を顰める。
     しかしこのターンで治癒に徹したおかげでどうにか持ちこたえられそうだ。
     剣が走る。動線を確保したならば嬉々とした表情で拳を唸らせる。迸るは、炎。
     全体重を乗せた拳骨に纏った炎は、ロメオの横っ面に力強く叩き込まれる。皮膚が焦げる嫌な匂いがした。剣が口の端を上げた。
    「どうだ、沁みるだろ?」
     呼応するように侑紀が続く。杭をドリルの如く高速回転させて鋭く穿つ。闇を纏った魔の一撃は強烈の一言、ロメオがたまらずたたらを踏んだ。
     が、格闘家は攻勢に転ずる。狙われたのは敵が攻撃した直後を狙って行動をすべく注意を払っていたシルフィーゼだ。
    「やはり、強いの。じゃが儂らとて負けりゅわけにはいかにゅのでな」
     癒しを手繰ろうと構えた、その時。
    「様子見なんて悠長な真似してんじゃねえよ」
     どうにか持ちこたえられそう――な、はずだった。
     だが予感する。
     間に合わない。
    「何と!?」
     シルフィーゼは真正面から連打を喰らう羽目になった。数多の拳は雨のように止まない。先に受けた治癒をも無為にするほどの攻撃。リングサイドに身体が叩きつけられ、暫し。動かない。
     彼女を背に庇いながら灼滅者は前を睨みつける。暫くすると意識を取り戻したのか、シルフィーゼは浅い呼吸を繰り返している。
     庇いきれぬ無念さに供助は歯を食いしばり、一般人の歓声を背に再び地面を蹴った。降ろしたカミの力を手繰り寄せ、激しく渦巻く風の刃を放出する。
    「いいな、なかなかの強者だ。戦い甲斐があるってもんだ」
     柩はロメオの言葉を聞き、睫毛を震わせる。
     前を見据え言い切った。
    「負け犬の遠吠えにしては早すぎるよ」

    ●戦塵
     傾きかけた。
     傷の蓄積によって誰もが息も絶え絶えなのが現状だ。
     しかし、行ける。
     否、行かなければならない。
     誰がとどめを刺すかもわからない混戦となりつつあるが、戦線を持ち上げる事が出来たのは回復の手を惜しまなかったから。これで全員が攻撃に回っていたら力量差で潰されていただろう。
     だが――。
    「ぐっ!」
    「大丈夫!?」
     激しく吹き飛ばされた剣の口の端から血が溢れる。仲間を庇い続けての結果だ。体勢を大きく崩して倒れかけるも、気力だけでどうにか膝を折るまいとする。
    「任せて。ここまで来たら絶対引かないから」
     彦麻呂が気概を引き継ぐようにして歩を進める。振り翳した杖から叩きつけるは魔力の爆発弾、ロメオの脇腹で幾つもの閃光が衝撃となって抉られる。彦麻呂の攻撃は確かなダメージソースとなって灼滅者の力となった。
     ここまで来たなら後は攻めるのみ、玲も攻撃にシフトする。
    「削り切っちゃうよ!」
     靴の摩擦から火花を発し蹴り上げたなら、軌跡に大輪の焔が咲き誇った。ロメオの体躯に炎が延焼したなら、その体力を徐々に奪い去っていく。
     信頼の連鎖が連携を生む。鋭い裁きの浄光を放ったのは柩、狙い澄ませた聖なる一閃がロメオを強襲する。その精度が著しく高く穿たれたが故に、格闘家の心臓をも真直ぐに貫いた。
    「ぐぬッ……!」
     呻くロメオに確かな手応えを掴む。供助が帯を手許から滑り出す。確かな狙いを定めて飛ばされたそれは敵の肉体を深く刳る。
     鮮血が散った。
     すかさず背後を取った侑紀が臓腑を摘出するかのような一撃を食らわせる。やや昏い視線は、次手を取った者が同じ闇に陥る事を理解していたからか。
     そして――蔵乃祐が往く。
     高純度に詠唱圧縮したのは魔法の矢、強く引き絞ったならば容赦なく射貫く。標的はロメオの身体の真ん中だ。連続で衝撃が散った折、弾けたのは金色に映える天の青色。
     上がる咆哮は勝利ではない、むしろ真逆の彩を裂く。
    「……!」
     巨躯がぐずつき、朽ち果てる。リングの魔力が迸ったか、黒き波動は蔵乃祐へ吸収されていく。
     戦場の空気に罅が入る。世界の色が変わる。リングに残った灼滅者達が各々の身体を支えて立ち上がろうとする。前哨戦としては些か厳しい戦いだったが、次へと臨むしかない。
     しかし剣とシルフィーゼは重傷でこそないものの戦闘を続けるのは不可能だろう。もし継戦してしまえば致命的な結果を生み出しかねない。それは避けたかった。
    「まだまだ戦えるぜ、とはいえ無茶は周りに迷惑かけるだけか」
    「歯がゆいのう……戦力が少しでも必要でありゅとわかっていりゅのに」
     互いに悔しさで唇の端を噛むも、後から来てくれるであろう増援に任せるしかなかった。
     そう、まだ終わらない。
     闇の連鎖を断ち切るまで、黄金の舞台は終焉を迎えはしないのだ。
     漆黒の霊光纏いし侑紀と蔵乃祐。気配はだんだん歪で邪なものになっていく。侑紀が眼鏡越しの瞳を静かに伏せた。
    「……そろそろ、時間みたいだ。後は頼むよ」
    「皆なら大丈夫って、思ってるから」
     当然でしょ?
     そんな風に言い切るが如くに蔵乃祐が淡く笑み零したのは、仲間を信頼しているからに他ならない。柩が浅く頷いて、眼に決意を静かに湛える。
    「もちろんだよ、蔵乃祐」
    「さって、ここからが本番かな」
    「ああ。次こそ負けられない戦いになる」
     張り切った玲の声に供助の声が重なる。シャドウとソロモンの悪魔、闇堕ちした二人に視線を流し、彦麻呂が不敵に言い放つ。
    「――諦めない。戻ってきてもらうよ、力づくでね」

     燦然と輝く金環の庭。
     次戦の勝者となる者は、最後の覇者ともなると確信している。
     闇を戴く天秤はどちらに傾くか、未だ計り知れない。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) 氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485) 
    種類:
    公開:2017年8月14日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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