狂乱坩堝~前編

    作者:一縷野望

    ●黄昏ショッピングモール
     作り込んだ笑みのおねーさんが壇上にマイク片手に愛想振りまくのは、溢れる子供連れへ向けて。
     日が傾きなお人の減らぬ西館と東館継ぎ目の屋根なし広場に、突如飛来するは目映く輝く円形物体。
     さて、イベントにしては大がかりだと足を止める面々、進行にはなかったと焦るマイク嬢……彼らの思惑なんて知らず存ぜぬ、円盤は格闘者の舞台――リングへと姿を変ず。
    「華やかさのかけらもないったら、本当に強いの?」
     Aラインのワインレッドが咲いた。薔薇あしらったドレスの裾を翻し、すらり伸びる白の足は疑問と同時に眼前の白シャツの男の脇腹を鋭く蹴る。
     ――おお。
     ――なにあれ、めっちゃ強いし美人ー。
     豪奢な巻いた一房たらし後はアップで飾り止めはやはり薔薇。そんな眉目秀麗な女に呆気にとられていた人々の視線が釘付けとなる。
     纏まりなく個々で吐き出し場を埋めていた喧噪が、明らかな志向性をもってリングへと惹きつけられている。
    「……ッ痛ぇ」
     比べれば、銀のキーチェーンを腰からぶら下げた白シャツ黒スラックスの男は、確かに凡庸。
     蹴打に吹き飛ばされ仰向けの態勢から足払い。女はびょんと小さく飛んであっさり躱す。ふわり、また煌びやかに開く花びらは歓心を誘う、特に男性客の。
    「少しは愉しませてくださいませんこと?」
     肘鉄から裏拳、骨と肉の砕けるような音に反して優雅な女の動きは、コマ割り作り込まれたゲームキャラめいている。
     ふ。
     蝶のように羽ばたくドレスが急に萎れる。
    「少しでいいんだろ?」
    「きゃっ!? はっ、離しなさいよっ?!」
     片手で女の足首を握りしめ吊り上げた男は、あいた手で器用に煙草を咥えると火をつける。その間も万力のようにギシギシと締め上げて、女のハイヒールがぽとり、と床に落ちた。
     ……足首入り。
     でも、熱狂に蹴り出された一般人はバケモノじみた結果すら歓声のスパイスでしかなくて――わんっ、と夜にじわりすり寄る空を揺るがせた。
    「離してやるよ」
     人差し指、中指、薬指……順繰りに剥がれた手は女が落ちる前に腰へ移る。
     き……ん!
     金属のこすれる音、キーチェーンから引き出された銀色に転写された茜が、丁度点灯したライトを吸って複雑な綾を見せる。
     ――まるでカードゲームのエフェクトみたいだと指さしはしゃぐ少年。
     ――お姫様魔法の変身みたい、と瞳を煌めかせたのは別方向の少女。
     無垢なる一般人の目の前で、鍵は女の胸により鮮やかな『薔薇』を咲かせる。
    「……あっ、……かはっ」
     心臓貫き、握り混んだ鍵は茜に命の赫を吸い込む、夥しく。
     き――。
     鎖がこすれ腰に戻る音は吸われ届くコトは、なかった。殺した女の力を糧に巨大化した男が地を揺るがす轟音に消されて。

    ●状況説明
    「エンターテイメントめいてるけど、この後殺されるのは観客達だよ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は肩を竦めた。
     六六六人衆の同盟先のアンブレイカブルが起こそうとしている事件の概要は以下の通り。
     人の多い場所に『黄金の円盤リング』を出現させて、2体のアンブレイカブルが戦い出す。勝者は敗者の力を吸収し巨大化。そして周囲の一般人を全て虐殺し力を定着させる。
    「『黄金のリング』の魔力でさ、一般人は老若男女逃げ出しもせず試合に熱狂して、熱病めいた気分のまんま殺されるよ。恐怖がないだけマシなのかな」
     一般人の避難誘導は、無理。
     魔力に支配され興奮の坩堝にいる彼らには、灼滅者側のESPでの無力化は叶わない。また催涙弾その他の物理的な方法も効果はない。
    「みなが介入する方向性は定められてるよ。リングにあがってアンブレイカブルと戦って倒して」
     ――その指示の口ぶりは、重たく苦い。

     2体のアンブレイカブルの何れかが勝ったらアウト。巨大化した奴は一般人虐殺を優先する。
     だからアンブレイカブル同士の戦いの決着がつく前に、リングに上がらねばならない。
    「皆がリングにあがったらさ、奴らはタッグを組んで対抗してくるよ。敵の敵は味方。勝負に水指すみんなをまずは排除するって腹だね」
     有利に戦う為ならある程度やりあわせて消耗させてからがいい。だが、決着がついたら元も子もない、介入タイミングの見極めは非常に重要である。
    「敵になるアンブレイカブルは、男女。薔薇のドレスの女がボルドー、シャツの男が佐取(サトリ)って名乗ってる」
     ボルドーは、ストリートファイターのサイキック3つと閃光百裂拳で攻撃を仕掛けてくる、集気法で自他への回復も可能だ。
     佐取は、地獄投げ、鋼鉄拳、ジグザグスラッシュ、封縛糸とシャウトを使用する。
     派手好きのボルドーは言葉での挑発にややのりやすいが、佐取は至極冷静だ。ボルドーが乱されても声をかけて次のターンには引き戻す。二人の息が合う度に挑発も効きづらくなり二人で着実に各個撃破を仕掛けてくる。
     実力的には倒せる相手だが、灼滅者側が散漫な戦い方をしていると足元を掬われるコト必至だ。
    「どちらもクラッシャー。単体技中心で一発一発が重たいから倒されないように気をつけてね……だってさ……」
     両手の平で押しつぶすように手帳を閉じて、標は橙の瞳を逸らし奥歯を噛んだ。

    「――こいつらを灼滅した人がさ、闇堕ちするんだ」

     黄金のリングに煽られて、闇堕ちした者は観客の虐殺に手を伸ばす。
     それを止めるのは――共に戦いに赴くキミ達しか、いない。
    「連戦だよ」
     誰かが魂を火にくべねばならない。
     倒す為に、ではなくて、倒した後に『黄金のリング』の魔力に引きずられて闇堕ちしてしまうのだ――。
    「闇堕ちが確定だなんて、言いにくいけどさ――なんとか、8人揃って帰ってきて欲しいんだ。ボクは祈るコトしかできないけれど」
     そこまで言って標は口元を切り結んだ。戦場に立たぬ以上は、もう言えるコトなどない、と。携えるはただだだ願いだけだ。


    参加者
    柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798)
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    逢瀬・奏夢(あかはちるらむ・d05485)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)

    ■リプレイ

    ●殺試合
     黄金。
     たかだか原子番号79、とはいえその輝きは人を魅了し狂わせる。
     その中心にて惜しげもなく花びら咲かせる女ボルドーは、駆け上がる蹴りからの踵落しでYシャツの男の後頭部を痛烈に叩く。
    『……ちっ』
     踵の連打で浮いた顎は煙草とはぐれた。続き無理矢理のお辞儀へと導かれた男は血反吐を吐き出す。
    「綺麗ね、お式はあんなフラワーシャワーの中を歩きたいわ」
    「パパ、あの人死んじゃうの? すっげえー!」
     隣にいる顔がわからなくなる逢魔が時、羽目を外して騒いだところで恥もないでしょう? なんて沙汰は正気の反対。呑まれる観衆は終幕後の生け贄。
    『うふふ、もっともっと赤く色づかせてとびっきりの色男にしてあげるわ!』
     舞台女優の如きハリある声に煽られて、大気震わす拍手喝采・囃子声。その中に極々自然に埋没し前方へ向かう柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798)は、気持ちの糸を握りなおす。
     夥しい数の人の命が捧げられるのがどうして見過ごせるだろうか? ただ戦うだけなら良かった、とは言ってもいられない。
    「おっおー♪見事なワンサイドゲームだおっ」
     隣のカップルに頷くマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)の暗闇色の瞳が捉えているのは実は佐取。足払いを躱される彼だが、先程は脳天蹴られながらも煙草を回収して吸い尽くすなんて真似をやってのけていた。
    (「実力は佐取が上といった所か」)
     同じ結論に達した卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)の心にたゆたうのは、吸い込まれるようにダークネスへ視線を向けるマリナへの感情の泡。名を付けるならそれは、不安。
     ……わんっ!
     観客達の興奮は統制など一切あらず、しかし不思議と巣へ招集された蜂の羽音めいた共鳴を起こす。リングの中央は佳境であり、あられもなく赤の裾をはだけ吊り下げられた女の足に紫煙が絡むように煙っていた。
    『少しでいいんだろ?』
     じ……。
     崩れる白の先の灰燼は、
     す、
     と、糸引くように横に流れ、散る。
    『……ッてぇ』
    「誠に勝手ながら選手交代の時間です」
     佐取を袈裟に払いあげる結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は、手にした聖別されし剣想わす清廉なる声音で宣言した。
    「華やかさをお求めなら若さと元気のある私達は如何でしょう」
     魅了できる闘い運びは黄金リングの熱狂だけではあるまいと、素直な賞賛滲む眼差し。だが身には守護の力を抜け目なく宿す。
     ひらり、
     同時に自由を得て羽ばたく赤色蝶。態勢整えすかさずの反撃に移るボルドーは白の帯に絡め取られ、浮いた背は過重なる十字架にてしこたま打たれ無様な辞儀の形へ追い込まれた。
    「覚悟はできてます」
     しゃん!
     六文銭が当たって跳ねる『あまおと』めいた響きを耳に羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は観客から遠ざけるように立ちボルドーを見据える。
    「武蔵坂、紫乃崎謡。民間巻込む武に差す水もない。貴方達の流儀に則れば敗者こそ無粋、だろう」
     清逸な中爛と輝く紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)の紫苑へ、ボルドーは真っ赤なルージュを歪め人差し指でなぞり悦楽で応えた。
    『素敵な余興ね! 退屈させないで頂戴な』
     身を蝕む泰孝の『物語』すら、余興。痛みはどこまでも心地よく滾らせる。
    『一時休戦だ、こいつら片付け……ッと!』
     浮かれるボルドーに釘を刺す佐取へ、力強い蹴打を見舞い乱すのは逢瀬・奏夢(あかはちるらむ・d05485)だ。バックステップで辛うじて躱しすかさず腰に下げたキーチェーンを引く。踊る糸で狙うは彼ではなく殺意をばらまくマリナだ。
    「つれないな」
     伸ばす腕にて糸を絡め取り奏夢は嘯いた。共に年も近く非常によく似た気怠さ纏い抜け目がない。
     糸のような血疵はQUINOがリングを光らせ塞ぐ。
     真夜の十字架を蹴りで相殺する女が言葉を継ぐ前に、射出されたのは色射・緋頼(生者を護る者・d01617)の暁の衣。
    「退屈はさせません。ですからどうか最期までダンスのお相手を頂ければと」
     ふわり、靡く髪は漆黒オーガンジー。涼しげな口調と同時に虎視眈々と狙い研ぎ澄ます緋頼は、くるり、仲間の視界を遮らぬ場所へ舞い下がる。
    『ふふ、煙草臭い男より貴女の方が絵になりそうだわ!』
     胴に巻き付き肉を裂く衣を引きちぎるボルドーの口調もまた淑女演じるに足る上品な侭――未だ。

    ●興奮空間
     灼滅者達の本命はボルドーだ。攻撃に長けるポジションを彼女へ振りつつ佐取へも手数上は削らず見せる算段である。集中攻撃よりは長引くも、佐取がボルドーのトドメを刺し力を掠め取るのは現状阻止できている。
     乱入タイミングも秀逸で、運びは灼滅者の思惑通り――つまりは、この場の内2人が闇へ魂をくべるのも、確定。

    (「異様……」)
     突然の乱入者達を不審がる者はなく、むしろ熱気に火を注いだだけであった。
     斯くもリングの魔力は人を支配し挙げ句殺されても聞きとして受け入れる状況をもたらす様に、泰孝は思慮深き瞳を僅かに細め憂いを示す。
     だが感傷に引きずられる愚など犯さない。今回の彼らは後衛を害する手段を有していない。だからこそ前面で体を張る仲間を護るが肝要、なによりこの後の連戦に耐えうる為にも。袖から伸ばす帯で奏夢を包みとり身を引いた。
    『あらあら、凡庸な軌跡だこと!』
    「褒め言葉ですね」
     ドレープ広げる派手な所作で下がるボルドーの頬を掠める十字架、それに『おい……』と佐取が注意を喚起するも、遅い!
     ……すと。
     水面めいた手刀が本命。
     謡と陽桜が正確に壊した身体の『首』の部分、すかさずの緋頼の蹴打は熟れたワインの躍動を残酷にはぎ取っていく。総仕上げと言わんばかりに真夜が叩き込んだのはのど笛直下。
    『――!!』
     女から奪われたのは声だけにあらず機動力を司る平衡感覚も、また。
    「私は一般人ですから」
     何気なく口にする言葉に反しコンパクトで無駄のない動き、命中させるに傾けた技選びも相まって警戒はしていたが、
    『甘く見過ぎ』
     この無様、呆れと共に紫煙を吐き出すしかない。
    『……ッ、あっ、貴女も女性ならもっと華麗に可憐に着飾っては……如何?』
     台詞に反して息も絶え絶え、それでも右腕掲げ首狩りの姿勢で真夜へ駆け出す深紅。横切り留めるは醒めるような青、怜悧なチュール。
    「飾らずとも実直なる華の彼女と思ったのですが……皆でドレスアップがよろしかったでしょうか?」
     組み敷かれなお艶然と余裕を消さぬ静菜は、足元からするりと伸ばした影で佐取を牽制。腹立たしげに蹴飛ばす男が鍵を握りしめた所で、舞台を染めるは無機質な純白。
    「おっおー!」
     躊躇いなし、タガなし、容赦なし。
     両手で握り差し出した剣にて佐取の心臓付近を刺し貫いて、マリナは頬跳ねた血をぺろり舐めとりクスクス笑い。
    「この刀が錆にしろっていってるんだおっ」
    『へぇ、そりゃ賢明だわ』
     握りこんだキーを手放しカシャンと収まる音がしたかと思うと、少女は崩れ落ちていた。自分の血が混じり舌にのる味わいが変わるも笑みはそのまま。
     佐取狙いのブラフが効いたのが面白くて仕方ないのも、ある。
    「……」
     今回は庇えなかったと歯がみは刹那、奏夢は祭壇の灯で疵を塞ぐ。
    「頭良いように見えてそうでもないんだな」
    『回復役から潰せって? 誰が盾から殴るかよ』
     見え透いた素振りの佐取。本当に隠したいボルドー狙いをぼかす為、やはりこれもまたブラフ。

    ●闇色円舞
     咲いたのは赤、そして蒼の乙女が手向けし氷華。
     誰が流したかもわからぬ血に足を取られつんのめるボルドーに、泰孝は1つ目の闇がすぐそばにいるのを悟る。
    (「あの時は、我は2枚目」)
     甚だオカルトめいた煙を炊き前衛の仲間を包む彼の脇、滑るように駆け出す謡の包帯が目に映る。
    (「いつかはボクが最初だったけれど、今日はどう転がるか」)
     田子の浦で死地よりの血道、そうして2人切り拓いた。
    『あんたのヤリ口好みだわ』
    「それは光栄」
     掲げた拳を軽く掌で受け止める素振りの佐取へは笑みと殺意を置いて、紫の獣は隠し持った杖を抜きボルドーをしこたま打ち据えた。
    「見目の麗しさに凝り過ぎたのか武の研鑽は片割の男に劣る様だ」
     謡の痛烈な皮肉に続き、
    「派手さばかりで技のない演出はお年を召されて感覚が鈍った証拠なのですよ」
     十字架に咲き誇る花の如くあどけない陽桜の破顔は勿論、ツクリモノ。
    「オ・バ・サ・マ?」
     毒舌演出。歪になりし歌声に変わり口ずさむ。
    『!』
     呑んだのは、怒気。
    「内心彼も失望していよう」
    『まぁね。なぁ、今度こそ狙いは……』
    「薔薇を」
     佐取の声を遮ったのは幾度目か。舌打ちの数も同じだけ。掌をあわせ楚々と首を傾げた静菜は守護者故血にまみれてはいるが、蒼の涼やかさも未だ健在。
    「貴方から頂きましょう」
     佐取の瞳が――冷え込んだ。
     切り捨ての気配。
     それにいち早く気づいたのは彼の挙動に注視していた奏夢だ。左指の意思を伝い赤に変じた標識はヤニ臭い男を捕らえる。
    「油断大敵だぜ?」
     人差し指を口元にあて瞳眇めた奏夢は、続けて軌道を変えた静菜の爆ぜ腕が男の顎をたたき上げるのを瞳に映した。
    「全くです。貴方の花は煤けていそうですけれど……」
     そうやって佐取の意識が逸れた僅かな隙にボルドーを冥府へ道案内、先陣を切ったのはマリナである。
    「おっおー♪おっおー♪」
     一緒に――そんな声は空耳か。攻撃を惹く少女の疵を塞ぎ続けた泰孝の瞳がますます気遣わしげに曇る。
     死神の駆る刃取り回し白いレースを血に染めたマリナの脇から姿を現わしたのは華奢な風。
    「やるしかありませんね」
     堕ちたくはない、けれど、誰かが堕ちるのを見るのはもっと遠慮願いたい。
     避ける余力なきボルドーの脇腹へ、血を燃料に起こしたかの如き輝き燃える真夜のつま先がめり込んだ。
    『……ッくぅ』
     堪えた女へ畳みかけるは聖歌隊をつれた氷の弾丸。
     綺麗な歌声。
     なくしたかわりにくるすが謳う。
    『ぎゃあぁあああああ!』
     苛烈な叫びに陽桜はぎゅうと目を閉じた。
     覚悟は出来てる、出来てる……。
    「あら」
     そんな少女を救うかの如く、柔らかな声がリングを満たした。
    「そんな無様な姿になって、気品も華麗さのかけらもありませんわね」
     続く台詞はボルドーへの挑発であり、そういった意図ではない、でも、だけど。
     なにかを握り込み胸に拳をあてた緋頼は指の隙間より糸を伸ばす。
    「……」
     かつて研究所にて宿敵を殺せと兵器として育てられ、学園に来て心を得た。長く生きたい。
     願いと共に糸を繰り、
     きゅん……と、
     ボルドーの首に絡み、
     ごとり。
     首が、彼岸花のように綺麗な侭の女の首が、落下する。

     ――あとは、よろしくお願いします。

     ダークネスに近いとも、思っていた。
     ……それはこれからわかるのだろうか?

    ●はじまりでしかない、恐らくは
    「……ふうん」
     深い深い闇にドレスを融かした緋頼……だった彼女は、拳の中に眠っていたメモを一瞥すると判別不能に糸で裂き消した。
    『あーあ、やられたわ』
     同時に、額に手をあて煙草を投げ棄てた佐取はリングの端へと追いやられる。のけぞり血を吐いた彼の体には、横筋が3本。
    『これを潰さないとってか……』
     凄絶にして恐ろしい強力に相も変わらず観客は大騒ぎにもかかわらず、リングは水を打ったように静けさに支配される。
    「彼女の心が保つ内に、疾く疾く」
     繰り戻しは泰孝の見目に反する激しいビートにて。そう長くは意識を保てない――はずだ。
    「無為にしてはならぬ、それだけは」
     救済は、闇も自己も願う想い。
    「ああ、無駄にはできないね」
     かつて皆が『謡』と『紫鬼』を生かしてくれたように――。
     はしゃぎ出す『鬼』に苦笑し焔をたきつける謡もまた、よく理解している。
     緋頼の闇の性質の予想はつかぬが、考えるより先に排除すべき奴がいる。
    「助けます、絶対に」
     陽桜の声は「助けてくれる」という信頼も孕む。
     覚悟はまだ、手放さない。
     自分を含めて誰が闇に堕ちても叩きつぶし、取り返す。
    「だからまずはあなたを」
     叩きつぶす。
     意思の侭に佐取を床に押しつける陽桜の頬を掠め射出された銀は、空の茜を吸って七色に輝いた。
    「マリナさん!」
     佐取が執拗に狙っていた少女の名が叫ばれる。
    「させません」
     水のように分かたれ伸びた影が佐取に絡む。同時に掴んだ手首の軌跡を歪め腰を抉らせたのは静菜だ。あまおと、キノよりの癒やしに緩む口元。
    「倒れてくだされば良かったのですけれど」
     丁重な口ぶりは変わらずに、だが言わせたのは檻に綴じ込めた『わたし』か。
    『ははっ、いい目してるわ。でも本当に『死にたい』わけ?』
     静菜の告別式なんて内側。
    「わたしがそうみえる?」
    『見えるね』
     見透かすような眼差しでふうっと紫煙を吐きつけられて眉を顰めた娘は、やはり静菜の侭で。
    「中身の占いしてくれるのかおっ?」
     叫びの癒やしに身を委ねようとしていたマリナは、光無き瞳をきらりと輝かせる。
    『頭の回る奴は相手したくないわ』
     彼の言うように廻るは怜悧な計算。
     連戦必至、なれば、疵負いの自分が堕ちるが効率的。
    「……ッ」
     還る気がありやなしや、悟るや否や泰孝は溜まらずに床を蹴った。その勢いに真夜は拳を胸元に戻し息を整えて、奏夢は安心させるように泰孝へ口元を緩め進み出る。
    「おっ……」
     ひゅ。
     佐取の胸はやけに柔らかにマリナの爪を受け入れた。しかし闇はまだ、遠く。
    「――ッ、させません」
     背中の泡立ちが身を廻るが緋頼に害される恐怖もねじ伏せて、堕ちたばかりの闇の軌道に割り込む。
     ふらつく足取りで立ち上がる佐取は空になった煙草の箱を投げ棄て舌打ち。
     動く闇。
     それより疾くと真夜は床を蹴り、飛翔。
    「帰れないなんて、駄目です」
     何時か日常に呼び戻してくれた誰彼の顔を浮かべ、少女は破顔する。
     大丈夫。
     みんな、いる。
     捻った裏拳が佐取の頬を打った、続けて肘が喉仏にめり込んだ。
    『行きはよいよい』
     はしり。
     三撃目を掌で留めた佐取が開いた手で真夜の首を、狙う。
     真夜の後ろには黒の令嬢、もはや自分より力強い闇がいるのに口元を崩して。
    『帰りは……』
    「怖い」

     令嬢に入れ替わり伸びてきたのは、右腕。
     膨れたように見えたのは錯覚として、可笑しい話。
     ……だって奏夢は左利き。

    「でも、帰り道はあるんだぜ」
     護りたい。
     それは、先に闇に魂をくべた彼女だったり、
     誰1人として怯まずに全力を尽くす覚悟を固めた仲間だったり、
     ……護りたかった。
    「その為には消えてもらうぜ」
     まだ左手にて、標識を佐取の腹に押しつける。
     護りたい、その意思を持つのは――奏夢だ。
    『よい旅路を、つっとけばOK?』
     Kは足と分断された唇は吐いた戯れ言。
     リングと共に訪れた闇は去り、だがより気高き闇が二つ未だ舞台に残る――人へと変えて連れ帰るのは、やはり同じ宿業背負う灼滅者にしか成し遂げられぬのは、確かだ。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:色射・緋頼(色即是緋・d01617) 逢瀬・奏夢(あかはちるらむ・d05485) 
    種類:
    公開:2017年8月19日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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