玩具探し

    「時は一刻を争うんです!」
     とある地方を訪れていた夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)は、そう切り出した。アンブレイカブル化した少女を見つけた緋沙は、偶然近く居合わせた灼滅者達に声をかけ、自分が目にした出来事を仲間達に語った。
     体育館の裏から聞こえて来た、可愛らしい少女の笑い声と悲鳴。
     明らかに非常事態と分かるが、飛び出して行きたい気持ちを抑え、壁に隠れるようにして様子を窺った。そして、目の前に広がる光景を見て緋沙は思わず息を呑んだと言う。
     腰まである長い黒髪の少女の後ろ姿。少女の足元に一人、そして体育館の壁に凭れかかるようにして倒れている者が一人。壁に飛び散った血痕と、地面には蛇が這ったような血の跡が残されていた。
    「私の可愛いココをイジメた、あなた達が悪いんですわよ?」
     少女は地面に落ちていた、お揃いの赤いリボンをつけたうさぎのぬいぐるみを拾い上げると、既に事切れている足元に倒れていた少女の腹部を踏みつけた。
    「それにしても、こんなに簡単に壊れてしまうなんて。なんてつまらないのかしら。そうだわ、もっと壊れにくい新しい玩具を探せば良いんだわ。そうしましょう。ねぇ、ココ?」

     緋沙は額に手を当て、倒れていた女子生徒二人の姿を出来るだけ鮮明に思い起こそうとする。
     まるで大蛇に締め上げられたような傷と不自然に切れた髪。
    「断言は出来ないですけど、ウロボロスブレイドと断斬鋏を使用した可能性が高いと思うんです」
     育ちが良さそうな少女は、白いワンピースを返り血で赤く染めていた。
     何が少女をそこまで駆り立て、アンブレイカブルに変えたのかを察することは出来ない。もしかしたら、被害者である二人の方に非があったのかもしれない。でも、だからと言って殺して良い理由などあるはずがない。
     ――狂気に染まった、あの笑顔が忘れられない。
    「これ以上の被害を出さないためにも、一刻も早く対処しないと!」


    参加者
    灰慈・バール(慈雨と嵐の物語・d26901)
    イヴ・ハウディーン(ドラゴンシェリフ・d30488)
    鑢・真理亜(月光・d31199)
    佐藤・一美(ぱふぱふな寝猫さん・d32597)
    有馬・南桜(星屑の剣士・d35680)
    十束・唯織(獅子の末那識・d37107)
    六千六百六十六議院・壱号(人工の殺し屋・d37563)
    神崎・紗耶香(ポインセチアの娘・d38228)

    ■リプレイ

    ●駄々っ子アリス
     惨劇の渦中に佇む少女。それはまるで、一枚の絵画のようだった。
    「なんつー、惨劇だよ」
     想像を絶する光景に、十束・唯織(獅子の末那識・d37107)は眉を顰めた。佐藤・一美(ぱふぱふな寝猫さん・d32597)が百物語を発動したため、一般人が紛れ込むような事は無いだろうが、念には念を入れて唯織は一般人を遠ざけるように殺気を放つ。
    「はわわ、大変な事になっているのですっ」
     腰が抜けてしまった有馬・南桜(星屑の剣士・d35680)は尻餅をついた。小学生には少々刺激が強過ぎたようだ。青色の大きな瞳から今にも涙が零れてしまいそうだ。
    「そのぬいぐるみ、可愛いな」
     騒ぎにならないように、戦場の物音を遮断したイヴ・ハウディーン(ドラゴンシェリフ・d30488)が一歩前へ出て己城・アリスに声をかけた。
    「あなた達は?」
     振り返ったアリスが可愛らしく小首を傾げ、問う。しかし、最初から答えなど求めていなかったのか、くすくす、と少女らしい笑い声を上げて鞭剣を構えた。
    「ちょうど新しい玩具を探していた所ですの。ねぇ、私達と遊んで下さらない?」
     緊張感が漂う中、勇敢にも一美がアリスの元へとつかつかと歩み寄っていった。涙目で尻餅をついていた南桜が慌ててその後を追う。
    「まずはお互いに自己紹介や。うちは佐藤一美。キミの名前も教えて欲しいな」
    「……己城アリス、ですわ」
     会話が成立することに安堵して一美はアリスの説得を試みた。
    「アリスちゃんか。うちらはな、キミと話しがしたいんや。何があったか、聞かせてくれへんかな?」
     嘲りを含んだ耳障りな女達の声。大切にしているぬいぐるみを奪われ、その腹を踏みつけられた時、自分の中で何かが弾けたような音がした。
     一美は辛抱強く、アリスの心を知ろうと彼女の言葉に耳を傾けた。
    「何かを大切に出来るのは素敵なことだと思うよ。だけどな、アリスちゃん、力の使い方を間違ったらあかん。今のままではいずれ大切な物まで壊してしまう。それは嫌やろ?」
     アリスは口元をぎゅっと引き、ぬいぐるみを抱く腕に力を込めた。
     アリスをまじまじと見つめていた六千六百六十六議院・壱号(人工の殺し屋・d37563)が突然、あっと大きな声を出した。
    「かわいいリボンデス! オッ! オッ! お揃いデス!!」
     リボンがお揃いであることに気づいてもらえたのが余程うれしかったのか、アリスの頬が上気してほんのり赤く染まる。
     その反応を見て、神崎・紗耶香(ポインセチアの娘・d38228)はアリスに微笑みかけた。
    「そのぬいぐるみ、丁寧に扱うほど大切なんですね。お揃いのリボンも可愛いくて、似合ってますよ」
     紗耶香がぬいぐるみの名前を訊ねると、アリスは『ココ』と小さな声で呟いた。
    「可愛らしい名前ですね」
    「私のたった一人のお友達……それなのに……」
     アリスは顔を歪ませ、頭を押さえた。呻き声を上げ、何やらブツブツと独り言を呟いている。心を通わせたのは奇跡のように一瞬で、危うい均衡にあるアリスの心は再び闇へと傾いていた。
    「ココをイジメたのだもの、当然の報いだわ!」
     アリスが腕を振ると、伸びた刀身が校舎の壁に亀裂を作った。灰慈・バール(慈雨と嵐の物語・d26901)は、狂気を滲ませた笑みを浮かべるアリスを少し寂しそうな目で見つめた。
    「……哀しい目をしているな」
    「何をおっしゃっているの?」
    「来い、今の君に言葉は無意味だからな」
     一度闇堕ちした人間を言葉だけで説得するのは難しい。
     ――だが、諦めるつもりもない。
    「人は一人では生きていけません」
     バールの言葉の意味を汲み取れずにいるアリスに、鑢・真理亜(月光・d31199)は諭すように言った。
    「例え、心のよりしろがあったとしても温かい気持ちの通じあえるものがなければ人は満たされない。よりいっそうの孤独感を味わい絶望に突き進みます。私はアリスさんにそうなって欲しくはありません」
     だから止めます、と言って真理亜は真っ直ぐにアリスを見据えた。

    ●闇と光の狭間で揺れる心
    「話し合いで解決出来ればと思っていたのですが、やはり戦いは避けられないようですね」
     紗耶香は悲しそうな表情を浮かべたが、灼滅者としてアリスと対峙する決意を固めた。
    「僕達にあなたの全てぶつけてきてください! 全部受け入れてあげます!」
     紗耶香は、脳の演算能力を高速化させ、道幅、障害物の有無、アリスが所有する武器から考えられる攻撃の軌道を瞬時に導き出していく。
    「君は新しい玩具が欲しいと言ったな」
     バールが先陣を切って駆け出した。歴史の終焉の名を持つその斬艦刀は、無骨で荒々しい彼の生き様を体現しているかのようだ。
    「玩具になってやる気はないが、その代わりに壊れるまで俺らが友達で居続けてやる!!」
     力強く大地を蹴るバールの迫力に気圧され、アリスは鞭剣で自身の護りを固めるが、攻撃を受け止めきれずに顔を歪めた。
    「皆腹据えたか? 灼滅てのはただの暴力ちゃう。悪夢や悪い所を滅する力や。あのこが目が覚めた時は笑顔でおれるようにせんとあかんからな。虎鉄丸、みんなを護ったってな。頼りにしとるで」
     ライドキャリバーの虎鉄丸は返事をするように激しくエンジン音を轟かせた。
     一美に続いて駆け出しながらイヴは首だけ軽く捻って真理亜と南桜に向って叫んだ。
    「真理亜、有馬ちゃん、佐藤先輩に加勢するぜ!」
     二人は大きく頷いた。
    「闇さん、よろしくお願いします」
     真理亜の呼びかけにビバイドの闇は頷き、長い髪を揺らしながら前衛で戦う仲間達の元へ向っていった。
    「わたくしも佐藤先輩のお手伝いどがんばりますわ」
     涙を拭い、南桜はギターをかき鳴らして音波を放つ。それを避けようとアリスが後退すると、それを読んでいたかのようにイヴが椎の木の影から飛び出して来る。連続して繰り出されるイヴの攻撃を受け止めるのに必死なアリスは、徐々に追い詰められていった。真理亜が竜巻を起こして完全に退路を塞ぎ、叫ぶ。
    「佐藤様、決めてください!」
    「後輩ちゃん達のがんばりに、うちもしっかり応えんとな」
     一美がクルセイドソードを振り下ろすと、白い光が筋となり、強烈な斬撃がアリスを斬り裂いた。
    「――っ!」
    「これで終わりと思うな」
     拳を固め、肉薄する唯織の攻撃を避けることは不可能と見て、アリスは咄嗟に鞭剣で防護壁を作った。
    「その護り、貫かせていただきます」
     紗耶香がバスターライフルの引き金を引く。発射された魔力の光線が鞭剣の防護壁に風穴を開け、唯織の拳によってアリスの護りは完全に打ち砕かれた。
    「こわい顔似合いまセン。壊すよりココと遊ぶべきデス。暴力だめデス。正気に戻しマス!」
    「私はいつだって正気ですわっ」
     死角から飛び込んで来る壱号とその斬撃に、鞭剣は不利と判断してアリスは鋏を取り出した。壱号は怪談を語り、怪奇現象を発生させてアリスをかく乱する。
    「乱暴はしないデス。ボクが遊び相手になりマス! ボク、壊れない玩具デス。フッフー」
    「そうそう、遊びたいないくらでも相手してやるぜ! オレ達はそう簡単には壊れないから安心して溜まってるもん全部吐き出しちゃえよ!」
     アリスが突き出す鋭い鋏をクロスグレイブでいなしながら、イヴは内緒話でもするようアリスの耳元に囁いた。
    「それで、思いっきり暴れて、スッキリしたらさ、飛びっ切りの笑顔を見せてくれよ」
    「え……?」
     虚を突かれ、目を丸くするアリスに悪戯っぽい笑顔でイヴが言う。
    「オレ、アンタの本物の笑顔が見てみたいんだ」
    「な、な、何を……っ」
    「顔が赤いデス。アリスはツンデレ」
     本来は、優しく素直な子なのだろう。そんな風に思わせるアリスの素顔は、すぐに闇に塗りつぶされてしまう。
     それでも、灼滅者達は諦めることなく、彼女の心の欠片を探し出し、必死にかき集める。

    ●心の欠片
     駆け出そうとしたアリスは脹脛辺りに鋭い痛みを感じて、サッ、と足元に目をやった。死角からの斬撃を放ったのが壱号であると気づいたのは、彼の表情を見てからである。
     一美は射出した帯で貫いたアリスを二匹の蛇と翼を象った杖で殴りつけた。注ぎ込まれた魔力がアリスの体内で弾ける。虎鉄丸もそれに畳みかけるように機銃掃射。
     真理亜が異形巨大化させた片腕でアリスの横面を張る。続けて真理亜を護るように纏わりついていた有刺の索が、アリスの柔肌を斬り裂き、返り血ではなく彼女自身の血がワンピースに新たな模様を描いた。ディフェンダーに徹していた闇も真理亜の攻撃に合わせて霊障波を放った。
     紗耶香は円盤状の光線を発射し、攻撃の合間を縫って、アリスに訴えかける。
    「闇に負けないでください。このままでは、ココを大切にする気持ちまで無くしてしまう」
     怪談を語る壱号のおどろおどろしい声に、背筋がぞっとしてアリスは思わず怯んだ。どろどろとした怨念に蝕まれアリスは甲高い悲鳴を上げた。
     アリスは鞭剣を高速で振り回し、灼滅者達を斬り刻む。しかし、どんなに傷ついても、誰一人として怯む素振りは見せない。
    「どうして、誰も倒れないの!? どうして、そこまでして……」
    「あなたを助けたいからですわ」
     南桜がクルセイドソードを掲げると、優しい風が吹き、仲間の傷を癒していった。
    「わたくしも灼滅者に救われたから。アリスさん、ココちゃんだけとの世界では心は満たされない。あなたにも、そのことに気づいて欲しいんです」
     南桜がクルセイドソードを振り下ろし、アリスの霊魂に直接ダメージを与える。
     アリスは駄々っ子のように首を左右に振り、拒絶するように鞭剣を滅茶苦茶に振り回した。
    「君は大事な『ぬいぐるみ』を傷付けられて怒ってるんじゃないだろ? 大切な『友達』を傷付けられたのに怒っているんだろ?」
     バールはアリスの振るう鞭剣を斬艦刀で絡めるようにして受け止め、引っ張った。
    「あっ!」
    「だが、君は他の者を傷付けるだけで友達なんて出来ない。……今のままではな」
     バールは素早く利き腕を巨大な刀に変え、前のめりになったアリスを斬り裂いた。
    「君を覆う殻を壊して、広い世界を見せてやる!」
    「どんな理由であれ、手を出した時点でお前もその自分の大事なものを壊した奴等と同じなんだよ。まぁ、でも大事なものを壊されて復讐したくなる気持ちも分かるけどな」
     唯織はアリスの左手にあった鋏を蹴り飛ばした。そして、日本刀で右手の鞭剣も叩き斬る。ボタボタと血を流し、白かったはずのワンピースは真っ赤に染まっていた。アリスはぐらぐらと揺れる体を必死に支えながら唯織をきっと睨みつける。
    「あなたに、私の何が分かると言うの!」
    「俺も同じだからだ」
     アリスが、ハッとした顔で唯織を見た。
    「家族を殺されてその仇うちの為に学園にいる。だけど、誰かを殺せば、壊せば俺は家族を殺した奴等と同じだ。だから、俺は殺さねぇし殺させねぇ。救えるなら救いたいと思ってる。せめて、俺の手の届く距離だけでも……。お前はそんな思いねぇのか?」
     アリスの姿に自分を重ね、想いが言葉となって溢れ出す。いつもより熱くなっている自分に気づきながらも唯織はそれを止めようとは思わなかった。
    「今ならまだ、戻ってこれる。俺の手を取れ!!」
     唯織の叫び声が耳の奥にガンガンと響く。限界を迎えたアリスは自分の体がゆっくりと傾いていくのを他人事のように感じていた。

    ●アリスの新しい宝物
     一美は、後ろに倒れかかったアリスを受け止め、穏やかな声で言った。
    「大丈夫。あなたは一人ではないよ」
     一美の腕の中でアリスは涙を零し、意識を手放した。
    「……起きマシタカ? 痛いトコロないデスカ?」
     目を覚ましたアリスに、壱号が心配そうに訊ねた。平気ですと答えて、身を起こしたアリスは先ほどまでの自分の行動を思い起こして蒼褪めた。
    「私、取り返しのつかないことを……」
    「確かに、一度犯した過ちは二度と戻せません。ですが、過ちに気づけた人はきっと成長します。……あ、ぬいぐるみの腕の部分が解れてしまっていますね。少し貸していただけますか?」
     アリスからぬいぐるみを受け取った紗耶香は、解れた部分を綺麗に縫い直した。
    「ありがとう、ございます」
     ぬいぐるみを大切そうに抱きしめるアリスの顔を覗き込み、壱号が親指を立てた。
    「その笑顔、いいデス!」
    「広い世界じゃ君は小さい存在だけど、君の力を必要とする人は多くいる。その中で友達を見つけたら良い」
     バールがアリスの肩に手を置いて言うと、イヴはポンと手を叩いた。
    「もういっそのこと武蔵坂学園に入学しちゃえよ。アンタならきっと良い灼滅者になれると思うぜ」
    「灼滅者になったら……私とココのお友達になってくださいますか?」
    「お互いに全力を出し合って戦ったんだから、もうとっくに友達だろ」
    「何だか男同士の熱い友情みたいですね」
     見つめ合う二人を見て苦笑する真理亜に、南桜はにこにこしながら言った。
    「とってもかっこいいのです」
     椎の幹に凭れかかりながら仲間達の様子を見守っていた唯織は、アリスの笑顔を見て、フッ、と口の端をわずかに上げた。
    「もう、大丈夫そうだな」

    作者:marina 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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