抜刀貫矢、大江戸血風帳~後編

    作者:空白革命

     ここまでのあらすじ。
     黄金の円環リングで繰り広げられた決闘に割り込んだ灼滅者たち。
     彼らは苦戦しながらも二人のアンブレイカブルを見事に灼滅することに成功した。
    「グ……う……!」
     ポンパドール・ガレット(火翼の王・d00268)は頭を抱え、苦しげに呻いている。身体は既に闇に呑まれ、意識が消えるのも時間の問題だった。
     暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)に肩を貸し、池から上がってくるルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)。
    「私たちはここまでです。この先の戦いに参加するには消耗しすぎてる」
    「後を、任せてもいいか」
     それは木元・明莉(楽天日和・d14267)も同じだったようで、悔しげに歯噛みしながら闇落ちしたもう一人の仲間を見つめていた。
     黒い四枚の翼が広がる。立花・誘(神薙の魔女・d37519)は長い髪を靡かせていた。
     夕日に染まる景色の中で、彼女の幼さや冷静さはそのまま残っている。けれどそれ以外は全て変容したと言って良かった。
     騾馬の足と山羊の角。そして人々を見つめるきわめて冷酷な目。
     現状を素早く理解して、この場を切り抜ける方法を注意深く画策している目だ。
     その一方で、巨大な炎の獣へ変貌したポンパドールは激しい咆哮をあげた後、人間フォームへと変化した。
     めらめらと燃える炎のような髪。苦しげに、そして悲しげに歪む表情。
    「グ……グ……」
     強く歯噛みして、暴力的な視線を灼滅者たちに向けていた。
     風真・和弥(風牙・d03497)は再び身構え、周囲を見回した。
    「まだ戦えるか」
    「大丈夫デス。ベルトーシカも」
     同じく身構えるローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)。
     刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)は銃を手に取ると、駆け寄る足音に耳を澄ました。
    「援軍が到着したようだ。いいな? 次の任務は、救出だ」


    参加者
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    真咲・りね(花簪・d14861)
    クリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    神西・煌希(戴天の煌・d16768)
    シャノン・リュミエール(石英のアルラウネ・d28186)

    ■リプレイ

    ●ファイヤーインザダーク
     リングを中心に巻き起こる炎の渦。
     刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)は鎌を高速で回転させると炎を空気ごと振り払った。
     しかし……。
    「サフィアも限界か。ローズマリー、そっちはどうだ」
     ドン、と拳をリングの地面に叩き付けるローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)。
    「リング、相手、観客の要素が揃ッテル私は中々倒れマセンヨ! けど……」
     ここまでの戦いで力尽きたベルトーシカにこれ以上戦闘を強いるのは難しいだろう。
     口元に残った血をぬぐい、木元・明莉(楽天日和・d14267)がゆらりと立ち上がる。
    「大丈夫。俺たちの目的はあの二人を倒すことじゃない」
    「木元……」
     渡里が目を細めた。
    「分かってる。俺もかなり傷ついてる。けどさっきも言ったように、俺たちの目的は救うことだ。言葉がある限り、心がある限り――やれることはある!」
     眼前には二つの闇。
     かんしゃくを起こした子供のように形容不明な叫びをあげながら炎をまき散らす闇堕ちポンパドールと、両手の指と指の間にピアニカの黒鍵や白鍵を挟んで投げナイフのように構える闇堕ち誘。
    「しかし、戦力が足りないのは事実だ」
    「それも大丈夫。もう来たよ」
     二つの破壊光線がポンパドールと誘の間を割るように突き刺さった。
     反射的に飛び退く二人。そこへ現われたのは黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)と神西・煌希(戴天の煌・d16768)だった。
    「間に合いましたね、ポンパドールさん。戦いに無縁だった私をライブハウスに誘ってくださったご恩、鍛えてくださった力でお返ししますよ」
    「だいたい以下同文。さあて、行くとするかあ!」
     煌希は手を翳し、光の輪からビハインドのニュイ・ブランシュが飛び出してきた。
     傷ついてるとはいえ五体二。誘が退路を探るように振り返ると……。
    「加勢するぞ。……何としても戻って来て貰わんとな……」
     並ぶ江戸風家屋の間に吹く砂嵐。
     嵐を抜けるようにして、三人の影が露わになった。
     クロスグレイブを担ぐクリミネル・イェーガー(肉体言語で語るオンナ・d14977)。
     髪飾りに触れ、こくんと頷く真咲・りね(花簪・d14861)。
     カードを裏返し、眼前に翳すシャノン・リュミエール(石英のアルラウネ・d28186)。
    「さあ、皆さん――行きますよ!」
     りねとシャノンは同時に封印解除。
     りねはふわふわとしたドレスに身を包み、花冠をかぶる。
     一方でシャノンは大きなスカートと鉄の鎧に身を包み、宝石のはまった短剣を手に取った。
    「帰って貰うわけには、行かなそうですね」
    「当然です!」
     一斉に構える灼滅者たち。
     対して誘は鍵を足下に放つと、巨大な魔方陣を発生させた。
     魔力が螺旋状に巻き上がり、長い髪を吹き上げていく。
    「ならまずは、実力差を分からせることにしましょう」

    ●小学生という凶器
     激戦と呼ぶには相応しくない。
     過酷と呼ぶには相応しい。
     しかしてそれは、児戯のふりをした地獄であった。
    「どうぞ、楽しんでいってください」
     シャボン玉セットを手にとって、ふっと息を吹きかける誘。
     生まれた大量のシャボン玉がガソリンタンクに火をつけたような爆発を起こしていく。
     江戸風の家屋が片っ端から吹き飛んでいく。
     誘は可愛らしい絵柄のついた鉛筆を空に放れば、その全てが魔力を持った矢となって飛んでいく。
     その全てが、常人であれば十回は死ねるだけの威力をもっていた。
    「ポンパドールと引き離す作戦を読んでる。まずは彼女から押さえ込まないと……」
     爪を噛む明莉。彼を庇うように空凛と煌希がそれぞれライフルを手に取る。
    「時間を稼ぎます」
    「そのうちに『そっち』を進めてくれればいいぜえ」
     ニュイをあわせての三段牽制射撃。
     宙に浮いた三角定規がその全てを阻み、誘が指をくるりとやれば三角定規の全てが三人へと襲いかかる。
     庇うように飛び出したニュイの霊体が崩壊するには十分すぎる威力だ。
    「手伝おう」
    「挟み撃ちにすれば、少しは……!」
     攻撃の隙間を見て、クリミナルが正面から突撃をしかけた。
     担いでいた十字架が複雑に変形。腕を覆うようなパンチャーとなり、砲撃システムそのものを使ったパイルを打ち出した。
     一方で背後に回り込んだシャノンが短剣による突撃を敢行。二人の突きは誘の腹と背をそれぞれ貫き、誘は目を見開いて髪を大きく振り乱し――た途端、身体が練り消しゴムの塊となって散った。
    「デコイか――!」
     即座にトンファーモードにチェンジ。防御姿勢で振り向くクリミネル。
     すぐ背後に立っていた誘が防犯ブザーのタブを引き抜いた途端、激しいブザー音と共に空間がまるごと凍結されていく。
    「私の後ろに入ってください!」
     りねが花冠を脱いで眼前へ翳すと、花びらが膨らむように増殖して大きな壁へと変化した。
     その後ろに隠れて冷気の波をしのぐ明莉。
    「聞いてくれ立花! 人にもダークネスにも誰かと結ばれる絆と縁があるけど、立花とは『お前』よりもほんの僅かだけ、先に出会い共に戦った縁がある。その僅かな差が、俺に立花を選択させたんだ!」
     冷気は更に増していく。
     爆発的な風圧となり周囲の家屋を吹き飛ばし、真空を埋めるように逆向きの嵐が吹いていく。
    「立花、お前には誰も殺させない。寝てたら来年の正月にお年玉せしめ損ねるぞ。毎季進化する家電製品はその都度チェックしてこそのマニアだろ? 寝坊は起きて初めて寝坊したと言えるんだ。寝るなら将来自分のマッサージチェアでいくらでもふにゃればいい。だから……!」
     明莉は拳を握って叫んだ。
    「その為に今は起きろ!」
     誘の眉が少しだけ動いた気がした。だが次の瞬間、シャボン玉の爆発で明莉はりねもろとも吹き飛ばされた。
    「ここまでしても諦めませんか。ではこういうのはどうです」
     自由帳の一枚を引き裂くと、鋭いナイフにして付近の一般人へと突きつけた。
     おびえるでも叫ぶでもなくなすがままにされる一般人。
    「黙って帰ればこの一般人を解放します」
    「フフ……ヒールぶりが下手デスヨ」
     がれきをはねのけ、立ち上がるローゼマリー。
    「リングの上で、しかもプロレスラーに対して演技で勝とうナンテ、十年早いデス! 儀式の性質上、その人たちに人質の価値はアリマセン!」
    「…………」
    「そういうことだ」
     同じくがれきを押しのけ、渡里が立ち上がった。
    「一般人の『皆殺し』が条件である以上、こちらにお前を見逃す選択肢はない。更に言えば、立花の人格が消えた場合オレたちは容赦なく『お前』を灼滅する」
     鎌をとりなおし、水平に構える渡里。
    「さあ、退路が尽きたぞ。どうする?」

    ●人はみな眠れる獣
     誘と渡里たちが膠着状態に入ったことで、改めてポンパドール攻略作戦が始まった。
     激しい炎の渦を、クリミネルが砲撃によって迎撃していく。
     すべてとはいかないが、戦いに集中したクリミネルは皆が呼びかける時間をきっちりと稼げていた。
    「立花は俺たちが押さえておく。ポンパドールの心を取り戻すのは、きっと皆の方が得意なはずだ。そうだろ?」
     明莉から渡された暗黙のバトンを、空凛は頷きによって受け取った。
     渡里が虚空ギロチンをまき散らし、ポンパドールと誘を分断させていく。
     その隙に、空凛はポンパドールへと突撃した。
     ベンチ、自販機、電柱を蹴って屋根へ飛び、さらなる助走をつけて大跳躍。流星のような力を纏ってポンパドールへとスターゲイザーを叩き込む。
     ポンパドールは自らを抱くように呻きながらも、炎の殻を作って自らを閉じ込め始めた。空凛のエネルギーが阻まれる。
     そんな状況にありながら、空凛は穏やかに笑った。
    「お久しぶりです。共に肩を並べて戦った日々からもう2年になりますか」
    「……」
    「今でも貴方と戦った日々は眩い程の思い出として残っていますよ。貴方の戦う背中はいつも頼もしかった」
     歯を食いしばるのが見える。
     空凛は霊犬・絆からのエネルギー供給を受けて、さらなる勢いをつけた。
    「大丈夫、貴方は強い。私は良く知ってますよ。貴方は私の憧れです。さあ、闇なんかに負けないで、元のようにあの笑顔を見せて!!」
     ぱきんと音を立て、炎の殻にヒビが入る。
    「立ち上がって――『火翼の王!!』」
     殻が破られる直前、ポンパドールは絶叫と共に空凛を振り払った。
     彼がというより彼を喰おうとしているイフリートの人格が空凛を邪魔に思ったのだ。逆に言えばそれは……。
    「いい調子デスヨ。続いて……!」
     ローゼマリーがエネルギーシールドを展開して炎を防御。
     りねが炎に片目を瞑って呼びかけた。
    「ポンちゃん、今はとっても楽しいけど、今そこに私はいないよ。全部壊したらポンちゃんの大事なもの、全部なくなっちゃう」
     炎の勢いが強まる。かんしゃくを起こす子供のような炎に、りねはしかし微笑んだ。
    「ニコさんもお家で待ってる。もっとポンちゃんと一緒に色々なところ遊びに行きたいよ。この間のスイカ割りも花火も全部全部楽しかったよ! これから先も楽しくなるようにいっぱい遊んで沢山思い出を作ろう。一緒なら、未来はきっと楽しいよ!」
     だから。
     薄い酸素を精一杯に吸い込んで、りねは吠えるように叫んだ。
    「怖くないよ、ポンちゃんもチャルさんも、皆もいるから!」
     炎が歪む。
     まるで海が割れる奇跡のごとく開いた道を、煌希は強く踏みしめる。
    「シャノンとポンパドールと俺とみんなで、何度もライブハウスの頂点を目指した。近くで見てきたからわかるんだ。お前は何かを慈しみ照らす太陽だ。あたたかい陽射しのように笑いかけ、誰かを笑顔にする、な」
     真剣な彼の口調に、ポンパドールはおびえたように後じさりする。
     逃がさぬように踏み込む。
    「未来はどうなるかわからねえが、未来は自分たちの手でつくるもんだ。なにもかも破壊しちまったら、すべて終わってからきっとお前は後悔する。戻って来い! お前の大事なものを守るために!」
     ポンパドールがきびすを返して逃げようとした。
     儀式の仕様を無視して背を向ける、未来を恐そうとする彼の暗黒面が見せる自己矛盾だった。
     しかし……。
    「貴方の強さは私達が知っています」
     退路を塞ぐように立つシャノン。
     せいぜいが人間一人分。
     飛び越えることも避けて走ることも可能なはずの約50センチの幅に、しかしポンパドールは恐れて立ち止まった。
    「そんな暴力に負けないで。貴方の戦いは誰かを守る為のものです。ャルさんも、きっと貴方の中で応援していますよ。だって……」
     首を小さくふるポンパドール。
     しかしシャノンは踏み込んだ。
    「『おうさまはみんなをまもるモノ』なのでしょう?」

     咆哮が空間を支配した。
     炎があけ、空が広く見えた。
     ポンパドールは呻きをやめ、シャノンたちを両目に映して言った。
    「……とめて……おれの、獣を……!」
     炎がポンパドールを飲み込み、巨大な獣が姿を現わす。
     空を覆うかのような炎の翼が広がった。
     対して――。
    「任せてください。分かっているんでしょう。未来(みんな)はとっても――」
     巨大な水晶に呑まれるシャノン。まるで卵を割るように、シャノンは大きな水晶の竜となって翼を広げた。
    「強いんですよ」

    ●今この瞬間が、『きっといつか』。
     正面衝突。
     水晶の竜と炎の巨獣が額をぶつけ合い、零距離から炎と水晶の弾を互いに叩き込みあった。
     一方で誘は獣めいた翼をいまいちど大きく広げ、赤いランドセルをひっくり返した。
     中からあふれたあらゆる文房具が巨大な津波となって襲い来る。
     対して明莉が……。
    「そろそろ俺の出番だな!」
     あらゆる武器を最大展開。
     限界まで面積を広げると、誘の攻撃を一手に引き受けた。
     勿論無事では済まされないが、それゆえ相手に大きな隙を生む。
     波間を縫って飛び込むクリミネル。
     同じく反対側から突っ込むローゼマリー。
     二人の挟み撃ちを逃れるために飛び退こうとした誘の退路を塞ぐように、回転した鎌が地面に突き刺さった。
    「もう選択はできたか。死ねば終わり。お前の中の立花に心を譲るなら、次のチャンスがあるだろう」
    「まるで降伏勧告ですね。望んで灼滅者になれれば苦労はありませんよ」
    「立花がそのための『安全装置』を用意していないとは思えないがな」
    「――!」
     渡里が取り出したリングスラッシャーが、恐ろしい殺意を纏って誘へと放たれる。避けようとした誘の足ががくんと傾いた。山羊のような足が変化していたのだ。少女の可愛らしい靴とソックス。かつての誘のごとくに。
     切り裂かれる翼。同時に叩き込まれるクリミネルとローゼマリーのダブルパンチが、誘を派手に吹き飛ばした。

     崩壊する水晶の身体。
     シャノンが傾くその瞬間、広がる翼めがけてりねが素早く飛びついた。
     獣の鼻先に手を添える。広がる花々がポンパドールを包み、翼はおろか彼を包む炎を吹き払っていった。
    「ポンちゃん、ちょっとだけ我慢してね」
     はっとして視線を上げるポンパドール。空を穿つかのように二つの光が迫っていた。
     煌希と空凛。
     二人の光が一つの巨大な螺旋となり、ポンパドールの巨大なボディを貫いた。
     並んだまま同時に地面をえぐり、ブレーキをかける。
     そして、二人の腕に抱えられるように、少年ポンパドールの姿があった。
    「世話かけるなあ、ポンパドール」
    「お帰りなさい」

     リングの力から開放され散っていく人々の中で、ローゼマリーたちはがれきをひっくり返していた。
     中から誘を発掘するためだ。
    「見つけマシタ!」
    「んん……」
     柱の下で薄目を開く誘。
    「重いんですけど」
    「待っていろ。今どける」
     渡里やクリミネルが協力して柱をどける。満身創痍の明莉が苦笑した。
     誘は広くなった空を見て、小さく長く息をついた。

     ――そして『十人』の灼滅者たちは、日常へと帰って行った。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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