摩天楼狂想曲

    作者:遊悠

    ●摩天楼に巣食うもの
     天空に聳え立つように、大地を見下ろす高層ビルディング。雨後の筍の如く次々と建設されるそれは、現代社会に於いてさほど珍しいものではないだろう。
     しかしながら、その建設は筍のように自然に任せるままという訳にはいかない。測量もあれば、人手も資材も、時間も金も多大に必要である。労力の結晶とでも言うべき高楼だ。
     その労力が踏み躙らされた。
     建設中のとある高層ビル一つに、はぐれ眷属達が住み着いたのである。
     はぐれ眷属の名は『チェインキャタピラー』ッ! 頭部に凶悪なチェーンソーを煌かせる芋虫のような眷属だ。
     奴等は未だ剥き出しの、天に伸ばす腕と見紛うビルの鉄骨を蝕み、やがてビルそのものを崩落させるだろう。
     無力なる人間が、その暴虐を止める術はない――。
     

     汀・葉子(中学生エクスブレイン・dn0042)は教室の扉の前で、大きく息を吐いた。エクスブレインとしての初めての任務だ。その緊張を出来る限り解消するように努める。
    「あっ、こんちわ! 皆集まっているみたいだね!」
     扉を開け、精一杯の元気さと笑顔で集まった灼滅者達の顔を見る。一人一人丁寧に。
    「何人か学食の常連さんもいるみたいかな? でも、初めまして! 私は汀葉子、これからエクスブレインとしてみんなのお役に立てるよう頑張るのよ!」
     挨拶と共に丁寧な辞宜を見せる、ポニーテールがふわりと軽やかにゆれた。
    「それじゃ、事件の説明をするね。今回の事件ははぐれ眷属退治だよ。建設中の高層ビルに、チェインキャタピラーというはぐれ眷属が住み着いたみたいだね。皆にはそれを退治して欲しいのさ!」
     葉子は地図を広げて、ある地点を指差した。ここがビルの建設予定地らしい。
    「チェインキャタピラーの数は10体。最上階に近い、鉄骨が組まれた部分に住み着いているみたいね。こんなの放っておいたら、迷惑だし、何より! 働いている人が悲しい思いしちゃうからね、頑張らないと、メッ、だよ!」
     これを食べて、頑張って行こう! と葉子は集まった灼滅者達にやきそばパンを配っていく。
    「敵は自慢のチェーンソーを使って攻撃してくるみたい。むむ、何だか乙女のピンチ? でも言ってもはぐれ眷属、大したことはないと思うけど……あ、足場には気をつけてね。高い場所だから凄く不安定なの。落ちたら潰れたトマトになっちゃう! うひゃあ!」
     葉子はその光景を想像して、身震い……というより妙なクネクネダンスを行った。
    「……あ、といっても皆にはバベルの鎖があったね。落ちても大丈夫だとは思うけど……念の為命綱のようなものはつけておくと良いんじゃないかなー?」
     話を終えて、ぱしん、と葉子は両の掌を打ち鳴らす。
    「大丈夫、キミタチなら、こんな事件なんてすちゃーっと片付けられるよね! 頑張ってよね! お仕事終わったら学食に美味しいご飯用意しておくからさぁ!」
     拳を前に突き出し、葉子は力強いポーズを見せた。


    参加者
    神元・睦月(縁の下の力任せ・d00812)
    神凪・陽和(天照・d02848)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    四季咲・青竜(句芒のフェーガト・d02940)
    志藤・勇(惑い揺らぐ炎・d03333)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    峰月・七海(高校生魔法使い・d05000)
    耶麻・さつき(鬼火・d07036)

    ■リプレイ

    ●頂を見上げて
     灼滅者達は天を目指して、作りかけのビルの中をのぼっていた。
     いや、正確に言うならば今いる場所は最早ビルの外である。中途の道程は作りかけとは言え、ある程度の内部構造が出来上がっており、階段をのぼるだけで上階へと至る事が出来た。
     しかし足元が地表から離れる程に、摩天楼は恥らう事もなくコンクリートの衣服を脱ぎ捨て、その未完成な鉄肌を露としていく。
     簡易的な足場や階段梯子はあったが、寒さすら覚える上層の風が否応無く灼滅者達の間を吹き抜け、眼下に見える絶景がぞくりとする別種の寒さを味わわせてくれた。
    「いや、絶景。壮観だねぇ。車なんて小豆粒くらいに小さくなってる。もう少し温かくなったらこんな場所でお弁当を食べるのも、また楽しそうだなぁ」
     しかしそんな寒さは何処吹く風と、耶麻・さつき(鬼火・d07036)は風景を楽しみながら、力強い歩を進める。
    「ふぅ……そうだな。だが私はこの涼風も一興と思う。……とは言え、これから先ここから落ちる可能性があると考えると、な。魔王様?」
     同じく風景を楽しみつつも頂を目指す峰月・七海(高校生魔法使い・d05000)は、紐につながれたナノナノ『魔王様』に僅かな緊張の色を落とす。
     彼女とは別種の緊張をしている者もいた。志藤・勇(惑い揺らぐ炎・d03333)だ。
    「二人とも余裕あるよなぁ。俺なんてちゃんと戦えるかどうか心配だって言うのにさ。――チェインキャタピラーか。どんな相手なんだろうな?」
    「こんな事もあろうかと、汀様から敵についての詳細なデータを頂いて参りました」
     背後のキャリバーに目配せをしながら歩く神元・睦月(縁の下の力任せ・d00812)が、勇の言葉に一枚の紙を取り出した。
     そこには敵の全てが記載されていた。

    ●完全図解! これがチェインキャタピラーだッ!
     キャタピラーのう――あまり大きくはない。かしこいムシていど!
     キャタピラーあし――すっごくわさわさしている。たくさんある。天井にもはりつけそう。
     キャタピラーしんぞう――がいけんからはどこにあるか解らないぞ!
     キャタピラーチェーンソー――最大のぶきだ。やいばが回転してとても危険。
     キャタピラーひふ――ものすごく堅い。鎖かたびらのようにがんじょう。鎖キャタピラー?

    ●頂を見上げてTake2
     ――そこには敵の独断と偏見に基づく薄っぺらい全てが記載されていた。
     2秒ほど紙面に目を通した睦月だったが、すぐさまそれを丁寧に折り畳み内ポケットの中へと放り込んだ。至って表情に変化は見られないが、その所作はどこか投げ遣りだった。
    「……ほぼ外見の事しか書かれていませんでした。あまり役に立ちそうにはありませんね」
    「そ、そっか」
    「一体はこ様は何を書かれていらっしゃったのかしら……」
     勇と同様に、聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)も得体の知れない何かを感じ取ったらしく、逆に好奇心を疼かせている。
    「皆さん。待って下さい。ストップです」
     ふと、神凪・陽和(天照・d02848)が歩みを進める一同を制止させた。陽和は目を閉じ、耳を澄ませている様子だった。
     『ギチチ、ギチ、ギチチチチチチ』――金属音が入り混じった、何かの蠢くような音が陽和の耳を騒がし始める。
    「――来ます。上……違う、左っ!」
     弾けるよう側面に視線を送る一同。その先には一列に連なるチェインキャタピラーが鉄骨にぶらさがり、振り子の如く揺れる姿があった。
     連なる魔虫達はそのまま加速をつけて、灼滅者達に突っ込んでくる!

    ●摩天楼の戦い1
     チェインキャタピラーの強襲!
     しかし陽和の音を頼りとした索敵によって、それは未然に防がれる結果となった。勢いのまま鉄骨へとぶち当たり、連結部分の丁度中央あたりから二分するキャタピラーの群。
     だがその醜躯はそのまま空中に投げ出される事はなく、それぞれが百足のような足爪で鉄骨にしがみ付いた。鎧虫の群はそのまま速やかに振り子の支点方面と、先端方面の二方向から、灼滅者達に突撃してくる。
     凶悪なチェーンソーの駆動音とも、気味の悪い鳴き声とも取れるさざめきをあげて迫るその姿は、はぐれ眷属とは言え確かな脅威だった。
     だがこの状況は、むしろ灼滅者達も望む所である。いち早く陽和は号令を出し、陣形を整えるようとする。
    「皆さん、命綱を! 後は手筈通りです。二手に解れて各個撃破を行いましょう!」
    「りょーかい!」
     陽和の号令を受け、四季咲・青竜(句芒のフェーガト・d02940)は空へと身を投げ出した。何もない虚空を踏みしめ、更にもう一段跳躍を行う。
    「ここから落ちても死んだりはしないけど、一応だね、っと」
     青竜はそのまま別の鉄骨に命綱を巻きつけるように設置し、軋む綱の反動を利用して黒い凶刃をキャタピラーに浴びせた。
     翻るスカートを僅かに気にしながら、機先を制したまま入り組んだ鉄骨へと着地する。が、一撃で仕留められる事は出来ずに手負いの虫から反撃を受け、着地の隙を突かれる。
    「我が振るいし凶刃の贄となるがよい、なんて――わっ、格好つけてる場合じゃないか!」
     回転する鋭利な切先。容赦なく青竜の衣服を刻み、更に虫達が群がってくる。そこに三角蹴りの要領で鉄骨を蹴り、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)が飛び込んでくる。
    「切り裂くのはキミ達の専売特許じゃないよ。そして、乙女の敵にはご退場願わないと……ね! 」
     鋭い刃がキャタピラーの硬い外殻を切り裂く。断末魔に近い悲鳴をあげる敵を、千尋は鉄骨から蹴り落とした。
    「ありがと、千尋ちゃん……って、命綱忘れているよ! 危ないって!」
    「ああ、ボクは大丈夫。コレがあるから――さッ!」
     青竜の心配をよそに千尋は強く腕を引く。既に落下していると思われたキャタピラーが、その場に停滞したまま鋼の糸に身を裂かれる。血液のようなものが飛び散り、数滴青竜の頬を汚した。
     やや遅れて七海と陽和も二人の元へ駆けつける。
    「二人ともやるものだな。後方からの支援はこちらに任せて、奴等に存分に教えてやるといい。地を這うものは、決して空を舞うものには勝てないと」
     七海の檄に、眼鏡を直しながら千尋は笑う。そうして七海と陽和を誘うように跳躍する。
    「危ないことは程ほどに、ですよ!」
     そんな言葉と共に光刃を放つ陽和の傍らで、青竜は頬についた血液を拭った指先をちろりと舐めた。
    「千尋ちゃんから空中舞踏のお誘い?……いいね。そういうの燃えちゃうかな」
     三者のそんな様子に、七海は僅かに目を細めた。
    「ふふっ……皆足元を見ずに楽しそうだ。魔王様も踊ってくるか?」
     魔王様は満更でもない様子で、ふなふなと動き出した。

    ●摩天楼の戦い2
     千尋達が華麗な空中戦を見せているその一方。
    「おーあっちは派手にやってるねぇ」
     さつきは結界を張りながらも、もう片方のチームの戦況を眺めその優位を感じ取っていた。 
    「それじゃこっちも負けてらんないね。神元! こっちも一気に行くよ!」
    「畏まりました。志藤様、聖様。お二人の動きをキャリバーと共にサポート致します。存分にお奮い舞い下さいませ」
     言葉は淡々と、しかし行動は機敏に。エイティーンの効果で大人びた姿となった睦月とキャリバーは、アタッカーの二人をサポートするように鉄骨の間を跳びながら、最適な位置を見出し命綱を取り付ける。
    「お、おう……!」
    「行きますわよ、ゆう様。先ずは一体、確実にですの」
     凛と咲き誇る華のように着物を風に靡かせて、ヤマメは飛び上がり眼下のキャタピラーに襲い掛かる。
    「無作法、御免あそばせ?」
     ヤマメは片腕に凶悪な鬼の力を宿らせ、解放際に僅かに笑む。その姿は先ほど垣間見た華の様相を散らすような、羅刹の姿だ。
     みきりと音を立てて、硬い外殻が紙のようにへしゃげたままキャタピラーは勇の方向へと吹き飛ぶ。
    「一撃ではなりませんでしたか……ゆう様、とどめをお願いしますわ」
    「あっ……ああ、解ってるよ!」
     だが僅かに勇の動きが鈍い。――脚が竦む。眼前に広がる光景をただ見つめる。
     それはこの高さでの戦いからくるものでも、勿論今のヤマメの苛烈さに恐怖を覚えたからではない。
     経験不足からくる戦闘の不慣れさ。故の逡巡が、勇の行動を数秒程遅らせたのだ。
     そしてその数秒の間を、致死に近い傷を負ったキャタピラーは見逃さなかった。
    「志藤! 茫っとしてんなッ!」
     さつきが声をあげる、それと共に勇の意識が目の前の状況を正確に認識する。唸りをあげる悪虫のチェーンソー。かわしきれない!
    「……っ」
     勇とキャタピラーの間に睦月が割って入っていた。身を挺して勇を護り、衣服の犠牲をも厭わない。同時にキャリバーが唸りを上げ、手負いの虫にトドメを刺す。
     勇は目の前の状況を把握すると、思わず声をあげた。
    「あっ、わ、悪い。ごめん。いや、そうじゃなくて、大丈夫か!?」
     しかし睦月は表情を変えず、平然とした三白眼で勇を一瞥した。
    「問題ありません。私はお二方サポートすると申し上げました。自分のすべき事を果たしたまでです。――志藤様も、ご自身の戦いを成されますよう」
     乱れた髪を直し、一礼を行いヤマメのサポートへ向かう睦月。
     勇は暫しあっけにとられたような顔をしていたが、何かを思いなおしたかのように自らの両頬を張った。
    「(自分の戦い、か……それだけは逃げるわけには、いかないよな)」
     鉄骨の間から眼下の光景を見つめる。普段なら息を呑んでしまうような、死に直結する高さがそこにはある。
     だが今は恐さを感じない。
    「う、つっ……この服、お気に入りなんだぞ! こんのエロ芋虫がー! 志藤ーっ! シャキっとしたなら、早くこっち援護しろー!」
     攻撃を受けたさつきの声が聞こえる。
    「自分自身と戦う理由……今はそれをやってやるだけだよな。やってやるさッ! 今援護しますッ!」
     勇は精神を奮い立たせ、それを象徴付けるように炎の剣が逆巻いた。戦う三人のもとへ一気に切り込む。
     一撃を受けたキャタピラーは粘着質な絶叫をあげ、紅炎に包まれた。 

    ●遠くを見つめて
     精神的、戦況的にも灼滅者達の優位は既に揺るぎないものとなっていた。
    「あっ……!」
     だがその時、ヤマメがキャタピラーの体当たりを受けビルの外へと放り出される。咄嗟にさつきが救命用のロープを投げたが、指一本分ほど届かない。
    「――致し方ありませんわね。そして――」
     ヤマメは用意していた伸縮式のフック付きロープを放り投げ、鉄骨へ絡ませる。張り詰めるロープの勢いを使って体勢を戻す。その上で何もない空中を足場にジャンプを行った。
    「――これで五匹、ですの!」
     五匹目のチェインキャタピラーの頭上にから、鬼の腕を叩きつけヤマメ本人は綺麗に着地をおこなった。
     強烈な一撃を受けたキャタピラーは、ピギィッ、という奇妙な声をあげ潰れてしまう。今度はまさしく『一撃必殺』だった。
    「これでこちら側は全て、ですね」
     睦月の言葉に、さつきも勇も頷く。
    「ふう。まあ、何とかなって良かった。……しかしこの服は買いなおしかねぇ。お気にだったんだが……はぁ」
     一息ついたさつきに勇が駆け寄る。
    「耶麻先輩。さっきは申し訳ありませんでした」
    「んー? 何のことだっけ。……ってトボけるのも野暮か。最初は誰もそんなもんだよ。気にしなさんな。後は場数を踏めば、な?」
    「そう……はい、押忍。精進します」
    「お、何。ちょっと体育会系な処があったりする? 可愛いねぇ」
     けらりとさつきが笑い飛ばすと、青竜の声が聞こえてきた。
    『紅の軌跡が描きし十字、我が意思を持って汝を引き裂かん!』
     それと同時に、紅の十字架が摩天楼の頂点に、墓標の如く輝いた。
    「……ななみ様達の方も終わったようですわね」
    「ええ。こちらからの援護の必要はなさそうです」

     灼滅者達は比較的足場の良い処で合流を行った。
    「皆さん、お疲れ様でした。……全員が無事に任務を達成できて良かったです」
     全てを終えた喜びを分かち合うように陽和が微笑む。
     手傷を負ったものには、七海の『魔王様』がぽむぽふハートを飛ばし癒してくれているようだ。
    「傷は大丈夫だけど、これじゃあ着ているものは新調かな」
     辺りを見渡していた千尋が口を開く。
    「ところで――」
     そのまま口元が猫のように綻ぶ。
    「勇クンは、目の保養。存分に堪能できた?」
     眼鏡の奥で千尋の目元が笑う。
    「えっ?」
     気付けば一行はそれなりに手傷を負い、またそれなりにあられもない格好だった。無事なものもいれば、それに気付いて思わず身体を覆うものもいる、まーったく気にしないで堂々としている強い女性達もいる。
     状況に気付いた勇は慌てて顔を背けた。
    「うおいー!?」
    「あっはっは、な~んてね♪」
    「な~んてね、じゃないよー!?」
     スカートを裂かれ、妙にギリギリっぽくなっている千尋は哄笑した。でも流石にちょっと冷える。何故冷えるのだろう。
     七海は比較的ダメージが少なかった所為もあるのか、この状況に対し冷静に言葉を述べた。
    「ま、こうなる事は解っていたから仕方の無い事だな。しかし――皆そんな格好で帰る時はどうするんだ?」
    「「あっ」」
     摩天楼に涼やかな風が吹く。
     その中で、ヤマメがおずおずと片手を挙げた。
    「……あの、何故か男子用の体操着ならありますの。皆様着ます?」
    「何故そんなものがあるのでしょうか……」
     陽和の疑問は尤もなものだったが、選択の余地は無さそうだった。
     その様子を見ていた睦月は視線を外し、視線を遠くへと飛ばしながら一つの事に想いを馳せる――。
    「(……また執事服がボロボロになった)」

    作者:遊悠 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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