金環の庭~後編

    作者:中川沙智

     とあるホテルの前庭にて開催されているビアガーデン。そこで展開された黄金の円盤リングでの戦いに介入し、勝利を収めた灼滅者達。
     だが簡単には終わるわけもない。
     二体のアンブレイカブルそれぞれに止めを刺した灼滅者は、その代償の如くに闇堕ちしてしまったからだ。
     すなわち戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)と氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)の両名である。
     戦場の空気に罅が入る。世界の色が変わる。リングに残った灼滅者達が各々の身体を支えて立ち上がろうとする。前哨戦としては些か厳しい戦いだったが、次へと臨むしかない。
     しかし鏡・剣(喧嘩上等・d00006)とシルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)は重傷でこそないものの戦闘を続けるのは不可能だろう。もし継戦してしまえば致命的な結果を生み出しかねない。それは避けたかった。
    「まだまだ戦えるぜ、とはいえ無茶は周りに迷惑かけるだけか」
    「歯がゆいのう……戦力が少しでも必要でありゅとわかっていりゅのに」
     互いに悔しさで唇の端を噛むも、後から来てくれるであろう増援に任せるしかなかった。
     そう、まだ終わらない。
     闇の連鎖を断ち切るまで、黄金の舞台は終焉を迎えはしないのだ。
     漆黒の霊光纏いし侑紀と蔵乃祐。気配はだんだん歪で邪なものになっていく。侑紀が眼鏡越しの瞳を静かに伏せた。
    「……そろそろ、時間みたいだ。後は頼むよ」
    「皆なら大丈夫って、思ってるから」
     当然でしょ?
     そんな風に言い切るが如くに蔵乃祐が淡く笑み零したのは、仲間を信頼しているからに他ならない。比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が浅く頷いて、眼に決意を静かに湛える。
    「もちろんだよ、蔵乃祐」
    「さって、ここからが本番かな」
    「ああ。次こそ負けられない戦いになる」
     メカサシミが消滅した状態とはいえ張り切った月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)の声に、森田・供助(月桂杖・d03292)の声が重なる。シャドウとソロモンの悪魔、闇堕ちした二人に視線を流し、祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)が不敵に言い放つ。
    「――諦めない。戻ってきてもらうよ、力づくでね」

    ●金環の庭~後編
     片腕を異形化し、銀糸の髪の合間から鋸歯を覗かせる蔵乃祐――であった、ソロモンの悪魔アハスヴェール。
     尾に行くにつれクラブのスートが浮かぶ、下半身が白蛇の侑紀――であった、シャドウ『無限の』ヒュギエイア。
     それぞれが闇堕ちした姿で相対する。
     玲と柩がそれぞれ闇堕ちしていた時、朱雀門において同行していた事もあるアハスヴェール。顔は見覚えもあるような気がする。が、少なくとも今は蔵乃祐ではない事は事実。そして戦いを経ながら説得を行わないと彼を取り戻せないと、重々理解していた。
    「邪魔立てするんですか……」
     淡々と嘆息するアハスヴェール。その後ろに立ち点滴スタンドを改造した槍をゆるり振るったヒュギエイア。両名共に冷ややかな態度を崩さない。
    「僕らの邪魔をするなら、どいてもらうよ」
     どちらも好戦的ではないようだ――先のアンブレイカブルらとは大違いだ――が、だからこそこの場を逃れるために懸命になる可能性はある。
    「行くか」
     供助の短い声にすべてが込められている。彦麻呂も首肯した。
     失くさないために、取り戻すために。
     彼らの矜持を守りきるために。
     ――行こう。


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    立花・銀二(ナノテイマー・d08733)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    天音・宵手(淡春・d23047)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    一・ナナホシ(夢渡・d28051)

    ■リプレイ

    ●揺らぎ
     アハスヴェールが緩慢な動きで腕を伸ばす。
     真夏と真逆の、零下の死嵐がリングに吹き荒れる。
     月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は全力で振り払い、足を前に踏み出した。
    「メカサシミが無事なら盾が増えたんだけど、ま、しゃーないか。さって、それじゃあ最後の後始末と行こうかな」
     先に消滅したばかりのメカサシミに戦闘を強いる事は出来ない。明るい声音に眦を緩め、祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)が首肯する。
    「そうだね、増援も来てくれたし。でも……」
     ちらり視線を投げた方向には鏡・剣(喧嘩上等・d00006)がいる。口許の血を力任せに拭いながら告げる。
    「この作戦は倒す事が目的じゃない。儀式に取り込まれた二人を救う事だ。なら、俺にもやるべき事がある」
    「わかりました。では、僕の後ろに」
     封印解除を行い前に進み出たのは立花・銀二(ナノテイマー・d08733)、ナノナノを剣の元へ追いやったなら殲術道具を構えた。
     前に出る灼滅者達を受けて一歩下がるのが今回のダークネス達、片方は怪訝そうに、片方は怯えるように視線を向けてくる。
    「ユキったら、……。連れ戻さないとね」
    「ああ。まさか送り出した後にこんな形で会うなんて」
     ――だからこそ俺はお前を連れ戻さなきゃならない。
     一・ナナホシ(夢渡・d28051)が淡くも強い決意を戴く傍らで、天音・宵手(淡春・d23047)がヒュギエイアに曇りない意思を手向けた。
     己を護るために帯の鎧を構築する様は頑ななダークネス人格の心を示すようにすら見える。ただ只管に殻に閉じこもる事を良しとするような、そんなシャドウがそこにいる。
     対して瑕ひとつない理想を追い求めようとするソロモンの悪魔に向けて、己が存在を知らしめるように言い放つ。
    「アタシ、最強だよ! うぞーむぞーなんか、スグ倒せる」
     華やぎと共にファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)が挑むような眼差しをアハスヴェールに向ける。茶目っ気にあふれた笑顔と共に、宣言しよう。
    「倒しちゃうツイデ。盾役の神髄、ミセたげる!」
     黄金のリングに観客からの歓声が浴びせられる。視線を灰色の悪魔に注いだまま、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が小さく笑みを咲かせた。口腔に溢れ出そうな言葉を整理する。呼び止め、引き留めるためのそれ。
     説得出来るのかという不安と、もし闇堕ち人格ならば今の彼の姿を喜んだであろう戸惑いが胸中で錯綜する。
     救出するために死力を尽くそう。
    「このまま蔵乃祐を取られてたまるものか」
     柩の銀髪が夏風に靡く。
     二体のダークネスは灼滅者達と相対するも、彼らをあまり視界に入れていないようにも思えた。
    「どうやら自ら退いてはくれないみたいだね。やはり、戦うしかないのか」
    「ある意味想定内ではあります。……行きましょう」
     囁き合い。
     誰ともなく地を蹴り、戦いの中に身を投じる。

    ●嘆き
     怒涛。
     思考回路としては後ろ向きな悪魔と影だが、それでも力量はやはり闇に身を窶したもののそれ。魔力の矢も影殴りも、共に並んで使用していた時とは比べ物にならないほどの威力だ。
     特に庇いを意識していたファムを筆頭に、玲や銀二が仲間を護りに護っていたため、特に後衛側へ攻撃を通す事がほぼなかったのが幸いした。
    「だからこそ挫けたりはしないな、って」
     ため息を吐きながらも彦麻呂がさらりと言ってのける。
     ヒュギエイアに狙い定めたなら焔の緋牡丹を咲き誇らせる。次々と蕾を齎し花弁が揺らめく。
    「氷室さんはもう、生きる事を諦めてしまったんですか? 本当に? 思い残したことは何もないです?」
     仲間との連携を意識し、片方に偏る事のない攻撃と説得を繰り返す。それが灼滅者達の作戦だった。彦麻呂は続ける。
    「私は氷室さんの事、よく知りませんけど。大切なお友達が駆けつけて、何も思わないほど冷淡な方という印象もありません――結局、諦めの悪さの勝負ですよね」
     ひとつの肉体にふたつの魂、どちらが主導権を握るのか。
     眉根を寄せて煙を払い落とすヒュギエイアに向き直る。防護を固めているからこそ、ある程度体力を削ってからでなければ危機感を植え付けるのは難しい。
     だから、馳せる。
    「こんにちはヒュギ。ユキを返してもらいに来たわ」
     淡々と告げて、ナナホシはサイキックを否定する魔力の光線を放出する。そうして牽制する合間に、宵手が祝福の言葉を変換し開放し、前衛達を聖なる風で包み込む。
    「ヒュギエイア。ご機嫌いかがかな」
     癒しの階は、本当は彼にこそ贈りたいもの。
    「突然の目覚めで悪いがなにもお前を捕らえるつもりできちゃいない。侑紀を迎えに来たんだ」
    「……此処のほうが今は安全なんだ。彼もそう思ってるだろうね」
     傍らのアハスヴェールが前に進み出たのを見遣り、ヒュギエイアは睫毛を伏せる。攻撃が鋭いのも当然ながら、やはり護りと回復に長じたダークネス達は揺らがない。
     しかし。
     影の先端が鋭い刃と成り、白蛇の鱗を深く削る。
    「8と何匹か対2です、あからさまにそちらが不利なのです! それはご理解頂けますね?」
     飄々とした口調で言い放つのは銀二だ。ナノナノがハートで密かに支える。
    「ですが侑紀君に身体を返せば僕達は攻撃しません。今は分が悪いので侑紀君の中に隠れて、また出られる機を待つ事をおススメします!」
     片割れに向き合う仲間を横目で眺め、玲は破邪の白光纏う斬撃を悪魔へ放つ。肉薄しながらひらり片手掲げ、呟く。
    「アハスヴェールはおっひさー。とはいっても私じゃない私だけどね」
     己に加護が宿る様をゆっくり確認しながら、声は明るく、真直ぐに。
    「信頼には答えなきゃいけない。連れ戻さなきゃいけない、縁がある。――残念だけどアハスヴェール、君は今はお呼びじゃないのさ」
     悪魔が僅かに空気を食んだ。その合間を縫い、柩が駆ける。
    「邪魔立てするのかと言うけれど……邪魔なのはキミの方だ、アハスヴェール。目覚めたばかりで悪いけど、蔵乃祐は返してもらうよ」
     カミの風刃を巻き上げて、灰の頬を切り付けながら囁いた。
    「返してもらわなければ困るんだ。そう、伝えたいんだ」
     その様子を眺めていた剣が前に出る。傷が痛む。だが肺に息を吸い込むのは、言葉を発するため。
    「わりいが、全員で帰るまでやっておしまいだからな、お前らおいて先に帰るわけにはいかねえんだよ」
     両手に霊光を集中させて、一閃。
    「闇落ちなんて灼滅者からしたら一番のミスじゃねえか、そんなになるのが一番あこがれんのか? ちげえだろ」
     アハスヴェールが巨腕を盾にして凌ぐ。答えはない。
     ファムが続けざまに狙ったのは後ろに立っていたヒュギエイア。が、灰の悪魔がその背を張ってみせた。
     俊敏な動きで庇い、ぎろり、視線を投げるアハスヴェール。
     それを見てファムはけろりと笑った。
    「今の庇うウゴキ、人間チガウ!? アタシより多く庇ってる、でも、タオレナイのズルい!」
    「……成程。僕に庇わせるために、わざと後ろに攻撃を」
     アハスヴェールが感心したような風情を見せる。その意図を厭うてはいないようだ。
     ファムが可能な限り理想的な盾役として全力で戦う事で、それを上回るアハスヴェールが『より理想的な盾役』だと知らしめる。言葉でも、結果でも。
    「アハスさん、貴方、とってもカンペキ!」
     普段は対等扱いしてくれる彼だから、尚の事そう思うのかもしれない。
    「……アタシ知ってるかいどーさん、ミスいっぱいする。でも、ミスしても、カバーしてくれる友達イッパイ。だから……もっとカンペキ思う」
     果たしてどちらが究極に近いか。
     呟くは、悪魔の向こう側にいる彼への誘い文句。
    「一番のカンペキ、目指してみない?」

    ●悟り
     日が傾き始めた。
     徐々に徐々に、時間をかけて削っていく。
     怒りによる所謂タゲ取りで後衛への攻撃を掬い上げたアハスヴェールに攻撃が集中しがちだったが、その体力にもようやく陰りが見え始めた。
     いかにヒュギエイアが治癒に長けていようとも、癒しきれぬ傷というのは山積されるもの。アンチヒールで回復を失敗させた上、生き延びたいという意識を利用し攻撃の手数を減らせたのも僥倖だ。
     窮地に追い込んだ場合同士討ちするのではという懸念もあったが、どうやら現状それは杞憂ですみそうだ。
     しかし。
     護り手たちの隙間を潜り抜けて疾走する帯。命中精度を高めて射出された先端は迷いなく。
     先から深い傷を負っていた剣を、穿つ。
    「ぐっ……!」
     弾かれた衝撃でリングに投げ出されたなら、血の気が引いた。
    「……!!」
    「大丈夫だ、息はある」
     宵手が呼吸を確かめる。前に出ずにいた事が功を奏していたが、流石にこれ以上の継戦は重傷どころの騒ぎではなくなる。
     だが、無理やり剣は立ち上がる。
     序盤に比べて傷が走るヒュギエイアの相貌に声を張る。
    「おら、生き残りてえんだろ、だったらんな馬鹿な姿してねえで、とっとと顔洗って戻ってこいや!! それが生き残る最善だろうがよ!! ――、……」
     意識が途切れ、倒れ伏した。血痕が広がる最中、せめて追撃を受けないよう宵手とナナホシで隅に寄せた。前に立つ者達で射線を塞ぐ。
    「……そろそろ、起きてもらわないと困るんですけど」
     さらりと言ってのけたのは、長引くとしんどいと思っていたから。さてその矛先は何処だろうか――彦麻呂が淡々と向き合う。
    「戒道さんはなー。ぶっちゃけここで死のうが爆発四散しようが面白いような気がしなくもないですけど」
     特にその物言いに慣れていない面々を中心に、周囲がぎょっと視線を集中させる。
     肩を竦めつつ、だって戒道さんだから、と彦麻呂は悪びれない。
    「随分嫌われているようですね」
    「んーそういうわけでもあるようなないような」
     アハスヴェールが苦笑する。友人というより灼滅者の仲間としての付き合いだから、そう思うのかもしれない。
    「でもどうせなら、もっと権謀術数めぐらせてから死にたいでしょ? だからお爺ちゃんも諦めて、旧校舎に戻りましょ」
     同意は手応えでもらおう。悪魔に執着する怨恨系の怪談を、災厄を聞かせてみせようか。奥へ奥へと踏み込んで畳み掛ける。
     続いたのは玲だ。流星の煌めきと重力乗せた回し蹴りで、灰色の顎を大きく振り抜いた。ついでに問いを残してみる。
    「それじゃ、一つ考察をしてみようか」
     不敵に笑んで、指先をくるり一回転。黄金のリングと、それを嗾けたジークフリート大老について。
    「彼を覆う『血』の補充には『強者』が必要、でもその『強者』は君じゃない。ただ堕ちて力を得ただけの君じゃ、ね」
     訝し気に視線を返す悪魔に、玲は笑った。
     この試練を乗り越える事こそ、彼の言う強者に近づく手立てだと。
    「……とまあこんな感じに考えを言い合える仲間を、連れていかれたら困るんだ。返して貰うよ、かいどー先輩をさ」
    「そう。キミが信じてくれたのと同じように、蔵乃祐なら大丈夫だってボクも信じてる」
     盾で頬を殴る。僅かでも怒りの色が見え隠れしたなら、気を惹けたなら――そう考えて何度撲った事だろう。
     柩の碧の瞳が真っすぐに注がれる。
    「退屈かもしれないけど少し待ってて、蔵乃祐が帰るための道はボクたちが作るから」
     悪魔は視線を伏せた。随分彼は認めてもらっているんですね、そう零した声は夏風に溶ける。
    「そーですよ!! 蔵乃祐君はもーはやく戻ってきて僕に夏休みの課題丸写しさせてください!!」
     正々堂々言い放った銀二の顔は朗らかだ。霊光を両拳に宿し勢いをつけて放出する、脇腹を強か打った故かアハスヴェールはたたらを踏む。
    「灼滅者の君にしか出来ない事もたくさんあるのですよ。そこでぐうたら寝てたら君が追い求めてるものだって見逃してしまうのです!」
     耳を塞ぐ事は許さない。
     中の、奥の、彼にどうか届きますように。
    「駄々こねてないで帰りましょう!」
    「ソウだよー。理想のジブン……銀二さんみたいな自称アイドル目指しちゃお?」
    「アイドルは一人で十分ですけどね!!」
     笑顔弾けさせてファムが走る。死を宿した断罪の刃を翳し、袈裟懸けに切り裂いた。
     罅が入る。
     大きく仰け反って倒れた彼を見て、ファムがキラリ顎に手を添えてみせる。
    「クックック……かいどーさんのパワー、アタシのもの!」
    「じゃないんでしょ」
    「ウン、眠ってるだけみたい」
     柩のツッコミに素直な声が返る。徐々に灰色が剥がれていく様を見遣り、ナナホシと宵手が彼に視線を向ける。
    「次は、こっちだね」
    「ああ」

    ●誇り
     盾が無くなり逃げ腰なヒュギエイアを包囲する。
     相手が少なからず死を意識したのか焦燥が伝わってくる。そんな折、ナナホシは隙を見て間合いに入り胸ぐらを掴んだ。
    「ねえヒュギ。死なないで済む方法、教えてあげましょうか」
     鼻先が触れ合うほどの距離でまじないのように囁いた。
    「あなた、今ここで強情張って殺されるより一度ユキに体を返した方がいいんじゃない?」
     彼を返してくれれば殺したりしないと嘯く様は悠然としていた。
     躊躇いが顔に張り付くヒュギエイアから目を逸らさない。
    「今のユキは生きる事を諦めてなんかない。彼が大事なものを残しておちおち死んでられるほど大胆な人間じゃないって、ヒュギ、あなたもよく分かってるでしょう?」
     そして向き直るのはもう一人の彼へ。
    「それからユキ、いいこと? 私のお喋りや鬼ごっこに付き合ってくれるの、ユキくらいなのよ。いないと退屈なのよ。聞こえてるんなら早く帰ってきなさい、アイスくらいなら奢ってあげる」
     手を離した刹那、言葉を焼き付けるように顎下から黒き刃で斬り上げた。ある意味究極の死角からの一撃に、ヒュギエイアの足取りがふらつく。
     大切な宝物を明らかにするように、宵手が柔らかに宣言する。
    「侑紀の場所はここにある」
     手を伸べながら切々と訴えかける。不安や恐怖でみえなくなっても、必ずここにあると。
    「ねえ侑紀。俺の安らぐ場所もいつの日かお前の傍になってた。今もこの先も……侑紀が迷った時は一緒に考える、だから」
     守りの位置を捨て前に踏み込む。想いを乗せて聖剣は白く輝く。破邪の一閃振り下ろす間際、彼にだけ聞こえるように声を紡いだ。
    「ありがとうヒュギエイア。どうか任せてほしい。お前の役目はもう終わったよ。――帰っておいで、侑紀」
     斬撃を見舞った瞬間意識を飛ばした相手を、宵手はそのまま抱え込んだ。
     幾許かの時間を経た後に、目を覚ましたのは蔵乃祐と侑紀ほぼ同時。宵手から侑紀に手向けられるのは優しい「ただいま」「おかえり」の言葉達だ。やれやれと言わんばかりに仲間がそれぞれ笑い、胸を撫で下ろし、あたたかい空気が満ちていく。剣が銀二に肩を借り口元に笑みを刷いている。
     黄金リングは徐々に消滅していった。光の渦が巻き上がって、散る。

     闇から戻り、光当たる場所へと――やってきた、人影はふたつ。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月26日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ