『Dead_Spider』

    作者:空白革命

    ●とりかえしのつかない女、軛締捻。
     ある洋館である。
     手入れの行き届いたシャンデリアの下、高級な絨毯の上。
     革靴を履いたスーツ姿の女がひとり。
     いや、引いて見れば、彼女を囲むように数人の男達が存在していた。
     男はみな屈強な体つきをし、充分な武装をしている。動きも『ごろつき』のそれではない。訓練された隙の無い構えと位置取りである。どのような技能があった所で、人間が一人で突破できるような包囲ではまずなかった。
     ……人間ならば。
    「何処の誰かは知らねえが、黙って帰るなら見逃してやってもいい」
    「勿論、懐の武器は捨てて貰うがな」
     女は言われた通りに上着のボタンを外すと、内ポケットのホルスターからグルカナイフを一本。スローイングダガーを二本、折り畳みチャクラムを一本に、カード型無線機を一枚取り出して床に捨てた。
     男は無線機を踏んで破壊し、女へ武器を突きつける。
    「こんなもので誰と連絡を取るつもりだった」
    「誰とも」
     女は、漸く喋り方を思い出したとでもいうように口を開いた。
    「我が主は単独行動をお望みだ。遠い地で、活動終了の報告を待つだけの。だから、それまでこの無線機は必要なかった」
    「良く喋るな。命が惜しくなったか?」
    「いや。惜しいのは事実だが……それは私の命ではない」
    「どういう意味だ」
     後ろの男が武器を背中に突きつけようとした。
     したはずだが、うっかり腕が上がり過ぎて天井へ向く。
    「ん? 何をやってる」
    「いや、俺は何も。腕が勝手に……うお!?」
     男は驚きに目を剥いた。
     恐らく、誰が見ても驚くに違いない。
     想像してみて欲しい。
     あなたの腕が突如天井へ向いたと思ったら、いつの間にか方から分離しするすると昇天していくのだ。
    「あ……れ……」
     それだけではない。男の首が、指が、足首が、腰が、膝が、次々と分離し、まるで釣り糸につられているかのように跳ねあがって行く。
     切れ目から、思い出したように血が溢れだし、高級な絨毯に降り注いだ。
    「な……な……!」
    「お前達の命が惜しい。私は随分と、他人と会話をしていなかったからな。オウム代わりにはなると思ったが、残念だ」
     顔の前に手を翳す女。
     指を一本ずつ折る。
     折るたびに、男達の身体がひとりずつバラバラになっていった。
    「ひ、ひいい!?」
     最後の一人となった男は、震えた手から武器を捨て、漸く……そう、漸く気づいた。
     自分を含めた全員が、部屋中にいつのまにか張り巡らされた極細の糸に絡め取られ、今まさに生殺与奪を握られているということに。
    「冥途の土産というものだ、教えておこう。私が与えられた命令は――」
     最後の一本指。
     小指を折って、女は言う。
    「満足ゆくまでの殺戮だ」
     
    ●ヴァンパイア
    「バトル――タイムだァッ!」
     エクスブレイン、大爆寺ニトロは腕を振り上げ、今にもはちきれんばかりの情熱を叩きつけてきた。
     まるで、自ら戦場に乗り込まんばかりの気迫である。
    「皆も知ってるダークネス。そのヴァンパイアが活動を見せたぞ。一般人から闇落ちしたばかりのタイプで、絶賛修羅落ち中という有様だ。一応人間的人格の欠片くらいは残ってるんだろうが……ここまでくるともはやダークネスと同じと言っても過言じゃあない!」
     椅子の上に立ち上がり、机の上に片足を乗り上げ、拳を握ってニトロは言った。
     いや、叫んだ。
    「乗り込んでェ! ぶん殴ってェ! 叩ァきのめせェッ!」
     
     軛・締捻(くびき・しねん)。
     22歳女性。
     主な得物、鋼糸。
     もはや取り返しのつかなくなったヴァンパイアの一人である。
    「彼女を倒すには色々とタイミングを見なきゃならんのだが、ここ……このタイミングなら絶好だ。邪魔も入らんし逃げられもせん」
     そう言ってニトロが指し示したのは、冒頭に描写説明した洋館でのシーンだった。
    「丁度、この直後に乗り込む形になる。逆に言うなら、それ以外のタイミングは色々とマズい。どの道、今から向かったら狙った通りの所で割り込むことになる筈だから、深く考えることはない」
     ヴァンパイアの彼女は鋼糸を多角的に絡めた非常にテクニカルな戦闘を得意とし、灼滅者たちが力を合わせて戦って漸く勝てるという戦闘力を持っているらしい。
    「とは言っても、『戦って勝てる』と分かれば迷う必要はない。可能性が少しでもある限り、そいつを100%にすることはできる。どうやってかって? そんなもの……気合に決まってるだろうが!」


    参加者
    薬袋・えん(一縷の紅蝶・d00210)
    秋篠・誠士郎(流青・d00236)
    啄身・言葉(繊月・d01254)
    古城・けい(ルスキニアの誓い・d02042)
    志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990)
    饗庭・クライネ(暴食ピグマリオン・d05781)
    蓬莱・烏衣(スワロウテイル・d07027)

    ■リプレイ

    ●ある洋館での惨事
     黒いスーツの女だった。
     バラバラ死体と呼ぶにはあまりにも解体(バラ)され過ぎた人間の破片が絨毯の上に転がり、天井近くには誰かの部位が引っかかったまま停止している。
     それはさながら蜘蛛の巣のようであり、女はさしずめ、蜘蛛そのものであった。
     重く軋んだ音をたて、両開きの扉が開く。
     両手で扉を押し開きながら、志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990)は絨毯を踏んだ。
    「鬼と名のつく者どもは、西も東も変わらないな」
    「満足が行くまでの殺戮。放っておけば被害は増えるばかりだ」
     啄身・言葉(繊月・d01254)は彼女に並び、スレイヤーカードを取り出した。
     顔を並べ、眼前にカードを翳す。
     歩みを止めず、閃光の中より現れた剣を抜き、やがて早足となり、神秘性の防護服を纏い、そして同時に駆け出した。
     ゆるりと振り返る女、軛締捻。
    「もはや戻れないのならば、私は討つ!」
     ほぼ地面と垂直に飛ぶと、友衛は柄に護符を撒いた剣を強く強く握り込んだ。
     同じく、縛霊手と素手の両方で刀を握り込む言葉。
     二人の剣が大上段から繰り出される。
     瞬間、締捻は勢いよく振り返った。カーテンを乱暴に引きあけるかのような仕草で腕を振る。空中で光る五本の線。それらが二人の剣をまるで壁のような強度で打ち払った。
    「既に糸が――!」
    「違うな」
     締捻は眉を片方だけ上げると、波を誘うように指を畳む。やや太めに編まれた糸が鞭のようにしなり、言葉へと振りかかる。
    「巣だ」
     弾かれた直後、それも空中である。回避ができる状態ではない。
     しかしそこへ、剣を縦にしたビハインドが割り込んだ。
    「――!」
    「千尋、ありがとう!」
     だが鞭は一発ではない、素早く放たれたもう一本が友衛へと迫る。
    「おっと――」
     そこへ割り込む、古城・けい(ルスキニアの誓い・d02042)。
     空中であるにもかかわらず、どこか優美に手を翳した。糸の鞭がシールドに弾かれる。
    「ご機嫌いかがかな、蜘蛛のお嬢さん。一緒に踊ってくれるかい?」
     素早く繰り出されるけいのナイフを、軽やかなステップでかわす締捻。
     だがまるで、踊りの誘いを受けたかのように饗庭・クライネ(暴食ピグマリオン・d05781)が飛び掛る。
     スキップをするような、ギャロップを踏むような、ふわふわと舞うような……誤解を恐れずに言うならば、おやつの時間に呼ばれてきた子供のような、どこまでも無邪気な『襲い掛かり』だった。
    「御機嫌よう! 嗚呼、嗚呼、素敵だわ。とっても綺麗だわ――」
     目を大きく見開き、槍をまっすぐに叩き込む。コンパクトにスピンして回避する締捻。冷気の塊が通過し、空中で炸裂する。
     しかしそれが、まるで楽しくて仕方がないかのようにクライネは笑う。はちみつの様に。
    「ハぁニィ」
     槍をスイングする。序動作が無かったとはいえそれなりの威力だ。糸を張った腕でガードする締捻。
     その隙を逃す灼滅者たちではない。
    「こおりさん、おいでませ!」
    「花、いくぞ!」
     カードを脇へ放る薬袋・えん(一縷の紅蝶・d00210)と秋篠・誠士郎(流青・d00236)。
     くるりと宙返りをしながら現れたこおりと花(共に霊犬)が着地の間も惜しいとばかりに六文銭射撃を開始。
     締捻は逆の手を払って前方に網目状の糸を展開。射撃を遮断する。
    「器用な防御だが……甘い!」
     誠士郎は一直線の突撃で剣を糸の網へと突き立てると、微妙に生まれた穴を抉じ開けるように縛霊撃を叩き込んだ。
     ガードを破られ、撥ね飛ぶ締捻。えんは追撃とばかりに影喰らいを放った。
    「物騒じゃのう……早く終わらせてお茶でも飲みたい」
    「……呑気だな」
     締捻はどこかに引っかかった糸を掴んで鉄棒のように(もしくはつり革運動のように)一転するとオーラの逆十字を発射。
     それを、蓬莱・烏衣(スワロウテイル・d07027)は剣で破壊した。
    「気に食わねえ……ああ、すっげえ気に食わねえ!」
     剣を握り、ばちばちと雷を纏わせる。
    「オレは、てめぇみてえな奴が大嫌いなんだよ!」
    「そうか。私は、貴様のことはどうでもいいと思っている」
     紫電を放つ剣で突撃する烏衣だが、脚と肩に糸が絡まる。ブチリと嫌な音がして皮膚が割けるが、烏衣は逆にその糸を引き千切って見せた。
    「……ちょろいもんだぜ」
    「ちょっとそこ、動かないでね」
     後ろから声。
    「ショウタイム――リバレイトソウル!」
     くちづけしたカードを頭上に投げ、アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)は己の影をぐにゃりと変容させた。
    「スナイプッ!」
     指輪をつけた手をピストルのように構え、びしりと締捻へ向けた……時には既に、彼女の影が素早く伸び締捻の足首を石化していた。
     締捻は僅かに表皮が固まった足を見て、口角をつりあげた。
    「……ハッ」
     笑い飛ばすように息を吐く。もしくは吐き捨てるように笑う。
    「これはいい相手だ。お前たちが相手なら、満足できそうな気がして来た」
    「そうですか? 私もちょっとウズウズしてますけど」
     彼女達は笑い、そして次の攻撃へ移った。

     幾多の攻撃が交わされた。変幻自在な糸の斬撃や壁に、技と力で対抗していく灼滅者たち。
     一対八の戦闘でありながら、その実力はほぼ拮抗していると言ってよかった。
    「ボクから目を反らさないで、受け止めて」
     甘い声が風に乗る。
     クライネの声をはちみつとするなら、彼は角砂糖のそれだった。
     どこか固く、さらりとして、一晩で消えてしまいそうな甘さである。
     けいは、ナイフを逆手に握って締捻の背後へと回り込んだ。
    「余所見は、しないで?」
     異様に変形したナイフがジグザグに奔り、締捻の背中を切り裂く。
     肩越しに指をくいとあげる締捻。赤いオーラを纏った糸が現れ、けいを袈裟斬りにする。
     無論、これが初めてのダメージではない。はじめに仲間を庇った時からずっと、彼の身体は切り裂かれ続けていた。
     それも綺麗な、ぱっくりとした傷ばかりである。
    「はぁ」
     吐息を吐くが、表情はリラックスしたままだった。このコンディションとパーソナリティが、彼の古城けいたる所以であった。
     シャウト一つでカバーしきれるダメージではない。次は危ないか……と言う所で、友衛の刀が挟まった。
     刀と言っても小刀。それもスローイングダガー程度のサイズである。それがけいの足元に刺さり、柄に巻かれた防護符が発光。けいに巻き付いていた何本かの糸を弾き飛ばした。
    「助かったよ」
    「いえ」
     短く答える友衛。
     そうしていると、クライネが横合いから乱入をかけてきた。
    「お喋りをしましょう。ダンスをしましょう。お相手下さいな、あなた」
     額からは血を流し、服は引き裂かれ、手足に血の筋が伝ったまま。
     クライネは右腕を異形化させた。
     ぐわりと手を開き、振り下ろす。
     大きく飛び退いてかわす締捻。からぶった腕が地面に叩きつけられ、絨毯を下の床タイルごと粉砕させた。
     着地手前、締捻が指をキリキリと操作する。
    「クライネ」
    「ええ」
     言葉がクライネの横に並び、縛霊手の腕を大きく翳した。
     異形化したクライネの腕とシンメトリーに構えると、二人同時に霧を発現。
     着地と同時に四方八方から繰り出される大量の糸。
     言葉とクライネは膨大なヴァンパイアミストを放ってそれを打ち消した。
     いや、正確に述べるなら切り裂かれた傷をその場で塞いだのだが。結果としては同じことである。
    「千尋、行こう!」
     素早く駆け出し、千尋(ビハインド)と共に雲耀剣による突撃をかける言葉。
     しかし上下から繰り出された糸が挟み込むように言葉を襲う。
    「――ッ!」
     上段下段それぞれに剣を振って糸を断ち切る千尋と言葉。
     そんな二人を飛び越えて、誠士郎は斬艦刀をかつぐようにして締捻へと急接近した。
     剣をスイングしてオーラを発射。紙一重でかわされる。
     着地と同時に縛霊撃を叩き込む。頭上の糸を巾着状にすぼめて固定される。
     同時に身体へ巻き付いた糸が複雑に絡み合い彼を捕縛。誠士郎は締捻の眼前にどさりと落ちる形となった。
    「まずい、この位置は――」
    「させるかあ!」
     締捻の腕が上がりかけたその時、猛烈に駆け込んだ烏衣がかなり無理矢理なパンチを叩き込んできた。
     オーラを纏ったパンチである。誠士郎と同じように止めようとした糸が一瞬だけ弾かれ、締捻の方に拳が直撃。体勢が傾いた所へ、アルベルティーヌが高速で接近してきた。
    「アハハハハッ!」
     高く笑いながら顎を開き、すれ違いざまに噛みちぎらんばかりに歯を打ちあわせる。否、肩か腕を噛み千切ろうとした彼女を締捻が緊急回避したのだ。
     宙へ浮きあがった影がアルベルティーヌの周りをジグザグに飛び交い、眼前でカーブ。直線を描いて締捻へと放たれた。
     上半身を捻って回避。
    「手こずっとるようじゃのう」
     えんと霊犬のこおりが囲い込むように参加した。
     浮きあがった影業が螺旋を描いて舞い上がり、空中で分散。大量の触手になって締捻へと飛び掛った。
     同時に放たれた影を回避することは、恐らく締捻にはできただろう。
     しかしそれが器用に連携していたならどうだ。
     締捻が避けた筈の影が直角にターン。背後から肩を貫通した。
    「ぐっ!?」
     生まれる一瞬の隙。手足に巻き付くえんの影。
     そのタイミングを見計らったかのように、烏衣が腕を振り上げ。
    「お前の罪に興味はない。強いのはお前か俺たちかだ」
     花の回復をうけて立ち上がった誠士郎が、縛霊手を高く振り上げた。
    「そうだな烏衣」
    「ああ、満足いくまでボコってやるぜ!」
     二人のパンチが同時に炸裂。影の拘束ごとぶち破り、締捻の身体を吹き飛ばす。
     彼女はきりもみ回転しながら壁へ激突。跳ね返るように地面に転がった。
    「………………はぁ」
     吐き捨てるように笑い、笑うように吐息を吐く。
    「まあ、これでいいか」
     ヴァンパイア、軛締捻はそうとだけ呟いて目を閉じた。
     そして二度と開くことなく。
     闇に呑まれて消えた。

     洋館を後にする灼滅者たち。
     解らないことは沢山ある。知らないこともだ。
     軛締捻が誰の影響で闇堕ちしたのか。
     その『誰か』の狙いとは。
     その上で存在する、恐らく彼女よりも何段階も強力であろうヴァンパイアが、確実にいるのだという事実。
     そんな敵と、ぶつかる時が来るのだ。
    「いつか、その時が」
     誰ともなく呟き。
     八人は、八者八様、全くバラバラな表情を浮かべたのだった。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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