右九兵衛暗殺計画~dive to die

    作者:日暮ひかり

    ●銀夜目・右九兵衛暗殺指令
     今日は君達に大事な相談があると、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はごく少数の灼滅者達を呼び止めて言った。
    「ご当地怪人からの怪しげな同盟案を蹴った事は妥当だったと思う。だが、六六六人衆・アンブレイカブル・爵位級ヴァンパイアの連合軍に対抗しうる手段も得られていないのが現状だ。学園始まって以来の苦境と言っても過言ではない」
     どうにか最悪の状態から脱する道は無いのか。
     学園の内情を熟知し、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの連携を手引きしている闇堕ち灼滅者、銀夜目・右九兵衛――その存在が鍵であるだろう、と判断した学園は、一つの答えを打ち出した。
    「銀夜目を暗殺する」
     もはや何も訊いてくれるなという風に、鷹神はただ緩く首を振ってみせた。

     現在、右九兵衛の動きを直接予知する事はできないはずだが、彼が六六六人衆と接触を持ったことである程度の把握ができたという。どうやら同盟を進めるために、六六六人衆の拠点のひとつに身を寄せているようだ。
     田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した海底拠点。その中にある、旧ミスター宍戸ルームが右九兵衛の現在地らしい。
     軍艦島には、戦神アポリアを筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されている。
     アポリアは、爵位級ヴァンパイアとの交渉と、右九兵衛の護衛及び監視を兼任。
     また田子の浦周辺にはロードローラーが控えており、いつでも援軍を出せる準備をしているようだ。
    「拠点の規模はかなり大きく、一定以上の戦力を投入しなければ攻略はまず不可能だ。だが侵入経路は限られている。考え無しに大部隊を派遣すれば、銀夜目を初めとした有力敵はすぐに気づき、悠然と逃げおおせるだろう。それゆえに、今回は少数の精鋭部隊による特殊作戦を行う事となった。君達にはその先鋒、ロードローラーの陽動作戦を担って頂きたいと思う」

     ロードローラーは『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』するつもりで待機しているようだ。
     此方がロードローラーの存在に気づき、充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島を放棄して撤退。
     気づかずに少数精鋭での強襲を目論んだ場合は、分体を送って灼滅者を全滅させる事を想定し、島外で待機しているものと思われる。
    「ここは敢えて精鋭部隊での強襲を断行しようと思う。旧軍艦島は敵の重要拠点……正面から攻めれば当然、激しい迎撃に逢う。更にロードローラーの分体が続々と増援にやってくる。敗北必至の戦場……だが、君達はこれを覆す必要はない。本体を灼滅すれば分体も全て消滅するからな」
     つまり敵のもくろみを逆手に取り、ロードローラーを誘った上で別部隊が本体を奇襲、灼滅してしまう作戦だ。
     その布石として必要になる、軍艦島に正面から無謀な強襲を掛ける陽動部隊。
     そこへ参加してくれ、というのが鷹神からの依頼である。
    「迎撃を蹴散らし、援軍を引きつけ、可能な限り継戦時間を延ばしながらより多くのロードローラー分体を片付ける事が目標だ。酷な要求だとは思うが、この陽動作戦の成功なくして計画の完遂はあり得ん。君達が暴れれば暴れるだけ、本体へ奇襲攻撃をかけるチームが楽になる。結果的に決着の時も早まり、陽動部隊にとってもそれが最良だ」
     戦い続けて最終的に勝利することは不可能と確定している以上、ゴールは本体の灼滅まで何とか耐え抜くか、限界まで戦って撤退するかになるだろう。
     戦略と退き際は慎重に検討してほしい、とエクスブレインは念を押す。
    「……本当に強くなった、君達は。こんな相談もできる位にな。今やどの組織も闇堕ち灼滅者を取り込み、利用しようと目を光らせている……現在の状況では後々助け出すという約束さえできない。可能な限り全員で生還するように」
     かつての仲間との殺し合いも、ここに至るまでの道筋も、もう繰り返してはならない。
     その思いを強く持ち、人として戦い抜いて欲しいと、鷹神は静かに言い切った。
    「絶望に他ならない戦いだろう。だがその気があるなら、計画へ手を貸す事を一考してはくれないか。何としても現状を打破し、負の連鎖は此処で断ち切る……俺はその意志を君達に託したいんだ」


    参加者
    雨咲・ひより(フラワリー・d00252)
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)

    ■リプレイ

    ●1
     海は空の底に似て蒼く、ゆらめく白い光が、魚たちを銀色に照らしている。遠ざかりつつある海面を見あげ、雨咲・ひより(フラワリー・d00252)は眩しさに翡翠の瞳を細めた。
     ――せっかくの海なのに。もっと楽しい予定だったら良かったのにね。
     人知れず漏らしたため息が、きらきら泡になって消える。このはかない煌きは、本当は素敵なもののはずだった。
     ひよりの前後左右には、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)、蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)、関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)の四人が菱形の陣形をとり控えていた。ゴーグルにライト、潜水用フィンを装備し、全員が険しい面持ちで目を光らせている。守られているひよりも息苦しくなるほどだ。
     先導する峻は手元のコンパスに目を落とす。頭に叩きこんだ田子の浦沖の海底地形や、海流の図を思い返しつつ泳いでいくと、やがて海底に沈む軍艦島が見え始めた。
     偵察を装った野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が、周囲の岩場に身を隠しながら徐々に深くへ潜っていく。暫くすると、海底から黒い蠅のようなもやが飛び出し始めた。
    『吸血蝙蝠が来たのか』
     黒斗は試しに御伽へ話しかけた。水中呼吸のおかげか喋ること自体は楽にできたが、やはりうまく音が届かないのか、御伽は聞こえねぇ、と言いたげに銀のピアスが揺れる耳を小突いてみせた。会話は難しそうだが、ハンドサインや笛の準備があるので意思疎通は問題なくできるだろう。
    『蒼穹を舞え、【十八翅軍蜂帝】!』
     敬厳が宣言すると、代々の当主と共に戦場を駆けてきた外套が海中にふわりと広がった。力を開放し、武装した灼滅者達は一斉に強行突破を開始する。
     治胡は浮上してくる眷属の動きを見極め、猫の尻を叩いた。その手を後足で蹴りつつも、弾丸のように飛び出した猫が蝙蝠を押しのけて道を切り拓く。
     槍のようになって泳ぐ一行へ群がってくる蝙蝠を、奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)の刀が一閃した。揺籃の霊障波と合わさり生じた水中竜巻が、付近の蝙蝠を巻きこみ遠くへ押し流す。
     追撃はしない。体力温存と進行を優先し、ひたすら軍艦島へ突き進む。
     本当に突入するつもりで。深く、速く。
     どうにか眷属は巻いたようだ。引き続き周囲を警戒していた烏芥は、軍艦島の方面から鮫のような速さで浮上してくる人影を見た。長い髪を一つに編んだ長身の女だが、相当泳ぎ慣れていると見える。
     瞬く間に距離を詰めてきた女は、手にしたスピアガンの矛先をひよりに向けた。壁を組み、防御を固めた前衛達を黒い殺気が包み、網のように絡んで首を締めつける。
     女は挑戦的な笑みでウインクし、拘束した前衛達を弄ぶように銛の先でつついた。
     水中戦に長けた六六六人衆、という所か。易々と見逃してくれそうにはない。黒斗は影の刃で殺気の網を断ち切ると、そのまま女を切り裂いた。
     楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)とひよりが前衛の守りを固め始める。防戦に入る動きを見せ始めた一行に対し、女は少々妙な顔をしたが、それ以外変わった様子はない。
     御伽が敵の力を測るようにクロスグレイブでスピアガンをいなしている。序列も正体も不明だが、少なくとも極端に強い相手には思えない。迎撃に出てきた兵の一人だろう。
     今回も大将首とは縁がなさそうだと、敬厳は密かに嘆息する。やはり、武門の長としては大手柄を夢見てしまうものだ。
     だが、今回は自身で囮となる道を選んだ。信頼する戦友達と肩を並べ、危険な任についた選択へ誇りを持っている。疼木の葉に似た光輪を両手に握り、射出した。真珠色の光が水中を自在に暴れ回り、敵に襲いかかる。女はその輪を器用に潜り抜け泳いでみせたが、さすがに全員の攻撃はかわしきれない。
     烏芥の毒弾を肩に受けた女が、一瞬動きを止める。その時、上の方で派手な水音がし始めた。
    『ウワー何だあの影は、ロードローラーだッ!』
     盾衛がごぼごぼと泡を吹き、何か叫んでいる。おぞましい量のロードローラーが次々と海底へ降下してきていた。始まったようじゃな――敬厳はそう考えたが、ここはいかにも予想外であったかのように振る舞わねば。忌々しげに歯噛みしかけた敬厳は、致命的な事実に気づき、急いで水中ホイッスルをくわえた。
     笛が短く3回鳴る。
     敬厳の眉間に、演技ではない深い皺がよっている。処理不能な敵が出現した時の緊急の合図。『何が』緊急であるかは、全員がほぼ同時に理解していた。勝利を確信した女だけが笑っている。
     道中に放置してきた眷属の大群が、ロードローラーと共にこちらへ迫っていた。

    ●2
     眷属との戦闘は避け、軍艦島に近づく事が陽動部隊全体の方針だった。
     陽動隊が本隊であるという偽装としては正しい。だが、増援が来る事は知っていたのに眷属を倒さず、その上で島に近づき強敵まで誘き寄せては……流石に処理能力を上回る事態にしてしまった事に気づき、水温が一気に下がった気がした。
     だが。
     死にに来た訳ではない。
     生きる為の戦いに向かうだけだ。
     迫る分体に指先を向けた峻は、心静かに制約の弾丸を撃ちこんだ。びくともせずに体当たりしてくるロードローラーに跳ね飛ばされた峻を、黒斗が掴んで止める。
     その時、群がってきた蝙蝠が獰猛なピラニアの如く前中衛を喰らい、辺り一帯の水を紅に染めた。ひよりが『吸血注意』の看板を振り回し、回復しながら少しでも敵を散らそうと試みる。
    『元の同輩を暗殺たァ如何にも形振り構わず。天下の武蔵坂も追い詰められたねィ』
     思わず、くッくッと笑いがこみ上げる。
     両手両脚を蝙蝠に喰われながらも、盾衛はロードローラーの巨体を見上げた。この図体でどうやって泳ぐのか疑問に思っていたが、普通に海中を漂っているさまは何とも滑稽だ。事の深刻さに見合わぬ絵面が、半ば自虐的な笑いを誘うのだった。
     何故盾衛が笑っているのか解らないひよりが心配そうに見ている。咢の如き縛霊手の掌へ集めた霊力を、盾衛は一気に解き放った。
    『Let'sロードローラーだらけの水泳大会ィ!!』
     霊力の網に生け捕られた蝙蝠達が痺れて暴れ回る。舞台端でガヤに徹するか。それとも、闇に呑まれて消えるか。
     生きるか死ぬか、殺るか殺られるか。さあ、派手に泳いでやろうか。

     嘘をつくのは、苦手だ。
     驚いたふりをするまでもなくなったのは、黒斗にとってある意味幸運ともいえた。
     元より状況を軽んじていたつもりもない。体に群がる蝙蝠を剣で払いのけながら、遠方に目を配る。新たな分体の影がわずかに見え始めていた。
     水の抵抗を抑え、少ない動きで効果的な攻撃を狙う。黒斗は眼前にいるロードローラーの目を十字架の角で潰し、皆に進めのサインを送った。一か所に留まってはいられない。
     敵の勢いが止まらない。だが、こういうのは嫌いじゃない。御伽は自然と口角を上げ、笑っていた。
     目元を覆う布から血煙を上げるロードローラーの額に、右手の人差し指を突きつけた。悪鬼のようににやりと笑い、一点に集めた闘気を放出する。
     指先のピストルから溢れる気炎。攻撃の反動を推進力に変え、御伽は一気に敵の間合いから逃れてみせた。手招きする彼を追い、一行はまだ突破を狙っているかのように全力で泳ぐ。その間にもひよりは癒しの光で傷を治していたが、不意に周囲の人影が一つ増えた。
     例の六六六人衆の女だ。
     増援が来るまでの3分で女を倒せなかったのは痛手だった。高速で泳ぎながら撃たれるスピアガンの矛先がひよりを付け狙う。彼女を落とさせるわけにはいかない。敬厳は皆へ先に行けと促すと、剣を構えて女の手に斬りかかった。外套と白練の佩楯が尾ひれの如く翻る。鎧を着たまま俊敏に泳ぐ蜂流泳法――その冴えに、女も驚いた顔を見せる。
     敬厳に近づくロードローラーを猫の飛ばしたリングが縛った。盾衛の影の犬が車体に牙を立て、烏芥や峻の放つ弾が次々に襲う。無駄だよ、とでも言うようにケタケタ笑いだしたウツロギの顔を見ていたら、治胡は無性に腹が立ってきた。
     ――知ってるモン心配させて好き勝手しやがって!
     クラブでの日々が頭を過る。治胡の怒りは血を沸かせ、背中の傷から広がる炎の翼が暗い深海を一際まばゆく照らした。分体だろうが、一度本気でぶん殴らないと気が済まない。
     覚えているのか。ウツロギはそんな治胡へぐるりと向き直ると、一段と愉しげに笑って突進してきた。その巨体を正面から受け止める。肋骨が折れた激痛に顔を歪めながらも、治胡は彼の顔を睨み続ける。
     治胡の血に群がる蝙蝠達は、氷のような視線が己を捉えている事に気づかない。御伽が光線を乱射し、分体ごと蝙蝠達を焼き払う。それでもまだ新たな敵が次々わいて出てくる。

     隣の仲間が蝙蝠の群れに呑まれ、見えなくなる。
     己の血で煙る視界の中、視えない凶器が脚を貫く。
     全身を襲う鈍器の衝撃。一瞬、息ができずに溺れかかる。
     灼滅者の血で染まった水が、海の蒼と交わり斑に輝いている。

     酷烈な作戦だ。だが、他に方法は無いと思う。
     沈みかけた峻は意地と根性で眼を見開き、意識を引き戻した。まともにやり合ったら陽動部隊全員が二度ほど死ねるだろう。そんな計画を伝え、勝ち目の無い戦場へと送り出す――エクスブレイン達もさぞ辛かった事だろう。必ず皆で生還する。良い報せを豊に届けてみせる。
     刃となった峻の影が血の煙幕ごとロードローラーを切り裂いた。半死半生で踏み止まる仲間にサインを送り、届かないのも構わず峻は叫ぶ。
    『進め!』
    『逃がさない!』
     女の放った銛が峻の脚を抉る。それを無理に引き抜いて進む彼の背に、烏芥は痛切な苦みを感じた。
     これが己が正しいと信じ、択んだ道の末だというのか。
     その結果、決断させてしまった事だというのか。
     烏芥は眼前の絶望を静かに飲み込んで、覚悟を固めた。選別殺人を止められなかった時の後悔はもう繰り返さない。友人の想いに応えようと奮起する峻の心を、烏芥は汲み取った。
     ――……此れ以上、誰も殺させはしない。
     輝きだした剣に揺籃が手を添え、顔を晒した。爆発的に広がる光が敵陣を包み、息絶えた蝙蝠を深海へ突き落とす。
     そして彼らは闇へ進む。屍の行く末など、もう誰も見ていない。

    ●3
     戦闘開始から10分は経ったか。極力敵の薄い場所を目指しているのは、もはや偽装ではなく生存するためだ。一度に多くの敵を相手にせぬよう動いてきたが、それは他班も同様だろう。
     行き場はなくなりつつあり、無傷の者はいない。分体の撃破を最優先にしているため、付きまとう他の敵を倒しきれずにいる事も不運だった。
     だが、これが成功せねば本体灼滅は出来ないし、そうなると今後に響く。命を賭してもやり抜くべきだと黒斗は腹を決めた。
     追ってきたロードローラーと向き合う深紅の瞳に余計な重圧はない。娘はその向こうに皆が望む未来と、守りたいものを見ていた。是が非でもこいつを倒し、包囲から脱出する――広範囲を狙った体当たりを受け止め、長身痩躯が軋む。ふと、隣に橙の南蛮胴が見えた。
     黒斗と視線を通わせた敬厳が力強く頷く。その姿には確かな名家の誇りがある。二人はローラーを強引に押さえつけ、渾身の力で回転を止めた。だが、そこまでだ。腕は折れ、蝙蝠が生き血を啜っていく。それでも踏み止まった敬厳は最後に仲間を狙う銛を受け、倒れた。
     意識を失い、ゆっくりと浮いていく黒斗と敬厳をひよりが捕まえようとした。だが蝙蝠の超音波に阻まれ、手を離してしまう。
     撤退まであと二人。
     そもそも帰れるのかどうか。
     怖い。悔しい。
     でも、ここで頑張らなくちゃ――!
     死の恐怖を押し殺し、ひよりは必死に泳いで二人の腕を掴んだ。皆が少しでも長く戦えるように。少しでも役に立てるように。繋いだ手に想いを込め、生まれた癒しの光が、闇を切り裂いて峻へ灯る。
     峻も敵の目をひき、少しでも長く耐えようと派手に蒼い盾を展開する。そうだ。俺達はいつだって、どんなに絶望的でも抗ってきた。耐えて耐えて耐えてその先に、きっと道は開く筈だ――本体班の勝利という、希望の道が。
     峻は上を見た。奴なら必ずこの隙を活かしてくれるだろう。ロードローラーの死角となる後方上部に回りこんでいた盾衛が、鋭角的な矛先を下に向け獰猛に笑う。
    『ソッチが重機ならコッチはドリル泳法ッてなァ!』
     絶望の中でも俺達は人として戦い抜く。
     今も、この先も。
     敵が気づく前に、盾衛が錐揉み回転しながら機体へ急降下した。ひび割れ、大破した身体の残骸がぼろぼろと崩れてゆく。
     人からかけ離れた物体になり果てた同胞の姿を、烏芥は哀しげに眺めた。こんな風になっても、まだ彼を助けたいと望む者はいるはずだ。
     烏芥の隣に揺籃がそっと寄り添う。願わくば、最期の重さを誰も背負うことのないように。
    『……一緒に、皆で帰りませんか、どうか』
     この声が水に阻まれようとも、本戦に向かった皆が言葉を紡ぐ助けとなれば。
     ウツロギの返事はない。祈るような面持ちで、烏芥が何を言ったのか。御伽がそれを察せぬはずもなかったが、彼はどこまでも冷静だった。揺らがぬ縹の眼光。静かに燃える炎のように立ち昇る闘気は、今の一心を映すよう。
     邪魔だ。
     杖を振り抜く手を躊躇わない。刹那の喧騒から醒め、大切な日常へ帰るため。車体に走るひびから爆炎が溢れ、一気に敵を溶かしていく。治胡がその体に影の剣を突き立てた。
    『バカヤローが』
     呟いた声は泡となって消える。最期の瞬間、首だけになったウツロギがニヤッと嗤った。聞こえたのか――? 目を見開いた治胡は直後、腹部に激痛を覚えた。
     スピアガンから撃たれた銛が刺さっていた。それに、次の分体がすぐそこに迫っている。万事休すか、と思ったその時。
     ロードローラーが急に黒い炎に包まれ、跡形もなく消滅した。
     一瞬、戦場の時が止まる。
     治胡は厭な予感で心拍数が上がるのを感じた。
     ――外法院は殺しても死ななそうと思っていたが、ホントに死んじまったんじゃねーだろうな。
     外法院自身が望んだなら、それはそれだが……失血で意識を失いかけた治胡を盾衛が支える。
     御伽がすかさず闘気の砲弾で六六六人衆を撃ち、笛を長く一回吹いた。撤退だ。
     戦闘不能者を抱え、無我夢中で陸を目指した。非常に際どい所での辛勝だった。もし防御が薄ければ、全員では帰れなかったろう。
    『まさか、ロードローラーがやられた……?』
     何か言われた気がして、ひよりは深海を覗きこむ。討ちもらした女は呆然としており、追ってはこない。勝てないと判っている戦いは……悔しい。
     でも、役目は果たした。きっと『学園のみんな』で勝てるはず。
     それを信じ、ひよりは顔を上げる。蒼空のような海に、七人の仲間の姿が浮かんでいた。

    作者:日暮ひかり 重傷:蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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