右九兵衛暗殺計画~深海の糸

    作者:中川沙智

    「ご当地怪人との同盟を断った決断は妥当だったと思うわ。邪悪なダークネスとの共闘は避けるべきだもの。ただ……」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が言葉を詰まらせる。厳しい表情で続きを告げた声は緊張感が滲んでいた。
    「ご当地怪人の援軍がない状態で、アンブレイカブルを吸収した六六六人衆に加えて、同盟相手である爵位級ヴァンパイアを同時に相手にする事は至難だわ。武蔵坂学園の危機でもあると言っていい」
     特に武蔵坂学園の内情を良く知る同盟の立役者――銀夜目・右九兵衛が暗躍する限り、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟は脅威であり続けるのが現実だ。
    「現在銀夜目・右九兵衛は、六六六人衆との同盟を進めるために、六六六人衆の拠点のひとつに身を寄せているみたい。本来爵位級ヴァンパイア勢力の右九兵衛について、直接予知する事は出来ないのだけれど、六六六人衆と接触をもったことで動きをつかむことが出来たのよ」
     曰く、田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した、六六六人衆の拠点の旧ミスター宍戸ルームに拠点を構えているらしい。その上で他の闇堕ち灼滅者についても鞠花は言及する。
    「軍艦島には戦神アポリアを筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されているわ」
     戦神アポリアは爵位級ヴァンパイアとの交渉を担当しつつ、右九兵衛の護衛及び監視も行う立場だ。
     また田子の浦周辺にはロードローラーが控えており、いつでも援軍を出せる準備をしているらしい。
    「旧軍艦島の海底拠点はかなり規模が大きいわ。一定以上の戦力を投入しなければ攻略は難しい。更に言えば侵入経路が特定されるから、拠点を制圧可能な大部隊を派遣すれば、右九兵衛を始め有力な敵は悠々と撤退してしまう」
     そのため旧軍艦島拠点を攻略し銀夜目・右九兵衛を灼滅する為には、緻密な作戦と連携を駆使した精鋭部隊による特殊作戦が必要となるのだ。

     鞠花は続いて詳細について触れていく。
    「今回ロードローラーが軍艦島に居ないのは『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』するためみたい」
     ロードローラーの存在に気づき充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島を放棄して撤退。
     ロードローラーの存在に気づかず少数の精鋭部隊での強襲を目論んだ場合は、ロードローラーの増援を送って灼滅者を全滅させる――そんな流れを想定しているのだろう。
    「今回はこの敵の作戦を逆手に取るわよ。少数の精鋭部隊での強襲を行ってロードローラーの増援を発生させた上で、ロードローラー本体を灼滅して分体を消滅させる作戦を行うわ。皆にはロードローラーの増援を引き出すために、軍艦島に正面から強襲を掛ける陽動作戦への参加をお願いしたいの」
     敵の重要拠点である軍艦島海底拠点に正面から攻め込む事で、敵の激しい迎撃が予測される。更に戦闘中にロードローラー(分体)の増援がある事から、非常に危険かつ敗北必至の戦闘となるだろう。
    「でもこの陽動が成功しなければ、作戦の成功はありえないわ。軍艦島からの迎撃を撃破してロードローラーの援軍を呼び寄せて、更に可能な限り長く戦い、かつ多くのロードローラー(分体)を灼滅する事。それによってロードローラー本体への奇襲攻撃を助ける事が出来れば、最良の結果となるでしょうね」

     鞠花は資料を閉じ、周囲を見渡した。その上で慎重に言葉を詳らかにする。
    「……闇堕ちについて少し触れておくわね」
     確かにやむを得ない場合もあるかもしれない。
     しかし多くのダークネス組織が武蔵坂学園を脅威と感じている今、闇堕ちした灼滅者がダークネス組織に取り込まれ戦力化される状況は続くだろう。作戦が成功し右九兵衛やアポリアといったダークネス組織の幹部となった闇堕ち灼滅者を灼滅する事に成功しても、第二第三の彼らを出してしまえば、意味はない。
    「可能な限り闇堕ちに頼らずに、戦い抜くのが理想となるわ。その事は憶えておいてね」
     深く息を吸って、改めて灼滅者達の背を押そう。
    「皆には危険な任務をお願いする事になるわ。それでもロードローラー本体の灼滅が成功するまで、何としても戦い抜いて頂戴」
     そして顔を上げる。
     強い意思を、その眼差しに秘めながら。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    椿森・郁(カメリア・d00466)
    サーシャ・ラスヴェート(高校生殺人鬼・d06038)
    王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)
    境・楔(中学生殺人鬼・d37477)

    ■リプレイ

    ●波濤
     ロードローラー分体の増援を1体でも多く倒し、惹きつけ、本体灼滅に繋げる。
     それがこの班の命題だ。
     絶好の海日和に遊ぶ暇がないのは残念だが。
    「サメとかピラニアの代わりに重機に追いかけ回されるのはなんだろう……きっと斬新だね!」
     境・楔(中学生殺人鬼・d37477)が水面を眺めながら苦笑する。海にひらり投げ入れたのは麦わら帽子、それが合図となった。準備を整えた灼滅者達が次々と船から飛び降り海へと身を投じる。
    「負けられない決戦ですね。死ぬつもりで戦って! 生きて帰りましょうか!」
     明るい王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969)の宣言と共に全員が海中へと沈み込んだ。
     他のチームは別の方向から海底に向かっているはずだ。仲間を信じ、只管に深みを目指して泳いでいく。
     殆どの灼滅者が水中用のESPを用意したため動きはスムーズだ。用意がない者も潜水用具を融通し合っているため問題はない。装備の工夫もあって順調に、徐々に暗い海底へと向かっていく。
    「水中呼吸って便利だなぁ」
     横切る魚を見遣りつつサーシャ・ラスヴェート(高校生殺人鬼・d06038)が呟いた。海中散歩っぽくて面白い。これで敵がいなけりゃもっとよかったのに、なんてぼやきは泡になって散っていく。
     その向こう側に見えたのは何かの影。目を眇めればそれが眷属――吸血蝙蝠の群れだと知れる。黒い翼が幾重にも広がって居る。
     さて、どう相対するか。
     眷属との戦闘は最小限にという方針を掲げていた。つまり殲滅ではなく突破。進行方向の敵のみ少ない手数で片付けていくという認識だ。可能ならロードローラーに出会うまでは戦闘を避け体力を温存する事が出来たらいいのだが。
     あらかじめ決めておいたハンドサインを用い、椿森・郁(カメリア・d00466)は仲間に行動を示した。
     ――進む。
     水を蹴る。
     ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が帯を射出し吸血蝙蝠の一体を穿つ。続いて馳せたダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)が闘気の雷帯びた拳で相手の腹を突き上げる。蝙蝠は鋭い叫びを上げて消滅する。
     話に聞いた通りあまり強くはなさそうだ。行く先を思いダグラスが口の端を上げる。
    「如何に一体でも多く引き付け斃し、長く立ち続けられるか、か」
     なかなか面白れえ話じゃねえの。
     これから待ち受ける状況に胸が躍る。不謹慎とは思えど限界まで闘えるであろう状況が愉しくて仕方ない。
     押し寄せる吸血蝙蝠達を打ち払い、灼滅者達は先に進んだ。蝙蝠から距離を取りただただ軍艦島を目指していく。
     どれくらい泳ぎ続けただろう。
    「……あれは」
     軍艦島らしき影が近づく頃、ビハインドの村正・千鳥と共に前に位置していた刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)が奥に居る敵の姿を捉えた。
     見覚えのある青い巨躯の怪物――デモノイドがやってくる。
     戦いは避けられまい。居木・久良(ロケットハート・d18214)が、燻された真鍮に赤い文様が入った朝焼けの名を戴くロケットハンマーを振り翳す。
     命を賭けるのは仲間と、大切な人と笑い合うため。そして人として生きて帰るためだ。
     命がけで生きる覚悟は出来ている。
     人として生きるために、
    「行くよ!」

    ●疾走
     気合を入れた叫び声は、海中で響かずとも確かに轟く。
     眼前のデモノイドが単体である事を見越し、ルフィアは手許に戻った帯を再び放出した。眉間に衝突した動きを学習し、命中精度を上げていく。
    「……む。なかなか」
     攻撃を交えた事で手強さを知る。例えるならば普段依頼で8対1で戦うダークネスと同等だ。眷属とは違う、そんな強さだ。骨が折れそうだ。
    「油断は禁物ってか」
     ダグラスも再び雷電纏わせた拳でアッパーカットを繰り出した。状態異常への耐性が身体に染み渡る感覚に顎を引く。
     だが確かに打撃を与えたはずのデモノイドは微動だにしない。寄生体に飲み込ませた巨腕から光線を発射する。
     庇いに出たのは龍だ。滲む毒に眉根を寄せながらも、反撃とばかりに降ろしたカミの風を疾駆させた。
     肉を断つ様子を視認したならば、久良が続く。大型リボルバーからの弾丸がデモノイドの青い肢体に連続で襲い掛かる。幾つもの弾傷が生まれ、デモノイドがごぼりと息を吐きだした。
     身を反らしたその隙を逃さない。赤い光が鋭く細められた。郁が撃ち出したのは制約齎す魔法弾だ。真直ぐな軌跡描く光弾がデモノイドの脇腹に突き刺さる。
    「食らいなっ!!」
     更にサーシャがしなやかな帯を走らせた。次に狙う時はもっと深く貫いてみせよう、そんな意思がしたたかに息衝く。
     攻撃手達がデモノイドと相対している間に、刀が黄色い看板を高く掲げる。前衛に立つ仲間達に耐性を付与していく。千鳥も霊障をデモノイドに叩きつける傍らで、楔も攻撃に転じる。転輪のように全身を回転させたなら鋭い刃が敵を抉った。
     互いに視線を交わし、頷き合う。
     地道に着実に戦い灼滅を目指す、そう誰もがそう考えたその瞬間、上のほうで何かが揺らめいたのを目撃する。
     沈んでくる、重機の群れ。
     海面から海底に向けて、ロードローラーの大群が降下してくるのを発見したのだ。
    「あれは……!」
    「ロードローラーの分体です!!」
     久良が息を呑み、刀が驚愕する。郁のかんばせにも演技ではない動揺が浮く。何という数だ。同じ作戦に身を投じている仲間と分担したとて、苦戦は免れないと正確に理解する。
     だがここまでなら想定通り――誰もがそう考えた時だった。
     視線の隅、黒く棚引く影がやって来る。見覚えのある姿に楔が口許を覆った。
    「吸血蝙蝠だ……!」
    「チッ、まずいな」
     ダグラスが舌打ちする。陽動部隊だと悟られないために眷属に構わないという判断に、ここに来て問題が表出している事に気付いたからだ。
     増援としてロードローラーが来る事がわかっているのに、周囲にわざと吸血蝙蝠を残しているのに加え、島に近づき強敵であるデモノイドもつり出してしまうという結果になっている。吸血蝙蝠をすべて駆逐していては時間がかかり過ぎるが、ある程度は序盤から敵の戦力を削っておくべきだった。
     一つの場所に留まり過ぎないように注意したいところだが、挟み撃ちされ進行方向が塞がれては通り抜ける事もままならない。
     黒い群影が徐々に大きくなってきた。吸血蝙蝠が視界を埋めつくす。サーシャが忌々しさを乗せて唇を噛んだ。
    「放置してきたのが仇になっちまったか。考えりゃ見過ごしてくれるわけもない、幾らか片付けてくるべきだった」
     海中で遭遇した敵が、どんどん押し寄せてくる。この場は敵ばかりなのだと改めて知らしめてくる。
     それでもここで挫けるわけには、いかない。
    「宣言しちゃいます! 私は、死なんぞ!!」
     決意を露わに龍が吼えた。龍の翼の如き高速移動で寄ってきた吸血蝙蝠の群れを薙ぎ払い、骸がバラバラと海底に落下する中堂々と言い放つ。
    「どうしても殺すなら! 魂磨り潰すつもりで来い! 絶対死なないけど!」
     死角を埋めるように互いに背を預ける灼滅者達。
     郁が見遣るのはロードローラー、分体の果てのダークネスそのもの。
     自分の中のダークネスがどんな性格かなんて誰にも解らない。
     どこかで何かが違えば闇の中に立っているのは自分だったかもしれない。
     そんな考えを錯綜させて、それでも今は戦い続けるしかないのだ。気丈に視線を据えて、郁は殲術道具を振り下ろした。

    ●明滅
     ロードローラー分体は最初に視認してから大凡3分後に目の前に降臨した。
     その3分で目の前のデモノイドを倒せれば良かったのだろうが、それも難しかった。結果として包囲の輪が徐々に狭められていく。
     殺到する蝙蝠の群れ。
     如何せん敵の数が多い。
     ここまで来れば全員で狙いを定めて各個撃破するのも、強い意思がなければ難しい。迫り来る個体を薙ぎ払いながら、重機の存在を確かに見据える。分体を第一目標に掲げつつも同時進行で他を処理するしかなかった。
     ハンドサインを巧みに用い、連携しながら戦局を見定める。
     この戦いは剣の頂きへ登るための確かな一歩。自身の剣がどこまで通用するのかの興味を糧に、両手に二刀、ビハインドの二刀、影の一刀を静々と構える。
    「……五刀流、参ります」
     飛び込んできた蝙蝠の動きに合わせて、静かに刀は同じ名の得物を抜く。中段の構えから重い斬撃を振り下ろし、牙ごと敵を断ち切った。
     しかし。
    「!!」
     にたり。
     そう笑ったように見えたのは躍り出たロードローラー、車体からどす黒い殺気が放出され、海中を夥しく染めていく。普段灼滅者達が用いる技とは段違いの威力で蝕まれる。
     滲む汗を手の甲で乱雑に拭うと、ダグラスは再び、ロードローラーを見据える。
     元灼滅者相手という事に特に感想は無い。感慨もない。
     相手の選んだ道故の運命であるならば外野がとやかく言う話でもあるまいよ、そう考えた彼の視線は揺らがない。
    「斃さねばならん相手は斃すだけだ」
     標的をロードローラーに、定める。
     回復に一手を費やすか、一瞬だけ躊躇が過る。だが今は他の面々に任せようと決断したダグラスが呼び出したのは死招く零下。ロードローラーが居直る列に陣取る敵すべてを巻き込み、急激な水温低下に伴う氷圧で押し潰した。
     サーシャがその冷気に口の端上げる。吸血蝙蝠の牙に削られても、黒の双眸は怯まず敵陣を睨み返した。指先から紡ぐは癒しの帯、刀の身体を包み込み護りをも付与する。
    「選別殺人の折にも相対したけど。完全な六六六人衆に堕ちたんだ」
     悲しいね。
     思いごと祓うように、楔は分裂させた小光輪を展開する。特に傷の深い龍に護りを付与しながら、倒れさせやしないとの志をこそ注ぐ。
     その気持ちに触れた心地。郁はロードローラーの向こう側、闇堕ち灼滅者の彼らに思いを馳せた。依頼で同席したぐらいの接点でしかないけれど、縁の深い人達が悔いの無いよう戦えるといい。
     そのために今、惹きつける。
     影業は郁子の萼を模る。伸びるは葉、ロードローラーの車体を鋭く断ち割った。
    「ふふん、水中をロードローラーが駆けるとは……凄いシュールだ。だがまあ、笑ってもいられんか」
     霊子強化ガラスに鎧われた魂を削り、冷然たる炎に変換する。高く掲げた手を一気に振り下ろしたならば、火炎が敵群に解き放たれる。
     水中で凍った蝙蝠達が一斉に焼かれていく。
     ルフィアは嫣然と、笑む。
    「どれだけこっちが持ちこたえられるかで本体の成否にも関わるんだ。踏ん張りどころという事か」
     立ち続けると心に決め、改めて敵影に向き直った。
     誰もの体力に陰りが見えてきた時分だ。龍は龍因子を解放し己の傷を癒す――が、足りないと気づいている。ロードローラーと距離を取り身を固めるべきか。
     そう考えた矢先に巨大な影が降ってくる。
     デモノイドだ。
     寄生体を這わせた巨大な刃は、龍の脇腹を横一文字に斬り裂いた。
    「こん、な、ところで……!」
     大きく派手に目立つように攻撃を仕掛け敵の注意を引き付け、後衛への攻撃を庇い続けていた龍の意識が途切れる。
     咄嗟にその腕を引き、仲間の輪に引き戻した久良は毅然と顔を上げて前に出る。
     敵を目の間にしても躊躇わないのは一番が出来たから。
    「俺は彼女が嬉しそうにするところをずっと見ていたい」
     今頃本体と戦っているであろう大切な人を思えば、今目の前の道を切り拓くのは当然の事。
     力強く、言い切った。
    「2人で帰るんだ」
     ロケット噴射は互いの思いも乗せる。
     ロードローラーのど真ん中目掛け、ハンマーで渾身の力籠めて殴りつけた。

    ●怒涛
     戦いは苛烈を極めた。
     回復を重ねてもそれが追い付かない。追い付いたとしても癒しきれない傷が嵩む以上何時かは追い込まれる。なのに敵の数は減る気配を見せない。防戦一方にならざるを得なかった。
    「後は、お願いします……!」
     千鳥が消滅した後を追うように、刀が意識を手放した。護り手の一角に大きな穴が開いたなら、そこを狙い澄ませたかのように敵の攻撃が舞い込んでくる。文字通り数の暴力が叩き込まれた。
     そして――『何時か』が到来してしまった。
    「くそっ……!」
     どれだけ傷ついても諦めない、意思ある限り戦うと誓ったのに。
     前線で矢面に立ち続けた久良がロードローラーに弾き飛ばされる。ごぼり、口から泡と共に赤が散った。咄嗟にダグラスが背を支える。気絶しただけなのが幸いか。
     これで戦闘不能者が3名。残った誰もが余裕など少しも残してはいなかった。特に最初に倒された龍の傷は深い。
     けれど、此処まで肉薄した灼滅者から度重なる猛攻を受け、ロードローラーの護りは次第に、着実に、崩れかけていく。
    「ならば、ロードローラーをハンドルに至るまで分解してみせようか」
     嘯いてみたもののツッコミが来ない。傷を押さえながら肩を竦めたルフィアが構えたのは軽き物の力を与えられし槍。螺旋の捻りを加えながら突貫する。
    「おおおおおお!!」
     ロードローラーと斬り結ぶが如き、一閃。
     血を吐いたのはルフィアのほうだった。がくり身体を倒すそこには鋭い斬痕が生じていた。
     なのにルフィアの渾身の一撃を確かに喰らいながらも、車体を大きくへこませながらも、彼岸に足をかけながらも、ロードローラーは尚も軽妙な笑みを浮かべる。
     削り切れない。
     周囲にはデモノイドも吸血蝙蝠も残っている。
     戦闘不能に陥った面々を見遣り、それでも顔を上げ続けるしかない。
    「やむを得ないか……」
     サーシャが殲術道具に手を添える。
     犠牲を覚悟で血路を開く他はない。そう思った瞬間だった。
     ロードローラーの分体達が黒き炎に包まれる。虚無の焔は車体を呑み込むように燃え盛り、そして唐突に消え去った。
     まばらに浮かび上がる隙、敵と敵との隙間。
     誰もが正しく直感した。
     郁がハンドサインを送る。
     ――撤退だ。
     本当は5人戦闘不能になるまで粘る心積もりだったが、ロードローラーが消滅した、すなわち陽動の役割を果たした以上留まり続けては致命的な結果を招きかねない。楔が護り手の穴を埋めるべく進み出る。
     分体達が消滅した事でぽっかり空いた穴を突き、急ぎ水を蹴って泳ぎ出す。
     移動を始めた灼滅者達にデモノイドは咄嗟に追い付けない。が、吸血蝙蝠は別だ。わらわらと集ってくる眷属らを力づくで振り払う。薙ぎ払う。蹴飛ばしては兎に角前に進む事を優先する。
     一点突破の決死の逃走は功を奏した。徐々に、だが明らかに周囲の敵を振りほどく事に成功する。
     段々明るくなる周囲の青色に、水面が近づいていると知る。
     分体の消滅は本体の灼滅。その結果は手放しで喜んでいいもののはずなのに、ぼろぼろな自分達の現状を見遣ると大成功とは言い難い。複雑な気分に誰もが溺れそうになりながら、揺れる波間に手を伸ばす。

     そして辿り着く――すべての仲間と掴んだ勝利へと。

    作者:中川沙智 重傷:王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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