右九兵衛暗殺計画~繚乱の渡津海

    作者:那珂川未来

    ●激戦の夜明け
    「皆、集まってくれてありがとう」
     硬い顔付きの仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)に迎えられた灼滅者達は、先日エクスブレイン達が模索していたという『六六六人衆』『アンブレイカブル』『爵位級ヴァンパイア』の三勢力への対抗策の糸口が、きっと見つかったのだろうと予感する。
    「先日はご当地怪人との対談お疲れ様。ダークネスの見逃してほしいとされる作戦内容の不透明さに対する判断と……けど今の現状で共闘を避ける決断はとても勇気があったと思うし、内容的にも妥当だったと思う」
     しかし灼滅者たちの力で、アンブレイカブルを吸収した六六六人衆に加えて、同盟相手である爵位級ヴァンパイアを同時に相手にする事は至難とも言えた。
    「このまま大きな戦いを仕掛けても、武蔵坂学園の勝機は僅かしかないんだ……。特に、武蔵坂学園の内情を良く知り、この同盟の立役者でもある、銀夜目・右九兵衛が暗躍する限り分は悪い」
     エクスブレイン達の解析結果。現在、銀夜目・右九兵衛は、六六六人衆との同盟を進める為に、六六六人衆の拠点のひとつに身を寄せているらしい。
    「爵位級ヴァンパイア勢力の右九兵衛について、直接予知する事はできないんだけど……六六六人衆と接触をもったことで、その動きをつかむことに成功したよ」
     予知によると、田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した、六六六人衆の拠点の旧ミスター宍戸ルームに拠点を構えている。
     軍艦島には、戦神アポリアを筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されている事も解析された。
    「その改造された軍艦島に、戦神アポリアは爵位級ヴァンパイアとの交渉を担当しつつ、右九兵衛の護衛及び監視も行う立場らしい」
     また、田子の浦周辺には、ロードローラーが控えており、いつでも援軍を出せる準備をしていることも分かっている。
    「旧軍艦島の海底拠点は、結構規模が大きいようでね。ある程度まとまった戦力を投入しなければ攻略は厳しい。それにね、こちらの侵入を予測してなのか、侵入経路が特定されちゃっているから、拠点を制圧するのに可能な大部隊を派遣しちゃうと、右九兵衛を初め、有力な敵は悠々と撤退してしまうだろうね」
     旧軍艦島拠点を攻略し、銀夜目・右九兵衛を灼滅する為には、緻密な作戦と連携を駆使した精鋭部隊による特殊作戦が必要になるのだ。
    「今回ロードローラーが軍艦島に居ない理由は、『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』するためのようだね。こっちの侵入経路が特定されてしまっているから、ロードローラーの存在に気づかず、少数の精鋭部隊での強襲を行った場合、ロードローラーは増援を送って灼滅者を全滅させる手はずになってるんだろう」
     逆にロードローラーの存在に気づき、充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島を蜂起して撤退する流れなのだろう。
    「そういうわけでね……」
     沙汰は、一旦言葉を切る。そして、意を決したように、重く口を開き。
    「……相手の罠にかかったふりして、逆にこちらが灼滅を仕掛ける。そのために、皆には申し訳ないが陽動をお願いできないだろうか」
     敵の作戦を逆手に取り、少数の精鋭部隊での強襲を行い、ロードローラーの増援を発生させた上で、別働隊がロードローラー本体を灼滅して分体を消滅させる。
     この度の沙汰の話は、ロードローラーの増援を引き出す為、軍艦島に正面から強襲を掛けるための班を結成するためのメンバーを募るもの。
     つまり相手の罠にかかりに行くのだ。敵の重要拠点である軍艦島海底拠点に正面から攻め込むのだから、敵の激しい迎撃が当然の様に襲いかかるだろう。それを撃破しつつ、更にロードローラー(分体)の増援を灼滅することで、ロードローラー本体への奇襲攻撃を助ける事ができれば最良となる。
     言うは簡単だが、沙汰が今回お願いする作戦自体は決死戦のイメージが近いかもしれない。非常に危険かつ、敗北必至の戦闘。
    「敵拠点に無謀に突入する危険な任務。そのまま戦っても勝利は難しい……。作戦自体が妥当でも、大きな怪我だって当り前ののようにすると思っていてほしい。勿論闇堕ちについては、普段の依頼よりもやむをえない局面に遭遇する確率は高いんだ」
     しかし、多くのダークネス組織が武蔵坂学園を脅威と感じている今、闇堕ちした灼滅者が、ダークネス組織に取り込まれ戦力化される状況は続くだろう。
     作戦が成功し、右九兵衛やアポリアといったダークネス組織の幹部となった闇堕ち灼滅者を灼滅する事に成功しても、第二第三の彼らを出してしまえば、意味がない。闇堕ちありきの作戦は、それだけで綻びがあるとも言える。
    「すごい無茶言ってるのは分かってる。それでも、ロードローラー本体の灼滅が成功するまで、できる限り闇堕ちを出さないようにしつつ、戦い抜いてほしいんだ……この陽動が成功しなければ、作戦全体の成功はないと言ってもいい」
     大きな戦いへの勝利の為、大事な布石を打つ為に。
    「どうか気をつけて……どうかまた、皆と学園で会える事を」
     明らかな命の危険と遭遇する場所へ送り出す責任を、身に感じながら。沙汰は、深く頭を下げた。


    参加者
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    カルム・オリオル(グランシャリオ・d32368)
    七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)

    ■リプレイ

    ●紺碧の罠へと
     底見えぬ紺碧へと飛び込めば。シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)の艶やかな黒紗に絡みついていた数多の泡は、まるで激戦を予感したかかのように空へ逃げるように消えてゆく。
     それらがこの海域で幾つも上がるさまを城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は確認するならば。それは反攻の狼煙の様にも思えた。
    「いよいよね」
     水の中故、陸上の様に会話は難しくても綿密な打ち合わせをした仲だ、それとなく感じる言葉。
    「今の情勢、後に続く皆の作戦、今後の展望……先鋒からいきなり失敗、は避けたいところね」
     七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)は紅く舞う蝶の描かれたフリルを緩やかに揺らしつつ、遥か底の軍艦島を見つめた。
     それよりも長い時間音を共にした彼へと千波耶は歌う様に唇開いて、
    「深い深い海の底。鬼も蛇も出るのは分かっているけど」
    「パンドラの箱でも開けに行こうぜ。Are you ready?」
     危険も望むところとばかりに、北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)はまるでステージに上がる様に挑発的に笑い返し。
     おいで、アタシの獣! と、垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897)はファイアブラッドの血炎を呼び覚ますと、海の中を四足で駆けるかの如く潜水してゆく。
     幾らもせずその黒い影は軍艦島より現れる。各チームが上手く距離を置いているためか、こちらに向かってくる眷族の数は突破出来ないほどではない。
     殲滅ではなくまずは目標位置までの速やかな突破を目指し。
    「がぅー。邪魔しないでほしいんだよ」
    「ダンスの誘いなら、他を当たって」
     毬衣は愛らしい小柄な体に、まるで獅子の闘気を漲らせ。吠える声は水にくぐもっても、飛び越えるように蝙蝠かわし。シェリーは緩やかな黒紗を靡かせさよなら告げる様にして。人魚の様に隙間を抜けてゆく。
     追いかけてくる眷族を肩越しに見ながら、あは、と笑うハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)。かなり危険なおにごっこに、硝子細工の白と金を子供みたいに輝かせ。痛みという感覚を無くしたハレルヤだから。深みに行けば行くほどピリピリ来るような死地独特の緊迫感こそ、狂おしいほど愛しい。
     いっちば~ん♪ と我先に大将首狙う様子を醸し出しつつ、ハレルヤはまるで氷でできた花のパズルを分解した様な冷気の炎を放ちながら、島への接近を優先する。
     そんなハレルヤの、前から迫る蝙蝠達からから皆を守る意図を含ませた先陣を補佐する様に。
     あんたらに用はないんですわ、と言わんげに。諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)は口元に笑み浮かべつつ、迫る蝙蝠たちを欺くが如く除霊結界を編み出し、葉月は茶目っ気たっぷりにbyeと手をひらり。レイザースラストの翼をはためかせた勢いのまま、前へと。
     数回の牽制だけで戦闘を回避してゆく手際と迅速さに蝙蝠達はついてゆけない。消耗などほぼ無い状態であるのも、徹底した意思と作戦の賜物だ。
     そして目標の陰影がはっきりと掴める距離まで詰めた時。
    (「――軍艦島から、来るで」)
     即座気付いたカルム・オリオル(グランシャリオ・d32368)は合図する。
     蝙蝠と共に飛び出すそれらは、多頭の蛇の顎のごとく一班一班狙い定めて追ってくる。
     そして、まさに頭というべき先頭のダークネスはアンブレイカブル。頭にスカーフを巻き、縞のシャツという身形から海賊を思わせる。
    『無謀な灼滅者が!』
     海水に音歪もうとも、海賊は威勢よく声を張り、ご挨拶がわりの大震撃を前衛陣へ迸らせる。
    「すぐに退いてもらうんだよ」
     いかにも軍艦島のターゲットこそ目標であるような体で。毬衣は不死の炎を翼のように広げ、僅かでも補佐となる力を前衛へと。
     シェリーはトパーズ色の輝きを躍らせ、祝福のサインを描きながら周囲確認してゆく。
     確かに海賊は軍艦島の中では先鋒に出される様な下っ端なのだろうが。普段数人で倒すようなアンブレイカブルに、さらに飛ぶようにしながら襲いかかる眷族も片手では足りない程居るとなれば。
    (「此処からが、陽動の本番だね」)
     この翼が力に成れば、と。改めて気を引き締めるように、不死の翼を羽ばたかせるシェリー。そして、瓢としたゆるやかな笑みを零しつつ蝙蝠達の隙間を舞う伊織はすっと矢を番え、
    (「散々動きまわって分体化かす餌になってやりましょや」)
     弦を放つ振動に、鬨を上げる様に大気よりも厚い海水の世界に揺らぎが巻き起こる――!
    「さ、はじめよか」
     淡泊な表情ながらも、カルムが掌より冷気を迸らせるそれは、海の中をリュウグウノツカイの如き雄大さで奔り、眷族たちの翼に魔氷の楔を差しこんで。葉月は伊織から放たれた光陰見通す矢の力をクロスグレイブに充填する様に受け止め、
    「派手に行こうぜ!」
     撃ち出す衝撃に逆らわぬまま、鮮やかなバックフリップで大海を翻ると、息つく間もなく十字架の楔を使い、骨砕ける様な重低音を弾いて。
     その音に、更なる高音の響きをもたらす千波耶のGold-banded Lily。虚空の刃が共鳴する度、魔氷と痺れを増殖させる。
     霊犬・蒼生の六文銭がマリンスノーの様な輝きを生みだす中を、紅音は艶やかに泳ぎながら星嵐火風を以て弧を描く。宇宙彩るネビュラの如き旋風が、ばりばりと蝙蝠達の羽根を削り――。
    「こんなんじゃ、部品にすらならないよお?」
     ぴしりと張り巡らせた糸に絡んだまま塵灰と化してゆく蝙蝠の残骸弄び、へらりと笑うハレルヤ。
    「ちゃっちゃと道開けてもらお」
    「アタシの中のイフリート! 皆を守るんだよ!」
     カルムが嵐の如く乱射する弾丸、毬衣の全身から迸る不死の輝きを受けながら次々と蝙蝠達を穿ち、海賊の抗雷撃の防御などあっさりと剥がしてゆく。
     僅か数分の間に見た良く織り込まれた美しい連携に海賊は目を見張っていたものの。
     刹那、海に何か放りこまれた様な音に、千波耶が標の様に光を向けた空へ視線移せば。
    「何か来るんだよ!?」
     毬衣は驚いた様に。しかし待ちわびたその姿に唸るような顔付きでその姿を見止め。
     黒々とした重量級が咆哮を上げるかのように水柱を上げている。
     それは爆撃の如く、いくつも、いくつも。
     まるで、全てを押し潰す勢いで落ちてくるそれらは戦慄の光景であった。

    ●均す者達
    「くそ、ここで増援かよ!」
    「挟み撃ちされんよう注意せえ」
     ステージングという意味での演技が慣れている葉月と、化かすという意味では手慣れた伊織がロードローラーの出現なんて予想外という雰囲気を醸し出しつつ。
    『ハッ、馬鹿め!』
     海賊は揚々と右手に雷を宿しながら、嫌がらせの様に挟み撃ちを狙って蝙蝠までけしかけてくる。
    (「降下まで、三分ってとこやな」)
    (「それまで目の前のオッサン倒せりゃいいけどな」)
     勿論予想以上の増援とはいえ、灼滅者は冷静さを失わない。抗雷撃を受け止める伊織と、庇ってもらった葉月は微かな言葉をかわしながら。深宵の尾で壁となる蝙蝠を屠ると、Seven deadly sinsの揺れる手は弦を弾く様にベルトを海賊へと投げ放つ。
     波を切る氷塊を奔らせながら出来る限り全体疲弊を狙いつつ、カルムもう其処まできている増援を改めて確認する。
    (「ロードローラーの分体を最大限引っ張り出したまではええけど……さっき放置した眷族まで連れて来てるか――これも、島への接近を優先した結果と言えば結果やけど……」)
     偽装としては正しいのだが、自分達に危険を集めたと言っても過言ではない――だが。
     ここに来た精鋭かつ罠にかかるという役割。もとより、全体の作戦を左右する場所に為の覚悟は鈍らではない。
     分体だけでなく、軍艦島への接近を優先して中の敵もつり出し、他班の作戦行動自体の難易度が少しでも低くさせるという、陽動班としては大きな成果を叩きだした事は間違いないのだから。
     ハアーイ♪ と超笑顔で錐揉みする様に上から突進してくる灰色分体。伊織はそれをすれすれでかわし――しかし別方向から来る橙分体。じゃっ、じゃ、じゃーんっ♪ なんて軽いノリで、地上と遜色ない動きで襲いかかってくる。
    「コピーつこうて高みの見物、全く狡い奴やわ!」
    「やらせはしない」
     伊織は破裂した肩からの血に引き寄せられるように群がる蝙蝠を振り払うように結界を編み込み、適切な間合いを守ってあげる様に閃くは紅音の神狼太刀『荒嗚』。まずは優先順位に沿って分体から始末する様、その灰のボディへ深々と突き立てる。
    (「負けるつもりない。目的果たしたうえで、日の目も一度見たるんや――!」)
     二体並んで潰しにかかる分体へ、黒き悪魔の翼の様な葉月の大鎌より繰り出される、暗黒の波動の宇宙の中を、カルムの放つ彗星の一矢が奔る。
     受けた衝撃さえ潰す勢いを止める様に、紅音の白炎纏う爪が閃くなら。灰色のボディにめくれあがるような傷が浮く。そして毬衣の炎の翼を糧にして、ハレルヤの電動工具のような影が唸った。
     爆走と砲撃を以て殲滅にかかる分体の一撃から、庇いたてつつ駆動部分を半壊させる。
     それでも愉しげに嗤いながら攻撃仕掛ける分体らを見据える毬衣と伊織は、肩で息をしているのがわかった。痛みを感じないハレルヤは、へらりとしているけれど。潰れた腕と、真赤な四肢はギリギリを物語っている。
     もう瀕死とは情けなぁ、と伊織は自嘲気味に笑う。毬衣も奮い立たせようと不死の翼を広げるけれど。しかし、二体の分体にアンブレイカブル、数匹の眷族。普段ならまともに相手に出来ない数。それらの攻撃を殆んど仲間へ反らすことなく浴び続けているのだから当然だ。それを続ける気魄は並みのものではないはずなのだから。
     シェリーはそっと唇をかむ。倒れて当たり前の様な死線の中でも、やはりメディックであるならば守りたいと思うのが本音。
     分体はわざと煽る様に、千波耶やシェリーを狙ってくる。幾らでも湧く分体に回復は意味なくとも。灼滅者ならばそうはいかない。
     シェリーへと迫る重量級を受け止めた瞬間、伊織は鈍い音を聞く。それでも、動くならば右手を奮い、深宵をけしかけるが――。
     がっと真横を狙われ、伊織が大量の泡と共に橙に吹っ飛ばされた。
    「伊織さんをよくもなんだよ!」
     癒しの矢を頂きながら、毬衣の爪先がようやく灰分体を下した――矢先。忘れてもらっちゃ困るとばかりに、海賊の拳が毬衣を背中から海底へ叩きつける様に振り落とされる。
     炎が燃え立つように吹き上がる血。
    「くっ……!」
     決してばらばらにならないように、咄嗟葉月が意識ない毬衣の手を掴む。
    『ディッフェンダーはあっとひっとり~♪』
     おちょくる様な口元が、絶望を煽る様に釣り上がっている。仲間かばって自分潰れる? それとも潰れるの見る? そんな風に。
     千波耶は変わり果てた嘗ての仲間を見据えつつ思う。
     自分を待っている人がいる。
     きっと彼にも、待っている人がいる。

     けれど、もう――。

    「絶望かあ」
     それでも全員の命を一人守るハレルヤは、うっとりと笑う。
    「ごちゃ混ぜオモチャ箱ひっくり返したみたいで、はあ、嬉しくって死んじゃいそ。キミ達を壊し尽くして、この海、がらくたで埋めたいよお」
     まったく後ろに反らす気なんてない。忘れた痛みを取り戻せるなら。

     ――イこっか!

     血まみれのまま艶やかに笑う、葉月とカルムへ会心の一撃を委ねちゃうなんて顔して連携を狙お、と。

     ――イカレてんなコイツ。

     良い意味で賞賛込めて、葉月も挑発めいた笑みで応える。まあ任されてやりますわ、呆れ顔するカルムも内心乗る気で。
     こんな海の中でも。シェリーは異国情緒漂う標識を握りしめ伊織へ追撃をさせぬよう庇い立つ手に、汗を感じた。
    (「此処で誰かが堕ちたら――もう逢えないかもしれない」)
     生きているのに死んでいると変わりない、今目の前の彼を見てひしひしと思うから。シェリーは大好きな彼から貰った香りを抱く様に手を添えたあと、麗しい細工の矢を番え、
    「最後まで耐え抜くよ」
    「ええ――絶対に負けないわ」
     今は奥にしまっているけれど。大切な人からもらった想い抱きながら、千波耶は7thの滑らかなヴェールを金魚の鰭のようにしなやかに靡かせる。
    「さあ、悪足掻きでもしましょうか」
     死地にて背水となるならば、その時こそ彼岸の花最も輝かんとでもいう様に。徒労さえも艶やかに笑み表す紅音の声は凛と。
     ドリフトしながら完全に回復を断つ気でいる橙の砲口轟く。刹那ハレルヤの刃が、タケヤリのようなマフラー全てかっさらい――しかし彼女の両足は血の塊を破裂させる。
     蒼生が手足を投げ出す様にしながら落ちゆくハレルヤの襟元咥えると、邪魔な蝙蝠を撹乱する様に六文銭。
     千波耶のO/Wの戯曲から冥土の駄賃を昇華させる様に踊る焔。ばりばりと眷族を食いつぶしながら弾ける光の中、一閃の路を開くのは、カルムの弦から放たれた彗星の一矢、シェリーから頂いた癒しの矢も絡むように――!
     銀の流星群の中煌めく十字製の輝きは、葉月の手から。叩き付けるように、橙の頭部へと振り下ろす。
     ごきりと音がして、ふらりと足掻く橙。背後に回り込んでいた紅音の、猛々しい幻狼の爪が横っ腹に風穴を開けて――。
     がらと崩れる橙だが。塵灰の向こうに見えた赤。止まらない増援に更なる疲弊を覚悟していたとき、其れは唐突に起こった。
    「これは――」
     徒党組む赤と海賊の攻撃を受ける覚悟をした千波耶だが、分体という分体が、全身から黒い炎を燃え立たせたと思った時にはもう、一瞬にして虚無の中へと飲まれてゆく。
    「灼滅、したんだね」
     ぽつり、とシェリーの唇から零れ落ちる言の葉は。水の中だと言うのにやけにはっきり聞こえた気がした。

    ●撤退へ
     目の前に残るのは、眷族と、海賊のようなアンブレイカブルのみ。
     逆にはめられたのだと悟った海賊は忌々しげに歯噛みし、目の前の灼滅者だけでも潰しきってしまおうと拳を振り上げてくる。
    「――く、うっ」
     鈍い音と共に、紅音の右胸に真赤な血煙が咲く。
    「このまま継続するのも不可能や。撤退するで」
     本体を灼滅したなら此処に居る理由もない。動けなくなった紅音を抱えると、カルムは予定人数よりも早めの撤退を促す。
     とにかく全員で帰還することの方が重要だ。ここでミイラ取りがミイラになっては、意味など無いのだから。
     いきり立っている海賊は、逃げる前に一人でも討つとばかりに迫ってくるものの。
     彼らの前に現れたのは、未来を繋ぐ三つめの光たち。
    (「後はお任せください」)
     そう、灯屋・フォルケから送られた手信号。
     矢の様に軍艦島へと突き進みながら疲弊した海賊を下しにかかるその背へと、葉月は肩越しに音無き言葉で告げる。
    (「――ああ、任せたぜ」)
     信じてる。
     七つ班の力が、彼等の戦いに大きな追い風となっている事を。

    作者:那珂川未来 重傷:垰田・毬衣(人畜無害系イフリート・d02897) 諫早・伊織(灯包む狐影・d13509) ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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