●炎、堕ちて
「――さぁ、断罪の時間ですの!」
高らかに宣言した黒嬢・白雛(ジュリエットに幸せの花束を・d26809)は、白と黒の炎を吹き上がらせながら赤仮面へと大鎌を振り下ろした。その切っ先はダークネスの衣装を裂き、炎はまるで溶かすように体を焼いていく。炎は巡り、白雛の操る炎は闇を吸って少しずつ、少しずつ、黒が優勢になっていく。
「黒嬢さん!」
闇に沈んでいく少女に、武野・織姫(桃色織女星・d02912)は思わず悲鳴を上げた。
約束された結末であっても。それほどに、闇で闇を灼き払う彼女の姿は苛烈だった。
「武野様。信じていますわ」
たとえこの身が犠牲になろうとも、他者を救えればそれでよいと、白雛は笑う。
――少女の微笑みは、それが最後だった。
一面を包む黒い炎から、純白と漆黒の羽が生まれた。炎の渦から、白銀の装甲に身を包んだ白雛が、ゆっくりと身を起こす。顔は金属に覆われ、可憐な少女の微笑みは跡形もない。赤仮面がいたはずの空間に突き刺さったままの大鎌を引き抜くと、冷徹に言い放つ。
「この世界に、貴様の存在は不要だ」
勝敗は決した。リングの魔力に捕らわれた観客たちが、無邪気に歓声を上げる。その歓声を合図に、ぎりぎりの自我を保っていた幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)の意識が、くらりと揺れた。彼女の表情はみるみるうちに戦いの歓喜と自身に満ち溢れていき、天真爛漫な気配は不遜不敵な気配に塗り替えられていく。
「ふっふーん、やっと表に出られたよ!」
激しい闘気をまとわりつかせ、肥大した自信に歪んだ笑顔を浮かべながら、桃琴が歓喜の声をあげる。
「さぁ、おにーちゃんおねーちゃん、ファイトしよう!」
「アリスは……この後に起こることを……止めにきたの……」
アリス・ドール(絶刀・d32721)は首を振ると、残りうる力を込めて愛刀を正眼に構え、ようとして、ぐらりと崩れ落ちた。七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)がすかさず彼女を支えた。
「無理は、いけません。アリス」
強烈な攻撃を受け続けていた前衛は傷が深い。戦闘の継続は難しいと思えた。
ならば自分たちが、と後衛の4人が陣形を整え直す。
「まもなく援軍が来ます。それまで私が、支えてみせます」
連戦に疲労を隠せない仲間たちを、坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)が励ました。彼らは頷き合い、先ほどまで隣で戦っていた、変わり果てた少女二人を見据えた。
――必ず救い出す、と。
参加者 | |
---|---|
蒼月・碧(碧星の残光・d01734) |
武野・織姫(桃色織女星・d02912) |
神凪・朔夜(月読・d02935) |
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504) |
崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213) |
久条・統弥(影狐抜刀斎・d20758) |
神之遊・水海(ロミオ・d25147) |
御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264) |
●覚悟の時
リング上の戦況の変化に困惑することもなく、群衆たちは割れんばかりのエールを送り続けている。
まるで、呪われた戦いを賛美するかのように――。
幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)は応えるように悠然と手を振ると、ファイティングポーズをとった。全力攻撃の構えだ。鋼鉄の鎧をまとった黒嬢・白雛(ジュリエットに幸せの花束を・d26809)は鎌を一振りして、一歩下がる。彼女の立ち振る舞いは、灼滅者たちの動きを見定めるような冷徹さがあった。
「桃琴ちゃん、白雛ちゃん!助けにきたよ!」
叫ぶ群衆をかき分けて、蒼月・碧(碧星の残光・d01734)たち4人の灼滅者がリングへと駆けあがっていく。
先ほどまでの戦いで傷ついた仲間はリングの端へ下がり、後衛を務めていた崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)、久条・統弥(影狐抜刀斎・d20758)が前衛へと躍り出た。
愛刀を手に、統弥が声を張る。
「……本当の戦いはここからだ。二人を取り戻すために、全力で挑ませてもらう!」
「いいよっ、かかってこーい!」
「みんな、桃ちゃんは、ボクに任せて!」
桃琴をよく知る碧が、真っ先に桃琴の元へ駆け出して行った。
「おねーちゃん、さあファイトしよっ!」
「いいよ、桃ちゃん、勝負してあげる。でも、今のあなたでは……そんな歪んだクンフーなんかで、ボクは倒せないっ!」
覚悟を決めて臨む灼滅者たちに対し、桃琴は楽しそうに不敵に笑った。敗北など、一遍も考えていない、尊大な笑み。
闇に飲まれた歪んだ表情に、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)はそっと目を伏せた。それから穏やかな口調で。
「アリスから、伝言です。『自分の闇に飲まれるほど、あなた達は弱くない』――さきの戦いの、お二人への賛辞です」
「……何のことだか、わかりませんわ。貴方がた灼滅者は世界の秩序を乱し害なすもの。ただ、断罪するまでですわ!」
断罪する、と答えた白雛は、前の戦いの傷が最も残っている鞠音に向かって、武器を振るった。
だが、そこに生まれた一瞬の逡巡を、鞠音は見逃さなかった。人の心は儚く、弱い。けれど彼女達を信じて間違いはない、と。鞠音は信じて、雪風を構えた。襲い来る虚無の刃を、上段に構えた斬撃で相殺する。
狙われた鞠音の周囲を、武野・織姫(桃色織女星・d02912)のシールドリングが包み、残っていた傷を癒していく。
「誰一人、倒させません……!黒嬢さん、あなたに『信じて貰った』、わたしはそれに応えます」
闇に堕ちる瞬間、信じるといった少女に、織姫は語り掛けた。絶対に2人と助け、誰一人犠牲にしない覚悟をもって、織姫は癒しの光の環を次々と作り出していく。
白雛は、ただ無言で、白と黒の羽根を羽ばたかせて二人から距離を取った。
●裁くべき者は
灼滅者たちの攻撃を封じるべく、白雛は大きく鎌を振ると、黒き波動を前衛に向けて放った。まとわりつく「咎」の力が、灼滅者たちの力を奪っていく。
戦艦を模した甲冑の腕部を盾のようにかざし、來鯉は御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)を庇いながら攻撃に耐える。
憎しみの籠った、闇に堕ちた少女の攻撃は重く、踏みしめた地面がみしり、と音をたてそうなほどだ。
歯を食いしばりなりながら攻撃を耐えきり、來鯉は自分を鼓舞する。
「同い年2人が頑張ったんじゃ!じゃったらヒーローとして2人を救出する為に頑張らんにゃいけんじゃろ!」
叫ぶ主人に応じるように、霊犬のミッキーが浄霊眼で癒した。
やはり同じ年の百々が、白雛に対抗するかのように炎の力をふるいながら、呼びかける。
「黄金リングというダークネスの計略などに負けてはならぬ!」
炎を纏った蹴りを、白と黒の翼で白雛が受け止める。肉薄したその距離で、百々はさらに呼びかけた。
「誰よりも苛烈にダークネスの断罪を叫んでいたではないか、己の信念を思い出せ!」
「私は、グローバルジャスティス様の統治する世界のために――」
「違うであろう!お前はダークネスの手先ではなく、ダークネスを滅ぼす者だ!」
「私は、……」
白雛はまとわりつく炎を振り払おうと腕を振るうが、鞠音と神之遊・水海(ロミオ・d25147)がスターゲイザーでとびかかり、その動きを制していく。統弥が指先から放った酸は白雛の甲冑を溶かし、神凪・朔夜(月読・d02935)の斬弦糸が白雛の動きをさらに制していく。
「私が、断罪すべきは」
動きをとめ項垂れた白雛に、されど水海は油断しなかった。
次の瞬間、黒き炎が瞬く間に吹き上がり、命を刈り取らんとする鋭い鎌の一撃が水海を襲う。かろうじて急所は外したが、苛烈な斬撃に意識が飛びそうになる。
水海を倒し損ねた白雛が忌々しげに首を振った。織姫や來鯉の必死の回復を受けながら、水海は叫ぶ。
「白雛さん、聞いて……こんなことされても私は負けない、だから白雛さんも憎しみに負けないで!」
気合の声が、水海の身体を癒していく。再び力を取り戻した体で地をふみしめ、白雛の攻撃を受け止めていく。
「私が知る白雛さんは、純粋にヒーローを目指してる!あなたの断罪はありふれた日常を、あって当たり前の幸せのために悲劇を防いでいるのよ」
「灼滅者ごときが、私の何を知っている」
「知ってる!学園祭の時も、演劇のために一緒になって無邪気に頑張ってたの。本来の貴女を見失ってはダメよ」
鞠音が縛霊手を操り、狙いすました一撃で白雛から生まれたダークネスの動きを縛り上げた。
「ダークネスは強く、人はその鎖の下で永らえてきた、それが事実。それが貴方に不安を生む……故、貴方は自分の正しさを疑った。結果がその姿」
白と黒の羽根を、憎悪の炎と燃え上がらせながら足掻くダークネスへ、その奥の苛烈な心を抱えたまだ幼い少女へ、鞠音は語り掛ける。
「顔を上げなさい。自力で跳ね返せないのなら、手を取りなさい。それが、人にだけ与えられた強さです」
揺らぐ切っ先に、百々はもう一度、説得の言葉を重ねた。
「己の信念を思い出せ!白雛、そなたはダークネスを滅ぼす者だ!」
「……そう、ですの……、私が、断罪すべきは……」
金属に覆われた体が、胸元からぴしぴしと砕け、はがれていく。黒い怨嗟の渦と化していく鎧から、白と黒の炎の羽根を背負った少女がゆっくりと倒れこんできた。その小さな体を水海は受け止め、そっと息を吐いた。
先ほどの戦いとダークネスとの内なる戦いで気力を使い果たした白雛は、気を失ったまま動かない。
駆け寄ろうとした織姫を大丈夫、と手で制して、水海はリングの安全な場所へ、彼女をそっと横たえた。
目を開いたときに、また、あの純粋な瞳が覗くであろうと信じて。
●もう一度、笑顔を
「いっくよ!」
歪んだ笑みを張り付けた桃琴は、相対した碧へと抗雷撃を放つ。碧の体は宙を舞うが、身を翻して、重力を乗せた飛び蹴り――スターゲイザーを桃琴に打ち返す。
「覚えてる?これで一緒に都市伝説を一杯退治したよね。一緒にいろいろなところにいったね、都市伝説退治の時も、少しつらい戦いの時でも……」
「それより今の戦いを楽しもうよっ」
飛び込んできた碧をそのままつかむと、桃琴は無造作に彼女を投げ飛ばした。黄金のリングへ碧は叩きつけられ、衝撃が全身を軋ませる。両腕をついてゆっくり立ち上がる彼女に、桃琴はにやりと笑いながら問いかける。
「おねーちゃん、もうおわり?つまらないなぁ……」
「まだまだ、ボクはこれくらいじゃ倒れないからっ」
織姫のシールドリングの支援を受けながら、碧もラビリンスアーマーで守りを固めていく。
白雛の救出が終わるまで、桃琴に張り付くのが彼女の役目だ。
「そうこなくっちゃ!さあ、もっと、戦お!」
織姫の回復を受けながらも、碧は防戦一方だった。一方的な展開に桃琴はやや不満に唇を尖らせる。
「もっとちゃんと戦ってよ、おねーちゃん。それとも終わりにする?」
撃ち合う拳を止めて後ろに飛びのくと、くるりと身を翻して、闘気を乗せた体当たり――ヒップアタックを放つ。
骨が折れそうなほどの強撃に、碧の膝がつきかけた。
トドメの一撃を加えようと、悠然に、加虐的な笑みを浮かべて近づく桃琴を、走りこんできた來鯉が遮った。
「そんな表情似合わんわ、桃琴!知ってる相手の笑顔がなくなるなんて、ご当地ヒーローとして絶対に阻止してみせるけえ!」
「次の相手はおにーちゃん?」
意を解さず、口角をあげる桃琴に、來鯉は歯をかみしめた。
(……まして、自分が作った料理を食うた相手なら、料理人の端くれとして絶対に御免じゃ)
拳を構え直した桃琴へ、朔夜の鋼糸が絡みついて斬り裂いていく。少女はぱちりと目を瞬かせた。
「おにーちゃんだけじゃないのかな?いいよ、一緒にいっぱい戦お!」
腕についた傷を意に介した風もなく、少女は言う。
朔夜は苦笑した。
「強いね、さすがだ。今一杯戦いたいなら全力で相手するよ。皆の為に身を挺した君の勇気に答える為に」
何をいっているのか分からない、とばかりに少女は首を傾げ、腰元に両手を構えた。朔夜に向けて放たれたオーラキャノンを、立ち上がった碧が身を挺して受け止める。
ふらつく碧に、水海が駆け寄った。支えようとした彼女を、碧は「大丈夫」、と制した。
「桃ちゃんが……桃ちゃんが、自信満々に大丈夫っていってくれて、背中を押されたときもあるんだ。ボクは桃ちゃんに、歪んだ心に負けてほしくない。また沢山、『大丈夫』って聴かせてほしい。だから、『大丈夫』!」
そう叫んで、碧は立ち上がった。しかしこれ以上ダメージを負わせるわけにはいかないと、水海と來鯉が守りを固める。
水海は確信をもって、桃琴に呼びかけた。
「蒼月さんを見て思い出して!つらい事も怖い事も一緒に乗り越えてきた経験、想い、二人の絆を!」
「思い出……」
呆然と呟いたその声からは、傲慢さがぬけていた。だが、それも一瞬のこと。
「でもまだ、戦い足りないよ」
「戦うのは楽しいよね」
影業を操りながら、統弥が語り掛ける。
「でも、それって本当に望んでいることなの?色んなことして、無邪気に楽しくするのが好きじゃないのかな?」
嗤う桃琴に、統弥は影縛りでその体を縛り上げながら、声を張り上げた。
「……もし、今これが楽しいと思うなら全力でぶつかる、ぶつかってぶつかりまくって、引きずってでも連れ戻すからな!!」
この依頼で知り合っただけの仲だ。しかし、先程までの厳しい戦いを潜り抜けた仲間に違いない。必ず起こして一緒に学園に帰るという強い想いを、統弥は全力で桃琴にぶつける。
他の仲間たちも、各々の思いをサイキックにのせて、桃琴に攻撃を仕掛けていく。
徐々に劣勢に追い込まれる桃琴の表情に、苛立ちと、時折苦し気な表情がまじる。
あと少しだ。來鯉が、百々が呼びかける。
「桃琴が帰って来んかったら桃琴の知ってる顔が泣くんじゃぞ!そんなん嫌じゃないんか?!帰って来ぃや!」
「己の闇に負けるな!伝え聞く明るい其方を取り戻せ!」
朔夜はマテリアルロッド『玉兎』を振り上げると、渾身の願いを込めて桃琴に叩きつけた。
「僕も強い意志で君の闇を追い払うよ――さあ、目を覚まして!!」
●呪縛を超えて
フォースブレイクを受けた桃琴の身体が、かくり、と崩れおちた。同時にその体を覆っていた淀んだオーラが消え失せていく。
突然、灼滅者たちの足元から小さな地響きが鳴ると、リングに無数の亀裂が走った。
灼滅者たちはふらつく体をお互いに支え合いながら周囲を見まわした。いままで彼らを囲っていた黄金リングは、戦うべきダークネスを失って、無数の闇の欠片となって溶けていっていた。
その光景をみながら、感慨深げに織姫が言う。
「やったね……えへへ、覚悟見せられました……」
これで今回の事件は解決するだろう。闇堕ちの呪縛を解き、灼滅者たちは各々肩の力を抜いた。織姫が再び声をあげる。
「あ~、疲れたよ~!」
心からのその言葉は、連戦を耐えた灼滅者たち全員に共通する思いだっただろう。だれかが小さく笑う声に、織姫もまた、えへへ、と笑い返した。
そうしてリングが完全に消え失せた後、周囲から一般人たちのざわめきがあがった。
「あれ、俺達、なにを……」
「花火大会みてたんじゃ」
戸惑いの声と、すこしの悲鳴。あれだけ歓声を上げ続けていたのだ、疲労で倒れた者もでているようだった。
だが、そちらはそちらに任せることにして。
救出した少女たちを背に背負うと、灼滅者たちは休息できる場所へと歩き出した。
二人が目を覚ましたら、何を語るかを考えながら。
作者:東加佳鈴己 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年8月26日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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