
「人面魚、って知ってるかしら?」
橘・彩希(殲鈴・d01890)は唐突にそんなことを聞いてきた。
それは少し昔に一大ブームを起こした、人間の顔をもつ魚。
正確には、模様が人間の目鼻立ちに似ていて『人間の顔に見える魚』なのだが。
「何だか子供達の間でまた噂が盛り上がってきていてね。
ここでその人面魚が釣れる、って言うの」
言って彩希は片腕を広げ、背後に広がる海を示した。
元々ここは子供にもお勧めの釣りスポットで。
さほど釣りに詳しくなくても、それなりの釣果が得られるらしい。
そして何匹か釣れる魚の中に、人面魚が混じってくるのだとか。
「見たことない子ばかりのはずだから、過剰な期待が都市伝説になってしまったのね」
昔実際に見つかった人面魚の多くは鯉で、池などにいる淡水魚ばかりだ。
顔に見える模様も微妙なものも多かったが。
ここで釣れる人面魚は、しっかり人間の顔を持っているのだろう。
もしかしたら喋ったり、人魚に近いものもいるかもしれない。
だってその方が子供達には想像しやすいですから。
どんな人面魚がかかるのか、それは釣ってみないと分からないけれど。
「普通の魚は美味しく食べてしまってもいいわよね?」
確実に得られる魚の方にも期待を寄せて、彩希はくすりと微笑んだ。
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 白・彰二(夜啼キ鴉・d00942) |
![]() 宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830) |
![]() 橘・彩希(殲鈴・d01890) |
![]() 逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461) |
![]() 神威・天狼(十六夜の道化師・d02510) |
![]() 葵璃・夢乃(黒の女王・d06943) |
●魚の釣れる海
適度に入り組み、ごつごつした岩場の向こうには、穏やかな青が広がっている。
波音を聞きながら、白・彰二(夜啼キ鴉・d00942)は釣り道具を手に呟いた。
「人面魚かー。どんな顔してんだろーな?」
聞いた話を思い出しながら、興味津々に想像を膨らませる。
「本とかで見たことはあったけど、本物はないし、だいぶ昔の話だしなー……」
「俺も見たことねーや」
神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)は考える仕草を見せながら過去の知識を辿り、逢坂・兎紀(嬉々戦戯・d02461)はにっと笑いながら楽しそうに頷いて。
それから、彰二に倣うように、その姿を想像してみる。
「人の顔とか……気持ち悪っ!」
「ま、正直ね。混ぜちゃいけないものを混ぜちゃった的な」
素直な反応を見せる兎紀に、天狼も肩を竦めて苦笑した。
「人面魚、ねぇ……」
そこに葵璃・夢乃(黒の女王・d06943)も交ざり、未知の生物想像に加わる。
人の顔を持つ魚。
その姿を思い描いた赤茶の瞳が、期待を含んだ笑みに代わった。
「これはまた、面白い食材が釣れそうね」
「まじで!?」
「あれっ、食べるのって普通の魚の方で、人面魚は倒……あれっ?」
思わず聞き返す兎紀に、混乱する彰二。
天狼も目を瞬かせて振り向くと、料理好きな宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)が苦笑を見せる。
「俺も、人面魚を料理する発想はなかったかな」
冬人が考えていたのは、依頼としてはハズレな相手となる普通の魚の調理。
そのための調理道具を、冬人は、比較的平らな場所へと手際よく設置していく。
その作業を眺めた兎紀は、よしっ、と気を取り直すように皆に向き直った。
「とりあえず釣り上げりゃあいーんだよなー。
誰が一番多く釣れるか競争しよーぜっ!」
かけた声に、真っ先に、望むところだと彰二が真っ先に賛同の手を挙げて。
「うさぎちゃんだけには負けねー!」
わっと2人は釣り道具にかじりつく。
「みんなで食べる分は確保したいな」
もちろん参加と表明しながら、冬人も穏やかに釣竿を手にする。
料理は食材を確保しないことには始まらない。
慣れた手つきで釣りの準備を整えた冬人は、ふと、離れている橘・彩希(殲鈴・d01890)に気付いて目を向けた。
「皆、頑張って。応援してるわね」
帽子の下で首を竦め、薄手の長袖パーカーをぎゅっと握る彩希は、ひらりと手を振る。
一応、釣り道具は持っているようだが、やる気は感じられない。
晴れない表情も気になっていると、そこに天狼が現れて。
「あ、彩希先輩、日焼け止め使われます?」
「わぁい、天くんありがとう! 首元だけ塗り忘れてたのよね」
とたんに彩希の笑顔がぱあっと輝いた。
「夏って日焼けするものじゃないん?」
「長袖暑くねーの?」
兎紀と彰二が疑問符を浮かべるけれども、天狼はにっこりと微笑んで。
「今から対策をしておかないと、将来シミとシワに泣きを見るのは自分ですからね?」
彩希同様に対策バッチリな自身を、色白な手で示して見せる。
とりあえず、これで憂いなく皆で釣りができるようだと、冬人はくすりと微笑んだ。
「でも、釣りはちょっと久しぶり、かな」
そして、準備を整えた釣糸を海へと垂らして呟けば。
「そーいや初めてやるなー」
「オレも釣りすんの初めてだなー」
勝負とか負けないとか言っていた兎紀と彰二がいきなりカミングアウト。
「本でコツとか読んだことあるし……まあそれなりに様にはなるよね」
天狼も笑顔で初心者宣言を続けて。
ふっと視線を向けると、彩希が晴れやかな笑顔で釣竿を抱えていた。
「大丈夫。ちゃんとゲームで学んできたわ」
全然大丈夫に聞こえない台詞と共に、餌として用意してきた小魚とオキアミを広げる。
「あれ? こっちのエサは違うぜ。
なにこれミミズ?」
それを見た兎紀が、自分の手元と見比べながら首を傾げた。
「みみずみずみずー♪」
隣では、適当な歌を歌いながら、彰二が釣針にミミズを付けている。
「ほれ、彩希。ミミズだってよ」
「……兎ちゃん、虫餌持ってこっちに来ないで」
うえー、と気持ち悪そうな顔をしながらも近寄れば、その分彩希が後退。
どうやら、あえてミミズを用意しなかったようですね。
「兎紀、勝負じゃなかったの? 遊んでないで釣ったら?」
そこに助け舟を出したのは天狼。
兎紀は、そうだった、と自分の釣竿に視線を戻し。
途中で、満足そうに準備を整え終えた夢乃に目が留まる。
夢乃が掲げる釣竿は、釣糸に何本もの釣針がついていた。
「戦いは数なのよ……なんてね」
そう笑う夢乃だが、キラキラ光る釣針には餌がついていない。
代わりに、釣糸の先端に小さなカゴがあった。
カゴの中に餌を入れて魚を集める、サビキ仕掛け、と呼ばれるものです。
兎紀がそれを理解する前に、夢乃の仕掛けは海に投じられて。
「大きい魚釣ったろーじゃねーの!」
彰二が大きく竿を振り、でもあまり遠くに飛ばせずに、海に釣糸を垂らす。
彩希が、天狼が。続いて始めるのを見て。
兎紀も楽しそうに笑いながら、ぎこちなく釣糸を海へと向けた。
●魚と戦う海
「あとは気長に待つだけ……って、わっ。もう引っかかった?」
さほど待たずしての手応えに、天狼が慌てるのを皮切りに。
「糸が引いたらおっけーなん?」
「そう。ほら、俺のも兎紀のもウキが沈んだ。これが引いてる状態」
「えっ、コレ引いてる? 引いてんの!?」
「がんばれー」
のんびりリールを巻く冬人の助言に、兎紀もあわあわと糸を上げる。
「いろんな種類が釣れるのね」
アジかしらイワシかしらと首を傾げながら。
釣糸にぶら下がる多様な魚を、夢乃はとりあえず全部捕獲。
「あら、また釣れたわ」
彩希も順調に釣果を重ねて。
「もういいかしら。後は頑張ってね」
「終わり!? 早くね!?」
唐突な終了宣言に、針から外した魚を取り落として驚く彰二。
「だって私、釣るならゲームの中の方が好きだし」
しかし彩希は気にせず、適当な岩場にのんびり腰掛け、すらりと伸びる白い脚を組んだ。
そんな優雅な休憩の様子に、彰二は、足元の魚のように口をぱくぱくさせてから。
「じゃ、じゃあ、彩希センパイの分までいっぱい釣ったろ!」
何とか気を取り直して、仕掛け直した釣糸をまた海に投じる。
さすがに子供や初心者にもお勧めの釣りスポット。
10cm越えくらいの小型ではあるけれども、次々と魚が釣り上げられて。
「これ、フグ?」
「そんなんも釣れんの!?」
首を傾げる夢乃に驚く彰二。
都市伝説の影響か、珍しい種類も掛かって来たりしている模様。
そんなうちに、本当に珍しい、本命の魚が掛かり出す。
「うわっ、こいつだこいつ! 絶対こいつ! 気持ち悪ぃーもんっ」
釣竿ごと岩場に投げ出して、どこか楽しそうに叫んだのは兎紀。
恐る恐る近づいて、その魚を覗き込んだ彰二は、鱗が黒く輝く少し太めのずんぐりむっくりした魚体に、鼻の低いのっぺりとしたおじさんのような顔がついているのを見た。
「キモッ!?」
「正直不気味だよね……」
その後ろから眺めた冬人も苦笑を見せる。
騒ぎを横目に、天狼はリールを巻いて、引いてる自身の釣糸を上げると。
眉毛の太いキリッとした顔と目が合った。
「……え」
思わず硬直するも、すぐにその顔がほっそりした魚についていることに気付き。
「あ、これが人面魚……」
呆れながら納得して、すでに釣り上げられている1匹の近くへと放り出す。
2匹の人面魚が岩場でびちびち跳ねるのを見て。
「さあ、どう料理してあげようかしら?」
変にやる気満々な夢乃が、その情熱をオーラとして纏い、拳を構えた。
「まじで夢乃これ食べる気なん? ぜってー腹壊すって、これ!」
「チャレンジャーすぎないですか?」
兎紀と天狼の心配を気にもせず。
「こういうのは、やっぱり食べてみなきゃ解らないでしょ♪」
満面の笑みで夢乃は人面魚へ向かっていく。
迷いないその動きに、兎紀と天狼は顔を見合わせてから。
「さっさと潰してこーぜっ」
「賛成」
翼のように帯を広げる天狼の援護を受け、兎紀は人面魚に殴りかかった。
彩希の黒刃が正確に急所を切り裂けば、鎖の繋がるナイフを象った冬人の影が太刀筋を合わせ、おじさん人面魚はあっさりその姿を消す。
「鱗を取ったら3枚下ろし」
太眉人面魚は、夢乃が釵に似た形状の光剣を振るい。
「はい、焼いて」
「お、おう」
不意に放られたのに咄嗟に反応した彰二が、炎を纏って斬りかかる。
燃え盛る炎の中で人面魚は黒く燃えて。
消えた。
「……火力が強すぎたのね」
「違うんじゃねーかなー」
心底残念そうな顔を見せる夢乃に、兎紀は呆れるように肩を竦めた。
「身体の人間成分がもっとあれば人魚みてーにキレイになったのになー」
「それはそれで半魚人とかになりそうだし、あれはまあ、あれで……」
人面魚が消えた岩場を眺める彰二は改善策を考えるけれども、冬人の意見に、そんなもんかー、とのんびり返す。
終わった感満載の、穏やかな時が流れる。
「そういえば、人面魚って1匹だけじゃなかったのね」
しかし、何気なく呟いた彩希に、皆の動きがぴたりと止まった。
釣り上げた人面魚は2匹。
だが、まだ海に垂らしたままの釣糸が3本、ある。
それぞれの背を走る、嫌な予感。
持ち主である3人は、誰からともなく釣竿の元へと戻り、彰二と冬人は慎重に、夢乃は嬉々として、リールを巻き上げ始めた。
「そ、そーいや、キレイな人面魚とかも居るのかなー」
「美形がいいわね、人魚の美形。目の保養にもなるし」
気を紛らわせようとする彰二に、彩希もどうせならと意見を重ねて。
まずは冬人の釣糸が最初に上がる。
「うわあ、流石に気持ち悪い……」
やけに大人しく釣り上げられた魚は、何かを悟ったような白い髭のおじいさんな顔を持ち、さらに2本の腕と2本の脚が生えていた。
さっき半魚人なんて想像するんじゃなかったと後悔する横で、次に上がったのは人魚。
釣り上げた彰二がぽかんとする前で、上半身裸の人魚は、うろこに覆われた尾を横座りするように軽く折り、長い髪の下の美しい顔を笑みの形に変える。
「ひょっとして会話って通じたりする……? も、もしもーし?」
「モシモ、シ?」
「わあぁっ!? 喋った!?」
期待しておきながらも本当に返ってきた声に、飛び上がって驚く彰二。
「これなら綺麗ね」
一方の彩希は、麗しい見目に満足そうに頷いた。
「こっちも美形よ」
そこにかかった声に振り向けば、夢乃のサビキが引き上げられていて。
連なる釣針のうち3つに、確かに、美しい顔が並んでいた。
切れ長の瞳に、はっきりとした目鼻立ち。
金髪や茶髪は長めで、ふわりと柔らかく風に揺れている。
キラキラと薔薇の花を背景に背負ってそうな、漫画的イケメンの顔。
だが首もなく繋がる身体は、青光りする鱗に覆われた魚そのものです。
「うっわ、気持ち悪ぃー!」
楽しそうに叫ぶ兎紀の後ろに下がるようにして、彩希が目を反らしました。
逆に兎紀は人面魚へと近づいて、その顔をまじまじと覗き込む。
と、人面魚は器用に身体を捻り、尾びれで兎紀の顔面を狙ってきた。
「失礼だな、君は」
間一髪で避けた兎紀に、追撃となったのは人面魚の苛ついた声。
「こっちも喋った! さらに気持ち悪ぃー!」
大笑いする兎紀を見る人面魚の額に、青筋が浮かんでます。
新たな釣果を確認した天狼は、はぁ、と呆れたようなため息をついて。
「これで全部?」
願望を込めた確認の言葉と共に、広げた帯で人面魚3匹を捕らえる。
「こっちで動きを止めるので、サクッとやってくださいねー」
「あー、もう、燃えろもえろー!」
ヤケ気味に炎を纏う彰二に続き、兎紀と彩希も蹴りを揃え、人面魚を焼き消した。
次は、と視線を流した彩希が見たのは、綺麗な人魚。
この姿なら残してもいいかとも思ったけれども。
人魚はゴツい三叉槍を構えていました。
「攻撃してくるような魚は差し上げるわ」
あっさり視線を反らす彩希の横を駆け抜け、夢乃がSai-Chic Swordを振るい。
3枚下ろしを手伝うように、料理上手な冬人の影ナイフが刻んでいく。
半魚人はそのスネ毛だらけの脚で岩場を逃げようと走り出すけれども。
「食材は逃がさない」
黒い突風の異名に違わぬ速さで、流星の如く夢乃が蹴り踏み潰し止める。
天狼と冬人の影が襲い掛かり、彩希の花逝が冷淡に振るわれて。
「はい、美味しく焼けました!」
これで最後、と兎紀が炎と共に半魚人を蹴り上げた。
●魚を食べる海
それから海へまた釣糸を垂らし。
次に釣れたのが普通の魚だけであることを確認してから。
安堵した灼滅者達は、釣りから料理へと移っていった。
尚、釣り勝負は人面魚の衝撃でどこかに行ってしまったようです。
「あれやりたいんだよな、火に刺して焼くみたいなやつ!」
「串焼き? それなら、魚をこう、くねらせて……」
兎紀の要望に応え、冬人は手早く頭から尾へと串を通した魚を焚き火の横に立て置く。
「すごい、冬くん。こういったものも手慣れているのね」
「串に刺す前に切れ目とか入れといた方が焼けやすくないですか?」
彩希に見つめられ、天狼から発案をもらい、冬人は楽しそうに次々と調理を進める。
その向こうでは、魚を開きにしていた夢乃が、液につけたそれを燻製にし始めていた。
「うわっ、何だこの臭い!」
「あ、ごめんね。風下にいると、かなり臭いわよ」
慌てて逃げる兎紀に笑いながら、夢乃は団扇でぱたぱた仰ぐ。
「何してるんだ?」
「くさやを作ってるのよ。ほら、この魚、ちょっと人面魚っぽくない?」
風上から覗き込む彰二への、夢乃の解説を聞いて。
「やっぱりチャレンジャーね」
くさや作りにか、人面魚を食べたいとまだ思っていることにか、彩希がぽつりと呟いた。
「焼きたて、早速いただきます」
そして、天狼が手を伸ばしたのを皮切りに実食開始。
噛みつこうとした動きを一度止めた彰二は、焼き魚とにらめっこしてから。
「冬人ー! 骨取ってー!」
「まったくもー」
頼られた冬人は苦笑しながらも丁寧に骨を取っていく。
「煮付けもどう?」
1匹食べ終えた兎紀が、夢乃に声をかけられて振り向くと。
鍋にブツ切りの魚が豪快にぶちこまれて、やたらめったら煮込まれていた。
濁った水面から覗く魚の顔が、助けを求めているようにも見えます。
「灼滅者なら食べても死ぬ心配はないしね♪」
そういえばフグとか釣ってませんでしたっけ?
超絶味覚音痴な夢乃の料理に、さすがに後ずさりする一同。
「ほ、ほら、彰二。野菜入ってないから食えるだろ」
「うわっ、押すなようさぎちゃん!」
「彰二先輩ー。頑張ってくださいねー」
「彩希先輩。骨取れましたよ」
「ありがとう冬くん」
騒ぎからぐいぐい押し出された彰二の前に。
夢乃が笑顔で鍋を差し出した。
| 作者:佐和 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2017年9月6日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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