右九兵衛暗殺計画~海底で轟く鋼と刃

    作者:御剣鋼

    ●軍艦島攻略作戦、そして
    「先日のご当地怪人の提案へのご対応、誠にお疲れ様でした。とても妥当な判断であったとわたくしは思います」
     里中・清政(執事エクスブレイン・dn0122)は労うように微笑むと、手元に抱えているバインダーに視線を落とす。
    「ですが、ご当地怪人の援軍が無い状態で、アンブレイカブルと六六六人衆に加え、同盟を結んだ爵位級ヴァンパイアを同時に相手取るのは、困難でありましょう」
     それは、武蔵坂学園の危機でもあると、告げているようなもの。
    「特に、武蔵坂学園の内情を良く知り、同盟の立役者でもある『銀夜目・右九兵衛』が暗躍する限り、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟が脅威であり続けることになるのが、わたくし達の見解でございます」
    「……それは、パイプラインでもある、右九兵衛を暗殺しろということか?」
     灼滅者の問いに、執事エクスブレインは「はい」と、二つ返事で頷く。
    「右九兵衛を灼滅することで双方の連携を乱し、その隙を突くことが可能になります」
     残暑の日差しに照らされた教室が、一瞬だけ真冬のように、しんと凍てつく。
     執事エクスブレインは粛々と続けるように、再びバインダーに視線を伏せた。
    「右九兵衛は爵位級ヴァンパイア勢力でございますが、六六六人衆と接触を持ったことで、その動向を掴むことが、可能になっております」
     現在、右九兵衛は六六六人衆との同盟を進めるため、田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した、旧ミスター宍戸ルームに拠点を構えているという。
    「旧軍艦島の海底拠点には『戦神アポリア』を筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されております。戦神アポリアは、爵位級ヴァンパイアとの交渉を担当しつつ、右九兵衛の護衛及び監視を行う立場を、任されているようでございますね」
     また、田子の浦周辺には『ロードローラー』が配置されており、いつでも援軍を出せる準備をしていると、執事エクスブレインは付け加える。
    「旧軍艦島の海底拠点は規模が大きく、一定以上の戦力を投入しなければ攻略は難しくなリましょう。ですが、拠点制圧可能な大部隊を派遣した場合、右九兵衛を初め、有力な敵は悠々と撤退してしまうことが、予測されております」
     ロードローラーは田子の浦の『津波避難タワー』を拠点にしており、旧軍艦島の海底拠点への強襲があった場合は増援の分体を送って、灼滅者を挟撃する役割を担っているという。
     また、『津波避難タワー』が襲撃された場合は分体で防衛を行いつつ、本体は撤退する手筈になっているようだ。
    「この敵の作戦を逆手に取り、第一段階では少数の精鋭部隊で旧軍艦島の海底拠点を強襲し、ロードローラーの増援を発生させた上で、ロードローラー本体を灼滅して分体を消滅させる作戦を行います」
     旧軍艦島を攻略し、右九兵衛を灼滅するには、緻密な作戦と連携を駆使した精鋭部隊による特殊作戦が必要なのは、誰の目にも明らかだ。
    「皆様方にはロードローラーの増援を惹きつけるべく、軍艦島正面から強襲を仕掛ける陽動作戦への参加を、お願いいたします」
     敵の重要拠点である旧軍艦島の海底拠点に正面から攻め込むことで、拠点側からも激しい迎撃が予測されるのは、まず間違いないだろう。
     更に、戦闘中はロードローラー分体の増援があるため、非常に危険かつ激戦必至の戦闘になると、執事エクスブレインは唇を噛みしめる。
    「ですが、この陽動作戦が失敗した場合、作戦全体の成功はございません」
     旧軍艦島からの迎撃を撃破してロードローラーの増援を呼び寄せ、更に可能な限り長く戦いかつ、多くのロードローラー分体を灼滅することが出来れば、ロードローラー本体の奇襲に向かう班の助けになり、最良の結果へと繋がるはずだ。
    「簡潔にしますと、暴れるだけ暴れたら撤退してくださいね、ということでございます」
     執事エクスブレインは和ませるように微笑むと、同じ目的の班で固まらず、なるべく広い範囲に散らばって、攻撃を仕掛けて欲しいと付け加える。
    「固まって侵入した場合、敵も最小限の分体しか出しませんから。また、陽動だとバレない工夫がありますと、より良い運びになるかと思われますが……」
     敵が見て、自分達は陽動ではなく本命だと思わせるような演出や気迫、振る舞い。
     裏を返せば、より敵を惹きつけることにも、繋がってくるが……。
    「皆様方には危険な任務をお願いすることになる上、更に至極恐縮でございますが……」
     執事エクスブレインは一拍して、ゆっくりと口を開く。
    「多くのダークネス組織が武蔵坂学園を脅威と感じている今、闇堕ちした灼滅者が、ダークネス組織に取り込まれて戦力化される状況は、今後も続くかと思われます」
     作戦が成功し、右九兵衛を始めダークネス組織の幹部となった闇堕ち灼滅者の灼滅に成功しても、第二第三の彼等を出してしまえば、意味はない。
    「どうかロードローラー本体の灼滅が成功するまで、何としても皆様方の力で戦い抜いてくださいませ」
     執事エクスブレインは真摯な眼差しを一同に向け、深々と頭を下げたのだった。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)
    庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    加持・陽司(炎と車輪と中三男子・d36254)
    マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)
    神崎・榛香(小さき都市伝説・d37500)

    ■リプレイ

    ●陽動班、始動
    「失敗できない作戦かぁ……背水の陣ってヤツですね!」
     海上を進む船が止まり、静かだった船上でざわざわと人の影が動く。
     加持・陽司(炎と車輪と中三男子・d36254)の大きな声が響く中、先頭に立った栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)は強く口元を結ぶと、勢い良く海に飛び込んだ。
    (「……本体と本命は任せるとして、私はやるべき事をやろうか」)
     鉄槌を、等とは言わない。守るべきものの為、為すべきことを為すだけ。
     水中ゴーグルを着けたセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)も船上からダイブする。陽動班各チームも、それぞれ別方向から海底の軍艦島へと進軍を始めたようだ。
    (「海で戦うのは、沖縄の時以来かしら……」)
     できれば、ともだちと遊ぶ方で来たかったけど……。
     マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)は小さく頭を振り、眼前のことに集中するように口元を結ぶと、海中へと飛び込む。
     そういう楽しい時間を守るために、自分達がいることを信じて――。
    「ここで頑張れば次の戦争が楽になる」
     ――ならば、どんなことをしてでも成功させてみせる。
     最後尾で海中に身を委ねた神崎・榛香(小さき都市伝説・d37500)は、呼吸の苦しさを和らげようと、水中呼吸で息を整える。
     息苦しさは多少あるものの、苦しさはかなり軽減されて、とても楽になった。
    「声はだせるけど、水中ではうまく伝わりにくいね」
     例えるなら、水中で鳴らした音を潜水しながら聞いてみよう、に近いのかもしれない。
     海流を探りながら水中呼吸での会話を試みていた庭月野・綾音(辺獄の徒・d22982)がハンドサインを送ると、7人もまた事前に決めたハンドサインで返す。
     意思疎通はハンドサインだけで、問題なさそうだ。
    「それ以外は、地上と同じように進めることができそうですね」
     8人全員が水中呼吸していることを確認した石弓・矧(狂刃・d00299)は、前衛の仲間を庇える位置を保ちながら、一丸となって軍艦島を目指す。
    「さっさと終わらせてしまいましょ、あんまり気分ようなる話やないですよって」
     この戦いは、まるで身内の喰い合いの様と、千布里・采(夜藍空・d00110)は思う。
     なるべく早く軍艦島へ近づこうとする采の意思を汲んだ霊犬も、パタパタと手足を動かした時だった。
    「んー、数が多いなあ」
     陽司を始め、榛香とマギーの目にも、海底側から迫り来る吸血蝙蝠の一群が見える。
    「私が突破口を開きます」
     クラッシャーとして先陣を切った綾奈が、進路を遮る吸血蝙蝠に一撃を与えるものの、単体攻撃で対処できる数ではない。
    「連携を意識していこう」
    「範囲攻撃合わせて、数減らしていきましょ」
     多くの吸血蝙蝠を巻き込むようにセレスが絶対零度を解き放ち、采もセレスに合わせて広がる翼のような帯を全方位に広げ、敵数を減らしていく。
    「留まるのは危険だね、タイミングを見計らって突破しよう」
     味方を守るようにディフェンダーに着いた綾音も、囲まれないように移動しながら、クロスグレイブの全砲門を開放。罪を灼く光線の乱射で一気に薙ぎ払う。
     一拍置いて、マギーも多くの敵に当てるように、鋼糸の結界を張り巡らせた。
    「出来るだけ無視して進みましょう」
     包囲網の一端が薄くなるや否や、矧がハンドサインを出して味方の前進を促す。
     帯で自身の護りを高めた陽司も、孤立した者がいないか注視しながら水を掻き分け、綾奈も残りを後続に託すように、ポニーテールを靡かせた。
    「それでも、ある程度の危険は覚悟の上よ」
     追い掛けてくる眷属に対しても、マギーが動き回るように鋼糸の結界で牽制する。
     一貫して少数の眷属は避けるように突き進み、大群に対しても殲滅ではなく突破することに集中する中、体力を温存していた榛香は気づく。
    (「陽動班の殆どが眷属との戦闘を避けてるね」)
     陽動班全体がこの方針であることは、本体偽装としてはとても正しい。
     けれど、敵の増援が来ることが確定している状態で、大群を残すということは……。
     そのことに疑問を抱く時間はなく、軍艦島側からダークネスが姿を見せた――。

    ●海底の迎撃戦
     迎撃態勢を整えながらセレスが放出した帯を、ダークネスは紙一重で避けてみせて。
     一連の動作を見る限り、吸血蝙蝠達よりも強敵なのは、間違いないだろう。
    (「迎撃に来た有力敵だね」)
     自分達の前で止まったダークネスは、如何にも武人という佇まい。
     ――言葉は不要。
     そう告げるように双眸を細めるアンブレイカブルの鍛え抜かれた超硬度の拳を、綾音はクロスグレイブを横にして受け止める。
    「遠慮なく行きますよって」
     榛香を庇うように前に立つ霊犬に采は夜明色の瞳を細め、敵を貫く帯を伸ばす。
     同時に。矧も動きを阻害しようと、積極的に霊的因子を停止させる結界を構築した。
    「退きやがれ、僕達は急いでいるんだ!」
     防衛のアンブレイカブル相手でも、ここで陽動がバレれば水の泡。
     攻めの姿勢に転じた陽司が綾音の傷を癒し、傍に控えたライドキャリバーのキツネユリが果敢に突撃する。
     しかし、アンブレイカブルも怯まない。
     まるで、防衛が退屈だったと言わんばかりに口元を歪め、容赦なく拳を突き出した。
    (「ダークネスと組まないことで、より険しい道を歩まなければならなくなった。そのことはわかっています」)
     ――作戦の失敗は、許されない。
     眼前を鋭く見据えた綾奈は演武のような構えを取ると、裂帛の気合と共に強烈なアッパーカットを繰り出す。
    「ですが、やらなきゃいけません!」
     拳と拳が激しく鬩ぎ合う。
     その刹那。マギーに音も無く憑いていた影が揺れ、アンブレイカブルを飲み込んだ。
    「――!」
     トラウマに駆られたアンブレイカブルが、半歩後退する。
     すかさず肩の下まで伸びた白色の髪を靡かせ、榛香が流星の力を宿した飛び蹴りで更に機動力を奪い取った。
    (「敵はバランスタイプやね」)
     瞬時に肉薄した采が槍先に螺旋の捻りを加え、同時に背で隠すようにサインを送る。
     小さく頷いたセレスが木槍の妖気を冷気に変え、息継ぐ間もなく綾音が乱暴な格闘術を繰り出す。
    「もっと強い相手はいないんですか!?」
     綾奈も攻撃の手応えから耐性を推測すると、挑発と同時に超硬度の拳を見舞う。
     アンブレイカブルもまた言葉を返さず同等のサイキックを激しく打ち交わせ、綾奈の縛めを取り払おうと護符を飛ばした陽司も、積極的に攻めの姿勢を見せるように海中を動き回っていて。
    「言葉は不要でしょう」
     ――斬り合えばわかる。
     素早く距離を狭めた矧の炎を纏った強烈な蹴りが、相手の横面に入る。
     アンブレイカブルは炎に蝕まれながらも、血が滲んだ口元を楽しそうに歪ませた。
    (「少しでも本体を叩く、みんなの助けになればいいんだけど」)
     ――できることを精一杯やらなくちゃ。
     マギーも更に敵の動きを阻むべく鋼糸を巻き付け、傍らのウイングキャットのネコも尻尾のリングを煌めかせて、前線を支えて。
    「このまま押し切ろう」
     一瞬、態勢を崩したアンブレイカブルを追撃しようと、榛香が帯を伸ばす。
     ――その時だった。
    「敵増援! かなり多いな」
     中衛で警戒していたセレスの緊迫した声に、海上を見上げた采は静かに息を飲んだ。

    ●海上からの襲撃
     海上の青色の天蓋を、無数の闇が覆う。
     海底に向けて、想定以上のロードローラー分体の大群が降下しているだけではない。
     道中放置した大量の吸血蝙蝠達も一緒に向かってくるという、まさに悪夢のような光景に、陽司も一瞬言葉を失うくらいで。
    「流石に上陸までは難しいかな?」
    「私達を全滅させても、お釣りが来そうな戦力ですね」
     陽動だと悟られないように瞳を大きく見開いた綾音に合わせて、矧も予想外の襲撃に動揺する素振りを見せていたものの、敵増援の数は想定を遥かに超えている。
    (「本体には、完全に本命と思われたようですね」)
     陽動班全体で「眷属との戦闘はできるだけ避けて軍艦島に近づく」という方針をとった結果、周囲に多数の敵を残したまま軍艦島の有力敵を釣り出して積極交戦、その状況を本体が本命だと判断して、全力で増援を送り込んできたのだ。
     綾奈が孤立しないように周囲を見回す中、榛香は深淵に身を委ねようと瞼を閉じる。
     けれど、意識の奥深くでカチリと枷が掛かったように、遮断されてしまった。
    「お前らなんかにかまってる暇はないんだよ! さっさと退きやがれ!」
     多数の敵増援を前にしても尚、陽司はあたかも本気であるように、声を荒げる。
     もう少しすれば、本体との交戦も始まる頃合いだ。陽動はまだ続けなければならない。
    (「とにかく目の前の敵を倒さなきゃ」)
     短く呼吸を整えたマギーと、仲間の様子を気に掛けていたセレスの視線が合う。
    (「ここで倒さねば後はないか」)
     狙うは無傷の分体よりも、疲労を濃くしたアンブレイカブル、か。
     分体は深追いしないと推測されているけれど、眼前の格闘家は撤退を許してはくれないだろうと、セレスは分析する。
    「雑魚掃討は引き受けます。その間、強敵は任せますで」
     完全に囲まれて撤退不能にならないよう後方を見やった采は、大鎌に宿る力を黒き波動に変えて、吸血蝙蝠の一群を薙ぎ払う。
     それを合図に、7人と3体は傷ついたアンブレイカブルへと、攻撃を集中させた――。

    ●海底で轟く鋼と刃
    「大丈夫、私達は負けないんだから!」
    「そうだね、ここまで来たら粘りたい気持ち」
     気合いを入れようと声を上げた綾奈が激しく渦巻く風刃を生み出すと、綾音も軍艦島への突破口を開いて見せるように、霊的防護を破壊する斬撃を織り込ませて。
    (「……僕が守らないと」)
     それまで変化が乏しかった榛香の、海に似た青色の瞳が僅かに揺れる。
     七不思議にまつわる癒しの言の葉が矧を中心に広がり、前衛の背を大きく後押しした。
    「お相手願います!」
     鉄と拳と刃が飛び交う中、陽司の支援を受けた綾奈は、翻弄するように距離を狭める。
     演武のような流れで強烈な一撃を叩き込むと、アンブレイカブルが動きを止めた。
     ――お見事。
     それが、彼が残した最初で最後の言葉だった。
    「次はロードローラー分体ね」
     多数の敵の猛攻に耐えきれず、眼前で消滅したネコに、マギーは瞼を落とす。
     けれどそれも一瞬。仲間と声を掛け合いながらマギーが動きを抑制する糸を張り巡らせると、矧が重ねるように広がる翼の如く帯を放出。一拍置いてセレスの体温を急激に奪う魔法が、分体ごと吸血蝙蝠をも巻き込んだ時だった。
    「元灼滅者やから、相手さん。メディックさんは狙われる可能性高いです」
     采の予想は的中。吸血蝙蝠の群れに加えて複数の分体から癒し手を庇い続ける、ディフェンダーの負担は、想像を絶するものがあった。
     また、終始先陣を切って敵を挑発し、満身創痍だった綾奈も同様に狙われている。
    「たとえ、かつての仲間であったとしても、立ちはだかるのならば斬ります」
     糸が切れた人形のように崩れる綾奈を間近にしても、矧の刃金の意思は揺るがない。
     胸の内では人で無くなった彼を、今も助けたいと望んでいても、だ……。
    「ロードローラーとやり合うのは初めてになるが、聞いた通り厄介だな」
     セレスのすぐ前方では、綾音が一度に相手取る敵を少しでも減らさんと奮闘している。
     綾音を始め、矧も何時倒れても可笑しくない状態だ。
    「命かかってますしね、頑張りましょう!」
     傍のキツネユリを失っていた陽司も、終始攻める姿勢は忘れていない。
     魅せるように木槍を旋回させていたセレスの傷を取り払い、同時に守護の力を高めた。
    (「吸血蝙蝠は減ってきたかな」)
     灼滅者達は陽動班であることを悟らせないよう、終始攻める姿勢を徹底していたものの、全員の殺傷ダメージは限界に近い。
     榛香の回復だけでは心許なく、壁に徹していた綾音も剣に刻まれた癒しの力を戦場に解き放つ、が。
    「庭月野さん、狙われてます」
     元灼滅者の分体が、満身創痍に近い状態で癒し手に着いた前衛を、見逃す筈もなく。
     負傷した綾奈を前線から下げていた采が警告を上げると同時に、敵を惹きつけるように距離を狭めたセレスが、機動力を奪う飛び蹴りを見舞う。
     しかし押し切れず、分体の攻撃を受けた綾音の顔が一瞬苦悶で歪み、足元からゆっくり崩れ落ちていく。
    「――っ」
     片膝を着けた采を癒すべく、矧が指先に霊力を集めた刹那、横腹に激痛を覚える。
     死闘を耐え続けた両膝が折れ、矧も倒れ伏す。次の分体がすぐそこに迫っていたのだ。
    (「このままでは全滅、ね」)
     意を決したマギーが、深淵に体を明け渡そうとした時だった。周囲を囲む分体が全て黒い炎に包まれて消えていく。
     まるで、虚無に呑まれていくかのように――。

    ●帰還
    「本体が倒されたようやね」
    「結構ギリギリだったね、私達も急いで撤退しよう」
     一瞬、戦場の時が止まる。
     即座に采が薄くなった包囲網の一端を切り開き、傷を庇いながら綾音が撤退の合図を皆に送った時だった。
    「……僕は撤退せず残る」
     傷ついた仲間を守リたい想いが強かったのだろう、榛香が半ば強引に殿に着く。
     そして、もう一度闇に委ねようとしたものの枷は外れず、隊列から僅かに外れた榛香を、瞬く間に吸血蝙蝠達が取り囲んだ。
    「榛香さん!」
     直ぐに仲間の孤立を警戒していた陽司が海中を強く掻き分け、榛香を引っ張り出す。
     その手足に血の気はなく、陽司は小さな身体を抱えるように引き寄せると、2人を庇うように殿に着いたマギーが眼前の闇を断ち切るように、鋼糸を巡らせた。
    「動ける人はお願い」
    「2人なら何とかなりそうだな、私も援護しよう」
     サーヴァントは全て消失、全員が少なくない傷を負っている。
     糸の結界で敵の動きを牽制するマギーに合わせて、セレスが周囲を凍結させる魔法を織り重ね、迫り来る敵を葬っていく。
    「ほんまにやるせないもんやね」
     周囲を見回すと、他班もかなり苦戦したらしく、皆満身創痍で撤退し始めていて。
     動きが鈍った一群を擦り抜けるように、采は負傷した綾奈と綾音の手を引く。
     そして、一気に浮上した。
    「……さようなら、ウツロギさん」
     ――ああ、また救えなかったのか。
     一瞬。険しい表情を浮かべた矧の硬く握った拳からは、血が滲んでいて。
     すぐに柔和な笑みに戻した矧は陽司に肩を支えられながら海上を目指し、反対側の腕で抱えられた榛香もまた、かつての仲間の冥福を祈るように、瞼を閉じる。
     ――さようなら、と。

     満身創痍の8人と入れ違うように、本隊が破竹の勢いで軍艦島へと突き進む。
     戦いは未だ終わっていない。――けれど、それでも、だ。
     あの悪夢のような戦場を、誰1人欠けることなく、生還することができた瞬間だった。

    作者:御剣鋼 重傷:神崎・榛香(小さき都市伝説・d37500) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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