「ご当地怪人との同盟は、多数決によって否決されたんすよね」
かなり僅差であったと聞いた日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、大きな岐路の前に立った灼滅者達の心労を推し量り、ぺこりと一礼した。
「……兄貴と姉御が悪しきダークネスとの共闘を避けたのは、英断だったと思うんス」
妥当な選択であったと、彼等が導いた答えを噛み締めつつ――蓋し再び持ち上がった翠瞳が精彩を欠いた儘なのは、懸念が拭えぬからであろう。
ノビルは丸眼鏡を押し上げ、
「ただ、ご当地怪人の増援を頼れなくなった現状、アンブレイカブルを吸収した六六六人衆と、連中と同盟を結んだ爵位級ヴァンパイアを同時に相手取るのは至難の技……学園が大ピンチなのは間違いねーっす」
「まさに危急存亡の秋ね」
その危機は、灼滅者こそ痛切に感じているだろう。
彼等が固く唇を引き結べば、ノビルは言を代わって、
「特に、両勢力を結び付けた立役者でもある銀夜目・右九兵衛の兄貴が暗躍する限り、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟は脅威であり続けるッス」
「……あいつは学園の内情を良く知っているからな」
――あいつ。
闇堕ち灼滅者の名を語らぬ口に胸奥を量った彼は、エクスブレインとして更なる情報を足した。
「現在、右九兵衛の兄貴は、六六六人衆との同盟を進める為に、奴等の拠点のひとつに身を寄せているみたいっす」
爵位級ヴァンパイアの勢力下にある右九兵衛については、直接予知は働かないのだが、六六六人衆と接触したことで、その動きを掴むことができたのだ。
「何処だ」
「――田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した、六六六人衆の拠点の旧ミスター宍戸ルームっす」
深い海に隠された『軍艦島』には、戦神アポリアを筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されている。
「戦神アポリア……」
「あきらの兄貴は、爵位級ヴァンパイアとの交渉を担当しつつ、右九兵衛の護衛及び監視も行なう立場にあるみたいっすね」
右九兵衛の護衛と監視に当たる彼を如何するか――右九兵衛の進退の鍵を握るのが戦神であると言っても良いだろう。
ノビルは更に続けて、
「また、田子の浦周辺にはロードローラーが控えており、いつでも援軍を出せる準備をしているっす」
旧軍艦島の海底拠点はかなり規模が大きく、一定以上の戦力を投入しなければ攻略は難しい。
更に、侵入経路が特定される為、拠点を制圧可能な大部隊を派遣すれば、右九兵衛を初め、有力な敵は悠々と撤退してしまう事が予測される。
「旧軍艦島拠点を攻略し、右九兵衛の兄貴を止める為には、緻密な作戦と連携を駆使した精鋭部隊による特殊作戦が必要になるッス!」
「――確実に灼滅しないとな」
失敗は許されないと凛然を増す灼滅者に、こくり、首肯を返した。
「……さて、策戦を練りたい所、今回、ロードローラーは軍艦島に居ないようだな」
「ロードローラーは『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』するみたいっすよ」
ある程度、向こうの戦略は予測できる。
灼滅者がロードローラーの存在に気づき、充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島を蜂起して撤退。
或いはこちらがロードローラーの存在に気づかず、少数の精鋭部隊での強襲を目論んだ場合、分体を増援に送って全滅させる気だ。
「なので今回は、この敵の作戦を逆手に取って、『少数の精鋭部隊での強襲を行い、ロードローラーの増援を発生させた上で、ロードローラー本体を灼滅して分体を消滅させる作戦』を行うッス!」
「ロードローラー本体の灼滅がかなえば、分体が消滅するな……」
「そしたら兄貴と姉御が、分体が消滅した軍艦島を正面から強襲するっす!」
「俺達は侵攻部隊という訳か」
銀夜目・右九兵衛は、戦神アポリアを筆頭とする護衛の六六六人衆と共に、旧ミスター宍戸ルームを拠点としているので、軍艦島侵攻後は速やかに、旧ミスター宍戸ルームを目指して欲しい。
「旧ミスター宍戸ルームには、複数のハンドレッドナンバーが控えており、戦力的には劣勢……」
戦闘開始後は、『勝利』では無く『銀夜目・右九兵衛の灼滅』を執拗に狙い、戦神アポリアに『安全の為に、護衛をつけて右九兵衛を撤退させる』ような判断をさせよう。
「戦神に右九兵衛の撤退を命じさせるのか」
「撤退路の先には、決戦を行う灼滅者チームが向かっているんで、右九兵衛の兄貴を撤退させる事ができれば、役割を果たした事になるッス」
戦神アポリアは、攻撃を仕掛けてきた灼滅者チームを余裕をもって撃退できる戦力を残して、残りの戦力を右九兵衛の護衛にまわすと想定される。
「侵攻部隊の脅威度が高いとアポリアに思わせることができれば、右九兵衛の兄貴に回される護衛が減り、決戦チームが勝利しやすくなる筈っす」
「成程」
右九兵衛が撤退した後も、標的に追いすがる為に戦闘を続けるように振る舞い、決戦チームの存在を悟らせない工夫が必要だ。
「もし、アポリアに『この灼滅者達は陽動で、撤退した右九兵衛を狙う灼滅者が別に居る』と読まれたらアウトっす」
「右九兵衛側に増援を派遣してしまうかもしれないからな」
重要な局面になりそうだ、と両者は認識を合わせた。
先ず以て右九兵衛を撤退させる必要があるが、それには『彼を撤退させなければ、灼滅されてしまう可能性がある』とアポリアに思わせる事が重要だ。
「敵は、戦神アポリアの他に複数のハンドレッドナンバーが控えるほか、護衛としてヴァンパイアの眷属、アンブレイカブル、六六六人衆などもおり、まともに戦って勝利を得るのは難しいっす」
そう、勝利を狙っては危うい戦力だ。
全体の作戦を成功させるに、戦い方を工夫しなくてはならない。
「右九兵衛の兄貴が撤退してから最低でも十分、できれば十五分の間、戦いを引き延ばすことができれば、役割は充分に果たした事になる筈っす」
出来る限り時を稼いだ後は、軍艦島から撤退して欲しい。
「撤退時、右九兵衛の兄貴を別の灼滅者が襲撃している事を教えれば、敵は間に合わないとしても増援に向かう為、安全に撤退できるかもしれないっす」
そう言ってノビルが一息、呼吸を置けば、灼滅者から声が掛かって、
「闇堕ちという手段は考えるべきだろうか」
闇堕ち灼滅者を相手取る今回の策戦に、改めて確認がある。
発言者の心情を推し量ったノビルもまた声色を落とし、
「……多くのダークネス組織が武蔵坂学園を脅威と感じている今、闇堕ちした灼滅者がダークネス組織に取り込まれ、戦力に加えられる状況は続く筈っす」
闇堕ち灼滅者の暗躍によって齎された現況を見れば、その脅威は誰もが知る事実。
「今回の作戦が奏功し、ダークネス組織の幹部となった闇堕ち灼滅者を灼滅する事に成功しても、第二第三の芽を出してしまえば、首を絞められるのは武蔵坂っす」
止むを得ない場合もあろうが、リスクはなるべく抑えておきたい――。
「闇堕ちに頼らず戦い抜くのが理想だな」
「自分は、兄貴と姉御にそれだけの強さと知恵があるって信じてるっす!」
ノビルは、自分の真っ直ぐな視線を受け止めてくれる灼滅者の表情を噛み締めるように、全力の敬礼を捧げた。
参加者 | |
---|---|
天方・矜人(疾走する魂・d01499) |
緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825) |
中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248) |
無常・拓馬(カンパニュラ・d10401) |
緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649) |
東雲・菜々乃(本をください・d18427) |
久遠・赤兎(直前ボス的アサシン・d18802) |
立花・環(グリーンティアーズ・d34526) |
●
拠点防衛の最大戦力であったロードローラーが陥落し、混迷を極める海底に侵攻部隊六班が進軍する。
「敵の防衛ラインは崩壊したようだな」
統御を失えば何と脆弱な――中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)は、大量の血で混濁した海を先行し、
「皆さん、大丈夫でしょうか……闇堕ちしてなければ良いのですが」
漂う死屍の泡沫と消ゆ寂寞を瞳に映しつつ、東雲・菜々乃(本をください・d18427)が墨色の底を目指す。
折に遭遇する残存兵も相当のダメージを負っており、
「陽動部隊は迎撃に当ったダークネスを随分と損耗させたな」
「お陰で疎らに居る個体を駆逐するだけで済みそうです」
天方・矜人(疾走する魂・d01499)は死神宜しく敵兵の最期を摘み、立花・環(グリーンティアーズ・d34526)は敗北を知らぬ狂気を死に手折って、次なる軍庭――軍艦島に上陸した。
行動を同じくする他班と足並みを揃え、秘匿施設に侵入を果たした一同は、内部を巡って深奥へ進むうち、軈て海水を排した区画に到る。
「ここから先が秘密基地……」
濡れ髪を項に送り、辺りを見渡す緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)。
相愛の人と空間を同じくした彼女がそっと柳眉を顰めれば、久遠・赤兎(直前ボス的アサシン・d18802)は優しく声を掛けて、
「みんなで帰って来られるよう頑張ろうね」
僅かな可能性でも信じて尽くさんと、全力を誓う。
これに是を示した仲間達は、目標の場所――旧ミスター宍戸ルームへと疾足を駆るが、
「さっ作戦、成功の、為に、こっ怖いけれど、がっ頑張る……」
右九兵衛や、アポリアを筆頭とする複数のハンドレッドナンバーが邀撃に構えているとあれば、緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)の緊張も当然。
然し無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)は沈着と――否、超然としていて、
「この正念場を越えれば、俺の目指す理想に道が付く」
己が理(みち)に至るには命さえ賭金に過ぎぬか、無音の跫は並ならぬ闇が迸る先へ、迷いなく走った。
●
総勢四十八名の精鋭を嗟嘆に迎えるは、戦神アポリア。
「決死の陽動で妾が好敵手ロードローラーを灼滅するとは殊勝」
彼は灼滅者の奮闘を褒めた一方、戦術には嗤笑して。
「じゃが、その程度の戦力で妾達を殲滅せんとは滑稽至極。己が無力と浅慮に絶望を噛みつつ――死ぬが良い!」
その声を鏑矢に有力なダークネスらが戦端を開けば、須臾、矜人が逸早く爪先を弾いた。
「劣勢大いに結構! 勝ち目の薄い方が燃えるってもんだ」
狙うは一点突破――【聖鎧剣ゴルドクルセイダー】は右九兵衛めがけて灼光一閃。
(「あきら……!」)
久方に聴く声に胸奥は酷く掻き毟られるものの、美影は初動を違えてはならぬと感情を押し殺す。
今は、唯だ今は。「標的」以外に視線を繋ぐリスクを負うべきでなく――、
「裏切り者を始末しに来たよ」
彼女より帯の鎧を受け取った拓馬は、反撃を懼れず鋭槍の切先を捩じ込む。
「ッ、こやつら!」
「狙いは銀夜目か!」
右九兵衛の前に護衛が盾を為すより速く、銀都は赫々たる猛炎に蹴散らして、
「例え天が見逃しても俺達が見逃さないねぇ! てめーの悪事もここまでだっ」
「逃げんじゃねーぞおんどりゃー!」
続く環は、組抜けした構成員を逐うヤクザの如き勢いで【ハモボロスブレイド】の身を伸ばす。
創痍を代わらんと踏み出る護衛ごと貫く鋭撃の応酬は、六班全てが右九兵衛狙い。
「同盟を強固なものにさせちゃいけないから――!」
「ぜっ絶対に、ここで……こっこの場で……」
両脚を踏み締めた赤兎は弾丸の嵐に、翠は鞭剣の撓りに猛風を起こして、右九兵衛を囲繞する取り巻きを銃撃と斬撃に薙いでいく。
菜々乃は、僅かな隙を掻い潜るよう黒瞳を細めて、
「武蔵坂学園の、灼滅者の脅威をお見せしましょう」
「なんやて――」
刻下。
帯の延伸に西の抑揚を楔打った。
断つは同盟の結び目か――皆々が右九兵衛に火線を絞る中、ゲイル・ライトウィンドの容赦ないガトリング掃射が間隙を作れば、琶咲・輝乃が鬼神の怪腕を振り上げ、
「武蔵坂防衛戦での事は覚えているかな?」
「友達を大怪我させた分、キッチリ返させて貰うから」
あれから時を経て、返報の拳を叩き込む。
一班が敵懐に肉薄すれば、続く一班が攻撃圏内に右九兵衛を捉え、弾指の間もなく猛攻を継ぎ、助勢も妨害も許さない。
「君はここで倒さなくちゃならない」
ばいばい、と日向・一夜は標的を黒影に呑み込んで、
「たとえ元学園の仲間だろうと、今の君達はそこらのダークネスよりよっぽど邪悪さ」
陽乃下・鳳花は刺し違えても倒してみせると、双眸は光を射るよう。
その連撃は疾く、殺意は鋭く、
「おお、怖。そない睨まんといてなァ」
右九兵衛は飄然たる物言いに灼滅者の必死を躱すも、躯には確かな爪痕が疾って――。
「……こら、ちぃと拙そうやな」
戒心を巡らせるは、集中砲火を浴びた彼のみに非ず。
「考えたのう……。主等の真の目的は、銀夜目の命か」
この場に居るダークネスの撃滅は敵わぬ戦力も、全て右九兵衛に傾注されては危うかろう。彼の警護と監視にあたる戦神は、鞘より冴刀の煌きを暴いて、
「させる訳にはいかぬな」
銀刃一閃、惨澹たる衝撃波にリキを、備傘・鎗輔を、ノエルを薙ぎ払った。
鮮血が空を躍る中、彼は右九兵衛に視線を遣って、
「銀夜目は護衛を引き連れ例の通路より撤退せよ。残る者達は、こやつらの殲滅じゃ」
同盟を守らねばならぬ――目的を同じくする者同士、径庭は無い。
「ほな、そうさせて貰いましょ」
おおきに、と壁を這った手は、『HTK』の三文字を刻んだ無駄に派手なプレートを押し込み、
「ベッタベタな仕掛けやなぁ。そいじゃあまたな」
鈍い音を立てて動き出した隠し扉にツッコミを入れつつ、現れた通路に身を隠す。
いつかと同じ科白を置いて去る影には、戦神の指示を受けた護衛が続き、
「逃がさない! ここで逃げられたら、もう助ける事も出来ないじゃないか……!!」
「今ならまだ追いつける! 先行するよ!」
押出・ハリマが、無堂・理央が、鋭い声に仲間を連れて後を追った。
無論、アポリアがそれを許す筈ない。
即座に追撃する二班を目の端に捉えた戦神は、直衛の六六六人衆に眴(めくわせ)して五体を増援に送り、通路に蓋をする形で、灼滅者達の背後を塞がんとする。
隘路で挟まれた彼等は袋の鼠と言った処か――戦神が漸う口端を持ち上げた刹那、スカルコートを翻した矜人が采配の手を阻んで、
「おっと、待てよ。更に此処の兵を割くつもりか?」
「私達も見くびられたものですね」
言を継いだ菜々乃は、縛霊手を翳すや忽ち結界を構築し、躓きを付す。
アポリアはスッと邪眼を細めて、
「ほう。妾にも刃を向けるか」
それは「あれだけ執拗に狙っていた右九兵衛を追わぬのか」という意味であろうか、「武蔵坂の裏切り者は妾もか」という意味であろうか――蓋し拓馬は飄然と答えて、
「司令塔の阻害は団体戦の基本だろう?」
情報伝達の要を落とすは定石と、一連の行動に合理性を与える。
成程、見ればこの場に残った四班のうち二班は周囲の護衛ダークネスを引き受け、増援となり得る数を減らすよう。
ギィ・ラフィットら別班は、当班と時を同じくしてアポリアに肉迫しており、
「これ以上、増援はさせないぜ。ぶちのめす!」
「戦力的には劣勢だが、お前を灼滅すれば後は烏合の衆。此処で討ち取らせてもらう!」
ガンナイフの銃爪を引くヴォルフ・ヴァルトは、その足を射抜かんとするに容赦ない。
指揮を脅かす連撃に、アポリアは呆れた様に一息を置いて、
「寡い戦力を更に分け、各個撃破される愚を犯すとは大概じゃのう。銀夜目への増援の阻止とは言うが、あの程度の灼滅者達ならば、先に送った戦力で十分じゃろうて」
吃、と睨める灼滅者を眺め見た灼眼は紅く赫く、肉食獣を思わせる笑みを浮かべた。
「特別じゃ。お主達は妾自らじっくりと嬲り殺しにしてやろう。銀夜目の援護は、その後でも問題なかろうしな」
――乗った!
繋がれた凶眼に灼滅者らは密かに口角を持ち上げ、それと同時、武者震いする。
戦神がジリ、と靴底を踏み締めるや、剣戟が、魂の叫びが、閃光と爆ぜた。
●
アポリアに真の目的を悟らせぬ為の、長く時を稼ぐ為の、説得。
其は策戦の一であったが、救いたいと思う心に偽りは無く――、
「たっ助けに、来ました」
「こちとらヒーロー張ってんだ、人助けがお仕事ってなァ!」
翠は右翼より巨杭の衝撃を、矜人は左翼より赫光の雷拳を繰り出し、敵懐に迫る。
然し双翼の羽撃きも、戦神には涼風の戦ぎか、
「裏切り者を討ちに来た者が、別の裏切り者は救うと?」
嫣然を添えて両断すれば、衝撃は髪を梳るのみ。
冴ゆる刀は冷たく嗤う様で、急所に沈む切先には一縷の慈悲もなく、他班も含めた嘗ての仲間を極上の馳走と屠っていく。
「体力しか取り得がねーんだ、守りは任せろ」
銀都は【逆朱雀】を構えて義気凛然、多く創痍を代わって、
「私は救出を助けませんが、説得の邪魔もしません」
菜々乃は白磁の指に光を紡いで皆々の流血を慰めるが――現実、損耗が上回る。
先代を継いだ戦神は、その名に恥じず強靭で、
「刮目して視よ! 我は戦神、絶望の魔神なり!」
禍き怨念を纏った左拳は、ノワールの装甲を貫くや心臓部を握り潰し、開けば闇黒の魔弾を撃ち出して、庇い出たプリンを目障りとばかり掻き消した。
サーヴァントらが狭霧と消ゆ中、翠は震える手に「怖くない」と言い聞かせ、
「かっ帰る所と、待ってる、人の、たっ為に……」
その両方を満たす掛け替えのない――美影の一撃を援護する。
闇の奥に尚も「あきら」を見る瞳は真っ直ぐ、地を這う影に躯を縛って、
「もう夏も終わっちゃうよ? そろそろ目を覚まさないと……本気で怒るよ?」
「ナノナノッ」
魂の欠片がぴっと手を上げる。
優しい声が震えるのを聴いた赤兎は、熱き光条を添えて言を足し、
「美影ちゃんがクラブで辛そうにしてるの、見てられないよ……」
愛し人の居ぬ寂しさを幾日と耐えたか、翳る顔を見守った友とて想いは同じ。
然し戦神は神速の抜刀に捕縛を断って、
「貴様も灼滅者たれば、己が手で未来を求めよ」
「……っ」
相愛の人を「灼滅者」と突き放し、視る世界の別なるを示す。
三者の連携を凌いだ戦神は、刹那、身を低く斬り上げた拓馬の聖剣を抜身で受け、剣十字を間に口を開き、
「妾が武蔵坂に戻らずとも『共存』はできよう」
「……六六六人衆との同盟の話だね」
先の提案と、その顛末を共有した両者が僅かに笑みを交す。
「そも、妾は既に『答え』を受け取っているのじゃがな」
袂を別ったのは貴様等の方だと、狂刃が咽喉を目指せば、環は漆黒の霧に戦友を隠して、
「こいつのおかげで、罪人とはいえ何人の一般人を見捨てることになったのか」
硝子を隔てた紫瞳は、強い敵意を露にする。
罪人を見捨てたのは己、自己責任だと理解ってはいるが、ふざけた提案を持ってきた奴は――許せない。
救出を望む声がある一方、灼滅を狙う殺意は他班からも放たれ、血宴を躍る凶邪を見る赤兎に焦りが滲む。
「あきらちゃん……もう、戻らないの……?」
「俺を置いてかないで……一緒にいてよ、あきら!」
思い出の【赤い猫のバレッタ】を身につけてきた美影も、闇に呑まれた彼は遠く、遠く。
咽喉が焼けるまで叫び、指先が悴むまで正気を手繰った攻撃は届かぬか――ならばと環は灼滅に向けた攻勢に転じ、
「余燼の燻りを消す為なら、共に灼かれても構わないくらいですよ」
つぶらな目のハモを泳がせ、執拗に絶影を追う。
「良い覚悟じゃ。何と屠り甲斐のある」
機動の要である腱を捕われた戦神は、感情の絆が呼ぶ渾身の一撃に眼を開き、
「俺の正義が真赤に燃えるっ、正義を示せと無意味に叫ぶっ、くらいやがれ、必殺! 魂のど根性ふぁいあーっ」
「戦神より死を賜ったこと、黄泉にて誇るがいい!」
炎の怒涛に肌を灼きつつ、業火を纏った腕をその儘、刀を翻して銀都を屠った。
牡丹の花を散らす如く――血が炎と躍れば、戦神は褒美とばかり返す刀に、
「中々に楽しませてくれる。主らの覚悟、聢と受け取ったぞ」
「――最期まで脅威と思わせる、それが役目ですから」
弓張月と疾る閃きを、今度は菜々乃が全身で受けきった。
繊麗なる躯に逆袈裟に食い込んだ斬撃は、美し白皙を朱に染めて沈ませ、漸う遠くなる視界の先に、天翔る双槍を映す。
拓馬と矜人だ。
「俺の命も賭けよう。――なに、然程惜しくないんだ」
「ここに来れなかった奴らの想いも籠めて叩き込む! ――スカル・ブランディング!!」
諸行無常と、二旗のカタルシスを背負う鎧武者は冴刀を横一文字に、熱き魂の叫びに胸元の不死鳥を輝かせた雄渾は、多節棍の墜下に魔力の全てを解き放つ。
「――笑止!」
凄まじい波動が突き上げた瞬間――、笛の音が鳴った。
●
堅牢なる楯を砕き、強健なる鉾を折り。
全てのサーヴァントを霧散させ、前衛四名を地に転がした戦神は、肩で息をするも尚、余力ある笑みを浮かべていたが、
「もうじき、投げられた賽の目が決まる」
「なに――」
全装備を破壊し、全裸となった拓馬の声に弾かれた灼眼は、隠し通路より戻ってきた二班を捉えて息を呑む。
「――!」
血溜りに膝折った矜人は、眼窩に緋炎を灯した儘、事実を知らしめ、
「今頃、右九兵衛は通路の出口で待ち伏せしていた仲間と戦っている」
「へへ……作戦の第四段階まで強引に持ってってやったぜ……」
ごろり、大の字になった銀都は、未だ光を失わぬ琥珀の瞳を流し目に、戦神の震える刀の切先を見て言った。
携帯にタイマーをセットしていた菜々乃こそ、バイブレーションを受け取った時点で成功を確信していたろう、
「私達の方が一枚上手でしたね」
――戦神を弄せり。
傷負った花顔に滲む麗笑が、敵に手痛い失態を突きつけた。
直ぐさま通路へと向かう爪先に、赤兎は躊躇いがちに声を掛けて、
「今から阻止に向かっても間に合わないよ……?」
一瞥もくれず去る背を見送った美影は、
「顎先で使われて御守り役……遅い助太刀に向かえばいい……」
あきら、あきら、と胸は千切れるのに、桜脣はあらぬ言を紡いで、心の均衡を保つよう。
環は応急の回復を配りながら淡然と言ちて、
「同盟の立役者を守れなかった責任は重大。今後の身の振り方に気を付けた方が良い」
笛を鳴らした久成・杏子らの班が殿として動けば、翠は積極的に肩を貸して速やかな撤退を手伝う。
「あっ翠は、男の子だから……おっお兄ちゃん達を、支えるの……」
多くの負傷者を出したものの、作戦は無事に繋いだ。
仲間の覚悟を継いだ一同は、最後の仕事を果たす仲間達に結果を預けて、激闘の旧ミスター宍戸ルームを後にした。
作者:夕狩こあら |
重傷:中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248) 東雲・菜々乃(本をください・d18427) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年8月31日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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