右九兵衛暗殺計画~The Trickster

    作者:西灰三


    「ご当地怪人との同盟の決断お疲れ様。……ご当地怪人もダークネスだし、何しでかすかわからないしね」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)は先日のご当地怪人との交渉の結果に触れる。それは次に彼女が説明する作戦につながるものだからだ。
    「だけどご当地怪人の援軍がない状態だと、アンブレイカブル・六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟軍を同時に相手をするのは、多分今までのどんな戦いよりも厳しくなるはずだよ。武蔵坂学園がなくなってしまうかも知れない」
     クロエは努めて冷静に話そうとしているが、声の震えは隠しきれていない。
    「だから、同盟を取り持っている敵を灼滅してほしいんだ。……闇堕ちした銀夜目・右九兵衛。このダークネスを倒さない限り六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟は、ボクたちに危機であり続けるから」
     彼女の声音はここで揺らがざるものとなる。
    「今、銀夜目・右九兵衛は六六六人衆との同盟を進めるために彼らの拠点の一つに身を寄せているんだ。勢力的には爵位級ヴァンパイアだから本来はわからないはずなんだけど、六六六人衆と接触してるから動きを掴めるようになったんだ。で、予知によると田子の浦の海底に沈んでいる『軍艦島』を改造した、六六六人衆の拠点の旧ミスター宍戸ルームに拠点を構えているみたい」
     そしてその拠点やその付近にはもちろん右九兵衛以外も存在している。
    「まずは交渉を担当している戦神アポリア。護衛と監視も兼ねているみたいだね。他のハンドレッドナンバーも護衛として何体か。それに加えて田子の浦周辺にはロードローラーがいていつでも援軍を出せるように準備しているみたい」
     敵の基地である以上、戦力の層が相当に厚い。
    「旧軍艦島の海底拠点は規模が大きくて、適当な戦力を投入しないと攻略は難しいよ。だけど侵入経路が特定されているから、大部隊を送り込むと右九兵衛やそれ以外の有力な敵が簡単に撤退しちゃう。だから旧軍艦島を攻略して銀夜目・右九兵衛を灼滅するためには緻密な作戦と連携を駆使した精鋭部隊による特殊作戦をしなきゃいけない。みんななら出来るよね」
     そこまで説明してから、クロエはここにいる者たちが行う作戦について説明を始める。
    「皆に実際にやってほしいのは銀夜目・右九兵衛の灼滅。けれど、その前にロードローラーの事も関わってくるから説明するね」
     敵の布陣にも意味があるという。
    「今回ロードローラーが軍艦島にいないのは、『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』するつもりだからみたい。ロードローラーの存在に気づいて十分な戦力で攻めれば軍艦島を放棄して撤退。気づかずに少数の精鋭部隊で攻め込んだら分体を増援として送り込んで挟み撃ちにして灼滅者達を撃破……みたいな事を考えているんだと思う」
     即座に戦力を増やせるロードローラーの強みを活かした戦法であるといえるだろう。
    「けど今回はこれを逆手に取って、少数の精鋭部隊で強襲を行ってロードローラーの増援を誘発させた上で本体を灼滅して分体を消滅させる作戦をするんだ」
     この流れを踏まえた上でと彼女は説明をする。
    「みんなにはロードローラーの灼滅に成功した後、正面攻撃部隊が軍艦島を強襲して敵の目がそちらに向いた隙に、予知で見つけた右九兵衛の撤退路の出口へと向かって伏兵になってもらうよ。正面攻撃の部隊が右九兵衛を撤退させることができれば、ここに出てくるから襲撃して灼滅して。……もし倒せなければ、ボク達は絶体絶命に陥っちゃうから」
     六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟軍の攻撃を耐えるのは余りに厳しすぎるだろう。
    「右九兵衛が脱出してくるタイミングや護衛の戦力、増援の有無は正面攻撃の人達の頑張り次第で変わってくるよ。右九兵衛自体はハンドレッドナンバーのアポリアとかに比べれば、そこまで強力なダークネスじゃないけど護衛の数次第では戦力的に厳しくなるかも知れないね」
     想定される戦況には未知数な所が多い。どのような状況が待ち受けていても必ず灼滅できるように態勢を整えておく必要があるだろう。ただそれに対してクロエが一つ言葉を挟む。
    「銀夜目・右九兵衛は闇堕ちした灼滅者だよ。こんな相手を増やさないように、できるだけみんなには闇堕ちせずにこの作戦を成功させてほしいんだ。……ごめん、厳しい戦いになると思うけど、お願い」
     右九兵衛を始め、アポリアやロードローラーも元は武蔵坂学園の灼滅者だ。ダークネス組織が武蔵坂を脅威と感じている今、闇堕ち灼滅者は彼らから見れば喉から手が出る程の存在だろう。
    「銀夜目・右九兵衛は言葉一つで状況を引っ掻き回してきたダークネスだよ。だから言葉に惑わされないで。逃さずに必ず灼滅してね。そうすればきっと次に繋げられるから。それじゃ、行ってらっしゃい」
     クロエの眼差しは、まっすぐに灼滅者達を見ていた。


    参加者
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    エイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    戦城・橘花(なにもかも・d24111)
    灰慈・バール(慈雨と嵐の物語・d26901)
    ルイセ・オヴェリス(白銀のトルバドール・d35246)

    ■リプレイ


     通路の中を湿った空気が満たしている。それが風にならないのは本来ならここが秘された道だからだろう。リーファ・エア(夢追い人・d07755)はこの息苦しい場所で身を屈めている。それはここに来るであろう相手を待ち受けるため。
    (「銀夜目・右九兵衛……」)
     咬山・千尋(夜を征く者・d07814)が心の中でその名前を呼ぶ。元武蔵坂学園の生徒にの時の名前を使っているのに何か意味があるのだろうか。彼女の視線がふと猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)に向く。
     志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)も気になっていたのだろう。千尋が彼女の視線にも気付くと自然と互いに視線を外した。見続ける気まずさもあったが、それ以上に当の仁恵本人がここにいることが自然であるような雰囲気を伴っていたから。
     むしろ他の仲間達の方が戦意が満ちているように感じる。無論これから奇襲を仕掛けようとする時に隠せない者たちではない。ただ、必ず倒すという情念は彼ら達の方が強く持っているように思えた。
     武蔵坂防衛戦の際に邂逅した戦城・橘花(なにもかも・d24111)を始め、灰慈・バール(慈雨と嵐の物語・d26901)やエイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)には覚悟ですら見え隠れしている。
    (「いざとなったら……」)
     ルイセ・オヴェリス(白銀のトルバドール・d35246)は覚悟を持ちつつ、その次の事を視野に入れている。無論そうなることは避けたいところではあるが。それでも他の戦場がどうなっているか分からない以上、目的を達成するためになさねばならない時もある。
     近くには同じく右九兵衛を倒すために控えている別の班の者達がいるはずだ。彼らの中にも覚悟を決めて臨んでいる者もいるのだろう。息を潜めてその時を待っていると、遠くから複数の足音が聞こえてくる。灼滅者達は互いに目を配り、意識を引き締める。そして足音の主、銀夜目・右九兵衛とその護衛の3体のダークネスが自分達の目の前を横切ったところで弾けるように飛び出した。


     灼滅者達の奇襲に右九兵衛は即座に護衛に指示を出し、自らを守らせる。だが三方からの突然の攻めに対してはこれが限界であり、彼の足を完全に止めることに成功する。
    「ようやく出会えたな」
     バールが護衛のデモノイドの向こうで控える右九兵衛を睨めつける。
    「『ここがお前の墓場だ』、とか誰かゆうてくれへんかなあ。『冥土の土産に教えてやろう』でもええで。そやったら、生き残るフラグが立つんやけど」
     ニヤニヤと笑っているのが異形と化していても分かる。即座にその笑みを止めようと千尋がオーラキャノンを右九兵衛に放つが、デモノイドの青い巨体が遮って届かない。
    「狙うは、『右九兵衛』! 道を開けられよッ! 忍法黒死斬!」
     壁となっているデモノイドの懐に飛び込んでエイジが両腕を揃えて振るえば、大きな刃で切られたような傷が敵に生じる。だがその程度で相手の動きは止まらない。
    「今度はうまくいくと思うな!」
     かつて武蔵坂防衛戦の最中で、決定的な裏切りをしでかして見せた相手だ。純粋に戦う状況になっているここで決着をつけなければならないと橘花は爆導索を伸ばす。
    「このラストチャンス、無駄にはしません!」
     右九兵衛の通ってきた道の向こうでは、藍の恋人を含む多くの灼滅者達が奮戦しているはずだ。それはここに居る自分達のために道筋を付けるため。彼女らが負けるわけには行かないのだ。
    「クカカカカ……。昔の仲間をよってたかって大人げない。イイモンのすることやないなあ? ん? ほんと、ダークネスとなあにが違うんやろ」
     後方から閃光とともに嘲るような言葉を垂れ流す右九兵衛の攻撃をリーファが赤い剣を構えて仲間から守る。
    「いい加減貴方の言葉に翻弄されるのも嫌ですので、ここで灼滅させてもらいますよ」
    「にべも無いのう。そんなんやええ人見つからへんで」
     そんな右九兵衛に対し、仁恵は静かに声をかける。
    「ダーリン元気してましたか。暫く会わねー内に随分偉くなりましたね」
    「ハニー、ワイはすこぶる健康やで。ええ上司に恵まれて毎日が忙しいところや」
     言葉だけ取れば平和な関係にも見えるが、二人の間に灼滅者とダークネスという狭くて広い断絶が横たわっている。
    「君は諦めが悪いんじゃねかったんですか。何悪い保身してんですか」
    「ほら、今のワイ見てみ? 諦め悪いんで生き残るため頑張っとる」
     確かに今の右九兵衛は灼滅者である彼女達の猛攻を振り切ろうとするために諦めが悪く戦っていると言えなくもない。
    「……つまり、ここでの策はもう無い」
     ルイセは今の会話からそう判断し、デモノイドの攻撃によるダメージを癒やして行く。そして今の状況を見る限り、決して不利な状況とは言えない。可能性としてはより多くの相手を同時に相手取る状況もありえたのだ。
    「いややわあ、本当にどっちがワルイやっちゃろ」
     雑音と化した右九兵衛のぼやきを聞き流しながら、灼滅者達は壁となるデモノイドと右九兵衛に攻撃をデモノイドに仕掛けていく。


    「もうちょい手加減してええんやで?」
    「残念ですが、私は他の人ほど優しくは無いですから。ただ、淡々と倒すべき一人のダークネスとして貴方を処理しましょう」
     リーファが淡々と射撃攻撃を重ねていく。灼滅者達の攻撃が全て届くわけではない。だがそうだとしても、右九兵衛は三方から放たれる攻撃に対して無傷でいられるわけではない。それは彼らから見えるデモノイドだけではなく、他の班が当たっているダークネスも防衛に徹しているがゆえに。
     だとしてもこれだけの灼滅者を前にして、この戦力比は右九兵衛にとって心許ないだろう。ここまで持ち込んだ外の灼滅者達が上手く作戦を運び得られた結果だ。傷だらけのデモノイドからの攻撃を受け止めて、仁恵は敵の肩越しの彼を見遣る。
    「これが武蔵坂学園の仲間との絆の力、私の全力見せて差し上げます!」
    「よう言うわ。ワイは知っとるで? 宍戸のおっさんとの交渉の時に何があったかくらいはな?」
    「黙りなよ」
     風の刃とともに放たれた藍の言葉を嘲る敵に、千尋は短い言葉と影の蝙蝠を放つ。
    「いまさらそんな戯言でボク達は止まらないよ」
     心の暴走を止めるような標識を黄色に染めて、ルイセは仲間達が戦い抜けるように援護を行う。ここで血気に逸って右九兵衛を取り逃がすわけには行かない。それはこの場にいる全員の思いそのものだった。
    「俺達は貴様を倒すためにここまで来た。覚悟はしてなくても良い」
     腐食性の液体を砲弾としてバールは放つ。全員がこの意思で来ている以上、彼が攻め立てられるのは必然とも言えた。
    「うおっとと! もう少しくらいまけてくれへん?」
    「ここで負ければ失敗みたいなもんだ! 出来るものか!」
     橘花はかつてしてやられた事を噛み締める。確かにあの時は学園を守りきった、だがあの場にいた自分の作戦は満足できるようなものではなかった。だからこそ彼女はここであの時の清算をしなければならない。黒白の槍から氷礫を放ち決着を急ぐ。その時、戦場が動いた。護衛の一角が崩れ、堰き止めていた水が回りを砕きながら流れるようにその相手をしていた灼滅者達が右九兵衛に殺到していく。
    「ジョン! 拙者達も続くでござる!」
     エイジが霊犬をけしかけて、己も追撃をデモノイドに行う。目の前の相手さえ突破できれば王手をかけることも、そしてその先も得られるだろう。彼らの2つの刃が閃けば青い巨体は崩れ落ちる。巨体が消え去った時その場に残っていた敵は一体だけになっていた。


     ここに来て決着はほぼ付いたと言っていいだろう。自らを守るものは無く、退路もなく、そして打破するための力もない。初撃で壁に叩きつけられた右九兵衛を、ほぼ同時に護衛を撃破したもう片方の班と挟み込むように追撃していく。そこに灼滅者達の容赦は一片たりとも介在しない。
    (「せめて、楽に死ねるように」)
     藍の脳裏に眼鏡の人物の姿が通り過ぎる。微かな痛みを今は飲み込むべきと拳を突き出す。ここに居る嘲りを伴う敵は、彼ではない。
    「全く、困ったもんだ」
    「悪いが、ここでお別れだ。口の軽い奴を、許してはいけないんだ」
     橘花の爆導索とバールの『歴史の終焉』が、反対側の攻撃とともに突き立てられる。そして殺人鬼の士元の拳が深く、深く右九兵衛の身体に突き刺さる。あっけなく、そして当然の様に彼が膝をつく。
    「……終わった? ……!」
     不意にルイセの言葉がこぼれ落ちる。だがその一瞬に右九兵衛の腕が持ち上がる。明確な攻撃の意思は見えるが、注意の言葉は間に合わず誰も動けない。――彼女を除いて。
     ……右九兵衛の攻撃が天井を撃った。士元は弾かれて少し離れている。そして力尽きて横たわる彼の隣には仁恵がいた。
    「――――――――――」
    「―――」
     誰にも聞こえない小さな会話。そっと押し付けられる羊の十字。消えていく右九兵衛の体。
    「……さようなら、右九兵衛さん」
     やるべきことが終わったのを確認し、リーファは武器を収める。これで六六六人衆と爵位級ヴァンパイアとの関係に大きなダメージを与えることが出来ただろう。
    「――これも、定め」
     瞑目したエイジの言葉を耳にして千尋は唇を噛み締め拳を爪が刺さる強さで握る。あの時、黒の王達さえ来なければまた違った結果を迎える事があったかもしれない。自らの戦うべき、定められた敵を滅ぼさんと彼女は誓う。
     こうして、運命の戦いは幕を閉じる。バールは剣をしまう。
    「さようなら、裏切り」


    「……まだご飯作って貰い足りないですよ。まだ話足りねんですよ」
     彼女の口から誰も聞くことのない言葉が零れ落ちた。脳裏に浮かぶのは最期の――。

    『うくべーちゃん、合鍵まだ持ってますよ』
    『ね、またご飯食べたかったですね』
    『さ、一緒に帰りましょう』

    『――しゃあないなあ』

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 20/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 16
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