右九兵衛暗殺計画~命懸けのハッタリ

    作者:J九郎

    「……みんなも知っての通り、ご当地怪人との同盟は結ばないことになった」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……ご当地怪人はああ見えても邪悪なダークネスであることに変わりはないから、同盟を断ったことは賢明だったと思う。これは間違いなく事実」
     でも、と妖は付け加える。
    「……その結果、ご当地怪人の援軍が無い状態で、アンブレイカブルを吸収した六六六人衆に加えて、その同盟相手である爵位級ヴァンパイアまで同時に相手にする事になった。これもまた事実」
     元々強大な3つの種族を同時に相手取ることは至難であり、武蔵坂にとって最大級の危機といっても過言ではないだろう。
    「……特に、武蔵坂学園の内情を良く知っていて同盟の立役者でもある、銀夜目・右九兵衛が暗躍してる限り、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟は脅威であり続けるはず」
     現在、銀夜目・右九兵衛は、六六六人衆との同盟を進める為に、六六六人衆の拠点のひとつに身を寄せているようだ。
    「……爵位級ヴァンパイア勢力の右九兵衛については、本来サイキックアブソーバーを使って予知する事はできない。……けど、六六六人衆と右九兵衛が接触をもったことで、その動きをつかむことができた」
     その予知によれば、右九兵衛は田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した六六六人衆の拠点の旧ミスター宍戸ルームに拠点を構えているらしい。
    「……軍艦島には、戦神アポリアを筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されてるみたい。……特に戦神アポリアは、爵位級ヴァンパイアとの交渉を担当しつつ、右九兵衛の護衛及び監視も行なってるようなの」
     さらに、田子の浦周辺にはロードローラーが控えており、いつでも援軍を出せる準備をしているという。
    「……旧軍艦島の海底拠点はかなり規模が大きいから、それなり以上の戦力を投入しなければ攻略は厳しいはず」
     更に、侵入経路が特定される為、拠点を制圧可能な大部隊を派遣すれば、右九兵衛を初め、有力な敵は悠々と撤退してしまう事が予測されるのだという。
    「……旧軍艦島拠点を攻略し、銀夜目・右九兵衛を灼滅する為には、緻密な作戦と連携を駆使した精鋭部隊による特殊作戦が必要になる」
     なお今回、ロードローラーが軍艦島に居ないのは『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』する為のようだ。
    「……もしこっちがロードローラーの存在に気づいて充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島を放棄して撤退。逆にロードローラーの存在に気づかず少数の精鋭部隊で強襲しようとすれば、分体の増援を送って灼滅者を全滅させる心づもりなんじゃないかと思う」
     そこで今回は、この敵の作戦を逆手に取って、少数の精鋭部隊での強襲を行い、ロードローラーの増援を発生させた上で、本体を灼滅して分体を消滅させる作戦を行うことになる。
    「……それでみんなには、ロードローラーの灼滅に成功した後軍艦島を正面から強襲する侵攻部隊になってほしい。……右九兵衛は、戦神アポリアを筆頭とする護衛の六六六人衆と一緒に、旧ミスター宍戸ルームを拠点としてるから、軍艦島侵攻後は急いで旧ミスター宍戸ルームを目指して」
     旧ミスター宍戸ルームには、複数のハンドレッドナンバーが控えており、戦力的には灼滅者側が劣勢となるという。
    「戦いが始まったら、勝つことじゃなく無く『銀夜目・右九兵衛』の灼滅をとにかく狙って。その結果戦神アポリアに『安全の為に、護衛をつけて右九兵衛を撤退させる』ように判断させられれば大成功。……撤退路の先には、右九兵衛と決戦を行う灼滅者チームが向かってるから、右九兵衛を撤退させる事ができれば、役割を果たした事になる」
     右九兵衛の撤退時、戦神アポリアは攻撃を仕掛けてきた灼滅者達を余裕をもって撃退できる戦力を残して、残りの戦力は右九兵衛の護衛にまわすと想定される。
    「……でも、みんなの脅威度が高いとアポリアに思わせることができれば、右九兵衛の護衛が減って、決戦チームが勝利しやすくなるはず。……だから、右九兵衛撤退後も、撤退した右九兵衛に追いすがる為に戦闘を続けるように振る舞って、決戦チームの存在を悟らせないようにして。……もしアポリアが『この灼滅者達は陽動で、撤退した右九兵衛を狙う灼滅者が別に居る』と考えれば、右九兵衛側に増援を派遣してしまうかもしれないから、充分気を付けて」
     そこまで一息で説明すると、妖はいったん言葉を切って深呼吸した後、再び口を開いた。
    「……右九兵衛が撤退してから最低でも10分、できれば15分の間、戦いを引き延ばすことができれば、役割を充分に果たしたことになると思う。……その後は、軍艦島から無事に撤退してきて。……撤退する時に、右九兵衛を別の灼滅者が襲撃している事を教えれば、敵は間に合わなくても右九兵衛の増援に向かうはずだから、安全に撤退することができるかもしれない。……とても厳しい戦いだけど、みんなが闇堕ちを出さずに無事帰ってきて初めて作戦成功だと思ってる」
     例え作戦が成功して、右九兵衛やアポリアといったダークネス組織の幹部となった闇堕ち灼滅者を灼滅する事に成功しても、第二第三の右九兵衛を出してしまえば、意味はないから。
     妖はそう言って話を締めくくり、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    セラフ・ジェヴィーチ(ヴァローナ・d10048)
    日向・一夜(蒼界ラプソディ・d23354)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)
    アリス・フラグメント(カタパルトクィーン・d37020)

    ■リプレイ

    ●突入!
    「さて、はじめりゅとすりゅかの」
     田子ノ浦湾に浮かぶ船上で、シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)はそう呟くと、仲間達と共に海に飛び込んでいった。
     目指すは海底に沈む軍艦島、そしてその奥にある旧ミスター宍戸ルームだ。
     彼らを迎え撃つように、海底から何体かのダークネスが浮上してきた。だが、彼らは既に一様に傷つき、弱っている。
    「先に突入していった陽動班が、いい仕事をしていってくれたようですわね」
     セラフ・ジェヴィーチ(ヴァローナ・d10048)が、正面から向かってくるデモノイドに先制の氷塊を放てば、
    「言ってみれば私たちのコレもまた陽動。忍者らしくクールにお仕事、しましょうか」
     ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)は消音拳銃『B-q.Riot』で弾幕を展開し、接近するダークネス達の出鼻を挫く。
    「このデモノイドの中には、強制的にデモノイド化された朱雀門の生徒もいるんっすかね……」
     デモノイドの剛腕を縛霊手『宿儺』で受け止めた押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)が、複雑な表情を浮かべるが、
    「そうだとしても、僕たちのやることは変わらない」
     彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は、自身の迷いを断ち切るように黒塗りの錫杖『寂静』を振り抜き、デモノイドを切り裂いた。
    「あくまで目的は右九兵衛だからね。こんなところで手間取ってるわけにはいかないさ」
     陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)も続いてオーラの塊をデモノイドに浴びせかけ、
    「ならば、ここで余計な怪我をするわけにはいかないね」
     日向・一夜(蒼界ラプソディ・d23354)は仲間達に順番にダイダロスベルトを鎧のように巻いていく。
    「見えました、軍艦島です」
     アリス・フラグメント(カタパルトクィーン・d37020)が片眼鏡越しに軍艦島を目視した頃には、迎撃に来ていたダークネスをほぼ撃破することに成功していたのだった。

    ●強襲!
    「決死の陽動で妾がライバル・ロードローラーを灼滅とは、流石はその手に未来を求めし灼滅者達じゃのう。じゃが、その程度の戦力で此処に集った妾達を殲滅するのは不可能じゃ。お主たち自身の無力と浅慮に絶望しながら死ぬが良い!」
     旧ミスター宍戸ルームに辿り着いた6チームの灼滅者達に対して、戦神アポリアは不敵にそう言い放った。室内にいるのはアポリアとその護衛のダークネス達。そして、
    「見つけたよ、右九兵衛! ここでキミを討つ! たとえここで倒れようとも、悔いはないさ!」
     ダークネス達の中に銀夜目・右九兵衛の姿を認めた鳳花が叫ぶ。
     その時には、既にゲイル・ライトウィンドの放ったガトリングガンの容赦ない射撃が、右九兵衛に降り注いでいた。
    「標的A、及びBを確認。排除開始します」
     他のチームが右九兵衛に続けざまに攻撃を開始する中、ジンザも動いた。右九兵衛がこちらに注意を向けるよりも早く、魔法の矢を放つ。
    「ちなみに、どっちがAでどっちがBかは、教えません」
     相手を惑わすその一言。だが右九兵衛を護る護衛達は、ジンザの言葉に取り乱すこともなく、肉壁を形成して右九兵衛の代わりに魔法の矢を受け止める。
    「ばいばい、右九兵衛。君はここで倒さなくちゃいけない」
     続いて、一夜の放った影が、ジンザに気を取られていた右九兵衛を包み込んでいった。
    (「本当は皆、助けたいけど。でも、助けられないから」)
     その言葉は飲み込んで。一夜は護衛には目もくれず、ただ右九兵衛を狙う。
    「こいつら、狙いは銀夜目か!」
     灼滅者達の狙いに気付いた護衛達が、右九兵衛を守るように動きを変えた。
    「気じゅかれたか。すまにゅが同盟を強固にされりゅわけにはいかにゅでの」
     それでも、シルフィーゼの狙いは変わらない。スカートをはためかせながら、右九兵衛に続けざまに蹴りを仕掛けていく。
    「拙者達を無視するとは!」
     アポリア配下の忍装束の六六六人衆達が、灼滅者達を薙ぎ払わんとするかのように次々と刀を振るい衝撃波を放った。
     咄嗟に仲間達の前に立ちはだかった鳳花とハリマ、そしてさくらえだったが、その威力は想像以上で、3人ともあえなく吹き飛ばされてしまう。それでも、
    「たとえ元学園の仲間だろうと、今の君たちはそこらのダークネスよりよっぽど邪悪さ。ならば、果たすべき役割は一つ――刺し違えてでも倒すさ」
     鳳花は小さな体をばねにして、素早く態勢を立て直し、
    「救えないなら、これ以上被害を広げる前にここで……!」
     ハリマは、霊犬の円に傷を癒してもらいながら、両足に力をこめて立ち上がった。
    「どんなに厳しくとも、導き出されたチャンスと未来。掴み取る為の全力を尽くさなければね」
     さくらえもまた、エクスブレインの立てた作戦を信じて、力を振り絞り、
    「成功させて、全員で帰ろう」
     『連理』の指輪をした左手で、忍ばせたお守りに手を当てて。あえて仲間達に笑んで見せる。
    (「銀夜目さんの友人や大切な方は今も諦めていないのでしょうね」)
     アリスは癒しの力を矢に込めてさくらえに飛ばしつつ、視線を2人の闇堕ち灼滅者に向けた。
    (「わたしも同じ立場なら諦めませんが……現実でのハッピーエンドは難しいです」)
     暗殺計画が発動した以上彼らを助けるのは不可能と、そう割り切るしかないと自分に言い聞かせ。
     一方、セラフは一人、視線をアポリアへ向けていた。
    「アポリアちゃん、何故か貴方を見てたら腹が立つので、殴らせてもらいますわ! 何ででしょうね……」
     そう言って放った妖の槍の一撃は、しかし身構えたアポリアを逸れ、無警戒だった右九兵衛に炸裂した。
    「おお、怖。そない睨まんといてなァ」
     それでも、右九兵衛の顔から薄ら笑いが消えることはない。
    「しかし――こら、ちぃと拙そうやな」
     右九兵衛のそんなつぶやきを耳にしたのか。アポリアは鱶の様な笑みを浮かべた。
    「考えたのう……。主等の作戦の真の目的は、銀夜目の命か」
     それはとうとう、灼滅者の意図にアポリアが気付いたということ。いや、正確には『そう思い込ませようとした意図』だ。
    「じゃが、其れをさせるわけにはいかぬな」
     勢いに乗じて右九兵衛の懐に飛び込もうとしていたヴォルフ・ヴァルト達のチームに、これまで指揮に徹していたアポリアが初めて、攻撃を仕掛ける。
    「銀夜目、お主は護衛を引き連れ例の通路よりこの場から撤退せよ。残りの者達は、こやつらの殲滅じゃ」
     アポリアの指示に、右九兵衛は、
    「ほな、そうさせて貰いましょ。おおきに、アポリアはん」
     言うが早いか、壁に掛かっていた『HKT』と書かれた派手なプレートを押し込んだ。たちまち、ガコンと背後の壁が動いて秘密の通路が姿を現す。
    「ベッタベタな仕掛けやなぁ。そいじゃあまたな」
     右九兵衛が通路へ飛び込み、護衛役達が、その後に続いていく。
    「逃がさない! ここで逃げられたら、もう助ける事も出来ないじゃないか……!!」
     ハリマがすばやく反応し、真っ先に右九兵衛の後を追っていったチームに続いて追撃に移った。それは、それと悟らせぬほどの迫真の演技。
    「ヒトとして最後の忠告しますよ、『逃げるな、戦え』」
     間を置かず、ジンザ達も右九兵衛に呼びかけながら通路へと突入していくのだった。

    ●対決!
    「君はここで灼滅する。絶対に逃がさないよ」
     通路に突入した一夜は、遥か前方を行く右九兵衛にそう叫ぶ。だが、右九兵衛は護衛3体を灼滅者達の迎撃に残すと、とっとと通路の奥へと消えてしまう。さらに一行の背後からは、アポリアが追撃に差し向けてきた5体の忍装束の六六六人衆が迫ってきていた。
    「もはや、追いちゅけにゅか。なればアポリアの下僕だけでも討ちとりゅぞ」
     前方にいる右九兵衛の護衛達は先行したチームに任せ、シルフィーゼは反転して追撃してきた忍者達と向かい合う。自分達の役目は、ほぼ果たした。後は敵を、できるだけ長時間引き付けておくだけだ。
    「かつての仲間にそうまで殺意を漲らせるとは。汝等は拙者達よりも遥かに外道でござるな」
     それぞれに忍者刀や手裏剣を構えながら、挑発の言葉を口にする忍者達。
    「仲間といっても、生憎と面識は有りませんでしたのでね」
     対して、ジンザは穏やかに笑みを浮かべてそう応じた。
    「むしろ無いぶん、優しいくらいです」
     言うなり、先頭の六六六人衆に魔力の矢を撃ち出す。六六六人衆は残像を残すほどの高速移動で、その攻撃を回避し――しかし矢は突然向きを変え、背後から六六六人衆に突き刺さった。
    「何とぉ!」
    「あなた達にわか忍者に負けるわけにはいかないですからね」
     すました顔で応じるジンザ。だが、にわかだろうと六六六人衆の殺人術は間違いなく本物だ。前衛の三体が次々と忍者刀を振るい、後衛の二体が驚異的な精度で手裏剣を乱れ撃つ。
    「後は持久戦だ。猫、守り抜くよ」
     鳳花が妖の槍で忍者刀を受け止め、ウイングキャットの猫が尻尾を振るって手裏剣を弾かんとする。だが、六六六人衆が明確な殺気をこめて放った技を受けきることは困難。少なくない傷が、鳳花と猫に刻まれていく。
    「ここは、守りをさらに固めた方がよさそうですね」
     アリスが飛ばしたリングスラッシャーは、小さな光輪へと分裂し、盾となって鳳花の周囲に展開された。
    「守りゅだけではじり貧じゃ。数を減らしゅのじゃ」
     シルフィーゼの放った蹴りが忍者の一人に炸裂し、摩擦熱が忍装束に火をつける。
    「この機、逃さないよ」
     続けて一夜の放った鋼糸が、忍装束を複雑に切り裂き、さらに火を燃え広がらせた。
    「中々の連携。だが!」
     負けじと忍者達が一斉に手裏剣を投げつける。
    「そのくらい、受けきるっす!」
     咄嗟にハリマが前に出て、盾となろうとする。だが手裏剣は中空で突如炸裂し、周囲一帯に降り注いだ。到底、庇いきれるものではない。
    「猫!」
     鳳花が思わず手を伸ばしたその先で。炸裂した手裏剣の直撃を受けた猫が消滅していく。
    「これは予想以上に厳しいね。でも、これも僕らが選んだ道だから」
     六六六人衆が手裏剣を撃ち尽くした隙をつくように、さくらえが白練色の帯締め『絆縁』を刃のように伸ばし、傷ついていた六六六人衆を貫いた。
    「ふ、灼滅者など所詮は半端物。噂ほどではござらぬな」
     だが、貫かれた傷など意に介さぬというかのように、六六六人衆は反撃の斬撃をさくらえに浴びせながら、不敵に言い放つ。
    「そうですわね。でも、力を持ち過ぎたもの、秩序を破壊するもの。それはヒトには、不要よ」
     いつの間にか懐まで飛び込んでいたセラフの言葉に、六六六人衆が息を飲んだ。そして次の瞬間、放たれた鬼神の如き一撃が、六六六人衆を吹き飛ばし壁に叩きつけたのだった。

    ●撤退!
    「お命頂戴!」
     六六六人衆の放った渾身の居合斬りが、もはや限界寸前のセラフに迫る。
    「そうはさせないよ!」
     そこに、滑り込むように割り込んだのは鳳花だった。一瞬後、忍者刀の致命的な一撃が、鳳花を切り裂く。それまでも仲間達を庇い続けてきた鳳花は、遂に限界に達し、広がる血溜まりの中に倒れこんだ。
    「まずは一人。こんな所までのこのこと出てきたのが間違いでござったな」
     六六六人衆側は一体が灼滅されたとはいえ、いまだ四体は健在。対して、連戦続きの灼滅者達はもはやボロボロだ。
    「僕らの置かれた現状は確かに厳しい。けれど、だからと言ってこれまでの選択が間違っていたとは思わない。その先の選択においても同じだ」
     自らも仲間を庇い続けて激しく傷つき、何度か限界を超えながら。それでもさくらえの心は折れない。
    「……とはいえ、もうちょいお仕事をしていくのは、厳しいですかね」
     ジンザがちらっと腕時計に目をやったのは、セットしていたアラームが鳴ったから。右九兵衛が撤退してからちょうど10分。もはや陽動の役割は十分果たしたといえる。
     それからほどなくのことだった。右九兵衛の護衛達と死闘を繰り広げていたチームが、敵を振り切りこちらへと戻ってきたのは。
    「時間稼ぎは充分だ。俺たちも手伝うから早く向こうに戻――って、忍者?」
     雷気を纏った拳を振るって飛び込んできた師走崎・徒が、驚きの声を上げる。
    「そう言えば、右九兵衛が連れて行った護衛の中にもいたような。忍者っぽいの」
    「忍者ブーム……とか?」
     琶咲・輝乃と森本・愛も、思わず首を傾げていた。
    「そちらも、撤退を決意したのですね」
     言霊の力で深手を負った仲間達を癒していたアリスが、閉じていた左目を一瞬だけ開いて状況を把握する。
    「そろそろこちらも限界だしね。協力して、撤退しよう。敵を半分、頼めるかな?」
     鬼神と化した腕を振り回して六六六人衆を牽制しつつ、一夜が徒達のチームに呼びかければ、
    「大丈夫だ。こっちだって――まだまだ出来る」
     富士川・見桜が自分も仲間も鼓舞するように、そう応じた。
     そのやりとりを受け、セラフが退路を確認すべく通路の入り口へと視線を向ける。だがその一瞬すら、六六六人衆は見逃さなかった。瞬時に自らを手裏剣と見立て、体を高速回転させてセラフに肉薄し、吹き飛ばす。
    (「闇に没した世界を、人類を再生する。それが私の使命。それを果たすまでは……」)
     なんとか心を奮い立たせ、身を起そうとするセラフだったが、体は全く言うことを聞いてくれない。
    「……大人しく撤退させてくれるつもりはないみたいっすね」
     ならばとハリマは、手に雷を宿したまま目の前にいた六六六人衆にぶちかましを浴びせた。六六六人衆とて、傷つき弱っているのは同じ。
    「邪魔じゃ。どいてもらりゅぞ!」
     ぶちかましを受けてよろけた六六六人衆に、シルフィーゼの真紅の刃が吸い込まれていく。そして、六六六人衆の体がくずおれるのに合わせ、
    「さあ、今のうちに撤退してしまいましょうか」
     ジンザが援護射撃で残る六六六人衆を足止めする間に、灼滅者達は最後の力を振り絞って、通路の入り口から旧ミスター宍戸ルームへと駆け込んでいった。
     目に飛び込んできたのは、戦神アポリア相手に満身創痍となった仲間達の姿。そのアポリアはといえば、右九兵衛達を追跡していた灼滅者が戻ってくるとは思ってもいなかったようで、思わず息を呑んでいた。
     そしてほぼ同時、久成・杏子の吹いたホイッスルの音が、旧ミスター宍戸ルームに響き渡る。
    「合図です。撤退しましょう」
     仲間達に呼びかけつつ、アリスはアポリアへと目を向けた。アリス自身はアポリアと面識はないが、彼の関係者の心情を考えると、このままアポリアを放置していくことは心が痛む。けれど、今は作戦の成功と自分達の生還こそが最優先されるべきだ。
    「軍艦島に来るのも、コレが最後ですかね」
     殿を務めるジンザが、ぼそっと呟く。
    「後は右九兵衛の暗殺が成功していりゅことを祈りゅだけじゃの」
     シルフィーゼのその言葉に頷きつつ、灼滅者達は軍艦島から離脱していった。

    作者:J九郎 重傷:セラフ・ジェヴィーチ(ヴァローナ・d10048) 陽乃下・鳳花(流れ者・d33801) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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