「集まっていただき、ありがとうございます」
教室の灼滅者たちに、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が一礼とともに言う。
「先日のご当地怪人との同盟の話ですが、邪悪なダークネスとの共闘は避けるべきだという皆さんの判断は、妥当なものでした。
ですが、ご当地怪人の援軍が無い状態で、アンブレイカブルを吸収した六六六人衆に加え、彼らの同盟相手である爵位級ヴァンパイアを同時に相手にすることは至難の道ともいえます」
端的に言えば武蔵坂学園の危機である。
武蔵坂学園の内情をよく知り、同盟の立役者でもある、闇堕ちした銀夜目・右九兵衛。
彼が暗躍する限り、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟は脅威であり続けるだろう。
「現状を脱すべく、六六六人衆と同盟を結んだ『爵位級ヴァンパイア勢力』の立役者、銀夜目・右九兵衛の灼滅を主とする作戦を行なうこととなりました」
姫子の言葉に、灼滅者たちは息を呑んだ。
「現在、銀夜目・右九兵衛は、六六六人衆との同盟を進めるために、六六六人衆の拠点のひとつに身を寄せているようです。
爵位級ヴァンパイア勢力の銀夜目・右九兵衛については、直接予知することはできません。
ですが、六六六人衆と接触をもったことで、その動きを掴むことができました」
予知によれば、田子の浦沖の海底に沈んだ『軍艦島』を改造した六六六人衆の拠点――その旧ミスター宍戸ルーム。
そこに拠点を構えているようだ。
「軍艦島……」
灼滅者たちが呟き、思いだす。
ダークネスを乗せる海上要塞と化していた軍艦島は、田子の浦沖にてその役目を終え沈んだはずだった。
「軍艦島には、戦神アポリアを筆頭に、複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されているようです。
戦神アポリアは、爵位級ヴァンパイアとの交渉を担当しつつ、右九兵衛の護衛および監視も行う立場のようです。
また、田子の浦周辺には、ロードローラーが控えていて、いつでも援軍を出せる準備をしているようです」
銀夜目・右九兵衛の灼滅を狙うと言っても、当然一筋縄ではいかないようだ。
「旧軍艦島の海底拠点は、かなり規模が大きく、一定以上の戦力を投入しなければ攻略は難しいでしょう。
更に、侵入経路が特定されるため、拠点を制圧可能な大部隊を派遣すれば、右九兵衛を初めとする有力な敵は悠々と撤退してしまうことが予測されます」
「……旧軍艦島拠点を攻略し、銀夜目・右九兵衛を灼滅するために、緻密な作戦を立てないといけないってことか」
「はい、緻密な作戦と第一陣、第二陣と、層のように続く連携を駆使した作戦となるでしょう」
●
灼滅作戦を滞りなく行うために、楔を打ち込むのに必要な初手。
第一陣を担うのは、この教室に集まった灼滅者たちだ。
「今回、ロードローラーが軍艦島に居ないのは『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』するためのようです。
敵の想定は、二つあると思われます」
武蔵坂学園がロードローラーの存在に気付き、充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島海底拠点の撤退。
ロードローラーの存在に気付かず、少数の精鋭部隊での強襲を目論んだ場合は、ロードローラーの増援を送って灼滅者を全滅させる。
――というようなことを想定しているのだろう。
「今回は、この敵の作戦を逆手に取り、まずは少数の部隊で強襲し、ロードローラーの増援を発生させた上で、ロードローラー本体を灼滅して、分体を消滅させる作戦を行ないます。
今、集まっていただいた皆さんには、ロードローラーの増援を引きだすため、軍艦島に正面から強襲をかける陽動作戦への参加をお願いしたいのです」
敵の重要拠点である軍艦島海底拠点に正面から攻め込むことで、敵の激しい迎撃が予測される。
更に、戦闘中にロードローラー分体の増援があるため、非常に危険かつ敗北必至の戦闘となるだろう。
「この陽動が成功しなければ、後の作戦の成功は無い、と……」
「そうなるかと……」
灼滅者の言葉に、深く頷きを返す姫子。
軍艦島からの迎撃を撃破し、ロードローラーの援軍を呼び寄せ、さらに、可能な限り長く戦い続け、そして多くのロードローラー分体を灼滅することで、ロードローラー本体への奇襲攻撃を助けることができれば、それは最良の結果となるだろう。
「今いる皆さんのなかで、倒れる人が出るかもしれません。
闇堕ちするかもしれません。
ですが、多くのダークネス組織が武蔵坂学園を脅威と感じている今、闇落ちした灼滅者が、ダークネス組織に取り込まれ、戦力化される状況は続くでしょう。
右九兵衛やアポリアといったダークネス組織の幹部となった闇堕ち灼滅者を灼滅することに成功しても、第二、第三の彼らを出してしまえば、意味がないのです。
可能な限り、闇堕ちに頼らずに、戦い抜くのが理想だと思います」
終わりの見えない戦い――戦い続ける灼滅者たちこそ、漠然としたものを感じていることだろう。
机に置いた資料に手を添え、姫子は揺らぐような表情を、一度二度と瞬きしたのちに消した。
「……今回、皆さんには、敵拠点に無謀に突入する危険な任務をお願いすることになります。
それでも、ロードローラー本体の灼滅が成功するまで、出来る限り、戦い抜いてください」
参加者 | |
---|---|
新城・七波(藍弦の討ち手・d01815) |
望月・心桜(桜舞・d02434) |
ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125) |
アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384) |
木元・明莉(楽天日和・d14267) |
七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155) |
ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877) |
赤暮・心愛(赤の剣士・d25898) |
●
「さて、行きましょう」
いつもの通り、気負わない穏やかな声で新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)が言った。
顔を沈め、水中で一度、深呼吸をしてみる。
見渡せば、海。
空気を必要とする、人が生きる世界から離れるのはとても容易かった。
海へと潜る、ただそれだけだ。
生きよと海が人の体を浮力で上へと促すのだが、灼滅者たちは抗い潜行する。
ダイビング用具を用い、水中呼吸を用い、水底へと向かって。
望月・心桜(桜舞・d02434)はナノナノのここあを抱き、海中へと沈んでいく。
海流を捉え、体を少し傾ければぐんぐん下方へと流された。
暗部を捉え、ライトの明かりは先を行く灼滅者を照らすのだが、遠く、広くを照らしているわけではない。
不可視の域。ここは身近でない世界だ。
その時、泳ぎ進んでいたミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)が振り返り、「大群在り」のサインを全身で表現した。
踊りのようなサインに、ここあが心桜の腕の中でもぞもぞと動く。
ここがいつもの日常の場であったなら、彼女は微笑んだことだろう。腕を離せば、ここあは泳ぎ進む――互いに、意を決した表情を浮かべていた。
八人の周囲を、タトゥーバット――蝙蝠たちがぐるりと旋回し、放たれた銛の如き勢いで呪術紋様の描かれたウイングリザードがミカエラへと迫る。
半拍遅れた動きで蝙蝠たちが前衛へと体当たろうとする刹那、冷気が辺りを覆った。
霊子強化ガラスに鎧われた魂を削り、変換したラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)の冷たい炎が、海中に明確な軌道を刻む。
追い払うかのように大きな弧が描かれたなか、中心を貫くのは赤暮・心愛(赤の剣士・d25898)の冷気のつらら。
ウイングリザードを穿ち、進行方向から遠ざけた。
視認できる眷属やその大群をなるべく避け、進む灼滅者たち。
キィ、と蝙蝠たちが鳴いたような……気がする。予感めいたものを捉えたのは人狼の耳か、勘か。
ラススヴィ、ミカエラ、七波が上方を振り仰げば、揺蕩う光を遮り飛び回る眷属たち。
精鋭部隊を装う陽動班は、できる限り眷属との戦闘を避けて軍艦島に近付いていく。
灼滅者たちに纏わりつく蝙蝠を、続け様に心愛の鏡鐘たる鋼が豪快な一閃で薙ぎ払う。勢いは水刃を生み出し、後方の蝙蝠を散らした。
そのまま大太刀へと自身の重心をかける心愛は、まじまじと下方を見る。
(「御伽話の竜宮城みたい!」)
海底に座する軍艦島は、まさしくそれだった。
『ガンガン行こうぜ』
と、ミカエラが拳法のように両腕を交互に突き出す踊りサイン。元気に泳いでいく。
移動は順調で、時折彼女は仲間たちを目を合わせ、ぐー! と親指を立てた。
島の中心を目指す灼滅者たちの姿は、早期上陸を狙うもの。
建物群が真下に位置したその時。
「……っ!」
アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)の肩を鋭い何かが貫いた。
矢。否、スピアだ。彼は悟ると共に、スピアに括られたワイヤーに気付く。
ぐっ、と体が強く前へと引き寄せられると同時に猛烈なスピードで迫りくる人影――ドリルがアイナーの首を狙い繰り出される瞬間、真横から七波の銀爪が敵胴を穿った。
スピアが抜けるも血は飛沫せず、海中を染め漂う。
対象を捉えながら七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)は、相手を確りと目にした。
(「六六六人衆か!」)
手には、水中銃とバベルブレイカー。
敵のダイバースーツに悠里が放った赤きオーラの逆十字が出現し、じわりと赤が広がっていくのだが、相手は怯む様子を見せずバベルブレイカーを繰る。
最速移動のためだろうか、灼滅者を的とし放たれたスピアを、掴み引き寄せた木元・明莉(楽天日和・d14267)が鍛えぬかれた超硬度の拳で敵を迎え撃った。
一瞬で遠ざかった敵はふわりと蠢き、次に殺気。
サイキックエナジーを喰らい動くアイナーのダイダロスベルトが、明莉を護りを固める最中、目を合わせた二人は頷き合った。
●
迂回に動く灼滅者たちを追って来る六六六人衆、新たに出現したデモノイドが二体。
そして突撃してくる吸血蝙蝠一体が接敵する瞬間、七波が回し蹴りを放った。
『まとめて吹っ飛べ!』
吸血蝙蝠を蹴り飛ばし、暴風を伴う強烈な回し蹴りは水中で渦を作り上げる。
七波を中心とした螺旋を破るのは六六六人衆だ。
ドリルを回し斬りこんでくる敵目掛け、断斬鋏を構えたミカエラが、突進するように泳ぎ向かっていく。
鮮血が視界を染め上げる。
ドリルが左腹を掠め、肉を抉られるミカエラ、そして開いた鋏片刃が胸元に突き刺さる六六六人衆。
腕に力をこめ敵の心臓辺りを断ち斬るミカエラに向かって、心桜が猫神から癒しの霊力を撃ち出した。
仲間の霊力と、敵の生気を取り込む。
六六六人衆は灼滅者たちの状態を強く乱し、そこへデモノイドが力任せの攻撃を振るってくる。
巨刀に変貌した青腕の豪快な振りを一心に受け止めるのは、ここあだった。
戦況としては厳しいが、あと少し――六六六人衆の灼滅は見えている――奴を倒せば、残ったデモノイド二体も直ぐに倒せるだろう。
そして軍艦島へと到達するのだ――灼滅者たちの気概を示す動きに対し、この瞬間、六六六人衆の動きがいきなり緩やかになる。いわゆる時間稼ぎの様。
ハッとして灼滅者たちは上方を見た。
見上げたそこには、重そうな体で器用に進路を取り降下してくるロードローラーらの姿がある。
がぼがぼと空気が明莉の口から出た。水に阻まれ声は聞こえないが、
『こいつ陸水対応仕様車だったのか……』
と言っているようだ。
こちらに向かってくるのは、今のところ二体。
ラススヴィが腕を動かせば、水中故に狼形態となっている肩から腕の毛がふわふわと動く。
彼の手は「三」の文字を表している。次に指先は上方から下方を向いた。
ざっと目測し計算したラススヴィは、ここに二体のロードローラーが到達するまで、三分と判断したのだ。
ならば――。
悠里は懐中時計の縁を指でなぞった。不思議な文様が刻まれた時計に力をこめれば淡く光りだす。
『臨、兵、闘、者――』
九字を口中で詠唱すれば、肺から空気を吐き出し震えるデモノイドと六六六人衆。
やや照準のぶれた死の光線が悠里を撃つ。
三分でデモノイドは倒せない。だが、できる限りの攻撃を行なう――このあとの作戦に挑む灼滅者たちが、容易く軍艦島へと乗り込めるように。
だから、六六六人衆を、
(「覚悟するんだよ!」)
母なる海、大地の息吹を受け、心愛は地翔で流れ行くままに六六六人衆を蹴りつけた。
真空を駆ける流星のように。六六六人衆に一蹴が到達した時、その衝撃は重力をもった隕石の如くだった。
心愛の攻撃から敵が辿る軌道を読み、すい、とアイナーが泳ぐ。
上段に刀を構え、泳ぎに伴う推進力を利用し、鋭い斬撃を放った。
袈裟懸けの剣筋は途端に周囲を赤黒く染め上げ、薄まっていく。敵はこと切れていた。
ミカエラが合図を出しているのに気付き、アイナーは再び泳ぎ始めた。
(「オレ達が東の声とするならば、刀孕む声となる様に」)
その思考に応じるように、更に灼滅者を阻む存在が迫る。
眷属を目にしたラススヴィが黄色の交通標識を振るい、後衛に耐性を与えた。
道中避け、蹴散らした眷属たちが、ロードローラーとともに襲って来ようとしていて――恐らく、ロードローラーよりも早く到達することだろう。
敵は、「今」が陽動段階だということを気付いていない。
泳ぎ出す仲間を桜花帯で鎧の如く覆いながら、心桜がついていく。
海に揺蕩うは、桜花の装飾が施された帯、片腕には猫神、そして浄化の空気を纏わせながら心桜は激戦を覚悟した。
魚鱗の陣を作り突撃してくる吸血蝙蝠たちとの彼我の距離が失われる瞬間、明莉の結晶銀が軍艦島を叩いた。
衝撃波とともに結晶の飛沫が散り放たれ、精度の上がった明莉の攻撃は的確に吸血蝙蝠を穿つ。そのなかで攻撃を掻い潜った眷属三体の攻撃を、ここあが受け止め弾き飛ばされる。
海中をくるくる回るナノナノを、追い向かう一体のデモノイドと眷属。
灼滅者を追うデモノイド、旋回し隙を窺っている数多の眷属。
そして。
笑みを浮かべる緑と赤のロードローラーの顔が、ライトに照らし出された。
●
「――!」
零距離。
明莉の眼前に突きつけられたデモノイドの長大な砲口。
じわっと集まった光が急速に窄まり放たれる刹那、吸血蝙蝠を踏み台に更なる垂直潜行で向かってきたミカエラが明莉の頭を押した。
死の光線が彼女を貫き、その鋭い圧を感じながら明莉は桜影でデモノイドの巨体を絡めとる。
『砕け散れ』
すかさず、接敵した七波がロッドを振るった。
フルスイングされたマテリアルロッドがデモノイドの巨体を打ちすえ、七波が魔力を流しこめば、敵は数秒の間を置き破裂した。伝わる振動が灼滅者の鼓膜を震わす。
デモノイド一体を灼滅。もう一体のデモノイドは、ここあを追ったきり戦場を離れたままだが、ここあが消滅していることを心桜は感じていた。
二体のロードローラーと対峙してから四手。
海は享楽的な殺気に満ちていて、新たなロードローラーがいることを告げている。
灼滅者たちは常に移動を心がけていた。敵を迎え撃ち、攻撃を加え、隙を見て再び移動――デモノイドを倒したことで、道を開くのはやや容易くなった。
『新手が三体』
六手。七波のハンドサインが更なる戦いを告げてくるが、灼滅者たちにとって御前上等が如くの戦況であった。
敵の眼前へと迫ったラススヴィが赤へとスタイルチェンジした交通標識で、横一文字に薙ぐ。そしてロードローラーを蹴り、間合いから泳ぎ離脱するラススヴィの標識は、既に黄色となっていた。
とはいえ、別敵が逃さない。やや死角、車体からのびた刃がラススヴィを刻む。
後衛は、ロードローラーたちの殺気に覆われ、呼吸をするたびに毒気が体内に溜まっていくようだ。
それでも一度サイキックを扱い動けば、厚く浄化の力が働いているのを顕著に感じ取れる。
深く呼吸をした心桜は、アイナーを覆った帯を次にミカエラへと向けた。
回復の補助をしながら積極的に庇いに入る二人の負担は相当なものだろう。
ほんの一瞬、膝から力が抜けようとも、海は全てを受け止めていた。
~♪
~☆
ロードローラーは相変わらずな様子で、灼滅者たちを攻撃してくる。
心愛は体内から噴出させた炎を槍に宿し、敵を突き上げた。穂先は緑のロードローラを貫き、心愛が柄を握る手に力をこめれば敵の内部に炎が猛った。
攻撃におされ、ぐわぁっと上方に浮いたロードローラーへ降り立つ形となった悠里が手足をついた。
(「邪魔をするな。先に進まなきゃならねぇんだ」)
接触テレパスでそう伝え、焦った様子を伝えれば、頭部を傾けたロードローラーは楽しげな笑みを浮かべた。
手をついたまま、指輪から魔法弾を放つ悠里。反動を利用し、敵懐から離脱する。
軍艦島を駆ける赤のロードローラーが勢いをつけ、浮上する――狙いは七波。対角には戦場に到達した新たな黄色のロードローラーが、七波の背後をとっていた――死角からの斬撃伴う体当たりが、彼を庇う灼滅者の胴を潰し、新たな流血で海中を染めた。
赤のロードローラーの攻撃におされた七波の背は、ミカエラにぶつかり、彼は彼女を咄嗟に支えた。
咳きこみ、肺中の空気は全て吐き出したであろうミカエラが顔に浮かべたのは、苦しみではなく笑顔だった。
『後は頼んだー』
というサイン半ばに気を失う――が、新鮮な血を嗅ぎつけ急速接近してくる吸血蝙蝠。
追い払うのは心愛だ。
九手。
敵は多く、瓦解が、すぐそこに迫っている。
●
その一分後のことだ。
上手く動けていない緑のロードローラーに、ばきりとひびが走った。
赤のロードローラーはトラウマに刺激され、暴れている。
緑分体の消滅まであと少しだと判断し、攻撃できる灼滅者たちが一気に畳みかける。
ケタケタと笑うしぐさの他のロードローラーたちが、どす黒い殺気や毒気を後衛に向かって放出する。迫る殺気をほぼ一手に引き受けるのはアイナーだった。
(「ここまでか」)
肌に突き刺さる殺気、体内へと入りこむ深淵よりも深く冴え冴えとしたそれは暗き海底を思わせるものだ。
心身凍えさせる敵の力に屈する前に、彼は黄の交通標識へと力をこめる。
一瞬の浮遊感――アイナーの意識は暗転した。
ロードローラー本体の灼滅が叶うその時まで、陽動班が戦場に在れば、例え何人が倒れようとも、それは勝利だ。
海底にて、殺気が悪霊のように蠢き、明莉、心桜、心愛を襲う。
人のように象る黒影に纏われるなか、ふと、心桜はここあの気配を感じ取り、呼びだす。
ふわふわハートで主を癒し、泳ぎ始めるナノナノ。
悠里の赤きオーラが十字を刻み、心愛の冷気のつららが延焼続ける敵を穿ち、車体が煽られ上方を向いたその瞬間、下へと入りこんだ七波が斬撃を放てば、破片をまき散らしロードローラーは動かなくなった。
とはいえ、まだ死闘は続く。
安堵を覚えることもなく灼滅者が他のロードローラーを引きつけ、移動しようとしたその時。
ロードローラーは急に黒い炎に包まれ、一斉に消滅した。
「!!」
場を包む静寂。
なんて……呆気なく……とは、言い切れない。
その最期と思われる瞬間に、明莉は息を呑む。
「闇堕ちする」ということは、こういうことなのだ――と、改めて、現実を直視する。
「ダークネス」を倒すために、作戦をとる「灼滅者」。
三拍。
は、と我に返った灼滅者たちは、ここあと七波を殿に海上を目指す。
眷属を追い払う明莉。
緩やかに浮上していたアイナーとミカエラは、猛然と泳ぎよったラススヴィが下からすくうようにして抱える。
軍艦島へと向かう灼滅者たちとすれ違う……いくつもの力強い気配が周囲にあった。
知っている気配、知らない気配。気を失っているはずの二人が、ぴくりと動いた気がした。
「はあっ、きつ、かった!」
海から顔を出した心愛が大きく息をし、声を上げた。
空気が美味しい、生きている。
心桜も震えながら、小刻みに呼吸をした。意識は朦朧としている――だが、やれることを、やれた。やりきった。
心桜はここあを抱き、意識のない二人へと懸命に寄る。
満身創痍で、顔色はなく――でも息は、ちゃんとしている。
「ひとまず、終わったな」
と、悠里が安堵した声で言った。
「後は他の皆さん次第、ですね」
続く七波の声も、灼滅者の胸に浸透していくように。
後を託し、帰ってくる者を迎えるために、帰ってこない者を想うために、灼滅者は戦場を離れるのだった。
作者:ねこあじ |
重傷:ミカエラ・アプリコット(青空を仰ぐ向日葵・d03125) アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年8月31日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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