右九兵衛暗殺計画~魔性の棲む塔

    作者:九連夜

    「ええと、ご当地怪人との同盟には拒否することになったようですね。邪悪なダークネスとの全面的な共闘は避けるべきだと思います、妥当な判断だったのではないでしょうか。それでその、お願いがあるんです」
     普段と変わらぬ物静かな口調でそう切り出した園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)の表情は、今日はいつになく緊張感に満ちたものだった。手にているのもいつもの本ではなくタブレット。明らかに普段の依頼とは違う何かを伝えようとしているようだった。
    「アンブレイカブルを吸収した六六六人衆と同盟相手の爵位級ヴァンパイアを、まとめて相手にするのは戦力的に非常に厳しい、です。武蔵坂学園始まって以来の危機かもしれません」
     学園は有力なタークネスに対しては個々の力では劣るが、灼滅者の数の多さとチームワークでそれをカバーし、幾つもの困難を乗り越えてきた。だが、この同盟によってその数の優位さえ覆されてしまうのだ。そして今、ダークネスたちは同盟話を蹴った武蔵坂学園は明確に彼らに敵と認識されている……。
    「闇堕ちした灼滅者たちが彼らに学園の内情を知らせていることも見過ごせません。特に、今回の同盟の立役者でもある、銀夜目・右九兵衛さん……」
     半ば腐乱した身体から幾つもの水晶が突き出した、異形の男の姿を槙奈はタブレットに映し出した。
    「彼の暗躍を止めない限り、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟は学園の脅威であり続けるでしょう。ですから……」
     暗殺。
     今回、皆を呼んだ目的はそれだと槙奈は告げた。
     本来、あまり採りたい作戦ではないがすでに手段を選んでいられる状況ではない。
    「現在、右九兵衛さんは六六六人衆の拠点のひとつに身を寄せているようです。爵位級ヴァンパイア勢力に所属する彼の動向を直接予知することはできないのですが、六六六人衆と接触をもったことで、ある程度の動きがつかめるようになりました。エクスブレインの間で解析を進めた結果……」
     海上要塞『軍艦島』。かつて長崎に在り、現在は田子の浦沖の海底に沈むその六六六人衆の拠点の、旧ミスター宍戸ルームを居所としていることがわかったのだという。
    「軍艦島には、戦神アポリアを筆頭とした複数のハンドレッドナンバーと、護衛の戦力が配置されているようです。戦神アポリアは、爵位級ヴァンパイアとの交渉に加えて、右九兵衛さんの護衛と監視も行なっているようです。そしてもう一人、というかもう一つ……」
     タブレットの画像が切り替わる。人の生首がついた異形のロードローラー。己の分体を作り出す能力を駆使して何度も学園を苦しめてきた、ある意味、なじみの深い敵だ。
    「ウツロギさん、というかロードローラーは田子の浦周辺にいて、いつでも分体を作って援軍を出せる準備をしているようです。そして旧軍艦島の海底拠点は、かなり規模が大きく、相当な戦力を投入しなければ攻略は難しいと予知されています。ですが、一方で……」
     特殊な状況の要塞だけあって、侵入経路は限られる。故に明白に拠点を制圧可能な大部隊を派遣すれば、右九兵衛をはじめとする有力な敵はさっさと撤退してしまう可能性が極めて高い。
    「そのような予知から、旧軍艦島拠点を攻略し、右九兵衛さんを灼滅する為には、緻密な作戦と連携を駆使した特殊作戦が必要になります。もちろんそれを担うのは選り抜きの精鋭部隊……そう、皆さんです」
     そこまで一気に言うと、槙奈はほっと息を吐き出した。
    「ええと、続けますね。現在、ロードローラーが軍艦島に居ないのは『軍艦島に攻め寄せた灼滅者を挟撃して撃破』する為のようです」
     ロードローラーの存在に気づき、充分な戦力で攻め寄せれば、軍艦島を放棄して撤退。
     ロードローラーの存在に気づかず、少数の精鋭部隊での強襲を目論んだ場合は、ロードローラーの増援を送って灼滅者を全滅させる。
     敵はそういう作戦を立てているらしい。
     だから対する学園の作戦はそれを逆手にとった以下のものとなる。
     第1段階。少数の精鋭部隊で軍艦島を強襲し、わざとロードローラーの増援を発生させる。
     第2段階。ロードローラー本体を灼滅する。
     第3段階以降は軍艦島へ乗り込んで銀夜目・右九兵衛の灼滅を狙うこととなる。
    「皆さんにお願いするのはこの2段目です。そしてここでロードローラーの灼滅に失敗したら、3段目以降はありません。その時点で作戦中止、全面撤退……です」
     灼滅者たちは顔を見合わせた。つまり、作戦全体の続行の可否が自分たちの肩に掛かってくることになる。槙奈はそんな彼らの様子をじっと見ながら言葉を継いだ。
    「細かい内容を説明、しますね。まず陽動作戦として、少数精鋭での軍艦島への強襲作戦を行います。ロードローラーは増援を派遣する筈ですので、皆さんは、その増援が軍艦島に到達するタイミングで、ロードローラーが居る、田子の浦の津波避難タワーに攻撃を仕掛けてください」
     槙奈はタブレットを操作した。田子の浦に立つ金属製の無骨な建物と、その周辺の地図が映しだされる。
    「増援を軍艦島に向かわせたといっても、最低限の護衛は残しているでしょうし、ロードローラーは一人でも軍隊レベルの戦力を持つ、とても強力なダークネスです。苦戦は必至と思いますが、本体さえ撃破すれば分体は全て消滅、します」
     それは敵にとっても大きな戦力の喪失となる。その先の、軍艦島で行われる戦いへの活路が開ける。
    「失敗の許されない、重要な作戦となりますが、どうか皆さんの力をお貸しください。あと、私から最後に一つ」
     槙奈の眼はこれまでにないほど真剣だった。
    「成功の鍵は、いかに護衛を抑えてロードローラー本体を倒すかに掛かっています。というより、正面から戦っては勝てません」
     灼滅者たちは無言だった。これまで「勝てない」と言い切るエクスブレインはほぼいなかった。
    「皆さんの戦い方と陽動部隊の頑張り次第でもありますが、敵の予知をかいくぐってこの戦いに投入できる上限の3チーム、その戦力は敵に劣ると予知されています。真正面からぶつかり合って互いの戦力をすり減らし合う、そんな戦いをすれば、待っているのは確実な敗北です」
     だから。
     作戦を立てて。
     仲間たちと協力して。
     為すべき最上の手段を考えて。
     そして己に課せられた義務を果たせ。
     そう告げると槙奈は深々と灼滅者たちに頭を下げた。
    「これは無理を承知のお願いです。どうか学園の未来のために、道理を叩き潰して無理を通してください。皆さんの全ての知恵と勇気を振り絞って闘いに臨んで、ください。そして……」
     狙うはロードローラーの首、ただひとつ。


    参加者
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    荒吹・千鳥(舞風・d29636)

    ■リプレイ

     無骨な四角い金属の塔の上に、さらに塔がそびえ立っていた。赤、青、黒にピンク、さまざまな色のひしゃげ砕けた金属の瓦礫で出来た大きな塔が。
     その異形の塔からは音楽が鳴り響いていた。金属が噛み合う音、硬い物が砕かれる音、怒号に悲鳴。灼滅者たちにとってはおなじみの、剣電弾雨が織りなす戦場音楽だ。
    「もう始まってんな」
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は塔を取り巻く木々の陰から顔を半分だけ出し、慎重に戦場の様子を窺った。
    「…さて、タイミングが今回の1番大切なことですが…恐れず行きましょう」
     鷹揚に答えた雪乃城・菖蒲(夢幻境界の渡航者・d11444)の表情にも、今回はわずかに緊張の色が見える。
    「……」
     無言で塔を見上げる着物姿の少女は四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)。灼滅目標のロードローラーこと外法院・ウツロギと縁深き彼女のことを、百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)は気遣わしげに見やり、抑えた声で仲間と己を激励した。
    「負けられない理由があるからな。…倒して、先へ繋ぐぞ!」
    「ああ、学園の命運を左右する戦いだかんな」
     この作戦の直前の戦いで闇堕ちを経験した柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)傍らのキャリバー『ガゼル』のカウルを叩きながら応じた。
    「呑気に休んでられねえし、しくじるわけにもいかねえ。っと」
    「……ウツロギ部長」
     高明が身を乗り出すのとほぼ同時に、別の建物の影に身を潜めていた月姫・舞(炊事場の主・d20689)が塔の上を凝視する。屋上の死角から細身の影が飛び上がり、瓦礫の頂上に腰を下ろすのが見えた。戦いの音も下層に移りつつある。仲間たちの陽動は成功したようだ。
    「さぁお勤め開始や……ところでみんな遺書とか用意したん? うちはしてへんけど」
     軽口を叩く荒吹・千鳥(舞風・d29636)に苦笑いの表情を見せると、レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)は塔に顔を向けて呟いた。
    「あばよ、地獄で会おう」
     それは敵への宣言か、あるいは自分なりの覚悟の表明か。ともあれ次の瞬間、彼と8つの影は塔へと殺到した。
    「お先に!」
     敵の護衛と激闘を繰り広げている2班16名の仲間達に一声かけると、煉火は階段を無視してその脇の支柱に向かって跳躍した。
    「ハッ!」
     柱を蹴り空中へ。そこでESP「ダブルジャンプ」を発動して何も無い宙を蹴り飛ばす。
    「ふっ」
     再び塔へ、そして再度支柱を蹴る。その繰り返しでまたたく間に側壁を駆け上がった。
    「おほっ?」
     塔の最上階に忽然と姿を見せた彼女を含む5人の新手に、黒い異形――ロードローラーの本体たるウツロギは、屋上中央の瓦礫の塔の上から驚嘆とも感嘆ともつかぬ言葉を漏らした。
    「先陣、いただきます!」
     瓦礫が散乱する屋上に着地した菖蒲が疾走する。銘槍『星喰らい』を右手一本で抱え、瓦礫の塔を駆け上がりざまにウツロギに突き込む。
    「へぇ♪」
     喜ぶような声を上げて攻撃を受けたウツロギに向かい、上空から声が響いた。
    「我が名は時遡十二氏征夷東春家序列肆位四月一日伊呂波……」
     いろはだった。着物の裾を翻して虚空を蹴り、逆しまに加速。抜刀。
    「喜べ、君の伴侶が殺(あい)しに来たよ!」
    「来たんだ、いろはちゃ~ん!」
     歓迎するように両腕を広げたウツロギの影のごとき身体を、いろはの一刀が降り落ちる雷光のように切り裂いた。
    「高兄!」
    「おう!」
     康也と高明が並んで駆けた。白銀の聖剣と巨大な十字架がウツロギを断罪するかのように左右から叩き込まれる。
    「ちぃと出遅れたかな」
     上階で響き始めた新たな戦闘音を耳にして、千鳥は階段を駆け上がりながら呟いた。分体ローラーと戦闘中の仲間たちに心の中で感謝の念を送りながら足を速める。あと少しで屋上、と思ったときにそこから巨大な影がのぞいた。青色のロードローラーだった。
    「いたぁ」
     その口から白い何かが放たれようとした瞬間。
    「させないわ!」
     声が響き、煌めくベルトが青ローラーを一撃した。
    (「すまない」)
     援護を入れてくれた神夜・明日等に感謝の視線を向け、レオンは青ローラーの脇を一気にすり抜けた。
     そして揃った8人の灼滅者たちを前に、ウツロギが再び瓦礫の塔の頂上に立ち上がった。その足下から何かが這い出した。己の分体、紫色のロードローラーだ。
    「まだいましたか」
     足を止めてクロスグレイブを構えた舞たちに向かってウツロギは嗤った。宣言した。
    「楽しい楽しいカーニバルの、メイン会場へようこそ♪」

    ●血戦
     殻を脱ぎ捨てた手足のある蛇。
     過酷な戦いの中で、それがレオンが敵に感じた印象だった。
     ロードローラーという重しを脱ぎ捨てて身軽になったとでも言うように、かつてウツロギであった黒影は凄まじい勢いで戦場を這い回り嗤いながらレオンたちに攻撃を叩き込んだ。
    「いや、絶対退かねえ。退くわけには、いかねえんだよ!」
     己に向けられた影の襲撃をかわし、千鳥に向かった刃を受け止め、レオンは蛇を絡め取るように鋼の糸を振るった。だが敵の猛威は止まらなかった。
    (「流石はハンドレッドナンバーってとこか」)
     高明は斬り込む機会を計りつつ、ちらと周囲を眺めた。自分たちの背後であるいは階下で先行の2班は6体の分体ローラーを見事に抑え込んでいる。ダブルジャンプの奇襲も決まった。陽動部隊の状況は不明だが特に失敗の影響は見えない。つまり立てた作戦は9割方成功しているのだ。
    「なのにこの状況かよっ!」
     ウツロギ1体にむしろ圧倒されている。しかも。
    「救急~♪ 救急~♪」
     護衛の紫ローラーが駆け回り、つけた傷すら消されてしまう。
    「負けてられない。前衛はボクが直すよ、柳瀬クンは自分で!」
     通常の任務とは比べものにならない忙しさで、治癒担当の煉火が声を張り上げる。
    「あーなるほど」
     動き回るウツロギが嗤った。
    「灼滅者の戦いかたは、ボクはよ~く知ってるんだよね☆」
    「それがどうしたって?」
    「キミが鍵だよね」
    「え?」
     叫び返した煉火に向かって、ウツロギの両手の指が変じた闇色の槍が向かった。彼女のみを狙う一点集中攻撃。同時に紫ローラーが生首を振り回し、その髪に結びつけられた槍の穂先が腹を直撃した。
    「!! っぐっ!」
    「回復役なんて真っ先にポイ!」
     康也とレオンが急ぎカバーに入るが、2体は構わず攻撃を彼女に集中する。しばらく耐えたものの、やがて煉火は片膝をついた。ウツロギを睨み付ける。
    「なんのこれしき……っ!」
    「ひょっほー」
     ぐしゃ。
     限界を超えて立ち上がった彼女を、真後ろから奇声と共に突撃してきた紫ローラーが轢き潰した。
    「それでも……」
     仲間の無残な姿を横目で見ながら、いろはが剣を八相に構えて突撃した。
    「それでもキミを愛してたよ、生涯を共に過ごす事も真剣に考える位には、ね!」
    「愛の告白! 照れるなあ!」
     渾身の一撃をウツロギはスルリと動いて躱した。
    「お返ししなきゃ、女性にはお花♪」
     両手の間に火花が散り、無数の火球が飛び散った。前衛陣が炎に包まれ、菖蒲をかばったガゼルが一瞬のうちに消滅した。
    「ウツロギ部長、いろはさんや私達を見てもなんとも思わないんですか?」
     自分たちはかつて一度、堕ちた彼を引き戻した。ならば叶わぬまでも今一度、と声を張り上げた舞に向かってウツロギが「虚」の一字が描かれた顔を向け、わずか一瞬笑みをこぼした。
    「!?」
    「あっは。僕は! ボクは! 楽しめれば何でもOKさっ!」
     康也と菖蒲、レオンが見事な連携で接近包囲攻撃をかけたが、かわされ受けられ、傷ついた分も紫ローラーの治癒で減殺された。
    「抱きしめちゃおう♪」
     黒影の足下からさらに巨大な影が立ち上がる。広げた手の形をとると走り出す。
    「!」
     回避しきれぬ舞をレオンがかばった。巨大な影の手がその身体を包み、力を込め、めきっと音を立てて握り潰した。
    「負けられねえ。負けてたまる……かよ……」
     レオンは不敵な笑みを浮かべたまま崩れ落ちた。
    「やりやがったな!」
     狙撃姿勢をとった高明が狙いをつけた。黙示録砲。
    「おっとぉ」
     ウツロギが剽げた声と共に、大きく跳び下がって光弾を避けたときだった。
    「ロードローラー!」
    「おぉ?」
     すぐ脇の階段、その下からかけられた鋭い声にウツロギが一瞬立ち止まった。直後に飛び出してきた誰かが放った攻撃に、黒く細い身体が大きく揺れた。
    (「チャンスだ」)
     康也は思った。おそらくヤツが視界に入った第1班の援護だろう。これを活かさぬ手はない。
    「みんな、ぶっ飛ばすぜ!」
     叫ぶなり彼は跳んだ。狙いは紫のローラー。逆手に握った注射器をためらわず硬いボディに突き立てる。
    「了解、やったるでえ!」
     敵の連携が切れた隙に護衛を潰す、その意図を即座に理解した千鳥が交通標識をローラーの頭部に叩き込む。続いて舞と高明のクロスグレイブが撃ち抜いた。
    (「ボクも」)
     悲鳴を上げるローラーに向かっていろはが居合いの構えをとったとき。無意識に横目で見たウツロギに、戦場を回り込んできたらしき少女――神夜・明日等が槍を突き立てるのが見えた。その直後にいろは自身のすぐ脇を駆け抜けた黒いローラーが彼女にのし掛かり、轢き潰す光景も。すでにウツロギの足下には彼の反撃を受けて倒れた竹尾・登が横たわっている。急停止した黒ローラーとウツロギは足下の二人を見、次いで顔を見合わせた。嗤った。
    「「殺っちゃおう♪」」
    (「だめだ」)
     いろはは反射的に思った。彼が仲間を殺す。学園の者を手にかける。そんなことは許されない。
     続く動作はほぼ無意識だった。
    「ハッ!」
     前傾姿勢から縮地。跳躍からの一撃は斬撃ではなく体当たり。右腕を振り上げた姿勢のままでウツロギが吹き飛ぶ。同時に下階から飛び出した若桜・和弥が黒ローラーの攻撃を身体で受け止め、さらに駆けつけた仲間3名の連撃で黒ローラーは屋上から地上へと落下した。即座に残る分体を抑えに戻る仲間たちに視線だけで謝意を送り、菖蒲は凜とした声で叫んだ。
    「ここからは短期決戦です! 皆様、お覚悟を!」

    ●絶叫
     もはやこの戦場の誰にも余裕はない。そう悟った皆の切り替えは迅速だった。
     己を回復しようとした紫ローラーの首はチェーンソーを手に躍り込んだ舞の暴力的な一撃に斬り飛ばされ、その舞はウツロギが伸ばした闇の槍にローラーごと串刺しにされて地に伏した。さらに伸びた影に康也のベルトが絡んで軋み声を上げ、影が放った無数の炎は千鳥が放った光弾に迎撃された。力と力がぶつかり合い、互いの肉体を、魂を削り合う。回復を無視した攻撃の連続は、すぐさま灼滅者たちを戦闘不能直前の状態へと落とし込んだ。だがウツロギはまだ崩れない。疲労の兆候は見せつつも、その暴威は健在だ。
    「下、第1班、かなり押されてるよ! 急いで!」
    「おおきに!」
     それでも仲間のためにできることを、と倒れたまま他班の様子を伝える煉火に感謝しつつ、千鳥は乱舞する火球の群れを紙一重でかわした。
    (「闇堕ちしかあらへんな。いやそれさえ」)
     抗しきれるかどうか。そんな想念が脳裏を掠めたとき、突然ウツロギの動きがわずかに乱れた。理由はわからない。彼の分け身たるローラーにどこかで何かあったのか、余人の知らぬ彼自身の事情か、あるいはただの偶然か。だか一秒にも満たぬその隙は、すでに極限の集中状態にあった灼滅者たちには十分なものだった。
    「叩き込めっ!」
    「任せろ!」
     吠えた高明の光弾と康明のベルトが同時にウツロギの頭部に炸裂し、続いて千鳥が凍らせた鳩尾部分に菖蒲の拳がめり込んだ。さらに幾つもの攻撃が続き、細く黒い身体は何度も弾け飛び宙に舞った。
    「決めます!」
     白銀のバベルブレイカーを天に掲げ、菖蒲が飛び込んだ。優雅かつ強烈な杭の一撃を、ウツロギは身体をぐにゃりと曲げて両脚で受け止めた。顔を突きつけて嗤う。
    「そう、ここが死と生の境界! すべてが壊れて始まる場所だよ☆」
     ウツロギの指が10本の闇の槍と化した。至近距離の菖蒲はかわせず刺し貫かれ、とまらぬ槍先はいろはに伸びた。その前に走り込んだのは康也だった。
    「キッチリ守り……っ!」
     言葉の途中で倒れた康也を見ながら、いろはは唇を噛んだ。その背中を誰かの手が押した。振り返ると、すでに倒れたレオンが無理に身体を起こしていた。苦痛のなか、微笑んだ。
    「行って来い。行って終わらせて来い!」
    「うん!」
     いろはが振り向いたその先で、もはや瀕死と見えるウツロギに誰かが斬りかかった。
    「あなたの享楽に付合う気も、犠牲になる気もない。ここで解体します!」
     悽愴な表情に殺意を漲らせて叫んだのは第二班の黒乃・璃羽。首を両断するかに見えたその一撃を皮一枚でかろうじてかわし、ウツロギは跳び下がりながらにやりと笑った。
    「璃羽ちゃんだっけ? 璃羽ちゃんじゃダメなんだよ。だってさあ」
     彼は振り向いた。いろはと眼が合った。斧に変じた両腕を禍々しい翼のように振り上げ、突進してくる。
     言葉はなかった。息を止め、刀を鞘に収めた。
    (「相討ちでいい。いや、相討ちがいい」)
     防御は考えない。ただ一刀に全てを賭ける。
     わずかに前傾。全身が一つの撥条と化す。
     抜刀。同時に左手の鞘を投げ捨てる。
     閃光と化した一刀がウツロギの首に伸びた。
     貫いた。
    (「……え?」)
     反撃はなかった。かわす意思すらなかったようだった。
     頭部を覆っていた黒布が落ちた。その下から現れた顔は、確かに笑っていた。
     両腕が翼を畳むように下ろされた。いろはの背を抱きしめる。
    「僕の死に場所はここだからね」
     闇色の身体から確かな体温を感じた、次の刹那。
     黒い炎が燃え上がった。熱の無い虚無の炎。それはいろはを包むようにわずかな間燃えさかり、唐突に消えた。周囲の瓦礫も、塔も、分体たちも何もかも道連れにして、まるで虚空に呑まれたように。
     静寂が落ちた。やがて蒼白な顔で千鳥が呻いた。
    「あの卑怯モン、最後の最後まで好き勝手しくさって」
    「この裏切り者」
     倒れたままウツロギが消えた虚空を見つめ、舞は溜息ともに呟いた。
    「大事な人も学園も六六六人衆も、闇の御自分さえも騙して裏切って、御満足でしたか? 部長……」
     煉火が痛む身を起こした。痛ましげな眼でいろはを見やった。
    「四月一日く……」
     声をかけようとし、途中で諦めたように頭を振った。
     そんな仲間達の前で。
    「ああ」
     いろはの膝が落ちた。何も考えられなかった。言葉どころか涙も出てこなかった。ただ抑えきれない何かが喉の奥から意味の無い音となって漏れ出した。
    「あああ」
     両手をついた。冷たい床に落ちた「虚」の印の黒布に手を伸ばし、握りしめた。
     そしてわずかな間をおいて。
    「ああああああああああああああああっっ!!!」
     少女の絶叫が、一人の六六六人衆が消えた空の下に響き渡った。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 7/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 23
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