●
境界線の向こう側――誰が『其処』にいてもおかしくなかった。
本当に、
皆が皆、覚悟を胸に識るしリングに立った。
それはもう、リングにのり現われたダークネス、ボルドーと佐取が霞むほどに固められた、闇へ魂をくべる決意の強さ。
ひとつめは、兵器として育てられたが人生の愉しみを知り始めた、娘。
ふたつめは、怠惰に覆い隠した後悔故に誰よりも強く強く守護を願った、男。
娘は、喜び日常を踏みしめるからこそ、他の誰かが闇へ往くのを憂いたか、率先してボルドーを害し……堕ちた。
男は、特に周囲へ警戒を常に張り巡らしていた。先に堕ちた娘が戻れぬ絶望にだけは陥らぬように……そして、佐取を討ち堕ちた。
●
――もしもわたしが堕ちたなら……。
先程塵に変えたメモの文言を脳裏に浮かべるは、かつて色射・緋頼(生者を護る者・d01617)であったヴァンパイア。
『……りたい、守れない』
力なくした左指に代わり存在を誇示するように膨れあがる、逢瀬・奏夢(あかはちるらむ・d05485)の右腕。
狙いを惹く目的を達成したマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)をはじめ仲間達を常に守り続けたのは奏夢、そして――、
「……こうなってしまいましたか」
結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)である。優雅で淡い青のチュール、差し色というには些か赤が多すぎる。そんな血花が先の激戦をうかがわせる。
彼女の瞳には、別の色の『覚悟』が注がれはじめている。
即ち、2人を取り戻す。
「語りたいことがあるのだろう? 聞くよ」
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が向けた水に面を持ち上げたのは、ヒヨリだ。
『灼滅者の戦いの果てに幸せはあるか?』
緋頼がヒヨリに託したのは思想を灼滅者へ語るコト――。
『全ての者は幸せを望むべき』
それはかつて兵器だった娘の語る言葉。
偶然にもやはりヴァンパイアを倒すべく調整されたマリナは光なき瞳孔に黒の令嬢を移し込む。闇に堕ちてなお『情の導く理』を求める彼女と、兵器たれを全うしたい衝動に駆られ続ける自分は随分と違う形をしている。
『争い負けるならいざ知らず自ら不幸になるのは罪』
今一度、問う。
『灼滅者の戦いの果てに幸せはあるか?』
成程と、言葉を探す謡。
「ヒヨリ嬢は問答に付きおうてくれるのか」
帰還への欠片を手繰る卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)は、膨れた右腕で面を覆い繰り言零す奏夢へと視線を移す。
「……奏夢さん、奏夢さん」
聞き漏らさぬように、羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は名を呼び距離を詰めた。
『……守りたい、守れない』
右腕でかき抱くはかつての幻影。
陽桜は聞く、鬼と果てた狼が悔悟まみれで零した『家族』という存在を。
守れなかった、ひと。
『ならば……』
薙ぎ払われても耳に残そうと更に近づく陽桜の手を握りしめ引き戻したのは、柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798)だ。
『殺してしまえばいいのだ』
遠目より口元を注視していた真夜は気づいた、次の声が大きくなると。だから手を引けたのだ。
「駄目ですよ」
いつでも戦えるよう構えながらも諭すように投げかける。
『……すまない……俺は悪くない…………悪くない……だから壊してしまえばいい』
――声が聞こえるんだ。
泣き出しそうに歪む口元には奏夢が宿る、そんな風に思わせた。
2人の闇が零した欠片、拾い集め紡ぎあわせ――気高き魂取り戻せ。
誰が堕ちてもおかしくなかった。
そして、
もし2人が此方側なら、入れ替わり彼方側にいる自分を死に物狂いで取り戻してくれるはず。
そんな、気高き魂、取り戻せ――。
参加者 | |
---|---|
柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798) |
羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490) |
紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) |
結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781) |
卜部・泰孝(大正浪漫・d03626) |
マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401) |
綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953) |
天原・京香(銃声を奏でる少女・d24476) |
●
――幸せとはなんだろう? この腕で大切な人達を取りこぼさずにいられたら『俺』はそうだったのだろうか?
獣めいた右手は覆った自らの額すら抉り血零す。
奏夢だった闇が蹲る機会を逃さずに、結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は仲間へ目配せで包囲を示唆する。そうして自身も観客を遮る場所へ歩を進めた。
堕ちた者の熱など見せず泰然と佇むヒヨリの元へ駆付ける綾町・鈴乃(無垢な純白・d15953)と天原・京香(銃声を奏でる少女・d24476)へ、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)は信頼籠めた紫苑を注ぐと口火を切った。
「やあ、右手の吸血鬼。少し話をしよう」
『俺は悪くない……壊してしまえばいい……』
謡はマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)へ、
「その言葉は、貴方からのSOSですね」
静菜は自分へ守護と快癒の包帯を巻き付ける。
「たった独りでは、たとえ一人の人を守り切る事だって困難です」
「その上で、逢瀬殿、貴殿の守り抜く戦い、見事であった」
卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)は柳・真夜(自覚なき逸般刃・d00798)へ帯を伸ばし、視線はヘッドドレス同色に染まった白を纏う少女へ。
「おっおー♪」
敢えて回復せずに攻撃の機を待つ瞳は奈落色、はみ出す闇が泰孝の懸念をますます深めていく。
『守れない』
「守れますよ、絶対」
握りしめていた拳を解けば「怖い」が散った。だから羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)はまた顔をあげて「怖い」に身を浸してくれた二人の前に立つ。
●
――守護、それを戦う理由とする者もいるというけれど『わたし』は。
「緋頼、あんたの問いかけに友人として答えてあげるわ」
迷彩服に羽織るには藍染めの和装は余りに違和がある。だがそれこそが京香の後悔の印。
遺品。
「『そんなことは分からない』よ」
勿論緋頼を纏うつもりは、ない。
『答えを出す事から逃げる口はいらないわ』
両人差し指に巻き付け伸ばす糸を首元へ、身をかがめ割りいらんとす真夜を留めたのは小柄な体躯。
「まだ元気なすずのが皆様を庇います」
ぱくりと割れた腕の痛みに歯を食いしばる鈴乃は姉と慕う人へ歩を詰める。
「緋頼さま。すずのは昔淫魔のおねーさまに育てられました。その頃は確かに幸せでした」
『でも灼滅者が幸せを壊したと聞いたわ』
「はい」
揺るぎなく頷く鈴乃の聖なる風に重ね、真夜もシールドを拡散し守護を固めて口火を切る。
「幸せの形は人それぞれ、一見不幸に見えても当人は幸せだということもあるかと思います」
『灼滅者の戦いは彼女を不幸にしたのね』
「私はひとそれぞれ、と言いました」
限る言い方を遮断し京香へと黒の双眸を送る。まだ言葉はあるのだろう、と。
●
真珠の首飾りめいた糸にて血の宴はじめたヒヨリの隣、額を覆う右手が身じろいだかと思うと、空間がこそげ取られる。下敷きにされたのは、マリナ。
「マリナは兵器」
だが即反応。口元だけの笑みで斜め上につきだした日本刀にて手首を縫い返す。
「だから使い潰されるまで戦い続けるんだおっ」
口にされるは陰惨たる育成にて醸造されし価値観。
『緋頼が囚われていた枷に、まだあなたは捕まっているのね』
「枷じゃないおっ。マリナが決めた事だおっ」
「そうよ、緋頼。幸せなんてねその人自身が決めることなのよ」
右手へと京香は弾丸をばらまく手つきは冷徹冷静。
「私の友人も闇堕ちして死んだ。この手で助けることはできなかった」
藍をぐしゃりと握る。
もう、熱はない。
その子は、いない。
『その子は幸せになれなかったのね』
「違うわ。彼女の気持ちは「知る術はない」よ」
『助けられなかった……』
灰のような白髪の隙間、燐光めいた蒼が迂り漆黒の口ふさぎの向こうの諦観を吐いた。
「家族を失った後悔故に同じ過ちを犯す位なら、先に壊せば良い……」
再びマリナへ帯を伸ばし、謡は悔悟の蒼と真っ直ぐ向き合う。
「けれどそれは、守護の意志が強い事の裏返しだ」
『でも、俺は……っ』
ひゅうと鳴る喉は、焦燥。
『彼は幸せを見いだせていないわ』
手負いを痛めつけ爪剥ぐように一人ずつ殺せばいいと知っているヒヨリは、マリナの命を狙う。
「~♪」
その戦略的思考はむしろ心地よい、死の糸の先で嗤う娘を襲撃から隠し腕に糸を巻かせたのは、やはり謡。
「皆で帰路に着ける迄は」
彼らを呼び覚まし抗い引き出さねば勝ち目はない、だから堪える。
「奏夢さんには」
一旦吊り下げた十字架を抱え持ち陽桜は鋭い一打を叩き込む。飛び散る血に心に爪たてられるも、あまおとの癒やしが戦線維持する様に心も握りなおした。
「貴方を大切に想い支える沢山の人達が……沢山の『右手』があるのですから」
右指はくるすから解き彼の左手を包む。真夜へ守護を付与する静菜も反対側から手を重ねた。
「どんなに強く見える人だって、いつも沢山の人の手を借りて生きているのですよ」
呼吸して、痛みを感じて、笑って……助けたいって、願う。
「そうですよ」
こん。
拳を合わせるのが真夜らしいと言えた。
でもすぐにほどかれた指は、陽桜と静菜ごと覆い握りしめた。
「一人で守りきるのが難しければ、周囲に手伝ってもらうのもありかと思います」
こんな風に。
率直な台詞に蒼は瞬いて、少女達を見回した。
「照れくさくて紹介出来ないほど……」
ぽふりと醜くも気高き右手を優しく叩き、静菜ははにかみで頬を染める。
「改めて数えるのが困難なほど、多くの方達に支えられて、私は今ここに居ます」
二人にもそんな人はいるはず――そう向けられた眼差し受けて鈴乃は可憐なえび茶を瞬かせた。
「すずのはその後、緋頼さまに鞠音さまや白焔さまにあるいはりんごさま達に出会いました」
幼い指で数え上げて、誇らしげにまた開く。
「皆様と一緒に過ごす今のすずのは、間違いなく幸せです」
「もう一度言うわ」
京香の「緋頼」と呼ぶ声は凜と張り。
「幸せなんてねその人自身が決めることなのよ」
「はい、すずのは幸せです」
えへへ。
葉がこすれるよな笑いと同じ笑い方の陽桜があとを引き取る。
「緋頼さん。こんな風に『一人じゃなれない』それが幸せです」
ひとりじゃ、ない。
『『――』』
沈黙するダークネスたちに入れ替わるように、熱に浮かされた観客の囃子が聴覚を乱す。
――コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!
『そんなに壊した方がいいのならっ!』
引き絞ったヴァイオリンの如く髪を掻きむしる右手の隣、ヒヨリの音を立てぬ唇は月を雪を姉妹たちを確かに形作った。
「待ってください」
観客に向けられた殺気を押さえるように声を大きくしたのは真夜だ。
「守れないなら殺してしまうのは、結局守るものがなくなってしまい本末転倒ですよ」
『でも俺は守れなかったんだっ……だから壊す!』
――コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!
『みんなだってこんなに言ってる……殺せ、壊せと!』
諭しへ振り上げられた右手は駄々っ子のよう、だが一瞬でこの場な地獄変招く凶悪さ孕む。
「……逢瀬殿」
兇刃はばら蒔かれない。
「闇が嘯くならばこそ、その甘言振り払おうぞ」
絡みとったのは泰孝の『左腕』
「貴殿一人、一本の腕では守れず零れ落ちる雫あるなら。我らが共に支え背負い、もう一本の腕となろう」
――かつて魂を護られた時と同じように泰孝は堅く喰らいつき、確とした口調で暖め抱き込む。
『…………もう一本の、腕』
「貴方の右手が届かない範囲は、私達の右手が守ります」
黒越し震える頬へ労りの藍を注ぎ、静菜は大きく爆ぜさせた腕を戻し肩へあてた。
「『守りたい』というあなたの心からの願い、皆で叶えに行きますよ」
陽桜も再び掌をあててぬくもり注ぐ。
双方、振り払われようが何度だって手を伸ばす。
「あたしの腕もあります。過去も今もこれからも一人では抱えきれないなら支えてみせますから」
「うむ。傷つける腕あらば、其れを防ぐ腕となろう」
離れぬとつつむ泰孝は、裏返ったあの日に注がれた星色の熱を思い起こし。
『――この腕たちがもし、あの時あったならっ! 彼女たちの手だって……そしたら、守れた守れた守れた!!』
苛む後悔に煽られ泰孝を突き飛ばすも、その力は明らかに先程の精彩を欠いていた。
●
「……ッ、私は今が幸せですから」
ぶんと跳ねた糸が虚空に零すは自分の血だ。
「その幸せを守るために戦っています」
明滅する意識、ふらつく足を堪えるように太ももを叩き、真夜はなおマリナを庇う盾となった、今の言葉を全うする為に。
『幸せ? そんなに自分を犠牲にしているのに』
「私はっ……戦いが終わるまで守り通せれば幸せは『ある』と言えると思います」
『成程ね。衝突し争い勝ち抜いたものが更に幸福になれると言うのは理解できるわ』
「幸せに『なれる』から戦うのではなく『する』為に行くのです」
いつ倒れても後悔ないようにと回復とお守りを施し続けた静菜は花のように笑む。
「私達は今、幸せです」
それは、緋頼という少女が咲かせる花にも似た、可憐。
『何故? そもそも今の灼滅者達の戦いは『誰』を幸せにしているの?』
――誰も幸せにできない所に『緋頼』は返せないわ。
「そうか。『ふたり』とも同じか」
そして自分が宿す紫鬼も。
言葉を見つけた謡の影より飛び出して、京香はヒヨリへ銃口を突きつける。殺す為ではない。
「私はね、もっと個人的な事を言ってるの」
紙触れるだけでも倒れそうなマリナより首を振られ、鈴乃は意図を察し自分に気を向ける……もう受け入れる器が、ない。
「だから逆なんです、緋頼さま。今ある幸せを守るために、望む幸せを掴むために戦うんです」
辿りついたのは真夜と静菜と同じ答え。
『……幸せを、掴むだなんて』
「兵器としてでもなくダークネスでも灼滅者としてでもない……」
友の欠片の浮上を認めた京香は口元をつりあげて、足掻く闇を抑え込むべく引き金に力を加える。
銃声が空間を割った。
瞬間の紅吹雪に煽られて、狂乱のクラップハンズが場を取り囲む。
「あんたは人間よ」
そんな中でも消されない、声。
「マリナは兵器」
螺子を限界まで巻いた玩具の如くダークネスらへ距離を詰める。
『思い込む不幸にすら気づいてないのね』
言葉と同じ温度にてヒヨリの糸は無慈悲に貫き狙う。だが少女は相殺も攻撃もせず真夜に守護を残す。
「もし倒れちゃっても後が続いて……」
こほり。
『礎』という単語と共にあふれ出た血の塊は戦線離脱の印。
「……目的を果たしてくれるなら、それが兵器としての幸せ」
例え自分が使い潰されるとしても、仲間がいる。
「だから二人とも、いつまでもそんな場所にいるんじゃねえんだおっ!」
――先程まで共に戦った『戦友』なのだから。
握力佚して投げ出された刀へ伸びる別の手に武器冥利を感じ入り少女は意識を手放す。
「御両人、見えるか? 兵器と称し自ら倒れようとも。礎成りて目的達し、幸福つかもうとした少女が」
泰孝は自前の刀を落し代わりに少女の血で滑る柄を握りしめた。
何時もの自若は鳴り潜め、鋭利な軌跡でリングを駆ける様は――闇を手繰ってすら現われぬ、何故ならこれは少女の模倣。
それはかつての人殺シの人形劇を嫌でも胸に呼び覚ます、操り人形と成り果てても救えなかった幼年の命は後悔の棘。
「一人では届かぬとも、仲間に思い託し戦い抜き……」
託された誇りで後悔を覚悟と書替え飲み干す。
「言の葉ではなく、己が姿勢で意志を伝えし少女の姿が」
『『――』』
呼応するように、緋頼の瞳が陽炎のように揺らぎ奏夢の左肩が震えた。
「緋頼さん、奏夢さん! 聞こえているのですね?」
真夜の声に皆が攻勢へと意識を切り替える。
「戦いの果てにどういう結末になるにしろ……」
仲間の影で浮かべかけたシールドを消し真夜は最小限の所作で右手の腹へ焔を蹴り込む。
「いいえ。きっちりと……みんなが無事な形で今回の戦いは終わらせます」
先からの疵の蓄積で折れそうな膝に鞭打って、おくびにも出さずにいつも通りの『普通』の微笑み。
「あんたの帰りを待っている友人に――大事な彼がいるでしょ」
心斬るような想いで待つ彼が。
「すずのの幸せには緋頼さまは必要です、それに……」
「! わっ、私だって……」
帰ってきて。
死なないでよ。
膨れた頬の紡ぐ声は鈴乃の舞うが如くの雷撃に紛れるも、確かに届いている。
『そんなのは、答えじゃない……わ』
ヒヨリの唇は否定する。
でも、
緋頼の心は受け入れて、糸が指から、おちた。
「守護の意思強き右手の吸血鬼よ」
同時に、彼を孤独にするものかと声響かせる存在がいる、紫の娘謡だ。
リングの淵を滑るように駆付けると足元の影を踵で踏みしめて暴れ出すのを少しだけ先延ばし、何故なら今は台詞のシーン。
「己を自棄に曝す必要はない、貴方は、貴方達は此処に集う仲間を守った。力を御した証だ」
「そうです。あたしは確かに護られてます」
陽桜は拳を握りしめる。
恐怖を殺す為じゃない、お礼を言う為に。
「あたしは壊れてなんかいません、助けられてばかりです」
「私だって貴方に助けられました。だから、返させて下さい――救助要請、受け取りました」
さくらのくるすと救いの腕が交差し奏夢を迎えに行く。
「過去も今もこれからも、支えてみせますから。そうやって足掻いて精一杯戦って」
振り返り靡く桜色の髪、陽桜の瞳は硬直し肩を抱く緋頼へも向く。
「必ず幸せを掴んでみせます」
『そんなの……不確定すぎて…………』
「そう、ひととは変わっていくもの、です」
疵負い微笑む緋頼の帰還。
「緋頼さま!」
「もう……!」
感極まって抱きつく鈴乃とそっぽを向く京香。
ひとりが戻る、闇から戻る。
その変容を受けて、額から血を零し口元覆う『右手』の吸血鬼へ、謡は謳う。
「ほら、過去とは違う。孤独に非ず。絶望後悔に苛ませんとする仲間がいる」
そっと耳打ち。
「それに新たな家族……紅子さんを真に守れる男は一人だろう。なぁ、優しき鬼」
『……俺、は」
剥がれ堕ちていく右手を包むように謡の足元影が昇っていく。
「どうか、奏夢さんを之からも頼む」
否定などしない。
優しさ故に現われ後悔に留まる鬼を見ない振りなど、しない。
「貴方を含め受容れる器量位は有るつもりだよ」
「――守りたい」
狼は群れない。
でもそれは、孤独と完全一致では、ない。
奏夢の金瞳が斃れたマリナに向き翳った。嗚呼これは『ひと』の所作。
「案ずるな」と泰孝はマリナの疵へ包帯をあて生存を示す。
「…………良かった、みんな無事か」
足元に現われたキノを抱き上げる奏夢へ陽桜は大きく頷いた。
「はい、おふたりに助けてもらいましたから」
……嗚呼。
斯くして、本件は誰ひとり失われる事なく、リングに魅入られた数多の観客を救いきった――闇に魂をくべる覚悟ある者達の手によって。
作者:一縷野望 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年9月2日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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