ヒザにシジミを受けてはいけない

    作者:泰月

    ●現代版怪人式シジミ売り
     島根県、宍道湖。
     日本で7番目に大きい湖である。
     その湖畔のとあるレストランの中に、茶倉・紫月(影縫い・d35017)の呼びかけと案内で集まった灼滅者達の姿があった。
     流石にこの季節、炎天下で作戦会議は厳しい。
    「島根ってシジミが有名らしい。特にこの宍道湖。つまりシジミ怪人がいるんじゃないかと思って調べてみたら、3人組でマジでいるっぽい」
     カップのチョコミントアイスを食べながら、紫月は話を続ける。
     曰く、ランニングやサイクリング中にシジミをヒザに投げつけられて、大量のシジミを押し付けられるんだとか。
    「ヒザにシジミが当たると、怪人的にはドーピングみたいなもんでダメになるらしい。でも大量にシジミを食べれば大丈夫だとか」
     ……。
    「意味は良く判らないけど、まあご当地怪人だし、世界征服は狙ってるんだろう」
     そだね。
    「出現するのが宍道湖の周りとしか判らないけど、ランニングとかしてれば、多分向こうからノコノコ出てくるんじゃないかと」
     熱中症対策はしっかりしておこう。
    「戦闘能力に関しては正直判らないけど、ドーピングがどうとかで、自己強化的な能力は持ってるかもしれないかな」
     他にシジミに関係する戦闘に使えそうな情報を探してみると、シジミ漁では先にカゴが付いた8m近い竿を使う方法もあるらしい。
     所謂、長物だ。漁の道具も怪人にかかれば武器になるかもしれない。
     これ以上の確かな情報はないが、仕方ない。

     そろそろ行動に移ろうかと、灼滅者達が腰を浮かせかけた、その時だった。
     レストランに、トレーニングウェア姿の青年達が入ってきたのは。
     先頭の1人が、何かの入ったバケツを持っていて――。
    「さっきの3人組、なんだったんだろうな」
    「なんだったっけ。『お前はもうだめだ、シジミをヒザに受けたからこのままではドーピングになる』だったか?」
    「それで『だが、普段からシジミを食べていれば問題ない』って大量のシジミを押し付けられたんだよ」
    「何故受け取ったし」
    「いや、係わり合いにならないほうが良さそうだったし――タダだし」
     意外と近くにいたりして。


    参加者
    片倉・光影(風刃義侠・d11798)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)
    十全・了(赤と黒の夢・d37421)
    四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)

    ■リプレイ

    ●出るまで走る
    「武学ー! ファイッオー!」
     宍道湖の湖畔に、四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)の威勢のいい掛け声が響く。
     帽子とサングラスで顔を隠し自転車を漕ぐ綴に後押しされる様に、4人の男女がランニングに励んでいた。
     シジミ怪人を誘き出す為に灼滅者達が選んだのは、湖畔のランニングだ。せめて少しは涼しい場所を――と言うチョイスである。
     ――ズルズルズル。
    (「思ったより宍道湖大きいな……やっぱ走ると暑いけど、これはこれで良いかも」)
     横目に見える夏の日差しに輝く湖面。
     その広さに圧倒されたような気分を覚えながら走る十全・了(赤と黒の夢・d37421)の前方で、何かを引き摺っているような妙な音が鳴っている。
     ――ズルズルズル。
     ような、も何も、茶倉・紫月(影縫い・d35017)が、水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)によって引き摺られていた。
    「おい……任せるって言ったんだが……何で俺は引き摺られているんだ」
    「ランニングとかしてれば、って言い出したの先輩じゃん」
     不服そうに引き摺られる紫月に了がしれっと告げる。
    「1人だけ楽してアイス食べてるなんて、許されると思った? 皆で走れば怖くない」
     こちらも涼しい顔でしれっと告げる紗夜は、怪力無双発動中。
    「うーん。案外出てこないね。もっとあっさり出てくるかと思ったけど」
     集団の先頭で、饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)が軽く首を傾げる。狙い易いように、丈の短いウェアを着ているのに。
    「……こう賑やかでも大丈夫なんだろうか、と言う所は気になるな」
     その横を走りながら、片倉・光影(風刃義侠・d11798)が少し眉を潜める。
    「自転車――いいな」
    「そこ! 声小さいッ! 武学ー! ファイッオー!」
    「ふぁいおー」
     2人が肩越しに振り向いてみると、綴の掛け声に紫月が何か色々諦めた目で気のない掛け声をあげていた。
    「もう2、3分走って状況が変わらないようなら、俺が先行しよう。人数が多すぎると言う事もないだろうが、1人の方が狙われ易いかもしれん」
    「あー……それもあるかもー」
     光影の提案に、樹斉が頷く。
     ランニングでも、走っている内にバラけるのは珍しくない。
     そのすぐ後だった。
    「シジミィィィィ!」
     ガサガサという物音と共に、そんな掛け声が集団の斜め後ろで上がったのは。
     緩やかな放物線を描いて放たれたシジミがコツンと当たったのは、肩を掴まれズルズル引き摺られ続けていた、隙だらけな紫月の膝だった。

    ●シジミの真実
    「後ろだ!」
    「待て。確か3人組の筈。まだどこかに――」
     後ろからの出現に気づいて足を止め振り向いた樹斉に、同じく足を止めた光影が、警告の声を上げる。
     ガサガサッ!
     ザバーッ!
     樹上と湖中から放たれたシジミが、振り向いた光影と、紫月を引き摺っていたために若干反応が遅れた紗夜の膝に、コツン。
    『これはいけない。3人もシジミを膝に受けてしまったな』
    『このままでは、シジミのオルニチンが膝から作用して……ドーピングだ。アウトだ。引退の危機だ!』
    「ええ、ドーピング!?」
     黒光りする貝頭の怪人の口上に、大袈裟に驚いてみせる樹斉。
    『だが、安心しろ。これから毎日シジミを食べてれば大丈夫。というわけで、今日は特別にこのシジミを――』
    「あ、うん。貰えるものは貰うね。ありがたく」
     怪人の台詞を途中で遮って、了がシジミたっぷりのバケツを受け取る。
    「けど……シジミは生き物であり食べ物だよ? 投げるものではないよ?」
     じとりと怪人達を見返す了の体から、殺気が薄く広がっていく。
    「変ッ! 身ッ!!」
    「真風招来!」
     続いて綴が、光影が。次々と能力を解放する灼滅者達。
    『しまった!?』
    『こいつら灼滅者か!』
    『だ、だが、灼滅者でもシジミの効果は変わらない筈!』
    「それそれ。オルニチンの効果ってどんなものだっけ? 僕はまだ飲めないからアレだけれど、オルニチンって二日酔いに良いんだっけ? あれ、違ったかな?」
     こちらの正体に気づいて狼狽える怪人達に、紗夜が詰め寄る。
    『確かにシジミのオルニチンは二日酔いにも効果がある!』
    『それはオルニチンが肝臓に届くと、肝臓の持つ機能を保つ効果があるからだ!』
    「じゃあ、何で膝にオルニチンでドーピングになるのさ。膝からどういう経緯で身体にオルニチン摂取してるのかな」
     自信たっぷりに頷く怪人ズに、更に詰め寄る紗夜。
    『いいか。オルニチンは遊離アミノ酸だ!』
    『遊離アミノ酸とは体内を巡って必要な所で働く成分。肝臓に留まらず、疲労回復や筋肉にも効果があるものなのだ』
    『体内を巡るんだ。膝から摂取されて、なにがおかしい!』
    「ああ、湿布とか染み込む感じだし案外……って流石に違う! 皮膚から栄養取れるわけないだろ!?」
     思わずツッコミを入れる樹斉。
    「オルニチン……なんて恐ろしい物質なんだ……!」
     あ、綴は真に受けちゃってるっぽい。
    「でもなんで膝? ……膝にフジツボの話が元だったりするのか?」
    『『『あぁぁん?』』』
     怪人達のこの反応に、紫月達は悟った。
     あ、やばい。これは話が長くなる地雷を踏んだ、と。
    『フジツボだと? あんな固着しか出来ずに汽水域では生きられない甲殻類と一緒にしないで貰おうか!』
    『ならば、話してやろう。我々のシジミマッスル計画を!』
    『お前達は知らないだろうが、この国にはザ・グレート定礎様と言う立派な――』
     要約するとですね?
     シジミ怪人達は、彼らが主張するオルニチンのドーピングを防ぐ気などなく、むしろ日常的にオルニチン摂取を勧め、筋肉を増強させる気だった。
     それでドーピングを疑われた人に『もっとシジミを食べてオルニチン筋肉を鍛えて、一緒に世界を目指そうぜ』と更にシジミを与えてマッスル増量。
     シジミで鍛え上げられた筋肉を持った配下を増やして世界征服する計画だった。
    『グレート定礎様は、それは立派な筋肉をお持ちだと言う』
    『つまり、時代は筋肉!』
    「何で大量のシジミを渡すのかと思えば……」
     半眼で呟く了。
    『そして膝を狙っている理由だが――知っているぞ。お前達人間の本で読んだ。お前達は膝に矢を受けると引退するのだろう? だったら、シジミでも良いじゃないか!』
    「膝に矢じゃなくてシジミな理由それかよ!?」
     あんまりな理由に、樹斉のツッコミが冴え渡る。
    「おのれご当地怪人め……合法的にシジミを押し付けるとは……ッ!!」
     わなわなと拳を震わせ、綴が放ったビームを避ける怪人達。
    「ご当地怪人の行動と理由が意味不明な事など、今に始まったことではないが……計画が既に度を過ぎているな。懲らしめておくとするか」
     表情を引き締め、光影が刀の柄を握る。
     峰に薄く龍が彫られた刃が鞘走り、三日月を描いた斬撃が怪人達を切り裂いた。

    ●シジミ達の倒し方
     ビュンッ。
     カゴの付いた長い竿が、灼滅者達を寄せ付けないように振り回される。
    『くっくっく。このシジミ竿の間合い――そうそう踏み込めると思うな』
    「そんな長さの物ぶん回せるってやっぱご当地愛?」
    『うむ。シジミ怪人なら、シジミ竿くらい扱いこなせなくてはな!』
     樹斉の放った攻性符の一部をシジミの様に竿の先のカゴで掬い上げながら、自信たっぷり頷く怪人。
     慣れない人では長さに振り回されてしまいそうなシジミ竿を、怪人達は自由自在に武器として扱っている。連携も中々だ。
     だが、それだけ。踏み込む隙が無いわけでも、戦い様がないわけでもない。灼滅者達は遠距離攻撃を主体に、怪人達の体力をじわじわと削っていく。
    「くらえ、アイヴィークロス!」
     竿を掻い潜った綴の大型機械振動鋏が、怪人のシジミ頭を削り取る。
    『ぐっ……だが、一撃程度。そう容易くこのシジミの殻を砕けるものか』
    『シジミを食べれば、頭もこの通り!』
    『だからお前達も毎日シジミを食べるがいい!』
    「シジミは健全な食べ物だから、ドーピングにならないと思うよ」
     怪人にそう言いながら、紗夜は傷を癒し感覚を研ぎ澄まさせる矢を放つ。
    「シジミは取れても、影は止められないよね」
     了の影が伸びて、シジミ竿の影を通って地面を進む。
     怪人の足元まで届いた影は、漆黒の刃に変わって足元から敵を切り裂いた。
    『ば、ばかなぁぁぁぁ!?』
     驚愕に目を見開いたまま、爆散する怪人。
    『む、1人やられてしまったか……!』
    『よくもやったな! シジミ集めが大変になるだろうが!』
     八つ当たり気味に飛び出してくる怪人達。
    『喰らえ、シジミビーム!』
    『更に続いてシジミキック!』
     シジミの殻の様に黒光りする光が放たれ、それを追う形で別の怪人が飛び出す。
     漆黒の光とシジミびっしりの靴底が、共に鋼の機体に阻まれた。
     直後、マシンサンヨーの機銃が銃火を上げて怪人達の足を撃ち抜き、神風の鋼の機体がシジミ頭に激突する。
     2対8になったことで、一気に押され始める怪人達。
     そして――。
    『ツメタガイだとっ!? く、来るなぁぁぁぁ!?』
     影に呑まれた怪人が見えたトラウマに思わず声をあげ、影が元に戻った時には既にその姿は消え去っていた。
    『よくも2人も! 今までも全力だったが、更に全力だ。シジミパワー!』
     最後に残った怪人が、シジミっぽい黒いオーラを全身に纏う。と同時に、その全身がムキムキッと、一段、力強さを増した。
    「――そこだ!」
     光影が同時に番えて放った2つの矢が、怪人の左右の膝に1つずつ突き刺さった。
    『ぐっ』
    「膝に矢を受けたな? 引退するのか?」
    『あ――』
     光影の鋭い一言に、固まる怪人。
    『お、俺はダークネスだからな。に、人間の常識なんか通じないぞ!』
     だがすぐに立ち直り、やや震えた声で言い放つ。
    「引退しても、逃がさないけど」
     了の光の剣が、怪人のオーラを切り裂くとその体がプシュッと一回り萎んだ。
    『くっ……力が抜ける! これは、戦略的撤退を――』
    「味噌汁のシジミって、食べ辛いよな。具としては、アサリの方が美味い」
    『なぁんだとぉぉぉぉぉ!?』
     撤退が頭によぎった怪人だったが、その一言でスイッチオン。
     シジミ竿が紫月に叩き付けられる――直前、その姿がふっとかき消える。
    『なにっ!?』
     驚く怪人の背中を、時計の針のような漆黒の刃が切り裂いた。
    『ぐっ――なに!?』
     斬られた怪人が、更に驚きに目を見開く。
     紗夜が語った奇譚によって、雷鳴を纏った漆黒の龍神が顎を開けていた。
    「くらえ――アイヴィー! ダァイナミックゥ!」
     龍神が消えると同時に、怪人のシジミ頭を機械鋏が挟み込む。
     綴はそのまま機械鋏で掴んで、投げ落とす。
    『足りない――シジミを、もっと』
    「美味しいシジミをこんな風に歪めて使おうとするのは許せないよ」
     しぶとく立ち上がろうとする怪人に、樹斉が巨大な刃を振り下ろす。
     雲のような印が刻まれた儀式剣の重たい一撃が、硬い殻に包まれた頭部を打ち砕く。
    『グローバルジャスティス様とマッスルに、栄光あれ!』
     その言葉を最期に、シジミ怪人達のシジミマッスル計画は打ち砕かれた。

    ●シジミ尽くし
    「さて。折角だし、シジミ料理でも食べて帰ろうかな」
    「シジミソフトクリームとかあるらしいね」
    「知ってる。デザートは確定。後はシジミご飯とシジミの味噌汁か、ここは」
    「おや? チョコミントじゃなくていいのかな」
     紗夜と了が、今度は紫月も引き摺られず、来た道を戻っていく。
     綴と光影と樹斉はそれを見送ると、思い思いにその場を離れていった。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年9月9日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
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