夏夜の餞

    作者:四季乃

    ●Accident
    「ラジオウェーブによるラジオ放送が確認されました」
     このまま放置していれば、いずれ電波によって発生した都市伝説がラジオ放送と同様の事件を起こしてしまうだろう。集まった灼滅者たちを前にして、そう前置きをした五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は、一つの白い狐面を顔に被せてみせた。

     その神の名は梓翠さまと云う。
     彼の眸が梓の葉を陽射しに透かしたように美しいことから、その名を賜ったのだそうだ。現世にて各地を回り修行をされていたそうだが、このたび天上へとお戻りになられるという。
     梓翠さまには狐の眷属がおり、それらが旅の道中を守り、遥かなる時を経ても立派に共を努めてきた。そんな彼らを残して天上へと一人帰ることを心優しき神は案じておられたが、狐たちは主が憂いを残して行かれぬよう、最後の別れに宴を催すことを講じていた。その宴の席で主に餞を送ろうというのだ。
     梓の木で作った升、白く滑らかな陶器の皿、弦の一本から手作りした琵琶。梓翠さまの好物である桃の果実。そして――ふくふくと育った丸い頬の、人間の子。
     梓翠さまは人の子をたいそう可愛がっていた。浮世の様を愁いても子どもは好きで、よく人に成りすましては遊んであげたのだ。子ども好きの梓翠さま。
    「もちもちとした白い頬じゃの。梓翠さまのお口にも、きっと合うじゃろうて。なァに、例え嗜まれずとも天上で可愛がってくれるさね」
     お優しい梓翠さまを寂しがらせては、いけないよ。
     白装束に身を包む狐が一匹、二匹。赤い隈取りを施した無機質な狐面が、ずずいと顔を覗き込む。細い手首には、ぎっちりと獣の爪が食い込んで離さない。

    ●Caution
     その社に神主は居ない。巫女も、氏子もとうに居ないと云う。
    「ですがこの地域では、かつて方々を旅して修行を積んだ神さまが梓に宿っているのだと、そう伝えられているそうです」
     もちろんラジオ放送の中に出てくる梓翠さまと眷属の狐たちは実在しない創作だろうが、この放送を受けてその社がゆかりの地だと思う者が出てもおかしくない。それほど放送内で語られた舞台と共通点が多くあるのだ。何せ社の奥には小さな稲荷があるという。
     今はもう人の手に渡らず、放置された廃神社。その境内を遊び場にする子どもが居るために不安は尽きることがない。
    「そのため、皆さんにはこの神社に向かってもらいたいのです」
     梓翠さまへの餞として品を用意する狐たちが子どもを浚ってしまう、その前に。灼滅をお願いしたい。

     眷属の狐は総勢十名を超えるそうだが、狐たちの中にもリーダーがいるようだ。それが下の狐たちに指示を出すなどして仕切っており、いわゆる梓翠さまの近侍のようなものだと考えてよい。一見すると数が多く感じるだろうが、その近侍狐が核であった場合、おそらく強さはそう大きなものではないだろう。
    「宴は宵の口に始まります。それまでに狐たちは餞を用意することでしょう。社の付近にいる者が最も狙われやすいでしょうから、わざと狐に捕まり宴に乗り込むか、装束と狐面を用意していますのでこちらを着込んで紛れ込むか……はたまた堂々と乗り込むか」
     作戦は皆に任せるとしよう。
     ちなみに放送内で梓翠さまが子どもを喰う、といった表現はなかった。ただ単純に、子どもが好きと云うだけだ。どうも狐たちの思い込みを感じられる節もあるので、もし梓翠さまも具現化していた際、彼は戦闘に加わらない可能性が高いだろう。
    「梓翠さまは心が清い方だとありましたので、そう信じたいところですが、これらは放送内で得た情報のため予知ではありません」
     万が一にも予測を上回る能力を持っている場合や、状況が待っているかもしれないので、くれぐれも用心してほしい。今回は赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止めることが出来た。多少と言えど情報を得られただけでも十分な収穫だろう。
    「主思いの狐たちの気持ちもわかりますが、だからといって子どもを浚ってしまうのはあまりにも可哀想です。どうか皆さん、お願いいたします」
     そう言って、姫子は深く頭を下げた。


    参加者
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    久遠寺・四季(吸血少年・d10100)
    三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)
    七瀬・麗治(悪魔騎士・d19825)
    琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)
    高階・桃子(追憶の桃・d26690)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    月森・夜深(竜ヶ渕村の騙り部・d33272)

    ■リプレイ

    ●遊
     宵の口を迎えて東から紺青の空がにじり寄る境内には、まだ子ども等が幾人か残っていた。
     まだ遊び足りぬと云った風に両手を合わせて微笑みを零すのは、艶やかな黒髪を宵の風に乗せて凛とした佇まいを崩さぬ月森・夜深(竜ヶ渕村の騙り部・d33272)であった。
    「それでは輝乃ちゃん、何をして遊びましょうか?」
     問われた琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)は、顔の右半分を覆い隠すお面越しに夜深を見上げると、寸の間なんぞ考えた風に虚空を見上げ、傍らに落ちていた木の枝を拾い上げてみせた。
    「絵でも描こうかな?」
     その言葉ににこりと優しげに笑んだ夜深は、何か手頃な枝は無いかと辺りをきょろりと見渡して、草むらの近くに落ちていた枝に気付き取りに駆けたとき、視界の端で動くものを捉えた。彼女の眸に、何か包みのようなものを片手に社の周囲を散策している久遠寺・四季(吸血少年・d10100)の姿が映り込むと、すぐに二人の視線が絡みあう。
    「ここは楽しい場所ですね」
     四季は腕に抱えた包みを持ち直すと、朱に塗られた社を仰ぎ「何か現れそうな雰囲気もありますし」秘め事のようにそう、囁いた。

    ●戯
     処暑を過ぎてもなお日中の気温が三十度を迎える夏の終わりとて装束は暑く、しかし完全に日が落ちると境内を包む竹藪は幾らか気温が下がったようだった。
     ビハインドのイツツバが両手で口を押さえ、戦慄するほどの衝撃に身を固くする真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)の手には、とぼけた顔の狐面。
    「……眼鏡とお面を、一緒に付けられない、だと……」
     ずもももも、と櫟の背後に暗黒が立ち込める。まさかそんな大事なことを、土壇場で気が付くなど思いもしなかった。櫟は冷静に、眼鏡を諦めることとする。
     そんな風に静かなる思案のせめぎに一人冷静な対処をしている櫟の姿を、傍らで見ていた七瀬・麗治(悪魔騎士・d19825)と三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)は、小さく肩を震わせながら、声を押し殺していた。と言うのも、辺りの気温が下がったのは、どうやら日が落ちただけではなさそうなのだ。うかつに声は、出せなかった。
     まるで、そう、細い糸をピンと張りつめたような。戦闘に長けた灼滅者たちの神経をピリピリと撫でていく感覚。
     ――シャン。
     暗がりに潜む灼滅者たちにの息を止めさせたのは、錫杖のような音だった。
     櫟たちとは反対の竹藪に身を隠していた高階・桃子(追憶の桃・d26690)と皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)は、境内の土をキャンバスに絵を描いて当てっこをしている少女たちの背に、ゆらりと蠢く大気の流れを見た。それはするするといくつもの人の形を成して、足元からゆっくりと姿を現していく。
    「子らよ、随分と楽しげじゃのぅ」
     男とも、女ともつかぬ問いかけに、三人の身体が静止する。
     振り返った先に居たのは、白い毛並みをした狐がずらり。赤と青の隈取りに彩られた面の下で、金色の眸を細めている。

    ●宴
     まだ完全な夜が訪れぬ空を照らし出す狐火にも似た光の波は、渚緒の目に眩く映りその胸を高鳴らせた。
    「狐のお祭りに紛れ込むのってなんだかすごくどきどきするね」
     傍らに沿うようにして歩むビハインドのカルラに小さく囁くと、大きな朱の盃を運ぶカルラはこくりと頷いた。渚緒たちは今、囮たちが気を引いている隙に狐行列の最後尾に紛れ込んで、宴の準備に駆けずり回っていた。あっちへこっちへ、てんてこ舞いになっているためか狐たちは気付いていないらしい。
    「こうしていると絵本のお話みたいで楽しくなってきそうだね」
     くすくすとした笑みを零し、渚緒は金糸の刺繍が施された布の上に盃を並べていく。「少しくらいなら、宴の準備を手伝ってもばれないかな?」なんて思っていたけれど、まさか上手くいくとは思わなかった。
     平静を装って食事を運ぶ麗治の背後を横切り、面の下で目付きを極悪にしつつ、ふらつかないよう苛々としながらも集中する櫟とすれ違う。確かな足取りで歩む桃子の腕には大きな酒瓶が一本、胸に抱きこむように持ち上げられていた。
    (「狐の宴とはなんとも楽しそうなものですね。でも、都市伝説とあらば、倒すのみです」)
     ちらと視線を社の方へ滑らせる。その方には子供たちを一まとめに集めて左右を固める狐が二匹居り、その傍でてきぱきとした指示を出す狐が居た。おそらくあれが、近侍狐だろう。よく見れば狐面の隈取りに金が混じっている。
    (「『神に愛される者は若くして逝く』という言葉が西洋にはあるが……洋の東西問わず神とやらは年若な者を好むのか」)
     団子を飾る三宝を運んでいた幸太郎は、別方向から近侍狐を視認し、一人そのように思案する。みな口々に目出度いことだと、梓翠さまを労い、梓翠さまへのあたたかな感情が流れ込んでくるようだった。
    「さて、そろそろ準備は出来たかの。梓翠さまがお越しになられるぞ」
     近侍狐の言葉によって、場の空気がピリっとした。どこからともなく聞こえてくる錫杖のような音が次第に近付くと、いやでも上にも拍動が高鳴りを見せてゆく。
     狐たちは等しく頭を垂れ、灼滅者たちもそれに倣い梓翠さまの訪れを待つ。
    「みな、よく集まってくれた。どうかそのように畏まらないでおくれ」
     果たして声の主は、来た。
     穏やかな声音は長い年月を重ねてきた者の貫録を思わせぬほどに瑞々しく、いたわりに富んでいる。眷属一人ひとりに声を掛けて労い、近侍狐が声を掛けるまで梓翠さまはにこにことと共たちの傍から離れなかった。
    「梓翠さま。今宵は大変素晴らしい品をご用意できたのです。我ら一同、心よりの餞、どうか受け取ってください」
     近侍狐を筆頭に、梓翠さまの眼前で深く頭を垂れると、ぱちん、といった音の合図と共に、他より躯体の大きな狐たちが四季、輝乃、夜深を連れて御前に現れる。傅くように言われて、大人しくそれに従う三人の少年少女を前にした梓翠さまは、青々とした眸を丸くして、ぽかんとした。
    「お前たち、これは一体……」
     その瞬間。
    「宴なら余興がいるだろう。多少荒っぽいが容赦の程を」
     バサリ。幸太郎の言葉に続くように、最後尾に坐していた狐たちが、一斉に立ち上がる。それらは顔に被せた面を剥ぎ取り、放り投げると、それぞれの手に武器を呼び出し、唖然とする一同に向けて切っ先を突き付けた。
    「ああ……ごめん、ちょっと皆避けて」
     一際大きな武器である。クロスグレイブを担ぎ上げた櫟は、仲間たちに向けてそのように忠告するが、すぐさまその声は聖碑文の詠唱に切り替わり、十字架の全砲門が開放されてゆく。集束する光が何を意味するのか、すぐさま解した近侍狐は守護狐たちに梓翠さまと己を守るよう指示を出すも、前線に飛び出て壁となった狐たちを光線の乱射が撃ち崩す。
     轟音を突き上げ塵一つとして残さぬ気概を思わせるオールレンジパニッシャー。己の手番を終えて、イツツバにパスされた眼鏡を受け取り、まるで何事も無かったかのように表情すら変えず状況確認を始める櫟に、流石の狐たちも茫然としたようだった。
     その裏で、するりと狐たちから離れた夜深が百物語を紡ぎ始めれば、共に抜け出した輝乃がダイダロスベルト『虹翼の守護帯』を振り払う。制服の上に羽織った勿忘草色と白を織り交ぜた着流しの裾が、彼女の動きに倣ってふわりと舞い上がるさまが美しい。
    (「梓翠さまには、攻撃しないように……」)
     狐たちに守られている梓翠さまは、狐の面を投げ捨て、月光にスレイヤーカードをかざす麗治の動きに目を奪われているようだ。
    「ディープブルー・インヴェイジョン」
     その言葉と同時に麗治の躯体を青い光が包み込むと、見る間に指先の一つにまで甲冑が施される。危険を察知した守護狐たちが、ウロボロスブレイドを握り締め至近に迫る渚緒へと焔を思わせる刀の一撃を持って斬りかかるのを見、すぐさま間に割って入りその攻撃を受け止める。
    「この姿を見た奴は、生きては帰れないぞ」
     槍を斜めに構え、心の臓を狙ったその斬りつけを受け止めた麗治は、敵を押し出した勢いのまま槍を回転、迫りくる狐の集団に突っ込み敵陣を蹴散らしていく。その様子を見て、ビハインドの桃香へと視線を向けた桃子は、
    「桃香、一緒に行きますよ。頼りにしていますからね」
     そう言うと、麗治が吹き飛ばした一匹の狐に向かってペトロカースを撃ち込んだ。脚に呪いを受け、仰天する狐の傍らに居たものへ、剣の刃がのめり込む。それは渚緒が鞭剣を高速で振り回したことによって生まれた加速で威力を増した、竜巻の如き一撃である。
     守護狐を一まとめにして斬り刻まれたとあれば、狐たちも茫然とはしていられない。すぐさま目の色を変えた近侍狐が右手を振り払うと、弓を持った狐たちが一斉に虚空に向かって矢を放つ。空を突き、星の瞬きにも似た光となって消えたかと思われたその矢の数々は、大地を濡らす篠突く雨の如き苛烈さを持って前衛たちの身に降りかかる。
     これまでの動きを目にし、四季は近侍狐を一点に見据えると、梓翠さまの前に立ちふさがる狐に向かい、その肢体に対し赤きオーラの逆十字を出現させる。
    「深紅の逆十字よ、その身に刻み込みなさい!」
     ハッ、と短く息を飲んだ近侍狐は、その胸部が引き裂かれんとする寸前に守護のそれらを呼び、自身は後方へ飛び退くことで直撃を免れたようだ。
    「衣の白さは梓翠さまへの契りの証。よくも!」
     叫ぶ狐の咆哮に守護の者たちが飛びかかる。顔と一体になっているのか、まるで獣と変わらぬように大口を開けて牙を覗かせる狐面たちを見て、幸太郎はしかしそれらを一蹴するのではなく、近侍に向かい斬影刃を叩き込んでみせた。
     瞬間、黒い影に斬りつけられ、身を固くさせた近侍の動きにつられるように、飛びかかった狐たちが眼前で動きを鈍くさせたのだ。それを好機と見たビハインドたちは、三方から取り囲むように散らばると、カルラ、イツツバ、桃香の順に顔を隠したそれをめくりあげてみせた。
    「びゃっ!」
    「ひえっ!」
     するとどうだ。まるで恐ろしいものでも見たかと言うかのように、続々と悲鳴を上げていくではないか。
     一匹、二匹、まるで煙のように消えていく狐たちを横目に見ていた夜深は、負傷した前衛たちに清めの風を与えながら、顔を真っ青にして狐たちに止めるよう声を張り上げる梓翠さまを見た。別方向からその様子を見ていた櫟もまた、あの様子ではこちらから仕掛ける必要もないだろうと判断するが、しかし警戒は怠らない。
    「御宅の狐さんたち、ちょっと諫めてくれません?」
    「出来れば狐を連れてお引き取り願いたい」
     その時、攻撃の隙間を縫って梓翠さまに近づいて行った渚緒と麗治がそのように問いかけた。梓翠さまは短く息を呑んだようであったが、唇を引き結び力強く頷くと、手にした錫杖を力強く打ち鳴らす。
     ちょうどその時、櫟は己の腕に浸食する寄生体を派手に蠢かせ、さぁ次はどいつだとばかりに眼光鋭く光らせていた。ただでさえ主の怒りが籠もった音色にビクリと身体を震わせていたのに、振り返れば得も言われぬ迫力を背負う櫟が居る。目があった狐たちが肩をびくりと震わせた。
    「……あんたも、餞の宴ならこのくらい派手な方が楽しいでしょ」
     櫟のその言葉が、誰に届いたのかは分からない。
     しかしこれより先の灼滅者たちの動きは、灼滅と言うよりは、梓翠さま代行の仕置きと称するほうが近かったかもしれない。
     にこりと人好きのする笑みを浮かべた渚緒がイカロスウイングで竦んで動けない狐衆を一からげに薙ぎ払うと、それに乗じた麗治が反対側からブレイドサイクロンで一気に片づけてゆく。
     遅れを取らぬとばかりに手薄となった敵の防御を見出した輝乃は、己の周囲に沿うように浮かんでいた右肩翼の女の子の人形に視線を落とすと、それはホルンを吹いて幾つもの光線を撃ち込みはじめたのだ。その威力ですでに態勢を崩していた狐は、薙刀を構えて受け止めていたが、
    「この一撃を受けて、立っていられるでしょうか?」
     側面から霊障波を叩き込んで注意をそちらに引いた僅かな瞬間、非物質化させたクルセイドソード『銀桃の剣』の一撃を叩き込まれ、とうとう膝を突くこととなる。割れた面の下から覗く獣の眸が、桃子と桃香の二人を写し、大地に伏す。
    「な、なんという愚かな真似を……」
    「それはお前の方ですよ」
     ぎくり、と身体を強張らせて振り返る。
     そこには、崩れゆく守護狐の背中があり、力尽きたそのものが倒れると、ひらけた視界の先に、リングスラッシャーをくるくると指先で回転させる幸太郎が居た。どうやら彼の一撃に倒れたらしい。傍らを見れば、拳銃の銃口を突き付けるイツツバと、仲間を庇い負傷したカルラが手のひらをこちらに向け、さらには四季が見据えている。
    「さぁ、氷漬けにしてあげますよー」
     四季のその言葉が、おそらく終結の合図だった。
     イツツバとカルラが撃ち出した霊撃が、近侍狐の躯体を左右から挟み込むように四肢を貫くと、周囲一帯の熱量が見る見るうちに奪われ、手足が凝固するのを感じとった。
    「そっちの事情も十分理解できるが、子の親も同様に子を愛している親から離れたら愛らしい子供も泣き顔だ。遠くから愛しい子を優しく見守るのも……神様からの愛だと思うんだ」
     パキパキと冷たい音を立てる狐に向かい、一歩踏み出した幸太郎は、小さくそう、呼びかけた。ハッとして主の方へ視線を巡らせた近侍狐は、倒れる仲間たちの元に片膝を突いて抱き上げる梓翠さまを見て、ついには観念、したようだった。

    ●契り
    「梓翠さま、梓翠さま、どうぞわたくしのたもとに、御出でなされませ」
     負傷したからだに鞭打って。ピシィっと二列に正座をさせられている眷属たちを前にした梓翠さまの元に、夜深がそのように近付いた。
    「――いずれの時にか、天上へお戻りになられるまで。祝詞を詠み、信を捧げ、誰が忘れようともわたくしが、あなたを奉り、そばにおりまするゆえ」
     梓翠さまは優しげな双眸を彼女に落とすと、その唇に柔らかな弧を描いた。
    「どうぞ、よしなにお願い致しますね?」
     その瞬間、梓翠さまをはじめとする狐たちの身体が紅い狐火となって消え始めた。それは一つ、また一つと消えゆくと全て欠片も逃れることなく夜深の元へと吸収されていったのだ。

     戦いで荒れてしまった境内を輝乃たちが綺麗に片す傍ら、社へ参拝する四季と入れ違いに、餞として渚緒が献上した油揚げの横に幸太郎が缶コーヒーを置く。
    「……また地上に降りてきた時にでも」
     それは彼なりの敬意であった。
     その様子を静かに見守っていた麗治は、しばらく夜風に当たったあと、一人バイクで帰路についた。夜のしじまにエンジン音が尾を引いていく。
     それは、短い夏の終わりを引き連れて。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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