外道へ進み剣士は堕ちた

    作者:飛翔優

    ●破門、闇堕ち、そして……
    「お前は破門とする」
    「……は?」
     夕焼け色に染まる剣道場。
     師と膝を突き合わせていた弟子が、ぽかんと口を空けていく。
     意に介した様子もなく、師は立ち上がり背を向けた。
    「話は以上だ。今日中に荷物を整理して帰れ。明日から敷居はまたがせん」
    「……は、はは、ははは」
     背を見つめ、男は笑う。
     床に置いていた木刀を手に取り立ち上がった。
    「だったらもう、あんたに従う必要はねぇよなぁ!!」
    「っ、何をっ!?」
    「さあな!!」
     ……5秒ほどの時を経て、鈍い音色が赤を招く。
     一つは剣道着を染めていた、一つは転がり床を穢していた。
    「はっ、偉そうなこと言っといて俺より弱いじゃねーか。やっぱ、心なんで必要ねぇ。技と力があれば、な。あーっはははははっ」
     男は自らが切り飛ばした師の首を踏み、笑い声を高らかに響かせて……。

    ●教室にて
    「一般人がアンブレイカブルに闇落ちして事件を起こすという予知を、サイキック・リベレイターの使用によって確認する事ができました」
     今回闇落ちする一般人はラサと名乗っている、二十代の男。
     元は剣の道を志していたが、心などいらない技と体があればそれでいいと言う思想を持っていた粗暴者で、実力は高いが周囲からの評判は悪い。矯正する気配もなかったからか、師から破門を言い渡されてしまうほどに。
    「そして、破門を言い渡された時に闇落ちし、お師様を殺害してしまったみたいなんです」
     ラサはアンブレイカブルに闇落ちしたばかりだが、サイキック・リベレイターの影響もあり高い戦闘能力を持っている。更にたちの悪いことに、手に入れた強力な力を試さんと、強者を求めて街へと繰り出しているようだ。
    「ですので、急いでラサが強者を探している街へと向かい、彼が戦いを挑みたくなるような強者を演じておびき出し、灼滅してきてほしいんです」
     葉月は地図を取り出し、大きな川の遊歩道近くにある、主に飲食店が点在している大きな道路一帯を丸で囲んだ。
    「ラサはこの辺りに出没しています。ですので、この辺りで強者を装い、おびき出してください」
     ただし、見た目が弱そうな場合は、見た目が強そうな一般人を目標にしてしまうことがある。そのため、色々と工夫を施すと良いだろう。
    「今回の場合、ラサは剣の道を志していたようですから、剣士を装えるならより良いかもしれませんね。最後に戦闘能力について説明しますね」
     ラサ。木刀を振るうことによって生み出される風圧だけで日本刀のような切れ味の斬撃を生み出すアンブレイカブル。
     戦闘方針は、高い威力を持つ攻撃で相手に深手を追わせた上で一気にとどめを刺しに来る……といった形。
     アビリティは4種。
     居合い斬りに似た、とどめを刺すための技。月光衝に似た、複数人の加護を砕くための剣風。雲耀剣を再現したかのような、相手の骨を破壊し攻撃力を削ぐ打撃。木刀だけではなく様々な格闘術を用いて避けることを許さぬ一撃を放つ外道剣。
    「また、ラサは自分の力に酔っているためか、たとえ不利になっても逃走することはありません。説明は以上となります」
     葉月は地図などを手渡し、締め括る。
    「放置すれば、どれだけの血が流れてしまうかわからない相手です。どうか、全力での戦いをお願いします。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    異叢・流人(白烏・d13451)
    ハノン・ミラー(蒼炎・d17118)
    神原・燐(冥天・d18065)
    榎本・彗樹(自然派・d32627)
    アリス・ドール(絶刀・d32721)
    十束・唯織(獅子の末那識・d37107)

    ■リプレイ

    ●強者を求めしは
     熱の失われた街中を、肩で風きり歩く十束・唯織(獅子の末那識・d37107)。
     サングラスの鈍い輝きは、艶やかな黒の装束は、片手に持つナイフの煌めきは、全て強者を装うためのもの。
     神凪・朔夜(月読・d02935)、榎本・彗樹(自然派・d32627)、異叢・流人(白烏・d13451)と共に、強者を求めるアンブレイカブル・ラサをおびき寄せるためのもの。
     彼らの剣呑な雰囲気に飲まれたか、力に当てられたか、商う者たちは店の奥。これから始まる抗争に巻き込まれる事のないように、自ら安全な場所へと逃れていった。
     誰も近づくことのできないはずの空間に、新たな足音が生まれていく。
     サングラスを軽くずらし、唯織は足音の方角へと視線を向けた。
     木刀を担ぐ男が一人、ニヤニヤと口の端を持ち上げている。
    「あ?」
    「何用かな?」
     唯織がガンを飛ばす中、朔夜が腰元の刀に手を置きながら問いかけた。
     姿勢を変えず、男は答える。
    「決まってんだろ? やり合おうぜ、強いやつならよぉ!」
    「……」
     言葉の代わりに、彗樹は刀に手をかけ姿勢を落とす。
     いつでも仕掛けることのできる構えを取っていく。
     唯織も交戦の意志を示した。
    「ああ、てめぇがラサって奴か? だったら願ったり叶ったり、俺たちが相手になってやんよ!」
    「お覚悟を」
     朔夜が刀を抜き放ち、切っ先を唯織がラサと呼んだ男へと向けていく。
     ニヤついた笑みを崩さぬまま、ラサも構え始めていく。
    「ああ、それでいい。心なんて必要ない。技と力、どっちが優れているのか競おうじゃねぇか!」
     ラサの声が響く中、流人も準備を終えて――。

    ●技と力と
     ――どちらかが動く前に、商店の影に隠れていたハノン・ミラー(蒼炎・d17118)が飛び出した。
     ラサが反応する暇を与えずに、盾領域を展開して体当たり!
    「っ!」
     反射的に構えてきた木刀とぶつかり合いながら、笑顔で言葉をぶつけていく。
    「心とかちょっとそれっぽく言ってるけど実際アレよ? モチベよ? そんな単純なことも理解しないで、心なんざいらんええってカッコつけてるの数周回ってカッコ悪くて面白いです。バーカバーカ!」
    「はっ!」
     一笑に付され、軸をずらされる。
     崩れそうになるバランスを保つため、ハノンは向こう側へと駆け抜けた。
     代わりに、ハノンの影に隠れるように動いていたアリス・ドール(絶刀・d32721)が迫る。
     猫のようなしなやかさで足元に踏み込み、刀身が硝子のように透き通っている大太刀の切っ先を下に向けた。
    「……心の強さも……技の重みも……力の根源も……なにも知らずに育った虚飾の子……その飾りの力ごと……斬り裂く……」
     想いと共に切り上げる。
     木刀を軸に受け流され天を突いた。
     続く奇襲にも成功しダメージも与えられたものの、決定だとはならぬままにラサが一旦距離を取っていく。
     仕切り直しとでも言うべき状態へと持ち込まれたからだろう。神原・燐(冥天・d18065)が前衛陣を静かな夜霧で包み込んだ。
    「惨禍も治療をお願いします」
     ナノナノの惨禍が頷く中、ラサがハノンへと視線を向けていく。
     視線を受け止め、ハノンは笑った。
    「どうしたの? 本当に強いのなら、もっと勇猛果敢に攻めてきたらどう?」
    「……」
     挑発には乗らぬというのか、ラサは視線を逸していく。
     直後、彗樹が距離を詰めた。
     こちらの戦力を把握する暇を与えぬため。
     クワを振り上げ、力任せに振り下ろす!
     左側へと受け流されコンクリートを耕した。
    「打ち合いは避ける、といったところか」
    「あいにく、攻撃に不足はないが刃と打ち合うには頼りなくてな」
     礫が散る中、飛び退るラサ。
     唯織が猛追し得物を振り下ろす。
     柄に木刀をぶつけられて弾かれた。
    「ちっ」
     体が流れるままに蹴りを放てば、ラサは体を捻り右側へ。
     勢いのまま唯織の間合いから逃れたラサが向かう先、構えるハノンが。
    「させません」
     半ばに黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)が立ち塞がる。
     ならばとばかりに振り下ろされた木刀を掲げた剣で――。
    「……ほう」
    「言ったでしょう。させません、と」
     ――受けず、鼻先を掠めていく木刀にも反応せず、ただただ振るわれた拳を左掌で受け止めた。
     痛みはある。
     全身の骨もきしんでいる。
     表情には出さずラサの拳を払い除けた。
     彼女を護るかのように、霊犬の絆が前に出る。
     ラサは笑ったまま距離を取り、再び灼滅者たちの攻撃を捌き始め……。

     力強く振り下ろされた木刀を、空凛は剣の腹で受け止める。
    「……言うだけのことはあるみたいですね」
     先程の外道の技も今の剣術も、違いはほぼ見られない。
     自身相応の技量が癖を消し、見切ることを困難にさせていた。
    「あんたもな……っと!」
     ラサは腕を引き、距離を取る。
     追わぬ空凛とラサの間を朔夜が埋めた。
     見切るために空凛が観察を始める中、刀を斜めに振り下ろした。
     木刀の表面を滑り刀は地面を斬る。
     すれ違うように退避していくラサに照準を合わせ、ハノンが砲弾をぶっ放した。
     受けきれぬと判断したか、大きく後ろへと飛んでいく。
     砲弾は地面に埋め込まれた。
     ラサの元には絆がいた。
     絆の放つ斬撃をももに掠めさせるに留めていくラサを見つめながら、燐は空凛に向けて矢を放つ。
     誰ひとりとして倒れることのないように。
     ラサに負けてしまう事のないように。
     治療に全ての力を注ぐ中、耳に届いたのは嘲笑だ。
    「はっ、前に出ず治療に専念とは……臆病風にでも吹かれたか?」
     表情を変えず、燐はラサに向き直った。
    「あなたが人に害を齎すのでしたら、わたしは害を齎す元であるあなた自身を取り払います。―御覚悟を」
     正面切っての打ち合いだけが戦いではない。
     仲間たちを支えることも大事な戦いだ。
     ラサは一瞬だけ肩をすくめる仕草を見せた後、灼滅者たちから大きく距離を取った。
     後を追うものはいない。
     何かが来る、その直感を信じたから。
     灼滅者たちが見つめる中、ラサは虚空を横になぐ。
     三日月の如き斬撃が前衛陣を切り裂いて……。
    「大丈夫、私が癒やします」
     すかさず燐が夜霧を放ち、前衛陣を包み込んだ。
     背中を半ばを流人が駆け抜ける。
     燐が治療を行っている間はラサを抑えると。
    「治療は任せたぞ、燐」
    「はい!」
     返事が響く中、流人は懐へと入り込む。
     チェーンソー剣を横に構えた瞬間姿勢を落とし、ラサの横を駆け抜けた。
    「っ!」
     ラサが姿勢を崩していく。
     後ろ足から血が溢れ始めていく。
     好機と空凛が距離を詰め、炎を宿した足を振りかぶり……。

    ●心技体
     流人がコートを投げる。
     木刀で跳ね上げられた瞬間に距離を詰め切り上げた。
    「っ……」
     斜めに切り裂いた肉体から赤い血潮が溢れる中、流人はただ淡々と告げていく。
    「心無い刃で力と技を追い求む……貴様では無理だな。欲を出してる時点で到底辿り着く事は無い」
    「……ちっ」
     舌打ちと共に距離をラサが距離を取っていく。
     流人は追わずにコートを拾い上げた。
     力と言ってもいろいろな力がある。
     ラサは暴力を手にしてしまったみたいだけれども。
     もっとも、暴力そのものは本物だ。仲間を守ることを中心に立ち回っていた空凛とハノン、絆の疲労が色濃いほどに。
     けれど、遠い。
     灼滅者たちへは、まだ、幾分も。
     霧の中に身を隠し、アリスは駆ける音もなく。
     ラサの背後へと回り込む。
    「……全力で……斬り裂く……」
    「なっ」
     気づいた頃にはもう、遅い。
    「……追い詰められると……余裕をなくし取り乱す……小物だね……哀れなの……」
     無防備な背中に大太刀を浴びせかけ、血しぶきを浴びることなく再び切りの中に隠れていく。
     位置を把握できぬのか、慌てて振り向いていくラサ。
     無防備に晒された背中を見つめながら朔夜が踏み込み巨大な剣を振り下ろす。
    「焦ってるな、さっきまでなら捌けたろ」
    「弱くはない。命を懸ける覚悟が足りないだけよ。バーカバーカ!」
     刃が左肩へと食い込む中、ハノンが背中めがけて飛び蹴りを。
     左肩を切り裂かれながら吹っ飛ぶラサを、彗樹がクワを構えて迎え撃つ。
    「……」
     言葉は告げず、ラサの背中にクワを突き刺した。
     地面に叩きつけられたラサは、それでも木刀を取り落とすことなく転がり離脱。
     呼吸を乱しながらも立ち上がり、構え――。
    「最後まで全力を尽くす。貴様への礼儀と、手向けとして……な」
     ――木刀を握る腕を、流人の刃が切り飛ばした。
    「あ……」
     呆けた顔で、ラサは自らの右腕があった場所を見つめていく。
     赤が瞳を染めるとともに唇を血が滲むほどに噛み締めた。
    「まだ、まだだ……俺は……俺、は……!」
    「断言する。てめぇは外道にゃなりきれねぇよ。もちろん、剣の高みにもな」
     握りしめられていく左の拳を、唯織のナイフが縦横無尽に傷つける。
     倍増した呪縛に締め付けられたかのように倒れ込んでいくラサのもとに、アリスがゆっくりとした足取りで歩み寄った。
     立ち上がろうともがくラサを見下ろしながら、アリスは大太刀を鞘に収めていく。
     深く息を吐き出しながら腰を落とし、瞳を細め……。
    「……拮抗した戦いで……勝敗を決めるのは心の強さ……だよ……」
     居合い、一閃。
     ラサの体を両断し、大太刀を鞘に収めながら背を向ける。
     彼女が瞳を閉ざす頃にはもう、ラサは物言わぬ躯と化していて……。

     念のために1分ほど待ち、動きがないことを確認した灼滅者たち。
     朔夜が安堵の息を吐き出して、空凛へと向き直っていく。
    「姉さん、お疲れ様。怪我は無い?」
    「ええ、大丈夫ですよ。朔夜の方は?」
     落ち着いた調子で労い合う二人。
     それが呼び水となり、治療などと言った事後処理が行われていく。
     全てが終わったことを確認した後、流人はラサへと向き直った。
     ――この者の最期は昔の俺がもしも心を理解出来なかった時の末路でもあるのか……。
    「……お前とは別の道で出会いたかったものだな」
     瞳を瞑り、黙祷を。
     燐も傍らに寄り添い、祈りを捧げていく。
     せめて、命を落とした剣士の行く先が、不幸なものではないように……。
     ……ねぎらい、祈り。
     各々が様々な時間を過ごす中、いち早くアリスが帰投する。
    「……強者おらぬか……強者どこじゃ……強者おるなら……いざこれえ……我と遊べよ……力をくらべ……」
     可愛らしい顔に似合わぬ言葉を、まるで熱に浮かされているかのように呟きながら……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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