仕掛けられた賽子の行方

    作者:那珂川未来

    ●天女の賭けごと
     今回のラジオウェーブの事件も、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって判明している事件だと、仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は告げた。
     そのラジオウェーブのラジオ放送が、以前夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が調査している内容に似通っていると思ったからと、非常に仲悪――いやきっとたぶん仲睦まじい……ってことにしておきたいサーヴァントからの爪跡を増やした彼女へと、沙汰はプリント手渡しつつ。
    「……えーと、命を失いかねない危険な賭けの噂がね? あってね? その」
     今目の前で「シャー」とかいう鳴き声と共に「痛ってェ!」っていう悲鳴が聞こえたので、生命の危険は現場よりも先に教室で起こっている様な気がした沙汰。気にしないで説明やってくれという顔している治胡。
     なので、気にしない様にして話を進めさせてもらうことに。
     沙汰の話によると、とある滝に天女がいるという。一人、二人――其処に訪れた人の数と同じだけの天女たちが水辺を楽しんでいる。
     彼女らの名は、アプサラス。
     わりと有名どころの天女様なので、知っている人もいるだろう。水の聖霊で、舞踏、歌詠を好む他、賭博の神様でもある。
     そして天女(アプサラス)達は言うのだ。『私達との勝負に勝ったら、望みを叶える真言を授けましょう』と。
    「賭け事に使用するものはサイコロだ。サイコロでの賭け事は、インドにも古くからあるらしいから別におかしいことではないんだろう」
     けれどね、と。
    「さっきも言ったけど、これは賭け事。勝てるならいいけど……」
    「負けたら命差し出せってわけだ」
     随分乱暴な賭け事だなと、治胡は呆れ交じりに。
    「で、その残虐な天女サンはサイコロでどーゆー賭け事を仕掛けてくるんだ? 丁半か、チンチロリンでもするってェなら、すでに詐欺まがいの予感しかしねェな」
    「治胡の想像通り、都市伝説なものだから詐欺以外の何物でもない」
    「つまり、仕掛けられた勝負に乗ったらどうしようが負け以外ありえねェってか……」
     それでは賭け事とはいえないが、都市伝説の中ではそれが正常となってしまうのだろう。
    「まァどう足掻こうが負けちまうのは分かった。だからってはいどーぞなんて命素直に差しだす気もねー」
     都市伝説として在る以上、灼滅出来る仕組みがある事は間違いねェんだろ、と尋ねる治胡へと沙汰は頷き返して、
    「天女ってインドラの命で人を誘惑したりすることもあるんだよね。で、それに乗った神罰? になるのかな、神様なり悪鬼なりが、破戒を理由に攻撃してくる」
    「……神罰って言葉がこれほどまでブーメランなのも……」
     治胡は遠い目。
    「しっかし訪れた人の数だけってんなら――」
     つまり戦いは一対一になるんだなと気がつく。
    「悪鬼に化けてんならまァ、気持よくぶん殴ってやるところだが。インドの神様やらなんやら、ありがたそうな相手だとしたら微妙にやり辛いんだが……」
    「んー、インドな聖霊だけに、インドな相手しか出てこないと思うから、子供とかもふもふはないと思う……たぶん……おそらく……」
     嗚呼、非常に沙汰の言葉が頼りない。
     もふもふなアイラーヴァタとか出てきたら。
     妙にぬいぐるみ感まるだしのガルーダとか出てきたら!
     もふもふ好きのダメージは計り知れない。
    「……あー……」
     インドって他にどんな神様や英雄がいただろうか……今から何の神罰がやってくるのか考えると頭が痛い治胡。大丈夫、きっと治胡の相手は炎対決してくるようなツワモノのはずだって! と適当な事を言い放つ沙汰。
     どんな天罰があるにしろ、人の命が理不尽に取られてしまう前に。
    「油断しなければ大丈夫だと思うから……犠牲が出る前に、どうぞよろしくね」


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    黒絶・望(運命に抗う果実・d25986)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)

    ■リプレイ

    ●賽子の行方
     月光に揺らぐ紗。水辺に落ちた賽の目に、全てがひっくり返る時。
     負け確定からでも勝利をつかみ取る――起死回生、気合い入れるように。森田・供助(月桂杖・d03292)は堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)の背を叩き、迫る裁きの出現に互い笑いあって。
     そして。まるで賽子の様に転がり落ちてゆく。
     マハーバーラタの物語で、ユディシュティラが全てを巻き上げられたように。天女は君からどんな『いのち』を巻き上げようとするのだろう。

    ●嵐の彼方
     視界を埋める雨。天は混沌と渦を巻き、地の黄金は暴風に薙ぐ様を見る。
     稲光の中、降り注ぐ雨がまるで矢の様に見えた。供助の脳裏にルドラの名が過った刹那、比喩でもなんでもない数多の雨の鏃。
     供助はその赤い双眸に先読みの力を収縮させる――刹那、重く弾ける大地。
     抉れた元足場などもう見る事もなく、供助はカミの風を身に纏いながら刃の如く肉薄する。
    「ああ、よく見える」
     朱那から贈られた空羽を纏い、そして「空を臨む」――その名の通り。神の懐からその顔を見あげ、穿つは鬼の一振り。
     金属を絞りきった様な腕が、鈍く輝く弓に矢を番え。降り注ぐ雨の鏃が供助の体に傷をつけるなら。まるで水の中に捕えられたかのようにその動きを押さえこもうとしてくる。
    「どんな強い雨風だろと、風はずっと傍にあったものだからな」
     産まれ出た時から、其れは肺に生きる力と祝福をくれたもの。
     だから。
    「荒ぶる神に姿を変えられても」

     ――怖くねぇよ。

     荒れ狂う大気の中、供助はルドラの空色の瞳へと笑いかける。
    「神様と賭け事なんざ、するもんじゃねえ、が」
     身を苛む力をどうもしない。命賭けるからこそ攻撃の一点張りだ。
     暴風受け止めながら、供助はその風を割る様に稲妻呼んで。
    「まあ、ほんとの神話も割と無茶なの多いけどな」
     相当無茶やった自覚に苦笑漏らし。脳天に受けた衝撃に仰け反るその容へ、一颯、覚悟と共に振り抜いた。
     全てが雷の轟音にしか聞こえなかったルドラの声は――。
    『見事なり』
     まるで嵐過ぎ去ったあとの、滴る透明な雨粒の音のように凛として。

    ●天地覆い隠すもの
     色の暴力が空を覆い尽くしているかのようだった。
     蜘蛛の様な八本の足に混沌とした色彩を抱える化け物。けどその腹はコブラの頭そのもので歪。
     神罰の体現者であるそれは、蛇のほか、雲や蜘蛛だとも云われるヴリトラだろう。
     けれど朱那の目は不思議と輝いている。巨大で派手で障害そのものの容をしたその相手に。
    「待ちくたびれたヨ。さあ倒れるまで殴りあおう」
     言うなり、すでにヴリトラの眼前まで跳躍している朱那。大好きさんと手を繋ぐように、world of colorを握りしめ。キミの色になんて負けないヨ、そういわんばかりに七色の炎で天に弧を描く。
    『シャッ! 面白い』
     巨躯でありながらもすぐに朱那よりも高い位置へと跳ね上がるヴリトラは、虹炎をごと圧死させるかの勢いだ。

     ――さぁ、跳ねて! ご機嫌に。

     砂塵の中、供助から贈られたAir Riderの踵から星屑零しながら朱那は奔る。
     爪先の炎、蛇の顎を打ち上げるなら。蜘蛛の爪が音鳴らし、光を弾いて。
    「ねぇ、ねぇ。楽しい?」
    『あァ、楽しい。誓いも呪いもない世界は良い』
     朱那が尋ねるなら、純粋に力と力での殺し合いに歓喜の声を上げつつ毒を撒く。
    「良かった。あたしも楽しい!」
     一(生きる)か零(死ぬ)かの、まさに賭博。
    「もっと見せて、彩りを、強さを、あたしに頂戴!」
    『天の色彩、地の豊穣、全て我のものなり』
     故に貴様も我のものなりと噛み砕かんばかりに口を開くヴリトラへ、朱那は爪先を黄昏時の飛行機雲の様に鮮やかな茜に輝かせるなら。
     透明な水鏡の上、朱那は取り戻した極彩色(いのち)を仰ぎ、笑顔を零した。

    ●富の災厄
     羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)が落ちた先は、
    「ぷてぷてでもっふもふなのですー」
    『あんさん誰~?』
     驚きのぷてもふ具合に助けられそのままもふもふしていたら、野太い声に驚く陽桜。
     其処はピンク色で超もふいガネーシャ様のお腹の上。涅槃仏のように横たわりつつお尻をボリボリ&大あくび。
    「この神様、きぐるみっぽくてすごくかわいらしいのに中味がおっさんです……?!」
     別な意味で衝撃!
    『あんさんわしに逢えて運が良かったなぁ、願いあるなら叶えたります』
     神罰って何だっけ。陽桜の頭の中に「?」が弾幕の如く流れてゆく。
    「確かに、おじさんの太鼓っ腹はお金が溜まりそうですね……」
    『富貯めるだけやないねん』
     言いながら陽桜をお腹から下ろすと、
    『災厄弾くねん』
    「インドの神様らしく? ダンスはすごくキレッキレ?!」
     何故かボンボン落ちてくる災厄を踊りながらお腹で弾く姿に二度目の衝撃。
     願いを尋ねられ、陽桜はその顔をしばし見つめていたが。ごめんなさいと頭を下げた。
    「あたしは、色んな人を困らせたり傷つけてばかりです。迷ってばかりだし、失敗ばかりです。でも、この数年で大切な事、たくさん学びました」
     顔を上げて。
     真っ直ぐに神を見つめて。
    「願いは自分で叶えるものです」
     自分の足で歩き、時には誰かに助けてもらいながら互い支え合い、そして手を伸ばし掴むものだって思うから。
    「だから、おじさんにただ叶えてもらう楽な方法はとりません」
     与えてくれようとする神に感謝を示し、しかし丁寧にお返しするならば。
    『よかったなぁ「生きる力」を巻き上げられんで』
     ガネーシャは拍手をおくる。一つ叶えれば全て失う誘惑を退けたその心に。
     消えゆく神に陽桜も微笑み返す。人らしく、生き抜いてみせますから、と。

    ●庇護の病
     目の前にバンヤン樹、其処に座するは死の女神チャームンダー。落ち窪んだ目で、興味深そうにこちらを見ている。
     莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は黒ナースのスカートの裾をひらりと直し。
    「死体の上で踊るんやったっけ……じゃあ踊りましょう、私と死のダンスを」
    『よかろ』
     想々は毒を噴出する女神へと永遠の純白をはためかせ。銀盤滑るかの如く背後へと回りこむなら。輝く先鋭は確実に盆の窪。骸骨のような手で繰り出される一撃は鋭利であっても、返り血に冷笑浮かべ。
     緋牡丹咲かせつつ想々は徒に問う。
    「人の苦しみ全てを背負わされて、貴方は苦しくならないの? 憎くはないの? 私は今どうしようもなく苦しくてたまらなくて、つらいの……」
     惜別の言葉が酷でも、今の己にはそれしかない。焦がれようとも会えぬ渇きは、無限の漆黒に身を沈めているに等しい。
     けれど女神は静かに笑っているだけ。元より答えなど期待していないから。
    「いっそ私も貴方のように、すきな人達の苦しみ全て背負ったら、みんな忘れないでいてくれるかな……」

     ――愛されたいなんてもう贅沢言わないから。

     瞳は彼に焦がれ。その手は躊躇いなく皺だらけの胸に針を刺す。
    『逢えぬ分からずが不安かえ? しかしその苦しい生き様こそが、誰でもないお前自身であるというのに。それと……お前が愛しているというならその行いは呪いに等しい、やめるこった。お前自身、惜別の言葉に呪われている様なものなのに』
     それは神がするからこそ後腐れないんだとチャームンダーは言って。
     煙る世界が月夜へ戻るなら。想々は、不意に届かぬ月を見あげた。

    ●張り子の空
     響き渡る声は、威厳よりは傲慢の響きに満ちていた。
    『破戒に至りし愚か者よ』
     裁きを受けるがいいと云わんばかりに、雷を伴わせながら高いところから見下ろすその尊大な視線を、冷めた視線で返す黒絶・望(運命に抗う果実・d25986)は、解いていた目隠しをそっと風に浚わせながら、
    「破戒? 私は貴方達に対する信仰心なんて欠片も持ち合わせていないのですけどね。身勝手な正義を振りかざして、詐欺紛いの行いをして、一方的な裁きを下す。神性ディヤウシュ・ピトリ、まるでゼウスのようにくだらない」
     可憐な唇から零れる言葉は辛辣で。仕草は女性的ながらも明らかな侮蔑を滲ませている。
     振り落ちる稲妻の中をくぐり抜ける様にしながら、振るいあげる黄金の果実。鈍色の神罰に映える、金の雷が大気を無尽に奔りだす。
     ぶつかりあう閃光の中、自らの手を汚すまでもないとばかりに風をけしかけてくるディヤウシュ・ピトリ。
    『天地の狭間に潰されるがいい』
     鬼神の力を以て迫る望へと、噛み砕くかのような強力な圧力が降りかかる。
    「……まあ、こんなものでしょう。紛い物の力なんて」
     鮮血に身を濡らし、唇に艶やかな朱を引こうとも。望の冷やかな目と、辛辣な言の葉は乱れることなく咲き誇る。
     再びカミの風に乗る様に跳躍し、肥大化した腕でディヤウシュ・ピトリを掴みあげると、容赦なく大地へと叩きつける。
    「嘲るものに胸倉を掴まれる気分はどうですか」
     そして今度は、望が神を見下ろす。
    「お前のような紛い物如きに遅れを取っている場合ではないのですよ」
     カミの刃を以て、偽りの神に神罰を振り下ろす。

    ●祖霊の世界
     其処は安寧を湛えた神罰とは程遠い世界。
     何故か猫を呼びだすこともできず。しかし代わりに夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)を導くものは死の国の番犬である四ツ目の犬。
     辿り着いた宮廷では、慈愛の体現の様な容姿のヤマとお綺麗な室内に、やりにくそうな治胡。
     所謂閻魔のイメージは後世のもの。ヤマ様は驚いたかいと微笑む。
    『人の想像力というものは実に面白いものだよ』
     其処で、とヤマは治胡に偉大な職を提示する。私に君の知恵を貸してくれないか、冥府の歓待を増やす為――。
    「生憎俺は生きてるんで長居出来ない。ご指名は有り難いが、出してもらおーか」
     しばしの押し問答、取りつく島もなく。神とはいえ都市伝説。強行突破に踏み切ろうとして、止まる。内の火種まで消失していたから。
     それを仕掛けた楽園の王は、静かに語る。
    『人で無く、楽園を乱すものは招き入れられない』
     闇は罪の側面。人を苦しめる存在。それらに苦しい思いをしてきたでしょうと。
    「……まァ確かに。力を手にし幸せになったかと言われれば分からない」
     血生臭い世界とは無縁な、平凡な幸せを全うできていたかもしれない。
    「けど、不幸でも無い」
     どうしようもなく混沌だとしても。闇を受け入れ、前に進むと決めたのだ。
     昔を思い出す。
    (「思った以上にアイツに頼ってたんだな――」)
     現の炎一向に見えず。それでも拳振り上げ立ち向かう。打たれても、撃たれても、しかし意志だけは煌々と燃え盛るなら。ヤマはそっと目を閉じ。
    『スーリヤはインドラに戦車の車輪を埋められ、敗北した。貴女も車輪なかろうと、死を恐れず向かうなら』
    「敗北くれてやるってか。上等じゃねーか!」
     瞬間まであがき続ける拳から突如弾ける焔。
     それは何処から来たのか治胡は分からぬまま。ただ紅炎の如き輝きは現への路となって渦を巻く。

     ――ああ、そうか。

     消えてもそれは、不死鳥のごとく蘇る。
     命ある限り望むなら、光と闇は対となる。

    ●黒の神格
     並ぶ石柱から零れる漆黒の気配を知り、刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)は臆することなく中へ進み、そしてはっと息を飲んだ。
     神罰。そんな言葉を一瞬忘れるほど美しい女神がいた。パールヴァティーか、とりりんは金の肌に相手を悟る。しかしその神々しさに面食らいながら、
    「……あんたに授けてほしいものは無い。倒さねばならぬが運命ならば、何者が相手でもまっすぐに殺すまで」
     いざ、と構えるなら。まるで技術比べをしたい望みへ敵を授けるかの如く殺戮と破壊の女神であるカーリーに変じ、
    『喰ろうてやろう』
    「なっ……!?」
     驚き、冷静さを欠如したりりんを庇う為跳躍するころ殺丸。鮮血を見、使役する者がなんたる失態かと自身を叱咤しつつ。崩された冷静さを素早く組み上げてゆく。
     カーリーは手にした刃鳴らし、その足取りは踊る様に。
    『血をッ! 亡骸をッ!』
     返しの刃に朱が走る。からからと笑うカーリーの醜い顔と残酷な闘気に空気すら逃げだしたように。呼吸すら止まりそうな圧迫感。
    「ならば殺気で応えるまで。舞台をわっしの色で染めてやろう」
     殺意の波動を迸らせると、
    「ゆくぞ、ころ殺丸」
     鮮血に視界埋めながらも、憤怒ごと断ち切るかの如く。殺人鬼の技術を以てそれらに応えてゆく。
     止まらぬ斬撃にてりりんの生きる道筋をことごとく切裂いてゆくカーリーだが。
    「迫力だけは認めてやろう。だがこれで仕舞いじゃな」
     使役失い懐まで飛び込まれる危い綱の上。りりんはカーリーよりも黒い、真黒な刃を以て――。
     赫が終わり、再び訪れる闇の中。
    「……介抱したいが、どうやらされる側か……」
     ただ、勝利の確信と共に意識を手放した。

    ●白の神格
     仕組まれた結末ほど、つまらないものはない。
     モノクルの向こう、アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)の濁った瞳が未完を表わすとするならば、きっと閉じられた左の瞳は新たな道筋を表わすのだろう。
    『やれ仕方あるまい』
     得物を擦らせながら、戦いと勝利の女神・ドゥルガーは前に進み出る。つまらぬ戦いはしたくない、そんな足取りだった。
     その意味をどう受け取ったか――相変わらず無愛想にアリスは目の前に現れたドゥルガーを見据え。
    「戦いと勝利の女神で、わたしの命を奪う気ですか――叶える望みは自分の力で達成する主義ですので気にしませんが」
     命を奪ってわたしの望みの邪魔をするのでしたら別、容赦しませんと。
    「最初に言っておきますが、これでもわたしはそこそこ強いです」
    『知っておる』
    「ならば御託はいいですね。始めましょう」
    『うむ、いざ――』
     鬨の声と共にドゥルガーは、三叉戟と槍を以て飛びかかってくる。
     両眼で世界を捉えると、鋭い槍の一閃をアリスはすれすれでかわし。戦女神が豪胆な気魄でおしてくるなら、アリスは柔軟な幻想を以て。影の兎に惑わし、風と遊び、鋏で生み出すお伽噺。

     ――1つでも多くの都市伝説の結末をハッピーエンドにしたい。

     幻想は美しく、戦いに程遠いものであっても。意思は力となってぶつかってゆく。
     鮮血の向こう戦女神は笑う。
    『この邂逅は良きものだった』
    「女神ドゥルガーはこの程度で屈したりしませんよ」
     すでに決着はついた様なもの言いに、ドゥルガーへ非難めいた言葉を送るなら。
    『本物であるならな』
     豪快に笑うと、ドゥルガーは幾つもの腕を波の様にしならせながら肉薄する。
     斬撃に、アリスの肌から羽散る様に飛び立つ赤。けれど真に風が浚うものは、崩れた蓮華の花輪の欠片だけ――。

     全てが終われば、ただ滝の音が聞こえるのみ。
    「わたしと一緒にきませんか? 人と楽しくゲームに興じる天女の噺として語りましょう」
     誘うなら残滓は、躊躇いなくアリスへと。
     光の粒を吸いこんだ、その澄んだ瞳は再び瞼の向こうに。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年11月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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