今夜のメニューは、納豆パスタにオニオングラタンスープ。
エコバッグの中でパスタの袋がかさりと音を立てる。買ったのはネギと納豆とチーズだけで、大きな白菜でもまるごと入るエコバッグは大きかったけれど、大は小を兼ねるともいうから問題ない。
たたんで小さくして通勤バッグに入れられるエコバッグを買ってから、エコバッグを忘れて慌ててレジに戻ることは無くなった。自宅と通勤鞄の中と職場のロッカーにも常備してあるから、以前のように忘れて慌てることは殆ど無い――。
そんなことを考えながら、ショッピングモールから出てきたスズキ・ユミコ(仮名・27歳会社員)の鞄の中で携帯が鳴った。
「……はい。事件のこと? え? あれ、事件だったんですか?」
電話の声に応えるユミコ(仮名)の言葉に笑いが混ざった。
「ショッピングモールの上に、大きな風船みたいなのが浮かんでました。あれ、アドバルーンでしょう? 誰に話してもそう言われたし」
会話は続く。
「そんな、お化けだなんて大げさすぎますよー。だって、全然怖くなかったですよ?」
●
「都市伝説を発生させるラジオウェーブの放送に、新しい動きがあったことが判明した。それも今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)君の調査あってのことだ」
手帳を開くのは櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)。メンテナンスしてもらったばかりの万年筆も調子が良いらしい。
「どうやら、過去のダークネス事件に関わって生き延びた一般人のところに電話をかけ、その体験談をさせることで、いわゆる聴取者参加型のラジオ番組を放送しているとか」
その体験談が、ラジオウェーブの力によって都市伝説として実体化するという。面倒くさいやり方だが、それが都市伝説の強みでもあるのだろう。
「一般人が巻き込まれたなら、大きな被害が出てしまう。その前に現れた都市伝説を灼滅するのが今回の依頼となる」
現場だと差し出されたのは、とあるショッピングモールのパンフレットだ。どうやら改装後、リニューアルオープンしたばかりらしい。賑やかな広告が躍っていた。
都市伝説名『アドバルーンみたいな大きなレジ袋』。
「てきとうに呼んでいい。『袋』でいいと思う」
ショッピングモールの屋上に現れた巨大なレジ袋が、風にふよふよ揺れている。ダイダロスベルトと似た攻撃をしてくるが、動きがとても遅い上に大きすぎる。攻撃力も防御力も耐久力もたいへん低い。灼滅者たちが囲んで、一人一発ずつ渾身の一撃を叩きこんだなら、あっさり消えるだろう。
どうしてこんな惨事になったのかといえば、エコバッグを忘れて買物をしちゃった、行き場のない苛立ちや諦めといったもやっとした負の感情を、仕事熱心なサイキックエナジーが拾ってしまった都市伝説が、何年か前の夏に出た事に由来する。
「油断が無ければ、楽に倒せる相手だ」
逆に言えば、油断があれば危険な相手という事だ。侮っては痛い目を見ることになる。
「そしてもう一つ、提案がある」
万年筆の先が『リニューアルオープンセール』の文字を指した。
「戦場となるショッピングモールが、秋物のセールを開催している」
秋物。流行のアースカラーが多く出回る頃。
そろそろ半袖に上着を着た方がいい時期となってきた。女性陣は爽やかな水色や愛らしいピンクより、今季流行のマスタードイエローやボルドーのブラウスや、花柄エンブロイダリーのワンピースを秋風が吹く前に準備しておきたい。ファーやベロア素材もトレンドらしいね。男性陣の流行はよく分からないから、好きなものを好きなように着るのがいいと思う。
買物が無ければ、カフェスペースでまったりするといい。豪華なものはないけれど、灼滅仕事で運動した後の甘いものなんてきっと格別だろう。艶やかなマロングラッセを飾ったモンブランや、南瓜ムースのタルトなんて今が旬。自家焙煎の美味しい珈琲だっていただける。
先月大散財しなければ、私も付いて行きたかった(机ダン!)。
……流れるような口調の伊月に、教室に集った灼滅者たちはひととき黙る。どうやら伊月の手元の万年筆は、海外有名ブランドの限定品だ。まだ新しい。
「最近は、大きな事件が続いていた。仲の良いもの同士で、気分転換してくるといいよ。秋物は今が買い時だ。それから」
教室の隅に待機していた、刃鋼・カズマ(大学生デモノイドヒューマン・dn0124)を指し。
「カズマも連れて行ってくれないか。未だに一人でカフェにも入らない。勉強熱心なのはいいが、勉強が趣味で息抜きがトレーニングだなんて、あまりに学生として華のない日常だ」
えっ、と眉をひそめるカズマ。元から灼滅には行く気だったが、その後は荷物持ちでもしようと思っていたのだ。
「君たちにとっては難しくない敵だ。さくさく片付けて、思う存分買い物を楽しんできてほしい。英気を養うのも務めだよ」
ひらひらと手を振る伊月のペンケースには、よく見れば新品らしい万年筆が数本並んでいる。限定品なんだから我慢できなくても仕方ないよね、と伊月の視線は遠かった。
参加者 | |
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榎・美智(蒼に恋する桃娘・d00138) |
鹿野・小太郎(雪冤・d00795) |
九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718) |
篠村・希沙(暁降・d03465) |
志賀野・友衛(大学生人狼・d03990) |
戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549) |
漣・静佳(黒水晶・d10904) |
木津・実季(狩狼・d31826) |
●前説。
戦場に吹くのは初秋の風。ショッピングモールにも降り注ぐ。
従業員専用の階段を駆け上がり、施錠された扉を不思議パワーで開けたなら(後できちんと直しました)、どこに隠れようもない『それ』が灼滅者たちを待ち受けていた。
レジ袋だ。ここ数年でエコバッグが定着し出番はだいぶ減ったが、マイバッグを忘れたうっかりさんに重宝されるレジ袋だ。ちゃんと都合良く、近単サイキックが届く高さだった。
モールのシンボルマークが描かれているのが危機感を削いで、逆に危険なんじゃないかって気がしてくる。でもこんな物に纏わり付かれたなら、一般人はきっと窒息してしまう。こんな馬鹿げた都市伝説を放置してなどおけないのだ。
それに灼滅者たちには急ぐ理由がある。
ここへ来る前に見ていたのだ。『感謝の気持ちを価格に込めて。リニューアルオープンセール開催中!』の文字が躍る、賑やかな新聞折り込みチラシを。
今着たい服を、お得に買いたい者がいる。
リニューアルに伴い新規開店した小洒落たカフェで、のんびり息抜きしたい者がいる。
ならば時間は掛けていられない――灼滅の時間だ。
鵺と銘打つ刀の鯉口を切りながら、鹿野・小太郎(雪冤・d00795)は熱量控えめに呟いた。
「旬の秋物で男を磨くぞー、っと」
意気込みは深くそして熱い。ひゅ、と息を吐けば、銀の軌跡がレジ袋を一閃。ひとすじの鋭く深い裂け目を生じさせた。緊迫感も何もなく、レジ袋は反対側にふよんと揺らいでいく。手応えはあったが無いようなものだ。だって対象がレジ袋。
遮音のESPを展開、篠村・希沙(暁降・d03465)は乙女の想いの丈が間違っても外に漏れないよう、注意を忘れなかった。
「掘出し物、いっぱい見つけたーい!!」
片腕を鬼腕とし、鬼神変の要領でイイ角度からレジ袋を殴りつけた。勢いで袋の一部を破って突き抜ける。ぺしゃんとレジ袋を殴るような、見たままの感触だ。ぐにゃりとしたのはダメージがしっかり入っているからだろう。今ひとつ判断が付きにくいが。
「私だって気合い入りまくりなんですからっ」
榎・美智(蒼に恋する桃娘・d00138)も拳にみなぎる力が、ドキワク感を物語ってていた。わん! と霊犬のアヤちゃんも尻尾をぴんと立てて元気いっぱいだ。
「ワンピ買い漁って、その後カフェでケーキ制覇してやるんですおりゃー!!」
今日の敵が鉄の塊であっても、美智のアサルト鋼鉄拳の前には関係なかっただろう。アヤちゃんの六文銭射撃もびしびし援護する。レジ袋が心持ち空気が抜けたようにぐんにゃりしたのは、一点の曇りもない見事なまでの私欲の勝利だ。乙女は素敵な甘いものでできていると、古い異国の童謡があった。今日は素敵なスパイスを手に入れるのだ!
友人とのショッピングを楽しみにしている漣・静佳(黒水晶・d10904)も、そんな乙女の一人。両の掌の間に輝く光、掲げれば裁きの光条がレジ袋を貫いた。
「稀覯本、もっと色々見たかった、わ!」
先日、古書店に行った折の心残りだった。
大学生活も三年ともなると、学業と進路相談と灼滅者の任務で細々とした用事が増え、心からゆったりと本を楽しむ時間も限られてきてしまったのが、最近の悩み。いつぞやのエクスブレインの気持ちが、よく分かった。ともかく、時は金なり。一分一秒が貴重すぎるほど貴重なのだ。
「目当てのお洋服が、ちょっとお買い得だといいなー!!」
ちゃっちゃと戦闘終わらせますよー! と意気込み叫ぶ木津・実季(狩狼・d31826)。
軽く跳び、高い箇所の無傷部分のレジ袋を鬼気迫る斬撃でビリッビリに両断する15歳。洋服の買い物なんて、一日あったって全然足りないお年頃。チラシチェックに加えトレンドチェックで、事前に買う物はしっかりリサーチ済みだ。ああ、でも目の前にしたら迷うかも。お財布は有限、でもそんな迷う時間こそ楽しいのだ。
だいぶしおしおと項垂れてきたが、大きさが大きさだ、レジ袋はまだ立っている。ふよよんと切れ端が飛びそうな所を、続けざまの魔法の矢がぴしぴしと飛んで穴だらけにした。
「逃げても無駄だぞ。しっかり見ているからな」
マジックミサイルを飛ばした志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)だって、負けてはいない。限られた時間の中、最大限にこの時間を楽しむには、今の自分たちが効率よく最大限の努力をもって、最大火力でレジ袋を塵にすることだ。
「時間が惜しい、さっさと墜ちろ!」
墜ちそうでギリ墜ちないびりびりのレジ袋を前に、九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)は苛立ちを隠さない。時間が刻一刻と過ぎている、手間を掛けてなどいられるものか。ガトリングガンに纏わせた炎も、普段より少しばかり熱く燃えさかっている。そのまま力の限り殴りつけたなら、ビニール袋に移った炎がぱあっと燃え広がった。これで終わりか――いや、まだだ。
そんな中、戒道・蔵乃祐(逆戟・d06549)はガトリング片手にガクブルっていた。
ずっと脳裏にべったり貼り付いて離れない恐怖がある。秋を迎え本格的に現実も透けてきた。大学四年生、内定何社ゲットだぜとか、そんなリアルがなければいけない時期だけど。
「怖いよ嫌だよ社会に出たくないよおおぉ!!!」
これはこれで、とても切実だった。マジックミサイルをばんばん飛ばす。ばんばん当たる。へにゃへにゃと溶け崩れていくレジ袋にとどめを刺したのにも気づかず、特盛りのオーバーキル。
さあ終わったとばかりに簡単な後片付けなどしている灼滅者たちの横で、虚空を眺め呟く蔵乃祐。
「あウアァア胃が痛いよぉぉ……キリキリするよぉ……」
「先輩。戒道先輩」
気がつけば気迫に圧され出る幕の無かった刃鋼・カズマ(大学生デモノイドヒューマン・dn0124)だけが屋上に残っていた。なぜか二人きりだ。
「お疲れさまでしたと、伝えて下さいと言われました」
実は戦場突入から撤収まで五分と掛かっていない、大変迅速丁寧な仕事ぶりだった。
「え、いたいけな先輩を置いていかないで!」
穏やかな初秋の日射しが、きれいさっぱり片付いた屋上に降り注いでいた。
●本編。
ぱたぱたとメンズファッション売場を迷いながら廻る希沙を、小太郎は微笑ましい気持ちで見守る。今日の小太郎は、全身を希沙色に染めてもらうために来たのだ。
「こたろは何でも似合うねんけど……」
いつもと雰囲気違う感じがみたいなぁと首を傾げ、希沙がニットやシャツを色を替え柄を変え、むむむとと悩む様子も可愛らしい。小太郎はなんだかそれだけでもう、ほんわりと幸せな心地になる。
「この柄どうやろ? 色もええと思うんやけど」
「あ、チェックは持ってないかも」
「こっちのニットもええなぁ。どれも似合うんやもん、困るわ」
名残惜しそうにニットを棚に戻す、それを覚えておこうと思う小太郎。また一緒に来ることだってできるのだから。
そうして悩みに悩んで選び出した物を抱えて、小太郎は試着室に押し込まれる。数分掛けて髪まで直しカーテンを開けて出てきた姿に、希沙は声にならない歓声を喉元に押し込んで。
「我ながらええ感じ!」
赤黒チェックのシャツにスキニーデニム。MA-1を羽織れば、小太郎の長身が一層映えるアメカジスタイルの完成だ。
「こういう色は初めてで。似合います、か?」
「……きさ、何回惚れ直したらええんやろ」
「はい?」
「な、なんでもないっ! こういうの、カップルみたいやね」
赤くなった頬をおさえたり、照れて視線を合わせられなくなったり、くるくる表情の変わる希沙がいとおしくて。小太郎は希沙の手を引いて、ポケットの中に一緒に入れる。
「もう少し寒くなったら、こうやって歩きましょうか」
カーテンの内で囁けば、希沙の頬がより赤く染まる。
心が通じて三回目の冬が廻っても、いつでも何度でも新しく恋を始めよう。
実季が最初に手にしたのは、深いボルドーのワンピース。
キャミソール型だから、中に色々組み合わせて冬一杯まで楽しめる。広告と雑誌とネットとテレビ、事前の情報収集ではこれがいいと決めていたから、迷わずスマートにお買い物ができる、はず、だったのだけれど。
やっぱり乙女心は迷うもの。白のエンブロイダリーワンピ、たっぷりした長袖は今季流行、一つは押さえておきたい。ノルディックなニットワンピも定番で、長く着られそうだ。実際に手に取れば目移りしてしまって。
「はぁ、どうしよう」
どれを選べばいいのだろう、と顔を上げれば、レディース売場には少し浮いた姿のカズマがいた。困った視線に呼ばれたように近づいてくる。
「何かあったか」
「カズマ先輩、この三つ、どれがいいと思いますか?」
「……!」
カズマには高難度のミッションだった。実季と三着のワンピースを何度も見比べ、売場を見渡す。
「色は、この赤紫がいいのか」
「最初に選んだのがこれです。でもこっちは刺繍が可愛いですし、ニットも捨てがたいです」
暫し戦場のような目で売場を見渡すカズマ。そうして一着の新たなワンピースを選び出した。
「これはどうだろう」
持ってきたのは、ボルドーの七分袖ワンピースだった。ほぼ無地だが袖に大きな刺繍が入っている。襟ぐりが広く開いているため、重ね着も楽しめる形だ。
「似たニットの上着も重ねられると、思ったのだが」
迷っていた全部の良いところ取りした一枚だった。思ってもない伏兵の四着目。
「ありがとうございます! 迷ってたので助かりました」
「参考になったのなら、良かった」
去って行く長身の背中に頭を下げ、実季は心に決めた一着を手に取った。
「へぇ、カーディガンが秋のアイテムね……」
さっぱり分からん。と顔に書いて歩いて行く紅に、友衛がマネキンの着ていた服を指してみる。
「ロング丈の方が、紅に似合うと思うぞ」
そう言われてもさっぱり分からんのは変わらないが、友衛に勧められると似合っている気がしてくる。せっかく二人で選べるのだから、似合うと言われる物を着てみよう。色は、形は、シルエットは? だんだん楽しくなってきた。
「色は暖色系が良いと思うぞ。これとこれなら、どちらを選ぶ?」
友衛が選ぶのは暖かみのある赤茶系と、それより明るめのオレンジ系。移動がてら眺めたチノパンの色に合わせるなら、
「こっちだな」
紅葉の色したロングカーディガンとチノパンを会計し、次は友衛の番だ。買物は女性の方が長く掛かると決まっている、ならばとことん付き合おう。
(「……やっぱり、可愛いと思って貰える方が嬉しい」)
普段は着ない流行のもの、可愛らしいものもいいと友衛はひそり胸に秘め。
手に取るのは、とろりとした煉瓦色のブラウスや、刺繍の施されたワンピース。抱えて試着室に籠もること数分。
「これなんてどうだろう?」
「ああ、似合ってるぞ」
「じゃあ、こっちは」
「そいつは可愛いと思う」
「褒めてばかりじゃ、決まらないじゃないか」
紅が笑う。可愛いものを可愛いと正直に言っているだけだと素っ気なく言いつつも、これはと着て見せたチュールのスカートに、紅の眉が少し寄った。
「……丈が短すぎじゃないか?」
「えっ」
「他の奴に見せたくない」
滅多に見ない紅の照れ。友衛の頬が熱くなる。
次のデートの衣装が決まるまで、まだまだ時間は掛かりそうだった。
今年の流行は、女性らしいシルエットを描く柔らかな素材のものが多いらしい。
「これはどう? きっと貴方に似合うと思うの」
静佳は合流した桜之・京とともに買物を楽しんでいる。
京が指したマネキンは、柔らかなリネンのワンピースだった。静佳なら最先端を追うより、流行に左右されないものの方が似合う気がしたから。でも折角なのだから、流行の物も勧めてみたい。
「刺繍も素敵ね、デコルテが綺麗に見えるわ。私、着飾る貴方を見たいの」
「私に、似合い、ますか」
「勿論よ。花柄が似合わない女の子なんていないわ」
静佳も京に服を見立てながら、小さく微笑んだ。
知り合ったのは張り詰めた緊張感ある教室だったけれど、こんな風に遊ぶことができるようになるなんて。こんな風に自然と笑みがこぼれる関係が、もしかしたら。
「……ともだち」
「試着してきて下さる? 待っているわ」
「は、はいっ」
試着室のカーテンを閉めた静佳を見送り、京がくるりと振り向けば。ショップの紙袋を持って佇むカズマがいる。荷物持ちに徹しているが、不慣れな売場に心なしか緊張しているようだ。
「カズマさんもね。秋のネクタイ、選んであげるわ」
「俺は、別に」
「楽しいのよ、私」
他愛ない話で笑うこと、日常を誰かと楽しむことが。なんだかとても普通の娘のようで。自分の中に新しい自分を見つけることは、いつだって刺激的で。
一通り買い終わり、一息ついたカフェの片隅。
買ったばかりの服に着替えた静佳は京に髪を編まれながら、薄い小箱を買い物袋から取り出した。
「あ、あの……このネクタイ、渡して貰える、かしら」
角砂糖三つのカフェオレを手に、誰にと真面目に問い返すカズマに、京は苦笑してみせる。
ここまで女心に疎いのも、少し考えものね、と。
ワンピースいっぱい見るぞー着るぞー!
可愛くてふわふわで、優しい色と選んでいた美智の手がふと止まる。
「私、二十歳になっちゃった……」
二十歳ってそろそろ可愛いは卒業、大人のオンナ目指さなきゃな年齢かも。葡萄酒のような深いボルドー、スパイス効いたマスタード、シックなカーキなんて着こなすべきなのか。
ボディラインの出るニットワンピに黒タイツを合わせたら、とってもオトナな雰囲気に。だけどギャザーたっぷりのダブルガーゼが好き。胸のピンタックなんてもっと好き。座るとき、ふわあっとするの大好き。選べない。選べない!
「いいこと考えました」
試着して鏡の前で回ればスカートがふわり。甘すぎない秋色モーヴピンクの大人ワンピース。
選べないなら、両方買ってしまえばいいのだ。名案、これがオトナのお買い物。
さて、一戦終えてお茶の時間。カフェのショーケースには宝石のような秋のスイーツが並んでいる。端から端までいただきたい! けれどまずは。
「「抹茶ラテと」」
隣の席と注文が被った。横目で見たなら、少し年下の男の子だ。
「「南瓜のタルトひとつ下さい」」
また被った。もう一度横目で見たなら、横目同士で目が合った。
なんだか、鏡を見ている気がしないでもない。
『『自分が男の子(女の子)だったら、こんな感じになるのかな』』
まあいいや、と曖昧な微笑み。
よし、と榎・未知がバッグから取り出したのは、さっき書店で買ったばかりの文庫とスマートフォン。新規オープン話題のカフェ、スイーツはどれもフォトジェニックばかりだ。これは撮らずにいられない。撮ろう。かしゃり。
「『美味しいスイーツなう。今度一緒に来ようぜ!』、送信、と」
抹茶ラテのほどよい甘さをゆっくり味わってから、黄金色したタルトをひとくち。ほろりとろける南瓜のムースと、芳醇な南瓜の甘み、それでいてくどくない。ふふん、羨ましいだろー、すごい美味い!
テイクアウトもしているようだから、留守番のビハインドと一緒に食べようかな、と文庫を開くとスマホがぴろりんと鳴った。送ったメールの返信だ。
「『テイクアウトよろしく』」
簡素な一行。未知は魔法使いの友人の生真面目な顔を思い浮かべ、土産の数が増えたなと笑った。
「ねえ浮いてない? プラチナチケット効いてる?」
「浮いてないから落ち着いて。プラチケ使ったらバイトと間違えられるよ」
「ヤバい切る。切った! ねえほんとに僕、このハイソな空気に溶け込んでる?」
「溶けてる溶けてる。もう空気と変わんない」
月夜・玲は重ねたケーキ皿を下げに立ち、座り直して珈琲を飲み干す。南瓜のタルトにモンブランは食べたから、次はフルーツがいいかな。
運ばれてきたのはブラウニーのチョコパフェだ。はい、と控えめに上げた蔵乃祐の手は、不自然にガッタガタ震えているが。
「だって美味しそうだったんだもん! 二度と来ないかもしれないなら頼むでしょ!!」
「三度でも四度でも来られますって」
あああ、とクリームの甘さにようやく落ち着きを取り戻した蔵乃祐の腕をぐいっと引っ張り、ショーケースの前へと連行する玲。ふたつみっつと指さし注文し、当然のように蔵乃祐に支払わせた。ついでに珈琲のお代わりも。
「え。え?」
「こーいう時は男の人がもつものでしょ?」
「食券じゃないの」
「安いラーメン屋じゃないから」
新しく並んだ色とりどりのケーキ、ベリーを刺したフォークで蔵乃祐をぴしっと指す。
「こーいう時くらい難しーい顔はやめてさ、ちょっとニコっとしてみてよ」
「ニコっとって」
パフェに乗ったブラウニーのほろ苦さに、ちょっとほろ苦い顔だった蔵乃祐。だいぶ落ち着いてはきたものの、挙動不審なことこの上ない。
「モテないよ? 悩みがあるなら聞いちゃうよ?」
「はぁ……美味しいよぉ……」
顔は緩んだけれど、聞いてない。確かに美味しそうだけど。
はぁ、と玲は溜息一つ。でもいいか、こんな時間があってもいい。幸せそうな蔵乃祐を見ていると、次は同じパフェを食べようかな、なんて心が温かくなる。
「じゃあ、太っ腹なかいどー先輩に感謝して、いただきます」
甘酸っぱいベリーは、こんな気分と似ている気がした。
作者:高遠しゅん |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年9月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
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