ブラッディムーンのすみか

    作者:朝比奈万理

     秋風が冷たく感じる夜のこと。
     空の低い位置には月がやっと上り始める。
     ファッションモデルを生業とする彼は撮影の帰り道だった。自身が引くスーツケースの音が静寂の星空に溶けてゆく。
     ふと、彼は顔を上げた。前方に気配を感じたからだ。
    「みつけましたわ、わたくしの新しいうさぎちゃん」
     目の前にいるのは、少女。ゴシックロリータ調のワンピースにマントを掛け、赤いツインテールは縦に巻かれている。浮世離れした甘く冷たい声は、彼の背筋を一瞬で凍らせた。
     彼女が普通ではないことは本能で分かった。肌は何処までも白く、瞳はまるで鮮血のように紅かった。
     彼は息を呑んで思わず後退る。だが、スーツケースに躓いて後ろに倒れてしまう。
    「ふふ、随分滑稽で無様ですこと。このわたくしから逃れられると思って?」
     嗤いながら一歩一歩彼に近づく少女。伸ばした手の爪は、黒く鋭い。
    「お前、わたくしの下僕にお成りなさい。存分に可愛がってあげますわ」
     彼女が纏う黒い雰囲気は、彼の目の前の光をすべて消していった。
     空の低い位置にいた紅い月だけが、目撃者――。

    「横浜市で行方不明事件が発生しているのがわかったんだ。だけど、警察沙汰にもなっていない。おそらくこの事件は『バベルの鎖』の影響で間違いないだろうな」
     浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)は左手を顎に当て、難しい表情。
    「でな、詳しく調査してみたんだが、その地域の豪邸で住人が行方不明になっていたんだ。で、その建物から悲鳴が聞こえるっていう情報もあってどうやらその豪邸が敵の拠点となっていると考えられるんだ」
     この事件はダークネスが関わっていると考えて間違いはない。だが行動が大胆で稚拙であることから、おそらく組織的な動きではないだろう。
    「なので皆には、豪邸に潜入してダークネスを灼滅、もし一般人が生きているのであれば救出をお願いしたいんだ」
     豪邸を根城にしているダークネスに関しては、何者であるかも不明。
    「ご当地怪人、ソロモンの悪魔、スサノオ……状況的にその三勢力ではなさそうだな」
     ともなると、可能性はひとつ。
     ヴァンパイア。
    「――であるとするならば、彼らは非常に強力なダークネス。最大限の警戒をもって挑んでほしい」
     と告げた千星の真剣な表情が、心なしか曇る。
    「予知が効かずに皆の力になれなくて、本当にすまない。現地では何が起こるかわからないから、十分に対策を取ってほしい」
     申し訳ないが、よろしく頼む。と千星は小さく頭を下げた。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    立花・環(グリーンティアーズ・d34526)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


     横浜のその豪邸は、月の光がよく映えそうな真っ白なコンクリート造りの建物だった。
     現在は黄昏の日に照らされて、赤く燃えるように見えた。
    「推定ヴァンパイアが根城にするには、現代的、ですね」
     豪邸の住所が書かれたメモと表札に記された番地の数字の一致をみて、立花・環(グリーンティアーズ・d34526)が建物を見上げ。
     その豪邸は大物芸能人が新築で立てるような、現代的な建物。
    「それにしても、最近は豪邸乗っ取り計画でも流行ってるんですかね? どうせ連中は雨晒しでもへっちゃらだろうに」
     と、呆れたように息をついた。
     雨晒しにしてやるには、この豪邸から退去願わなければならないわけで。
    「早速だけど、行くとしよう」
    「なるべく早く、鍵を開けられるようにするね」
     レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)と彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)はそれぞれ蛇に変身し、建物へと這っていった。
     が、二人は間もなくして戻ってきた。
    「レイさん、さくらえさん。どうしました?」
     こんなに早く。
     リーファ・エア(夢追い人・d07755)が尋ねると、さくらえとレイは蛇変身を解除した。二人ともかなり当惑した様子でお互いの顔を見合わせ。
    「ウッドデッキからリビングダイニングに通じる窓の鍵が開いていた」
    「玄関も無施錠だったよ」
     この場から見える窓は全て閉められているのに、見えない場所は開いている。
     灼滅者が来ることも想定済みで、故意に無施錠だとすると。
    「オレたちが自分を討伐にやってきても余裕で返り撃てる。ということか」
     心底不快そうに顔を顰めた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が舌打ちを鳴らすと、幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)も豪邸を見上げて難しい顔。
    「まるで、おいでおいでってされてるみたい。相当自信があるのね」
    「コソコソしないで堂々っていうのは、自信と誇りの高さの表れ。そこだけは称賛してもいいとは思う」
     その高いプライドが高いおかげで、簡単に豪邸に潜入できるし。と、茶倉・紫月(影縫い・d35017)はエクスブレインの少女から渡された豪邸の見取り図に目を落とし。
    「単なる慢心か。それとも裏があるのか……」
     レイは難しそうに息をついた。
     どちらにせよ、やることはひとつだ。
    「相手に招かれているんだったら話は早いよ。行こう」
     豪邸の門を開け、敷地内に進みゆく神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)とビハインドの海里を筆頭に、灼滅者たちは邸宅に入っていった。
     さぁいざ、推定ヴァンパイアのすみかへ――。


     二階部分の玄関は白い大理石が張り巡らされ、思いのほか汚れてはいなかった。だけど、目張りのためか外の光が入らないように、ありとあらゆる窓のカーテンやブラインドが閉じられていたため、玄関の扉を閉めてしまうと暮れの様に暗くなった。
    「こういうのって探検! みたいでドキドキするねっ」
     桃琴は小声でつぶやくと、
    「そうですね。皆、はぐれてしまわないようにしましょう……」
     リーファは慎重に扉から手を離す。
     分かれての探索も考えなかったわけではなかった。だが、少人数で推定ヴァンパイアとの戦闘になれば、重傷者はおろか――。
     考えただけでもうっすらと肝が冷える中、先頭を行く優がランプを片手に手前の扉をそっと開けると、そこは。
    「……リビングダイニングってやつだな」
     白を基調とした上品な室内は、玄関同様に整理されているようだった。
     奥にはキッチンが見え、手前には上へと階段が伸びていた。そのまま見上げれば吹き抜けの天井。
     ――もし上に相手がいるのなら、相手は自分たちの侵入を感知したうえで楽しんでいるのかもしれない。
     柱時計の秒針の規則正しい鼓動しか聞こえない部屋は異様に静かで。もし上に敵がいるのであれば意思疎通には向いていない。一行はリビングダイニングから廊下に出た。
    「野郎、出てくる様子はないみたいだな」
     苛々と明日香が小さく舌を打つと、
    「下の部屋は窓がないんだっけ。その分何か潜んでいそうにも思えるよね。あとは敵の性別にもよるだろうけど、一般人を下僕にするなら寝室とかも」
     そう考えると何処も怪しいねと、さくらえは苦笑した。
    「様子を伺うなら、やはり上の階に潜んでそうですね」
     環は見取り図に目を落とす中、ライトであたりを照らしていた紫月が廊下の先に下の階へと通じる階段を見つけた。
    「上が怪しいのは同意だ」
     きっと、高貴な推定ヴァンパイア様のことだ。下等な人間を自分の傍にはおいておかないはずだから。
     一行の推理は見事的中する。
     ほぼ窓がないに等しい真っ暗な1階の、さらに二重扉の防音処理が施されたオーディオルームに攫われた一般人はいた。
    「……っ!」
     扉の開く音に身を竦め、怯えたように体を震わせ荒く呼吸をするその男性の目には、黒い帯で目隠しが施されていた。
    「安心してくれ。助けに来た」
     扉を閉めてレイが呟くと男性は、荒かった息を自分で整える。
     聞き覚えのない声に、冷静さを取り戻す、
    「助けに……? 本当に……?」
     リーファが男性の後ろに回り込み目隠しを外してやると、露わになったのは端正な顔。
     しばらく目隠しのまま暗い部屋にいたせいか灯りが目に障るようで、男性は顔を顰めて目と閉じた。だが、他に大きな怪我はなさそうだった。
    「とりあえず外に出なければな、立てるか?」
     紫月が手を貸してやると、男性はよろけながらも立ち上がる。
    「囚われているのは、あなた一人だけ?」
     桃琴の問いに男性は眉間に皺を寄せ。
    「……『彼女』以外の足跡も聞こえていた。だからたぶん他にも俺のような人はいると思う」
     彼が言う足音が一般人のものであるとしてまだ生きているならば、救わなければならない。
     灼滅者たちは、この男性を守るような位置取りに配し、再び探索を開始する。
     そして、物置部屋とガレージの高級車の中からそれぞれひとりずつ一般人を見つけた。男性と女性で二人とも美形。やはり目隠しをされていた。
    「……趣味なのかな、目隠し……」
    「従事させる間だけ、これを外させてるのでしょうか」
     優が呟くと女性の方の目隠しを環が外し。
    「外さないと、世話とかできなさそうですよね……」
     男性の方を外しながらリーファは首をかしげる。対する一般人は、何かにおびえた様子でそのことに関して口をはさむ事は無かった。
     その間に明日香はガレージ内をぐるりと確認し、
    「他に人はいねぇみたいだ。このシャッターが開けば楽なんだろうけど」
     と、シャッターに手をかけ動かしてみたが、がしゃがしゃと音が鳴るだけ。
    「他を無施錠にしたならそこも開けておいてくれればよかったのにね」
     と、桃琴は頬を膨らませつつ、後に発見した二人の手をとった。
     灼滅者たちは一般人を最後尾に、玄関に向かう道を戻る。そうして彼らが上へと続く階段に差し掛かった時だった。
     先頭を行く優の足が止まる。
    「……何か聞こえる」
     それは他の灼滅者にも聞こえていた。
     コツコツと大理石を鳴らす足音。それはせわしなく、近づいてくる。
     咄嗟に紫月と桃琴は3人の一般人の手を引き、一番近い部屋――オーディオルームの扉を開けた。
     そして3人を室内に誘導すると、彼らの手を離す。
    「ここで待ってて。絶対に助けるから」
     桃琴が声を掛けると、紫月はカーペット敷きの床に、光源にしていたライトをそっと置いて、扉を閉めた。
     高い足音はリビングダイニングの方から聞こえてくる。
    「……くそ狭い廊下より、あっちのだだっ広い部屋の方がいいかもな」
     明日香の提案に全員揃った灼滅者は頷き合うと、一斉に階段を駆け上がりリビングダイニングの扉を開け放った。
     灼滅者の武装が瞬時に整って行く中、灼滅者の前に現れたのは全身黒ずくめの少女。赤いツインテールの巻き毛を揺らし、微笑む瞳は座っている。
    「私のすみかに紛れ込んだ野ネズミ8匹の駆除に赴こうと思っていましたけれど、其方からお出ましとは」
     呆れたように笑んが口角があがれば、口元に見えたのは鋭い牙。
     彼女の正体は、ヴァンパイア。
    「こちらから出向く手間が省けましたわ。さぁ、私と遊びましょう。野ネズミさん」
     彼女が手にしていた小さな巨大十字架型碑文は十字架の全砲門を開放させると、光線が四方八方に乱射された。


     開戦から数分。
     白い床には、誰のものともわからない鮮血が無数に落ちている。
    「下で待ってる人たちも助けて、全員で帰るからね」
     さくらえが声を張ると白蛇を模した帯締めが、まるで生きているかのように意思を持ち、飛んで避けようとした彼女を斬り刻む。
     彼女は眉間に皺をよせ灼滅者たちを見据えると、
    「攫った人間食糧にしてんのかと思ったら、ちゃんと飼ってたんだな」
     眠たげな眼でヴァンパイアを見据え返した紫月が放ったのは、極薄い影の海。たぷんと波打つと、軽やかにステップを踏んで逃れようとする彼女を追いかけ、呑み込んだ。
    「……っ」
     影を払った彼女、今度は強く睨み付けた。紫月の反論したいという気持ちの表れだろうか。すると、何処からともなく現れた光輪で、灼滅者たちを薙ぎ払う。
    「俺ら如きに口は割らないって? 随分と舐めてくれてるんだねぇ」
     優は自分にいつまでも引っ付いている海里を引っ剥がすと、ヴァンパイアに投げつけた。彼女と接触した拍子に海里の霊撃が炸裂するのを確認すると、愛用の標識を黄色く光らせて仲間達の傷を癒す。
    「あなたは何故個人で動いているんでしょう?」
     ウィングキャットのキャリバーと一緒に駆け出すリーファは足元で生まれる無数の星の輝きと重さを感じながら、あの細い腹目がけて跳び蹴りを喰らわせた。
    「大規模な軍団を構成するより、あなた達のような手練れが小規模軍団を作りゲリラ戦でも仕掛ける気ですか」
    「……貴方達じゃあるまいし美しくありませんわ。ゲリラ戦なんて」
     キャリバーの肉球パンチを喰らった彼女は、腕で払うと強気に笑んで見せる。
    「じゃぁ別のことを起こす気なの? そんなことさせないよ! やっつけてやるんだから!」
     桃琴は構えた槍を突き立てると、彼女の脇腹を穿つ。
     続いた明日香は素早い動きで敵の背後に回り込んで、得物で彼女を斬り刻む。
    「お前はアラベスクやシュラウドの指示でここにいるのか? そもそもお前は奴らのように『制御』を受けているのか」
    「……何故この私が、野ネズミの質問に応えなければならないのです? 身の程を弁えなさい」
     応える気などさらさらないということか。
    「じゃぁ、昼間の寝床は棺桶ですか?」
     環のウロボロスブレイドは、ハモの形。風を斬って振るえば刀身が伸び、ヴァンパイアを巻きつけ斬り刻む。
     ゴスロリをハモで巻くお仕事である。
    「……っ」
     苛々とした表情を見せる彼女に、レイが放った光の刃が突き刺さる。
    「なんにせよ私たちのやることは、君を灼滅することだ」
     彼の青い瞳は真っすぐ冷静に、彼女を見据えていた。


     彼らの戦場は寝室へと変わっていた。
     激闘の末、己の劣勢を悟ったヴァンパイアが逃げ込んだ先がこの部屋だ。
     キングサイズのベッドを置いても床に余裕があることや、ここを自身の部屋としていたこと。そしてこの家の元主が独身の中年男性であったことなどは、今の灼滅者たちにとってはどうでもいいことだった。
     元主の一部白骨遺体が転がる中。
    「今までのあなた達のやり方とは違う動きでしたので、気になっているんですよ」
     まぁ、どうせ答えてもらえないのでしょうけど。とリーファが『L・D』の刀身を紅く輝かせて彼女を斬り付けると、キャリバーは猫魔法で動きを封じ込める。
    「ほぉ、それで?」
     ヴァンパイアは自身の得物に緋色のオーラを纏わせると灼滅者に向かってくる。狙いは明日香。
    「通さないよっ」
     飛び出したさくらえは十字架で殴打される。が、すぐさま相手を睨み付けると、足元に力を込めて炎を蹴りだした。
     燃え盛る炎に包まれるヴァンパイア。
    「ほらワンコ、出番だ」
     ご主人に命令されたのが嬉しくて喜び勇んで霊障波を飛ばす海里の隣、
    「彩瑠、大丈夫かい?」
     その隙によろめいたさくらえを青い薔薇が絡みついた鎖で包み癒したのは、優。
    「今まで大人しかったのに突然自由に動き出したことから推察するに――」
     ぴんと糸を張った紫月が高速で得物を操ると、炎を掻い潜った彼女の身を縛り付ける。
    「下の階級を管理できる上の階級が崩れたか、単純に察知出来るようになっただけのどちらかだろう」
     赤い瞳を細めて糸を引けば、悲鳴と共に斬り割かれる身体。
     レイの足元から伸びた影が彼女を縛り捉えると、環は腕を包んだデモノイド寄生体から強酸性の液体を飛ばして彼女の守りを腐食させた。
    「『黒の王』が何処にいるかも、答える気はねぇな」
     舌打ちして明日香は『絶死槍バルドル』を構えるなり、彼女目がけて無数の氷柱を打ち出した。
     ずぶりずぶりと彼女の身体に氷柱が突き刺さる。
    「……この、高貴な私が、野ネズミ如きに……」
     呻く彼女の顔面には、オーラを拳一杯に集めた桃琴。
    「これで、どうだぁ!!」
     凄まじい連打は、高貴なヴァンパイアを蹂躙し、ついにはカーペット敷きの床に沈めたのだった。
    「……この私が……『ブラッディムーン』がこんな終わり方……」
     ありえませんわ。
     口の形だけで言葉にならずヴァンパイアはそのまま絶命し、灰と化して消えていった。


     秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので。
     一般人を外に連れ出したころには、日はもう沈み、空には月が浮かんでいた。
     この家の主の変死事件や、救出した人々の行方不明事件等の後処理は、然るべき部署が動くだろう。
     現時点で最良の未来を手繰り寄せた灼滅者の瞳に映るのは、満ちてゆく月の光に照らされた『ブラッディムーン』のすみかと、済んだ秋空の向こうの星の輝きだった。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年9月30日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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