おみやげはゆべしに染まるべきなのか?

    作者:飛翔優

    ●ゆべし怪人……ではない!
     福島県の国道沿いにある大きなスーパーマーケット。その一角に設けられているお土産物のコーナーは今、騒然としていた。
    「我々はお土産をゆべしで染めに来た! まずは福島県を支配するつもりだ。故に、おみやげもお菓子も全てゆべしに変えてもらおうか!」
     演説しているのはアルパカを意匠化したような仮面を被っている異形、ソロモンの悪魔!
    「いや、お前たちの手をわずらわせるまでもない。我々の手で、全てをゆべしに変えてしまおうぞ!!」
     部下に命じ、一般客や職員をお土産物のコーナーから追い出していく。
     改めて福島県の名物を中心にお土産物が並べられている棚へと向き直り……深いため息を吐き出した。
    「しかし……なぜ儂がこんなことを。論理性の欠片も感じないこの作戦、いかにして世界征服に繋げるというのか……」
     不本意らしい言葉を吐きながらも、並べられていたお土産物を手早く袋へと放り込んでいく。その上で、福島県名産三角形型のゆべしを置いていくのだ。
    「あ、パカール様。そこはもう少しゆべしが目立つような感じにしたほうが良いかと思われます」
    「あ、ああ……」
     配下の……元信者であるご当地怪人の配下のアドバイスを元に、ソロモンの悪魔パカールはゆべしを丁寧に並べていく。
     世界をゆべしに染めること、それが世界征服に繋がる。その第一歩として、本家たる福島県をゆべしで埋め尽くす。
     それが近道だと心に言い聞かせながら……。

    ●教室にて
    「華宮・紅緋さんたちの調査によって、ご当地怪人の事件が確認されました」
     教室に集まった灼滅者たちにそう前置きし、倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は説明を始めていく。
    「発生している事件は、福島県のお土産物屋さんやスーパーなどを襲撃して、お土産物屋お菓子を全て三角形型のゆべしに変えていく……というものみたいですね。ですが……」
     どうも、その作戦を行っているのはご当地怪人ではなく、ソロモンの悪魔らしい。
    「恐らく、ご当地怪人勢力にソロモンの悪魔が合流しようとしている予兆なのでしょう。ですので、速やかに撃破してきて下さい」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「情報によると、襲撃されているのはこの国道沿いのスーパーマーケット。今から赴き、襲撃している最中に突入することになります」
     そのため、ある程度一般人への配慮を行う必要があるだろう。
    「そして、戦うことになるソロモンの悪魔にですが……」
     不確定な情報が多く、詳細は実際に戦ってからになると思われる。
     わかっているのは、名前がパカール。姿は、アルパカを意匠化したような仮面を被っている異形。
     マテリアルロッドを携えているため、魔法使い及びマテリアルロッドのサイキックに似た力を用いてくると考えられる。しかし、どれを使ってくるのかは不明だ。
     また、三人ほどの配下もいる。しかし、戦闘能力がないらしく、戦いが始まればすぐに逃げてしまうことだろう。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要なものを手渡し、締めくくった。
    「ソロモンの悪魔がご当地怪人の傘下に加わったとするなら、厄介なことになります。何より、事件を放置することはできません。どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    赤秀・空(虚・d09729)
    ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)
    グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)
     

    ■リプレイ

    ●ゆべしとソロモンの悪魔と
     様々な彩りを持つ福島県の土産菓子が今、姿を消そうとしている。
     アルパカの仮面を持つソロモンの悪魔・パカールの手によって、福島県のスーパーから。
     人々が遠巻きに見つめることしかできない中、台の上にはゆべしの箱。棚の中にはゆべしの袋。
     ゆべしに染められんとしていく土産物売り場へと、乗り込んでいくは灼滅者!
    「地道に並べているところ失礼するわ」
    「むっ!」
     即座に振り向いてきたパカールの視線を、ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)は正面から受け止めていく。
    「そういったこつこつとした積み重ねは大事だけれど、放置は出来ないの、覚悟してちょうだいね」
    「……」
     腰元に差していたマテリアルロッドを抜き、身構えていくパカール。
     すかさずグラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)が前に出て、提案した。
    「ちょっと戦うには狭いと思うんだけど、どうかな?」
    「はっ、その手には乗らんぞ。敵の用意した戦場にのこのことついていくほど愚か者ではない!」
     拒絶を前に、ため息と共に身構える。
     赤秀・空(虚・d09729)はビハインドの美幸を最前線へと送り出しながら、影を手元に引き寄せた。
    「理由あって、悪魔は嫌いでね」
    「ならば、どうする」
     答える代わりに、縄状に分裂させた影を解き放つ。
     影はパカールの足元へとたどり着いた時、マテリアルロッドの先端に突かれ霧散した。
     さなかには美幸が距離を詰め、パカールを二歩分ほど後退させていく。
     彼らがパカールの気を引いてくれている内に……と、淳・周(赤き暴風・d05550)はさっきをほとばしらせた。
    「これで一般人は近づかないはずだね。あ、配下も逃げてくみたい」
    「良かったです。この様子なら、すぐに流れ弾を気にしなくても良くなりそうですね」
     牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)は安堵の息を吐き、ビハインドの知識の鎧を前線へと向かわせながらパカールに狙いを定めていく。
     視線の先、パカールが幾本もの魔力の矢を虚空に浮かべた。
     身構える美幸へ降り注いでいくさまを見つめながら、空は縛霊手をはめた拳を硬く硬く握りしめていく。
    「……」
     床を蹴り、距離を詰める。
     美幸に視線で一時下がるよう伝えながらパカールの懐へと踏み込んだ。
     ただただ冷たい光を浮かべたまま、後ろへ跳ぼうとするパカールの足を踏む。
    「む、ぐ……」
     勢いの行き場を失ったパカールの土手っ腹に、固い拳を打ち込んだ。
     衝撃を与えるとともに解放された霊力は、パカールの体を薄くけれど確かに縛めて……。

     天井にありえるはずのない雷光がほとばしる。
     周めがけて放たれたその雷撃は、グラジュが割り込み受け止めた。
    「っ……!」
     体中を貫くような、焼け付くような痛みを感じながらも、歯を食いしばり地面に着地。
     深い息を吐き出すと共に、真っ直ぐにパカールを睨みつけていく。
    「攻撃は通さないよ!」
    「よく頑張ったわね。これからもよろしく。もちろん、ソースもよ」
     労いと共に、ペペタンは符を投げた。
     ウイングキャットのソースはグラジュを守れる位置へと移動しつつ、翼を優しくはためかせた。
     さらに美幸が治療へと加わってくれる中、グラジュは再びパカールの動向を注視した。
     視線の気づいたのだろう。パカールはグラジュへと向き直っていく。
    「耐えたか。じゃが、そう多くは受けさせん」
    「受けきってみせるよ、悪魔の人!」
     にらみ合いながら、両者は距離を詰めていく。
     間に影が割り込んだ。
     空の影だ。
    「むっ」
     マテリアルロッドから小さな魔力を放ちつつ、パカールは後ろへ跳んでいく。
     魔力に抑えられた影はパカールへは届かず、空のもとへと戻っていった。
     問題ないと。空は再び拳を握りしめる。
     パカールの持つマテリアルロッドに、一握の影が差し込んでいるのを見つけたから。
     一方、グラジュは改めてパカールの反撃に備えながら、それにしても……と小首を傾げていく。
    「思うんだけど、世界征服を考えているならゆべしで埋め尽くすって遠回りだと思うんだけど」
    「……」
     痛いところを突かれたといった雰囲気を伺わせながら、パカールはわずかに目をそらした。
     すかさずペペタンが言葉で切り込んだ。
    「そもそも、悪魔ならそれらしいやり方があるんじゃないの? らしくないわ!」
    「……知らん」
     苦虫を噛み潰したかのような声音で、パカールは喚く。
    「だが、他の方法も今は思いつかん! だからできることからやることにした!」
    「なら!」
     ペペタンは符を取り出し、笑みを浮かべた。
    「私たちごときが倒せないようじゃあなたには何も出来ないわね」
    「違いない!」
     虚空に魔力の矢を浮かべ始めていくパカール。
     すべての矢の切っ先がグラ樹に向いていることを確認しながら、みんとが疑問符を浮かべていく。
    「ところでゆべしとはなんでしょう?」
    「……何?」
     魔力の矢を解き放ちながら、パカールは振り向いてきた。
     臆することなくみんとは続けていく。
    「こう、道なので素晴らしさのプレゼンお願いしたいところですけども……」
    「……」
     灼滅者たちの攻撃を魔力でいなしつつ、パカールは説明を開始した。
     ゆべしとは、ゆずあるいはクルミを用いた和菓子の一種であり、福島県では餡をクルミを用いたゆべし生地で三角形に包んだものとなっている。
     食感はもちもちしていて心地よく、落ち着いた甘さと共に心を癒やしてくれる逸品だ。
    「すなわち、世界征服するのに相応しいお菓子であり……」
    「でもそれ、ご当地怪人の専売特許だろ」
     説明が終わるのを待ち、周が突っ込んだ。
     ピタリと固まった後、パカールは肩を落としていく。
    「まあ、それはそう思わないでもないが、だが、世界征服へと繋がるのならばなんでも利用する! それがどうにもこうにも成功するとは思えない作戦であったとしても、それが近道になるのなら!」
     自分に言い聞かせているかのように叫びながら、改めてグラジュへと向き直っていくパカール。
     周は肩をすくめ、側面から背後へと回り込んだ。
     人を闇の道へと誘い込むのが得意な種族であるはずの、ソロモンの悪魔。
     それが、心機一転ご当地を広めているというのは、釈然としないものがある。人の心を掴んであれこれできるという意味では、適材ではあるのかもしれないけれど……。
    「……ま、どっちにしろ灼滅することに違いはないか」
     深い息を吐くと共に、跳躍。
     背中を間合いに捉えていく。
    「背中ががら空きだ!」
     炎を宿した拳で殴りかかり、右肩を強打。
     パカールが赤々とした炎に抱かれていくさまを瞳に写しながら後方へと飛び退いていく。
     振り向く気配がないのは、グラジュから視線を外さぬのは、最初に倒す対象と定めたからか。
     ならば、そうなる前に灼滅を。
     周は右へ、左へとステップを踏みながら、拳にオーラをほとばしらせ……。

    ●ゆべしで世界征服はできるのか?
     天井に雷鳴轟く時、知識の鎧が割り込みほとばしる稲妻を受けていく。
     全身を焼き焦がしながらも着地していくさまを視界の端に捉えつつ、みんとは帯を解き放った。
     誤ることなく左脇腹を切り裂いていくさまを確認しつつ、マテリアルロッドを握りしめていく。
    「流石に辛くなってきたみたいですね」
     視線の先、パカールが脇腹を押さえながら距離を取ろうとしていく。
     すぐにグラジュが距離を詰め、間合いの外側へ逃げることは敵わぬのだけど。
     だから、自分は努めて冷静に狙いを定め続けていく。
     踏み込み仕掛ける機会をうかがっていく。
    「むっ……」
     重ねてきた呪縛が形をなしたか、パカールが飛び退こうとした姿勢のまま固まった。
     ペペタンが符をしまい、手元にオーラを集めていく。
    「今なら……!」
    「うん!」
     グラジュが飛び出す。
     後を、ソースの放つ魔法が追いかける。
     横をペペタンのオーラが駆け抜けた。
     パカールの体が浮いていく。
     魔法がパカールを包む中、その体に影が差す。
     見上げる余裕も与えずグラジュが踏みつけ、地面に叩き落としていく。
     軽くバウンドしたその体を、周が両手で掴み上げた。
     至近距離でパカールの顔を見つめながら、肩の力を抜いていく。
    「……しかし、元々アルパカ頭だとご当地怪人言われても違和感ねえな」
    「なっ」
     反論の暇は与えず地面へと叩きつけ、アルパカの仮面に亀裂を入れた。
     直後、周はパカールを手放すも、その体は浮いたまま。
     空の影に縛られ、浮いたまま。
    「……」
     万が一に備え美幸が身構えていく中、みんとが正面へと踏み込んでいく。
     魔力ほとばしるマテリアルロッドを振り上げつつ、パカールの瞳を見つめていく。
     悔しげな光の宿るその瞳の真ん中めがけ、マテリアルロッドを思いっきり振り下ろした!
    「がっ……」
     魔力が爆ぜる。
     仮面が砕ける。
     パカールが地面に落ちていく。
     少しずつ気配が薄れていくのを感じながら、みんとは語りかけた。
    「先程のゆべしのプレゼン、ありがとうございました。勉強になりましたよ」
    「……」
     返答はない。
     それきり動くこともない。
     灼滅者たちが見つめる中、パカールは影に溶けるように霧散して……。

     自慢の品を語る自動アナウンスが寂しげに響き渡る、灼滅者しかいないスーパーの中。
     短く息を吐きだし、周は土産物コーナー全体を見回した。
    「さ、片付けていこうか!」
     床に落ちてしまったゆべしの箱。
     パカールの袋に収められている本来のお土産たち。
     幸い、気を使ったためか過度に壊れている場所はない。
     手早く済ませて後は店員に任せる方向で作業が始まる中、ペペタンはゆべしの箱に視線を送っていた。
    「おみやげにゆべし買って帰ろうかしらね」
    「ゆべしっておいしいのかな?」
     袋から取り出したお土産を種別ごとに纏めながら、グラジュは小首を傾げていく。
     みんとはパカールが起きそこねていたゆべしの箱を手に、微笑んだ。
    「食べて確かめましょう。大丈夫、パカールの言葉が正しいなら、美味しいはずですよ」
     確かめるためにも、素早く作業を終えて立ち去ろう。
     早く終われば終わるほど、スーパーの人々の負担も減るはずだから。
     十分後、作業が終わり灼滅者たちは店の出口を目指して歩き出す。
     美幸と共に一歩離れた場所を歩く空は、パカールが消えた場所に視線を送り呟いた。
    「僕がこの地獄から其方に行くのは何時になるかな」
     答えのない問いは、開かれた扉から流れ込んでくる風に紛れて消えていく……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年9月28日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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