月下の箱庭

    作者:刀道信三


    「汝に我が下僕となる栄誉を与えよう」
     今まで人気のなかった夜の路地で、振り返ると月を背に住宅街には不釣り合いな姿をした少女が何の前触れもなく立っていた。
    「な、何を言っているんですか?」
    「汝の美しさは我が従者となるに相応しい。我に仕えることを許すぞ」
     少女の服装や言動が浮世離れし過ぎていて現実感がまるでない。
    「下僕とか従者とか、冗談も……」
     怖ろしさは拭えないものの、後退りながら鞄の中の携帯電話に手を伸ばそうとする。
     ――その瞬間、自分の真横から何かが砕けるような轟音。
    「えっ……?」
    「我は汝に愛玩人形以上の価値を求めていない」
     音がした場所には電柱があったらしい。
     そこには巨人の手でもぎ取られたような断面をしたコンクリート塊が残っていた。
    「その美しさを損なえば汝に興味はないし、それに……我は最初から汝の意思なぞ聞いていない」


    「千葉県のとある町で、行方不明事件が集中して起こっているらしいぜ」
     教室に集まった灼滅者達を前に、阿寺井・空太郎(哲学する中学生エクスブレイン・dn0204)が説明を始める。
    「不自然な頻度で行方不明者が出ているにもかかわらず、警察も動いていなければ、ニュースにもなってない。これは『バベルの鎖』の影響と考えて間違いないだろうな」
     つまりダークネスが関わっている事件である可能性が極めて高い。
    「詳しく調べてみたんだが、この事件はこの町にある大きな洋館を中心とした地域に集中して起こっている。おまけにここしばらくその洋館の住人が近所の人達から目撃されていないみたいだぜ」
     この洋館がダークネスの拠点となっていると見て間違いないだろう。
    「未来予測もなしに察知できているあたり、このダークネスの行動が組織だったものとは思えないが、一般人に被害が出ている以上は無視もできないよな」
     灼滅者達には洋館に潜入し、ダークネスを灼滅して、まだ生きているのであれば、誘拐された一般人達を救出してほしい。
    「洋館を拠点としているダークネスが何者かはわからないが、状況的に考えるとヴァンパイアである可能性が高いだろうな」
     もしこのダークネスがヴァンパイアであれば、非常に強力なダークネスである。
    「相手の情報が予知できていないから、ヴァンパイアでないことを祈りたいところだけど、もしそうでも大丈夫なように十分な注意をした上で、無理はしないように気を付けろよな」


    参加者
    聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)
    泉・星流(魔術師に星界の狂気を贈ろう・d03734)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    ハノン・ミラー(蒼炎・d17118)
    綺羅星・ひかり(はぴはぴひかりん・d17930)
    虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)
    リディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)

    ■リプレイ

    ●吸血鬼の館
    「にょわー、ひかりんもかわいい女の子欲しいけど~、無理やりはよくないにぃ!」
     どっかーんと正面玄関の扉を綺羅星・ひかり(はぴはぴひかりん・d17930)が開けながら、堂々と洋館の中へと入る。
    「全く、こういった事は映画の中だけにして欲しいものです……」
     洋館の見取り図を手に紅羽・流希(挑戦者・d10975)もひかりに続いて入館する。
    「思ったよりは静かだな……」
     エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が思わず呟いた通り、洋館の中から悲鳴が聞こえるわけでもなく、月明かりだけが差し込んだ玄関ロビーは人の気配を感じさせない。
     ロビーに入ったところで虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)が手振りで仲間達の進行を一旦止めた。
     どう侵入したところでダークネスのバベルの鎖に察知されることはわかっていたので、まず奇襲を警戒して周囲を注意する。
    「ハノン、どうだ?」
     DSKノーズで索敵を担当する手はずになっていたハノン・ミラー(蒼炎・d17118)に聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)が自身も周囲を警戒しつつ確認する。
    「なんというか、奇襲を警戒するまでもなかったかな」
     いち早く気がついたハノンの視線は、真っ直ぐにロビー正面の階段の上を向いていた。
    「ようこそ招かれざる客、黄昏の蝙蝠達よ」
     階段の上から少女の堂々とした声が響くと、ロビーの明りが一斉に点灯した。
     そこには黒いドレスを身に纏ったヴァンパイアが、我こそが館の主であるといった振る舞いで立っていた。
    「隷属の儀式を行う前にやって来るとは、汝らの目を少々侮っていたようね」
     階下の灼滅者達を睥睨するヴァンパイアの少女に焦りの色はない。
     襲撃者である灼滅者達に脅威を感じていないのは、自らの力に絶対の自信を持っているからだろう。
    「我が名は宮代藍花! 命乞いをし隷属を誓うなら、命がある内を勧めておくぞ?」
     藍花と名乗ったヴァンパイアは、ふわりと音もなく、大胆にも灼滅者達の陣形の中央に着地する。
     無謀とも思えるその行動を誰もが目で追うことはできても、圧倒的力量差からくる初動の速さに誰も反応をすることができなかった。
    「漆黒の翼よ。絶望を刻め」
     藍花の背から黒い影のようなものが噴出し、振り返ろうとした凛凛虎を襲う。
     片翼を直感的に構えた斬艦刀の腹で受けるが、それによってガードを跳ね上げられ無防備になった胸に二撃目が直撃する。
    「やっぱり強敵だな」
     壁に叩きつけられた凛凛虎は喉から迫り上がってくる大量の血を吐き出しつつ崩れそうになる膝を気合いで耐えた。
     ズタズタになった内臓を応急処置すべく凛凛虎はオーラを回復に全力で回す。

    ●ヴァンパイア宮代藍花
    「運命の天輪が重なったみたいだね」
     流希の大上段からの斬撃を避けた藍花を狙ってエアンが霊帯を射出する。
    「好んで闇に踏み込むとは死にたがりとしか思えぬな」
     影の翼が凶器となった帯を散らす。
    「えー、田中。田中でいいだろ。おい、田中」
     ハノンが藍花の翼の内側へと踏み込み、シールドを纏った拳を繰り出すが、軽くシールドを握り潰しながら手の平で受け止められた。
    「下賤なる者の頭では高貴なる者の名を記憶することすらできないようね」
     やや苛立った様子でハノンの拳を握った手に力を込めようとする藍花の周囲に魔法の矢の術式が展開し、咄嗟に跳び退ることで射出された矢の雨を回避する。
    「最近ヴァンパイアが屋敷とか乗っ取っては、それぞれの趣味趣向で一般人を誘拐して下僕にしているようだけど……ヴァンパイア内部で何かあったの?」
     マジックミサイルで牽制をした泉・星流(魔術師に星界の狂気を贈ろう・d03734)が距離を取った藍花に問い掛ける。
    「本国の同胞達は臆病に過ぎる。お前達のような蝙蝠を怖れて他の種族と同盟を画策するなど、高貴なる夜の民のすることではない」
    「ふ……そういう貴様もやっていることは力のみによる支配か。要は自らのカリスマだけでは人も動かせないと、そういう理解で良いのだな?」
     マントをバサァと翻し藍花に向かってポーズをキメつつ智夜は凛凛虎に祭霊光を飛ばした。
    「お仕置きしてやるのよ、悪いヴァンパイア!」
     黒のビキニ風コスチュームを着たリディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)の重力を宿した飛び蹴りが、智夜に気を取られていた藍花を捉える。
    「それは力なき者の戯言だな。弱き民は強き者に支配されてこそ幸福なのだ」
     挟み撃ちをするように飛び込んだひかりのスターゲイザーを躱すと、藍花は通り過ぎたひかりの方へ黒いリボンの塊を放る。
     リボンは解けながら刃となって、ひかりを包み込むように四方から襲い掛かった。
     ハノンとリディアのナノちゃんが割って入ることで、ひかりの退路を確保するが、攻撃を肩代わりした一人と一匹は、重撃に吹き飛ばされながら床を転がる。
    「その考えこそ傲慢だろう」
     流希は大鎌『蝙蝠の嘆き』を藍花が避けることを見越し、敢えて大振りに床へと叩きつけた。
     粉塵が舞い上がり一瞬視界を奪われた藍花の隙を突いて、エアンのドグマスパイクが命中する。
    「さっきのお返しだ。楽しく殴り合おうや、宮代!」
     戦線に復帰した凛凛虎が意趣返しをするように雷を纏った拳で藍花の黒翼を跳ね上げると追撃の昇打を藍花の胴に叩き込んだ。
    「――憐れなり、偽りの貴族よ。我が内に宿りし『魔』にて、貴様の生に終止符を打ってやろう」
     堂々とした口上を述べつつも、メディックである智夜は戦旗のように黄色い交通標識を掲げていた。
     その間にも星流の十字架から放たれた砲弾が体勢を崩した藍花を撃ち抜き、リディアの縛霊手が藍花を殴りつける。
    「藍花ちゃんは残しても悪いことしちゃうから、手加減なしではぐはぐしちゃうにぃ♪ にょわー☆」
     ひかりは異形化した手で藍花の腕を掴むと藍花に抱きつこうと反対の腕を伸ばす。
    「薄汚い蝙蝠風情が気安く我に触れるな!」
     膂力で勝る藍花がひかりを強引に跳ね飛ばすと、再び漆黒の翼が殺気を纏い翻る。
    「へっ、相変わらず重い一撃してやがるな」
     斬艦刀を盾にするものの闇の奔流のようになって押し寄せる漆黒の翼に吹き飛ばされ、凛凛虎の節々が悲鳴を上げる。
     片翼を受けたリディアのナノちゃんはそのまま闇に飲み込まれて姿を消していた。
     もし両翼の攻撃を受けていたら、倒れていたのは凛凛虎だったであろう。

    ●血戦
    「蝙蝠蝙蝠って、こちらへの関心も薄いようだね」
     命中精度の増したエアンのダイダロスベルトが藍花の回避行動を予測し先回りする。
    「お嬢様は汗臭いのは嫌いかな? 早い話死なば諸共よ。一緒に地獄に落ちてもらう!」
     凛凛虎が立て直す時間を稼ぐため捨て身で肉迫したハノンのシールドバッシュが藍花に叩き込まれた。
    「名前の件といい汝は特に癪に障る蝙蝠よな。死にたければ独りで逝くがいい。磔刑に処す」
     光源とは不自然に伸びた影がハノンの足許を覆っていた。
     そこから針の山のような無数の影の槍が突き出し、ハノンの全身を抉り貫く。
    「待たせたな。殺し合いの続きといこうぜ!」
     ハノンと入れ替わるように突進した凛凛虎の鋼鉄拳が自律的に防御しようとする影の翼を散らしながら藍花を殴りつける。
    「どうした、逃げ回るしか能がないのか? その爪を我が喉元に届かせることもできないようだな」
     イエローサインで前線を支え続けながら智夜は藍花を挑発する。
    「首を洗って待っているがよい。その軽口、安くは済ませんぞ」
     三度暴威を振るう漆黒の翼。
     凛凛虎とハノンは仲間達の盾としてその一撃を凌ぎ切るが、闇色の暴風が過ぎ去った後で二人には攻勢に移れるほどの余力が残ってはいなかった。
    「させはしない。今度は手数で攻め手を封じるまでだ」
     二人を突破しようとする藍花の死角から流希は日本刀で足許を掬うように薙ぎ払う。
    「宿敵は灼滅する。その隙は見逃せないね」
     藍花の優位は灼滅者達の攻撃をことごとく回避し続ける能力の高さだと観察していたエアンは、流希の奇襲で体勢を崩した藍花の脚を狙ってすかさず黒死斬を繰り出して深く傷つける。
    「これで、お仕置きっ!」
     藍花の動きが鈍ったのを見て、リディアは赤きオーラの逆十字を纏ってのヒップアタックで藍花を壁際へと吹き飛ばした。
    「ええい、忌々しい蝙蝠達め……!」
     壁に手をつきながら藍花は影から1本の黒剣を引き抜き振るう。
     刀身は鞭のように伸びながら枝分かれし、複雑な軌道で灼滅者達に襲い掛かった。
    「はっはっは。いや、あなたに脅されて奴隷にされそうになった人たちに比べたら全然? どうってことないですけど?」
     ハノンは血塗れになりながらも仲間達の前に立って、その一撃を耐え切った。
     手足は震え、意識は朦朧としていたが、藍花を自分の後ろに通すまいという気迫がハノンの脚を支えていた。

    ●夜の終焉
    「基本的には支援射撃に徹するつもりだったけど、狙える時には狙い撃たせてもらうよ」
     陣形の最後尾でクロスグレイブを射撃体勢で構えていた星流が片脚を傷つけられた藍花に狙いを定める。
     一発目の光の砲弾が影の翼を砕き、一拍を置いて誤差修正した次弾が藍花の腹部を撃ち貫いた。
     溢れる血が瞬時に紅い氷となって更なる重しとなる。
    「我としたことが……退き際を誤ったか」
     傷口を押さえながら藍花がよろめく。
     ダークネスである藍花にとって即死に繋がるほどの傷ということはなかったが、灼滅者達に囲まれた状態でこのダメージは致命的だった。
    「壊さなきゃいけないかわいいもの……それならそれでひかりんの出番かにぃ?」
     今度は力負けしないようにと両腕を異形化したひかりに肩を掴まれメキメキと藍花の両腕が軋む。
    「これで終わりだ。大人しく灼滅されろ」
     ひかりの手で固定された藍花の首を狙って流希が鞘に納めた日本刀を抜き放つ。
    「侮るなよ、蝙蝠!」
     首が落とされる寸前、藍花の影が激しく波打って流希とひかりを弾き飛ばした。
    「まだ殺しあう、か」
     ふらつく足取りで凛凛虎は再び藍花と対峙する。
     自らの傷口に集気法を当て続けている姿は、傍目に藍花と傷つき具合は大差がないものだろう。
    「我が命、そう容易く奪えると思うなよ!」
     命を燃やすように後先を考えない全力で展開された影の翼は、既に翼という体裁を保つことなく濁流のように迸った。
    「田中相手に一人だけ格好つけようなんてずるいですよ」
     凛凛虎の横に並んだハノンも満身創痍といって差し支えない状態であった。
     洋館のロビーを押し流そうとするような漆黒の闇を二人は体を張って受け止めた。
    「…………」
     灼滅者達の包囲を強行突破するための最後の力を阻まれた藍花は能力を使って見るまでもなく弱って見えた。
    「我が手まで煩わせるとはな」
     藍花の攻撃を一手に引き受けていた凛凛虎とハノンが倒れて、癒し手であった智夜も攻撃に出る。
     まともに動くのは片脚だけの壊れた操り人形のような動きでありながら、藍花は炎を纏った智夜の蹴撃を躱し、あと一押しで倒せるだろうと弾幕のように展開した星流のマジックミサイルを執念深く潜り抜ける。
     だがそれも永くは続かない。
    「よーし、勝ったよ! リディアの、勝ちだぁ!」
     思い切り踏み込んだリディアの縛霊手が藍花を殴り飛ばし、絡みついた網状の霊力が脊椎を砕いた。
     藍花が灼滅されたことを確認した後で灼滅者達は館を探索し、誘拐されていた一般人達を解放した。
     幸い一般人達の命に別状はなく、一人の犠牲もなくヴァンパイアの起こした誘拐事件を解決することができたのだった。

    作者:刀道信三 重傷:ハノン・ミラー(蒼炎・d17118) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月12日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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