恋の敗残者

    作者:聖山葵

    「うおおおっ、恋なんて、恋なんてっ!」
     その少年は泣いていた。泣きながら壁を殴っていた。威圧感すら感じさせる筋肉質の身体が動くたび、廃墟の壁が砕けて床に散らばり、転がった欠片の一つが放り出された手紙の上に乗る。
    「畜生、ちくしょおおおおっ!」
    「……これは」
     壁殴りに夢中な少年がこちらに気づいていないのを確認し、アルゲー・クロプス(稲妻に焦がれる瞳・d05674)が手紙を拾い上げて目を落とすと、最初に飛び込んできた単語はごめんなさいの五文字。読み進むとラブレターの返事というかお断りの手紙であった。
    「……壁の壊れ具合からしても、こうなってからまだ時間は経っていませんね」
     ならば、少年に気づかれていない今の内とばかりアルゲーは踵を返す。明らかに人をやめつつある少年を一人でどうこうするのは無理だと断じたのだ。

    「恋に敗れ闇堕ちしかけたマッスル、かぁ」
     話を聞いてポツリと呟く鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)にアルゲーは頷いた。
    「……壁を殴りながらもどことなく未練があるような様子でしたし」
    「闇堕ちしかけかもしれない、と」
     エクスブレインがいない以上、確定ではないが行動を鑑みれば確かに完全なダークネスになっていないことも充分に考えられる。
    「となると、一応説得する流れかな? 助けられるかもわかんないし」
    「……はい」
     闇堕ちしかけの一般人と接触し、人の意識に呼びかけ説得が成功すれば戦闘力を削ぐことが出来る。相手が堕ちかけならば、試みて損はないだろう。
    「まぁ、説得してから戦うってとこはやることはかわらないもんね」
     闇堕ちした一般人を救出するには戦ってKOする必要があり、ただのダークネスだった場合も闇堕ちしかけの一般人だった場合も戦いは避けられないのだ。
    「で、今からその廃墟に行けば良いんだよね?」
    「……はい。その人はまだ問題の廃墟で暴れていると思うので」
     接触自体はなんの問題もない。

    「あとは戦闘能力だけど――」
     アルゲー曰く、壁を殴る動きはストリートファイターのサイキックに通じるものがあったとか。
    「アンブレイカブルに堕ちかけてるのかぁ、それじゃ使ってくるのはストリートファイターのサイキックに似た攻撃かな?」
    「……そうですね、おそらくは」
     思い人の推測をアルゲーは首肯して見せ。
    「……だいたいそんなところですね。あと、暴れていても誰も来る様子はありませんでしたから人よけの必要はないかもしれません」
     また、今から赴けば日が沈む前に着く為、明かりも不要とのこと。
    「あとは説得の内容ぐらいかぁ」
     うーん、と唸った和馬は君達を見ると、流石に放置はしておけないしと理由を先に言ってから協力を求めたのだった。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    アルゲー・クロプス(稲妻に焦がれる瞳・d05674)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    湯乃郷・翠(お土産は温泉餅・d23818)
    八宮・千影(白霧纏う黒狼・d28490)
    安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)
    月影・木乃葉(レッドフード・d34599)
    坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)

    ■リプレイ

    ●人それぞれ
    「失恋の傷で暴走ですか……私は失恋したあげく闇堕ちして人を殺しかけましたので、お気持ちは良く分ります」
     廃墟の外まで漏れてくる慟哭を耳に、黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)はそっと目を伏せた。
    「同じ男子として振られた辛さ良く分かります……」
     そうですねと、同じく同情する月影・木乃葉(レッドフード・d34599)が居る一方で、首を傾げる者も居た。
    「恋は……よくわかんない。文ねぇやはるひおねーちゃんに抱く感情とは……また違うのかな?」
     と言うか、八宮・千影(白霧纏う黒狼・d28490)にはまだ早かったのかもしれない。
    (「実際のところ、恋愛には疎いもので……そんなに深く傷つくものなんでしょうか?」)
     もっとも、坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)も首を傾げているあたり、千影だけがピンと来ていない訳ではないらしい。
    「まぁ、人それぞれだよね……思うところと言うか、そう言うの」
    「……そうですね」
     苦笑する鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)に相づちを打ちつつもアルゲー・クロプス(稲妻に焦がれる瞳・d05674)は何処か複雑そうに思い人の方を見やる。
    (「……助けるまで、助けるまでの我慢です」)
     失恋がきっかけで闇堕ちしかけている者の前でいちゃつく訳にはいかない、恋する乙女も大変なのだ。
    「才能があるというのも厄介なものですね。失恋で闇堕ちしてたら、世界中ダークネスだらけになってしまいそぷっ」
     未だ聞こえる慟哭やら破壊音をBGMに嘆息しかけた安藤・ジェフ(夜なべ発明家・d30263)は、湯乃郷・翠(お土産は温泉餅・d23818)が丸めたパンフレットの一撃を受けて突っ伏す。
    「さてと」
     失恋どころか友人にお土産を拒否られたと勘違いして堕ちかけた誰かはかいても居ない額の汗を拭い。
    「そろそろいいか?」
    「そうね」
     どことなくめんどくさそうな顔で佇んでいた影道・惡人(シャドウアクト・d00898)の問いに頷くと、いきましょと他の面々を促し、歩き出す。
    「助けられるなら、助けないと」
     ぎゅっと丸めたパンフレットを握り締め、真剣な表情で廃墟に足を踏み入れる翠は独り身。流石に助けたら彼氏にできるかもしれないしとは口にしなかったが、付き合いのそれなりにある灼滅者には熱意の出所が丸わかりでもあり。
    「えっと……」
    「居ました、彼ですね。他に人影もありませんが……」
     視線を彷徨わせて誰かが言葉を探す中、壁に拳を振るう人影を見つけた空凛は念のために一般人が近寄らぬよう殺気を放ち。
    (「よくわかりませんが心労は語って癒やすに限りますね! とりあえず話を聞きましょう」)
     こちらには築かず、ただ壁を殴るマッチョの背へと歩き出したミサは、転がっていた壁の残骸が足に当たったところで歩みを止める。
    「壁に罪はありませんよ。ちょっと手を止めてもらってもいいですか」
     だが、声を発したのは、ジェフが先だった。
    「……あなたの悲しみが伝わってきますね、少し落ち着いてはいかがでしょうか?」
     これに砕かれた壁をちらりと見たアルゲーも続き。
    「なっ」
     声をかけられて漸く一同の存在に気づいたのだろう。
    「な、なんだ、あんた達」
    「始めまして湯乃郷・翠よ、あなたが凄くやり場のないものに苛まされてるのは分かるのだけど良かったら私達に話してみない? 自分で話して聞いてもらうだけでも整理がつくし気も少しは楽になるわよ」
     誰何の声を上げた少年に名乗ってから、翠は促し。
    「話す? そん……っ?」
    「壁を殴っても手が痛いだけ、なんだよ」
     つれない態度を取りかけつつも拳に何かが触れる感触を覚えた少年が視線を落とせば、そこには少年自身の手を包み込む様にしてさする千影の姿があり。
    「面白い話でもないし、聞いたところでつまらないぞ?」
     念押ししつつも話し出そうとする少年の言葉に灼滅者達は首肯で応じたのだった。

    ●話を聞こう
    「そうですね。振られた辛さ分かるつもりです……」
     木乃葉は相づちを打つ。空凛もやはり隣で同意しながら、甘い物は精神を安らぎを齎すというのでとさりげなくクッキーを差し出し、ジェフは投げ出されたままの手紙に無言で視線を落としていた。
    「……これは」
    「おそらくですけど――」
     相手はどんな人だったのか、どれくらい好きだったのかなどをミサが吐き出させたこともあり、また手紙もあって少年がフラれた理由を幾人かは察す。少年曰く、異性に遠巻きにされる。声をかけても顔を赤くして逃げられる。そのくせ、バレンタインには嫌がらせか何かの様に机に大量のチョコが入っていたのだとか。
    「これ、相手が嫌だからフッたとか言うより、この人のスペックが高すぎて気後れした手紙の人が逃げ出したって感じだよね」
     しかもご丁寧に当人はその事実に気づいていないと思われ。
    「けど、そんな見てくれにゃ思えねーぜ、こう、筋肉盛りまくりの筋肉ダルマみてぇな容姿だし」
    「闇堕ちしかけて、見た目まで変わってるのかな?」
     首を傾げる惡人の横でこちらもこてんと首を傾げた千影は漏らし。
    「……ともあれ。これなら説得さえうまく行けばあとは何とかなりそうですね」
    「気後れして逃げ出す程、ま、まぁ魅力的なのは良い事よね」
     ヒソヒソ言葉を交わす灼滅者達の中で、一人妙にソワソワしだした人物がいたがきっとそっとしておいた方が良いのだろう。
    「そだな、こーゆー時ぁ現実やめさせて二次元に走らすのがセオリーだろな」
    「って、今の流れで何故二次元?!」
     うんうん頷きギャルゲーやら何やらを取り出す惡人へ和馬は即座にツッコんだ。
    「あ? 俺も嫌いじゃねーし」
    「それって、同じ趣味の仲間作りたかっただけなんじゃ」
    「細けーことはどうだって良ーんだよ! 個人的にゃ失恋とか欠片もわかんねー感情だし」
    「開き直った?!」
     不穏な流れが関係ないところでコントもとい混沌に発展しかけていたり、他者と会話するツッコミ少年をちらりと見た恋する乙女がモジモジしていたりしたが、それはそれ。
    「それは辛かったですね……」
    「そうね……話してみて思ったけどあなたは悪い人じゃないと思うし人に当らなかったから優しい人なんじゃないかしら? 少なくとも私は魅力的に感じるわ」
     本来丸めたパンフレットでツッコミに回る筈の人は相づちを打つミサの隣でナン、失礼、説得に全力を注いでおり。
    「いつか大切な人が出来た時その人を守る様に身体は鍛えておけって言われて鍛え始めたんだけどな」
    「それでその筋肉、貴方は努力のできる人なのですね……。そんな人が報われない訳がありません……」
     袈裟を纏い被った笠の下、木乃葉は自嘲気味に語る少年へ感心した態で言い。
    「まあ何事もそうですが、必ず失敗はあります。失恋もその一つですよ。僕は発明が趣味ですが、トライ&エラーの連続です。恋愛も一緒です。何回も失敗して、そのうち上手く行くようになります」
    「……思いが伝わらないのは悲しいですからね、すぐには難しいかもしれませんがあなたは十分素敵ですし、いずれは恋人と巡り合えると思いますよ」
     アルゲーとジェフ、二人がフォローを入れたところで、満を持して登場した人がいる。
    「まぁ次の相手が見つかる迄は、とりあえずこいつで代用しとけ」
     ゲームの箱やら何やらを抱えた惡人だった。
    「ちょっと待て、話が見えな」
    「ぁ? もち色々教えてやっからよ、やってみよーぜ」
     若干話が噛み合っていない様にも見えたが気にせず惡人はあれこれと少年にゲームを見せつつ、軽く肩を叩き。
    「……止めてくるわ」
     パンフレットを片手に漸くツッコミ業務へ復帰した誰かによってきっと事態は収拾を見るのだった。

    ●仕切り直しとかその後で
    「さっきのは、いったい……」
     二次元への勧誘を何とか凌ぎきった少年にそれよりもと前置きして、少しは楽になりましたかと木乃葉は問う。
    「そう、だな。何のために身体を鍛えてきたのかというやるせなさ、彼女への未練で平静ではいられなかったが……それも随分落ち着いた様な気がする」
    「良かったです」
    「嫌なことがあれば、お腹いっぱい食べればいいんだよ。 お腹いっぱいだと幸せな気分になれるんだよー」
     恋心が届かない気持ちは身に沁みる程良く知っているからこそ、空凛はどことなくホッとした表情をし、苦笑する少年へ痛みが飛んで行く様おまじないをしてから千影は自分なりの嫌な事への乗り越え方を明かす、ただ。
    「お腹いっぱい、か」
     帰って何か食べるかなと呟いた少年は、急に頭を押さえて呻くと、その場に膝をついた。
    「ぐ、ぅ……」
    「大丈夫ですか?」
     空凛が声をかけたのは、そもそもが同じ失恋原因で闇堕ちしかけた少年を過去の自分に重ねていたこともあったからだろう、しかし。
    「やれやれ、余計なことをしてくれるじゃないか」
     手を頭にあてたまま迷惑そうな口ぶりで嘆息すると少年は空いた側の拳を握り込む。
    「っ、追い込まれてダークネスが表に」
     出てきたと続けるよりも早く。
    「がっ」
     射出された帯が少年の肩を貫いた。
    「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらねぇ」
     灼滅者達に不快さを見せたダークネス人格とは違い、言葉より攻撃を惡人はとり。
    「……ではステロはいつも通りにお願いします」
     ビハインドに指示を出してからアルゲーは魔力を宿した霧を展開する。
    「く、ふふ、ははは……良いねぇ。戦いに要るのは拳だけ、嫌いじゃない」
     視界の先でごきごきと首を鳴らしたマッチョは身構えつつ笑う。
    「ぁ? なもんどーでもいんだよ」
     問答をする気は欠片もないと言うことか、少年の好意的解釈を惡人ははね除け。
    「その辛さボク達にぶつけてください。ひと暴れすれば気持ちも少しは晴れるでしょう」
    「ふむ、これ以上コイツを惑わすのは止めて欲しいのだが、まぁ、いい」
     人の意識へと語りかけてからエアシューズを駆る木乃葉を目で追って、マッチョは身体をたわめた。
    「行きますっ!」
    「おおおぉぉっ!」
     距離を詰めてくる木乃葉へ気合いと共に鍛え抜いた拳を繰り出し少年は迎撃する。堕ちかけとはいえダークネスと灼滅者、一対一でぶつかればどちらの一撃が相手をとらえるかは明白に思われた。
    「ぐうっ」
     そう、一対一ならば。拳を木乃葉へぶつけようとしたマッチョの太ももに空凛の撃ち出した帯が突き刺さり、地を蹴る筈の足の動きが一瞬遅れ。
    「加勢するわ」
     更にそこへジェット噴射を伴い別の方向から飛び込む人影。
    「ごはっ、ばっ」
     バベルブレイカーの杭が少年をとらえ、ローラーの摩擦で生じた炎に包まれた木乃葉の足が杭に貫かれたままの体躯を蹴り飛ばす。
    「連係攻撃とはいえ、あれだけ綺麗に決まるとは……説得が効いてるのかも知れませんね」
     縛霊手へ炎を宿しつつ観察していたジェフはウィングキャットのタンゴに一声かけると、自身もまた闇堕ちしかけの少年へと襲いかかった。
    「っ」
     跳ね起きた少年は咄嗟に腕を交差させて受けの姿勢を作り。
    「ぐっ、なかなかやるねおたくばっ、く」
     縛霊手を受け止めたマッチョは猫魔法をくらってたたらを踏む。
    「呪創弾、炎呪」
     千影が黒狼姫を向けたのは、まさにこの直後だった。
    「ちぃっ」
     装填された爆炎の魔力を込めた大量の弾丸が舌打ちした少年目掛け殺到し、幾つもの爆発に変わって筋肉質の身体を覆い隠し。
    「いくよっ」
     爆発が収まるより早くミサは赤色標識にスタイルチェンジさせた殲術道具を振りかぶったまま地を蹴る。ビハインドの坂崎・リョウが支援する様すぐ後ろを追い。
    「いいねぇ。鍛えたからには振るう機会が無くては意味がない。戦いがあってこそより高みに昇れる。色恋何ぞとつまらないモノは不要、戦いこそ、死合いこ」
    「やあっ」
     やたら饒舌に語り出したマッチョへと交通標識は振り下ろされ。
    「うおおおおっ」
     吼えながら少年は一撃を受け止めんと両手を突き出し。
    「その力に呑まれないように。呑まれたら、2度と恋愛も出来ませんよ」
    「っ、がべっ」
     横合いからかけられた声で微かに動きが鈍ったマッチョは攻撃を受け止め損なった。
    「よぉし、今ならっ」
     すかさず、和馬がサイキックソードを構成する光を爆発させて少年を巻き込み。
    「……この場にもあなたの理解者になれる人はいると思いますしもう一度恋を抱いても平気だと思いますよ」
     呼びかけつつこれに合わせたアルゲーがウロボロスブレイドを高速で振り回す。
    「ぐ、くぅ、く、多勢に無勢とは」
    「勝ちゃなんでもいんだよ」
     弱体化しているところへ連係による数の暴力、手も足も出ずに漏らした弱音を惡人が一蹴し。
    「その悲しみからあなたを解き放って見せる、私達を信じて欲しいわ!」
     少年を真っ直ぐ見据えて言い放った翠は、雷を帯びた拳を握り惜しめ、千影を一瞥すれば、頷いた千影は黒狼姫を構え。
    「ボクの牙は、人を不幸にする存在を砕く! ……だよ」
    「ありがとう」
     千影の射撃に援護される形で少年の懐に飛び込んだ翠は、アッパーカットでその顎をかちあげる。
    「ぶっ」
     宙に舞った筋肉質の身体はやがて重力に引かれて落下を始め。
    「では、仕上げと参りましょうか」
     落下した先で待っていたのは、灼滅者達の集中攻撃。
    「使うかと思いましたが、使いませんでしたね」
     お色気ハプニング用に準備してきた緩衝材を巻いたバットの「フラミンゴ君868号」をジェフが眺める中、容赦なく行われた集中攻撃でどつき回されたマッチョは人に戻りつつポテッと廃墟の床に倒れ込んだのだった。

    ●新たな恋?
    「んじゃ後は任せたぜ」
     少年が意識を取り戻すより早く、それだけ言って惡人は帰っていった。
    「後はこの人ですが……あ」
     ちらりと倒れたままの少年に木乃葉が視線を落とせば呻き声を上げた少年が身じろぎし。
    「ここは? 俺は一体?」
     身を起こし周囲を見回すのは、やや女性っぽい顔立ちの細マッチョな少年だった。
    「とりあえず、説明は必要でしょうね」
    「そうですね」
     記憶の混乱が起きていることも考えられる。一同は少年へ事情を説明し。
    「そうか、そんなことが」
    「その好きな人を思い、もう一度アタックするのもありでしょう……もしよければうちの学園に転校します?」
    「転校?」
     オウム返しに少年が問えば提案した木乃葉は首肯で応じ。
    「いっそ離れて気持ちを切り替えるのも一つです……新しい恋を見つけるというのも選択肢で」
    「そうね。良かったら私と一緒に学園にこないかしら? 新天地で新しい自分と向き合うのも魅力的よ。私で良ければ案内してあげるわ」
     木乃葉の言葉の途中で会話に加わった翠は、丸めてないパンフレットを差し出しつつ申し出る。
    「俺は……」
    「二人の言う様に学園に来ませんか? 3万人も居ますから、きっと素敵な人も見つかりますよ」
     変人も多いですがとは敢えて言わず、ジェフも誘えば心が動いたのだろう。
    「そうだな、それも良いかもしれないな」
    「私も武蔵坂で新しい恋を見つけましたよ」
     呟く少年へ空凛は言い添えて微笑み。
    「因みにうちの学園、見ての通り何故か女子のレベル高いですよっ」
    「や、何でそこでオイラを見るのさ」
     言い添えつつちらりと木乃葉に見られた和馬は半眼でツッコむ。ある意味、お約束だった。
    「……もう、いいですよね」
     話が纏まりつつある中、アルゲーは徐に思い人へと近寄ると、その手首を掴む。
    「え」
     触れられた感触で気づいて声を上げた和馬が何か言う間もない。捕まえられた手は次の瞬間、アルゲーの胸へと誘導され、柔らかな膨らみをむにゅんと変形させる程強く押しつけられていた。
    「えっ? えっ? ちょ、アルゲーさん?!」
     当然ながら真っ赤になって和馬はあたふたし。
    「え? あ」
     名を呼ばれて自分の胸元に目をやったアルゲーも凍り付く。色々自重し、我慢を重ねすぎて無意識に暴走してしまったのだろう。状況を把握するとすぐさま顔を真っ赤に染め。
    「ところで、身体は大丈夫? 痛むところはない?」
    「あ、ああ。その、ありがとう、な」
     本来なら真っ先に丸めたパンフレットで事態の解決を図りに行きそうな誰かは少年の世話に全力投球。その甲斐もあって何となく良いムードが出来つつ有る様ではあったが。
    「……学園で変な方向に行かないといいんですが」
     あれなら大丈夫でしょうかと浮かんだ不安を納得の方向へ軌道修正したミサは視線を横にスライドさせ。
    「ところでこのボコボコの壁、どうしたらいいんでしょうね……?」
    「あー」
     声を上げたのは誰だったか。
    「それも問題ですが、そう言えばまだお名前を伺っていなかったような」
    「それはすまない、紅坂・衛(こうさか・まもる)だ」
     少年は高校生だとも語り。
    「……これでもう安心ですね、私達はきっとあなたの良い友達になれると思います」
     漸く、落ち着いてきたアルゲーは何かを誤魔化す様に新たに仲間へ加わった少年を歓迎するのだった。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ