さらば、麗しき密林の幻鳥

    作者:六堂ぱるな

    ●最後のリングイン
     激しい衝撃に呑みこまれ、気がつけば外界へ弾き出されていた。
     ケツァール・リングに配されていたアンブレイカブルたちが顔を見合わせる。
    「外?! グラン・ギニョールが消えたのか!」
    「では、建御雷大老が……?」
    「ジークフリート大老の仇討ちどころか、してやられてんじゃねえか!」
     そこここでそんな声が上がり騒然となる。茫然とするものも、怒りで喧嘩腰のものもいた。数がいるとはいえ灼滅者に建御雷大老が灼滅されたという事実は、それほどに信じ難いものだったのだ。
     彼らの口を閉ざしたのは、たった一人の放った言葉だった。
    「戦いは終わった。お前たちはここを去れ」
     よくとおる声が響いて喧騒が鎮まっていく。
     アンブレイカブルならば受け入れ難い言葉に、反駁はない。
     なぜなら、そう言ったのはケツァールマスクだからだ。
    「私はここで、灼滅者と決着をつけることとする」

     命令に従って全てのアンブレイカブルが立ち去ると、ケツァールマスクはケツァール・リングから転移してきたと思しきプロレスリングの上にあがった。
     こうしていれば灼滅者の知るところとなるだろう。師たるジークフリートを倒した彼らと互いに力と技を尽くし戦う――なんと心躍ることか。
     彼女の双眸はかつてないほどに輝き、息も詰まるような闘気を身にまとっていた。
    「これが私の引退試合。灼滅者たちよ、最期は満足のゆく戦いをさせてくれよ」

    ●魂燃え尽きるまで
     サイキック・リベレイターの照射先投票が始まった学園は、まだ落ちつきを取り戻せていない。そんな中、教室に現れた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は険しい表情で切り出した。
    「グラン・ギニョール戦争で撤退した、ケツァールマスクの居場所が判明した」
     灼滅者たちが色めきたつ。
     都内の地図の一点を指し、玄乃は続けた。
    「豊島区のある公園をリングとし、一人で灼滅者、諸兄らが来るのを待っているようだ」
     ジークフリート大老に続き建御雷大老をも撃破した灼滅者と、満足のいく戦いをした上で灼滅されることを望んでいるのだろう。
     挑戦を受けなければ、灼滅者を誘きだすために一般人を襲うような事件を起こさないとも限らない。また彼女ほどの力があれば、他のダークネス組織に説得されて傘下に加わる可能性もありうる。
    「よって諸兄らにはリングへ向かい、ケツァールマスクと決着を付けて貰いたい」
     ケツァールマスクは確かに強力なアンブレイカブルだが、仲間はおらず逃走する素振りもない。今なら20名程度の灼滅者が力を合わせれば撃破は難しくないだろう。
    「彼女がプロレスアンブレイカブルを連れていた時と同じだ。灼滅者に止めを刺すことはしない。諸兄らが挑発すればそれを受けて戦いに応じる。『プロレス』をするために、彼女は待っているのだな」
     説明を終えた玄乃は教室に集った灼滅者たちを前に、深く一礼した。
    「どのように戦うかは諸兄らに任せる。どうか悔いなき戦いをしてきてくれ」
     果てなき闘争の向こう、力を尽くしたその先へ。
     願いは灼滅者に託された。


    ■リプレイ

    ●リング、すなわち華の舞台
     ケツァールマスクが待ち受ける、豊島区の公園。
     彼女のリングに上がるため学園からやってきた灼滅者たちが目を丸くする前で、いつのまにか設置されていた実況席で加持・陽司(d36254)がオープニングをぶちかました。
    「まずは戦いのワンダーランドへようこそ、盛り上がって、悔いなくいこうぜ! 愛すべきプロレスの始まりだ!」
     マイクがハウリングを起こしている。実況席ばかりか観客席や控え室を併設、前日には学園でチラシを配るという念の入りようだ。ノリのいい参加者たちから歓声があがる。
     鬨の声にも聞こえる叫びの中、リングの上で待ちかねていたケツァールマスクが腹の底から響くような大音声で応えた。
    「我が引退試合へよく来た、灼滅者! 互いに満足のゆく戦いとなるだろう!」
    「胸を借りるぞ、覚悟しろー!」
    「そもそも校長がうさん臭いんじゃオラァー!」
     応じる灼滅者の叫びになんか違うのも混じったが、ともかく。
     灼滅者の中にはスタッフとして参加する者もいた。出待ちの間のゴング係を申し出た鳳蔵院・景瞬(d13056)とシエナ・デヴィアトレ(d33905)もいれば、医療班として治療を引き受けたヴィント・ヴィルヴェル(d02252)、レフェリーとして蔵座・国臣(d31009)も名乗りでた。
     間違っても一般人が入り込まないよう、舞音・呼音(d37632)が人払いの結界を張る。
     屈指のアンブレイカブル、ケツァールマスクが不敵な笑みと共に両手を掲げて構える。
    「ジャングルに羽ばたく幻の鳥! ケツァールマスク、いざ参る!」
     敵対しているはずの灼滅者たちから、歓声があがった。

    ●蹂躙せる幻鳥
     トップバッターのオリヴィア・ローゼンタール(d37448)は、ケツァールマスクの最強を求めるストイックさを清々しく思っていた。
    「全身全霊、力と技をぶつけ合いましょう」
     ショルダータックルを受け止められ、距離をとって跳び膝蹴りを放つ。善戦してはいたが、ロープに振られてラリアットを食らい、アルゼンチン・バックブリーカーに持ち込まれ力尽きた。
     次いでわくわくしながら上がってきたのは景瞬だ。
    「強敵と書いて「とも」と呼ぶ、そんな戦いが見られそうだ! 破壊僧・鳳蔵院景瞬! 推して参る!」
     エルボードロップに始まり素手の攻撃を繰り広げ、鬼神変ならぬアイアンクローをフィニッシュホールドに挑む。これはおおいに試合を盛り上げたが、ケツァールマスクはにやりと笑っただけだった。組みついてスリーパーホールドで締め落とす。
     待ちかねていた刃渡・刀(d25866)がリングに上がる。
    「五刀流、刃渡・刀……参ります」
     刀に手をかけ構えた。自身で二刀、村正に二刀、影の刃を合わせれば五刀。観客たちから驚きの声があがった。
     斬撃は敵の手数を上回る。風すら断つ斬撃の全てを避けず、ケツァールマスクは受けとめた。ドロップキックからラリアット、パイルドライバーで沈めてボディスラム。一手ずつ返された刀がリングに沈む。
    「一ツ頼まれて下せえよ」
     因縁のあった力士のアンブレイカブルへの想いと技を、撫桐・娑婆蔵(d10859)はケツァールマスクに託すこととした。往時からだいぶん伸びた背丈と、磨いた腕を披露出来ないのは口惜しい。
     雷鳴轟く拳で鳩尾を抉ればトマホークチョップ、鋼も砕くパンチを浴びせればヘッドロックで締められる。足を払って投げをうち、息をついた娑婆蔵は気がつけばブレーンバスターで投げられていた。
     日下部・優奈(d36320)はケツァールマスクを真正面から迎え撃った。敗けられぬという意地がある。弱点を見出し抉れば、エルボースマッシュが叩きこまれた。罪を断ち切る技を食らわせればさすがにたたらを踏む。ムーンサルトプレスを受けつつも弱点へ再び一撃を食らわせたが、意識は遠ざかった。
     誉め言葉になるかは判らんが、と断り告げてみる。
    「今のあなたはとても人間らしいと思うよ」
     チーム『祟部村』先鋒の月夜・玲(d12030)は、メカサシミに騎乗して吶喊した。斬撃を受けとめたケツァールマスクが、リングを駆ける玲とメカサシミに華麗なロープワークで跳びかかってラリアット。技の重さに苦しみながらも炎をまとった蹴撃で応戦するが、足をとられて四の字固めをくらって倒れる。応援の声を背に立ち上がったが、ブレーンバスターで沈んだ。きっちりケツァールマスクのサインを受け取り済みだ。
    「胸を借りるつもりで、宜しくお願いします」
     次鋒の戒道・蔵乃祐(d06549)が十字架型の碑文で打ちかかるが、受けついでに頭を掴まれフライングメイヤーを食らった。絞め技をかけにくるのに影で応戦したが、ロープワークで影を剥がされ、至近距離からの砲撃は胸を直撃した。さしもの女傑も息を詰まらせ、蔵乃祐の上に倒れ込むようにホールド。
    「あっ……あっ? ちょっと柔らかい!?!?!?」
     蔵乃祐、胸にてあえなく窒息。
     副将の比良坂・柩(d27049)も己の流儀で杖を手に打ちかかる。真っ向から攻撃を受け止めたケツァールマスクが杖ごと腕ひしぎ逆十字。振りほどいて破邪の光を宿す斬撃を食らわせるも、受け止めパイルドライバーで床に叩きつけられる。柩の魔力がケツァールマスクを内側から灼いたが、エルボーで顎を打ち抜かれ力尽きることになった。
    「……キミみたいなダークネスが一番嫌いだ。あとは頼んだよ、フィーノ」
    「柩さん、アキラさん…あとなんかかいどーさん! ミンナの意志、アタシ受け継ぐ!」
     リングインしたファム・フィーノ(d26999)が笑顔全開で殴りかかった。しがらみも思惑も今は忘れて戦いを楽しむ。十字架の殴打を凌いでショルダーアタックを受けると、ファムはリングに突き立てたトーテム”ポール”の上から飛び蹴りに出た。
    「とーてむかくとうじゅーつ!」
     ダイビングを受けとめたケツァールマスクが四の字固めで絞めつける。
     ファムが倒れると、次に上がった木元・明莉(d14267)は試合をフライングニードロップで始めた。
    「今迄追い続けて来た人達は今、あんたの事を真剣に想っている。体ごと全て受け取ってほしい」
     槍の刺突を受け止め反撃のエルボーに打ちのめされる。懐に飛び込んでの拳も受けられサイドスープレックスでリングに叩きつけられた。
     未来へ続くその先のリングを俺達に魅せてくれ。その言葉は届いたのだろうか。
    「戦い方、教えて。私のこれからの戦いのために。手合わせ、お願い」
     率直な呼音の言葉にケツァールマスクは応じた。拳を揮う呼音にチョップやエルボーなど打撃系を実践で教えて行く。見栄えのする技の掛け方や観客へのアピールを聞く頃には、ダメージで足が言うことを聞かなくなっていた。
    「猫として鳥を狩るよ」
     しかし宣言は果たせず、倒れた呼音は運び出されていった。
     入れ替わりに黒ラメのマスクを着用した海灯・一花(d37790)がリングに上がる。
    「……貴女の覚悟に惚れたわ。私もお相手願える?」
    「来るといい」
    「有難う!」
     ローリングソバットから仕掛けると、受けとめたケツァールマスクがトラースキックで応じ、エルボースマッシュをしかければキーロックで返される。最後はアングルスラムのかけあいとなり、一花は遂に力尽きた。
     リングサイドでは羽柴・陽桜(d01490)が忙しく駆けまわっていた。戦う双方のためにタオルや応急手当てキット、スポーツドリンクと、試合のフォローも忙しい。報告書でしかケツァールマスクのことは知らないが、彼女の戦い方は好きだった。
     だから彼女が臨んだ最期の試合、彼女にとって満足行くものになるように。そして、あたし達にとっても悔いなきものになるように、と。
    「しっかり見届けさせていただきます……!」

    ●プロレスという舞台
     悪役(ヒール)を楽しむ者たちもいた。
    「腕を上げた拙者達でも果たして……いえ此度こそは沈めましょう!
     コーナーポストから夜霧隠れで跳躍したヴィントは、超高度からのドロップキックを食らわせた。起き上ったケツァールマスクが組みにくれば毒霧攻撃と、忍らしい身軽さを活かして観客を沸かせる。
     ケツァールマスクもベビーフェイスを気取るでもなく、ヘッドバッドでヴィントを昏倒させるなどして盛り上げていく。
    「貴様の武道。我が傾倒で冒涜すべき。嘲笑の時間だ。鳥仮面。好いか。我は無意味に手を抜く」
     ニアラ・ラヴクラフト(d35780)の挑発を、ケツァールマスクは笑って受けとめた。存外乗り気な胸の内は読まれていたようだ。
    「否。武装も従者も闘技場の外だ。深淵を覗く愚者に一撃を齎せ!」
    「よかろう」
     影にゴングを呑みこませて打ちつければ、エルボーは鋭く身を抉った。絡みつく影を引き千切ってのトラースキックを食らい、罵倒の隙に回復すれど追いつかず。ボディスラムを食らって吹き飛んだ。
     リングがあくと、『十二』と縦書きで書かれた黒マスクの男が現れた。黒と灰色の全身タイツで両腕に黒い影の鎖を巻いている。
    「これなるはシャドウ・ハングドマン」
     中身の狂舞・刑(d18053)はケツァールマスクの回避が遅れた一瞬、腕の鎖で引き寄せ肘打ちを食らわせた。と、ぐいと鎖を引かれよろけた顎に膝が命中。引き倒して監獄固めに移ろうとした瞬間、逆にキーロックをかけられ意識を失った。選手交代。
     観客席で飴を売っていた月影・木乃葉(d34599)は、刑と売り子を代わってリングへあがった。リングネームは『リトルレッドフード』、赤ずきんの衣装にチェンジ済みだ。
     エルボーやチョップの打ち合いをした木乃葉は、隙を見てエルボーでケツァールマスクを打ち倒した。すかさずキャメルクラッチを極めると観客席がわっと湧く。
     結局フォールされた木乃葉は、溜息をついてリングをおりた。
    「これが引退試合でなければ毒霧やパイプ椅子とヒールで行くんですけどね……」
     待ち時間で灼滅者に献血を断られた有栖川・ドロシー(d37334)が、悠々と進み出た。
    「おんしとは縁もゆかりもなければ恨みつらみもないのじゃが、まあ倒されてくれるのなら望むところよ」
     リングの中央でケツァールマスクとロックアップ開始。
    「こう見えて怪力系とちまたで噂の妾を舐めるでないわ!! ぐぬぬぬぬ……!!」
     案外力負けしている。骨が軋む音がする。
    「おんしの血は、何色じゃーーー!!!」
     涙目のドロシーを救護班が介抱していると、ギターを掻き鳴らしファルケ・リフライヤ(d03954)が現れた。
    「やれやれ、最期をこんな形でやるとは潔い」
     格闘技で応えてやるのが筋だろうが、自分はシンガーだ。
    「俺は歌で勝負するっ、一曲歌いきるまで耐えられたらお前の勝ちだっ。さー、遠慮はいらねぇ、こころ逝くまで聴きやがれっ」
    「いや、そればかりは聞けんな」
     案外真顔でケツァールマスクが飛びかかり、ボストンクラブで締めあげる。
     窒息したファルケが下ろされると、胸に『爆乳』と書かれた白いビキニコスチュームで海濱・明月(d05545)がリングインした。
    「爆乳戦士明月ちゃん参上!」
     爆乳キックを胸に食らわせ、踊りながら爆乳をケツァールマスクの胸にぶつける。初体験の挑発ながら、ケツァールも促されるまま明月の胸に水平チョップを見舞った。
     そこから先は一進一退の乳合戦。激しく胸をぶつけ合う戦いの末、圧の差で明月は敗れ去った、らしい。痛そう。
    「あたしの目指す山……見つけたよ!」

    ●抱く想い
     ひとしきり謎枠の灼滅者を片づけたケツァールマスクの前に現れたのは、神宮寺・刹那(d14143)だった。
    「貴方と戦うのを楽しみにしてました、全力で相手をさせてもらいます」
     いつか戦いたいと思っていた。渾身の鬼神変を叩きつけたが片腕で受け切っている。腕を引かれてロープへ放られ、ラリアットを食らって咳き込んだ。それでも拳を固めて目にもとまらぬ連打を見舞う。しばしのエルボーや拳の応酬の後、刹那は倒れ伏した。
     ケツァールマスクへ花束を投げつつリングインした八葉・文(d12377)が、黒い霧をまとってダイダロスベルトを放った。
     斬撃が通った次の瞬間スープレックスで天地が逆転し、胸に杭を打ちこんだがお構いなしに顎をエルボーが打ちぬく。膝が崩れるより早く大鋏の持ち手を引っ掛け宙を舞った。
    「開いて……断つ!」
     ざくんと音をたてて豊かな胸を切り裂いたが、同時にローリングソバットで倒される。だがそれが限界だった。
     TKOで救護班が文の治療を始める傍ら、安藤・ジェフ(d30263)が問いかける。
    「ひとつ聞きたい事があります。この死に方で満足ですか?」
    「他に何がある?」
    「そうですか。では、その答えを受け止めましょう」
     ダイダロスベルトに肌を裂かれ、ケツァールマスクはドロップキックで距離をとった。跳ね起きたジェフが炎の尾を引く蹴撃を放ち、軽いガードで凌いだ幻鳥のタックルでよろける。その戦いは後へ繋げるためのもの。いわば『武蔵坂学園の闘い方』だ。
     だから彼が倒れた後に出てきた竹尾・登(d13258)も戦い方に変わりはない。
    「久しぶりだね。随分前に目の前で闘ったけど、覚えてるかな? まあ、オレは何も言わないよ。望み通りにしてあげるよ」
     彼女は何も答えなかった。ケンカが基本の登の拳や蹴撃は躊躇なく打ちこまれ、ケツァールマスクもトップロープからのニースタンプやボディプレスで応戦する。
    「道は繋げたよ」
     登がバックドロップでリングから叩き落とされると、富山・良太(d18057)の番だった。
    「異種格闘技戦になりますが、宜しくお願いします」
     得手は柔道、挨拶代わりの小外刈りで窺い、ケツァールマスクが絞め技へ移ろうとした瞬間に一本背負いを見舞う。投げきった次の瞬間、良太もフライングメイヤーで投げられていた。受け身はとったもののスリーパーホールドを極められる。
     それまで観客として盛り上げに徹していた紅羽・流希(d10975)が立ち上がったのは、投げ技と絞め技の応酬の果て、良太が倒されたのを見た時だった。
    「次はお前か?」
     少し息を弾ませたケツァールマスクに向き合い、流希は疑問を口にした。
    「ええ……ところで、戦いが至上たるアンブレイカブルたちが、お互い出会うことは、稀だそうですね……そういう縛りなのですか……?」
     彼女は怪訝そうな顔をした。
     アンブレイカブルは自己を鍛えることが生きる主眼であり、同族、他種族問わず、強い者がいると噂を聞けば探すだけだ。それゆえ目標以外に興味がなく、簡単に出会うこともないのだろう。
    「気が済んだなら始めるぞ」
    「ええ……よろしくお願いしますよ……」
     武器のないプロレスという戦いを流希は存分に楽しむことにした。宿敵とはいえ、派手に散ろうとしている相手なのだから。
     存分に戦った流希がリングを下ると、現れたのは中島九十三式・銀都(d03248)だった。
    「平和は乱すが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都だ。てめぇの最期の花道に、華を添えにきてやったぜ」
     プロレスの如何に興味はない。彼が放つ攻撃はただ一度、相手と真正面から。
    「俺の正義が深紅に燃えるっ、魂こめろと無駄に吼えるっ! くらいやがれ、これが俺の全力の必殺、ど根性ファイアーだっ」
     リングを断たんばかりの斬撃を、ケツァールマスクが真っ向から受け止める――。
     相撲とプロレス、異種格闘技戦ではあるが、押出・ハリマ(d31336)は最期の戦いならせめて満足のいく戦いしてほしい。
     コーナーもロープも慣れないが、打たれても投げられても、張り手と喉輪で自分のペースを守って戦う。意表をつかれた一瞬も、存在しているなら掴んで投げ飛ばす!
     一投でケツァールマスクはコーナーまで投げられていた。不敵な笑みを浮かべて一気に距離を詰めてくる。彼女と戦えた事に感謝を。ハリマはそう思っていた。
     ロックアップからロープに振って掌底撃ちを食らわせ、巴衛・円(d02547)が高い軌道のドロップキックを見舞うとケツァールマスクがもんどりうった。観客へアピールするとコーナーポストからムーンサルトプレス。歓声の中フォールを取りに被さったが、すぐさま返された。
    「偶にあんたの様な人もいるからな。敵対してなければ、ダークネスでなければと思うことはあるよ」
     武蔵坂に前例がないわけじゃない、完全燃焼できればもしかしたら。そう、思う。
     紺色の正統派プロレス用パンツと、プロレス用ブーツの装いで現れた桃宮・白馬(d01391)はにこやかに告げた。
    「しがなきダンサー、白馬。よろしくお願いします」
     彼にとってはスポーツを愛し、敬意の持てる人物の一人。ケツァールマスクも必要以上の手加減はせず、白馬も持てる力を揮って戦った。
    「お手合わせ、ありがとうございます。……また、いつの日か」
     彼女には生きていて欲しい。だから白馬はふらつきながら退席していった。
     ケツァールマスクに是非挑戦したいから、最上川・耕平(d00987)も参戦していた。
     拳が蹴り中心の耕平の攻撃は受けとめられ、投げられて徐々に体力を奪われていった。
     ふらつく耕平を見下ろしてケツァールマスクが笑う。
    「どうした、降参か?」
    「まだまだだ!」
     よろけたケツァールマスクの首をロックすると同時に足払い。一気に持ち上げるとブレーンバスター気味にリングへ叩きつけた。
    「この勢いが、今の僕たちの力の現れだ!」
     次いでリングに上がった白臼・早苗(d27160)は不器用で、まっすぐだった。
    「なんであなたは……、破滅を望むの? 共生するって道はないの……?」
    「共生なら望んでいる。プロレスは観客とプロレスラーがあって成り立つものだ」
     伝わらない――或いは受け入れる気がない応えに唇を噛んで、タックルを繰り出す。プロレスを知らない彼女にはそれが精いっぱいで、ケツァールマスクもそれを受けた。
     一方で守安・結衣奈(d01289)は、ケツァールマスクの選択を受け入れていた。
    「今度はこのわたし、守安結衣奈、行かせて貰うよ、ケツァールマスク!」
    「いつでもいいぞ」
     しなるダイダロスベルトを躱すケツァールマスクは傷が目立ってきた。キックで距離を取ろうとする間合いに結衣奈が飛び込む。
    「数々の難敵に一撃を喰らわせた鬼の一撃、だよ!」
     わずかに焦点をずらし引き裂かれた肩をおさえて跳び退る彼女を、結衣奈は追う。

     ケツァールマスクのサポートには泉・星流(d03734)がつき、灼滅者側の選手交代の間に回復させてくれと懇願した。
    「貴方の為だけじゃない、貴方と戦いたい人の為でもあるんです」
     終ぞ彼女が了承することはなかったが、星流は試合の合間に水を渡し、試合中の記録を残そうと奮闘している。色紙を用意してサインを頼んでもいた。
     休憩のあいまにケツァールマスクの傍に顔を出した境・楔(d37477)は問いかけた。
    「悪いね。僕はギャラリーなんだ。弱いし臆病者だから、相応しく無いよ。ただ、質問良いかな?」
    「悪くはない。観客がいてこそのプロレスだ」
     拒絶されてはいないようだ。楔は疑問を幾つか口にした。黄金の円盤リングはニーベルングの指輪なのか、アタワルパとは何者なのか、そりが合わないのは同族嫌悪、あるいは痴話喧嘩なのか?
     面白そうに楔の問いを聞いていたケツァールマスクは、一言だけ応えた。
    「私が語るべきことはない。アタワルパとそりが合わないとしたら、私と奴の選択の違いのせいだろう。それだけのことだ」
     背を向けて、リングへ向かう。

     リングに進み出た荒谷・耀(d31795)は彼女を正面から見据えた。
    「貴女という強者とサシで戦えること、光栄に思うわ」
     ゴングと同時に耀は鬼のものと化した腕で拳の連撃を叩きこんだ。スタミナを削りとる嵐の終わりと同時、足払いを耐えたケツァールマスクのエルボーが耀を一瞬失神させる。
     見えなかった。パワーでもスピードでも、テクニックでも敵わないと思うけれど。
     今の全力でぶつかって、全力で負けてくる。
     耀が敗退すると、レフェリーを代わってもらい国臣もリングへあがることにした。レスラー系アンブレイカブル対ご当地怪人の興行の放映とか、絶対面白かっただろうと思うと、少し惜しい。
     キックとエルボーの応酬をし、コーナーからクロスチョップを食らわせるとケツァールマスクがたたらを踏んだドロップキックが決まる。押さえ込みはしたが跳ねのけられた。
     やはり一筋縄ではいかない。苦笑がもれる。
     ここで自分の持てる最高の技を思い切りぶつける。そう決めた白金・ジュン(d11361)は声を張った。
    「マジピュア・ウェイクアップ! 希望の戦士ピュア・ホワイト 今の私の精一杯でお相手します!」
     ケツァールマスクに正面から立ち向かう。フラッシュナックルの連撃からハートフラッシュを撃ちこんだ。顔をしかめた彼女をフランケンシュタイナーでマットへ叩き落とす。
     精いっぱいの攻撃を受け止め、ケツァールマスクは楽しげに笑った。戦いはこれから、とでもいうように。
     ケツァールマスクの強さそのものに、穂照・海(d03981)は惹きつけられる。
    「武蔵坂学園が灼滅者、穂照・海……参る!」
     体躯としてはそう差はないが、一撃の重さが違う。海はどれだけ打たれようとも立ち上がった。そのたびに歓声が沸き起こる。立ち上がって渾身の地獄突き。
    「この一撃を贈ろう!」
    「受けよう!」
     突きが命中すると同時に、火柱が二人を呑みこんだ。それでなお倒せない。
     とどめのブレーンバスターを、海は甘んじて味わった。
    「対峙するのは初めてだな。志賀野友衛だ。今日は全力でプロレスを楽しもう」
     楽しげな志賀野・友衛(d03990)を一瞥し、ケツァールマスクは満足げに笑う。
    「いい言葉だ。そうこなくては」
     互いの全力を受け合い、高め合い、魅せる戦い。
     プロレスに触れるきっかけになったのは彼女たちだ。だからこそ楽しさと感謝を、全力でお返しさせて貰おう。
     技は未熟でも込めた魂で負けはしない!
    「――っ、まだだぁっ!」
     決着はいつかつくけれど、今は、あがく。
     ケツァールマスクと戦う機会。この幸運、味わい尽くさずにはおけない。それが伊庭・蓮太郎(d05267)の偽らざる本音だ。
     持てる力と技、その全てをケツァールマスクにぶつける。
     ケツァールマスクとの闘いは、今この場が全てだから。
     雷を孕む拳撃は鳩尾を抉り、ケツァールマスクの投げは蓮太郎をマットに叩き落とす。衝撃で目が眩もうと、まだ耳も肌もある。跳ね起きざまのソバットが彼女の背を打つ。
     一片の後悔も残る余地のない、善き闘いにしよう。
    「アンブレイカブルたる者、挑まれた戦いから逃れるような弱者ではないな?」
    「ならば来い、勇気はあるのだろう?」
     淳・周(d05550)の煽りに観客が沸く。
     技は魅せる為のもの。
     周の燃え上がる拳がマスクを焦がし、ケツァールマスクの技は周を痛めつける。
     コーナーポストを蹴った周の高高度からのドロップキック。
     ……その上を行くか! 流石は幻鳥!!
     ギブアップはしない、KOかフォールまでは諦めない。全身全霊の戦いを尽くす!
     主役は代わり、肩に担いだラジカセから伝説的ロックバンドの有名曲を流し、野良・わんこ(d09625)がリングに入場する。
    「今日がケツァールマスク最後の日! 負けた暁にはそのマスク脱いでもらいます!」
    「応じた覚えはないな」
     ゴングと同時に相手の懐に飛び込み、わんこは足元から強引に体勢を崩すと上空へと放り投げた。追って跳躍。
     左足で左足を、右足で首を刈るように極め、両腕は背面で交差させて、エビ反り気味のクラッチ。背中合わせで手足を固定し、相手の頭と体をマットへ叩きつけた。
    「これぞ、必殺の白銀虐殺落とし!」
     わんこの新技披露にまだ会場が沸く中、中神・通(d09148)はケツァールマスクの前へずいと出た。柔道衣に黒帯、空気は異種格闘技戦だ。
    「プロレス対柔道。こういうのは好きかな?」
     当身は封印、投げと固め呑みで挑む。
     通の大腰、ケツァールマスクのパワースラム。通が袈裟固をかければ、彼女からは腕挫十字固が返された。
     暑くて上衣を着ていられない。帯を残して脱ぎ捨てる。
    「強いな、ケツァールマスク。だが俺達はまだまだ強くなる。あなたはここまでか?」
     ケツァールマスクは応えなかった。
    「自己流の格闘術……みたいなものだけどいいかな?」
     リングに上がった泉・火華流(d03827)の言葉に、ケツァールマスクが頷く。
     距離をとってローラーダッシュで回る火華流を幻鳥は待ち受ける。
     隙や死角をついての拳撃や炎を纏った蹴撃は痛打たりえない。
     不意に隙をつき、ケツァールマスクが手をかけた。サイドスープレックス気味に投げをうつ……瞬間、レガリアスサイクロンで上昇気流を生み、逃れる。
     笑い合うこの瞬間の緊張感こそが至上、なのだ。
     成り行きとはいえ、ジークフリード大老にトドメをさしたのはヴィントミューレ・シュトウルム(d09689)だった。ならばせめて、同じ技で決めてあげる。
     それがジークフリード大老を崇めている人への手向けだと思うから。
     リングの上で力を尽くし、共にふらつき血を流してヴィントミューレは告げる。
    「この戦いもそろそろ決着としましょう、受けなさい。これがあなたへ贈る洗礼の光よっ」
     悪しきを払う光が迸る。それを受け止めて、ケツァールマスクは膝をついた。
     居木・久良(d18214)はプロレスに詳しくない。
     でも心意気みたいのはわかる気がする。問われるのは心の、魂の強さ。
     はり通したい意地や、生き様なのだ。
     深紅の死装束に鉈のような刀を背負って現れ、装束を脱ぎ、刀を置いてリングへ上がる。バーガンディのトランクスに裸の上半身、左胸には傷跡があった。
     俺だって負けない。
     ケツァールマスクに打たれても、投げられても。
     久良は意識がある限り何度でも立ち上がり、拳を振り上げ続けた。
     試合を応援しながら東雲・菜々乃(d18427)は考えていた。これが最後の試合で、もしマスクだけでも残るなら。それを彼女の証として受け取りたい。
     ケツァールマスクの師、ジークフリートがいた戦場で戦った身だ。
    「私もジークフリートさんが灼滅された場にいました。ですからお相手しますよ」
     自分のような者を倒す方が少しは彼女の気が晴れるのではないかと思う。気がかりなのは、自分には格闘は難しいということだった。
     迦具土・炎次郎(d24801)はケツァールマスクに聞きたいことがあった。
    「俺はシン・ライリーに手も足も出ずに負けたことがあるんや。お前はライリーより強いんか?」
    「何をもって優劣とする。そこに意味はない」
     再戦の機会は失われた。シン・ライリーはこの世になく、目の前にいるのは彼女だけで。
    「ならお前に負けるわけにはいかん!」
     血を吐くような叫びは、拭えぬライリーに敗れた悔しさゆえ。打ち倒されようと、全力で拳を叩きこみ続ける。
     流石に疲れの色を見せ始めたケツァールマスクへ、無常・拓馬(d10401)は声をかけた。
    「なぁ、一つ俺達と賭けをしないか? 灼滅者が勝ったらアンタは死なずに引退して、新しいプロレス団体を立ち上げて残った弟子達の指導に励む」
     拓馬には、ただプロレスを楽しみ極める者達と殺し合う道理はない。
     けれど、ケツァールマスクの応えは揺らがなかった。
    「賭けはしない。勝つか、負けるか。どちらかだ」
     構えた彼女は、楽しげな笑みを浮かべていた。

    ●折り返しの昼
     これほど手練れ灼滅者が揃っていれば、とうにケツァールマスクは斃れていて不思議はなかった。そうならなかったのは、灼滅を避ける動きが参加者たちの中にあったからだ。
     持ち込んだ食材で大量の料理を作った船勝宮・亜綾(d19718)は、観客たちのみならずケツァールマスクにも食事をふるまっていた。
    「マスクさんにも万全な状態で戦ってほしいのです。烈光さんも呆れて……いえ、応援してますよ、ええ」
    「ありがたく頂いておこう」
     怪我の治療は受けようとしないケツァールマスクだったが、食事は別らしい。その側で神無月・佐祐理(d23696)が戦いの記録を取っていた。カメラは映らないだろうとわかってはいたが、あえてリング下に持ってきている。時折、ケツァールマスクに敗退した灼滅者たちの怪我を治療する手伝いもしていた。
     それはゴング係を兼任しているシエナも同じことだ。灼滅者を癒して欲しいと言うのはケツァールマスクの希望でもある。ここまで力を持っているのにプロレスのルールを守り続け、結果的とはいえ人を殺す事もなかったケツァールマスクを、シエナは尊敬に値すると思っていた。
    「実況、他にやることねえのかー?」
     とんできたヤジを陽司は意にも介さない。事前にこの日のためのチラシを作って灼滅者たちに配り、実況席や観客席の設置なども彼がやったことだ。
    「これが俺なりのやり方、俺なりのプロレスだ! 実況ナメんな!」
     一通り参加者たちの傷を癒した十六夜・朋萌(d36806)がリングサイドにやってくると、食事中のケツァールマスクに「失礼」と断って手を伸ばした。
    「……治療は受けんと言っておいたが」
    「いえ、血止めです。単純な」
     バッティングでついた額の傷にワセリンを塗る。
    「目に血が入って間合いが狂い、クリーンヒットをもらってダウン。そんな展開は誰も望んでいませんから」
     松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)は不思議な感慨をもって眺めていた。本当なら、この場には彼女の幼馴染が来たはずだ。
    「私はプロレスはわからないけど、あなたが心行くまで『試合を楽しみたい』気持ちはわかる気がするわ」
     だからこそ、見届けなくてはならない。
     違う形で逢えたら、よかったのにね。胸にひとことを仕舞って。

     存分に観戦も楽しんだ明鏡・止水(d07017)が腰をあげた。腕を掲げてリングに上がり、何より『魅せるプロレス』になるようにケツァールマスクと向き合う。
     ケツァールマスクの矜持も、観客が楽しめるという一点にあったと思うからだ。
     リングいっぱいに両者は争った。フライングアタックの直撃でケツァールマスクがたたらを踏む。反撃のドロップキックで止水が膝をつく。
     盛りあがる歓声を聞きながら、少しでも長くこの時間が続くよう、手加減はせず戦う。
     拳を交わしながらも、鈍・脇差(d17382)はケツァールマスクに訴え続けていた。
     プロレスなんて興味は無かった。
     けれど、彼女の戦う姿は鮮烈で力強くて。
     拳から伝わる魂の叫び声、プロレスを心の底から愛してるんだとわかる。
     だからこそ問いたい。
     本当に終わりにしてしまうのか、と。
     互いに腕を磨きぶつけ合う、そんな試合をしたいし見たいと思ったから。
    「共に歩める道はきっとある。復讐ではなく未来の為に、俺達と手を結んで欲しい!」
     一方で神之遊・水海(d25147)は怒りをあらわにしていた。
     開幕でヘッドバッドを食らわせる。ごりごりと額を擦り合わせながら、彼女はケツァールマスクを睨みつけた。
    (「どのダークネスも自分勝手で歩み寄りなんぞお断りムーブかましてくるわ、そもそも校長がうさん臭いんじゃオラァー!」)
     この鬱憤はここで晴らすしかない。ロックアップして鬼神変の力を上乗せしても、素で対抗する相手に笑いが漏れる。こうなればとことん投げてすっきりするまでだ。
     リングインしたリュシール・オーギュスト(d04213)はクロスグレイブをコーナーポストに縛りつけ、ケツァールマスクを指した。いわゆる「これが墓標よ」アピールだ。
    「憎しみ以外で勝負出来るって本当に嬉しい……最初からここに興行に来てくれてれば毎日でも相手したのに」
    「それは悪くないな!」
     笑うケツァールマスクが掴みかかる。エルボーとチョップが交錯し、よろめいたと見るやリズムを読んで重心崩し。豪快に投げられるケツァールマスクを見て歓声があがった。
    「ケツァールマスク! 敬意を表して、尋常に勝負!!」
     リングに上がって挨拶をした久遠・赤兎(d18802)が素早く構える。
    「胸をお借りします!!」
    「来るがいい!」
     踏み込んできたケツァールマスクの骨も砕けるようなエルボーを受け止め、赤兎はご当地の力で宙を舞うと回転を加えてスクリュードライバー気味に叩き落とした。これにはケツァールマスクもくぐもった苦鳴をあげる。フォールをとりにいくが、肩が跳ねあがった。
     そう簡単ではないかと苦笑がもれる。
     百合ヶ丘・リィザ(d27789)を見たケツァールマスクは、すぐ思い出したようだった。
    「ほう、おまえか」
    「武人の町で受けた、あの蹴りをお返しします」
     見かけによらぬリィザの闘争心は、疲れがたまってきたケツァールを捉え始めていた。二度の敗北を越えてきた死闘への気迫は、技の一つ一つに現れている。ドロップキックからダウンを取ると、鋼さえ砕く拳を打ち下ろす。
    「さあ、ケツァールマスク……超えてみせますわよ、今度こそ!」
     此処へ来て初めて、ケツァールマスクはフォール負けを喫した。
    「初めましてテンマっす!」
     引退試合に華を添えるべく、獅子鳳・天摩(d25098)は初手から全開だった。出会いがしらのヘッドシザーズに観客たちから歓声があがり、ケツァールマスクが跳ね起きる。ルチャのようなアクロバティックな技を次々に見せていくが、如何せん場数はケツァールマスクが上回り、天摩はフォール負けを喫した。リングを下りない彼に、ケツァールマスクが首を傾げる。
     天摩はアンブレイカブル、灼滅者、六六六人衆による闇リーグの創設で、それぞれの受け皿と成り得るのでは、と語った。
    「そんな未来もアンタがいてアンブレを纏めてくれるなら、考えれるんすよ」
     しかし、ケツァールマスクからの応えはなかった。

    ●死闘の果て
     燃え尽きるまで付き合うと宣言したクリミネル・イェーガー(d14977)が倒れると。
    「-Feather-のヴァイスティーガー、ローゼマリー! 良き試合にシマショウ!」
    「来るがいい!」
     ローゼマリー・ランケ(d15114)の名乗りにケツァールマスクが応じた。
     プロレスの基本は受けて、返す。
     ローリングソバットを受ければドラゴンスクリューで返し、エルボーを食らえばロープへ振ってラリアット。ベルトーシカを足場にボディスラムと、両者は存分に戦った。
    「何で引退なんて言うんですか。なんで自分の最後を勝手に決めてるんですか! ふざけんな!」
     皇・銀静(d03673)は想いと力の全力でぶつかった。
     誰も殺さず誉れ高く戦い続けた『プロレスラー』へ挑みかかり、無様に転がろうとも立ち上がる。その悉くをケツァールマスクは受け、技で返し、最後はブレーンバスターで締め括った。
     赤松・鶉(d11006)はケツァールマスクと相対したら、言わねばならないことがあった。
    「私は二人の大老と直接交戦したレスラーですわ」
    「それは楽しみだ!」
     試合は鶉のドロップキックで幕を開けた。受けとめ起き上がるケツァールマスクへ掌打、ラリアットを受けてロープへ振られニールキックで応戦する。
     互いの技を受け、観客へアピールしながらの試合は歓呼を呼んだ。
     鶉に続いて全力で向き合った青山・莉瀬(d05761)が倒れて運び出される。
     声援で試合を盛り上げていたリリアナ・エイジスタ(d07305)も飛び込むようにリングインした。灼滅者として、プロレス部員として、待ち望んでいた試合だ。
     リリアナのドロップキックを受けたケツァールマスクが、足を引きずり立ち上がる。だが闘志は衰えていない。ラリアットで応戦して逆にドロップキックを食らったが、気合で持ち直したリリアナがジャーマンスープレックスをぶちかます。フォールを取りに言ってもケツァールマスクは跳ね起き続けた。
     遂には互いの技の衝撃でコーナーとロープに吹っ飛び、リリアナは運びだされた。
     立ち上がったのは狩野・翡翠(d03021)だった。これで最期だというのなら、互いに互いを刻みつける戦いをするまでのこと。しかし攻撃を避けずに受けるとなると、みるみる体力が削られていく。
    「……全力でいきます」
     後のない渾身の斬撃をケツァールマスクが受けとめる。次の瞬間一気にスープレックスへ持ち込まれ、耐える力は翡翠に残っていなかった。
    「ケツァールマスクさん、ここに貴女の技と心を誰よりも受け止める人がいます!」
     その声に応じてリングに上がる者を、ケツァールマスクは笑って見据える。
    「私は『灼滅者』である前にプロレスラーよ。じゃあ、貴女は?」
     最後の挑戦者、武蔵坂学園のプロレス団体代表である稲垣・晴香(d00450)はロープへ振ったケツァールマスクに自慢のドロップキックを見舞いながら訴えた。
    「ダークネスとして、灼滅者に討ち果たされて終わって満足? そんな筈ないでしょ?」
     もんどりうったケツァールマスクにショルダーアタックをかける。
    「プロレスラーを誇るなら、どんなに苦しくても這い上がる『生き様』をリング上で魅せつけてこそでしょ?」
     それはケツァールマスクの存命を望む灼滅者たちの心情を代弁したようなものだった。
     跳ね起きたケツァールマスクはふらつき、息をついて、呟いた。
    「そうだとも。プロレスをすること、プロレスラーであることに誇りがある」
     それなら、と、思った者たちもいた。
     けれど。
    「……だがそれ以上に、お前たちなら魂が燃え尽きるほどの至高の戦いをさせてくれると思っていた。それは私の眼鏡違いだったのか?」
     夥しい技を受け止め渾身の試合を続けてきたケツァールマスクの一言に、観戦していた者は勿論、熱い実況を繰り広げていた陽司ですら押し黙った。
     アンブレイカブルだからこそ、師ジークフリートすら倒した灼滅者と死力を尽くした戦いをする、という魅力に抗えない。
     死の、滅びの為ではなく、全身全霊をかけた戦いを駆け抜けたいという情熱に。
    「私はおまえたちの技を全て受け尽くすと誓った。この覚悟を受けぬと言うのか?」

     先ほどまでの喧騒が嘘のように、公園は静まり返っていた。
     覚悟を覆すことは出来ないのだ。
     彼女は彼女が認めた強者、死力を尽くして戦うべき相手を灼滅者と定めたのだから。

     もはや立ち上がるのやっとのはずのケツァールマスクは、まるで試合の前のように堂々と立って構える。ただ倒されるのではなく、『全ての技を受け切る』ために。
     全てを終わらせるため、灼滅者たちは一斉にかかった。
     アンブレイカブルの大老達へ、何よりケツァールマスクへの敬意を込めて、鶉も仲間と共に渾身のパイルドライバーを仕掛けて行く。
     ――貴女を闇ではなく、レスラーとして送りたいから。
    「ブルーバード・ドライバーッ!」

     ケツァールマスクは灼滅者からの全ての技を受けとめた。
     仮面を外してみせた一花が微笑み、結衣奈も敬意をこめて笑いかける。
    「貴女、ほんとに強い。戦えて幸せよ」
    「いい戦いをありがとう、だよ。時の彼方でまた、やれるといいね」
    「……ああ、いいな。いい、戦いだった」
     ケツァールマスクが頷いた。漲っていた膨大な気迫が失われ、ゆっくりと膝をつく。
    「あなたの事は嫌いではありませんでしたよ」
     良太の言葉は彼女の耳に入っていたのだろうか。
    「会えるといいわね、逢瀬で大老に」
     ヴィントミューレの呟きを最後に、ゴングが高らかにテンカウントを響かせる。


     プロレスアンブレイカブルを率いた密林の幻鳥は灼滅された。
     秋の日差しの中、鳥のさえずりが響く公園でのことだった。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月13日
    難度:普通
    参加:71人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 25/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 10
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