果てなき憎悪の先にあるものは

    作者:長野聖夜


     ――某所、ショッピングモール。
     その文具売り場に売られているカッターナイフを女が見ている。
     日々夜を手して仕事に励み、漸くの想いで完成させたプロジェクト。
     けれども、『彼女』はそんな私の成果を全て奪っていった仕事の同僚。
    (「もし、このカッターナイフを使えば……」)
     彼女に一矢報いることは出来るだろうか?
     そんな思いが脳裏を過ったその時。
     不意に、自分の心の中から声が囁きかけてくる。
    (「ええ、そうね。これがあればきっと彼女を……」)
    「そうね。殺すことが出来るに違いないわ」
     呟くと同時に、女の全身を漆黒の闇が覆っていき、その腕にカッターナイフが一体化していく。
     ショッピングモールを後にした彼女は、ショッピングモールの向かい側にあるビルから出てくる20代前半くらいの女性の姿を見て、自身の憎悪を高めていく。
    (「もし、あいつをこのままのさばらせておけば……」)
     自分と同じ様な不幸に見舞われる人間が多数出てくるに違いない。
     ――だから。
    「ええ、そうよ。ドウイットユアセルフ。これは、私がやらないといけない事なのよ」
     これ以上、私の様な不幸に見舞われる人を減らすために。

     そして彼女……折原・京子は行動を開始した。


    「どうもきな臭い話になってきているみたいだね」
     溜息を一つつく、北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)。
     その言葉の意味を図りかねたか、興味を持ったのか、何人かの灼滅者達が優希斗の周りに集まって来ていた。
    「皆、聞いて欲しい。今『一般人が闇堕ちして六六六人衆になる事件が発生しようとしているらしい」
     詳細は分からないが、どうもこの闇堕ち事件にはグラン・ギニョール戦争で撤退した序列第四位『ジョン・スミス』の影響があると思われている。
    「俺が噂で聞いたのは、折原・京子と言うオフィスレディが、それまでずっと必死になって行っていたある仕事の手柄を横取りされてしまい、彼女を殺す為に活動を開始する、ということらしい。そこで皆には、闇堕ちした京子から狙われた一般人を守り、彼女の灼滅を依頼したい」
     優希斗の言葉に、灼滅者達は其々の表情で返事を返した。


    「加害者の名前は、折原・京子と言うらしい。カッターナイフによる惨殺を彼女は得意としているらしい」
     確定ではないが、恐らく斬撃に関するサイキックを得意としているだろう。
     勿論、殺人鬼のサイキックも使用してくるのは間違いないし、加えて今までの恨みを晴らさんと絶叫し、自らの傷を癒してくる可能性も高い。
    「狙われている一般人はとあるビルで働いているオフィスレディ。名前は冴子さん、というらしいけれど」
     狙われるのは帰宅途中と言ったところであろう。
     であれば、夕暮れ時のそのビルの近くで一般人に紛れて隠れていれば彼女と接触できる可能性は十分ある。
    「とは言え、そういう状況だ。もし人命に配慮するならばしっかりと人払いをしたほうがいいだろうね。最も、京子は自らの所持する武器に拘りがあるらしいから、それを生かせば一般人を殺すよりも皆との戦いの乗ってくる可能性はあるけれど、ね」
     つまるところ、誰の犠牲も出したくなければ、人々の避難とカッターナイフへの言及、両方を同時並行で行った方がいいと言うことなのだろう。
     優希斗の言葉に、灼滅者達は其々の表情で返事を返した。
    「今回の任務、最大の目的は京子の灼滅だ。けれども無駄な被害を出す必要もない。だから、出来ることならば、一般人を助けつつ京子を灼滅出来るよう、尽力して欲しい。……どうか皆、よろしく頼む」
     優希斗の言葉に見送られ、灼滅者達は静かにその場を後にした。


    参加者
    夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    荒谷・耀(一耀・d31795)
    四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)

    ■リプレイ


     ――某所、オフィスビル前。
     夕暮れ時、退勤時の雑踏に紛れて冴子が歩いている。
     彼女に近づきカッターナイフが一体化した腕を伸ばす京子。
    (「もし、あいつをこのままのさばらせておけば……」)
     もっと多くの人に被害が出るに違いない。
     だから……。
    「ええ、そうよ。ドウイットユアセルフ。これは、私がやらないといけない事なのよ」
     誰にともなくそう呟き、彼女に接近し其の腕を振り上げる京子。
     その周囲に突如として放たれる爆発的な殺気。
    「アンタの事は哀れだとは思うよ。……だがな、人殺し(ドウルイ)の行動を許してやる程、オレは優しくはねぇんだ」
     それは、狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)の放った殺界形成。
     唐突な殺気に震える人々の間をマシンサンヨーに乗り込んだ四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)が駆けまわり、パニックテレパス。
    「ここは危険だっ! 何処か遠くへ逃げろッ!」
     綴の叫びに、蜘蛛の子を散らす様に逃げていく人々に警官服姿の文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)が拡声器で呼びかけた。
    「この近辺に爆弾を仕掛けたとの犯行予告がありました。皆さん速やかに避難してください」
     咲哉の呼びかけが功を奏したか京子側へとパニックになって逃げかける人々も又、彼女から離れる様に避難する様を確認しながら、咲哉が暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)へと視線を送る。
    (「これが京子の正義なのか。本当に、京子がやりたかったことなのか」)
     多くの人々を巻き込みかねない、自分の大事なものを奪われたことに対する復讐。
     本当に不幸をなくしたかったならば、他にも方法があった筈だろうに。
    「隙だらけね。視野狭窄にも程があるわ」
     逃げていく人々の波に逆らう様に荒谷・耀(一耀・d31795)が飛び出し、柄に嵌め込まれた美しい黒曜石を妖艶に煌めかせた『暁』を下段から撥ね上げ、京子の足を斬り払う。
     サズヤと刑によって放たれた突然の殺気と自分が斬りつけられたことに動揺したか、京子は手を捻って反射的に耀に向けて刃を振り抜くが……。
    「難しい事はわかんねーけど、やらさせるわけにはいかねーんだ。邪魔させてもらうぜ! 先に行きたきゃ俺らと勝負だ!」
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)が鎖と炎のシンボルが刻まれた白銀の刃Tieren der Wildnisで受け流しながら返す刃で京子の胸を斬り裂いた。
     髪留めの欠片を無意識に触る康也の肩を、夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)の放った帯が包み瞬く間に傷を癒していく。
    「くっ……なにっ!?」
    「そんなナマクラカッターで付けた傷なんて直ぐ塞がっちゃうぜー」
     からかいとも取れる士元に京子が僅かに頬を紅潮させ。
    「で? そんなしみったれた刃物で何をする気だ? 人を切るのならやっぱり日本刀だろ? こちらで切った方が格別な感触を味わえるぞ? 取り敢えずアンタで実践するけど」
     大上段に不死者殺しクルースニクを構えた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が空中から刃を振り下ろす。
     放たれたティアーズリッパ―がスーツごと京子の肉を裂き血飛沫が舞う。
     其れが冴子に掛かりそうになるが、康也が立ちはだかり、サズヤが断罪輪で明日香が穿った傷を更に広げた。
    「逆恨みで人殺し、か」
    「なん……ですって……?!」
     無表情のままに口元を覆うマフラーの内側でのサズヤの呟きに京子の表情が強張る。
     冴子から意識がそれたその瞬間を狙い、康也の背後の冴子の肩を優しく叩く咲哉。
    「此処は危険です。速やかに此方へと避難してください」
     プラチナチケットもあり冴子も安心したのだろう。
     震えながらも咲哉と共に速やかに逃げ出していく。
    「! 逃がさない、そいつは……!」
     怒りと共にカッターナイフを翻す。
     憎悪と言う蟲毒が周囲の空気中の水分を凝結させ毒霧となって生み出した。
    「やらせはしないぞ!」
     マシンサンヨーから飛び降りた綴がマシンサンヨーと共に、毒霧をこれ以上広げさせない為の盾となり、更にカズミが、ポルターガイスト現象を起こして毒霧の拡散に抗っている。
    「此方の避難は完了させた。彼女も大丈夫そうだな」
    「助かったぜ、刑」
     カズミに一般人の盾になる様命じながら人々を誘導していた刑に、咲哉が礼を述べスレイヤーカードから【十六夜】を抜き放ち、青眼に構えて走り出す。
     そうしながら、耀が暁を大上段から振り下ろして京子のカッターナイフの刃を砕き、その死角から士元が黒死斬でその足を斬り払い明日香が傷口にレイザースラストを撃ち込み内側から内臓を締め上げる。
     苦し気に呻く京子の懐に潜り込んだサズヤがグラインドファイアに必死の形相で京子が反撃を行っている様を見て思う。
    (「本当に頑張っていたのだろう」)
     其れなりに大きな規模のプロジェクトを任され、でも最後の最後でプレゼンテーションを冴子が行い、自分の仕事を奪われた、と復讐を誓った京子。
     それは……最後までやり通せなかったことへの悔しさが、同僚への恨みへと転化してしまった結果だったのだろうか。
    (「哀れだな」)
     咲哉と同じようなことを考えていたのであろう、刑も又、内心でそう思う。
     だが……ダークネスとなり、人を殺そうとしている以上、其れは、自分と同じ一人の殺人鬼(ドウルイ)でしかない。
     だから……。
    「これより……宴を開始する!」
     そう告げ、足止め班に合流しながら、刑が紅黒の片刃のナイフ殺刃器『断波』を振るい、京子の胸の傷を深々と抉った。
     ……まるで、自分の中の『空虚』を思わせる、その胸の傷を。


    「怒りも悲しみも理解できる……それでも見逃すわけにはいかないんだ!」
     刑に斬り裂かれた京子に何処か憐れみを感じさせる怒声を上げながら接近した綴が大型機械振動鋏連刃裁断アイヴィークロスで京子のカッターの刃を鋏み込もうとするが、素早く一歩退くことでその攻撃を避けようとする京子。
     だが……。
    「アイヴィー……ダイナミック!」
     引かれた腕を鋏みこむことには成功しそのまま京子を投げ飛ばし地面へと叩きつけた。
    「ぐっ……?!」
     喀血し、息を吐いた京子がその場から起き上がり、冴子が逃げた方角に向かおうとするが……。
    「凶器がカッターとか今思いついた感しかないわ。普通の人が使っても然程殺傷力無いのに、ホントに殺す気あるの?」
     嘲笑する様な表情を浮かべながら、雷で地を滑り、逆手に構えた暁の対となる短刀『黄昏』にて、京子の傷口を残虐に切り開いていく耀。
    「この、言わせておけば!」
     喘ぎながらも怒声をまき散らし、一瞬で間合いを詰めて耀の心臓を抉らんとカッターナイフの先端を突き出す京子。
    「そんなちっけーカッターで、強くなったつもりか?」
     胸の肉を斬られて血を滴らせつつも笑みを浮かべる康也がライフブリンガー。
     肉を切らせて、骨を断つ。
     まるでその諺の様に注射器の針が吸い込まれ胸を刺し貫かれる京子。
    「無駄だね、キミの攻撃じゃいくら頑張ってもオレ達を倒せないぜー」
     士元がからかう様に告げながら、契約の指輪を翳す。
     翳された其れから放たれた闇が康也を覆い瞬く間にその傷を塞いでいく。
    「後ね、一矢報いられるとか不幸に見舞われる人を減らすとか錯覚だからね? 奪われたら奪い返すって時点でお姉さんも同僚と同レベルじゃね?」
    「……それでも私は、自分の意志を曲げるわけには行かないのよ! あの日の為にずっと準備していた事……その全てを、あいつは横からかっさらって行ったんだから!」
     士元の問いに悲痛に返す京子にサズヤが『死の中心点』を見抜いて巨大な杭を突き込む。
     そのまま壁に縫い留められた京子の怒りとも絶望ともつかぬ瞳が、自分の努力の過程を評価されず、顧客にプロジェクトの成果について報告するプレゼンテーションの成功と言う『結果』しか評価されなかったのだと言う事実を訴えかけているかの様で。
    (「助けを求められなかったのか、誰にも。声を聞いて貰えなかったのか」)
     真実は闇の中ではあるのだけれど。その無念だけが伝わってきている。
    「本来同僚ってのは、同じ目的を持った仲間の筈だ。時に競い合うことはあっても、足を引っ張り合ってちゃ意味がないんだ」
     咲哉が告げながら、【十六夜】を横薙ぎに振るって胸を斬り裂き、その隙を見逃さず明日香がティアーズリッパ―。
     スーツを無残に斬り裂かれた京子にカズミが素早く接近して己の腕を振るってそのカッターナイフをへし折り、マシンサンヨーが畳みかける様に機銃を掃射。
     機銃の掃射を再生させたカッターナイフを旋回させて弾き返しながら悲痛に嘆く。
    「言えるわけないわ! 皆、自分が一番になりたいんだから!」
     叫びと同時に体に纏わりつく炎を払い、深々と斬り裂かれていた足を再生しながら、カッターナイフで周囲の空間を斬り裂き嵐を呼びだす。
    「止められぬ怒りをッ! 底知れぬ怒りをッ! ぶつけてこいッ! 貴様の『敵』はここにいるぞッ!」
     咲哉の前に立った綴が叫びながらご当地ビームで京子を撃ち抜き、明日香が自分から積極的に盾にしたマシンサンヨーが嵐に呑まれながらもめげずに体当たり。
    「目の前にあるものでドゥイットユアセルフした先輩としてエラそうに言うなら殺した先になんて何にもないからね」
     士元がクルセイドソードから癒しの風を吹かせて毒霧を払い退けながら息をつく。
    「それに、さっきの話が本当なら、同僚殺したところで止まらないよね?」
    「……っ!」
     士元の指摘に、僅かに息を呑む京子。
    (「もし、苦しい時には互いに助け合い補い合う。そんな信頼関係を築けていたなら、な……」)
     自らの闘気を【十六夜】に宿し、無数の突きの連打を放ちながら咲哉は思う。
     今回の件、ちょっとしたことで生まれた殺意を刺激するだけで簡単に六六六人衆をスミスが生み出すことの出来る証左なのだろうか。
    (「そうならば……スミスの影響が無ければ道も違ったのかも知れないな」)
    (「手柄の奪い合いが当たり前の環境だった、と。……それなら仕事見てた筈の人から何もフォローも入らない筈ね。まあ、チームぐるみで彼女を嵌めた可能性はあるけれど。……どっちにしろ私には関係ないか」)
     耀が康也の背後から飛び出し暁を振るってその足を斬り裂いている。
    「ぶっ飛べ!」
     耀に続いて、康也がクルセイドスラッシュ。
     放たれた銀閃に京子に向けて刑が殺影器『偏務石』から無数の影の刃を生み出しその身を斬り裂き、カズミがそれに追随するようにポルターガイスト現象で先程組み上げた壁を崩して京子に叩きつける。
    「遅いぜっ!」
     明日香が絶死槍バルドルの先端から氷の弾丸を撃ちだし、その身を凍てつかせ。
     無表情で見つめたサズヤが間合いを一気に詰めて閃光百裂拳で全身に打撲傷を負わせるが内心を苛むは罪の意識。
     それは……歪んだ正義の下で殺し続けた自らの過去故に、これ以上、人に犠牲を出したくないという想いゆえだろうか。
    (「助けたかったなんて、えらそうなことは言えない」)
     起きてしまった事象を変えることは出来ないのだから。でも……こうなる前に、話を聞いてあげたかったのもまた、事実。
     冴子と言う同僚に対してだけじゃない。自分の環境その全てに対して苦しみ喘ぎながらも、それでも尚抗い続けて漸く得た機会を奪われる苦しみはきっと大きいのだろうから。
    「人の成果を横取りするのも、カッターを人に向けるのも、悪い事には変わりあるまいっ! 其れが分からないあなたではないだろう!」
     綴の連刃裁断アイヴィークロスがその身を貫くのを見ながら、咲哉とサズヤは確かに思い、刑、士元は確信する。

     ――今、自分達に出来ることは、彼女をこの場で『人』として殺し……彼女に罪を背負わせない事なのだ、と……。


     ――其れから暫く。
     既に京子は傷だらけだった。
     そして……綴達の中には誰一人の戦闘不能者も出ていなかった。
     勿論綴達の戦術の巧妙さもあるだろう。
     ただ言葉を交わし京子の中に育まれた迷い故の踏切の悪さもその一因なのかも知れない。
    「……ん」
     ふらつく京子へと、サズヤが閃光百列拳。
     無数の拳の乱打が京子を上空に打ち据え。
    「終わりだ!」
     明日香が不死者殺しクルースニクを死角から振るって袈裟懸けにその身を斬り裂き。
    「さっさと私の癒しになってね」
     耀が暁によるティアーズリッパ―でその身を薙ぎ払い。
    (「アイツとおんなじ武器使っている奴か……」)
     カットスローターの事を思い出しながら、刑が殺影器『偏務石』で影の刃を生み出し斬り裂けば。
     カズミが己が手で京子を殴りつけ。
    「まだ……こんなところで……!」
    「六六六人衆のイヤな事、すなわち新たな殺人の阻止って事だよね」
     叫び傷を癒そうとする京子へと士元が制約の弾丸を撃ちだしその隙を奪うと同時に懐に飛び込み黒死斬でその身を斬り裂けば。
    「ぶっ飛んでくれ!」
     康也が叫びながらライフブリンガーでその命を吸うのに合わせて、マシンサンヨーが体当たりを叩きつけ。
    「『貴様』の復讐は俺達が止めた……せめて『貴女』には罪なき一般人として逝って欲しい」
     綴が悲しげに呟きながら、大鋏で挟み込んでご当地ダイナミック。
     地面に叩きつけられ、意識の霞む彼女の前にゆっくりと歩んだ咲哉が【十六夜】を一度納刀する。
    「分かってはいた事だけれど、御免な、助けられなくて。でも、お前の復讐は次なる復讐を生むだけだ。だから、俺が其の念を断ち切る」
     そして……【十六夜】を鞘から引き抜き、脇腹から肩にかけてを斬り裂いていく。
     肉を引き裂き骨を断つ嫌な感触が日本刀を通して咲哉にはっきりと鈍く伝わる。
     最後まで決して目を逸らすことなく振り抜き終わったその時、彼女は、ほんの少しだけ笑い、その体を光へと変えて消えて逝った。
    「……あり……がとう……」
     そう唇だけで言い残して。
     その光に向けてサズヤと綴が黙祷を捧げ。
     康也が供物の様に缶おでんを地面に置いた。


    「荒谷、お前そう言えば旦那とは相変わらずなのか?」
    「……当然よ。何であなたがそんなことを聞くの?」
     戦いが終わり興味が失せた様にその場を後にしようとする耀への明日香の問い。
    「……よく旦那は平然としていられるな?」
     心底不思議そうに尋ねる明日香に心外そうに肩を竦める耀。
    「あの人は、私の全てよ。あの人にとってもきっとそうね。そういう関係である私達が、お互いの変化を受け入れることが出来るのは当然のことよ」
    「ふ~ん……」
     そう言い捨て立ち去る耀に明日香が曖昧に首肯している。
    (「何か大変みたいだね」)
     耀達の様子を見ながら、士元の脳裏にふとした疑問が浮かぶ。

     ――其々の経験から育まれた価値観に翻弄されすれ違うその想いに決着がつく時が来るのだろうか、と。

     最も、その先に何があるのか……それは、誰にも分からない。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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