ジョンスミスの蒔いた種

    作者:空白革命

    「ぶっ殺してやる。へへ、簡単だよな」
     最低の男。
     というものを、いかに表現すべきだろうか。
     殺人。犯罪。情緒。いかなる基準でも語ることの出来るそれらの中に、『罪悪』という基準がある。
    「俺の生活が乱れたのはあいつらのせいだ。あいつがいなきゃ、借金も返せたし浮気もバレなかったし、仕事もクビにならなかった筈だ。そうに決まってる。へへ、コレでぶっ殺してやるよ」
     そう言って男が手にしたのはチェーンソーだ。
     それも小型のバッテリーを組み合わせ、激しい電流が流れるように自主改造したものである。
    「俺は何も悪くない。全部あいつが悪いんだよ。はは」
     男はかくして歩き出す。
     手には、ある家の住所が書かれていた。

    ●罪悪とヒトを捨てた者
    「ダークネス・六六六人衆が新たに発生している。こいつは恐らくグランギニョール戦争で撤退した第四位『ジョン・スミス』の影響だろう。
     新たに闇堕ちによって発生した六六六人衆は、武器をもって人間だったころに恨んでいた対象を殺すために活動を開始する。
     つっても、殆ど逆恨みだ。人間性も、人であることも捨てたこいつを倒し、出るはずの犠牲を止めるんだ」

     アマダ イクオ。
     元電気工事士の彼は結婚相手の息子を恨んでいた。
     30代にして結婚し、義理の息子を持った彼は、隠れて浮気や借金を繰り返し、素行不良のために仕事をクビになった。
     しかしその原因は当時思春期の息子が反抗的だったからだと決めつけ、離婚された今も根に持っているのだ。
     いや、正確には根に持っていた。過去形である。
     そこから生まれた殺人衝動がしこりのように残り、六六六人衆となった今、最初の犠牲者とすべく行動させている。
    「武器サイキックはチェーンソー剣タイプ。それに加えて六六六人衆のサイキックを使う筈だ。
     幸い、こいつの移動ルートは判明してる。待ち伏せによって戦闘を仕掛ける予定だ。
     奴が対象の家にたどり着くことも、近づくこともないだろう。
     それに六六六人衆といえど発生して間もないダークネスだ。力を併せて戦えば、きっと勝てる相手だろう」
     ジョン・スミスによる影響を受けているからか、このダークネスは自分の武器に拘りを持っているらしい。
     同じ系統の攻撃で圧倒したり、武器サイキックをはねのけたり、堂々とした挑発的行動をとれば相手を必死にさせることができ、逃走のリスクも抑えられるだろう。
    「ダークネスである前に、人として許せねえ。だが俺に出来るのはこうして情報を伝えることだけだ。皆の拳に、俺の思いを託すぜ。ぶん殴ってやってくれ!」


    参加者
    神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)
    江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)
    風真・和弥(仇討刀・d03497)
    穂照・海(暗黒幻想文学大全・d03981)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    雲無・夜々(ハートフルハートフル・d29589)
    七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)
    立花・誘(神薙の魔女・d37519)

    ■リプレイ

    ●臆病者ほど人を傷付ける
    「どぅーいっとゆあせるふ!」
     夜闇をさす二本指。雲無・夜々(ハートフルハートフル・d29589)は片目を瞑って星を見た。
    「前向きでイイ響きだぜ。崖っぷちからの大ジャンプって感じがな。な、どう思う?」
    「クズは死ねばいいわ」
     ライトなテンションでふった相手が七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)だった。
     ただでさえ殺意の高そうな紅音は、いつにもまして殺意にあふれていた。
    「自分のクズさを他人になすりつけるようなクズは特に死ねばいい。セルフダンピングすらできないクズが……!」
     紅音の勢いに気圧される夜々。一連の様子を眺めて立花・誘(神薙の魔女・d37519)がからからと笑っていた。
    「情けをかける気にもならない、正真正銘のクズですよねえ。驚きの真っ黒。どんな洗剤を使っても白くはならないでしょうともー」
    「然様」
     神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)が仮面を手に取り、自らの顔にはめた。
    「己の浅さも見えぬとは、哀れなことだ」
     人ならば、沼に沈むかのように消えて無くなるだろう。
     しかしダークネスとなったなら、道連れに町を沈めてしまうだろう。
     ゆえに。
     殺さねばならぬ。

     白布でぬぐった眼鏡を夜道の街灯に翳してすかす。江田島・龍一郎(修羅を目指し者・d02437)は眼鏡をかけ、軍帽を被り尚した。
    「さすがは六六六人衆。見事に破綻した人間を選定したようだ。おかげでこっちも気負わずに済むな」
    「序列が消えたことでよりイキイキしてないか、連中……」
     やれやれと言いながらバンダナを結び直す風真・和弥(仇討刀・d03497)。
     閉じていた目を開き、ぎらりと光らせた。
    「こっちはハンドレッドナンバーとやりあってるんだ。もはや遅れはとらない」

     ざわざわと燃え上がる。ぐわらぐわらと揺れる。
     穂照・海(暗黒幻想文学大全・d03981)からわき出た影業がおぞましい色をして動いている。
     沈黙した彼を代弁するように、志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)は咳払いをした。
    「浮気、借金、離職……その恨みを義理の子供になすりつけるとは、どこまで最低な人間なんでしょう。いえ、人間ではないのでしたね」
     腕を振ると、藍の袖布がはらりと落ちた。
    「人生(ひととしてのせい)、もはやこれまで。ダークネスとして灼滅することが、最後の手向けとなるでしょう」

    ●劣悪
     夜の中学校。脇をとおる車道のまんなかを、チェーンソーを引きずって歩く男がいる。名をアマダ イクオという。
     先端がコンクリートを削る音が反響する。
    「やーい」
     声。
    「責任転嫁ヤロウー。オトナなら非を認めてみろー」
     両手を口に翳した少女の声に、男は目を剥いて振り返った。
     黒い髪の小学生、誘だった。
    「なんて言った。他人が口を出すな」
    「あー」
     言葉を遮るように首を傾げると、指をさす。
    「黙らせようとしてるー。詭弁をぶつけて、黙らせようとしていますね」
    「――ッ!」
     男の激昂は早かった。持っていた改造チェーンソーを振り上げ、誘めがけて襲いかかる。
     刃が彼女の細い首に届くコンマ二秒前。
     ごつごつとした手が刃を掴んだ。海の手だ。
     のこぎり部分が音を立てて削り取ろうというのに、手を覆った影業がごりごりと抵抗するのだ。
    「その武器……たいしたものだ。けれど、僕のほうが上だな」
     大きく変幻する影業が、獣の顎のように開いてアマダを襲う。
     大きく飛び退く男に、海はもう一歩踏み込んだ。
    「さあ」
    「ひ……」
     男は足を踏みならすと、威嚇するようにチェーンソーを振り上げる。
    「卑怯だな、二人がかりで。恥ずかしくないのか!」
    「どのクチがいってやがる!」
     海たちの横を駆け抜け、刀を抜く和弥。
     彼の斬撃を打ち払い、電撃をまき散らすアマダ。
     一度短剣で電撃を受け、振り払うように捨てる和弥。
    「そいつが拘りの自作武器ってわけかい。ちょっと俺らの武器とも勝負してみろよ。おっと、武器にまで責任転嫁するなよ?」
    「……!」
     ムキになって殴りかかるアマダの斬撃を、和弥は飛び退いてかわした。
     どうやらよほど工作には自信があったらしい。プライドを傷付けられると取り乱し、しかし行動を改めることはしないというクチらしい。
    「フン、浅はかな」
     ブロック塀の上に立った夜々が、腕組みと共にマントを広げた。
     風もないのにおおきくはためくマントをひいて、夜々は側面を固めるように塀から飛び降りる。
    「仮にも闇堕ちしたのならもっと抵抗したらどうだ。俺をビビらせるくらいワケないはずだぜ」
     自分の頬をつまみ、つり上げてみせる。
    「笑えよ、こうだ」
    「来るがいい。自慢の『まあまあの武器』で俺を殺せるならな」
     反対側に立つ闇沙耶。
     闇沙耶は大きな剣を担ぎ上げると、じりじりと歩み寄っていった。
     二歩三歩と後じさりするアマダ。
    「その程度でさきへ征けると思うか。征きたいなら殺れ。ドゥーイットだ」
    「あ、頭おかしいんじゃないのか? だ、誰が、お前らみたいな子供を相手に……」
    「そうやってまた人のせいにするのか」
     退路を塞ぐように現われる三人。
     深緑色の軍服を纏った龍一郎が軍刀を抜いた。
    「自分ではなにもしてこなかったいいわけが、それか」
     ワインレッドのドレスを着た紅音が、真っ赤な鎌を引きずった。
    「他人を罵倒することでしか自己を保てない。他人が自分を甘やかすのをいつまでも待っている。最低よ、あなた」
     青い布をくるくると手首に巻き付けていく藍。
    「多くの人が努力して希望を見いだそうとしている。それでも結果を出せない人も居る。そんななかで、身勝手な欲望で未来を汚し、はては他人のせいにして殺そうとするその堕落――もはや許せません」
     取り囲む灼滅者たち。
     アマダは歯を食いしばり、そして虫のように叫んだ。
    「うるさい、全員殺してやる!」

    ●増悪
    「DIY……自分でやれ。何事も自ら切り開かねばならん」
     殺意の電流がばらまかれる。
     闇沙耶は剣に纏わせた炎状のオーラで殺気を振り払うと、両手でしっかりと柄を握った。
    「仲間の傷、仲間の死。それを拒む俺の願い。それを叶えるための、俺の行動。DIYとはそういうものだ!」
    「うるさい!」
     アマダによる大上段からの斬撃。肩に食い込みごりごりと削るノコギリを、闇沙耶はあえて無視した。
    「貴様の罪ごと、断つ!」
     野球選手のフルスイングさながらの、全力一文字斬りである。
     殺意の塊で無理矢理ガードしたアマダは、地面をはねて転がっていく。
     その頃には大きく跳躍した海が腕を振り上げていた。
     彼を包み込む影業が巨大な手となって地面を打つ。
     激しくもがくアマダに、藍は素早く接近した。
     振り払おうとチェーンソーをとるも、地面から伸びた海の影業が髪のように巻き付いて引き留める。飛び退こうとするも、足腰にまとわりついた影業が大量の手となって引き留める。
     アマダの顔面に藍の掌底が入った。
    「こうなったのは、あなたのせいです。あなたの怠惰で会社をクビになって、借金をして、浮気もした。それを認められずに、今があるのです。人間社会が裁けなくなった今、せめて私たちが灼滅してあげます!」
    「うるさい! 俺はもう自由だ、こんなもの!」
     無理矢理に影業を引きちぎり、藍たちを振り払う。
     衝撃のあまりコンクリートが破壊され、破片が散っていく。
     散った破片をくぐるように、和弥が急接近をしかけた。
     咄嗟に振り込むチェーンソーを、刀で受ける。
     間髪入れず、短剣がアマダの胸から脇腹にかけてを切り裂いていった。
     風牙で払い、一閃で斬る。まるで暴風のように強引な、暴風のように柔軟な、和弥熟練の剣術であった。
     吹き出る血。
     みっともなくわめくアマダ。
    「ち、血だ! 救急車を呼べ! 訴えてやる!」
    「まだ人間のつもりか」
    「うるさい! 俺は悪くないんだ! みんなあいつらが悪いんだ! あいつらが……おまえらが……あいつら……あ……あ……あああっ!?」
     頭を押さえ、叫ぶアマダ。
     その容姿がぐにゃぐにゃと乱れ、手から改造チェーンソーが落ちた。

    「ワルクナイ。オマエノセイダ。ワルクナイ」
     拘りも捨て、人間であることも捨て、会話能力すら失ったバケモノがそこにはあった。
     全身をばちばちとはじける殺意の塊で覆った、アマダイクオだったもの。
    「覚悟のない殺人が、自我すら捨てさせたか」
     夜々は腕組みをしたままマントを大きく変化させた。
     襲いかかる殺意の塊を、巨大化したマントが振り払う。
    「他人に責任をなすりつけ、切り捨て続ければ、やがて自らも捨てることになる。受け止めて、殺すのみだ」
     マントが開いたその一瞬、軍刀の柄を握った龍一郎が飛び込んだ。
     アマダの胴体をすっぱりと切断し、上半身と下半身を分離させた。
     それでも具体化した殺意だけで身体がつながったアマダはぐねぐねと身体を振り回しながら龍一郎へと掴みかかる。
    「オマエノセイダ! オマエノセイダ!」
    「哀れだな」
     目を瞑り、龍一郎は防御すらせずに呟いた。
    「終わらせてやれ」
    「言われなくても」
     首にひっかかる鎌、首にひっかかる刀。
     紅音と霊犬・蒼生の斬撃が交差し、アマダの首を斬り飛ばした。回転しながら飛ぶ首。関節を無視して後ろ向きに曲がった腕が紅音の肩に掴みかかるが、逆にそれを掴んで投げ飛ばした。
     腹を踏みつける紅音。
    「論外よ、あなたみたいなヤツは」
    「オマエノ――」
     黙って、クロスグレイブが叩き込まれた。
     十字架の底を落ちた顔面に押しつけ、誘はゆっくりと息を吐いた。
    「こんな自己中オトコ、よく見つけてきましたよね」
     まるでもう終わったことのように言うと、大砲の発射レバーを引いた。

    ●そして夜はいつも通りにあける
     何も残りはしなかった。
     死体も。改造チェーンソーも。あたりに満ちていた殺意ですらも。
    「好き放題に堕落して、よそのせいにして切り捨てて、最後は自分ごと切り捨ててしまいましたか」
     クロスグレイブに両手と顎を乗せてよりかかる誘。
     紅音は武器をしまい、既に明後日のほうを向いている。お行儀のよさで支えてはいるが、今にもつばを吐き捨てそうな顔だ。
     そんな顔つきを横目に、沈黙する夜々。
     彼女たちは今日、一人の存在をこの世から消した。
     きっとアマダイクオの行方を知るものはなく、詮索するものも消えるだろう。
     死よりも空虚な、この世の闇に消えたのだ。
    「帰りましょうか」
     藍がそんなふうに言った。
     忘れましょうと言ったようにも聞こえた。
     こっくりと頷き、影業を自らのカードにおさめる海。
     彼らが歩いて行く。先程灼滅した男も、彼が狙っていたらしい義理の息子も、もはや関わりなどないかのように。
     実際、そうなのだろう。
     同じように立ち去ろうとした和弥は、いつまでも地面を見ている龍一郎と闇沙耶を見た。
    「どうした」
    「いや……ジョンスミスは何を思ってこんなダークネスを増やしていたのかと思ってな」
    「…………」
     闇沙耶も何かおもうことがあったのだろう、仮面を外し、ため息をひとつだけついた。
     和弥はがりがりと頭をかくと、彼らに背を向けて見せる。
    「人の振り見て我が振り直せ、だ。俺たちもこうならないようにしないとな!」
    「……ああ」
     灼滅者たちは立ち去った。
     今度こそ、何も残りはしなかった。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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