イノシシ狩り狩り

    「ぜってぇいる。ここいらだ」
     猟銃を手に、与八郎が藪の中に伏せる。顔や手には無数の皺があるものの、目は鋭く、その姿勢からは逞しさすら見て取れる。
     今日泊まりにやって来る娘家族、孫娘にイノシシを食わせてやるんだと意気込む与八郎に仲間達も協力してくれている。だが既に夕刻、時間は無い。
     息を殺す与八郎の耳に、繁を掻き分ける音が飛び込んできた。
    「……ッ!」
     荒ぶる呼吸を抑え込み、銃口を音のほうへと向けたその時。
     ――ドォン!
     与八郎の頭の横を、銃声が突き抜けた。
     仲間の誰かが、俺のことをイノシシと勘違いしてる。そう考えた与八郎は立ち上がり、両手を大きく振った。
    「俺だ! 撃つな! 撃つなー!」
     ――ドォン!
     もう一度銃声が聞こえたその時。視界が光で塗りつぶされる。
     与八郎は消え行く意識の片隅で、銃を背負った豚の姿を見ていた。
     
    「このままだとイノシシ狩りに出かけたおじいちゃん達が襲われてしまうの」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)がファイルのページをめくる。
    「おじいちゃん達を襲うのは、はぐれ眷属、バスターピッグ。この中にも使ってる人はいるかな、バスターライフルを背負った凶暴な豚だよ」
     バスターピッグの数は全部で7匹だが、そのうち6匹は獲物をおびき出す事を専門にした、いわゆる囮らしい。
    「8匹が走り回ったり、バスターライフルを撃ったりして獲物を誘い出したところで、どこかに隠れた群れのボスが急所を、ドォン! 群れでの狩りに熟練しているみたい」
     戦場となる山は植林されて数十年という比較的若い森。藪に伏せたりしない限りはそこそこ視界があり、走るのにも適している。
    「だからこそ、バスターピッグ達が狩場に選んだんだろうけどね」
     幸いというべきか、バスターピッグはこの狩場から出ることは無い。老人達がイノシシ狩りに出かける前にボスがどこに隠れているか見つけ出し、全てのバスターピッグを灼滅する事ができれば、今回の事件は回避することができる。
     
    「お願いみんな、おじいちゃん達のこと助けて欲しいの」


    参加者
    赤舌・潤(禍の根・d00122)
    森野・逢紗(万華鏡・d00135)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    アリス・エアハート(殺戮人形・d02260)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    暁吉・イングリット(明鏡獅錐・d05083)
    犬蓼・蕨(白狼快活・d09580)

    ■リプレイ

    ●あるひもりのなか
    「ふごっ」「ぷぎっ」「フゴッ」
     朝日の差し込む木々の間を薄ピンク色の獣が闊歩している。
     背には体長を超す長さの銃身が光っていた。
    「……タリホー・バンディット」
     バスターピッグの歩く姿をじっと捉えたまま、アリス・エアハート(殺戮人形・d02260)が陰で小さく呟く。
    「おぉー……ライフル背負った豚さん……!」
     犬蓼・蕨(白狼快活・d09580)が興奮気味に目を輝かせた。
     雲母・凪(魂の后・d04320)が周囲をふごふご歩くバスターピッグ達に視線を巡らせる。
    「ぷぎっ」「プギッ」「ふごっ」
     歩くたびバスターピッグの鼻が鳴った。我が物顔で森を歩く薄ピンクの獣は見事に絵にならない。潜んでいるのか狩り尽くされたか、周囲にバスターピッグ以外の動物の影はない。
    「どうやら、ここが彼らの縄張り……狩猟場のようですね」
    「こんなにたくさんの豚さん達、どこからいらしたのかしら?」
     小圷・くるみ(星型の賽・d01697)が小首をかしげた。
    「知性がねーとか言われてる割に巧い事やるもんだぜ……と」
     暁吉・イングリット(明鏡獅錐・d05083)が胸の前に置いた掌に、右の拳をそっと重ね、呼吸を整える。
    「囮の影から姿を見せずに狙ってくる……少々骨が折れる相手ね」
     森野・逢紗(万華鏡・d00135)が小さく溜息をついた。
    「どうした? 始まる前から帰りたくなったのか?」
     草むらの中から赤舌・潤(禍の根・d00122)がぐいっとニタニタ笑う顔を近づける。
    「……奇遇だな、俺も今すぐ帰りたい」
     潤の口元がさらにぐにー、と横に伸びた。
    「どうやら、冗談言ってる場合でも無さそうですよ」
     天峰・結城(全方位戦術師・d02939)がバスターピッグ達を指差す。
    「フゴッ」「……」「ぷぎっ」「ぷぎっ」
     バスターピッグ達は周囲をウロウロしながら、こちらにチラチラと視線を向けていた。
    「気付かれているようです。といっても、まだあちらも様子をみているようですが」
    「……対象の行動パターン、予測演算開始。……予測結果の誤差修正」
     アリスがバスターライフルの照準器を覗く。
    「……偏差射撃準備、完了」
    「……きっと、ハッピーエンドにしてみせるわ」
     ハッピーエンド。くるみの言葉をキーにして、スレイヤーカードの封印が解かれた。
      
    ●ぶたさんがこげました
    「プギッ!?」
     バスターピッグが歩みを止める。見上げた先には、くるみの笑顔が待ち構えていた。
    「豚さん、お相手よろしくね」
    「……ふご?」
     スカートの裾をちょこんと掴み、小首をかしげるバスターピッグにお辞儀をする。
     同時に、背に回した手に龍砕斧を握り、高く振り上げた。
    「プギー!!」
     逃げるバスターピッグの尻を炎を纏った龍砕斧が焦がす。
     香ばしい煙を上げてぐてんぐてんと地面に転がるバスターピッグの銃身をイングリットがぐいっと掴み上げた。
    「そーら、よっ!」
     見事に投げやすい造形のバスターピッグを、勢いよく地面へと叩きつける。
     バウンドしたピンク色の玉が「ピギッ」と音を立てて宙を舞った。
    「ナノー!」
     さりげなくイングリットのナノナノ、イヴがしゃぼん玉をぱちんと弾けさせた。
    「殺す事以外に何も考えなくていいなんて、単純明快で素敵ですね」
     凪がガトリングガンの砲身を焦げたピンク色のそれに向け、炎の塊を撃ち出す。
     炎に包まれ、炭化してゆくバスターピッグを相変わらずの顔をした潤が見下ろした。
    「……ちょっと焼きすぎだな、こりゃ」
    「まずは、1体! あと、5――」
     くるみが他のバスターピッグ達へと視線を向けた時、そこにあったのはくるみを捉えた銃口達だった。
    「マズい!」
     結城がくるみの元へと駆け出した。
     間髪置かず、バスターピッグ達が一斉に放った光線が二人を覆い隠す。
    「あー、ハイハイ。俺の出番だな」
     潤の従えたリングスラッシャーから分裂した小さな光輪が、くるみの前を遮る。
    「ナノ、そちらは任せるわ」
     逢紗が契約の指輪を結城にかざし、ナノナノはくるみへとふわふわハートを投げた。
     結城が確かめるように、自身のぐっと握った手に視線を落とす。
    「よし、これならいける……問題ない」
     その手にナイフを握り直し、変形させた刃を構えて地を蹴った。
    「フゴーッ!?」
     一気に距離を詰められ、思わず身をすくめたバスターピッグの顔から血飛沫が上がる。
    「わうっ!」
     蕨が杖を振りかぶり、吠えた。
    「豚がオオカミに……!」
     重量を乗せてぐるんと振るった杖がバスターピッグの体を浮かせる。
    「ぷぎー!」
    「勝てると、思うな!!」
     杖から溢れ出した光に飲み込まれ、バスターピッグが音を立ててはじけた。
      
    ●かくれんぼはおしまい
    「――プギッ!」
     バスターピッグの額がぷすぷすと焼け焦げた。
    「……ヘッドショット、ヒット」
     アリスは眉も一切動かさず、バスターピッグを照準の中心に捉え続ける。
     突然、アリスの射線を燃え盛る炎が遮り、そしてバスターピッグの断末魔が聞こえた。
    「あと3体!」
     くるみが声を張り上げ、チラリと振り返り、小さく頷く。
    「……ふぅ、なんとか半分。疲れたわね」
     無防備に斧を下ろし、左腕で額の汗をぬぐう。
     一方その横では、イングリットがバスターピッグを追い回していた。
    「フゴッ!」
    「チッ、意外と素早いなー」
     閃光百裂拳を盛大に空振りしたイングリットが相棒、イヴを振り返ったその時。
     ――ドォン!!
    「イヴっ!!」
     今までとは比較にならない密度の光線が、鳴く暇も与えずイヴの全身を掻き消す。
    「居た、あそこっ!」
    「よくも……逃がさない!」
     凪とくるみが光線の痕を追い、森を駆ける。
    「かくれんぼは、おしまいですよ!」
     凪のガトリングガンが炎の砲弾を草むらへと放つ。
    「フゴッ!!」
     炎を避けるように、草むらからバスターピッグが転がり出た。同じバスターピッグとはいっても、今まで戦っていたものよりも二回りほど大きい。
    「……群れのリーダーと思われる個体を確認。ターゲットを移行する」
     アリスが照準を定めた。
    「ふごっ!」「プギッ!」
     立ちはだかるように飛び出した小型のバスターピッグ達が銃身から光の円盤を撃ち出す。「……この程度!」
     結城がリップルバスターを振り払う。
    「どうした? 反撃はこれでおしまいなのか?」
     潤がぱんと手を叩くと、癒しの風が吹き抜けた。
     ありがとう、そう言おうとした凪を潤のニタニタフェイスが遮る。
    「元通りとはいかないが、ま、こんなもんで十分だろ」
     視線を戻すと、攻撃の混乱に乗じて隠れようとしていたのか、ボスバスターピッグが草むらに頭を突っ込んでいた。
    「プギッ!!?」
     逢紗の構えた指輪から放たれた弾丸が、バスターピッグの大きな尻に弾痕を刻む。
    「役者は舞台に上がってこそ、いつまでも隠れてはられないわよ?」
    「ここからが、本番だ」
     結城の足元から噴き出したどす黒い殺気に囲まれ、バスターピッグ達がたじろぐ。
    「うー! 逃がさないよ!」
     蕨の放つジャッジメントレイが、ボスバスターピッグを追う。
    「フゴッ!」
     ぐるんと反転したバスターピッグが、ジャッジメントレイに向けて光線をぶち当てた。
    「――プギッ!」
     息を荒げたバスターピッグの側面にアリスの放ったバスタービームが焦げ痕をつける。
    「……ヒット。追撃開始」
     アリスを追随していたリングスラッシャーが木々をかわし、バスターピッグの脳天を強打する。
    「いっけぇー!」
     くるみの叫びをトリガーにして風の刃が、地面に押し付けられたバスターピッグの頭目掛けて低く飛んだ。
     
    ●ほんとのかくれんぼ
    「待ってろよイヴ、こいつらを倒したら――」
     殺気に犯されたバスターピッグの銃身をイングリットが力ずくで掴み寄せる。
    「すぐに、元に戻してやるからな!」
     バスターピッグを叩き付けられた若木がバキバキと音を立てて折れ、地面に転がったピンクの玉を押し潰す。
    「もう、いっちょー!」
     さらに逃げるバスターピッグを無理やり担ぎ上げ、地面へと垂直に叩き落した。
     息を荒げ、前を見る。蕨が何かを叫んでいた。
    「わうっ! 危ないよ!」
     蕨の指差す先で、ボスバスターピッグがバスターライフルに力を込めていた。
    「うわあッ!!」
     背中をバスタービームに押しのけられ、イングリットが顔に土をつける。
    「ここまで追い込まれても、まだ……」
     凪がガトリングガンを掃射し、ボスバスターピッグを牽制する。
    「フゴッ」
     立ち上がろうとしたイングリットの耳に不穏な鼻音が飛び込み、顔をぐいと上げた。
     小型のバスターピッグ、その銃口がこちらを向いている。
     イングリットはそっと、目を閉じた。
    「……ちくしょう」
     ――ドォン!
     銃声が聞こえた。が、痛みは無い。恐る恐るまぶたを開いた目に結城の背中が映る。
    「大丈夫か、暁吉」
    「へへっ、わりぃ、助かった……ぜ!?」
     思わず笑ったイングリットの背中が、ぺっちーんと叩かれた。
     振り返ると、潤の毎度お馴染みニタニタフェイス。そして背中には、防護符が叩きつけられていた。
    「た、助かったぜ……?」
     イングリットが小首をかしげるのに合わせて、潤も首をかしげた。
    「私は私の、役をこなすだけよ」
     放たれた制約の弾丸が、今度はバスターピッグの後ろ足へと食い込む。
    「さあ、仕上げだ!」
     結城がナイフを構え、小型のバスターピッグの背後へと回り込む。
    「プッ……プギー!」
     振り返る間も与えずに、ナイフがバスターピッグの脳天を貫いた。
    「舞台に残ってるのは、あなただけよ」
     逢紗が残されたバスターピッグを睨み付ける。
     一瞬、怯み上がったバスターピッグの隙を突いて、蕨が刀を抜き、突き立てた。
    「わうっ! ……がうっ!!」
    「プギィィ!!」
     刺し込まれた刀を勢いよく引き抜くと、バスターピッグがその勢いで土に鼻をめり込ませた。
    「……ヘッドショット、エイム。――ファイア」
     ――ドォン。
     森に銃声がこだまする。
    「プギ……」
     ――ドスン。
     倒れたバスターピッグの脳天には、大穴が開いていた。
    「ふうっ……これでおじいちゃま達は大丈夫かしら」
     くるみがにっこりと微笑む。
    「おじいさん達の安全は確保されたけど、獲物、いるのかしら」
     逢紗が静かな森を見渡す。と、その時。すぐそこで草むらが揺れた。
    「わうっ!」
     蕨が身構え、草むらをじっと凝視する。
    「ふごっ」
     草むらの中から、茶色いイノシシが頭を出した。
    「ぷぎっ」「ふごっ」
     それに続いてウリ坊が飛び出す。
    「こいつら、ずっと隠れてたのか」
    「……バスターピッグなんて、目じゃありませんね」
     悠々と去るイノシシ達の背を、口が半開きのまま見送る。
    「フゴッ」「ぷぎっ」「ぷぎっ」
    「……生姜焼きにしたら、いけそうだな」
     誰かが小さく呟いた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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