呪われし秘境グンマ

    作者:るう

    ●武蔵坂学園、教室
    「皆さん、先日の戦争ではお疲れ様でした」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者たちを手短にねぎらった後、すぐに戦場から逃亡した六六六人衆らによる新たな事件を明らかにした。
    「群馬県の山中の一部が、突如、密林に覆われてしまったんです。それはグラン・ギニョールの戦場のひとつ『アガルタの口』に似ています……高温多湿の熱帯雨林の中には、多数の六六六人衆がいると予想されています」
     無論、これを見過ごすわけにはゆかない。密林の中を調査して、もし六六六人衆と出会うことがあれば灼滅してほしい……それが姫子が皆に頼みたい任務だ。
     ただ、密林内部の状況は、エクスブレインにも判らないようだった。どんな場所をどのように探索して、戦う相手を選べそうならばどんな敵と戦うか。全ては灼滅者たちの作戦にかかっており……その質と運次第で、敵の奇襲に成功する場合から、逆に奇襲されて危機に陥る場合まであるだろう。
     だから、姫子はこう注意した。
    「ですので……無理はしないでくださいね。今すぐにあまり深くを目指さなくても、安全な範囲を確実に調査してゆけば、いつかは必ず奥地を調査して、元凶を灼滅できるようになるわけですから」
     それと、もうひとつ。
    「かといって、浅いからといって別行動して探索範囲を広げるのも、避けてくださいね。その状態で六六六人衆に奇襲を受ければ……きっと、タダでは済まないでしょう」


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    花藤・焔(戦神斬姫・d01510)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)
    閖神・宵帝(硝子檻・d05697)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)
    楯無・聖羅(冷厳たる魔刃・d33961)

    ■リプレイ

    ●密林探検
     音もなく、鬱蒼とした木々が左右に割れた。枝同士を握って離さぬ蔦すらも、この時ばかりは角を折る。
     密林に現れたトンネルの中で、エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)はポーズを決めるようにターンした。小悪魔めいた暗赤色のボロボロの翼を、うきうきと大きく広げながら。それから道端の可愛らしい巨大キノコに、親愛のハグをしてみせながら。
     それは、森への礼賛であった。そして、そんな彼女ほど感情を全身で表現することはなくとも、『秘境探検』という言葉に高揚している自分を、閖神・宵帝(硝子檻・d05697)も感じている。
    (「気になるよな……群馬には何があるんだろうか」)
     思わず、一昔前に流行った未開の地群馬ネタを思い出す。敵は、何故この地を選んだのだろうか? そして、この地で何をしようとしているのだろうか?
     鬱蒼とした天蓋を作る木々。そのせいで先は見通せぬものの、今のところ辺りの大まかな地形は、地図とはあまり変わらないようだ。
     が、かといって安心してはいられぬと、宵帝はしっかりと気を引き締めた。
     何故なら……ここは六六六人衆の森。この先に、いかなる危険が待ち構えているとも限らぬのだから。
     辺りを見回している花藤・焔(戦神斬姫・d01510)の両の目も、決して好奇心のために彷徨っているわけではなかった。
     秘境という言葉に含まれる魅惑。それは確かに彼女の心を揺り動かしているけれど、しきりに動く目はそれでなく、どこから現れるか判らぬ敵への警戒のため。ここは灼滅者たちにとっては土地勘のない、木々のせいで視界も劣悪な場所なのだ。
     それでも背負ってきた装備と食料が、焔を安心させてはくれた。『スーパーGPS』だって地図上に、自分たちの位置を表示し続けている――その地図で確実に意味を持つと言えるのが、たとえ入口までの距離と方角だけだとしても。

     その通り、全ては変質を遂げていた。
    (「この冷え始める時期に、熱帯は魅力的だよな」)
     慎重に足を進めながら思った刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)だったが……それはむせ返るような暑さを忘れるために、自分を騙しているのかもしれない。もっとも、そんなことをしなくとも、彼には暑さなど気にしていられない思索があろう。
    (「やはり、密林化にはアフリカンパンサーが関係しているのだろうか。いずれにせよ、どこかに、核になる何かがあるに違いないが……」)
     彼がそんな考察をしている一方で、焔月・勇真(フレイムエッジ・d04172)は、竜種イフリートとの戦いを思い出していた。
    (「あの時は原始の王国だったけど、今回は想像以上に野生の王国だな」)
     つんざくような鳴き声を上げて羽ばたく極彩色の鳥は、どこへ飛び去ろうとしているのだろうか? 遠くから聞こえる雄叫びは、果たして何が吼えている声だろう?
     だがいずれも、原始の力を持つ竜種の時とは違う。彼が竜種と出会ったのも群馬の山奥の洞窟ではあったが……竜種はその後、滅びたのだから。
    (「つまり、あの時はあの時、今回は今回だ」)
     時折、後ろに伸びる『赤い糸』を振り返りながら進む。大丈夫、帰り道はいまだ途切れていない……。

    ●未開地の住人
     最初は楽しく思えた探検であっても、しばらく時間が経ったなら、段々と苦痛へと変わってゆくものだ。
     神経をすり減らすほどの警戒を、暑さと行軍の疲れの中でも維持せねばならない……もしも敵がそこまで計算ずくで密林に篭もったのだとすれば、人間の弱点を突いてくる厄介な輩と言えよう。
    (「敵ながら、戦術の才はあるようだな」)
     楯無・聖羅(冷厳たる魔刃・d33961)の闘争心が、ドーター・マリアの手腕を想像して静かに燃え上がった。これから会うことになる敵も、地の利を活用してくるのだろうか……だが、相手がいかに狡猾であっても、それを上回ってやればいいだけだ。
     今の聖羅の姿は蛇。はて、敵は彼女に気づけるのだろうか?
     そんな時……ふと、迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)は何かを感じた。即座に真剣な表情を作りつつ、先頭のエメラルの肩に手を乗せる。
    (「なんや、おるかもしれへんな」)
     仲間へと伝達する声なき声は、敵がまだこちらに気づいていなければ、敵に知られることなく警戒を指示できる。が、逆に敵に気づかれた後であったなら……全員に順番に言葉を伝えるタイムラグが、逆に命取りになるかもしれぬ。
    (「まだ、どちらとも判らへんなぁ」)
     だから、炎次郎は石弓・矧(狂刃・d00299)にも触れる。すぐさま矧の眼鏡の下で、瞳が後方や頭上を中心に敵の姿を走査した。
    「樹上です……枝の上に、禍々しい仮面を被った何者かがいます」
    「ホ、ホ、オホー!!」
     直後、敵――骨と木と蔦で作ったような槍を下に向けて構えた男の姿! 羽根とペイントで彩られた仮面と、威圧的な縞模様の全身刺青を見せつけながら、彼は奇妙な鬨の声を上げて飛び降りてくる……そして矧の広げた盾が、槍の威力を受け止める!
    「ですが……不意打ちさえ防げればこちらのものです。死角を狙ってくるだろうと予想していれば、頭上から来られようとも怖くはありません」
    「ホホー! オマエタチ、センシ、ツヨイ」
     弾かれるように宙返りして地上の下草の上に降り立った敵は、彼に先制攻撃を許さなかった灼滅者たちを片言で称えた。敵の健闘に敬意を示すとは、さぞかし名誉ある戦士のつもりなのだろう……その潔さは渡里にアンブレイカブルを想起させるが、その割に不意打ちという卑怯な手も取るのが彼の六六六人衆たる所以だ。
    (「それでこそ六六六人衆……ってところか。『隠された森の小路』で奇襲の足場となる枝が遠ざかっていたのも、オレ達には上手い具合に働いたな」)
     そして渡里の鋼糸が敵を切り裂かんとする。敵は踊るように身を捻り、目に見えぬ斬撃を躱そうとするが……それを妨げるように上から落ちてくるものがひとつ!
    「このお面の縞々は……シマウマ!」
     勢いよく飛びついてきたエメラルは、しばらく仮面に抱きついた後で振り落とされた。
    「ホ、ホー!」
     その後、ようやく回避行動に移った戦士だが、刺青がざっくりと幾つもの筋に乱される。余計な真似をされなければ鋼糸を避けていたものを……仮面の下の瞳が憎々しげに歪んだにもかかわらず、当の少女は楽しげに、彼に友達にでも見せるような笑顔を向けている。
    「ホ……ホ?」
     戦士が困惑していた様子が、宵帝にはよく伝わってきた。
    (「なるほど、エメラルは馬の被り物の軍人がいないかと探していたものな。シマウマ仮面の戦士なら、当たらずといえども遠からず……か」)
     自分としては全く予想通りの敵だったから気にしなかったが、そう考えれば彼女の行動も納得。気を取り直した敵がはしゃぐ仲間を狙えぬように、曲撃ちの矢にて足を攻めて立てやろう。奇襲できればより良かったのだが、敵地で奇襲を防げているなら十分に上等だ!
    「ホホーッ!!」
     激しく槍を振る戦士! が、そんなことで怯えると思われちゃ、勇真としては堪らない。
    「お前が強い戦士だってことは解ったが……オレにはこいつも、仲間もいるからな!」
     突撃する愛機『エイティエイト』に跨って、白き刃にて横薙ぎにする。その剣技は攻防一体で、戦士は迎撃すらままならない。
    「どんなもんだ!」
     駆け抜けたライドキャリバーを振り返る余裕は、戦士には許されていなかった。続いて攻め立てる焔からの布帯が、さらに幾度も敵に突き刺さるがゆえに。
    「ホ、ホーッ! オマエタチ、ツヨイ! デモ、オレ、ツヨイ、モット!!」
     仕方なく、無理やり帯を引き抜いた戦士。彼は、目の前の敵に石製ナイフを投げつける。
     が……。
    「危ないですね……」
     焔は一切動じなかった。何故ならナイフは彼女の目の前で止まり、矧の手が刃を掴みとっているからだ。
    「これくらいでは、まだ、大して騒ぎ立てるほどではないな」
     仮面の目を凝視しての矧の一言が、本心か、痩せ我慢かは判らない。ただひとつ言えることは……彼は、灼滅者たちはここで負けるつもりなどない!

    ●局地戦
     互いに飛び交うナイフや矢。ぐるぐると回転して吹き飛んでいった戦士がその先の木の幹を蹴り、逆にくり出された槍が炎次郎の腕に刺さる。
     直後、熱く眩く燃え上がる腕。焼失した槍を手放して、予備の槍に手を伸ばすのも間に合わず、炎は炎次郎の腕から離れ、戦士の腕にまで遡ってゆく。
    「痛いなぁ。流石は六六六人衆の戦士や」
     腕の傷を霊犬の『ミナカタ』に看せながら、彼は気分が高揚して踊る敵に目を遣った。そして、その踊りは聖羅の大型狙撃銃の銃口も、炎次郎と同じように見つめている。
    「……だが、所詮はあくまでも個人の才覚だ」
     次の瞬間、銃は怒涛の光を浴びせかけた。
    「同じ密林に潜む敵でも、正規軍人に訓練を受けたゲリラなら、もっと遣りにくい相手だっただろうに。なのに、何故……貴様は仮面と槍で戦っている? ここで、何を企んでいる? まさか、文字通りのサバイバルゲームではあるまいに……」
     けれど、戦士は答えない。まるで、自分は現代日本に住んだことなど決してなく、生まれつきこの群馬の密林にいたのだと言うように!
    「ホー、ホー、ホー!」
     再び、投げナイフ!
    「その程度、大したものではありません」
     次の攻撃は今度こそ焔を刺し貫いたものの、その違いも焔の大剣を止めるには至らない。
    「斬り潰します」
     無様に大地に身を転がした戦士は、ともすれば彼を処刑しえた一撃から辛うじて逃げ果せた。
    「ホホー!」
     戦士が勝利の雄叫びを上げた直後……ずきりと、焔に刺さったナイフが疼く。
    「今のは毒だな。ほら、『サフィア』」
     顔をしかめた焔に気づき、渡里が霊犬に治療を命じた。彼女が今折った傷に関しては、それで治療済みになる程度の簡単なものだろう。
     それでは……このまま怒涛の反撃とゆこう。渡里が指先を細かに震わせたなら、鋼糸がそれに合わせて絶妙に動く。先端が戦士の皮膚の傷に潜りこみ、内側から彼の刺青を斬り刻んだならば……そこへとエメラルがまた飛びついてゆく!
    「なんだか、魔法の力が消えかけてるの!」
     少女の全身から膨大な魔力が噴き出して、戦士は彼女の手の中から吹き飛ばされた。これで魔力が入ったかな、と嬉しそうなエメラルではあったが、戦士は彼女に魔力を補給されたどころか、幾つもの場所で肌が無残に剥がれ落ち、過剰の魔力に耐え切れなかった様子をありありと見せる。
    「刺青の模様にこの森の秘密が隠されてるんじゃないかと思っていたが……ようやく、その正体が判ったぜ!」
     敵の様子を窺いながら、合点がいったと勇真が手を叩いた。
    「秘密とは、密林に関することでも何でもなく……お前の力はこの刺青の魔力あってこそのものだってことだ!!」
     ならば、刺青をズタボロにしてしまえば勝てる! 彼もまた武器を鋼糸に持ち替えて、エイティエイトで敵の周囲を回りながらそれを敵へと巻きつけてゆく。一挙に炎が戦士の体に回り、素早さも、身の守りも幾分減って、次なる矧の攻撃を避けきれなくなってゆく。
    「なるほど。私からも呪紋を断ち切っておきましょう」
     こちらも戦士の刺青に、回転するチェーン刃の力にて灼滅者たちの灼滅の意志を刻み込んだ。また一段彼は弱くなり、木の根に足を取られてよろめいている。
    「が……槍捌きだけはいまだ健在のようですね。ですが……」
     矧が何かを言いかけた途端……戦士が聞くだけで身も竦むような悲鳴を上げる!
    「ホ、ホ、ホーーー!?」
    「ようやく、いい声出してくれましたなぁ」
     戦士の刺青についた傷で蠢く小さな影は、ゆっくりと彼に歩み寄る炎次郎の足元の影と、同じタイミングで揺れていた。
    「そっと仕込んどいた甲斐がありましたわ。次は……『我が肉体、我が血、我を追従し、取りて食せよ』」
     指先からブードゥーの神の加護が放たれる。
    「できれば、もう少し情報を聞き出したかったところだが……」
     宵帝の弓も引き絞られて、仮面の頬を大きく砕いた。
    「この調子では、訊いたところで答えてはくれないそうにないか」
    「もう一度訊く。少しでも寿命を永らえたければ、貴様らが何を企んでるか言え」
     聖羅が銃を額に突きつけて最後通牒を迫る。
     ……すると。
    「ホ、ホー! オレ、オマエ、コロス! オレ、イキル!!」
     構わず、槍を突き出す戦士!
     自身の脇腹から敵の手へと流れてゆく赤い流れを、聖羅は残念そうに見下ろした。それから、何事もなかったかのように。
    「覚えておけ。貴様らが目的を隠し通すというのなら構わんが……この場所が我らの目に留まった以上、貴様らに安息の場所など無い」
     そして灼滅者たちが同時に動き、主を喪った仮面が空を舞う。

    ●密林の秘密は何処に
    「聖羅……痛くて、可哀想なの!」
     ぎゅっと聖羅に抱きついたエメラルを、聖羅は戸惑ったように撫で返した。
    「お疲れさま。とりあえずは、これで1体か」
     それを労う宵帝だけれど、あまり長い間休んではいられない。
    「特に……六六六人衆を倒したからといって密林に変化があるわけでもなさそうか。果たして、このまま先に進むべきか、それとも一旦戻っておくべきか……」
    「俺は、もう少しくらいならいけるかもしれへんね。けれど、初っ端から無理しても仕方ないんとちゃうか?」
     まさに炎次郎の言葉のとおりだ。次も同じ強さならいいかもしれないが、そうでなかった場合を考えれば危険は冒せない。
    「そうだな。ここで倒れるわけにはいかねえからな!」
     調査を進めてゆけばいつか何とかなると、勇真は自信をもって胸を叩いた。矧も同意して頷いて曰く。
    「せいぜい、帰りはゆっくりと情報を集めるくらいでしょうか? その間の警戒はしておきましょう」
    「戦闘音は、オレが周囲に洩れないよう遮断しておいた。誰かに聞きつけられている心配もない……そうだな、後からでも何かに気づくかもしれないし、何かあれば写真は多めに撮っておこう」
     渡里が携帯を取り出して、いつでも撮影できる準備をすると、エメラルも真似して撮り始める。
    「それから地図も作っておけば、きっと、次のための資料になるの! みんなでいろいろ書くと楽しそうなの!」
     もっとも……何の変哲もない群馬が突如密林化したことを考えれば、密林が、次に来る時まで同じ姿であるとは言い切れないのだが。
    「だとしても、何も判らない今は、可能なことは全てしておくのがいいな」
     宵帝も、警戒しながら帰路に着く。そして焔も。
    「ここは、このまま放置するには危なすぎますからね」
     彼女の想像以上に奇妙なことになっていた、この森の行く末に警戒しながら。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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