世界救済タワー決戦～あの巨星、厄災につき

■リプレイ

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　山中にそびえたつ世界救済タワーは、きな臭い空気に包まれていた。
　木々を分け、やっと全貌が明らかになったその建物の前にいたのは、先の戦争で敗走した六六六人衆の群れ。
「あの人はあの中にいるんですね」
　険しい表情の秋山・清美（お茶汲み委員長・d15451）が思い浮かべるあの人とは、マンチェスター・ハンマー。
　彼女は世界救済タワーを制圧し、スサノオの姫・ナミダの来訪を待っている。
（「マンチェスター・ハンマーに聞きたい事があるのですが……」）
　だけど今回は、私は自分が出来る事をする。
「嫌がらせをしてくるとは思ってたけど、まさかこんなんだとはねー。ちょっと嫌らしすぎるね！」
　お気楽に明るく言ってみるけど、陽乃下・鳳花（流れ者・d33801）の心中は穏やかではない。
　マンチェスター・ハンマーの目論みを潰せるのは、自分たちしかいないなら……。
「さぁ、頑張ろう」
　と拳を握り頷けば、ウイングキャットの猫もこくりと頷いた。
「なんだっけ、あの乳出てる奴……まぁいいや」
　敵の情報などアタマにはない。とりあえずそいつを倒せばいいんだろ。と影道・惡人（シャドウアクト・d00898）は行く先を見据え。
「それじゃ、いかせてもらうっすよ」
　アプリコーゼ・トルテ（三下わんこ純情派・d00684）の掛け声とともに駆けだした灼滅者たち。
　彼らを迎え撃つのは、マントの下に千の刃を隠すサウザンドブレイドと、つば広帽に胸元が開いたドレスが麗しい薔薇の貴婦人。
「お出ましだね、灼滅者！」
　挑発的に嗤うサウザンドブレイドがマントを翻すと、見えたのは無数の刃物。牽制にと投げた刃物が次々と攻撃手と守り手の身体に血の線を引き。
「マンチェスター様には指一本触れさせんのじゃよ」
　対して、優雅に極彩色の花が咲き乱れるドレスを翻す薔薇の貴婦人。あたりに充満する強烈な香りは、甘い甘い薔薇。
「……っ」
　咽返る香りに思わず眉を顰めたアンカー・バールフリット（シュテルンリープハーバー・d01153）。明鏡・止水（大学生シャドウハンター・d07017）も虚ろな瞳に嫌気を覗かせる。
　惡人は砂埃を上げて立ち止まると、敵二体を交互に見た。
「サウなんとか……倒せりゃどっちでもいいけど」
　ガチャンと派手な音を響かせてトリガーを引けば、連射された弾は二択通りサウザンドブレイドに命中し蜂の巣にしてゆく。
「みなさんそのまま走ってください！」
　結島・静菜（清濁のそよぎ・d02781）は、走りながら交通標識のサインを黄色に染めて攻撃手と守り手の傷を癒すと、ナノナノのサムワイズを伴った清美が、先の攻撃で吹き出した炎を得物に宿し。
「やああああっ！」
　サウザンドブレイドを殴りつけて炎を叩きつけると、サムワイズは薔薇の貴婦人目がけてシャボン玉を発射させた。
　月村・アヅマ（風刃・d13869）は腕を大きく膨らませ、その異形の拳で炎を振り払うサウザンドブレイドを殴りつけた。
　敵軍からちょっと距離を取って立ち止まったアプリコーゼはカミの力を自身におろすと、可愛いしぐさで激しく渦巻く風の刃を生み出して薔薇の貴婦人を薙ぐ。
　この戦線を突破してマンチェスター・ハンマーと戦う者は、攻めて無傷で送り出したい。
　敵前で立ち止まった鳳花が縛霊手の指先に集めた霊力を放出すると、猫もリングを光らせせた。済辰の癒しの力は止水の傷を消してゆく。
　アンカーも敵を包囲する位置取りで足を止めると、腰に巻いていたベルトでアヅマの傷を癒し守り。
「指示は戦線維持だけど、別に倒しちゃっても構わないんだよね？」
　って、盛大なフラグかな？　と自信満々に笑んで見せた。
　この戦線を突破する仲間と同じく敵と距離を取った止水は、小光輪を清美に飛ばして彼女の守りを固める。
　足止め組が敵二体を囲み、突破組は敵と少し距離を置いて纏まらないように位置取る。
　これで突破までの布陣は固まった。あとは『その時』まで気を緩めずに戦うのみ。

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　一刻も早くアプリコーゼと惡人、そして止水をマンチェスターハンマーの元へ送り出すため、足止め組はなるべく狭い範囲で敵を囲い込む。
「邪魔な奴らじゃ」
　顔色一つ変えずに薔薇の貴婦人が鋏を打ち鳴らし、アンカーに切りかかった。
　攻撃を交わし切れずに侵されるがアンカーは自分への回復を待った。突破組が動き出してもおかしくない頃合いだったからだ。
「そろそろか」
　呟いた惡人はちらと同じ突破組に目配せすると、止水と目が合う。
　止水は二人と行動を合わせるべく、いつだれが駆けだしても同時に走り込める心づもりだ。
「……んじゃゴー」
　惡人が声を発し、突破組が三方それぞれから駆けだした。
　が。
「え、今っすか！」
　アプリコーゼが後れを取った。仲間とのタイミングを重視せず、敵の動きを注視していたためだ。
「よしっ、隙ありです！」
　この突破は陽動であると思わせるため静菜が声を上げれば、
「今だよ！」
　鳳花の声を合図に、阻止のため残る者が一斉に攻撃を放つ。
　手の甲のコインからシールドを展開させて、アヅマがサウサンドブレイドを殴りつけると、清美とサムワイズが炎を纏わせた蹴り込みとシャボン玉を放った。
　同時に薔薇の貴婦人を標的に静菜がベルトを噴射すればアンカーも影の触手を放ち、縛霊手で思い切りぶん殴った鳳花の後は、猫も肉球パンチ。
　一斉攻撃が終わった頃、敵の姿は地上にはなかった。近く顔面まで向かって殴りつけた感触はあったのに。
「こんなバレバレな作戦なんかに、だれが引っかかるかよ。バーカ！」
　砂地に血痕と散る花を残し。
　サウザンドブレイドは駆け出しが遅れたアプリコーゼを素早い斬撃で斬り刻むと、次の瞬間には惡人に刃を向けて立ちはだかっていた。
「……チッ」
　思わぬ形の足止めに惡人の足が止まり、思わず舌を打つ。
　せめて一人でも――。
　祈りはすぐに断たれ、薔薇の貴婦人も止水の前に優雅に降り立ち鋏をぎらつかせた。
「……っ」
　止水は、とろんとした目に似合わず、眉間にほんの少しの皺を寄せた。
　突破とほぼ同時に一斉に攻撃し、敵の動きを阻害する作戦は正しかったと言えよう。
　だが突破組の他とは明らかに違う、敵と距離を置いて散らばる布陣は『わたしたちは怪しい動きをしますので注意していてください』とわざわざ教えてしまっているようなもの。
「貴方がたは言葉を使わないと相手と息も合わせられないのですかえ？　まぁ、言葉があっても合っていませんでしたけども」
　薔薇の貴婦人は口元に手を当て、嘲笑った。
　駆け出す際に誰にでもわかる合図を使った。なのに駆け出すタイミングが合わなかった。それが敵に突破を阻止される結果に結びついてしまったのだ。
「こんな感じでやればうまく突破できそうって思ったのかえ？　アタシ達を甘く見て貰っては困りますえ」
　ある意味、マンチェスター・ハンマー陣営も背水の陣だ。
「うわあん、ごめんなさいっすー」
　三人が走り出すタイミングさえ合っていれば。他の穴はカバーできたかもしれない。
　アプリコーゼが涙をみせると、すぐさま静菜が突破時に攻撃で受けた傷を小光輪で回復する。
「謝ることはありません。なので絶対に次で抜けてください」
　この出来事が比較的早い段階でのことだったのは唯一の救いであっただろう。もし、突破目安ギリギリでのことだったら、突破はほぼ困難であっただろう。
「はっ、まだ諦めてないのかい。行かせないよ！」
　サウザンドブレイドが剣を構えなおした一瞬の隙。
「サム！」
　清美の号令でサムワイズが竜巻を起こし一瞬の隙を作る。間髪入れずに得物に炎を宿した清美が、サウザンドブレイドと惡人との間に割り込んだ。
　その援護にとアンカーは、刀を振り下ろして薔薇の貴婦人を叩き切る。
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
　言ってみたかっただけの芝居を打ち、お道化るアンカーに集まった注目の中。
「今です、行ってください！」
　叫んだアヅマは、星の如き重さと煌きを宿した跳び蹴りをサウザンドブレイドに喰らわせ吹き飛ばした。
　その隙に惡人と止水、そしてアプリコーゼはタワー内部に向けて、再び走り出した。
「皆、すまない。そっちも無理するなよ」
「行かせない！」
「ええ、いかせませんえ」
　止水の声を掻き消して。剥き出しの敵意を隠すこともせずに起き上がり、すぐに三人の背を追うサウザンドブレイド。続く薔薇の貴婦人もそれぞれ三人を止めようと技を繰り出すが。
「行かせないはこっちのセリフ。ボクらを倒してからだ！！」
　その間に割って入ったのは鳳花と猫。それぞれ敵からの攻撃を庇い、カウンターとばかりに伸ばした影の触手と猫魔法で牽制。
　上がった砂埃が晴れたころには、タワーに向かった三人の姿はもうなかった。
　イレギュラーなことが起りはしたが、突破組は何とかマンチェスター・ハンマーの元へ向こうことができ、足止め組は彼らを送りだすことができたのだった。

●
　世界救済タワーでの戦闘音が響いてくる。
　一方の足止め組。守りと回復を重視した布陣は確実に功を奏していた。現に、突破組を送り出してしばらく断つが、倒れたのは鳳花のサーヴァントの猫だけ。
　だが、三人送り出したことによる影響は大きかった。戦力の低下は明らか、敵の攻撃は徐々に足止め組の灼滅者を追いつめてゆく。
「アンカーさん、回復しますね！」
　標識を黄色に光らせて静菜がアンカーを癒すと、アンカーの蝕まれていた身体が浄化された。残った傷は鳳花が縛霊手の霊力で癒し、アンカーは小さく安堵の息をつく。
「ありがとう静菜君、鳳花くん。助かったよ」
　薔薇の貴婦人による毒の攻撃は耐性を持つものでもかなりのダメージであるし、灼滅者たちが集中攻撃を浴びせているサウザンドブレイドの一撃一撃はとても重く、回復を施しても癒しきれる傷のすべてを癒すのは困難であった。
「それでも、あなた達を行かせるわけにはいかないんです！」
　清美が足元の燃える炎と共に激しい蹴りを喰らわせる。
　タワーの中では仲間たちがマンチェスター・ハンマーと死闘を繰り広げている。ここで自分たちが負ければ、この敵は援軍となり仲間たちを脅かす。
　一体たりとも此処を通すわけにはいかないのだ。
「アナタ達を倒せばいいだけですえ」
　薔薇の貴婦人は、静菜に微笑みを向けた。癒し手を強烈に甘い香りが襲う。
「通さない！」
「っ」
　静菜の息を呑む音よりも鳳花が飛び出して攻撃を受け止める。
「鳳花さん……！」
「……あ、これ……っ」
　思ったより身体に応えたのは、鳳花の身体が限界に達していたから。
　膝をつき倒れた鳳花の脇を、シールドを広げたアヅマが駆ける。
　この耐久戦、いつ誰が倒れてもおかしくはない。次は自分である可能性は十分にあり得る。
　だけど、諦めるわけにはいかない。
　咆哮を上げてサウザンドブレイドに襲い掛かれば、腕には確かな殴打感。
　サウザンドブレイドは砂地に自らの血を追ってアヅマを睨み付け、
「……上等じゃねぇか！！」
　吠えると刃を縦横無尽に振りかざす。キレたのだ。
　斬り刻まれアヅマの鮮血が飛ぶと、
「ナノー！」
　サムワイズはふわふわハートで彼を支えると、清美は炎の翼を顕現させて守り手に不死鳥の癒しと破魔の力を授けた。
　サウザンドブレイドがキレたということは少なくとも奴が戦場を離れる時、すなわち灼滅者の敗走を意味する。
「ならば、こちらもこの場を死守しなければならないね」
　アンカーは妖気を纏う槍をくるりと構えて穂の先に氷柱を生み出すと、サウザンドブレイド目がけて打ち出した。
　氷柱は鳩尾に刺さると、奴の身体を一気に包んでゆく。
「ぐっ……！」
　サウザンドブレイドの切羽詰まった表情は、追いつめられている証拠。脂汗が血と一緒に滴り落ちる。
「……アタシがここで、やられるかよ！！」
　苦し紛れに投げた無数の刃はアンカーを貫かんとする。だけど咄嗟に清美が前に出て、そのすべてを受け止めた。
「清美君！」
「……っ……」
　揺れる視界に、もう立ってはいられないことを悟る清美。
「サム、後は……」
　続きの言葉は途絶えたまま。サムワイズはひと鳴き、つぶらな瞳で前を見据えた。
「これは一矢報いねばならないな」
　アンカーは日本刀を構えて跳びあがり、上段から刀の重さに任せて振り下ろすと、サウザンドブレイドの頬から胸にかけてがぱっくりと開いた。
「ぁっ……」
　撃破まであと一撃。
　と思った矢先、ジャキンと鋏の音が響き。どさりと倒れたのはアンカー。その向こうには鋏を構えた薔薇の貴婦人。
「……！」
　回復を施そうと動くアヅマと静菜。だがアンカーは手のひらを見せてそれを阻止し、そのまま意識を手放した。
　攻撃を……。
　その意思に静菜は頷いた。そして交通標識を赤く灯らせてサウザンドブレイドを殴りつけると、サムワイズもシャボン玉を放った。
　倒れた仲間の分まで力を込めて。脚に力を籠めればローラーの摩擦で生み出された炎。「これでとどめだ、サウザンドブレイド！！」
　アヅマはその炎をサウザンドブレイドに蹴りだした。
「あ、ああ……っ！！」
　燃え盛る炎に焼かれ、サウザンドブレイドは刀一本も残さずに塵となり消えてゆく。
　その炎の向こう。薔薇の貴婦人は見方が倒されたというのに頬笑みを浮かべたまま。まだ余裕であるということだろう。
「……静菜先輩、回復はお願いします。耐えられるところまで耐え、阻止できるところまで阻止しましょう」
「……えぇ」
　アヅマがつぶやくと、静菜が強く頷いた。
　自身の腕を大きく膨らましたアヅマ薔薇の貴婦人を殴りつけると、吹き飛ばされる薔薇の貴婦人。
　守り手として、後ろに攻撃は通さない。
　静菜は分裂させた小光輪で、サムワイズはハートでアヅマを癒し、守る。
　癒し手として、絶対に倒させない。
　体勢を立て直した薔薇の貴婦人は紅茶をひと飲みし、自身の傷を癒すと。
「安心するのじゃ、すぐに倒してあげますえ」
　と不敵に笑んだ。
　その時。
　騒がしかった世界救済タワーの戦闘音がなくなり、薔薇の貴婦人がふとタワーを見上げた。
「……スサノオが来た様じゃな……」
　喜ぶでも悲しむでもなく、灼滅者には一瞥もくれず。敗れたドレスを翻して撤退してゆく薔薇の貴婦人。
　静菜とアヅマはその背を見送り、撤退の準備を始めた。
　少し離れた場所で休めば、鳳花と清美、アンカーもそのうち目を覚ますだろう。

　だけどただ、いまは。
　突破していった仲間から朗報がもたらされるのを、願わずにはいられなかった。

作者：朝比奈万理	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年10月20日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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