ドゥ・イット・ユアセルフ

    作者:夕狩こあら

    「面倒なバリ取り、面取りがこれ一台でラクラク……」
     個人の人格が尊重されるこの社会で、自由が制限されるなどあってなるものか。
     個人が個人の行動を妨げるなど、あってなるものか。
    「コードを気にせず作業に集中できる充電式……」
     まして、ましてだ。
     自転車の通行を妨げ、たかだか数人のチビどもの横断を許すなど。
     黄色い旗を持っただけで、そんな暴挙がまかり通るなど!!
    「ぬぎぎぎぎぎぎ……っっ……っ……嗚呼、そうか」
     ――ドゥ・イット・ユアセルフ。
    「このグラインダーを使えば、あの手旗ジジイをブッ殺せるのか」
     横断歩道でデカい顔をしているジジイ。
     黄色い旗で車両の往来を遮り、正義を振りかざす死に遅れ――奴に死を与えるのは、自分以外にあってはならぬこと。
    「これは自分でやらないといけない事なんだ」
     さぁ行こう。
     ジジイは帰りも『あの場所』に立つ。
     奴が通行を守ったチビどもの前で、ズタズタに殺ってやろうではないか!!

    「この男――トビタ・ゼンジは、ホームセンターの工具売場でブツブツ何かを呟いていたところ、ディスクグラインダーを手に『ドゥイットユアセルフ!』と叫んだそうッス」
     ――D(ドゥ)・I(イット)・Y(ユアセルフ)。
     この言葉に不穏なものを感じるのは、先の『グラン・ギニョール戦争』で撤退した、六六六人衆の序列第四位、ジョン・スミスを知る灼滅者だけであろう。
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)の言を聴いた彼等は眉根を寄せて、
    「スタッフも客も居たろうに、衆人環視の中、犯行を宣言したのか?」
    「トビタはこの店で闇堕ちし、そのまま標的を殺す為に移動を始めたと思われるッス」
    「……なんてこと」
     闇堕ちして六六六人衆となったトビタは、殺戮工具と化したディスクグラインダーを手に、闇堕ち前に憎んでいた人間を殺す為に活動を開始する。
    「奴の標的は、朝夕に通学路で小学生の横断を見守る町内会メンバー、田所さんッス」
    「田所さん、なんも悪くねーだろ」
    「自転車を止められた……そんな些細な事で恨みを持つような人間ッス。元から一般常識と掛け離れた思考だった可能性は高めっすね」
     闇堕ちする素質があったか――それは分からないが、トビタがジョン・スミスの影響で殺人を犯すのは間違いない。
    「灼滅者の兄貴と姉御には、この罪なき一般人を守る為、トビタを灼滅してきて欲しいんス」
    「蒔かれた種を摘むってところだな」
    「うす!」
     ノビルはこっくりと頷いた。
    「堕ちたてホヤホヤのトビタは、六六六人衆らしい殺人技巧と、商品説明をよく読んで気に入ったらしいディスクグラインダーを武器に、田所さんを狙ってくるッス」
     この電動工具は、闇堕ちして姿を変えた本人と共に変形し、両腕に装備されている。
     外見といい、攻守に優れた性能といい、断罪輪に似ているようだが……、
    「トビタは数ある工具から選んだだけあって武器に拘りがあるようなんで、その方向性で挑発できれば、田所さんを殺すより兄貴らとの戦いに乗ってくるかもしれないッスよ」
    「……成程ね」
     灼滅者達は、ノビルが用意した工具カタログを見ながら頷く。
    「第一の目的は闇堕ち六六六人衆の灼滅っす。死傷者が出てもおかしくない闘いになりそうなんで、一般人の救出に関しては冷静な見極めが必要っすね」
     ジョン・スミスの影響を見る芽を確実に潰す為に――。
     ノビルはやや緊張した面持ちで「ご武運を!」と敬礼を捧げた。


    参加者
    花檻・伊織(蒼瞑・d01455)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    村山・一途(回想機関・d04649)
    栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)
    貴夏・葉月(勝利と希望の闇中輝華イヴ・d34472)
    長篠・殺識(混沌迷宮・d37682)

    ■リプレイ


     これは個の尊厳を獲得する為の殺戮だ。
     傲慢なる社会に鉄槌を振い落す最初の日だ。
    「ドゥ・イット・ユアセルフ!」
     声高らかに、指はベルを弾いた儘――傾斜の緩い坂道を錆びたブレーキ音を連れて下った狂気は、訝しげな視線を繋ぐ男の黄色い手旗を視るや、スイッチを入れた。
    「レッツ、DIY!!」
     ギィィィイイイイイ!!
    「な、なん、何……っ」
     不穏な駆動音に恐怖する男を見て、ニタリ、喜悦する。
    「今こそ愚者の皮を剥ぎ、肉を削り、骨を切断する!」
    「うっうああ嗚呼!!」
     鋭刃の超速回転が悲鳴を掻き消した、刹那――、
    「使用上の注意をよく読まれた筈です。それは人に向けるものではないと」
    「ぬあっ!?」
     戦ぐは栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)の凛然か、紫電迸る拳閃が軌道を逸らし、禍き刃の旋廻を傍の電柱に咬ませる。
    「ンだァ、小娘が!」
     虚しく無機物を削った邪が睨める先――可憐の立ち位置は至当。
     その背の向こうには、学校帰りの小学生が接近しており、
    「田所さーん、ただい……なにアレ!」
    「ふ、不審者だー!!」
    「殺されちゃう!」
     俄に騒然とする下校路に、刻下、冷静を失わぬ少年が一声を放った。
     声主は、児童に紛れるに違和ない長篠・殺識(混沌迷宮・d37682)。
    「ちびっこ110番の家に避難しよう、僕について来て!」
    「う、うん!」
     パニック時こそ仲間意識は大きな力となろう、彼は示す指先に避難方向を与え、事前に調べた安全圏へと集団を導く。
     目下の標的である男性への対応も優秀、
    「田所さん、子供たちを守る為に彼等と同行を」
    「ふぇっ、お、おおう!」
     無力を訴えるでなく使命を与える村山・一途(回想機関・d04649)の佳声は、殺戮工具の奇音に掻き消されることなく、逃げる背を押してやる。
     あまりの恐怖に座り込む小さき者には、花檻・伊織(蒼瞑・d01455)が手を差し伸べ、
    「ぶえぇぇんコワいい……」
    「立てるかな」
    「……ばぁい!」
    「うん、強い強い」
     おんぶに抱っこ、更に脇に抱えて五人を運べば、さぞかし怪力に映った事だろう。
     斯くも手際良い避難誘導が、トビタを不快にさせたのは言うまでもなく、
    「逃げるとは卑怯な! 向き合わんかい!」
     虐殺対象、及び陰惨を見届けるギャラリーを失うまいと動いた躯は、然し風峰・静(サイトハウンド・d28020)が引き抜いた交通標識に止められた。
    「はい、こちら一時停止になります! 児童の通行にご協力くださーい」
    「むむ!」
     イラッと甦るは黄色い手旗。
     只の待ち人に思われた彼はユルい笑顔で狂暴を遮り、逃げ行く足を殺気に急かして戻る事を許さぬ。
    「ぬぎぎぎ……こンの若造どもが!」
     更に腹立たしいのは彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)の白皙に滲む嫣然であろう、彼は改造グラインダーの雄々しき駆動を一笑に付し、
    「瘠せ犬ほど吼えるって事かな、囂しくて適わない」
     だからと言うのか、殺界と同時に展開されるサウンドシャッターが愈々男を苛立たせた。
    「ムキャー! 最強の殺戮具を瘠せ犬と言うか!」
     瞋恚に振り下ろされたディスクの猛回転は、貴夏・葉月(勝利と希望の闇中輝華イヴ・d34472)が従者、菫さんが霊撃に手折り、
    「ッ、ぬぅう!」
    「道具の便利を知っても、その扱いには長けていない、と――」
     彼女を使役する主こそ『道具』を知ろう、【紫縁】が届けた堅牢が創痍を許さない。
    「んンーッ! 切りたい削りたい屠りたい殺したいッ!!」
     これに舌打ちした男が吶喊すれば、全く予想外の――垂直方向より御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)が冴撃を連れて墜下し、
    「死を撒く者がやけに急く」
    「おおお!?」
     雨滴より疾く斬撃が染むや、彼が離れて均衡を手放した電柱が漸う傾く。
     先の鋭撃で躯を折り曲げた柱は、ブチブチと電線を切って迫り、
    「ならばその足で冥府に逝くがいい」
    「あ痛ァ!」
     ゴン、と――我が身を削った男に復讐を果たした。


    「ぐあああ我が覇道を阻む愚か者がァ!」
     トビタ・ゼンジは狭量で嫉妬深く、粘着質。
     それは電柱に道を塞がれた今も、標的が逃げた方向を睨み続ける執心から分かるが、灼滅者はこの偏屈ジイイを惹きつける要領をよく心得ている。
     綾奈が叫ぶ『良識』などは、彼が最も嫌悪する処だろう、
    「只でさえ使い方を守らなくては危ない道具です。素人が勝手に改造してはなりません!」
    「小娘がいっぱしの口を利きおる。其は数の暴力が作り上げた譎詐ぞ!」
     掌打と飛び込む【退魔の闘気】を要らぬ説教と両断した男は、二手に分れて爆ぜる衝撃を背に爪先を弾き、手旗ならぬ標識で挙措を妨げた怨敵・静に刃を振り下ろした。
    「世の虚妄を打ち砕き、自ら作り上げる。それがDIY!」
    「うわ、めっちゃ素早い」
     牙牙牙牙ッッッと耳を削る音に聖剣は角逐し、
    「無理しちゃダメだよおじいちゃん」
    「黙れ小僧!」
     大学生の気遣いと、御年八十の狂暴が熾烈な波動を衝き上げる。
     時に白焔は風躍る紅葉を渡って氷の楔を撃ち込み、
    「やはり老い木は曲がらぬか」
    「ふはは、儂は老い木でなし! 当らぬぞ、当らぬ……ぬわし!」
     神速の三次元機動に阿吽の呼吸で光矢を間に合わせる葉月は、嘆声こそ冷や水。
    「所詮、幾許か終焉が近いだけの有機体。興味が涌こう筈もない」
    「かァーッ、最近の若者は!」
     怒りが俊敏を鈍らせた瞬間には、一途が暗澹たる黒霧に囲繞して、
    「年寄りのヒステリーは見苦しいですよ。若者に軽んじられる自分を恥じては如何ですか」
    「くっ……息が、色々と苦しい……!」
     闇堕ちして脅威を得た筈の男を図星に殺す。
     伊織と殺識が戦場に戻ったのは、丁度トビタが皆々の老人扱いに狂った頃で、
    「手旗ジジイとガキどもを逃した大罪人め、キエエェェェエエ!!」
    「おや、そんなんだとご自慢の武器持ったまま転んじゃうよ? 足腰弱ってない?」
    「んばっ!」
     怨嗟が飛び掛った刹那、その足を【絆縁】の延伸に引っ掛けたさくらえがスライディング土下座に迎えを代わらせる。
     二人の殺人鬼は其を好餌と受け取り、
    「子供たちが横断する数分も待てないとは……後先短いからかしら」
    「心がせまいお爺さんは、闇堕ちする理由もみっともなーい」
     呪紋剣【青江】は飛燕と翻り、咎刻みの大鎌「十人十色」は死角を屠り――研鑽された鏖殺の技が両腕のディスクを砕いた。
    「っ、イチオシのダイヤモンドブレードが!」
     ほろと零れる刃に舌打った凶邪は歯噛むも束の間、
    「然しッ! 替え刃は豊富に取り揃えておるわぁ!」
     背に格納した交換用ディスクを射出し、法陣を構築すると共に天魔の力を得た。
    「どうよ、この万能感!」
    「えっ」
    「うわぁ」
     ジュークボックス型の格納庫が時代を感じさせよう、新たに装填される円盤の柄も古臭いレコードを思わせ、
    「感想を述べよ!」
    「話す事はない」
     元々戦闘中は言葉少なな白焔だが、これぞ冷徹。
     煌々と白む冴刃は精度を上げてキャスターたる俊敏を追い、彼と双対を為す鋭槍・綾奈もまた流派を辿らせぬ多彩な打撃技で敵を翻弄する。
    「鍛錬を重ねてきた私の技がこんなのに負ける筈がないし、負ける訳には行きません!」
    「こんなのって……絶対負かす! 絶対泣かす!」
     静は敵の矜持を煽る言も巧みに、
    「削り取る力なら僕のも負けてないんだよねぇ。ほらこの靴、格好良くない?」
    「いんや儂のが一番! 銘付きなぞ羨ましくもない!」
     音を狩る猟具【オトナシ】に猛刃を蹴り、爆ぜる火粉を花と散らす――お気に入りが削れるのは忍びないが、背に腹は代えられまい(だがつらい)。
     伊織は至理を語ったかと思えば艶笑に嘲って、
    「真に優れた武器とは実用性、審美性、霊性の三柱が等しく揃ったもの」
    「実用……審、……霊? ??」
    「俺の刀のが遥かに上で、おじいちゃんのは玩具って事だよ」(ぷふーっ)
    「くっ、くまかかかかか!」
     ――玩具。
     決定的な言が怒髪天を衝いたか、ディスクが闇雲に回転・乱舞すれば、繊麗なる躯を翻して躱した一途が嘆声をひとつ、
    「そんなチャチな玩具で強くなったつもりとは……ダークネスを殺す為に作られたこの断罪輪とは、重みが違う」
    「!!」
     美と見紛う程の斬撃を以て、格の違いを見せ付ける。
     宛ら鼎の軽重を問う三者の連撃に、さくらえもまた感情の絆を連環して、
    「長くご存命あそばして知ってるでしょ? どれ程の武器もクズが使えば無用になるって。個人の自由と傲慢を履き違える頭の悪いジジイが使ってちゃあ尚更ねっ」
     お爺ちゃん子だった彼も流石に敬えまいか、涅槃の転輪が無明を滅すべく、舞い、躍る。
    「むがっ! ぬぎっ! ……こン畜生め!」
    「あはは、ヘンな踊りー♪」
     ギリギリで致命傷を回避する敵を茶化すは殺識。
     少年は地を這う黒影に男の足を縛し、藻掻く狂気を無邪気な笑顔で眺め視る。
    「ジョン・スミスおじさんの殺人技術の影響がないかなーって」
     葉月は鋭く答えて、
    「寧ろあれは空の器。注がれた全てが第四位のものと考えて宜しいかと」
     黒布に疆界を為した真眼は、その殺戮工具と殺人技巧を分不相応と見極めたか――回復を注いでいた白磁の指を鬼神のそれと変えていく。
     畢竟、メディックの攻勢への転換は、覆らぬ優勢を示唆し、
    「何と言われようが個の尊厳を打ち立てるのは、儂! 儂がやらねばならぬ事だ!」
     トビタの絶叫を虚しくさせた。


    「虚に塗り固められた濁世の面取り! 錆付いた正義の削り取り! やってみせる!」
    「大層な武器だけど、僕の防御も削り取れるかな?」
     執拗に飛び交う旋廻に静が喰らいつくのは、狼の本能がディスク型のそれに反応しているからではなく、仲間が『時』を得る為だ。
     彼は打ち落した円盤を見るや金瞳を瞠って、
    「あっ、これバフだ! 折角こなれてきたのに、僕の靴が新品同様ピカピカに……!」
    「ククク、その『武器屋で買ったばかり』の初陣デビュー感が恥ずかしかろう!」
     指差して嗤うトビタは、その瞬間こそ致命的な隙を許したとは思うまい。
     刹那、極彩色を鏤めた弧月が血を啜り、
    「むをっ! どこから――」
    「『ぼく』が肉なら、『僕』は骨かなー」
    「ずアァ!」
     軌跡を追って視線が泳げば、彷徨う思考の行き止まりには返す刃が待つ。
    「実と思えば虚、虚と思えば実――それが僕の殺戮技巧【混沌迷宮】だよ」
     それも痛撃を叫ぶ男には聞こえぬか、血溜りに滑った蒙昧は凶器に縋るしかなく、
    「ぐおおお……足は言うことを聞かんが、『こいつ』は思いの儘だ……!」
     ドス黒い殺気に旋刃の軌道を隠しつつ、灼滅者の均衡の取れた布陣を乱さんとした。
     その表情は狂人そのもので、
    「削り殺す嬲り殺す穿ち殺す絞り殺すッッッ」
     六六六人衆と堕ちた男は老いても元気。
    「……これはダメでしょ老害でしょ」
    「……もはや老害というのも躊躇われる」
     漆黒の狭霧に血汐が繁噴く中、嘆声を交すはさくらえと伊織。
     両者は惨澹を切り裂くよう冴撃を合わせ、
    「その武器もアンタの脳みそと同様に腐って錆びてんじゃないの?」
    「六十にして耳順うってのも難しいという話だね」
     右前方より凍てる氷弾を、左後衛より灼罪の光弾を撃って氷漬けにする。
     その連携は痛痒も格別であろう、
    「だあああガラクタめ! この苦痛を削ぐことまかりならんかァ!」
     件の武器への痛罵を聞いた綾奈は、濡烏の艶髪を秋風に躍らせて、
    「本当は道具のこと、何もわかってないんじゃないですか!?」
     黒瞳が一瞥したのは、望まぬ改造を施されたディスクグラインダー。
     その慈しみは一陣の風と為り、
    「わざわざ危険な使い方をするなら、その報いを受けてもらいます!」
    「ぐああああ嗚呼!!」
     胴に沈むや老体をくの字に折り曲げる。
     蓋し元より逸材、邪は齢八十年にして得た超常の力を手放さず、
    「ッッ、やらいでかァ!」
     背の格納庫を解放し、全ディスクを放出して血を求めた。
    「――!」
    「ッッ!」
     全ての瞳が吃驚に見開かれる瞬間、身ごと楯と捧ぐは菫さん。
     刹那の献身は主に反撃の刻を差し出し、
    「貴様は道具としての責を果たした。その功を見るがいい」
     之を聢と受け取った葉月は、一縷と麗貌を崩さず――紫の羽衣を鮮血に染め上げた。
     激痛は遂に全身を掛け巡り、
    「死ぬ、死ぬ、死ぬぅ!!!」
     死を蒔く者こそ死を被るとは思わぬか、音無く躍した一途は、高みより淡然と見下ろして声を置く。
    「殺したいから殺す――それを否定することは殺人鬼である私にはできない、けれど」
     殺人鬼には殺人鬼の。殺す理屈が、矜持がある。
     忌まわしき殺人衝動を前に黒瞳は煌いて――。
    「トビタ、あなたの殺しには重みが足りない」
    「ぎい嗚呼ああぁぁぁアアア!!」
     赫灼たる炎が、愚者を煉獄へと突き堕とした。
     肺に送る酸素すら焼かれたトビタは叫喚も絶え絶えに、
    「ひ、ひ……ぜあっ……ぶあ、ッ」
    「黄泉路まで断ちはしない。迷わず逝って裁かれろ」
     寂寞を敷くは白焔。
     彼の打突は軌跡すら見せず、斬り裂き、撃ち抜き――今際の咆哮すら絶って、老爺を閻魔に引き渡した。


     優れた殺戮具を携えた灼滅者こそ、其を驕らず。
     狂気の闇に還るを見届けた伊織は、血塗れた刃を直ぐに拭って、
    「これが錆になったら、それこそ穢れというものだよ」
     涼し氷眸が逆丁子の刃紋を再び見とめた傍らでは、葉月も我が手足、道具である菫さんを篤く労う。
    「己が役儀をよく務めた。大義であったな」
     彼女を認めたならではの、素の口調が示すは感謝。
     灼滅者が道具を労る一方、元の姿を取り戻したディスクグラインダーは、主の消滅に遅れて塵灰となり、
    「ジョン・スミスの影響を受けなきゃ、この人も『困ったお年寄り』くらいで済んでたのかな……何ていうか、嫌なやり口だよね」
     指先を寄せるや、ほろと崩れて秋風に運ばれる名残に、静がそっと言ちる。
     ジョン・スミス――トビタより彼の方に興味のあった殺識は、ことり首を傾げて、
    「今回の工具といい、六六六人衆が扱う武器が個性的なのは、おじさんの影響かなぁ?」
    「DIYを利用して、素質のある者を強制闇堕ちさせるのが第四位の役割か……」
     同じ殺人鬼たる白焔が、嘗て屠った者の殺戮具を思い起して頷く。
     細顎に指を添えた儘、さくらえは言を継いで、
    「六六六人衆は互いに殺し合う性質故に、自ずと数が逓減する」
     数を補うには、今回のような無差別スカウトが起きてしまうのか――これを聴いた綾奈は、花唇を悔しさに引き結び、
    「組織の維持、質を得る為の闇堕ちなんて……許せません」
     彼女の言に睫毛を落した一途は、漸う喧騒を取り戻す街の景に声を忍ばせた。
    「体を保つ為に堕とし、殺させる――甘く見すぎですね、軽く見すぎですよ」
     命を狩る行為は、易くも安くもないのに。
    「勝手だよ。トビタより、ずっと」
    「……やるせないね」
     瓦解して尚も六六六人衆の本質を見せられた灼滅者は、漸う茜に染まる秋空に吐息を溶かし――戦場を後にした。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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