世界救済タワー決戦～強襲のスレイヤー

■リプレイ

●強襲
　世界救済タワーに続く道には、肌を刺すような緊迫感が漂っていた。
　灼滅者達がサーヴァントと共に敵地と化した戦場を疾駆する。
「流石にこの戦いは緊張しますね」
　重大な局面に挑んでいるという実感に気を引き締めながら、東雲・菜々乃（本をください・d18427）が言った。
「さすが大物、やることが大きいと言いますか……！」
　香祭・悠花（ファルセット・d01386）の口調が僅かに戦場の空気を弛緩させる。とは言え、彼女とて張り詰めた情態にあるのは変わらない。コセイも共に凛々しく駆ける。
「作戦の確認、大丈夫ですか？」
「はい。必ず、やり遂げましょう」
　菜々乃の問いに狩野・翡翠（翠の一撃・d03021）が応じた。引き受けた役割の重要性は十分過ぎるほど分かっている。
「二陣営を組ませるわけにはいきません。私も自分のできることをやりますよ！」
　坂崎・ミサ（食事大好きエクソシスト・d37217）も緊張を払うように決意を口にする。
「頑張ろうね、ペンタクルス」
　古海・真琴（占術魔少女・d00740）の声に、ウイングキャットのペンタクルスが並走しながらくるりと回転してみせた。
「純粋に強い上に知恵まで回る。六六六人衆を体現するような相手ですね」
　華宮・紅緋（クリムゾンハートビート・d01389）が塔に視線を注ぐ。
「六六六人衆、序列２位……」
　仙道・司（オウルバロン・d00813）が思い起こすのは、灼滅された序列１位、パラベラム・バレットのことだった。呑まれそうになる程の戦闘衝動を掻き立てた、強大な敵。
　戦ってみたい、そして倒したい――その焦がれるような想いと戸惑いはまだ残っている。小さく被りを振って、司は飛ぶように戦場を駆ける。
（「出来れば灼滅したいけど、殲術再生弾抜きでどこまで届くか……いいえ、必ず」）
　心に忍び寄った弱気を紅緋が振り払い、決意を宿した視線をタワーに注いだ。
「気をつけて。来ます……！」
　先頭を走っていた真琴が告げた直後、風切りの音をたててナイフが飛んできた。
　銀色に光る刃が雨の如く地面に突き立ち、灼滅者達が足を止める。
「これはこれは。揃ってお出ましですね」
　黒衣を纏ったサウザンドブレイドがふわりと目前に着地した。
「キヒヒヒヒ、切り刻み甲斐がありそうな相手だねぇ！」
　その背後から、不気味な声を響かせて殺人ドクターが歩いてくる。
「いい加減にして貰いたいんだがな」
　全身を黒のスーツで固めた戦城・橘花（なにもかも・d24111）が大きく息を吐いて言った。敵意と嫌悪感を露わに、唾棄すべき敵を睨む。
「これは異な話。戦いで相手の嫌がることをするのは当然でしょう」
「嫌なことをするのは楽しいからねぇ！　心が踊るよねぇ！」
「クズ共め。ここでお前達は消えろ」
　吐き捨てて、居合刀の柄を握り込む橘花。
「言葉など無用ですね。少々役不足ですが、全力で倒すのみです」
　司が凛とした声を響かせ、ウイングキャットのアリアーナが宙を跳ねた。
「この程度の人数、マンチェスター様のお手を煩わせるまでもない」
「切って繋いで、面白い死体ができそうだねぇ」
　殺気を放つ敵を前に、翡翠が瞬間、瞳を閉じる。
「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
　呼吸を整え、斬艦刀の切っ先を敵に向け、そして高らかに戦いの開始を告げた。
「貴方達の思い通りにはさせません……！」

●突破
　鋭利な刃を手に、恐るべき速さで黒衣と白衣が襲い来る。
「さあ、楽しませて下さいよ」
　身を低くして彼我の距離を詰めるサウザンドブレード。
　辛くも捉えた悠花が日本刀を手に迎え撃った。閃光と剣戟に刃が火花を散らし、斬られたと感じるより早く悠花の腕や脇腹から鮮血が吹き出す。
「っ痛ぅ……！」
「大丈夫、回復は任せて下さい」
　すぐさまミサがダイダロスベルトを悠花の傷に巻き、止血、防護。
「速い！　……それでも！」
「支援します！」
　翡翠とミサがクロスグレイブを腰だめに構えて光の砲弾を速射。空中に身を躍らせたサウザンドブレードがマントで体を覆って氷結を伴う砲弾を受ける中、殺人ドクターが捉えづらい動きで前衛に襲いかかる。
「さぁて、どこから切り落とそうかねぇ」
「させませんよ」
　さらりと言い放った紅緋が、殺人ドクターの挙動を読んで指輪から魔法弾を連射した。白衣を穿たれながらも手挟んだメスを放つ殺人ドクター。円運動から投じられた銀の刃を菜々乃が縛霊手で幾つか弾き、負傷を最小限に止める。
「わふっ！」
　菜々乃が鳴き声を聞いたと同時、コセイが浄霊眼で傷を塞いでくれた。
「サイドからの攻撃には気が回りませんでしたか？」
　真琴の影業が牙を剥き、呑み込まれる殺人ドクター。
「ペンタクルス！」
「アリアーナ、お願い！」
　影を内側から切り裂いて四散させたドクターを、ウイングキャットのペンタクルスとアリアーナがリングを光らせながら翻弄しようと試みる。
「全く、目障りですね！」
　同じく陽動と防御に回ったウイングキャットのプリンとビハインドの坂崎・リョウを、サウザンドブレイドがいなして跳んだ。
「素早いですが、よく狙えば……！」
　投げナイフの如く突っ込んでくる黒衣を司のレイザースラストが迎撃。体を捻り肩口を抉り飛ばされるに止めたサウザンドブレイドに、紅緋の紅き神薙刃が殺到する。
　回避運動から一転して反撃に移るサウザンドブレイド。
　司が体を後ろへ流し、入れ替わりに菜々乃が縛霊手で殴り飛ばした。
「やられてばかりではいませんよー！」
　そこで悠花がバイオレンスギターを、橘花が居合刀を駆使して近接戦闘を仕掛ける。
　剣戟、そして打撃音が響き渡り、隙を突いて橘花のシールドが黒衣の腹部を捉えた。
「趣味が悪い。ナイフを使うしか能がないらしいな」
「器用貧乏よりはマシでしょう？」
　血塊を吐いて怒気を含んだ凄絶な笑みを返すサウザンドブレイド。
　殺人ドクターの投じたナイフに紅緋がシールドを構えたが、防ぎきれず服を血の朱に染める。リョウがサウザンドブレイドに斬りかかられるのには見向きもせず、ミサが紅緋に癒しの矢を飛ばした。
（「何とか隙を作らないと、ですね……」）
　翡翠が斬艦刀に力を込めながら考える。
　体感で既に二分程。
　黒衣から繰り出される刃に斬られながら、真琴がチェーンソー剣で反撃。紅緋の命じた真紅の影がサウザンドブレイドめがけて奔り、切り裂いた。
　傷の痛みに唇を噛み、真琴が必死に考えを巡らせる。
（「足を止めちゃ駄目だ……なんとかプレッシャーをかけていかないと！」）
　普段はサイドバックやボランチ――守備から組み立てていくことを得手としている真琴だ。今の立ち位置は言わばフォワード。ここで自身を活かす術は何か。
　防御に回ったサーヴァント達が切り刻まれていく。
　ミサが癒やしの矢をつがえ、コセイも先程から回復に手一杯だ。
「ああ……こんな可愛い子たちを盾にするとは。なんて残酷なんでしょうね」
「酷いねぇ、酷いねぇ。だから酷く切り刻んでもいいよねぇ！！」
「させませんっ！」
　菜々乃が激したかの如く殺人ドクターの前に立ちはだかり、悠花がフォローに回る。
　その姿に真琴は刮目し、閃きに瞳を光らせた。
「そうだ……『仲間をより前に走らせるために、前で食い止める役目』と考えれば……！」
　チェーンソー剣を手に真琴が地を蹴る。
　好機と見た紅緋が、紅い風の渦を解き放った。幾重もの風の刃が、飛ぶような回避運動を取るサウザンドブレイドに追いすがり、黒衣を切り刻む。
「道を切り開きましょう！」
　翡翠がスカートの裾を押さえながらも空中で斬艦刀を振るった。斬撃が紅の軌跡を描き、サウザンドブレイドが地面に叩きつけられる。
「お願いします！」
「合わせますよー！　そぉーれッ！！」
　悠花が殺人ドクターにバイオレンスギターをぶち当て、司が銀色に輝く鋼糸を操ってその進路を塞いだ。
「今です！」
　ミサの声に頷き、塔に向けて走る翡翠と菜々乃。
「すみません、後はお願いします！」
「どうかご無事で……！」
　司の鋼糸に切り裂かれながらも殺人ドクターがメスを投擲。悠花が射線上に飛び出して刃に身を晒し、苦痛混じりの不敵な笑みを浮かべた。
「チッ……まさかあっちが行くとはねぇ」
　防御に徹すると見せかけた菜々乃に、殺人ドクターの狙いが狂ったのだ。
「貴様らァッ！」
　激高したサウザンドブレイドを鼻で笑い、橘花が炎を宿した足で蹴り飛ばした。
「何処を見ている。お前の相手は、私だろう」
　苦し紛れに投げられたナイフを真琴がチェーンソー剣で叩き切り、立ちはだかる。
「後は任せましたよ……！」
　突破する二人を止める手立ては最早ない。
　それは戦闘開始から僅か３分で掴み取った大戦果だった。

●波乱
　翡翠と菜々乃が突破を果たしてから更に数分。
　残った灼滅者達が、戦力を欠きながらも必死の戦いを続けていた。
　殺人ドクターに傷を縫合されたサウザンドブレイドが猛攻に打って出る。
「随分と舐められたものですね」
　ナイフで切り裂かれ、ペンタクルスが消滅。
　灼滅者達の攻撃の中、殺人ドクターの投げたメスに貫かれ、リョウまでもが相次いで倒れた。集中攻撃を受け、火傷と凍傷が重なっているにも関わらず、黒衣の六六六人衆も狂的な笑みを零して戦い続ける。
（「怖がってはいられません……自分が生き残るために……皆さんを生き残らせるために……！」）
　癒しの矢をつがえながら、ミサが折れそうになる心を立て直す。
（「攻撃力不足ですか……」）
　真琴が武器を手に歯噛みした。
　攻めと守り、その配分は勝利を分ける要だ。一方に割けば、もう一方が手薄になる。
　現状、攻撃力に最も重点を置いているのは真琴だけであり、その攻撃が必ず命中するわけでもない。戦力の低下も響き、六六六人衆を相手に決定力を欠いた結果、サウザンドブレイドの生存を許すことになってしまった。
「ここで行くしか……！」
　チェーンソー剣にダイダロスベルト、影業に解体ナイフ――持てる武器を総動員して迎え撃つ真琴。双方がぶつかり、激しく血しぶきをあげた。
　真琴が数歩後ずさり、そして倒れる。
「古海さんっ」
　ミサが駆け寄るが、真琴に立ち上がる力はもうない。
「ここを逃しては駄目です。一息に」
　紅緋が言いながら、紅く渦巻く風の刃をサウザンドブレイドめがけて放った。
　こじ開けられた好機を逃さず橘花が抜刀。
「サウザンドブレイド……お前に先はない」
　抜き打ちと共に轟音を発する対六六六抹殺用軍葉式居合刀。
　腹を切り裂かれてごふりと血を吐くサウザンドブレイドの前に銀色の鋼糸が広がった。
　黒衣の六六六人衆には知る由もない。
　司のその武器こそ、かのパラベラム・バレットを倒すために司が誂えた逸品だ。
「この威力、その身に刻みなさいっ！」
　数え切れないほどの肉片に変えられてサウザンドブレイドが灼滅される。
「バラバラになっちまったねぇ！　これは治せない！」
　殺人ドクターが狂った笑い声を挙げながら目にも留まらぬ速さで自身の傷を塞いだ。
「これであと一体、ですか……」
　鮮血の溢れ出す傷口を圧さえながら、紅緋がちらと塔に視線を流す。
　二人が突破して何分が経ったか。
　状況は厳しいが、いつまでも足止めされているわけにはいかない。
　日本刀を手にした悠花が橘花と共に殺人ドクターに斬りかかる。牽制程度に放られたナイフを悠花が弾き落とし、渾身の袈裟斬りを叩き込んでよろめかせた瞬間を狙い、橘花が白衣の片腕を切り飛ばした。
　紅緋が身を翻し、走る。
　ここで行かなければ、この戦場に来た意味がない――！
　司が銀色に輝く鋼糸を縦横無尽に操る。切られながら防御態勢を取るドクター。
「しまっ……」
　その瞳の向いた先に、司が思わず息を詰めた。
　殺人ドクターの片手にメスが出現。凶刃が放たれ、少しも狙いを過たず――背を向けて駆け出していた紅緋を刺し貫いた。直撃に意識を刈り取られて倒れる紅緋。
「ギャハハハハハハ！　見え見えだよねぇ、そりゃ警戒もするよねぇ！」
　今まで以上の殺気を立ち昇らせて、殺人ドクターの目が灼滅者達を射抜いた。
「三人まで許すと……本気で思ったのかねぇ？」
　尚も攻撃を続ける灼滅者達を嘲笑うように、殺人ドクターは傷を負いながら自らの片腕を拾い上げて縫合して見せた。
「こ、これはちょっとどころじゃなくまずいですね……！」
　悠花が背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
（「倒せそうにない、か……でもまだ戦い続けることは！」）
　司が武器に力を込める。
　事ここに至っては、最早、出来る限り敵の足を止めるしかない。
　ミサがダイダロスベルトで悠花の体を包み、傷を塞いで防護。
　容赦のない五連メスの投擲を受け、懸命に戦い続けたアリアーナが遂に消滅する。
　あと少し。少しでも長く。
「やらせん……！」
　橘花が居合刀を手に殺人ドクターに斬りかかった。

●後を託して
　立て続けにメスが投げ放たれる。
　精密射撃にも等しいその投射を身を挺して受け止め、悠花がたたらを踏んだ。
「……流石にこれは……無理、かな…………」
　尚も踏み留まろうとするが、突き刺さる刃のダメージと失血に意識を失い倒れ込む。
「そんな……！」
　ミサが悲鳴に似た声をあげた。数少ないメディックとして力を尽くしていたが、回復を支援していたコセイの戦闘不能も響き、ジリジリと押された結果だった。
「キヒヒヒヒ！　これで何人目かねぇ」
　司が拳を握りしめる。内なる闇を立ち昇らせかけた彼女の前に橘花が飛び出し、襲い来るメスを居合刀で弾き飛ばした。
「退くぞ。これ以上は無理だ！」
　六六六人衆との戦いに身を投じてきた橘花にとって、ここが引き際であることは明白であり――それは正しく苦渋の決断と言えた。
　倒れた味方に手を貸すミサを、殺人ドクターは一瞥しただけだ。
「……っ！」
　――この戦いは禊ぎ。
　戦闘衝動に心を焦がされそうになりながら、司は先の戦争を思い出し、自身の心の声を聞いた。
　平和のために戦ってきた筈なのに、強大な敵との戦いを望み、倒すことを求めてしまっていた。
　だから、ここから先はと心を決めたのだ。自身の力の使い方を考えるために。
　ミサがクロスグレイブを構えて射撃。殺人ドクターが光の砲弾を防ぎ、嘲笑う。
　橘花が倒れた真琴と紅緋を抱えて走り、そして――司も悠花を助け起こし、地を蹴った。
　追撃はない。
　ただ敵の歪んだ笑い声が響き渡るだけだ。
　戦闘開始から14分。出来得る限りの足止めはした。
　突破していった者達に後を託し、灼滅者達が塔を背に退却する。

作者：飛角龍馬	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年10月20日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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