三重県いなべ市――某所。
抜けるような青空が秋の深まりを感じさせる昼下がり、陽に暖められた土に冷たい闇が染みた。
「此処は変わりませんね」
懐かしい、と思ったかは分からない。
爽涼たるに風に運ばれた声は丁寧に、しかし何処か残忍な色を含んで、穏やかな景色に似合わぬ不穏を感じさせる。
蒼い髪、蒼い瞳。見上げる程の魁偉に、強靭な筋肉と闇黒を纏わせた男。
彼が嘗て『有城・雄哉』という名でこの地で育った少年とは誰も気付くまい、常に顔貌に乗る嗤笑や、迸るオーラはまるで別人だ。
見た目に反して紳士的な語調が、更にアンバランスで危うかろう、
「私を受け入れた事、感謝していますよ。だからこそ、望みを叶えて差し上げたい」
歪に持ち上がった口角が刺のある言を滑らせるや、今の空より深い蒼の瞳は、テニスコートに転がるボールを睥睨して、
「……故郷への復讐を」
とぷり、足元より伸ばした黒影に呑み込む。
他愛ない感触に視線を外した男は、そのままコートの先を見遣って、
「故郷の人間を激しく憎む貴方に代わって、先ずはあの四人を、その後は街中の者を皆殺しにして差し上げます」
ベンチに座る四人の青年へと、狂拳を振りかぶった――。
「三重県いなべ市のとある中学校のテニスコートに出現したアンブレイカブルは、先の『グラン・ギニョール戦争』で闇堕ちした雄哉の兄貴じゃないかと思うんス」
――有城・雄哉。
彼の面影は凡そ消えてはいるが、彼の故郷が件の地であった事や、彼の両親と双子の兄の死に関して、彼が故郷の人々から犯人扱いされてこの地を去った経緯からするに、非常に可能性が高いと――日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は言う。
「闇堕ちして表層化したアンブレイカブルは、主人格の深層願望を叶えるべく、兄貴の地元に行って虐殺を行おうとしてるんスね」
先ず標的になるのは、雄哉の同級生である青年四名。
彼の故郷での記憶をより強く感じさせる相手であろう。
「闇人格は嘗ての友人を血祭りにした後、足の赴くまま『狩り』に出かけると思うんス」
「……止める事はできないのか?」
「復讐に燃える瞳は常に友人らに向けられているんで、どう此方に向けるかがポイントになると思うッス」
四人の青年を完全に避難させて隠したり、無力化したりすれば、興を削がれた彼は直ぐにも踵を返して去るだろう。
接触のチャンスが何度もある訳でなく、標的である一般人の状態を見極めながら戦うのがベストだ。
「一般人を餌や囮に使うリスクがあるのか……」
「……自分は彼等の存在が『鍵』であると思っても、『開く』のは間違いなく灼滅者の兄貴と姉御だと思うッス!」
声掛けは、故郷を同じくした青年達でなく、今の仲間の言葉であって欲しい。
説得こそ強靭なる闇の弱体化に効果ある手段なので、是非とも彼に想いを届けて欲しいのだと、ノビルは語る。
「深淵に沈んだ雄哉の兄貴は、今や闇人格に同調し、人間不信と憎悪の塊と化しているッス。そのまま灼滅される事を望んでいるんで、説得によって希望を、抵抗する力を分けて欲しいんス!」
弱体化せずに闇を砕いてしまったなら、雄哉は記憶と人格を喪失した状態で戻ってくる。
非常にデリケートな戦いになる事は、説得の内容からも予測され、
「家族の仇を討つ事……復讐を否定したり、過去の忘却を勧めたりするのはNGっす。人造灼滅者化した理由を否定するのも、避けた方が賢明っすね」
力一辺倒では彼を取り戻す事は出来ないだろう、と警告するノビルに対し、灼滅者達は強く深く頷いた。
「彼は最早、憎悪に狂える武……救出が滞れば致命的な隙を生み、街中の虐殺を許してしまう危険があるんで、灼滅も覚悟で臨んで欲しいッス!」
「――分かった」
二度とないチャンスを吉とするか凶とするかは、灼滅者の手に掛かっている。
ノビルは颯爽と教室を出る雄渾の背に、
「ご武運を!」
と、全力の敬礼を捧げた。
参加者 | |
---|---|
神凪・朔夜(月読・d02935) |
氷上・鈴音(永訣告げる紅の刃・d04638) |
天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491) |
水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774) |
神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017) |
壱越・双調(倭建命・d14063) |
師走崎・徒(流星ランナー・d25006) |
ライ・リュシエル(貫く想い・d35596) |
「――貴方の決断に感謝します」
自らを受け容れた彼に篤い謝儀を。
故郷の人間へ復讐を望む彼に、鮮烈なカスタトロフを。
「極上の狂宴に請ずれば……或いは貴方も」
足元より煙らせた闇に郷里の土を踏み躙った武は、蒼き双眸に最初の標的を捉えて間もなく、疾速を駆る。
鋼と鍛えた拳に収斂された暗黒が、在りし日を語る四人の友を屠らんとした――その時、
「悪いけど引っ込んでてくれ、ダークネス。その憎しみは雄哉のモノだから」
「、ッ」
師走崎・徒(流星ランナー・d25006)が、彼が須臾に差し出した帯の延伸が、猛武の拳を絡め取った。
蒼瞳が軌跡の先を辿れば、今の初撃を援けたか、ライ・リュシエル(貫く想い・d35596)が【鉾先舞鈴】に結界を敷いて、
「それは雄哉さんが自分の手で、意志でやるべきことだ」
君の役目じゃない、と凛然に射る。
初動が肝要と知る神凪・朔夜(月読・d02935)と壱越・双調(倭建命・d14063)も、疾風の刃を揃えて牽制し、
「身内をダークネスに殺された、同じ痛みを知る者として君を連れ戻しに来た」
「似た境遇を持つ神凪の三人と共に歩むが故に――その凶行、止めてみせます」
阿吽の呼吸が挙措を楔打った瞬間には、彼等の家族が颯爽と滑り出す。
陽和は敵と四人の青年の間に立ち、
「皆さんには、どうしてもこの場に居て頂かなくてはいけません」
「ここは羽交い絞めにしてでも離脱を阻ませて貰います」
燐は驚き戸惑う彼等を炯眼に御す。
傍らの空凛は恐怖に震える瞳を瞶めて、
「怖い思いをさせますが、その代わり全力で護ります」
「わふっ!」
全力で護る――。
その言葉に偽りなく、灼滅者の命の楯が一斉に彼等を取り囲んだ。
主力メンバーが敵を抑えると同時、サポートメンバーが防衛対象を囲繞する――双方の見事な連携は、次撃を継ぐ氷上姉妹がよく表していよう、
「沖縄での屍王との戦いでは、妹を――天音を護ってくれて有難う」
「先輩の存在は凄く心強くて、あたしは安心して戦う事が出来た」
氷上・鈴音(永訣告げる紅の刃・d04638)が身を低く地を疾れば、義妹の天音は天より婚星の煌きを墜下させ、一心同体となって魁偉を足止める。
熾烈なる武は怪腕を薙いで返すも、二人が痛撃を受け流して立つのは、天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)が堅牢に支えたからで、接敵の瞬間まで光を隠していた柴黄水晶は、戦場を見渡して煌く。
少女は瞋恚に視野を狭めてしまった彼に代わり、駆け付けた者の想いを聴いて、
「聞こえる? ここにいるみんなの声が」
爽風にテナーを乗せるは律。
「有城クンには俺の義妹が世話になったからね、借りは返すよ」
その義兄と共に爪先を弾いた水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)は、雄哉が差し伸べた光に世界の色を見出した一人で、
「貴方はわたしを救ってくださった恩人で、それ以上に信頼できる大切な友人です」
聖十字の打突のひとつひとつに、想いを、祈りを籠める。
雄哉が救ったのは花の一輪のみに非ず、
「前に助けて貰ったからな。今度は俺の番だ!」
「ヤナを、多くのなかまを、たすけてくれたその手を、血で汚さないで」
康也も夜奈も、彼の拳が無辜の命を砕かぬよう、身を盾と差し出す。
神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)は彼女らしい矜持を以て正対し、
「借りは返す。それは私にとっては零にすること」
獰猛なる武を灼滅対象と視た黒瞳は冴々と、暗霧に殺気を研ぎ澄ませた。
周囲から声が飛び交う中、深淵に沈む闇がとぷり水面を揺らしたのは、ハノンが叫んだ時であったか、
「私だって偉そうに言える立場じゃないけど。大切な人置き去りにしてんじゃないよ」
彼女が帯の鎧を届ける相手は、深層の感情が聢と絆を結んだ幼馴染で――。
「おにいちゃん、助けに来たわよ!」
「ナノッ」
「生きたいって願って! そして、戻ってきて!」
滲む声が、秋風に紛れて鼓膜を奮わせた。
●
「……アンブレイカブルは『天災』だと聞いた事があるけど」
マキノが脅威を嚥下するのも已む無い。
佳声が時を止めたのも一瞬、猛々しい邪の拳は冴撃を弾いて灼滅者を地に叩き付け、冷笑に組み敷く――この鬼神が街ひとつ潰すなど易かろう。
蓋し言は丁寧に、鋭い荊棘を含んで、
「他愛ない命を守るに、十四枚もの盾を置くとは滑稽ですね」
サポートの防壁を剥ぐべく、超速の拳打を撃つ、撃つ、撃つ。
「ッッ、ッ!」
「っ、あ!」
彼が言う通り、一般人に対する守備は夥多にも思われようが、ESPが使えず、更に彼等の状態が救出の如何に関わる今は致し方ない。
「こちらは俺達に任せろ。説得の時間くらい稼げるさ」
「おんっおんっ」
勇弥が護衛の回復に専念すれば、さくらえも躊躇いなく鋭撃を負おう、想鏡は光の壁を為して、
「あんたの命を救いにきたんじゃない。『あんたの家族や知人を』救う為だ」
サーシャは凍てる黒焔を冴刃に切り裂きながら、背の四人に視線を投げる。
「悪いがちょっと付き合ってくれ。友達なんだろ? 俺も有城を助けたいんだ」
警急にあって『伝える』難しさは往年の経験が知るか、紗里亜らは彼等の心に直に訴え、
「お願いします。雄哉さんの為に、手を貸して下さい……!」
「雄哉……?」
眼前の巨漢が有城・雄哉であること。
憎悪に呑まれた彼が四人を狙っていること。
彼を救う為に、一緒に声を掛けて欲しいこと。
「っ、っ……!」
「嘘、だろ……」
触れた部分から押し寄せる真実に其々が息を呑む。
無論、事実を知ったからといって、理解し、受け容れられるかは別の話だ。超常の恐怖を前に声を失う彼等に対し、天摩は飄々と親指に示して、
「人間不信ゆえに距離を作ってるけど、本来は仲間想いなやつっすよ」
先ずは彼が雄哉である事を「見て」欲しい、と言う。
その間にも闘争の塊が手刀を振り被って迫るが、之にはレイが鮮血を代償に庇い、
「愚かな。腱を斬られては反撃もできないでしょう」
「ッ、ほんの少しで良いから周りを見てみると良い。君が警戒する反撃も直に来る」
言うや否や、紅い雨を潜ってジュリアンが出た。
その言は穏やかに、戟は鋭く、
「オレと共に駆けた、あの戦場を覚えているかい? 貴方が為すべきは、憎悪に身を委ねる事なのかな?」
然し闇は窃笑して、相殺の拳を衝く。
「――そんな事がありましたか」
覚えているとも、覚えていないとも言わぬ怜悧。
この魁偉が闘争に狂う一方、狡猾である事は徒こそ激痛として知ろう、彼は血に染まる視界を手の甲に拭い、
「さーて、色々拗らせて闇堕ちまでしてくれたけど、ここが正念場!」
普段は機動力を活かして立ち回る脚を土に踏み締めた儘、退かぬ覚悟で拳を打つ。
「僕は怒ってるんだからなっ!」
その拳にバンデージを巻く如く、強靭に支えたライも麗顔を顰めているのは、彼も同じ気持ちだからで、
「一応言っとくけど、俺だって怒ってるから……本当はおしおきしたいけども、それは雄哉さんを取り戻してからにするよ」
大切な人を置いて去った彼と、残された者の悲痛や不安を見たならではの怒りが溢れる。
ゆまは灼罪の光剣を手に敵懐に迫って、
「貴方は自分がいなくなって悲しむ人がいると解っていた筈なのに。そうまでして貫く価値のあるものが存在するのでしょうか」
若しか唯一無二の存在を知らぬ自分には、永遠に解らぬ事なのか――切先が血汐を連れて駆け抜けた。
「、ッ」
初めて蹈鞴を踏んだ邪の隙を衝く柚羽も、怒りを――いや苛立っているのか、普段の敬語は吹ッ飛び、
「其処に居続けるならば灼る。それだけ」
言い訳は聞かぬ、届かぬと吹き荒ぶ冷気は凄然と、凍てる楔がしとど太腿を穿つ。
「ッ、ずアッ……」
姿を変えても、声音は彼そのものだと――凜は桜唇を噛んで、
「わたし、『何かあったらあとはよろしく』って言われても、『わかったよ』なんて言えない……あんな風に生き急ぐ行動は……納得、できないよ……!」
語尾が掠れるも、伝えなくてはと咽喉が焼ける。
涙の滲む【Stargazes】より光矢を受け取った鈴音は、足元の【梔子】に赫炎を迸らせ、
「君は誰かを護る為に無茶し過ぎよ!」
先ずは叱咤を、
「もっと頼ってよ、君は一人じゃない、私達が傍にいる!」
次に願いを込めて暗黒を灼き祓う。
其は筋肉の鎧にも熱を移したが、然し武は気合を発して焔を払い、
「……歩む道が違います。鄭重にお断りしますよ」
突き付けられた嘲笑は、あくまで主人格の望み――復讐を果たさんとする意思が固い。
「雄哉――」
「雄哉さん……っ」
畢竟、ダークネスと堕ちれば相容れぬか。
否、雄哉が背負うものを知る双調と朔夜はそれでも抗って、
「雄哉さん、貴方が望む事は自身の力で成し遂げてこそ意味があるもの。道は険しくても、一人で歩む必要はありません」
「その苦しみを、背負う業を共に背負わせて欲しい。全力で支えるよ」
聖剣【明鏡志水】は透徹と、【穿槍ブリューナク】は凛冽と、海嘯と迫る黒影を絶つ。
熾烈な波動が轟、と大地を衝き上げた、その時、
「ッ、ッッ……!」
憎悪に染まりし武は、闇を斬って尚も疾る斬撃に体幹を崩し、袈裟に血潮を迸らせた。
●
「グ……ク、ッ……!」
まさか、と蒼瞳を瞠る通り、彼は灼滅者の戦術や力量を大きく見誤った訳ではない。
堅牢なる守備と手厚い回復支援は、裏を返せば攻めに弱く、優勢を得るに決定力を欠く――そう読んだ狡猾は、精強を以て前衛の膝を折らせた、のだが。
「最近闇堕ちして灼滅されたがっていたのは、限界を迎えたSOSだったのかな……」
血溜りより立ち上がった徒が見る闇は、凶悪であればあるほど不安定で――大地を削る拳、その咆哮が救出を叫ぶように聞こえてならない。
彼は心の壁ごと砕かんと踏み出て、
「お前の全て、見せてみろ! 帰ってこい、バカ雄哉っ!」
紫電一閃。
拳と拳が颶風を巻き起こし、碧落を揺する。
勇弥は凄まじい力の角逐より青年らを守りつつ、
「あれは彼が手に入れた、家族の敵討ちの為の力の代償、なんです」
「……!」
その惨憺に秘められた寂寞を告ぐ。
死闘も佳境を迎えれば、彼等には怯え竦むだけでない変化があって、
「現実を見て何を思うかは一般人次第。誰も彼等の心を操作できない、けど――」
殺さないで欲しい、と訴えるか――邀撃に立つ灼滅者に縋る手を見た紗里亜は声を震わせて叫び、柚羽は静かに【喰悔】を煙らせる。
「――! 雄哉さん、帰って来て下さい! みんな待ってます!」
「彼等の方が現実を見ている。雄哉さんも逃げてくれるな」
悪食の影が猛武の足元に蠢く闇を噛み砕き、故郷の地に膝を付かせた瞬間には、さやかな声が風に乗って、
「神凪家は迫害を受けたり権力から追われた者を取り込んで大きくなったから、迫害された事実も、僕は深く同情する」
心の友を救わんとする朔夜の怪腕を、想いを同じくする燐と陽和が送り出す。
「私達にとって貴方はもう身内同然。重くて背負えない荷は、共に背負いますから――」
「雄哉さんの意志で、雄哉さんの足で、決意した道を歩いて下さい!」
「ッ、ぐッッ……!」
時に痛撃に歪む蒼き眸に救いの可能性を信じる双調は、返報の拳を聖剣に負い、
「私達は五人とも人付き合いが上手くありませんが、貴方が親しく話せる数少ない友人であることは一緒です」
「だから必ず帰ってきて欲しい、と……声が枯れても叫び続けます」
空凛と絆の回復を支えに、意識が途絶える間際まで猛撃を耐え抜く。
今や全身を真紅に染めた無双は、一人、また一人と沈む精鋭に残忍な笑みを浮かべ、
「私の憤怒、私の闘争を全て受け止めるというなら御所望の儘に。全てを出し切るが先か、凌ぎ切るが先か……見極めましょう」
常に鋭い敵意を向ける彼に嘆声を零したのは、康也だけではないだろう。
「……お前に似てる奴を知ってる。人との近付き方も離れ方もわかんねー、って奴でさ」
脳裏に過る友が心配していた――彼の代理として駆けつけた拳が強く握り込められる前方では、ライが鈴を振るような声を陣風に乗せて、
「雄哉さんが自分をどう思ってるとか、人をどう思ってるとか関係ない。俺は雄哉さんが好きだよ。大切なお友達と思ってる」
だから帰ってきてほしい――。
偽りのない想いが、闇の深淵で底光る彼に、ほたり、沁みる。
レイは僅かに出遅れた闇の揺らぎを慧眼に射て、
「聞こえているんだろう? 君を待つ人の声が」
ジュリアンと天摩は、想いを同じくして集まった者の輪を見せんと手を広げる。
「少しでも貴方の心を動かせればと、こんなに人が集まった」
「人間不信でもこれだけの仲間を得たんすよ。君の居場所はちゃんとあるっしょ」
こくり、力強く頷いた夜奈も、その瞳は慈愛に瞬いて。
「いっしょに、帰ろう。あなたの帰り、待ってるひとが、こんなにも、いるのよ」
彼の闇堕ちに深く傷付いた天音は、魂を縛る漆黒の鎖を砕かんと、拳を握り、声を裂く。
「何時かお返ししたいと思ってるのに、それが出来ないままサヨナラするのは絶対嫌だ!」
怒りと赦し、悲哀と慈愛。
焦燥と冷徹、絶望と冀望。
灼滅者の雄哉に対する想いは波濤と溢れて――之に胸を詰まらせた凜は、擦れた声で、確かに言った。
「あなたは自分で思ってるほど孤独じゃない。ずっと隠してた苦しみも痛みも打ち明けて、一緒に分け合えたら軽くなるよ」
祈りを込めたシュシュに結わいたポニーテールが揺れたのは、七色の光を尾と引く彗星の軌道に、鉄拳を携えたハノンとサーシャが続いたから。
「大切な人がいたってのに『殺されるのは自分でいい』とかもうムカ着火だからね殴るぞ」
「お前が戻ってこないと松原が泣いちゃうだろ!? 大切なら守ってやれよ!」
「――!」
衝撃が炸裂する瞬間、蒼き双眸が捉えたのは――愛莉。
四人の友を庇う事に専念する彼女との距離は遠いが、その声は聢と闇の奥底に触れて、
「辛かったよね、苦しかったよね。誰も信じられなくて、自分を壊すしかなくて……」
時が戻される。記憶が甦る。
闇に抗う光が、己が掌に燻る。
「でもね、もう独りで無理しなくていいの。みんなを信じて……ね?」
みんなを。信じて。
彼女をはじめとする灼滅者の輪と、そこに囲まれる青年らの血闘を見守る強き眼差しが、闇に溶けていた雄哉を光に照らす。
纏う闇の揺曳が、そのまま彼の揺蕩であったろう、
「灰色ロードローラーとの戦いで言ったキミの言葉を、自身で思い出せ」
さくらえは爪先を弾く鈴音に光の守護を届けつつ、「一度しか言わないわ」と声を置いて閃く斬撃を見守った。
「有城雄哉! もうこれ以上、大切な人達を泣かせるんじゃねぇっ!!」
「ッ、ぐ嗚呼ッッ!」
絶影の軌跡が闇の衣を裂き、叫喚と共に紅血が繁噴く。
熱い血潮に頬を濡らしたゆまは、義兄と剱の切先を揃えて飛び込み、
「あの時灼滅を望んだわたしがこうして生きているように、同じ思いを抱く貴方にも、生きていてほしい。いいえ、生きていける筈、だから……戻って来なさい!」
「……ッッ……ッッッ!!」
魁偉が激痛を拒む一瞬を止めたのは、間違いなく主人格の、雄哉の意思であったと――感謝を噛み締める。
漸う崩れる躯は律が預り、
「俺は信じたいんだ。癒えない傷はない、ってな」
確かな心音に、そっと、瞼を落とした――。
●
「……ハリセンフルスウィングで一発叩き込むつもりだったけど」
気絶しているなら仕方ない、と吐息するはライ。
表層化した闇を打ち砕いた灼滅者は、元の姿を取り戻した雄哉を囲み、その穏やかな表情に一応の安堵を得る。
「目が覚めたら、おにいちゃんに謝るよう言うつもりだったけど……」
迷惑を掛けた侘びと、駆けつけてくれた感謝を伝える筈だった愛莉は、そっと眉根を寄せて見守るが、彼は起きそうにない。
双調と朔夜は所々に走る創――闇の痕に目を遣って、
「膨大な闇を暴走させましたから、気を失ってしまうのも無理ありません」
「闇堕ちしてからずっと休まずに居たと思うと、起こしたくないし」
記憶を失くしてはいないかと心配する仲間の声には、徒が自信をもって首を振った。
「長い間絶望に耐えた雄哉が、そう簡単に消える訳ない」
無論、友ゆえに気を揉んだが、それも今の「幼馴染の膝枕ですやすや眠る寝顔を見た」事でチャラというもの。
制勝の労いと共に回復を配っていた凜は、先の激闘を思い起し、
「それに、今のみんなの傷の深さを見たら……心を痛めてしまうかもしれないし」
可憐の癒しを受け取った鈴音は、眠れる彼の傍に百日草のブーケを置いた。
花言葉は――、
「いつまでも変わらぬ心……これからもずっと君と共にあると願いを込めて」
何故だろう、秋風に揺れる色は、淡く優しく、いとおしい。
そっと花の色を愛でたゆまは、雄哉の目覚めを待つ愛莉に微笑んで、
「……では、わたし達は先に学園に戻ります」
「あ、俺も」
「うん、雄哉を心配している仲間に無事を知らせに行こう」
彼の生還を迎える――その役目は彼の大切な人がするのだ(ニヤニヤ)と、皆が続いた。
柚羽も去り際に声を置いて、
「それに、あの四人も居ます。後の事は任せましょう」
彼女がいつもの敬語を取り戻したのだ、もう、大丈夫。
一同は絶望と戦い続けた友に笑顔を置いて――彼がきっと戻ってくるであろう武蔵坂学園に帰還した。
――おかえり、を言う為に。
作者:夕狩こあら |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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