世界救済タワー決戦~電光石火

    作者:日暮ひかり

    ●山梨県のマンチェスター・ハンマー
     山梨県の山間部にて、グラン・ギニョール戦争で撤退した、六六六人衆序列2位、マンチェスター・ハンマーと配下の軍勢が西へ西へと移動を続けていた。
     軍勢の先陣を務めるのは、防火服を身につけ殺人トーチで山林を焼き払って道を切り開く、デストーチャー達。
    「山バカリ、人イナイ。人間コロセない」
     デストーチャー達の不満の声に、マンチェスターはぶっきらぼうに応える。
    「しゃーねーだろ。あたしらは負けたんだからよぉ」
     と。
     勢力首魁のパラベラム・バレットだけでなく、六六六人衆の組織の要であったランキングマンを失った今、六六六人衆が再び元の強勢を取り戻すことが不可能なのは間違いない。
    「……アタシ達、これからどうすればいいのですかえ?」
     薔薇の花に埋もれたドレスを翻して山道を歩く貴婦人たちが不安そうに囁くが、マンチェスターは自明の理であるように答えを説く。
    「そんなもん、決まってるだろ。相手が嫌な事をすればいいんだよ」
    「さすがは、マンチェスター様というべきでしょうか?」
    「きぃーひひ。嫌なことはいいねぇ。はやくやりたいねぇー」
     その答えに、体中に刃物を装備したサウザンドブレイド達も、尊敬と諦観を混ざり合わせた声で頷き、殺人ドクター達が不気味な笑顔を浮かべて、マンチェスターを仰ぎ見た。
     丁度良い機会だと思ったのか、マンチェスターは、歩みを止めると、配下の者達に、これからの方針について説明を始めた。
    「ということで、あたしらはナミダ姫に合流する。ナミダ姫の居場所はわからんし、連絡を取る方法も無いが……、ブレイズゲートを制圧してナミダ姫が喰らえるように準備してやれば、きっと食いついてくるさ」
    「ブレイズゲートでナミダ姫釣りというわけですね。更に、ブレイズゲート制圧に協力して恩もお売りになる」
     リストレイター達が、マンチェスターの方針に大きく賛同するが、マンチェスターの方針はそれだけでは無かった。
    「それにな、あたしの予想では、あいつらの次の標的はナミダ姫になるのさ」
     ドヤ顔でそう言い切るマンチェスター。
    「そこは、ヴァンパイアじゃないんすか?」
     ブッチャーマン達がそう聞いてくるが、
    「いーや、ナミダ姫だよ。強敵と戦うのにこりて、弱いところからプチプチしたくなる。人間は、そんなもんさ」
     それに……と、マンチェスターはもったいを付けた後に続けた言葉に、配下達はさすがはマンチェスター様と尊敬を確かにしたのだった。

    「簡単さ、あたしらがナミダ姫に合流した上で、あちこちの勢力と協力しまくるのさ。せっかく、弱小勢力を狙ったのに……悔しがる声が聞こえてくるよ」

     この日、マンチェスター・ハンマーにより世界救済タワーが制圧されたのだった。

    ●warning!!!
    「緊急事態だ」
     6番目のサイキック・リベレイターの照射先はスサノオに決定した。
     だがその矢先に、グラン・ギニョール戦争で撤退した六六六人衆序列2位、マンチェスター・ハンマーが、山梨県の世界救済タワーを制圧してしまったという。
    「奴の狙いはスサノオ勢力との合流だ。ブレイズゲートを制圧して手土産にしようって魂胆だな。ナミダ姫も今、配下のスサノオと共に世界救済タワーに向かっている……ったくズル賢い女だ。おかげで大分面倒な事になった」
     もしも合流が成功すれば、ナミダ姫は世界救済タワーを喰らって撤退してしまう。
     スサノオは強大な勢力となり、黄金闘技場決戦と同等の作戦がなければ対抗できない存在となる。
    「仮に戦力を整えたとして、ナミダ姫自身が逃げちまうんじゃ決戦は実質不可能……だが、別方面から見れば打開策はある」
     鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はそう言って教室の椅子に腰かけ、灼滅者達を見回した。
    「タワーが制圧されている状況を変える。つまりはマンチェスター灼滅を狙う」
     灼滅できる可能性は高くはないが、配下を減らすだけでも充分に意義はあるだろうと鷹神は続ける。

     作戦内容は、ナミダ姫が到着する前に少数精鋭による強襲で敵の前線を突破し、マンチェスター・ハンマーの灼滅を目指すというものだ。
    「君達はサウザンドブレイドとブッチャーマンの2体を担当してほしい。この2体と戦いつつ、マンチェスターとの決戦に向かう者を突破させてくれ。その後は残った戦力で奴らと戦う事になる。厳しい状況にはなるが、もしもここで敗北すれば、残った敵が世界救済タワーに増援として現れるだろう」
     敗北はしなかったにせよ戦闘不能者が多く出た場合も、その時点で片方のダークネスが戦闘から離脱し、世界救済タワーに向かってしまうだろう。
    「マンチェスターの灼滅を目指すならば、戦線を維持して敵を増援に向かわせない事が重要だ。戦況によっては突破を諦め、増援阻止に注力した方が良いかもしれん。臨機応変な対応を願いたい」
     作戦のタイムリミットはスサノオ勢力の到着までだ。
    「ナミダ姫の性格的に、撤退する灼滅者を追撃してくる事はないだろう。スサノオが現れたら勝ち目は無い。その時がきたら迷わず撤退してほしい」

     サウザンドブレイドとブッチャーマンは戦闘力が高く、それぞれが普段の依頼で戦っている六六六人衆と同等の強さを持っている。
    「灼滅できるならしても問題ないが、今回重視してほしいのは決戦に向かう仲間を突破させる事、そして決戦終了まで戦線を維持し、敵を増援に向かわせない事だ。無理をして倒す必要はない」
     敵戦力の詳細についてはこれを参照してほしいと、鷹神は灼滅者達に資料を配った。
    「マンチェスター・ハンマーは相当性格の悪い女みたいだな。野放しにしておけば確実に武蔵坂の不利益になる……ここで奴を灼滅できるか否かは岐路になるはずだ。遠慮はいらん、奴も当然覚悟は出来ているんだろう。相手が嫌がる事をしてもいいとマンチェスター様自身が仰っている」
     俺もあまり人の事は言えないな、と鷹神は皮肉めいた笑みを浮かべた。
    「……ここの所、君達には無茶ばかり強いていてすまないが、今回もやり遂げてくれると俺は思っている。まあ無事に帰還してほしいのが第一だが、朗報も期待しているぞ。マンチェスター・ハンマーを灼滅せよ!」


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス三センチ・d00662)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)

    ■リプレイ

    ●1
     立ち並ぶ木々の奥に、天にも届こうかという巨塔がそびえている。東当・悟(の身長はプラス三センチ・d00662)はそれが幻影である事をよく知っていた。世界救済タワー――そこは、多くの灼滅者にとって印象深い場所だ。
    「このタワーは雰囲気が好きで毎日通っとる。落ち着くねん」
     悟が走りながら呟く。肌がぴりぴりするような殺気。吸いなれたいつもの空気とはまるで違う。その元凶である六六六人衆達の姿を瞳に捉えるや、かすかに滲む藍色の中に強い炎が点った。
     攻撃目標であるサウザンドブレイドとブッチャーマンの二体へ真正面から斬りこんでいく。朱塗りの槍を強く握れば、今は傍らにいない彼が共に在るようで力が湧いてくる。
     ――俺は俺の仕事をしたるからな。
     愛用のスニーカーで地を蹴れば、翼を得たかのように身体も軽く感じる。
    「俺の縄張りになにしてくれるんや、返して貰うで!!」
     悟の大喝と共に、影の霧が敵をぐるりと囲んだ。蜃気楼の中に、女とも男ともつかぬ人影が陽炎のようにゆらめいて見える。それが糸木乃・仙(蜃景・d22759)の形を成した時、肥えた男の脛が吹き飛んだ。悟がすかさず槍を突き、脚を貫く。希望を響かせるその一閃。
    「全部マンチェスター様にイイトコ奪られちゃうより、ここで確実に俺たち殺すの優先した方が………ってのはどうかな? ま、みんなやられるつもりないけどね」
     煙霧に紛れた二人と入れ替わりで風宮・壱(ブザービーター・d00909)が飛び出した。しかし敵もさるもの、スライディングで足元を狙う壱の上に脂肪の塊が倒れこんできた。
    『お言葉に甘えて……刻んで潰して全員ハンバーグにしてやるっすよぉ!!』
    「……重っ! きなこより重い!!」
     唇を光らせて嗤う男に壱は生理的な悪寒を覚えた。主人の余計な一言が気に障ったか、霧の中できなこのリングがびかびか光っている。その時、肥満体の後ろから刃物が雨のように降ってきた。
     動けない壱に飛んできたナイフが魔力の弾丸に弾かれた。刃の乱舞を抜けた弾が後方の敵に当たり、女が小さく呻き声をもらす。
    「南守、ナイスアイスト!」
     這い出した壱に桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)がへへッと笑みを返す。残りのナイフは赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)と関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が体を張って止めた。
    「よう残党共。嫌がらせが足りねぇってカオしてるから遊びに来てやったぜ」
     口に流れ込む血を吐き捨て、布都乃が挑発的な笑みを向ける。この程度の負傷は慣れたものだ。抜いた刃物を手早く捨てて自己回復にかかる峻へ、布都乃は悪戯な子供のように問いかけた。
    「今日は押っ死ぬなよ、関島?」
    「お前も割と人の事言えないだろ。本当に毎度無茶ばかりだな、だが遣り甲斐はある」
    「あぁ、ハロウィンにゃ早いが一つパーティと洒落込もうじゃねえか! いけるな、相棒!」
     やんちゃな主人の良き支え役であるサヤはきりりとした瞳で戦場を見つめ、答えのようにリングを輝かせた。
     篠村・希沙(暁降・d03465)の振るった十字架が肥えた男の膝を打てば、その姿を敵の目から隠すべく室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)が入れ替わりざまに前に出る。
     希沙ちゃんは私が守るの。香乃果の願いを込めた帯を、ブッチャーは鬱陶しそうに振り払った。
     厳しい戦いだ。だけど、信頼する人達と一緒だから迷わない。果敢に前線に立つ香乃果の後ろ姿に、希沙もまた強い信を置く。
     その時――戦場の空気が、にわかにざわついた。

    ●2
     ――おいおい、まだ1分経ってへんやろ。
     ――もう突破しはった人が居んのやろか。
     決戦参加を予定している悟と希沙は直感的にそう思い、後方で顔を見合わせた。こちらは戦闘開始からの3分間で突破しやすい準備を整える作戦だが、追いつけるのだろうか……?
    『パーティには料理が必要ですものね。前列の方から綺麗にさばいてあげましょう』
    「静かに敗走してくれりゃいいのに……こうなった以上、思い通りになんかさせるかよ」
     一瞬漂った不安を見透かしたサウザンドが煽るように刃を打ち鳴らす。ただでさえ前に出れない事が歯がゆい南守は、耳障りな金属音に眉をひそめた。自然と手が頭上に伸びる。
     ――先生、親友、力を貸してくれな。
     こうしてハンチングの鍔を触ると、ざわついた心がいつもすっと静かになる。ここで焦って予定変更し、戦線が崩れては元も子もない。
    「皆がこんなに体張ってくれてるんだ、お前は俺が絶対に止めてやる! 好き勝手はさせねぇぞ!」
     南守の鞭剣が刃を鳴らす女の手に食いこむ。後方の抑えは彼に任せ、一行は前衛のブッチャーに狙いを定める。
    「手前ら元何番だ? マァ格下に手古摺る様じゃ知れてるか」
    『はぁ? 今更教えて何か意味あるんすかね?』
    「こんな山奥じゃもう殺人もできないし、肉屋さんも閉店だね? おつかれ様!」
     壱の手にした蝋燭から飛んだ炎が南守の剣を伝い、後衛の女を燃やした。刃物を取り落とした女が小さく舌打ちをする。きなことサヤの力を借り、敵の強化を砕く準備は万端だ。
    『お前らがいるじゃないすか。旨い肉をマンチェスター様への土産に……』
    「手前は脂身ばっかだもんなぁ、殺人鬼としてもさぞ安モンだろうぜ」
    「全くだ、半額でも買わないぞ。まずは自分の肉を引き締めたらどうだ」
     涎を垂らしながら包丁を舐める男の腹に、サヤの拳がめりこむ。一瞬怯んだ男の脚を布都乃が叩き潰す勢いで刻んでいる間に、峻は影を練り、その背後に香乃果と希沙を隠す。
    「あの女の言いなりか。下っ端の捨て駒だな、なあ香乃果」
    「は……はい。あの、まさかボスが傍にいないと怖くて戦えない、なんて事ないですよね?」
     もはや挑発か素か不明な皆の毒舌に圧倒されつつも、頑張って追従する香乃果の姿に希沙は思わずくすりと笑った。
     影の刃を突き破って現れた冷気の弾が男の肉を急速冷凍した。次は炎で解凍や、と心の中で囁いて、背後に回りこんでいた悟が大振りの蹴りを見舞う。後方で壱に手当を施していた仙が、うつ伏せに倒れた巨体の背へしれっと囁く。
    「細身の自分の攻撃くらい軽くいなせるかと思ったんだけどな」
     何も知らずに仙を睨んでいるブッチャーを見た悟は、腐れ縁の級友にこっそり手を合わせた。連携は完璧だ。こうして隙をついての攻撃に見せかけながら陣形を整え、突破を狙っていく。
     だが、この間にも戦場の空気は刻一刻と変わりつつあった。既に各班から突破者が出始めているらしい。
     速攻戦で慎重を期しすぎたか。多少強引にでも早期突破を試みた他班より、突撃開始のタイミングがやや遅かったようだ。その数十秒の遅れが手痛い。
     ようやく3分が経過し、悟は当初の予定通り目星をつけておいた場所めがけて全力失踪した。
     希沙は追撃への警戒を兼ねて皓光の氣を纏い、攻撃するそぶりを装いつつ悟とは逆方向へ駆ける。
     だが、準備に時間をかけすぎ敵も作戦に勘づきだしていた。動きが読まれ、塔への道を阻まれてしまう。刃物を構えた女が蔑むように笑った。
    『やけに生意気だと思いましたが……貴方達はまだ行かなくていいんですか?』
    「先に目の前の俺達を倒してみろよ」
     峻と壱が敵と決戦組の間に割り込み、何とか隙を作ろうと試みる。踏み込んでくる前衛達に刃物を投げて妨害しようとする女へ、させるか、と南守が鞭剣をしならせる。
    『……しつこいですね』
    「隙だらけで当て放題。随分サービスいいんだな、あんた」
     あと一歩が足りない。仙も急遽攻撃に加わり、包丁を握る男の腕を魔弾で撃ち抜いた。
    「自分からの攻撃は無いと思った? 油断しすぎだね。こっちだよ良く狙って……ああ、でも届かないかな?」
    「余所見すりゃうっかり首が落ちるぜ!」
     涼しげに笑む仙にむっとする男の首元ぎりぎりを布都乃のチェーンソーが通過していく。剣をバットのように振り回し、畳みかける主人を助けようとサヤが猫魔法を放てば、きなこものっそりと彼女に倣った。
     猫の手を借りてでも突破すべく隙を伺う悟と希沙。なお包丁を振りあげたブッチャーへ香乃果が刀を振るって応戦するも、力で押し負け転倒してしまう。
     強い言葉は上手く出てこない。ならば、せめて身体を張ってでも。
    「そちらではなくて私達の相手をして下さいっ!!」
     血と土が混ざってできた泥にまみれながら、敵の脚にしがみつく香乃果へ包丁が振り下ろされた。女は南守に縛られ、動けない。
    「今や!!」
     ――悟が叫んだ。

    ●3
     彼の直感を信じ、一歩、大きく踏みだす。
     香乃果のうめきが後ろから聞こえ、胸が苦しくなる。
    「希沙ちゃん、ここは任せて!」
     けれどその声を信じ、希沙は振り返らず駆けた。皆が切り拓いてくれた道は決して無駄にしない。
    「世界救済タワーは俺の庭や。最短制覇ルートで飛ばすで!」
    「頼らせていただきます!」
     大切な友人の後ろ姿を香乃果は祈る気持ちで見送った。左手薬指と右手小指の銀環に触れ、希沙は決戦への熱意を確かにする。視線は交わらずとも想いは繋がっている。
     ――後できっと笑い合えるよね。どうか、ご無事で。

     予定より手間取りはしたが、何とか二人を見送り、急激に全身から力が抜けた。
     それも刹那のこと。血の味と痛みに支配された現実の中で、この手が守れる物など高が知れているだろう。それでも――守りたい物は、ある。
     峻は傷ついた香乃果を素早く抱き起こし、千の刃から庇った。少しも痛くない。失う事に比べれば、少しも。
    「意地を見せるぞ」
    「うん」
     香乃果はその言葉に強く頷いた。見慣れた広い背が血に濡れている。心は苦しいけれど、とても頼もしい。
    「さすが関島さん、まだまだ活きが良いね。でも無理は禁物だよ」
    「分かってる。背中は預けたぞ、仙」
     ここからは支援の為に皆で粘り、耐え抜く。仙は穏やかに笑みを返すと、火花里の言霊を語った。現れた少女は皆の絆を感じたのだろうか。仙の手をきゅっと握って嬉しげに笑み、前線に儚げな癒しの花火を咲かせる。
    『もう少し遊びたかったっすねえ』
    『貴方、状況を理解しているのですか?』
     口が減らないブッチャーにサウザンドは苛立ち気味だ。女が投げたナイフを一気に受け、動きを止めたサヤを布都乃は険しい顔で見送った。
    「サヤ……」
     後で労ってやらねば。敵の攻撃が近接一辺倒のため、後衛は必然的に守られている形になっている。はらりと落ちたサヤの赤いリボンを眺めた南守は、唇を噛みしめながら女へ制約の魔弾を撃ち続ける。
    「まだくたばってられねーな」
     そろそろ準備頼むぜ、と布都乃は壱へ目配せを送る。人数が減り、戦況が一気に苦しくなった。だがここが正念場だ。
     決戦は更に苦しいはず――だから、負ける訳にはいかない。
     少しでも撃破を早めようと全力で刀を振り続ける香乃果から、男は次第に逃げきれなくなってきた。重ねられた足止めと氷が痛い。峻に止めをさし、血を奪おうと猛進してくる男の前に南守が満を持して立ち塞がる。
    「後は任せてくれ関島さん、今度は俺が守り抜く!」
     交代だ。常は朗らかな表情を引き締め、気合十分で敵に対峙する彼へ峻も安心して後を託す。更にその後、壱に促されたきなこも布都乃と交代で前に出てきた。止めをさす寸前で範囲外に逃げられる事が続き、敵も憤りを隠せなくなっている。
    『この能無しの豚ッ!!』
    「うわー、怖いなあお姉さん。そっちが本性?」
     軽やかな蹴りでブッチャーを仕留めた壱に千の刃が向けられた。初撃を腕で受けた壱の左胸を、コートに隠されていたナイフが狙ってくる。だが壱はその刃を炎で溶かし、追撃を阻んだ。
    「それだけ刃物じゃらじゃらさせてたら警戒するよね」
     ダブルピースでにぱっと笑う壱。くっ、と呻いた女が思わずタワーを見やる。壱の傷口に帯を巻きながら、仙と布都乃はすかさず言ってやった。
    「逃げるの? 沢山武器を持ってるのは肝が小さいからかな。ふふ」
    「半端に殺り残すのは三流仕事だぜ、三下」
     きなこの迷惑そうな顔にも構わず、後ろから煽ってくる二人に女が血走った目を向ける。ここまでに南守が与えてきた傷と縛りがけして浅くない事は、相互に認識できているようだ。
    「おー良いカオだねえ、傑作だぜ。手前がくたばるまでこっから邪魔し続けてやるさ」
     手を叩いてけらけら笑いだした布都乃の隣から容赦なく制約の弾を撃ちつつ、峻はため息をつく。
    「誰の影響か知らないが皆口が悪すぎだ。まあ愉快な土産話ができたな」
    「峻さんも少し楽しそうに見えたの……」
     峻のぼやきに香乃果も笑う。たぶん今、同じ人の顔が浮かんでいるから。

    ●4
     作戦開始後10分を回った辺りから、だろうか。
     負傷者を連れて退却する仲間の姿がちらほらと見え始め、今は人の気配が半分ほどに減っていた。初期に無理な突破を試みた班が、敵を足止めしきれず崩壊しているのだ。
     一方で敵の力量を重く見て、戦略を重視したこちらの班は戦線が安定し、まだ余裕がある。だが、悟と希沙は決戦開始に間に合っただろうか……仙はふと心配になり、二人が残していった足跡を眺めた。
    「結局どっちが良かったんだろうね」
     小さな呟きは冷たい秋風にさらわれる。
     完璧に目標を達した班は恐らくごく僅かだろう。改めて、今回の作戦の難しさを知るところだ。
    「嫌がらせで俺達が折れると思ったら大間違いなんだって教えてあげるよ」
    「決めるか。俺にも一枚噛ませろよ、壱!」
    「りょーかい! 行くよ、南守!」
     満身創痍のサウザンドを壱と南守が左右から囲いこむ。漆黒の弾丸が跳ね回って刃を砕き、赤い飾り尾の軍刀から溢れる熱き炎がその破片を焼き尽くす。終には丸腰になった女を、香乃果の刀が真っ二つに叩き斬った。
    「……勝った……な。勝った!!」
     信じられない、といった風に南守が呟く。じわじわと広がる喜びが胸を満たし、壱と南守はばしばしハイタッチを交わしあった。入学初日から続く男子達の熱い友情に巻きこまれた香乃果が、訳もわからずその行為に付き合っている。日常を思い出させる光景に、皆どこかほっとした。
     序盤こそ少々遅れを取ったものの、敗走する班も出ている中、残留戦力で敵を破った事は快挙だろう。突破に関しては課題が残ったが、見事な連携で的確に敵の穴をつけた結果だ。
    「うん、上々だよね。皆、お疲れ様」
     仙が皆を労う。気心の知れた戦友達と共に考えた丁寧な作戦。その確かな手応えに小さな喜びを噛みしめ、峻はそびえ立つタワーを仰ぎ見る。斜陽の宿敵――若干複雑な思いだ。
     遅れを取り戻すべく、六人は迷わず決戦の地へ走った。だが、途中布都乃が急に足を止め、ちッと悔しげに舌を打つ。
    「どうやら時間切れのようだぜ」
     六六六人衆。滅ぶべき怨敵だが、やはり相当しぶとそうだ。天運は『彼女』に向いたらしいと峻は静かに思う。
     ――世界救済タワーの背後に、スサノオの軍勢が見えていた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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