世界救済タワー決戦～疾風迅雷

■リプレイ

●疾く
　世界救済タワーを遠くに見遣りながら、進む。
　相対する六六六人衆を押さえ込む、否、倒す勢いで向かっていこう。そして決戦に赴く面々を送り出すのだ。
「退かないし、負けないの」
　小麦色の髪をふわり秋風に乗せて、雨咲・ひより（フラワリー・d00252）はきつく前を見据える。奇白・烏芥（ガラクタ・d01148）も浅く顎を引いてビハインドの揺籃と馳せる。
　思い描くは六六六人衆序列２位、マンチェスター・ハンマー。先の戦争で討ち漏らした敵将がスサノオ勢力と合流する前に止めなくては。
「あの時、戦場で倒せていたらなんて仮定の話はしない。これ以上何かされる前に止めないとね」
　呟いて、三蔵・渚緒（天つ凪風・d17115）が地面を蹴る。ビハインドのカルラが続いて跳躍した。そこに立ちはだかる、影。
　灼滅者達の眼前に現れたのは、血塗れの殺人ドクターと刃だらけのサウザンドブレイドだ。
「きぃーひひ。刻まれたいのはどいつかなぁー」
「あなたがたはここで斬られるのが似合いです」
　まさに一触即発。だが臆する事など誰一人として考えてはいなかった。
　あのしたり顔で嫌がらせするってアマの態度を散り際の諦観に染めてやる為。私がここで、邪魔してやりますと心に決める。
「そう、敵の嫌がることで」
　リアナ・ディミニ（絶縁のアリア・d18549）が殲術道具を揮い、敵前に突きつけた。
「別動隊がボスの首獲るまで、ここで遊んでもらいます」
　それは偽りの目標、仮初の目的。だが戦意に満ちた灼滅者達はそれを嘘と気づかせない。
　敵がしたり顔でほくそ笑むのを良しとして、橘名・九里（喪失の太刀花・d02006）が呪力で紡いだ漆黒の鋼糸を指先で操る。
「嫌がらせには阻止と言う嫌がらせにて御返しを……愉しませて頂きましょう」
　鋼糸を大きく振るったならば殺人ドクターの顎下を抉らんとする。が、それは囮。生まれた隙を埋めるが如くに片腕を異形巨大化させ、横っ腹を力任せに殴りつけた。
　攻勢は続く。同じく巨腕が殺人ドクターの鳩尾を抉るように殴打する。その主たる森田・供助（月桂杖・d03292）は確かな手応えに目を眇める。
「しばらく遊んでもらうぞ。もっとも、倒してしまうかもしれねぇが」
「……ひひ、存外やるじゃないかぁ」
　殺戮の医師にも滾るものがあるらしい。それでいい。そうやって気を惹くのが足止め班の役目であると、誰もが正確に理解している。
　そして突破班の二人も、その狭間で淡々と機会を狙っている。今はまだここに残る面々と役目を同じくする者と見做されるように努めなければ。
「戦に勝つには準備が必要だからね」
　青白を燈す和蝋燭の焔が、黒色に変化していく。水燈・紗夜（月蝕回帰・d36910）が黒煙を棚引かせれば後衛に布陣する仲間の妨害能力が増幅されていく。そうして補助に徹する振りをしているからか、敵はよもや紗夜が突破を狙っているとは思いもしていないようだ。
「行くぞ！！」
　居木・久良（ロケットハート・d18214）も大型リボルバーをファニングして連射する。運よく狙い定めた殺人ドクターの脚へと命中した。相手の舌打ちを聞き届けて、小さく拳を握る。
　左腕につけたワッペンにそっと触る。込み上げるは決意。気合。覚悟。
「絶対に、成し遂げてやる」
　必ずや突破し、本懐を遂げてみせる。

●突く
　巨大な霊光の法陣が展開される。戦闘開始から、二分。
　目まぐるしく変わる戦局において、灼滅者達は冷静さを失っていなかった。混戦が開始したと思わせて、このまま泥沼の戦いに持ち込むと見せかけて、しかして精鋭を決戦に送り込むのが今回の主眼。
　烏芥が彗星の如き鋭さ秘めた矢を撃ち医師の持つ加護を砕く。その間に揺籃がサウザンドブレイドを牽制すべく霊障を放出する。
「ちィ……！」
　千刃が咄嗟に一歩引き、幾本ものナイフを投擲する。陣に浅くない切り傷を増やしたその結果、自然と敵味方で睨み合う格好になる。ひよりは視線だけで供助の肩を追った。
　頃合いだ。
　手番が三巡する時、すなわち三分を目途とする事はあらかじめ決めていた。
　久良と紗夜がそれぞれの立ち位置で、機を待った。只管に待った。
　機は作られるもの。構築するもの。
　決して逃したりは、しない。
「行くぞ」
　それは供助が発した簡潔な合図。各々が殲術道具を握る。そして一斉に駆け出した。声を張る、それは未来に続く勝鬨の声。
「おおおおおおおお！！」
　タイミングを合わせての突貫。走り向かってくる灼滅者らの勢いは、全員で攻撃の焦点を合わせて戦いの流れを掴もうとする――そんなものに見えただろう。
「一丸となり突撃するのですか、愚かな！」
　殺人ドクターとサウザンドブレイドが迎撃すべく武器を構えた。供助が医師目掛けて流星の重力宿した飛び蹴りを炸裂させる。大きく身体を揺らがせたなら次は九里が黒曜の糸を高速で操り腱を削り、機動力を損ねていく。そのまま肩肘で重心を傾け押しのけた。
　千刃も放ってはおかない。渚緒が鬼の膂力で撲り付けると、その勢いに乗せてリアナが赤色標識に体重を乗せて身諸共叩きつける。
　そのまま押さえつける事で殺人ドクターとサウザンドブレイドの間に空間を生み出した。そう、丁度人間二人が通り抜けるのに相応しい、空隙。
　久良が、紗夜が、全力で飛び出す。
　足止めしてくれる皆が作ってくれた、突破に最適な隙間を疾駆する。久良が空気の層を踏み高く跳躍したならば、藍の髪が秋空の下で翻る。そのやや後方で身を捩らせた紗夜が敵の間をすり抜けた。赤の双眸が残像のように色だけを残していく。
　言葉を残すより、決戦で成果を残す事が最大の恩返し。だから今は後ろは振り向かずに、ただ、ただ、疾走する。
「きひぃ！？　向こうにはマンチェスター様が……！」
「……御先に失礼」
「わたし達で力不足とは言わせないんだから！」
　敵に振り返らせる間など作りはしない。身を反転させた状態で進行方向を塞いでいた烏芥とひよりが啖呵を切った。破邪の白光纏う斬撃を放てば、それを押し込むように鋭き裁きの光条を閃かせる。
　小さくなっていく藍と黒の背中を見遣り、烏芥は小さく囁く。渚緒も微笑みに乗せて見送った。
「……私達の分、託しました」
「僕らは負けない、君たちも負けるな」
　二人の姿を最後まで見届ける事は誰にも出来なかった。供助が背で庇うように射線を阻んだからだ。その壁は残った渚緒に九里、リアナに烏芥にひよりまで揃って出来ている。
　幾ら灼滅者数人分の能力を持つダークネスとはいえ、ここまで強堅な防御態勢を敷き進路を断たれれば、増援として追いかける事は難しいだろう。
　――目の前の相手をどうにかして倒す以外の方法は、敵には残されていないのだ。
「お前らと、最後までやり合う方が楽しいかもな！」
「貴様らッ……！」
　供助の挑発を受けた千刃が激高する。いっそ鮮やかなほどの連携だった。これは作戦自体が有効であったという事は勿論だが、役割分担をきちんと果たしていた事、意識統一が的確に為されていた事が成功の所以だ。何処かに綻びが出たならきっと、これほどまでに一方的な結果にはならなかっただろう。
　とはいえ強力な六六六人衆二体と六人で戦わなければならない現状ではあるのだから、油断は禁物だ。
　嘘は苦手だが、人形芝居なら幼頃より慣れたもの。目的のためなれば何彩の仮面でも被りましょうと、烏芥が真白い面差しを向ける。
「……如何でしたか」
「此方の芝居に掛かって頂き有難う御座います。終幕はまだ先となります故、御付き合い頂きましょう」
　眼鏡をずり上げて九里が薄く笑う。殺人ドクターも鏡映しのように目を弓型に細めた。
「きぃーひひ。まあ、こいつらを血祭りにあげて後を追えばいいだけの話だからねぇー」
　本番はこれから、というところなのだろう。
　リアナが一歩踏み出して、吐息交じりに呟いた。
「そんなの、許すわけないじゃないですか」
　徹底してクレバーに対応すると決めている。
　強い相手には容易く命を投げうつ戦闘狂だという自覚はある。が、今回は目的の為、仲間を活かす事に集中すべく動いていた。その結果が今、目の前に横たわる。
　それを更に堅固なものとするために前を睨めば、薔薇色の髪が風に流れていった。

●裂く
　突破組を送り出してしばらく、死闘は続いた。
　作戦が上手く嵌ってくれたとはいえ殺人ドクターもサウザンドブレイドも強敵には変わりない。攻撃力を高める切断に回復、連続でダメージを与える斬撃や投擲。人数が減った事もあり予断を許さない状況だ。
　しかし灼滅者達は怯まない。破魔の力を常に纏う事で加護を適宜砕いていくよう努めた。攻撃は殺人ドクターに集中させたが、抑えが必要な時は九里や烏芥や揺籃・渚緒が牽制を入れていたためサウザンドブレイドのいいようにもさせていない。カルラも含めた護り手で食らう打撃をいなしていたし、回復手が二名と手厚い治療を心がけていた事も大きかった。
　降り注ぐ千の剣の前に滑り込み、受ける。痛みはESPで軽減させたからか、口の端に浮かぶは笑み。
「燃えるじゃねえか」
　供助が思い描くは他班突破組にいる妹分達。
　無事を祈りつつ――今は役割を、全力で。降ろしたカミの力を渦巻く風刃に仕立て、お返しとばかりに投げつけた。
「続きます！」
　リアナが朗々と歌い奏でるは伝説の歌姫を思わせる神秘的な音色。医師の脳髄を根幹から揺さぶるようなそれで催眠状態へと貶める。ぐらり視界が揺らいだのかたたらを踏んだ敵に、烏芥が影を疾走させて絡め取って行く。
「雨咲さん！」
「うん、渚緒くん！　大丈夫！」
　その隙に癒し手の二人が馳せた。特に傷の深い護り手らへ向けて、各々の指先を差し出す。先に動いた渚緒がしなやかな意思持つ帯、供助の傷に重なるように鎧を構築したならば盾となるべき力をも付与する。
　ひよりも前列に位置する皆の足止めを解くべく断罪輪を天に掲げた。霊光が法陣となり包んで、傷を埋めると同時に天魔を宿らせていく。回復手に身を置いた二人の連携は絶妙の一言で、過不足なく治癒を齎しているからこそ少ない人数で戦線を維持出来ているのだ。
「きぃーひひ！　やられてばかりじゃないんだぁ！」
　五連続で飛んでくるメスが九里の肩口を抉る。一瞬痛みに表情が歪むも、次第に血に濡れ嗤う。狂気を深めていく。あァ、己の弱さが厭になる。けれど。
「此の程度で終わるとでも？」
　再び片腕を異形化させる、巨大化させる。既に殺人ドクターの残り体力が僅かである事は知っている。ならば骨の髄まで残さず浚ってしまおう。
「此の強さ……全くもって憎らしく、そして羨ましい」
　地を蹴った。医師が慄く間すら与えぬ。凄まじい腕力に更に圧力を加え、力任せに粉砕する。土壌ごと叩き割るが如き轟音が響いた。
「だからこそ見たくなるのですよ、其の顔が苦痛に歪む様を」
　果たして表情を見る事は叶わない。
　何故なら医師のすべてを破壊してしまったから。
「なっ……」
　サウザンドブレイドが手で口許を覆う。二の句が継げぬと言わんばかりの様子に、ひよりはちらりと視線を向けた。
　敵二体の灼滅は『絶対必要』じゃないけれど。
　でも。
「一矢報いたいって思うのは無謀かな」
　凛と眼差し上げたひよりの思いは決して無駄にはならない。彼女や渚緒が細やかな回復で支え続けた前線はしっかりと維持出来ており、崩れる気配すら見せない。
　そして今、目の前で殺人ドクターは倒された。
「……行こう！」
　相手が強敵なのは十分承知している。それでも、相手が嫌なことをするって言う、その姿勢がキライだから。
　――徹底的に抵抗したいって、思っちゃうみたい。
　ひよりの覚悟は周囲の仲間に伝播する。殲術道具を構え直して、吐息を一つ。
「向こうの思うようになんて、させないんだから」

●弾く
　戦いは長引いた。誰とも言わずそう予感していたから問題は起きなかったが、それでも時間は刻々と過ぎていく。傷は深い、それでも誰も戦闘不能に陥らなかったのは、全体のバランスが取れていたからに他ならない。
　損なわず、損なわせず、凌ぐ。
「おのれッ……！」
　九里が漆黒の糸でサウザンドブレイドを斬り裂いたなら、刃の一片が罅割れる音が響き渡った。傷を埋めようと千刃が刃を打ち鳴らすも、もはや焼け石に水と言わざるを得ない。
　流れ星の煌きが戦場に走る。供助が敵の鳩尾を蹴り抜いたのだ。機動力を削る一蹴に続いたのは攻勢に回った渚緒が吹き散らすカミカゼ、激しい烈風は刃の金属音をも断つ勢いで、荒れ狂った。カルラが立て続けに霊撃を食らわせる。
「人は生きていつか死ぬ。だけど君たちが横から奪っていい訳が無いだろう」
　先の戦争もあり、六六六人衆を許せない気持ちが燻っている。その思いのせいだろう、攻撃が直撃しても尚飽き足らぬ程に、薄い笑みの底に怒りが湛えられている。
　その気持ちを汲むかのように烏芥が往く。揺籃の霊障波に沿うように、流れるように殲術道具を振り下ろした。影宿した一撃はサウザンドブレイドに精神的外傷を与えたようだ。ふらり、敵の足取りが惑う。
「……六六六人衆は御終いです」
　他勢力に諂える事で生き延びる者もいるかもしれないが、種としては潰えることになる。
「……貴方の想う殺し愛、出来る自由は此れが最後の機会かもしれませんよ」
「くそっ……！」
　千刃が忌々しげに吠える。それを見たひよりの翡翠の瞳に過るは感傷か、それとも。『通行止め』の赤色標識は行き止まりを示すかのよう、振りかぶって叩きつけたならば敵の身体が大きく揺らぐ。
　命の残り火は、もう僅かだと誰もが知る。
「終いですよ。もう、何を言っても遺言にしかなりませんね」
　リアナが薄紅色の髪を秋風に靡かせながら整然と言い放つ。
　鎮魂歌と行きましょうか。
　形の良い唇から紡がれるのは歌姫のメロディ。神経をも蝕み、衰えさせ、絡め捕り――サウザンドブレイドはがくりと膝をついた。精魂尽きたのだろう、刃にひとつ罅が入ったと思えば次々に連鎖して砕け散った。
　その瞬間。
「――――！　あっちで何かあったか」
　供助と渚緒が顔を見合わせる。世界救済タワーの方向から一際大きい声が上がったからだ。恐らくそれがスサノオ勢力だと判じれば、その理由も明らかだろう。
「如何やら、ナミダ姫が到着したようです」
「マンチェスターに止めは刺せたか……は、判断できませんね」
　九里の呟きにリアナが首を傾げる。自分達の役目は確かに果たした。が、決戦組の戦況は果たしてどうだったのだろうか。
「……信じる事しか出来ません、か」
　緩やかな烏芥の囁きに、ひよりが首肯する事で返す。どうか本懐を遂げて欲しい、その願いは果たして届いたのか。わからない。
　敵を翻弄して叩けたのだから、最良の結果と言っていいだろう。

　――だがこの戦いの余波は次に続くのだと、後に知る事になる。

作者：中川沙智	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年10月20日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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