世界救済タワー決戦～炎と薔薇のデッドライン

■リプレイ

●デッドラインの上で
　ギィンッ！
　ガキンッ！
　山梨県のとある山中。
　焼き払われた跡が残る中、そこかしこで戦闘の音が響き始めていた。
「全く……厄介な事をしてくれましたね」
　熱を帯びたかの様に紅く輝く剣を手に、リーファ・エア（夢追い人・d07755）が防火服に身を包んだデストーチャーへと跳びかかる。
　破邪の力を纏った刃と防火の仮面とぶつかり火花を散らす。
「マンチェスターめ、厄介な策を考えるものだ」
　ぼやく様に呟いた御伽・百々（人造百鬼夜行・d33264）の姿は、怨念と甲冑を纏った鎧武者の姿になっていた。
　篭手から放たれた意思持つ帯が、火花を散らすデストーチャーを吹っ飛ばす。
「先日の借りを返させて貰いますえ」
「そう。今回も邪魔、させてもらうわね」
　恨み言を口にした薔薇の貴婦人に淡々と返して、雨積・舞依（黒い薔薇と砂糖菓子・d06186）が静かに指差した。
　矢の様に撃ち出された意思持つ帯を、しかし貴婦人は薔薇が埋もれたドレスを翻し避けてみせる。
（「あっちも厄介そうね」）
　その動きに胸中で呟きながら、刻野・晶（大学生サウンドソルジャー・d02884）は、舞依に帯を伸ばして、テープの様に巻きつけ守りを固める。
「そんなもので、薔薇の香りは阻めませんよ」
　晶と、百々も巻き込む形で貴婦人が放った薔薇の香気を、舞依とリーファが下がって食い止める。貴婦人は２人に追い討ちで、薔薇の香気を浴びせかけた。
　更にその隙に、デストーチャーが動き出す。
　殺人トーチから放たれた高温の炎が、ビハインド・仮面が霊障で飛ばした丸太を焼いて晶に浴びせられる。
「くろ丸」
　青和・イチ（藍色夜灯・d08927）の短い一言で、霊犬・くろ丸が癒しの視線を晶に。
　イチ自身は、ヴァンパイアの魔力を宿した霧を自身の周囲に広げていく。
　その仄紅い霧の中から、千布里・采（夜藍空・d00110）と、李白・御理（白鬼・d02346）が飛び出した。
　采の槍の先から鋭く冷たい氷柱が放たれ、御理の指で紫の宝石が輝き制約の魔力が弾丸となって撃ち出される。
　氷柱を鋏に切り砕かれたが、続く魔弾は貴婦人を撃ち抜いた。
「僕の方で回復します！」
　土屋・筆一（つくしんぼう・d35020）が掲げた標識から放たれた黄色い輝きは、前衛の仲間を癒し異常に耐える加護を残す。
「流石に、簡単には殺せませんね」
「燃ヤシガイ、ある」
　毒づくダークネス達には答えず、灼滅者達はある意味セオリー通りに役割を分担した布陣のまま、少しずつ間合いを詰めていく。
（「そろそろ頃合――こじ開けるとしようぞ」）
　胸中で呟いて、百々が刀を振り上げる。
　上段に構え振り下ろした刃が、デストーチャーの殺人トーチとぶつかった。
「そのまま、頼みます」
　鍔迫り合いの形になった所に、リーファが跳びかかる。白銀の靴底に煌きと重力を纏わせて、防火服の上から叩き込んだ。
「何をやっているのですか――っ」
　押さえ込まれるデストーチャーをフォローしようした貴婦人が、咄嗟に飛び退く。目の前を通り過ぎた御理の靴底が、薔薇が煩い帽子を蹴り飛ばしていた。
「どこ見てはるん？　えらい弱気やねぇ」
　驚き、見開いた貴婦人の目を、采の夜明け色の視線が射抜く。直後、半回転した采の煌きと重力を纏った重たい蹴りをまともに喰らい、衝撃で貴婦人が膝を付いた。
「今だ！」
　イチが彼にしては珍しく大きく声を張り上げ、飛び出した。

●託し、託され
　夕晴れの靴底が貴婦人の足を払い、イチの路を拓く。
　払った勢いそのままに貴婦人の足元を抜けたイチが身を起こす頃には、くろ丸も貴婦人を跳び越えて彼の隣についていた。
　カッカァンッ！
　すぐそこで響く金属音。至近距離から放たれた矢と振るう刃がデストーチャーの仮面を打つと同時に、晶と仮面もデストーチャーの左右に分かれて駆け抜けていた。
「無理はしないで」
「うまく行かせてみせますよ」
「はい、行って来てくださいね」
　僅かに先を行くイチを追いかける晶に、御理とリーファが短く返す。
　互いに背中を向けたまま。
　更に４人の後を追うように、采の霊犬も続けて飛び出した。
「ナ……！　行カセルカ！」
「僕だって、守るばかりではないですよ……！」
　咄嗟に後を追おうとしたデストーチャーに、筆一が意思持つ帯を撃ち込む。
　飛び出したばかりの霊犬がその場で振り向いて、六文銭を２体のダークネスに放つ。
「だったら――」
「させないわ」
　ならばと貴婦人が放とうとした薔薇の香気は、霊力の網に阻まれ霧散する。
　その頃には、戦線を突破した２人と２体の姿は、山林の木立の中に消えていた。
「――やってくれましたね、小娘達……」
「貴方に薔薇は似合わないわね」
　帽子を拾って被り直した貴婦人の怒りの篭った視線を、舞依は表情を変えず柳に風と受け流して告げた。
「我らと主ら、立場が逆転したわけだ」
　さあ、どうする？と百々が問いかける。
　戦闘開始から、３分程。この場に引かれた見えないデッドラインは、越える側と阻む側が綺麗に入れ替わる事で、その意味がガラリと変わっていた。
「オ前ラヲ殺シテ追エバイイ！」
「殺されてなぞ、やるものか」
　百々甲冑の指先から放たれた制約の弾丸が、殺人トーチの炎に焼き尽くされる。
「そう簡単に、行かせられまへん」
（「どうかお２人とも無事で」）
　胸中で呟いた願いを込めて、采が槍の先に冷気を集め、解き放つ。鋭く冷たい氷柱は防火服に突き刺さり、一部を凍らせた。
「微温イ」
　氷に怯む事なく、殺人トーチから炎を刃と噴き上げるデストーチャー。
「さてと……ちょっときついでしょうが、頑張りますか」
　炎の刃をリーファが阻むと同時に、その背中に護りの符が届いた。
「誰も倒れさせはしません！」
　筆一が告げる目の前で、体を焼く筈の炎が護符と共に燃え尽き消えていく。
　決戦戦力を３分以内に送り出せたのは、上出来と言っていいだろう。
　だが、それはつまり、この場に残るメンバーはそれだけ長い時間耐えることを求められると言う事でもあった。

●攻防
「クラエ」
　高温の炎を噴き上げるデストーチャーの殺人トーチが、リーファのウイングキャット・キャリバーを叩く。
「フシャーッ！」
　増幅された衝撃と熱が起こす怒りに抗えず、威嚇の音を発して飛ぶキャリバー。
「ダメです、戻って！」
　リーファの指示も届かず、デストーチャーに前脚を振り上げた所を、貴婦人の鋏に羽を切り落とされ、落ちて消えていく。
「まず１匹――悔やむ暇など与えませんよ」
　その宣言通り、間髪いれずに貴婦人が薔薇の香気を放つ。
　薔薇の香気が広がる前に、舞依が飛び出した。黒と白のドレスをどこか優雅にふわりと翻し、むせ返るような薔薇の香気が広がりきる前に、その身に浴び、吸い込む。
「っ……それだけ薔薇に埋もれて、この程度の香りなん、て。やはり、貴方に薔薇は似合わないわ。わたしの様には」
　薔薇の香気に含まれた毒が体を蝕み、こみ上げる朱が口の端から零れて伝う。
　それを構わず、舞依は貴婦人に淡々と告げると同時に、光の陣を天に描く。
「く、黒薔薇しか纏わない小娘が、言わせておけば――」
「多ければ良いと言うものでもないわ。この薔薇、貴方には散らせないでしょう？」
　怒りを募らせる貴婦人に、舞依は表情１つ変えずに言い放つ。
（「わたしの方が薔薇を愛しているし似合う！」）
　変わらぬ表情とは裏腹に、内心では妙な対抗意識を抱いていた。
「この――っ！」
「隙ありです！」
　頭に血が上った様子の貴婦人。その隙を逃さず、御理が上段から刀を振り下ろす。
「――アタシとした事が。頼めます？」
「溶接開始」
　深々と斬られ半ば千切れかけた貴婦人の腕を掴むと、デストーチャーはまるで鉄骨の様にトーチの炎で溶接して繋げていく。
　何故それで繋がるのか、全く持って不明極まりないが。相対するダークネスが、どちらも共に他者に使えるヒールサイキックを有しているという事実は変わらない。
「まだまだ掛かりそうですね――頑張りましょ、この先の為に」
　采が放った暗い想念を集めた漆黒の魔弾は、振り向いたデストーチャーが強めたトーチの炎に阻まれ焼き落とされる。
　だが、白い尾をぴんっと立てた霊犬の刃が、防火服を切り裂いた。
「我らは我らの役目、果たすとしようぞ」
　更に百々の放った制約の魔弾が、デストーチャーを撃ち抜いた。
「……次ハ、オ前、焼キ殺ス」
　溶接を終えたデストーチャーの殺人トーチが、轟々と炎を上げる。
　燃え上がる高熱の炎を向けられ、リーファは敢えて避けずに受け止めた。
「ここが踏ん張りどころですから……もうひと頑張りって感じですね」
　炎の上から帯を巻きつけるリーファの姿を見ながら、筆一は標識の柄を握りしめた。
「誰も倒れさせません」
　誰かを支える事に義務感に近いものを持ってそう目標を定めても、そう上手くいく戦いばかりでは無いと、これまでにも何度も味わわされた。
　それでも、目の前で仲間の傷ばかりが増えても、筆一は支え続ける。
　標識から放たれた黄色い輝きが、残る炎を打ち消した。

●時は経つ
　ヒュッと風を切る音を鳴らし、撃ち出された帯を貴婦人が避ける。
「どこを狙って――」
　言いかけたそのドレスから、薔薇の飾りがポトリと落ちた。
「似合わないのだから、要らないでしょう？」
「灼滅者の小娘如きが――！」
　勝ち誇るでもなく嘲るでもなく、血の気の失せた無表情で淡々と告げる舞依に、貴婦人が怒りを露わに毒の滴る鋏をズブリと突き刺した。プツンと断ち切る音が鳴り、鋏が抜かれる。
　体力の限界をとっくに越えていた舞依の身体が崩れ落ちる――と同時に、貴婦人を御理が蹴り飛ばしていた。
「くっ」
「またおかわりしなくていいんですか？　それともあちらにおかわりですか？」
　飛び起きた貴婦人に御理が告げると同時に、プスンッと気の抜けたような小さな音が鳴っていた。
「ナンダト！？」
「我らの重ねた魔力、流石に消しきれなんだな」
　殺人トーチの不発に鉄仮面の奥で驚愕を浮かべているであろうデストーチャーに、百々が制約の魔力を更に撃ち込んでいく。
「面倒な事です」
　そう呟いた貴婦人がティータイムの癒しをデストーチャーに向けるのを見て、御理は胸中で拳を握る。
　このおかわりは、敵の手数と時間を奪った事に他ならない。
「ですが、さすがに……きついですね」
　意思持つ帯を巻きつけ護りを固めながら、リーファが呟く。デストーチャーの次の攻撃も不発に終わる保証は無く、身体の限界は近い。
「敵もデストーチャーは、限界が近い筈です。敵が１体になれば――」
　そう言いかけた筆一が、何かに気づいて世界救済タワーがある方角を見上げる。
　空の様子に変わりはなかったが、目に見えずとも何かが変わった事を、筆一以外もバベルの鎖の力で感じていた。
「潮時やねぇ。退散させてもらいましょ」
　采の言葉に、反対の声は上がらなかった。
「逃ガサナイ」
「そう言うな。我の役目はここまでよ」
　デストーチャーの攻撃を振り下ろした刀でいなして、百々が距離を取る。
　御理が動けない舞依を抱えて、貴婦人の前から跳び退る。
「みすみす逃がすとでも？」
　貴婦人が薔薇の香気を放つが、筆一が標識から黄色い輝きを放ち毒を緩和する。
　元々、接近戦に特化したコンビだ。距離を取ってしまえば、それ以上の追撃は飛んでこなかった。

　もう１、２分あれば。
　或いは、もっと攻撃的に動いていれば、デストーチャーは倒せたかもしれない。そう言う意味では後一歩だった。
　だが、そうしていたら、被害はもっと大きくなっていたかもしれない。
　２人が突破してから、15分近くが経っている。課せられた、託して託された役目は、充分に果たす事は出来た。
　今頃は、マンチェスターとの戦いも決着が着いているだろうか。
　その結末を気にしつつ、６人の灼滅者達は戦場を後にするのだった。

作者：泰月	重傷：雨積・舞依（黒い薔薇と砂糖菓子・d06186）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年10月20日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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