恐るべき魔境グンマ

    作者:るう

    ●武蔵坂学園、教室
    「先日の『グラン・ギニョール戦争』後、群馬県の山中が密林と化しています」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)はそう語る。
     密林はグラン・ギニョールの戦場のひとつ『アガルタの口』に似た姿になっており、内部には多数の六六六人衆が潜んでいると考えられている。実際、既に数班の灼滅者たちが会敵と灼滅を果たしている。
    「けれど……事件を根本から解決するには、周縁部にいる六六六人衆を灼滅して、もっと中央部まで調査する必要がありそうです。皆さん、協力してはもらえませんか?」

     とはいえ密林内の状況は、エクスブレインにも判らない。不用意な行動をしてしまえば、六六六人衆の奇襲を受けてしまうかもしれない。が、逆にどんな場所をどう探索するかを考えて行動すれば、逆に先制攻撃できることもあるに違いない。
     何にせよ、まずは安全を第一にしてほしい、と姫子は頼む。
    「奥地に向かえば、複数の敵との戦闘になったり、撤退中に別の六六六人衆と遇ったりして危機に陥る可能性もあります。他にも、分散してしまえば各個撃破の危険もあるでしょう」
     なので、今は確実に周縁の六六六人衆を灼滅し、中央を目指せるようにするのがいいだろう。
    「そうすれば……きっと、事件の真相に近づく機会が生まれるでしょうから」


    参加者
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    ヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    風真・和弥(仇討刀・d03497)
    ロイド・テスタメント(無に帰す元暗殺者・d09213)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)

    ■リプレイ

    ●奥地へ
    (「10分っす」)
     黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)のハンドサインに、一行の緊張が一段と高まってゆく。
     手持ちの地図を確認する備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)。よく秘境だとネタにされる群馬だけれど、森自体が変化して、今までの地図が大して役に立たなくなっているさまを目撃し、本当に秘境にしてどうするんだと心底思う。実は蓮司も全く同じことを思って呆れているのだが、全員で声を抑えあっている今、お互い気づかずに。
    (「あっちの方角が奥……のはずだね。それにしても嫌がらせにしちゃ随分と手が込んでるし、六六六人衆は一体何をしたいんだろう?」)
     彼が地図にメモを書き込み指差す間に失われる警戒の目を、速やかにヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)が肩代わりした。ここが敵地だと意識したならば、そこの木陰も、あの岩陰も、何もかもが敵の潜む場所に見えてくるから厄介だ。登山にも耐えうる彼の装備は彼に快適な旅路も提供してくれたが、分厚い靴は緊張による脂汗でじめついている。

     そう……彼らは、この密林の奥地へと踏み入れていたのだ。
     といってもこの目印もろくにない密林であるから、本来なら、敵幹部なり謎の拠点なりを発見して初めて『自分たちが奥地に来た』ことが判明する。が……それではあまりにも手遅れであるから、今の彼らにできるのは、せいぜい『今まで辿りついたと思しき辺りより内側を、30分だけ探索してみる』ことくらい。正直、本当に『奥地』にいるのか自体、彼らにはよく判っていない。
     だとしても、あえて姫子の忠告を僅かな時間だけとはいえ破り、奥へと向かわんとすることに、山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)は不安を禁じえなかった。
    (「上官の命令を無視した兵士さんたちは死んじゃうイメージがあるけど……私たちはどうなっちゃうんだろう……?」)
     かといって、今更帰ろうと騒ぎ立てたところで、これまでの探索を受けて警戒しているかもしれぬ敵を刺激するだけだ。透流には、この探索が無事に済むことを祈る以外の方法はない……。

    (「20分経ったっす」)
     再び、蓮司のハンドサイン。彼自身も樹上や足の下などを特に警戒しているが、幸いにも今のところ、それらの場所に六六六人衆が潜んでいた様子はない。月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)も『リキ』を先行させてみてはいるが、いまだ襲われたりはしていない……もっとも敵が、彼女が最も警戒している高位の六六六人衆であったなら、サーヴァントを闇雲に襲ったりはせずに、サーヴァントが離れているうちに主人を殺す算段を企てていただろう。ただし、それはそれで、時折ヴォルフが変じる狼を見落とすという落とし穴はあるが。
     もはや、これは探索行ではない。密林を巨大な舞台とした、暗殺者と暗殺者による戦いなのだ。
     それは自分の中の冷たい心――人を殺すことしか知らなかった昔の自分を呼び覚ますかのようで、ロイド・テスタメント(無に帰す元暗殺者・d09213)を動揺させる。今の彼にできるのは、かつての自分への後悔とあの時得た力を、少しでも多くの六六六人衆の灼滅へと繋げることだけ――。

    (「30分――時間っす」)
     幸か不幸か、この密林の秘密に迫る存在は、彼らの前に姿を現さなかった。理由は、探索時間が短かっただけかもしれないし、いまだ『奥地』と呼べる場所ではなかったかもしれない。あるいは、単純に運命の悪戯か。
    (「残念ですが、この辺りで戻りましょう」)
     踵を返す刃渡・刀(伽藍洞の刀・d25866)。目標未達とはいえここまでの探索がスムーズに進んだ裏に、彼女の『隠された森の小路』の貢献があったことは間違いない。刀はその力を今度は外に向かって使い、灼滅者たちの速やかな撤退を支援する。
     ……が。
    「いや、帰りは少し離れた場所を通ろう」
     来た道をそのまま引き返そうとした刀を、風真・和弥(仇討刀・d03497)が制止した。
    「数分で元に戻るとはいえ、俺たちが痕跡を残したことには変わりない。俺がそんなものを見つけたら……帰りに同じ場所を通ることを見越して、近くの樹上か何かで待ち構えてみるだろうな。何より、他人の痕跡で自分の痕跡を隠すのは常套手段だ」

     そんな警戒心の賜物だろうか? 彼らの帰路は、往路と同じ程度には順調だった。
     敵に襲われることはない。彼らを貶める罠もない。あるいは、あっても無事に発見して回避する。
     こうして、彼らが『奥地』と定めた場所と『周縁』の境界線が近づいてきた……刹那、何者かの気配が横あいから現れる!

    ●気配の主
    (「さぁて……一体どんなイカれた奴が出てくるのやら……?」)
     実体化させた交通標識を体の後ろに隠すように構え、気配の方向を注視する蓮司。木々の作った隙間から、その主の姿がちらりと覗く。
    (「女の子……っすか? しかも、無防備そうに髪をヒョウの毛皮のリボンで結って」)
     腰ほどまでの黒髪に、こちらも黒い大きく澄んだ瞳のティーンエイジの少女。健康的な肉づきの肢体は同じく健康的な褐色の肌に覆われて、隠すべき場所だけを隠す最低限の毛皮の衣装は、胸元の決して小さすぎず大きすぎない2つの果実を、品よく彩るに相応しいもの!
    「あれは……まさにジャングルに息づく野生の至宝!!」
    「待ちなよ、あれはどう考えても六六六人衆……」
     ずべしゃぁ。
     危機を感じた鎗輔が思いっきりバンダナを引っ張ったので、和弥は盛大にその場で尻餅をつく羽目になった。
    「何故だ!? 何故貴様は俺のおっぱいを邪魔するんだ!!」
     さっきまで罠やら何やら警戒してたとは思えぬ妄言を吐く和弥……だがそんな彼も次の瞬間、鋭い眼差しを作って横に跳ぶ!
    「エヘヘ……成人の狩りの儀式、失敗しちゃったヨ」
     先ほどまで和弥のいた場所を儀式用らしき水晶の短剣で貫いた野生の少女は、悪意など微塵も感じられない無邪気な笑顔を作ってみせた。けれどもすぐに自分を奮い立たせると、剣に青白い魔力を篭めて再び振るう!
    「デモ、まだまだチャンスはあるヨ!」
     ギン!
     それが誰かを刺し貫く前に、刀の日本刀の鎬が短剣を受け止めた。
    (「見かけによらない膂力にこの魔力……ちょっとした大木くらいなら容易く斬り裂けそうですね。……ですが」)
     1対1では勝てぬ剣捌きでも、刀の剣技はその手数にあり。自らの二刀、ビハインドの二刀……そして彼女の影が変形して一刀となる!
    「……五刀流、参ります」
     静かなる第五の抜刀が、少女に頭上への跳躍を余儀なくさせた。
    「だが、あの体勢から足元の攻撃に気づき、一瞬で最も確実に回避できる手段を選択できるとは」
     戦闘慣れしていそうな敵の様子を分析する朔耶。けれども……だったら、こうすればどうだ?
    「ヴォルフ」
    「解ってる」
     朔耶が少女に魔力弾を放ったと同時、全く同じ魔力をヴォルフも撃った。2つの呪いが少女を貫くと同時、彼女の四肢は意志に反して、動きを拒むかのように重くなる……支えるものなき空中で!
    「簡単な話です。一撃の重い敵に対しては、1回でも攻撃を減らすことができれば大きなアドバンテージとなる」
     それを朔耶とともに実現したヴォルフの前で、少女はしばし、万有引力の法則に身を委ねるほかなくなっていた。
    「今なら……これが綺麗に決まる……!」
     透流の拳に雷が溜まる。彼女が自身を北欧神話の雷神トールの生まれ変わりだと信じているのはただの勘違いかもしれないけれど、少なくともこの瞬間、透流は落ちてきた六六六人衆を再び空中へと打ち上げて、その力の強さと正しさを証明してみせる!
    「では私も……『六六六人衆を全て無へ』……バトラー、参ります」
     そこへと、ロイドの炎が襲いかかった。
     先ほどまでは暗殺者の顔をしていた執事の手足は赤々と燃え、新たに六六六人衆を討つ狩人の顔を明らかにする。
    「全てを灰にしてやろう……燃え尽きろ!」
    「ドーシヨ!? ……コーイウ時は……」
     下草の上を転げた後に自由を取り戻した少女は、短剣を一度真剣に見つめて、それから意を決して刃を自身に向けた。それから大きく深呼吸をして、自らの胸へと突き立てる。
    「何やってるんだ! 貴重なおっぱいが……」
    「そろそろ正気に戻りなよ」
     まだ言ってる和弥をあしらいながら、鎗輔は少女を殴り飛ばした。見た目が見た目だからといって手加減はできない……何故なら彼女の全身からは、まるで短剣が悪しきものを吸い取ったかのように、傷や呪いや炎が減っているからだ!
    「悪いけど、回復なんてされると困るからね。みんなも早く」
     敵の回復よりも速く敵を弱らせようと、自らも全力を振るいつつ、鎗輔は仲間たちに呼びかけた。
    「残念だが、俺も覚悟を決めねばならないようだな」
     右手の『風牙』、左手の『一閃』を交差させ、ようやく正気を取り戻した和弥。代償として捨て去った夢は限りなく軽いが、振るわれる刃は『風の団』の紋章を背負って鋭く重い!
    「アタシだって、負けないんだヨ!」
     少女は解呪もそこそこに再び剣を抜き、横薙ぎに青い軌跡を生んだ。
    「もう攻撃に移るのか……『わんこすけ』、任せたよ」
     敵の素早い切り替えに悪態を吐きながらも、霊犬に仲間の護衛を命じる鎗輔。だが……。
    「構いません。私の剣がどこまで彼女に通用し、彼女の剣がどこまで私に通用するのか、確かめさせて貰いましょう」
     巧みな五刀の連携をもって、敵の剣を捌き、敵を斬り、逆に穿たれ、また剣を振るう刀。が、鬼気迫る様子の彼女より、時に犬歯が見えるほどの笑顔を作りながら刀を圧倒する少女の方が、蓮司にはよほど恐ろしく見える。
    (「出遭ったのがここまで戻ってきた後でよかったっすね」)
     この戦いの後は速やかに撤退か、などと考えながら、朔耶やヴォルフと方針を同じく、赤い標識で敵の動きを止めたり、呪詛で敵の手足を石化したりする。こうすれば……万が一敗走する時にも追跡を撒きやすくなるはず。
     代わりに、朔耶の力は押されている刀へと使われることになった。
    「ヴォルフ。敵の行動阻害は任せた」
     他に専業者がいるのなら、自分は回復に回る方が効率がよい。朔耶の判断は実際その通りで、彼女が心の奥底から汲みあげた闇は、五刀の剣士に、余波のみで周囲の木々を切り裂いて回る野生の剣技への対抗の力をもたらしてゆく!
     まったく人使いの荒い相棒だ、と、ヴォルフは内心肩を竦めた。
    (「正直、俺も得意な術ではないんだがな」)
     最初こそ綺麗に当たりはしたが、実のところここまでの命中率はせいぜい半分くらい。とはいえ、そこから命中率を補って余りあるほどの効果を捻り出せるヴォルフだからこそ、朔耶もぞんざいに見える信頼を寄せるのだろうが……。

    ●密林の刃
     かくして、敵の剣は幾度めかの自傷という名の自己治療を強いられるのだった。
    「このままじゃ、成人の儀式、達成できないヨー!?」
     悲鳴にしてはコミカルな声を上げるワイルド少女。
    「余計なことを考えていていいのか? 意識が逸れていたら、俺の炎は耐えられないぞ?」
     ますます赤さを増すロイドの炎。少女は幾度もそれを短剣で弾き、あるいは刀身の輝きで浄化してしまうが、無論、全てをそうできるわけがない。
    「業ごと焼き尽くしてやろう!」
     少女の視界が炎に染まる。口を尖らせる彼女の刃は、こうなればもろともとロイドを真っ二つに断ち斬らんと輝きを増す。が……その魔力が極大まで鋭さを増した時、そんな魔力ごと砕くかのようにひとつの拳!
    「誰も倒させるわけにはいかないし、わたしもここで倒れるわけにはいかない……!」
     透流の無骨な『雷神の籠手』は短剣とぶつかり合った衝撃で大きく裂けて、中の透流自身の腕にまで水晶の刃を届かせるほどだった。
     けれども、何事もなかったかのように反対側の拳。
    「私の……みんなの帰りを待っている人たちのために、そして私自身のために、絶対に負けられない!」
     鋼鉄よりも固い透流の意志が、敵の全身を激しく揺らす。それは即座に跳び退った少女にとって、単独で致命的になるものではない……ないが、続けざまにヴォルフの銃撃が、至近から彼女に浴びせられる。彼は、こちらは術よりもよほど巧く扱える……すなわち、敵に逃げ場などない。
     それでも短剣を振るうのを止めない少女。否、止めれば死ぬのは彼女なのだ。
     片手で木の枝にぶら下がりつつ、少女は上からの斬撃を放った。
    「なるほど、上を取って有利を稼ごうというわけか……だがな」
     大地に真一文字の傷を生んだそれを軽やかに躱し、和弥。
    「その程度の基本、判っていれば何も怖くない」
     まるでつむじ風と一体化したかのごとく、和弥は軽やかに枝ごと少女を裂いた。少女が大地に墜ちたなら、再びロイドの炎が彼女を焼く……今度は、彼女の裂いた大地ごと、少女を炎で包み込むように!
    「俺はただ目の前のソレを灼滅する……生を罰と知れ!」
    「お願いネ……1人でいいから殺させテ!」
     悪びれない少女に向けられるロイドの瞳は、彼の炎とは対照的に冷たかった。少女は彼をざっくりと裂くが、朔耶から流れこみ続ける闇の力が、その傷からますます激しい炎を噴き出させるばかり。
    「逃げるか? ……無論、俺らがそれを許すことはない」
     敵を取り囲む位置にリキを陣取らせながら、朔耶は言った。
    「それじゃ……覚悟してもらいましょーか」
     蓮司の標識がいっそう赤く少女を威嚇して、お気楽原始娘へと死の恐怖を刻みこむ。単純にその威力でも、追い詰められた状態で動けぬという恐怖でも。
     そんな彼女へと鎗輔は訊いた。
    「君が殺した一般人も、同じように怖かっただろうね。元々この一帯にいた人をどうした? 君なら知ってるだろ?」
    「いた人なんて知らないヨー! だからアタシ、ココでは誰も殺せてないヨー! だから誰か、最初の1人になってヨー!」
     ならば……彼女のこの群馬密林での最初の犠牲者が出る前に、灼滅者たちは彼女を灼滅すればいいようだった。刀の刃が天を指し、次に万策尽きた少女に引導を渡す。
     彼女の剣は、いまだ少女の一刀にも及ばぬ五刀流。けれども……それを仲間たちとともに振るうなら、それは十刀流にも廿刀流にも増えるのだ。

    ●帰路へ
    「まだまだ、剣の頂は遠そうです」
     刀が剣を収めながら独りごちると、倒すべき六六六人衆もいまだ多い、とロイド。
    「が、これ以上の連戦は危険だな」
     皆の傷を看ながら朔耶は判断した。こんな時、勝利で慢心することが何よりの敵だ……それに、透流も無事なうちに帰りたくてそわそわしてるし。
    「決まりだな」
     そう言って狼と化したヴォルフが先導する。今回の戦闘に関する簡単な記録を残し、それに続く蓮司。なお和弥の妄言に関する内容は当然記録から抹消されている。

     かくして……今回の探索はつつがなく終わった。密林は、果たしていつ灼滅者たちの前に真の姿を現すのだろうか?

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年10月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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