グンマ密林探索紀行

    作者:佐和

    『群馬県の山中の一部が密林化している』
     グラン・ギニョール戦争の後に、この異変は起こっていた。
     さらに、密林の環境が戦争時の戦場『アガルタの口』に近いとなれば、六六六人衆との関連性を疑うのは当然だろう。
     現に、調査に踏み入った何組かの灼滅者達が六六六人衆に遭遇、灼滅している。
     しかし、情報はまだまだ足りていない。
    「だから探索」
     おやきをもぐもぐしながら八鳩・秋羽(中学生エクスブレイン・dn0089)が頷いた。
     密林に六六六人衆がいるのは確かなようだが、どこにどのような相手がいるかは不明。
     もちろん総数も分かっていない。
     そのため、探索は慎重に行う必要があるだろう。
     手分けして人数を分散させれば、孤立する可能性があり。
     探索に夢中になりすぎれば、奇襲を受けることも考えられる。
     密林の奥深くへ入り過ぎれば、複数の六六六人衆と同時に遭遇してしまうかもしれない。
    「無理、しなくていい」
     まずは無事に探索結果を持ち帰ること。
     そして、外縁部の六六六人衆を撃破して戦力を低下させることで、後に続くであろう別の密林探索隊がより奥地へ進めるようにすること。
     求められる成果はそこなのだと秋羽はおやきをおかわりしながら説く。
     どんな危険があるのか分からない密林だから。
    「みんな無事に、帰ってきて」
     手にした2つのおやきのうち1つを差し出して。
     秋羽は灼滅者達をじっと見つめた。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)

    ■リプレイ

    ●密林探索
     紅葉し赤く染まっているはずの山は、むせかえる程の緑に覆われていて。
     見上げるフリル・インレアン(中学生人狼・d32564)の赤瞳に映るのは、乾いた青空ではなく瑞々しい緑葉。
     被った帽子が落ちないようにぎゅっと両手で抑えながら、はう、と息が零れる。
    「もう、だいぶ冷え込んできているのにここはまだ暑いんですね」
     密林の中は、秋の訪れを拒むどころか、夏を益々深めんとしているようだった。
     じっとりした暑さに戸惑いながらも周囲を見回すフリルは、あらぬ方向へと遠い目を向ける彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)に視線を止める。
    「……群馬って、こんなに鬱蒼としてたっけ……」
     零れた声にはどこか呆然とした響きがあった。
     立ち並ぶ木々は、入って来た者を閉じ込めるかのように密集し。
     幾重にも重なる葉は大きなものが多く、その数も相まってみっちりと周囲を覆う。
    「この辺り、程よく鄙びた温泉地の筈ですが、ふむ」
     ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)も考え込むような仕草を見せた。
     事前に調べたこの土地の情報からはかけ離れた光景で。
     初めて訪れる場所ではあるが、違和感がひしひしと伝わってくる。
     これではまるで。
    「群馬というより熱海な風情に」
    「いや、熱海もここまで熱帯じゃあないかと」
     苦笑して頬をかく木元・明莉(楽天日和・d14267)に、ジンザはにっと面白がるような笑みを浮かべて見せて。
     楽しまれているのだなあ、と明莉の笑みが深くなる。
     その間も、さくらえの視線は遥か遠くを見たままです。
    「大丈夫ですか?」
    「……大丈夫。うん、大丈夫。
     あまりの湿気と熱帯雨林な感じに思わず現実逃避しそうになっただけだから」
     覗き込むジンザにやっと我に返った様子を見せるものの。
    「さーがんばろー」
     続く意気込みはどこか単調な棒読み口調。
    「はい。少しでも有益な情報が得られるように、頑張っていきましょう」
     フリルは気にせず、ぐっと両手を握って、やる気を見せるけれども。
    「じゅーぶん現実逃避してるように見えるやね」
    「ですね」
     明莉とジンザは小声と視線とを交わし合った。
     そんなやり取りを横目に眺めていた刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)は、口元が緩んだかぐらいの小さな微笑を浮かべると、手元の地図へと視線を戻す。
     方位磁針が示す北へ、地図の北が合うように自然に向きを調整して、再び周囲を観察。
     この場所が密林化する前のものではあるのだが、地形は極端には変わっていないようだ。
     ただ、やたらめったら生えている草木が林道を変えてしまっていることもあり、どこへ向かうべきなのか、どこが奥地となるのか、を地図から読み取ることはできない。
     せいぜい、現在地がどこなのか、を確認するくらいの役にしか立っていない。
     それでも、自分達がどう進んだか、その記録が後で何かの役に立つかもしれないと渡里はサインペンを握り。
    「彩瑠」
    「……ああ、今はここだね」
     さくらえがスーパーGPSの示す場所を教えると、慣れた様子で印を重ねていく。
     さくらえ自身も、念を入れて用意した2つ目の地図へとマッピングを進める。
     そんな作業班を中心に、他の皆は周囲を囲うように位置取り、警戒を強めていた。
     渡里の足元では霊犬のサフィアが注意深く歩みを進め、灼滅者達よりも低い視線での周辺警護をとその瞳を油断なく左右へ向けて。
     その後ろ、一行の最後尾を歩く空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)からは、赤い糸が紡がれていた。
     密林に入った場所からを繋ぐアリアドネの糸。
     帰り道のマーキングというよりは、密林自体に何らかの変化がないか、戻れなくなるような事態が起こっていないか、を警戒するためのものだ。
     いつもと違う迷彩服で見つかり辛いよう工夫をし、いつもと違うフードのない服で軽薄な笑みを消し、陽太は常の作戦行動を意識する。
     未だ敵の姿はないが、ここは紛れもなく敵地なのだから。
     ジンザも慎重に歩を進めていたけれども、ふと靴底で土を蹴り、呟く。
    「水脈とか調べられたなら、何か違いがあったりするのでしょうかね」
    「確か、川ならあっちにあるはず?」
     聞き留めた明莉が、地図を思い出しながらある方向を指差した。
     しかし、示した先に見えるのは、所狭しと集う木々や葉ばかりで。
     むせかえるような緑に遮られ、水音すら確認することは叶わなかった。
     その光景に、ふむ、とジンザは真面目に考えるような仕草を見せる。
    「利根川水系抑えられると東京ヤバいのですが」
    「ライフライン的な目的とは。色んな意味で奥が深い密林だな」
     今度は話に乗る方向で明莉もキリッとした表情を見せれば、ジンザが視線を合わせてきて、2人揃って頷き合う。
     気を張りつめ過ぎても疲れるばかり。
     息抜きの会話も大切です。
    「でも本当、この密林に何があるんだろう?」
     そこに元気に声を飛ばしてきたのは、長い金髪を揺らして前を行くリリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)。
     額の汗を拭う仕草は心底暑そうで、せっかく羽織ってきた迷彩柄の上着もはだけている。
     でも、今にも走り出しそうな溌剌とした様子ながらも、その足取りは慎重そのもの。
     周囲に気を付けてゆっくりと先頭を行く。
     その道行きを助けているのは、同じく先頭を進む西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)のESP隠された森の小路だ。
     道なき密林に一時的に作り出された小路は、灼滅者達を迎え入れてくれているかのよう。
     だが、その感覚は錯覚だとリリアナは気を引き締める。
    「探検とかちょっとワクワクするけど、六六六人衆もいるし気合い入れて行かなきゃね」
     他の探索行での報告で、この密林に六六六人衆がいることは既に判明している。
     両手で両頬をぱんっと軽く叩いて、リリアナはまた油断なく前を見据えた。
    「……あまり時間を掛けたくありませんね」
     皆を先導するように、警戒しながらも先を急ぐ織久がぽつりと呟く。
     確かに、敵地に長居しすぎるのは愚策だが、織久のそれはもっと個人的な理由で。
    「六六六人衆がいると思うと、抑えるのは辛い」
     真っ白な肌に落ち着いた所作、変わらぬ無表情なれども、織久の手は硬く握られている。
     その胸中では、怨敵である六六六人衆への怨念とも狂気とも言えるほどの思いがどす黒く渦巻いていた。
     だが、際どいバランスを何とか保ち、織久は密林を進んで行く。
     隠された森の小路で避けていく草木の間を。
     倒れた大木はリリアナが怪力無双であっさりどかして。
     垂れ下がる葉を手で払い退けながら、進んでいく。
    「分かりやすく足跡とか残っていればよかったのですが」
     人だけでなく動物も含めての痕跡を探してみたジンザだが、もしかしたら密林は常に生長か変化かをしているのではと疑えるほどに何も見つからず。
    「罠もない、ですね」
     手掛かり同様に妨害も見当たらなかった。
     物音に気を配る織久も、草木が揺れ重なり合う音に阻まれる。
     深い、深い、先の見えない密林。
    「……というか、この光景と六六六人衆が結びつかない」
     まだ現実に帰りきれていないらしいさくらえが、ため息交じりにまた声を零した。
     先ほどよりも彼方を眺めるかのように遠い目をしています。
    「普通に考えて、アフリカンパンサーが1枚噛んでると思うんだがなぁ」
     目前に広がる大自然には、渡里の言うように、ご当地怪人の方が似合うのは確かで。
    「こんなところに居る敵……食虫植物、みたいな?」
    「きっとワニだよ」
     ゆえに、さくらえもリリアナも、どこかご当地怪人のような相手を想像している模様。
     確かにそれなら、違和感なく密林にいれるだろう。
     何となく納得して、最後尾を進む陽太が1人頷いたその時。
     気付いたのは、明莉が息を呑む姿。
     遠くの1点を見つめるその瞳に緊張を感じて、陽太も視線を追いかけ振り向いた、刹那。
    「ジンザさん!」
     明莉が注意を促すように名を呼び。
     呼ばれたジンザが察するより速く反射的に動いて。
     飛び来た攻撃は、リリアナを庇ったジンザの腕を深く切り裂いていた。

    ●密林殺人鬼
     お返しとばかりにジンザが攻撃元へと魔法の矢を撃ち込み。
     その命中を油断なく見据えながら、明莉は癒しの矢を番える。
     渡里がサウンドシャッターを展開したのは、戦闘音で他の敵を引き寄せないため。
    「はうぅ……敵、ですか?」
     びくっと身体を震わせたフリルも、その手にしっかりと黄色い交通標識を握りしめて。
     陽太の微細な腕の動きに合わせ、周囲をMagie Styer Scoutと呼ぶ鋼の糸が準備を整えるように舞う。
     さくらえは叶鏡を、リリアナは拳を構え、睨みやったその先で。
    「手荒い名刺交換ねぇ」
     隠れていた木影から顔を顰めて出てきた六六六人衆は、ビジネススーツ姿の女性だった。
     だが、まとめ上げた髪を飾るのは、毒々しい程に大きなラフレシアの花で。
     首元の飾りや腰のベルトは、大きな葉を編み込んだ蔦のようなもの。
     よく見ると靴も葉や蔓で編まれた頑丈なサンダルになっている。
    「……結構無理矢理じゃないかな。密林っぽさが」
    「う、煩いわねっ!」
     思わず指摘する明莉に、女性はちょっぴり頬を赤く染めて、声を荒げた。
    「たっくさん殺せるイイ会社にいたのに、何か戦争だって駆り出されて!
     序列高い人についてけばいっかって思ってたら、気が付いたら森の中だったのよ!
     場所に合わせて着替えるどころか何か道分からなくなって帰れないし!
     ほら、この木の実とかすっごく美味しいんだから!」
    「順応性はありそうですね」
     怒っているというよりはヤケになっているような女性に、ジンザは、ふむ、と頷く。
     密林に居る理由としては、どこか情けない展開ではあるけれども。
     目を瞬かせるフリルの前で、女性は殺る気満々にカードを構える。
     そして宣戦布告か、また口を開きかけたところに。
     赤黒い槍を手にした織久が飛び込んだ。
    「ヒ、ヒハハハハハ!」
     動きを見たリリアナが放つ風の刃を牽制に間合いを詰めると、それまで抑えていたものを解き放つように、心のままに槍を穿ち放つ。
     続けとばかりに陽太も女性へと斬りかかり、さくらえも叶鏡を突き出した。
    「仲間……はいなそうだけど、別の六六六人衆に見つかったら厄介だね」
    「手早く倒してしまおう」
     応えた渡里が連撃を引き継ぐように斬りかかっていく。
    「あーもうっ、うっとおしいわね!」
     苛立ちの声を上げた女性は、灼滅者達を振り払うように腕を薙ぎ。
     その手から数十枚のカードが飛び行き、前衛陣を切り裂いた。
     ビジネスマンの持つ大量のカードというと、まず思い浮かぶのは名刺だが。
     ふと気になってジンザが拾い上げたそれは、上毛かるたでした。
    「野生化というよりむしろ群馬ナイズされている?」
    「順応性、でしょうか?」
     フリルも上毛かるたを覗き込み、また目を瞬かせる。
     どうやら、可哀そうなぐらいに流されやすい女性のようです。
     そんな人格考察の間にも、戦いは続いていて。
     上毛かるた、もとい、カードを繰り出そうとする女性に肉薄したリリアナは、ふわりとポニーテールを翻し、その場で回り踊るようにして炎を纏った蹴りを叩き込み。
    「……決して逃がさぬ」
     にやりと笑みを浮かべた織久は幾重にも刃を閃かせ、女性だけでなく、逃走の助けとなるような周辺の木々も巻き込み切り裂いていく。
     渡里の刃も、女性の動きを鈍らせんとBSを重ねてその軌跡を描き。
     フリルの交通標識も赤色にスタイルチェンジして、混乱を呼び込む。
     女性は、最初に見せたカードのように、遠距離からの攻撃を得意とするのだろう。
     狙撃手のように、獲物が射程距離に入るのを待つタイプだったかもしれない。
     だが、初手は遠方からの攻撃を気にしていた明莉に悟られ、被害を最小限に抑えられ。
     それ以降は、リリアナが、織久が、執拗に間を詰めて。
     離れようとすれば、ジンザのB-q.Riotがさくらえの氷のつららと共に行く手を阻み。
     陽太の手元で編み上げられたスカウトライフルから放たれた魔弾が追いすがる。
     その包囲網を支えるのは、慣れないメディックに奮闘する明莉。
     足元のサフィアの方が回復役としての動きはいい気がするけれども。
     その代わりに、ではないが。
    「彩瑠、右空いてる。ジンザさん、カバーよろしく」
     明莉は離れた後方というポジションを利用して、女性や皆の動きを判断。
     随時的確に情報や指示の声を飛ばして、包囲網の綻びを防いでいた。
     そんな動きに、自分の間合いを取れない状況に、女性の苛立ちと傷とが深まっていく。
    「離れなさいよっ!」
     鋭いカードの刃を突き出し、リリアナを退けるべくその腕を抉るように裂くけれども。
    「この程度のダメージ、普段の練習に比べたらっ」
     痛みを堪えて尚も前に踏み出し、異形巨大化させた腕を振りかぶる。
    「全力以上の力で、叩き込むっ!」
    「……ぁっ!」
     悲鳴すら上げられずに殴り飛ばされた女性をフリルが追い、畏れを纏った斬撃を続け。
     たんっと地を蹴り離れたそこへ、渡里の鋼糸が煌めき動きを阻害していく。
     陽太の影が伸びて刃を象ると、女性はその一撃で倒れ込む。
     顔を顰めながらも起き上がろうと上げた視線は。
     赤い瞳を嬉々として輝かせた織久の笑みと、振り上げられた黒い大鎌を捉えて。
     ひっ、と息を呑んだ。
     それが。
     最期の音となり、女性は消える。
     後に残ったのは千切れた蔦や蔓、そしてラフレシアの大きな花。
     さくらえは静かに花を見下ろすと、氷のつららを生み出して。
     ぱきん、と。
     花は凍り、砕け散った。
     ふぅ、と息を吐いたのは誰だったか。
     敵の消滅と、変わらぬ密林を視線で確認したジンザは、ひょいと肩を竦めて見せる。
    「怪奇! 秘められたジャングルにJKの影を見た!? ……とはいきませんでしたか」
     この密林の奥にいると思われる『序列高い人』。
     だが今はまだそれは憶測にすぎない。
     確かめるにはまだまだ奥へと進む必要があるのだろうが。
    「生きて帰るコトこそ忍者の本分、ここらで失礼しましょうか」
     ジンザは皆へと微笑んだ。
     明莉も、両手を頭上でぐぐっと伸ばし、終わり終わりと口ずさむ。
    「糸、無事だよ」
     紡ぎ続けたアリアドネの糸を掲げて、陽太は退路を示し。
    「えぅ、その……無理は禁物、です」
     帽子の下からおずおずとフリルも口を添える。
     未開の地であるからこそ、無理をしすぎる必要はない。
     後を、また続くであろう他の仲間達に託すために。
    「……帰ろう」
    「はいっ」
     渡里の言葉に元気にリリアナが手を挙げて、織久が無表情に頷いた。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年11月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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