紅葉に染まる山林を刈り取るもの

    作者:飛翔優

    ●自然を傷つけ、彼らは走る
     紅葉に染まる山々をざわめかせていく秋の風。冷涼な空気に満ちるのどかな大自然の只中を、鼬の群れが駆けていた。
     体に生えた刃にて幹を枝葉を切り裂きながら。時には精一杯生きていた小さな花を踏み潰し、あるいは大地を掘り返し。
     大自然に発生した暴君として、鼬たちは駆け抜ける。
     鎌鼬の名の下に、大自然を刈っていく。
     人里は、近い……!

    ●静かな教室にて
     放課後を迎えてひと気のなくなった教室で、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちを出迎える。
     軽い挨拶を交わした後、こたびの説明を開始した。
    「埼玉県南西部に位置する山林に、はぐれ眷属である鎌鼬の群れが潜んでいる事が判明しました」
     広大な湖やサイクリングロードなど、アウトドアに勤しむ人々が足を運ぶこともあるこの山林。放置すれば、いずれ最初の被害者が出てしまうだろう。
    「皆さんには、そうなる前に鎌鼬を退治して来て頂くことになります」
     葉月は地図を広げて、サイクリングロードなどからはかなり離れた人の手が入っていない一角を指し示す。この一帯を鎌鼬は駆け回っているため、赴き待ち構えていればいずれやってくるだろう、と。
    「木々が林立しており、視界はそこそこ悪いです。また、坂にもなっていますが角度は緩く、地面も緩いわけではないため、戦う際に支障はないでしょう。……自然の守られている場所でもあるため、余裕があれば木々などを傷つけないように戦うのが望ましかったりはしますが……」
     あくまで余裕があれば。そう葉月は重ね、敵戦力についての説明へと移っていく。
    「鎌鼬の群れは、紅の毛並みと赤い刃を持つひときわ大きな個体によって統率された八匹の個体……と言った構成になっています」
     リーダーたる紅の個体は力量が高い。特に、赤熱する刃から放たれる斬風は遠くへと届く上に破壊力も抜群、更にまともに受けたものは炎に包まれてしまうおまけ付き。その他、同等の破壊力を持つ上に加護を破壊する斬撃、威力こそ落ちるものの近接一列をなぎ払い防具を破壊していく滑空、といった攻撃を用いてくる。
     残る八匹の鎌鼬は、力量はそこまで高くない。しかし、斬風を飛ばせない以外はリーダーの小型版とでも言うべき能力を持っており、決して侮れる相手ではない。
    「以上が説明になります」
     メモを閉じ、葉月は小さな息を吐く。灼滅者たちへと向き直り、締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「今からならばまだ、大きな事件にはならない内に終わらせることができる案件です。決して油断せず戦い、討伐してきて下さい。何よりも無事に帰ってきてくださいね、約束ですよ?」


    参加者
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    浅居・律(グランドトライン・d00757)
    熊城・勝魅(壁となり弾となる肉・d00912)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)
    土邑・柊(空薙・d02333)
    金井・修李(無差別改造魔・d03041)
    六連・光(リヴォルヴァー・d04322)

    ■リプレイ

    ●紅葉が枯葉に変わらぬ内に
     遠くから眺めるだけならば、秋色に染まる艶やかな山並みが広がっている埼玉県南西部の山林地帯。近くに寄って見てみれば、幹や地面に痛々しい斬撃の跡が刻まれている戦場前。
     血の流れた様子のなかった事がせめてもの幸いだったけれど、それでも大自然の命は徐々に削られてしまっている。
     少しでも早く止めるため、彼らはここにやって来た。
     鎌鼬を迎え撃つために、木陰に身を隠していく。
    「……うん、善処しよう」
     土邑・柊(空薙・d02333)がガトリングガンと周囲の景色を見比べなるべく傷つけないようにしようと頷いていく。金井・修李(無差別改造魔・d03041)は大樹によじ登り、しっかりとした枝に腰掛けた。
     双眼鏡を覗き込みながら、耳を静かにそばだてる。
     冷たい秋風が枝葉を揺らし小気味の良い音色を奏でていた。合間合間には小動物たちが木の実をかき集めるために駆け回っている足音が耳に届く。小さな昆虫の羽音ですら、張り詰めた心には安らぎだ。
    「っ!」
     不意に、小さな何かが落ちる音がした。
     木々の削れる音がした。
     ゆっくりと双眼鏡の向きを変え、視覚に意識を集中させていく。
     紅の刃を体から生やした鎌鼬が、八匹の鎌鼬を従えやってくる姿が見えた。
    「あ、鎌鼬の群れ発見したよ! 方向は十時方向!」
    「了解」
     木陰に隠れる鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)が立ち位置を調節しながらゴーグルをはめ直し、静かにナイフを握り締める。隙なく前方を注視して、景色の変化がないか探りだす。
     程なくして、小さな木が切り倒された。遅れて赤い影が一つ、茶色い影が八つ、砂煙を抜けて駆けてくる。
    「ふん、リーダー格で赤いから早さも三倍、って言いたいワケ?」
     どこぞの法則をひとりごちながらも、狭霧は揺るがない。膝を静かに折り曲げて、慎重に間合いを計っていく。
     時に直せば十数秒。鋭利な刃の輪郭が、憎たらし気な顔がわかるようになった段階で駆け出した。
    「まずは一匹!」
     時を同じくして、頭上を一筋の光線が駆けていく。
     修李だ。修李のバスターライフルが、紅鎌鼬の傍らを駆けていた個体を貫いた。
     即座に鎌鼬は反応する。光線の方角へと向きを変え、総員散らばりながら駆けてくる。
     中でも最も動きの鈍い、先程貫かれた個体を探り出し、狭霧は斬りかかる。
     誤ることなく切り捨てて、戦果も確認せずに退いた。
    「汝殺めよ、さらば開かれん……いざ尋常に――勝負といこうかッ!」
     不意打ちから開幕した戦い。改めて先陣を切るのだと、六連・光(リヴォルヴァー・d04322)が抜刀すると共に駆けていく。
     織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)も木陰から飛び出して、優雅に後を追いかけた。
    「紅葉が鮮血に染まる前に阻止します。これ以上自然が傷つかないように、綺麗な紅葉となり色づくのをお手伝いしましょう」
     両の腕に握りしめたるは、マカロンやキャンディー、蝶を模したカラフルな装飾が施されている白い斧。埋め込まれしドラゴンジェムは、相手を射抜くかの如く煌めく藍色だ。
     木漏れ日が数多の刃を煌めかせし時、本格的な戦いが開幕する。

    ●紅に導かれし鎌鼬
     刃の波を潜り抜け、熊城・勝魅(壁となり弾となる肉・d00912)は紅鎌鼬を目指していく。
     普段着とは少々異なるレオタード。着慣れぬ衣服に多少の落ち着かなさを感じつつ。動きづらさは、風情も何も無い奴等を潰すとの気合で乗り越えて。
    「仕方ない、勝つ為よ」
     くぐり抜けてきた勢いのまま盾の表面を叩きつけ、紅鎌鼬の顔を押しつぶす。
     ぎろりとした瞳が向けられたなら、素早く手元に引き戻した。
    「っ!」
     肉体を激しく震わせながら、鋭い斬撃を受け止めた。
     半歩分ほど退かされながらも衝撃は全て逃しきり、不敵な笑みを浮かべていく。
     癇に障ったのだろう。紅鎌鼬は進軍を止め、勝魅一人に視線を向けた。
     勝魅は真正面から受け止めて、再び突撃する構えを取る。
    「白き闇に抱かれ、眠りなさい」
     彼女が紅鎌鼬を抑えている間に配下を殲滅するのだと、水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)が静かな魔力を広げていく。
     計八匹総員前衛。紅鎌鼬諸共配下総ての体温を奪い去らんと魔手を伸ばすも、減衰したか被害は予想よりは小さなものとなってしまった。
    「あいつやな。さーって、燃やすでー!」
     微細な動きの変化から最もダメージが多かっただろう個体を選び出し、柊は多量の弾丸を撃ち出していく。
     当たるにせよ、地面へ逸れるにせよ爆発、炎上し、飛び上がろうとしていたその個体を包み込んだ。
     幸いにも植物への被害はない。
     地面が焼け焦げている様からは目をそらしたけれど。
    「もう一発……」
     意識を集中させ、弾丸の再生成へと移っていく。
     さなかに木々を駆け上がった鎌鼬五匹、前衛めがけて滑空した。
     一匹目を受け流し、二匹目は仰け反り避ける。三匹目、四匹目の被害は最小限に抑えた狭霧は五匹目……未だ炎上を続ける個体に向き直る。
    「以前、アンタのお仲間達とは殺りあったコトあるからね。その程度の早さには今更驚くに値しないわ」
     振りかざされた刃ごと切り捨てて、物言わぬ骸へと追いやった。
     避けきれず防具に被害を受けた柚姫は一人、静かな声を上げて身を癒す。
    「っ!」
     新たに放たれた滑空により、同等の被害を受けてしまったのだけれども……。
    「――!」
     ならば音色で繕おう。足りない分を補おう。
     浅居・律(グランドトライン・d00757)はギターを高らかにかき鳴らす。前衛を癒し、防具を元の状態に戻すため、勇猛なる音色を響かせる。
    「もういっちょ!」
     風が枝葉を揺らし新たなリズムを刻む中、柊の放った弾丸が新たな個体を貫いた。
     燃え盛る炎の中その個体は沈黙し、残る鎌鼬は五体。積み重ねた分も考えれば後もう少しと、気合を入れて次なる対象へと向き直る。

     何度も打ち合う内、衝撃からか徐々に体力の削れてきた勝魅と紅鎌鼬。されど勝手もわかってきたか決定打を与えるには至らない状態となっていた。
     業を煮やしたか、紅鎌鼬がリズムを変えて飛び上がる。
     滑空、斬風どちらが来る? と勝魅は盾を構え直した。
     どちらも放たれない。紅鎌鼬は枝をバネに突撃し、盾のギリギリを飛び越える。
    「っ! まだまだ、伊達に肉が詰まってる訳じゃ、ないのよ」
     斜めに切り裂かれ、勝魅は血を流していく。不敵な笑みこそ浮かべているけれど、傷口はそれなりに深いのだろう。
     ゆえに、ビハインドである翡晃が動いた。勝魅を庇い立てするように、紅鎌鼬との間に割り込んだ。
     翡晃の動きを一瞥した後、柚姫は斧を握り治す。切り裂かれ、治療する、幾度か繰り返されたループで遅れた分だけ取り戻すと、動きの鈍い個体に向かっていく。
    「紡ぐは白、舞い踊れ蝶」
     藍色のドラゴンチャームを煌めかせ、昇り龍かの如く美しく満月のように穏やかな弧を描き、優雅に鎌鼬を両断する。
     すかさず周囲に視線を向け、次なる対象を選定した。
    「来れり紅、踊り散れ華」
     滑空をいなしつつ放った赤き逆十字の閃光は、誤る事なく鎌鼬に焼き付いた。
     即座にその個体もなぎ倒され、状況は彼ら優位に推移する。滑空も斬撃も一度に繰り出される回数が減少したが故、治療が間に合うようになっていたように。
     だからだろう。律は更にギターを書きながらし、高らかなる調べを響かせる。治療しかできない代わりに、全力でその役目を全うする。
     細められた瞳の中、繕われていく防具の数々。塞がれていく傷口に、精細を取り戻していく仲間たち。
    「いいね、こういうシンプルな依頼も」
     微笑む彼が見据える先、光の刃が鎌鼬を切り捨てた。
    「一発なんて遠慮せず……全部当たってもいいんだよ!?」
     修李の放つガトリングが一匹を蜂の巣へと変えていた。
     藍色の軌跡を描き続ける柚姫もまた、新たな個体へと向かっている。
     状態万全、早々覆りはしないだろう。
    「――!」
     より激しく、より高らかに、律はギターを掻き鳴らす。
     勝利をより確実なものとするために。大自然を守り切ることができるよう。
     木々が、小動物たちが音もなく見守ってくれている中で……。

    ●優しい静寂に抱かれて
     程なくして鎌鼬の殲滅に成功した。
     同胞たる配下を失った紅鎌鼬は、軽く周囲を確認するなり勝魅から距離を取っていく。
     破れかぶれといった様相で刃を振るい、大気を鋭く切り裂いた。
    「っ!」
     熱い斬風の向かう先には、鏡花。不意の一撃に対応しきれず、脇腹を大きく切り裂かれる。
    「……大丈夫、まだ、抑えられる……!」
     深く呼吸を整えながら身を癒し、何かを堪えるかのように槍を強く握り締める。焦点を戦場を駆け回り始めた紅鎌鼬に合わせ、身構えて、雷を帯びているかのように火花を散らす魔力を解き放つ。
     誤る事なく紅鎌鼬を打ち据えて、小さな樹木へと叩きつける。
     劣勢を感じたか、紅鎌鼬は素早く大樹へ駆け寄った。
    「滑空が来るよ! みんな、気をつけて!」
     すかさず勝魅が突進し、盾で強かに打ち据える。
     されど放たれた滑空斬舞。配下足る鎌鼬よりも鋭い軌跡に切り裂かれ、狭霧が肩を抑えていく。
    「……はっ、その赤をもっと鮮やかに染めてあげるわ……アンタ自身の鮮血でね!」
     高まりし士気に淀みはない。即座に紅鎌鼬の後を追い、背中を斜めに切り裂いた。
     一気に畳み掛けるため、柊は弾丸を爆裂させる。
     霊犬の悠は突撃し、鋭き斬魔刀で斬り上げた。
     宙に浮かび動きの自由が効かなくなった隙を見逃さず、光が懐へと入り込む。
    「斬刑執行――我が愛刀の露と消えよ、眷属」
     上段から力強く斬りこむが、掲げられた刃に防がれた。が、そのまま鍔迫り合いへと持ち込んで、動きそのものを押さえ込む。
     自由な動きなど許さないと、柚姫の逆十字が紅鎌鼬の背中に焼き付き押さえつけた。
    「そこっ!」
     一呼吸分遅れて放たれた修李の交戦が刃の内側を貫いてく。
     光が一瞬だけ力を抜けば、紅鎌鼬はよろめいた。
    「裁きの雷で撃ち抜いてあげるわ!」
     バランスの崩れた体を、鏡花の魔力が光の視線の高さまで打ち上げる。
    「……」
     言葉なく、光は描いた。
     重く、鋭い剣閃を。
     両断された紅鎌鼬に背を向けて、静かに瞳を閉ざしていく。
    「斬る事にかけては、少々自身がありましてね」
     刀を鞘へと収めた時、亡骸もまた地に落ちる、
     風と共に訪れた静寂が、平和を取り戻した事を教えてくれた。

     もう、山林が傷つくことも命が理不尽に奪われることもない。踏み潰された花もいずれは土に帰り、新たな命を芽吹かせるための礎となってくれるはず。
     戦いの残滓が拭い去られ、空気も冷涼なものへと戻った頃、鏡花が大きく深呼吸。静けさを取り戻した山林を、優しい空気を、心のそこから堪能していた。
    「みんなお疲れ様、かな?」
     鎌鼬たちを埋葬し、黙祷していた柊が、優しい笑顔と共に労った。
     そうだね、と律は頷いた後、ゆっくりを視線を上げていく。
     切り払われなかった大樹の枝、鮮やかな紅葉が精一杯陽射しを浴びている。艶やかに輝いている横で、風に運ばれ散っていくものもいる。
     全て、自然があるままに、繰り返されてきた光景だ。
    「……そういえば、埼玉のお土産ってなんだっけ?」
    「ん?」
     十分堪能した後に、ふとした調子で律がみんなに問いかけた。
     柊は小首を傾げ、瞳を閉じて思考する。
     そんな優しいやり取りも終わった頃、光が静かな声音で呼びかけた。
    「お仕事終了であります。帰りましょうか、皆さん」
     ――否を唱える者はいない。
     踵を返す光に合わせ、彼らは帰還を開始する。ひとまず山道に赴かんと、木々の少ない方を目指していく。
     静かな風が吹き抜けて、枝葉が優しくざわめいた。
     大自然の音色にて、山林は彼らを見送った。
     平和を取り戻してくれた戦士たちを、讃えるために……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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